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226/孤独の剣鬼/3


(――あたしの手での勝利は捨てる)

 

 荒々しく大地を駆ける獣のような速度で、しかし針に糸を通すかのように繊細な動きで首に迫る刃を受け止めながら、連翹は心の中で呟いた。

 言葉にすると随分と後ろ向きだな、と思いながらも連翹は全力で孤独オンリーの刃を受け止める。


(そもそも、勝てるはずがないのよ。ちょっと剣を学んで、身体能力でゴリ押せば勝てる? ――まさか。ある程度の相手ならそれで良いんだろうけど、その程度の相手だったらさっきニールが倒してるわ)


 孤独の猛攻を必死に凌ぐ。

 刃を弾き、防ぎ、速度が乗る前に刃に向かって体当たりをする。

 刃物に自分からぶつかりに行くのは勇気が必要だったが、振り下ろした後の止まった状態であれば転移者の肌を傷つけるには至らない。


(……一度無くしたから思うけど、ほんとチート(いんちき)よね、これ)

 

 幸い、転移者の防御力も限定的に復活している。ノーラと同じように、死にかけた転移者の素肌に触れ、力を吸い上げたためだ。

 おかげで、雑音語り(ノイズ・メイカー)戦のように電池切れを心配する必要はなくなった。やろうと思えば、きっとスキルだって使えるだろう。


(でも、駄目)


 分かりやすい強力な力に頼りたくなるが、ぐっと堪える。

 スキルは確かに強力だが全ての人間が同じ動作を行うという欠点を有する。ゆえに、身体能力で劣る連合軍の皆は転移者に勝てたのだ。

 その連合軍の皆よりも技量が高いように見えるこの男の前でスキルを放つのは、もはやただの自殺だ。即座に見抜かれ、首を跳ねられるだろう。

 今、連翹が孤独オンリーと戦えているのは、攻撃よりも防御を重視しているから。

 そして何より――彼が手を抜いているからだ。


「剣の鍛錬を初めて一月前後、といったところかな。それにしては動きが良いね」


 その考えを裏付けるように、孤独オンリーは連翹と鍔迫り合いしながら、にこりと微笑んだ。

 確かに彼は苛烈に攻め込んでいるように見える。実際、連翹だけで戦っていたら、これが彼の全力なのだろうと思ったはずだ。

 だが、連合軍の皆の攻撃を凌いだあの動きと、ニールを袈裟懸けに両断した斬撃、そしてカルナの攻撃を先んじて止めた尋常ではない速さの技。

 その全てを、孤独の剣鬼(オンリー・ワン)は連翹に対して使用していない。

 連翹が必死になればなんとか凌げる程度の力で、速度で、技で、攻撃し続けているのだ。


「グラジオラス! カンパニュラ! 貴様――!」


 事実、アレックスが孤独オンリーの間合いに踏み込めば――


「おっと」


 ――連翹に対して放った攻撃とは別次元の速度で刃を振るう。

 アレックスの剣も孤独オンリーの剣も連翹の目からすれば異次元の領域であり、とてもではないが対処しようがない。

 だからこそ、余計に理解出来るのだ。


孤独の剣鬼(オンリー・ワン)は、相手が全力を出し切れば死なない範囲で技量を使い分けてる)


 先程ニールと死闘を演じたように、遠距離攻撃手段が豊富なカルナを速攻で仕留めようとしたように――戦っていて楽しい相手ならギリギリまで戦闘を引き伸ばし、一撃で自分を殺しかねない相手なら本気を出して先んじて潰しているのだ。

 相手の本気を味わいたいから。

 自分が本気を出して、相手が本気を出す前に殺すのを避けたいから。

 だからこそ、連翹は『手を抜かれている』と理解しつつも真剣に剣を振るう。

 孤独オンリーを倒す手段が無く、けれど真剣に戦う者であれば――ニールたちが復帰するまでの時間を稼ぐことが出来る。

 

「確かにスキルを教材にすれば普通に鍛錬をするよりも急速に強くなれるだろう。けど、そこに熱意を以て努力しなくてはどれだけ恵まれた環境があろうと腐らせるだけだ。ゆえに、今の君の実力は君自身の努力の結果だ。誇ると良いよ」


 騎士たちの攻撃を防御し、回避し、受け流し、その中で連翹と向かい合い手加減をしながら追い詰める。

 そして微笑むのだ――よくその短期間で技を磨いたね、と。

 学校の先生がテストで頑張った時に褒めるように、心からの賞賛なのだろうけど上から目線な言葉を投げかけてくるのだ。

 ちい、と思わず舌打ちを一つ。

 あれだけペラペラと喋りながら、しかし彼の動きは鈍ることはない。いいや、違う。鈍っているのかもしれないけれど、連翹には知覚出来ないのだ。


「ああ、やはり君を見逃して良かった。正直言うと、君が殺気に反応するまで悩んでたんだ。『友を騙す輩』を斬り殺すか否か」

「それはっ、どういうっ、意味っ!」

 

 正直に言うと、問いを投げかける動作も惜しい。頭も体も、全て孤独オンリーの攻撃を凌ぐために使ってしまいたいくらいだ。

 だが、それでも必死に言葉をひねり出した理由は――まるで彼が最初から連翹とノーラの思惑に気付いていたと言っているように聞こえたからだ。


「だって君たち二人、誘拐犯と被害者にしては距離が近すぎたよ。元々友達だったってことを差し引いてもね。だから、ああ、雑音ノイズを騙して潜入したんだな、ってすぐ気づけた。あれは正直少し腹が立ったな。君がただの転移者だったら、顔合わせのタイミングで二人とも斬り殺していたかもしれないよ」

「ッ――!」


 言葉の意味を理解し、一気に血の気が引いていくのを感じた。

 全部、全部バレていた。それも初対面の段階で。

 自分では上手くやっていたつもりだったけれど、事実は薄氷の上を歩むような危うい状況だった。

 だって――あの時点でバレていたら、連翹とノーラではどうすることも出来なかった。

 連翹は孤独オンリーに封殺され、ノーラは雑音ノイズが余裕で囚えたことだろう。


「だったら、なんで――!?」


 ファスト・エッジの動作を真似た踏み込みと共に剣を振るうが、簡単に受け流され、すぐさまカウンターの斬撃が放たれる。

 防御は不可能。そう確信した連翹は踏み込みの勢いのまま転倒し、そのまま勢いよく転がって距離を取った。

 瞬間、アレックスが孤独オンリーの背面を狙い剣を薙ぎ払う。だが、左手で握った鞘を掬い上げるように振るい、剣の腹を強打し強引に斬撃の軌道を曲げる。僅かに屈んだ孤独オンリーの脳天スレスレを、アレックスの剣が通過して行く。

 悔しげに顔を歪めるアレックスに笑いかけた後、孤独オンリーは連翹に向き直り斬撃を見舞った。

 疾い――けれど、遅い。他の騎士に放つ技に比べて遅すぎるが、しかし連翹が全力で防御をすればギリギリ間に合うか否かという絶妙な速度だ。

 火花が散る。刃を剣の腹で受け止め、そのまま剣を滑らせて鍔迫り合いに持ち込む。

 その様子を見て、孤独オンリーは心底楽しげに笑みを浮かべた。


「……だって、あの時におれが本気で戦おうとしたら、君は必死に逃げただろう? 戦おうともせずに」


 当然だろう、起き上がりながら何を当たり前のことを、と顔を歪める。

 なにせ敵地の真っ只中なのだから。

 仮に孤独オンリーが連翹で倒せる程度の相手だったとしても、雑音ノイズの横槍や転移者の増援が来る可能性がある以上、全力で逃げるしか手段がない。

 

「君は転移者でありながらちゃんと技を磨いた人だった。与えられた力に胡座をかかずに、己を磨いている人だった。だから――おれの宿敵に相応しいと思ったんだ。あんな場所で消費するなんて、もったいない」 


 そう言って、その考えは正しかったとでも言うかのように微笑むのだ。


「君が脱出した後は楽しみでなかなか眠れなかったよ。ああ、君が得た情報を皆に伝え、仲間と共にここへ攻め込んだ時なら――君は全力で戦うだろうと思っていたから――ね!」


 孤独オンリーは鍔迫り合いで押さえ込もうとする連翹の脇をするりと抜け、背中に向けて振り向き様の斬撃を放ってくる。

 振り向いて防御――は、無理だと考え、連翹は一歩、力強く踏み込んだ。

 普通の人間ではその程度の動作では避けきれなかったのだろうが、今の連翹は転移者の身体能力を有している。一息で孤独オンリーの間合いから脱すると、すぐさま反転し剣を構え――睨みつける。

 そうだ、だってさっきからこの男の言い分には腹が立っていたから。


「ブーメラン甚だしいけど、迷惑なのよ貴方! そんなに本気の勝負がしたいなら、異世界になんて行かないで紛争地帯に行って銃とか戦車とか相手に勝手に戦ってなさいよばーか!」


 迷惑云々なんてどの口で言ってるんだと思うけれど、それでも言わずにはいられなかった。

 全力で戦いたいなどと言うのなら、異世界など求める前に現実世界で努力をすれば良い。わざわざそれなりに平和な世界に争いを持ち込むな、と。

 

(それに、どれだけ強いって言っても、要は銃とか戦車から逃げ出した臆病者じゃない……!)

 

 正直、頭のおかしいことを考えているな、という自覚はあった。

 この異世界でならともかく地球で刀を持って戦場に赴くなど、時代錯誤甚だしい。

 だけど、そんなに戦いたいなら。

 そんなに本気で戦う相手が欲しいのなら、異世界に行く前にやるべきことがあるだろう。

 ――そこまで考えて、本当にブーメランだな、と自嘲するように口元を歪める。異世界を望む前に元の世界で本気なれ、なんて連翹に突き刺さることばかりだ。


「……? 何を言っているんだ、君は」


 孤独オンリーは怒ることも悲しむことも、ましてや自嘲の笑みを浮かべることもなかった。

 騎士や転移者たちの猛攻を凌ぎながらも、ただ、きょとん――と。

 突然間の抜けた質問を投げかけられた、とでも言うように不思議そうな顔をするのみ。


「何をって、こんな真似する前にやるべきことがあるでしょって話――!」


 連翹は力強く叫ぶ。

 しかし、孤独オンリーは質問の意図が理解出来ないと言いたげな顔で――――



「いや、だってさ――そんなこと、真っ先に試したに決まっているだろう?」



 ――――背後から迫る騎士の腕を切り飛ばしながら、当たり前のようにそんなことを口にした。


「……えっ?」

「知らないかな? 最近のテロリストはSNSで仲間を募ってるって。だから頭悪いなりに必死に言葉を覚えてね、連絡を取り合って仲間入りしたんだ。仲間になるのは案外簡単だった、それよりどうやって刀を輸送するのか考えるほうが大変だったね。結局、現地の人たちに頼り切りになってしまったよ」


 旅行するという名目で飛行機に乗って、その後合流したんだよ、と。

 頭のおかしい言葉を淡々と口にする。

 

「まあ……それなりには楽しかったかな。最初は刀持って現れたおれを馬鹿にするような人ばかりだったけれど、一人、二人――十人、二十人と屍を積み重ねていけば敵も味方もおれを見る目が変わったね。最後の方では先生扱いさ。中東でなに言ってるんだって話だけど、あっちにだってPCはあったしネットもあった。スマホなんかもね。それを利用して違法に流れてきた時代劇なんかを見ている人も居てね。そこから皆、おれをセンセイって呼んでたよ」


 彼は語る。

 刀で戦場を駆る実体験を、聞けば聞くほど荒唐無稽なフィクションにしか聞こえない話を。

 刀で銃弾を弾き、戦車の砲弾を避け、空から振ってくる爆弾から逃げ回りながら――斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬ったのだと。


「最初は楽しかった、ここがおれの生きる場所なんだって思えた。

 ……でも、ダメだ。警察隊や政府軍とかなら本気でおれを殺しに来てくれると思ったんだけれど、たかだか銃弾を刀で叩き落とした程度で戦意を喪失してさ――最後の方はこちらの優勢になり過ぎたから反転してテロリスト側を斬って、返す刀で政府側も斬って、どちらも敵に回してみたよ。

 命乞いしてくる連中の首を軒並み斬り落としたら彼らも本気になってくれてね、中々楽しめたよ」


 ――中学生の最強妄想か何か? さすがにイタイんだけど。

 そう言茶化してやろうかと思ったのに、喉が引き攣って声にならなかった。

 だって、目の前の男はその戦果を過剰に誇るでもなく、無駄に卑下して『この程度余裕だ』とアピールしているワケでもなかったから。

 ただ、小学生の夏休みの絵日記のように淡々と、『こんなことがありました、楽しかったです』と喋っているだけだと思えたからだ。


「……化け物なんじゃないの、貴方」

「まさか、おれは人間だよ。銃弾が命中したら死ぬ程度にはね」


 だから叩き落としたんだけどね、と言うが、そんな人間アピールされても反応に困る。

 まだなんやかんやあって踵しか弱点がない、と言われた方が納得出来る。神話の英雄のような力を有しています、と言われた方がまだ自然だ。


「でも、最期の方は皆々、戦意を失ってしまってね。つまらなくなって、どちらも放置して別の国に渡った。でも、別の戦場に行っても同じだ。皆、死力を尽くしていない。金の為だのメシの為だの、神の為だの言ってるくせに最後には命が何よりも大事みたいで、途中で戦闘を放棄するんだよ。降参だとか、捕虜になるとか、金なら出す、とか……!」


 ぎりっ、と苛立たしげに歯を食いしばる。

 苛立つ、悔しい、悲しい、なんで――なんで、お前らは本気にならないんだ、と。


「なぜ皆、最期まで戦い抜こうとしないんだ。どうしてあの素晴らしい瞬間を、途中で投げ出して命なんかを守るんだよ……!」


 悲痛な叫びが響き渡る。

 だが、それを共感する者は居ない。連合軍の戦士たちも、同じ世界を生きた転移者たちも、皆、皆、狂人を見る目で彼を見つめている。

 当然だ。

 多くの場合戦いは手段でしかなく、多くの人は命が大事なのだから。

 けれど、孤独オンリーはそれらが全て逆なのだ。

 自身の命など大して大事にしておらず、ただただ全力で戦い続けたいと願い続けている。

 

(転移者が規格外チートだったら、孤独オンリー破綻バグみたいなものね)


 その強さも精神性も、真っ当な人間から外れすぎている。

 だから苦しいのだろうと思う。

 酷く行き辛い世界で、必死に足掻いているのだろうとも思う。

 だが、それでも――連翹には何一つ共感することができない。心に浮かぶのは強い憤りと僅かな哀れみのみだ。

 それが伝わったのか、孤独オンリーは寂しそうな微笑みを浮かべた。 


「君たちには迷惑をかけていると思うよ。申し訳ないとも思う。だけど――ああ、こんなに全力で戦えるなんて久々で、楽しくて仕方がないんだ。こんな喜びは、『旅立つ前に父を斬った時以来』だよ」

「――父? お父さん?」


 思わず、そんな間の抜けた問いを投げかけてしまった。


「ああ、おれの実家は古流剣術の道場をやっていてね。剣を教えてくれた父は、おれみたいな畜生と違って真っ当な人間でさ。おれがテロリストの仲間として剣を振るうつもりだって知って、説得も説教も全部無駄だって理解すると、出立の当日に本気で殺しに来てくれたよ。

『お前を殺し、私も死のう。親として、堕ちる前に引導を渡してやる』――ってさ」


 その声音は、確かに悲しげであった。

 肉親を斬ったことに対する後悔と悲嘆があった。

 だが――それでも、口元だけは。

 楽しくて楽しくて仕方がない、そう大笑するように歪んでいた。


「斬った。正々堂々、真正面から、全力で、全霊で――おれが殺した。それを見た母が警察に電話しようとした、だから斬り殺した。両親の死体を見て怒り狂った兄弟がおれを殺しに来てくれた。だから、全力で反撃して、殺した。家の近くが畑ばかりで助かったよ、おかげでテロリストと合流するまで殺人がバレずに済んだ」


 連翹には意味が分からなかった。

 家族が嫌いで、自分を束縛する肉親を殺してせいせいしている――そんな風には見えなかったから。

 まるで、ある日突然災害によって家族を全て失った者の口から出る嘆きのように聞こえたから。

 だというのに、浮かんでいる表情は心底楽しげだ。


「意味が分からないのよ――家族を殺して喜んでるのか悲しんでいるのか!」

「もちろん、悲しいよ。おれは皆を愛していたから。剣以外は出来の良くない息子を育ててくれた両親も、年下のおれに負けても嫉妬せず真っ直ぐ鍛錬に打ち込んでいた兄弟も、真っ当に学生なんてやっていた時の友人も、全員。愛情も友情も常識もあるつもりだ――ああ、これも他人と違って外れている、とは思いたくないなぁ……」


 その言葉は嘘偽りには聞こえなかった。

 彼は本心から家族を愛していたし、真っ当な生活に価値を見出していたのだろうと思う。

 なんとなくだけれど、孤独オンリーは真っ当な常識や友愛を備えているように見えたから。

 

 ――だからこそ、連翹は恐ろしかった。


 彼の言動がちぐはぐにしか感じられなくて、異世界の住人よりもずっと別世界の理屈を喋られているように聞こえたから。

 

「愛していた、おれの手で殺してしまったことは悲しく思う。叶うなら、皆と食卓を囲んで笑い合いたかったと心から思うよ。

 だけどそれよりもおれは――おれの剣で誰かと本気で斬り合うという願いが重かった」


 その言葉で、連翹はようやく理解した。

 孤独の剣鬼(オンリー・ワン)の行動原理と想いを、共感など全く出来ずとも思い至った。

 

「ゆえに、本当に大切なモノ以外全て火にべた。愛も友情も正義も平和も秩序も、全て全て全て――己という剣を鍛える炎の燃料に」


 ――要は優先順位の問題なのだ。

 彼は真っ当な感性を有している。

 肉親を失えば悲しいし、他人に迷惑をかけたら申し訳なく思う。仲の良い現地人のメイドも居たらしいし、普通に一緒に居れば好感が持てる人物なのだろう。


 だが――彼は何より剣を、そして斬り合いを好んでいた。


 他の全てを犠牲にしても良いと思えるほど、刹那のせめぎ合いを愛していたのだ。

 彼はちぐはぐなのではない。

 それは、家では頼りない父親が、しかし仕事場では有能な社員であるのと同じように。

 真っ当な好青年としての姿も、全てを敵に回して嬉しそうに笑っている姿も、彼の中に矛盾せず同居しているのだ。


「意味が分からないかな? 狂人に見えるかな? でも、おれからすれば皆の方がおかしく見えるんだ。全身全霊で鍛え抜いた心技体、それを発揮すること無くただただ生き残るために死蔵する意味が理解出来ない。鍛えた心は、鍛えた技は、鍛えた体は、使ってこそ黄金に輝くモノだろう?」


 その言葉の意味は理解出来なくもない。

 戦う技術とは、どう言い繕っても相手を殺すためのモノだ。そして戦いとは、互いに命を奪い合うモノなのだ。

 どれだけ守るため、秩序のためなどと言葉で装飾しても刃を握り振るっている時点で本質は変わりない。

 剣とは、互いに刃物を振るって相手の命を奪うために真剣になる交流なのだから。

 

「でも、やっぱりおれは少数派だ。元の世界でもそうだったけれど、この異世界でも。モンスターと日頃戦っている人間ならもしや、と思っていたんだけれど――そういう生活を送っているからこそ、無駄に危険を冒さない。全力で命を奪い合う戦いをしようなんて言っても、怪訝な顔をされるか笑い飛ばされるか、怖がって逃げられるかだった」


 そうだ、転移者たちは皆、救われたいから異世界に行くことを同意した。

 元の世界では叶わない、諦めた願いを叶えるために、この世界に転移したのだ。


「正直、落胆したよ。スキルを使って異世界の流派を学ぶのは楽しかったけれど、それだけだ。おれと想いを共有してくれる宿敵はどこにも居ない、おれの居場所は、どこにもない」


 彼もまた、数多くの転移者と同じように救いを求めてこの世界にやって来た。

 戦いを、戦いを、戦いを――まだ見ぬ宿敵と、剣を交えて真剣勝負をしたい。刀刃吹き荒れる刹那の中で競い合いたいのだと。

 だが、規格外チートがあれば問題ない大多数の転移者とは違い、彼の願いには他者が必要だった。

 ゆえに、どれだけ力があっても、どれだけ強くても、彼は満たされない。飢えたまま、乾いたままだった。 


「だから、どこか人気のない場所で切腹してこの無意味で生産性のない畜生の人生を終わらせよう、そう思っていた時に彼が――雑音ノイズが声をかけてくれたんだ」


 ――そんな彼を、救う者が居た。

 雑音語り(ノイズ・メイカー)にそんな気などなく、ただただ利用するために声をかけたのだろう。

 ただ、それでも。

 孤独の剣鬼(オンリー・ワン)にとって、それは確かに彼の存在は救いだったのだ。


「三年を越えても冒険者としてモンスターを狩るおれに特別な力があるって――唯一無二のチート、無二の規格外(ユニーク・チート)の持ち主だなんて騒ぎ出してさ。正直、何言ってるんだって最初は思ったよ。何度『この力は自前だ』っていくら言っても信用してくれなくてね、いい加減苛立っていた時に、彼はこんなことを言い出したんだ。

『ぼくたち転移者で国を創ろう。この大陸を無力な現地人どもから奪い取るんだ。ぼくたちが手を組めば、世界の全てが敵になっても勝てる』……ってさ」


 それは、孤独オンリーの秘密を引き出すためだけの砂上の楼閣だった。

 転移者が徒党を組んで、暴れる。なるほど、明確な驚異だ。一人二人の転移者が暴れるのとは全く違う。

 

 ――だがそれは、現地人が対転移者の経験値を積み重ねる理想的な環境なのだ。


 一対一なら、または少人数で一人の転移者と戦っていたなら、スキルに慣れる前に殺されていただろう。女王都でキャロルがレオンハルトに敗北した時のように。

 だが、複数の一流の戦士が居れば。

 連携し、傷を負いながらもスキルを凌ぎ、苦戦しつつも生き残れば――次第に転移者のスキルに慣れていく。

 そして転移者のスキルは皆が同じ動作。コツを掴み、それを皆に共有すれば、スキルしか脳のない弱小の転移者であれば簡単に倒せるようになる。

 

 ――その結果、次第にレゾン・デイトルは追い詰められていく。

 

 最強の転移者を率いているのに、レゾン・デイトルはどんどん劣勢になっていく。

 当然だ、雑音ノイズはレゾン・デイトルが勝てないように連合軍に経験を積ませていたのだから。  

 そうやって追い詰められれば、いずれ孤独オンリーは秘密を喋るはず。

 己の玉座を守るために、己の国を守るため、己の権力を守るため、そうせざるを得ない――喋らなければ、全てを失って破滅するだけなのだから。

 雑音ノイズはそう考えて戦略を組み立てた。

 他の幹部の助力もあったのだろうが、その戦略はほぼ完璧に成功していた。そういう意味では、連合軍の皆は雑音ノイズの掌で踊っていたと言っても良い。

 

 ――だが、雑音語り(ノイズ・メイカー)は最初の時点で大きく読み違えていた。

 

 無二の規格外(ユニーク・チート)などという都合の良い力が存在しないということを。

 そして――孤独オンリー雑音ノイズが考える破滅をこそ求めていたということを。

 だから、雑音ノイズはどれだけ暗躍しようとも自分が求めた結末に辿り着く可能性は皆無だったのだ。


「だからさ、雑音ノイズには感謝しているんだ。彼に言われなければ、おれはそんな簡単なことにも気づけず、一人静かに自死していただろうからね」


 孤独オンリーにとって、雑音語り(ノイズ・メイカー)は自分を救い、進むべき道を示してくれた人なのだ。

 だからこそ孤独の剣鬼(オンリー・ワン)は彼に嘘など吐かなかったし、アレックスに殺されそうになっていた雑音ノイズを救ったのだ。

 心から恩義を感じていたから。

 心から友人であると思っていたから。

 もし、雑音ノイズが一言「ここから逃げたい」と、「助けてくれ」と懇願したのなら、孤独オンリーは自分の欲望すら投げ捨てて彼を助けたことだろう。

 

(――なんて、最悪……!)


 本来決して噛み合うことのない歯車が何かの偶然でピッタリと嵌り合ってしまった結果、機械が致命的な誤作動を起こした――そんな関係であった。

 雑音ノイズは強いだけの剣士になど興味なかったはずだし、孤独オンリーもまた小賢しい小僧などに興味など抱かなかったはずだ。

 けれど、自死を選ぶ程に精神的に衰弱した孤独オンリーと、勘違いした雑音ノイズという組み合わせは最悪な形で噛み合ってしまった。

 その結果出来上がったのは一匹の剣鬼。

 己の孤独を癒やすため、全てを巻き込んで破滅する悪鬼だ。


「さて、と――連翹だったね。君は頑張った、まだまだ拙い技量でよくここまで喰らいついた」


 黙り込む皆を見渡した後、孤独オンリーは刀を肩に担いで微笑んだ。


「だから、全てを捨てて逃げるなら、おれは追わない――さあ、どうする?」


 ああ――きっとその言葉は真実なのだろう。

 だって彼は別に相手を殺したいワケではない。それどころか、勝利すら望んでいないのかもしれない。

 彼が望むのはただただ本気での戦いで、その後に齎される勝利も敗北も自分と相手の死も、等しく興味を抱いていないのだ。

 だからこそ。

 相手が本気でないのなら、そして相手の本気を全て見抜いた上で自分が本気を出すまでもない相手だったのなら――彼は本心から見逃すはずだ。

 前者は戦う価値のない相手であり、後者は心意気は気に入っても戦いで満足出来ない。

 だから、逃がす――どうせ後で戦えるはずなのだから。


(だって――本当に古い物語の魔王みたいに生き物を殺し尽くすのなら、互いに生きていれば再戦の機会は巡ってくる)


 何か理由があって本気で戦ってくれない相手であっても、魔王の如く殺し、破壊し、蹂躙して行けばいずれその相手の大切なモノに行き当たる。

 それを守るために本気で戦ってくれるならそれで良し、そこまでやっても逃げ続けるような相手なら、その相手は戦う価値が一欠片もないということ。

 そして、本気で戦ったけれど実力が届かなかった相手なら――技を磨き、また戦ってくれるだろう。魔王の如く暴れ回る邪悪が相手なら、尚更だ。

 それよりも前に孤独オンリー自身が敗北し死んだとしても――きっと、それはそれで構わないのだろう。

 自分の命を奪う程の強者が本気で戦ってくれたのなら満足して逝けるし、本気を出さずに自分を殺すほどの強者が相手であったら世界の広さに感動しながら逝ける。

 ゆえに連翹は――


「こんなの、逃げられるはずないじゃない……!」


 ――絶対に敵わない。そう思いながらも剣を構えるのだ。

 仮に連翹が逃げ出したとして、それに追従して何割の人間が逃げたとする。

 けれど、きっとニールやカルナは、ノーラは、騎士たちは逃げない。

 ニールはきっとあんな凄い剣士に背中を晒すような真似をしないだろうし、カルナはそんなニールに付き合うはずだ。そしてノーラは二人を見捨てられないし、騎士たちは敵から逃げる選択肢など無いだろう。

 結果、何人死ぬだろう?

 正確な人数は分からないけれど、大切な人たちは沢山死ぬだろう。そうしたら、きっと連翹は自分を許せない。

 仮に生き残ってくれたとしても――連翹はもう、二度とニールたちの目を見て話せないだろう。皆を見捨てて逃げ出したという負い目が、皆と育んだ連翹の自信をへし折ってしまうはずだ。

 これまで皆と過ごした日々が光り輝いていたからこそ、それを失えばきっと自分は立ち直れない。皆が居ない未来など、耐えられない。

 

(……絆は元々、馬の首に繋げる鎖を意味する言葉だって言うけど)


 なるほど、確かに――逃げたら助かるというのに、絆が連翹を縛って逃走を封じている。

 生き残るためならこの選択は悪手も悪手、もしも転移前の連翹が今の連翹の選択を見たら、救いがたい愚か者だと断ずるだろう。

 だけど――大切な人たちと鎖のように硬い糸で繋がっているのなら、繋がり合っているのなら。

 悪手でも愚かでも、それはそれで、悪くないなとも思うのだ。


「ははっ――そうか」


 孤独オンリーは、静かに微笑んだ。

 連翹の選択を尊重するように、けれど同時に悲しげに。

 本気で立ち向かってくれた相手が逃げずに居てくれることに対する喜びと、その相手がこの世から消え失せてしまう悲しみを抱き――


「ならば、おれも全力の一撃で終わらせよう」


 ――刹那、孤独オンリーの姿がブレた。

 超高速で疾走――いいや、弾丸が射出されるような形で一気に間合いを詰めてくる。

 それは先程カルナに使った彼自身の技、『第一秘剣・雷切』だ。加速する思考の中で、連翹はその技にニールの獅子咆刃ししほうじんに近しいモノを感じた。

 闘気を斬撃として放ち敵を切り裂くか、地を蹴る瞬間に足裏から放ち己を撃ち出すかの違いだ。

 孤独オンリーは地を蹴る度に小刻みに己の体を射出し、雷の軌跡めいたジグザクな動きで間合いを詰めてくる。

 そこまでは、分かる。

 積み重ねた戦闘経験が、規格外チートで強化された体が、なんとか目で追うことを可能としていた。

 だが、それだけだ。考えてから体を動かすのでは遅すぎる、間に合わない――



「君の想いは、一剣士としてボクにも理解できる」


 

 ――刃が連翹の首を斬り落とす寸前に、豪奢な鎧を身に纏った騎士が強引に割り込んだ。

 普通の騎士よりも装飾の多い鎧を身に纏った巨漢であった。頭部を兜で覆い隠し、表情の読めない彼は――ゲイリー・Q・サザンは孤独オンリーの刃を押し返しながら、怒りと哀れみが混じった呟きを漏らす。

 

「だが、友人は選ぶべきだったな。もっと別の人間と巡り合っていたら、このような獣に成り果てずに済んだだろうに」

「いいや、おれはおれのために、ただ己の欲望を満たすために畜生に成り下がった。それを他者のせいだなどと、言えるはずがないよ――誰が唆したところで、悪鬼となる選択をしたのはおれ自身なんだから。そこを間違えたら、おれは本当に救いがたい畜生に成り下がる」

 

 勢いに逆らわず距離を取った孤独オンリーは、静かに首を横に振るう。

 自分がやっていることが最悪なのは百も承知だ、こんなモノ畜生の行いであろうと。

 だが、それでもその欲求を抑えることが出来なかったのだ。

 ゆえに、この現状は雑音ノイズのせいではない。

 この選択肢を選んだのは他ならぬ自分自身なのだから、と。

 

「さあ、正義の騎士よ、秩序を守りし英傑よ――おれが許せないというのなら、この首を、この心臓を奪いに来てくれ。おれの首はまだ繋がったままだぞ、おれの心臓は高らかに脈動しているぞ、君たちがここで敗北したり逃げたりしたら――レゾン・デイトルから出て宿敵に出会うまで暴れまわるぞ」


 もしそうなれば、孤独オンリーは無辜の民を殺し続けるだろう。

 殺人を尊んでいるワケでもなく、血に飢えているワケでもなく、ただただ自分と本気で戦ってくれる相手を引き寄せるために。

 ただただ、作業のように――命を潰し撒き餌にするのだ。


「そんなこと、認められないだろう? こんな非道、許容出来ないだろう? だから、さあ――全力で来てくれ。倒すべき魔王はここに居る」


 そう言って、たった一匹の剣の悪鬼は笑うのだ。

 楽しげに、楽しげに――自室に招いた友人に、ゲームのコントロールを投げ渡すような笑みで。


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― 新着の感想 ―
うーん超人。無二、万年に一度レベルの天才じゃん
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