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211/無二の剣王/1


「それじゃあ、小手調べだ――ファスト・エッジ」


 発声と共に剣を振り上げ、こちらに踏み込む動作をする無二の剣王(オンリー・ワン)に対し、アレックスは怪訝な表情を浮かべた。

 確かに『ファスト・エッジ』は剣術スキルの中で隙が最も少ない技だ。そのため、戦い慣れた転移者は『ファスト・エッジ』をメインにして戦いを行う。

 ゆえに、最初に使うスキルが『ファスト・エッジ』であることはそう驚くべきことではない。

 驚いたのは、転移者の王と呼ばれる男がそのような基本的な手段を用いたこと。

 確かにスキルは強力だが、しかし転移者ならば誰しもが扱える。全く同じ動作の技を、全ての転移者が。ゆえに、何度も戦えば慣れる。どれだけ疾い斬撃であろうと、どのように振りかぶり、どのように斬り下ろすのかを理解していれば先回りして防ぐことは十分可能なのだ。

 だからこそ幹部は強敵だった。スキルや転移者の特性を利用しつつも、凡百の転移者とは別のスタイルを確立させていたから。

 

(だからこそ、解せん)


 その幹部を統べる王が、特殊な行為をする様子がまるでない。

 頭の中で膨れ上がる疑問符を、しかしアレックスは無視して迎撃のために踏み込む。

 どのような理屈でスキルを放ったのかは分からないものの、これは好機だ。なにせ『ファスト・エッジ』は何度も見てきた。防御や回避はもちろん、カウンターを仕掛けることくらい造作もない。

 懐に飛び込み、思惑ごと胴を薙ぎ払ってくれよう。

 そう思い剣を振るう――その刹那、眼前の無二オンリーの姿が消滅した。

 

(……!?)

 

 その事実に驚愕しつつも、しかし冷静に周囲の気配を探る。

 なにせ、相手は転移者の王なのだ。現地人を上回る力や想像の埒外にある技術でこちらの思惑を外してくる可能性は想定している。


(転移者の身体能力、無二オンリーのそれが凡百の転移者と一線を画するモノだとすれば――死角から攻め入ることも可能か?)

 

 彼の気配遮断能力は優れているため至難の業ではあるが――攻撃の瞬間にはそれが緩むはず。高速で移動していたとすれば、なおさらだ。

 高速で思考しながら、アレックスは油断なく周囲から迫る敵意や殺意を探る。

 背後――存在しない。

 左右――存在しない。

 上空――存在しない。

 ならば、どこに――そこまで考えて、肉を抉るような殺意を感知する。

 その瞬間、風景画に無理矢理書き足したかのような無遠慮さで、無二オンリーが正面から現れた。刀を、振り下ろした姿で。


「なっ……!?」


 防御も回避も間に合わない――!?

 愕然とするアレックスの横合いから、分厚い剣が飛び込んできた。鈍色の兵士の鎧を身に纏った巨漢、ブライアンだ。

 鳴り響く金属音。剣を突き出し強引に無二オンリーのスキルを受け止めたブライアンは、雄叫びと共に剣を振るい無二オンリーを吹き飛ばす。無二オンリーはその力に逆らわず、ふわりとした動作で跳躍し距離を取る。


「空中なら避けられねえだろ、そこだ――!」


 その瞬間、耳を貫く爆発音と共に鉄杭が射出される。ファルコンの鉄咆てつほうだ。

 狙撃にはあまり適さないその武器でありながらも鉄杭は正確に無二オンリーの元へ向かう。


「へえ、雑音ノイズから聞いていたけど、本当にあるんだね――鉄砲てっぽう


 だが、彼は刃を閃かせそれを流す。ギャリッ、と刀身と鉄杭が擦れ合う音と共に軌道が斜めに逸れて行く。

 そのままひらりと地面に着地する無二オンリーを睨みながら、ブライアンはアレックスに対し「おいアレックス!」と責めるような声を発した。


「馬鹿野郎、何やってんだ! 相手の目の前で呆けてるんじゃねえよ!」

「呆け――私が?」

「決まってんだろ――また来るぞ!」


 馬鹿な――と驚愕する。

 だって、自分は一度たりとて目の前の男から意識を外していない。

 ゆえに、今度こそはと無二オンリーの動きを見定める。

 

「ファスト・エッジ――さあ、頑張って凌いでみてくれ。そのままでは、何も出来ずに敗北する未来しかないよ」


 スキルを発声し、こちらの神経を逆なでするような物言いをしながら、勢い良く間合いを詰めてくる。

 奴が狙うのはブライアンだ。それに対し、ブライアンは両手を腹部辺りまで下げ、刀身を盾とする。転移者の腕力に対し正面から受け止めるというのは普通ならば悪手だが、彼ならば数秒程度であれば拮抗出来る。その間にアレックスやファルコンが隙だらけになった無二オンリーに攻撃すればいい。

 だが、アレックスの頬にはひやりとした汗が伝う。

 先程の視界から消える手段、それがまだ分かっていない。アレックスは最初、高速移動やスキルを用いた独特な技で隠れたのだと推測したが、違う。ブライアンの言葉を聞く限り、他の者たちには無二オンリーの姿は見えていたのだ。

 なぜ自分だけが? 膨れ上がる疑問の答えを探るべく、無二オンリーの動作を確認する。


(体の動きが、違う――?)


 振り上げた剣も、踏み込む足の力強さも『ファスト・エッジ』と同じだ。斬撃の軌道も、先程の状況を思い返す限りでは変わっていない。

 だが、足の動きが違う。体の動きも、また。

 風を斬り捨てるような高速の疾走だというのに、足音が不自然なくらいに小さく、体は直立しているかのようにブレていない。動きのない肖像画が、高速でこちらに迫ってくるような奇妙さがある。

 全体的な動きは『ファスト・エッジ』と変わらないというのに、細々とした動作がまるで違っている。なるほど、恐らくこれが無二の剣王(オンリー・ワン)を最強たらしめるスキルなのだろう。

 

 ――だが、今度は『消え』ない。

 

 違いこそ理解したものの、しょせんは極度に体のブレを排された『ファスト・エッジ』だ。

 一剣士として、ああも安定した体勢は驚嘆に値するものの、視界から突然消滅するような特別な能力を持ち合わせてはいない。

 ブライアンが言った通り、あの時は呆けてしまったのだろうかとアレックスは己の不甲斐なさに顔を顰める。無辜の少女たちを殺そうとした無二オンリーに対する怒りが、思考に空白を産んでしまったのかもしれない――


「なん、だこりゃ……!?」


 ――ブライアンの狼狽する声を聞き、アレックスはその思考を廃棄した。

 無二オンリーから瞳を逸らさず、視界の端でブライアンの様子を伺う。アレックスよりも前に出ているため表情こそ伺えないものの、迫り来る無二オンリーから視線を外し、突然何かを探すように辺りを警戒し始めているのが分かる――目の前に、迫り来る無二オンリーが居るというのに、だ。

 傍から見れば、突然呆けたようにも見える。

 だが、分かる。先程、同じ状況になったからこそ理解出来る。

 今、ブライアンは――正面から斬りかかろうとする無二オンリーの姿が見えていない――!


「ブライアン、巻き上げろ!」

「あ、お、おう!」


 狼狽してはいるものの、戦闘経験が豊富であるがゆえにブライアンの行動は迅速だった。

 守りの構えを解除しつつ、己の闘気を剣に纏わせる。力を受け燐光を放つ剣の切っ先を地面に突き刺し――地中にその力を開放する。


 ――リディアの剣、石華しゃくか


 地中に向けて解き放った闘気の衝撃は地面を花弁が花開くように捲り上げる。本来は多数の敵に囲まれた際に相手を吹き飛ばす、言わば仕切り直しに用いる剣技だ。一対一で使う技では断じて無い。

 だが、全方位に向けて放つ技であるがゆえに相手を視認出来ずとも効果があり――転移者は大きく体勢を崩すとスキルが中断されてしまう。

 

「お――っと」


 地面と共に巻き上げられた無二オンリーも、また。剣を振り下ろしたかけた姿勢のまま宙を舞い、己に殺到する石塊、土塊を不安定な姿勢のまま刀で弾き飛ばし無効化していく。

 その僅かな隙。

 スキルは体勢を整えなければ発動できない以上、空中で衝撃に身を晒されている今、こちらを攻撃することは出来ない。

 だから、伝えるならば今だとアレックスは声を張り上げた!


「皆、あいつに集中し過ぎるな! 視界から消えるぞ!」 

「おっと、もうカラクリに気付いたのか。さすがに優秀だね、混乱している間に一人ぐらい殺してしまうかと思ったよ」


 スキルの優位性を暴いたというのに、どこか嬉しそうに微笑む無二オンリーを睨めつける。

 その余裕が真実か偽りかは見抜けないものの、油断は出来ぬと無二オンリーの姿を――視界の端に収めるようにしながら追い続ける。


「どういうことだい、こっちからじゃあアンタら二人が突然隙だらけになってるだけにしか見えないよ!」

「歩法と体捌きだ! それを用い、注目すべき情報ではないと頭を誤認させている!」


 マリアンの疑問も最もだ。なにせ、これは狙った相手の視覚に錯覚を起こすモノ。後方で治癒の準備をしているマリアンはその範囲に収まっていない。


 ――視覚情報の処理には優先順位がある。


 そもそも、人間は視界に入れたモノ全てを理解出来るように出来ていない。無意識に、そして場合によっては意識的に情報を取捨選択している。

 これは生き物として当然の機能だ。己の身に危機が迫っているというのに他の情報ばかり気にしている生き物など、とっくの昔に絶滅しているだろう。

 だからこそ、人間は何かに取り組む際に必要な情報以外をシャットアウトする――一つの目的のために集中するのだ。

 そして、無二オンリーは足捌き、体捌きを以って眼前の敵の頭を混乱させる。相手の脳に自分は路傍の石であると、戦いの場において注視すべき存在ではないと誤認させるているのだ。

 ゆえに、集中すればするほど、無二オンリーの姿は見えなくなる。

 当然だ。戦うために集中しているからこそ、戦いの場に不必要な情報に身を隠した彼の動きを捉えることは出来ない。戦いに集中すればするほど、地面を転がる路傍の石など見えなくなるように。


「ゆえに――先程は不覚を取ったが、カラクリさえ理解すれば戦える!」

 

 叫び、アレックスは地を駆ける。

 それに対し無二オンリーは先程の足捌きを用いてこちらに錯覚を促すモノの――無駄だ。

 思考を高速化させ、情報の重要性を意図的に組み替える。石畳の地面こそ最重要の存在であり、眼前の敵を路傍の石程度の重要性であると意図的に誤認する。

 そうなれば、もはや錯覚など怖くはない。町中で山林用の迷彩装備を纏っているのと同じだ、どれだけ隠れる意図があろうとこちらの目には明瞭に映る!

 間合いを詰め、踏み込みと共に剣を振るう。

 

「――さすが」


 されど、斬撃は無二オンリーの刀によって受け流される。シャリン、という澄んだ音色が響く。

 刀は騎士の剣よりも細く薄いというのに、折れる気配も曲がる様子もない。

 その理由は、妖刀そのものが頑丈なのはもちろんのこと、無二オンリーの受け流しが恐ろしく上手いからだ。

 

「スティール・エッジ!」


 力を受け流され僅かにバランスを崩したアレックスに向けて、スキルを発声した。

 聞いたことのない名称だが、しかし初動で推察することが出来る。恐らく、あれは『クリムゾン・エッジ』だ。

 薙ぎ払うようにして振るわれる斬撃を前に、アレックスの防御は間に合わない。見事なカウンターだ、アレックスにこのスキルを凌ぐことは不可能だ。

 

「させるかよぉ――!」


 ――そう、アレックスには。

 だが、この場で戦っているのは断じてアレックス一人ではない。

 アレックスと無二オンリーの間に強引に割り込んだブライアンは、剣の腹を盾にしながら突撃する。

 ――響き渡る濁った金属音。

 鋭い斬撃がブライアンの剣に食い込むが――両断するには至らない。彼の剣は他の者たちよりも分厚く頑丈に造られている。リディアの剣は剣を盾に使う動作が多いが、ブライアンのそれは盾に剣の要素が兼ね備えていると言っても過言ではないだろう。


「どうしたぁ!? 力入ってねえぞ、手ぇ抜いてんのか王様よぉ!」


 スキルの動作が止まった――その瞬間、ブライアンは更に踏み込み無二オンリーを押し倒さんとする。


「は――」


 その勢いを流しながら、無二オンリーは剣を直す。すぐさま反撃をするため、踏み込み――


「そこだねぇ!」


 瞬間、後衛のマリアンが突貫した。

 メイスを振り上げながら迫るマリアンを見て、しかし無二オンリーは焦ることはない。

 当然だ。確かに彼女は体格に恵まれており、下手な戦士よりも筋力があるが――技量という面ではさして優れているワケではない。その程度なら回避するのは容易い、そう判断したのだろう。


「シッ――!」


 だからこそ、アレックスは踏み込んだ。

 正面からの斬撃に対し、無二オンリーは顔色を変えず受け流しを選択する。澄んだ金属音と共に、アレックスの勢いと剣が上滑っていく。

 だが――刀身が地面と平行になった瞬間、滑り落ちる剣の動きが停止した。当然だ。全力で斬りかかっているように見せかけたものの、これは相手に対処させるための攻撃だ。


 ――リディアの剣、風華ふうか


 それは風の中を舞う花びらの如く、地面へと向かっていた切っ先は突如として軌道を変える。

 腕と手首の回転を以って、刀を回り込むような動きで切っ先が無二オンリーの胸へと突き進む。


「――ははは――」


 だが、無二オンリーもまた咄嗟に剣を引きながら刺突の軌道をズラしていく。

 必殺の刺突はしかし、相手の左脇を軽く掠めるのみ。

 だが、それでいい。

 この程度で仕留められないことは先程の攻防で理解していた。だが、少なくとも守勢に回って動きは鈍る。

 ならば――後は力任せの一撃に任せればいい。


「さあ、叩き潰してやるよぉ!」


 飛びかかったマリアンがメイスを振り下ろす。轟、という音を響かせるそれに騎士ほどの技はないが、しかし単純な威力という面においては勝っている。

 高威力の打撃を脳天に叩きつけられたら、さすがに転移者といえど無事ではすまない。そして、無二オンリーがバランスを崩した状態に対し、マリアンのそれは勢いの乗った攻撃だ。この一瞬であれば、腕力勝負であってもマリアンに軍配が上がる。


「――ははははっ」


 ゆえに、彼は受け流す他ない。直撃すれば頭部を叩き潰され、真っ向から受け止めれば力負け、体勢が崩れ回避も出来ない以上、それしか手段がないのだ。

 強烈な打撃を峰で受け止め、全身を回転させながら勢いを逃していく。重い衝撃音と共にメイスは石畳を爆砕し、無二オンリーはコマのように回転しながら僅かに退いた。

 

「今だな――吹っ飛べぇ!」


 体勢が整えきれていないそのタイミングで、ファルコンがポーチから複数の瓶を投擲した。

 あれは確か火吹き蜥蜴(ファイア・リザード)の粘液か。最近ドワーフたちが使う鉄咆てつほうという武器にも用いられるそれは、恐ろしく可燃性の高い液体だ。

 無二オンリーであれば瓶を全て叩き落とすことは容易いだろうが、一瓶でも割ってしまえば衝撃で点火し、空気を吸って燃え上がる。


「――ははははははははッ!」


 だが、無二オンリーは回転の速度を緩めながら刀の峰で瓶を尽く受け止め――遠方に放り投げる。ズドン、と遠くで爆ぜる音が響いた。

 じわり、と額に汗が浮かぶ。

 なんて冗談のような動きだ、あれが転移者の王の規格外チートなのか、と。

 だが、攻め手を緩めるつもりはない。アレックスとブライアンは共に踏み込み、ファルコンの攻撃を凌いだばかりの無二オンリーへ斬りかかる。

 相手に休む暇など与えない。怒涛の攻めを以って体力を削り、ミスを誘う。

 ブライアンがあえて大ぶりの斬撃を放ち、アレックスは小刻みな動きで回避の難しい斬撃を連続して放つ。

 アレックスの攻撃ばかりを注視していればブライアンの攻撃が直撃し、ブライアンの大振りに意識を奪われたらアレックスの斬撃が肉を抉る。その最中にもファルコンは無二オンリーの背後へと移動し、マリアンは治癒の奇跡の準備を整えつつ殴りかかるタイミングを伺っている。

 一人相手に卑怯だなどと思わない。巨大な竜を相手に一対一の戦いを挑むのは、誇り高くはあるものの賢いとはいい難いだろう。

 それと同じだ。規格外チートを有する転移者の体は巨大なモンスターと大差はない、ならば複数人で打倒するのは人間であれば当然の選択だ。

 ゆえに油断もなく、慢心もなく、ただただ全力で相手を磨り潰す。

 

「素晴らしいね! 全力でおれの心臓を! 首を! 命を奪おうという気概を感じる!」

「なんなんだ、貴様は……!?」


 だというのに。

 これだけ苛烈に攻めているというのに、相手が弱る気配が微塵も感じられない。

 ただただ楽しげに――歯列をギラつかせた狂相を浮かべ、剣を振るい続ける。

 ブライアンの強撃を回避し、アレックスの斬撃に刃を合わせ、左右や背後から迫るファルコンの援護を正確に撃ち落とし、マリアンの打撃を受け流す。

 己の秘策を暴かれた上で四体一という不利な戦いをしているというのに――その表情には絶望どころか焦り一つ存在しない。

 あるのはただ一つ、喜悦のみ。

 楽しい、楽しい、楽しい――首筋まで剣が迫っても、刃が心臓を貫こうとしても、鉄杭が眼球を抉ろうとしても、メイスが頭部を割り砕こうとしても、彼はむしろ喜悦を色濃くするばかり。

 

「おれか? おれは剣士だ! 名を捨て、今は無二の剣王(オンリー・ワン)を名乗る者だ! それ以上でもそれ以下でもないさ!」


 鋼と鋼が開花させる火花の中、無二オンリーは心底楽しげな声でそう言った。

 それ以上の情報は不要だろう、それ以上の詮索など無意味だろう、そう言うように。

 

「……楽しいか、無二の剣王(オンリー・ワン)!」


 だからこそ、アレックスは腹立たしかった。

 ゆえに、剣と言葉に怒りを込め叩きつける。

 

「貴様にどのような目的があるのかは知らん。だが、無辜の人間を数多く傷つけ、死者を出しているというのに――その上で、楽しいなどと宣うのか!」

「――それに関しては申し訳なく思っているよ。おれは無辜の人々を傷つけている。今も、昔も、そしてこれからも。本当に……どうしようもない男だ」


 浮かべる表情には、確かに悲しみに満ちていた。

 虐げられる人々を憐れみ、それを成す自身を心から嫌悪している、そんな風に見えた。


「けれど」


 言って。

 彼は、悲しみの感情を吹き散らし、心底楽しげな笑みを浮かべ――


「『それ』は『それ』、『これ』は『これ』さ――全く別の問題だろう?」


 ――そんな、無責任な、ことを。


「ああ、そうか――!」


 この男がどのような感情でレゾン・デイトルの王をやっているのかは分からない。

 だが、それでも一つだけ分かったことがある。

 この男を生かしておいてはいけない。

 彼自身が言った通り――その在り方は悪鬼のそれだ。


「ああ、そうさ――けれど、楽しい時間はすぐに終わってしまう」


 四人の連携を掻い潜り、勢い良く後ろに跳んだ。

 空中で姿勢を制御しつつ距離を取る無二オンリーに対し、ファルコンの鉄咆てつほうが火を吹いた。竜の咆哮めいた轟音と共に鉄杭が迫るが、余裕を持った動きでそれを弾き飛ばす。

 そうして、互いに剣の間合いから外れる。ファルコンの鉄咆てつほうならば狙い撃てる距離だが、しかしあれは魔法を併用せねば連射は出来ない。

 歯噛みをするアレックスの視線の先で、無二オンリーは静かに着地した。その姿に疲労は見られない。

 

「終わる? まさか、これから逆転するとでも言いたいのか?」


 挑発的に言い返しながら、次の瞬間にでも踏み込めるように体に力を込める。

 油断はしない。油断はしないが――それでも今は自分たちが優位であるとアレックスは考えていた。

 無二オンリーは最初こそ攻撃をしかけていたものの、視界から消えるカラクリを暴かれた後は防戦一方だった。防御、回避、受け流し、どれを取っても一線級であるのは確かだが、彼はずっと攻撃に移れていない。

 つまりそれは、こちらの隙を突けていないということ。

 ならば、攻め続ければ問題はない。確かに無二オンリーの技量――無二の規格外(ユニーク・チート)は脅威ではあるが、しかし戦いとは守っているだけでは勝てないのだから。

 だが、無二オンリーは歯列を見せつけるように笑った。

 

 ――まさか、これで勝てると思ってはいないだろうな、と。

 ――否、否、否。ここからが本番だ、と。

 

 獲物を見つけた肉食獣めいた笑みと共に、無二オンリーは言った。


「――――ああ、勝つとも。もう理を読み解いたからね」


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