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209/救出


 アレックスは随分と血生臭くなった地下室を移動し、牢の鍵を一つ一つ白銀の剣で破壊していく。

 床に散らばった死骸を漁れば鍵は出てくるだろうが――粉砕された頭部と噴出した血液の海を探すのは手間だ、こちらの方が早い。


「ノーラ、大丈夫? 肩、貸した方がいい?」

「いいえ、集中して治癒すれば傷も痛みも残りませんから。レンちゃんはあの娘たちの避難を手伝ってあげてください」

「ん、分かった。ああ、そっちのドワーフの娘! そのエルフの娘はあたしが抱いていくわ。……あ、ちょっと不満そうね。やっぱアレックスにして貰いたかった? ……あ、いいのいいの。誰だってそう思う、あたしがそっちの立場でもそう思う」


 アレックスはノーラと連翹の様子を見ながら、小さく安堵の息を漏らした。

 無事で良かった――と言ったら配慮が足りないと怒られてしまうだろうか? 乱れた衣服を見れば、連翹が怒りのままに殺害した男たちの骸を見れば、何が行われようとしていたのかは明白なのだから。


(もっとも、二人の様子を見る限り――最悪の事態だけは避けられたようだがな)


 船でレゾン・デイトルを目指す途中、救難を示す煙が立ち上ったのだ。

 それを見て、ノーラの危機か、と。

 やはり彼女一人など無謀だったか、と。

 いいや、そんな思考よりも先に急がねばならない、とそこまで考えた瞬間に――

 

『ごめん、ちょっと先に行ってくるわ!』


 ――と、ノータイムで海に飛び込んだ連翹には焦ったものだ。

 なにせ、彼女は軽装といえ鎧を纏っている。いくらなんでも無茶だろう、沈むだけだと救助のために手を伸ばし――そんなアレックスの心配など必要ないと言うように、凄まじい勢いでレゾン・デイトルまで泳いでいったのだ。両腕を大きく回し水を掻き分けながら進む泳法で、船などよりもずっと早く。


日向ひむかいの武士は島国ゆえに甲冑を纏いながら泳ぐ訓練をしていると言うがな……)

 

 内陸に住まう多くの現地人は、そして彼らを守る騎士にそのような技術はない。子供の頃の経験で泳げる者は居るが、騎士の訓練に水泳は存在しないのだ。

 無論、泳げない者であっても身体能力に任せてバタバタと水を蹴って浮かぶことくらいは出来るだろう。だが、それだけだ。アレックスとて、転移者レベルの身体能力があったとしても、連翹のように泳ぐことは不可能だろうと思う。

 

「アレックス、そっちはどうだい?」


 連翹と共に階段を往復し、庭で待機していた兵士たちに少女たちを預ける最中――筋骨隆々とした大女、マリアンがこちらに駆け寄ってきた。


「ああ、幸い無事だ。娘たちも、ホワイトスターもな。……屋敷はどうだった?」

「アニーってメイドが使用人たちを避難させてくれていてね、問題なかったよ。護衛としてキャロルとノエルが残って貰っている。ただ――」


 マリアンは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「元領主が自室から出てこないみたいでね、


 元ナルシス領主クレイス・ナルシス・バーベナ。

 その名を聞いて、ふむ、と小さく思案の声を漏らす。

 この状況下で何をしているのか、とも思わなくもないが――


(問題ない。彼はバーベナという男はゲイリー団長の友だ)


 兜を送り、ゲイリーはそれを非常に大切にしていた――昔、粘土で隙間を埋めて雑炊を作る鍋代わりにしたら、真顔で怒った団長に追いかけられたのは今でも覚えている。

 それは防具を粗末に扱ったからというのもあるが、大切な友からの贈り物をくすねて焜炉にかけたからだ。今思うと礼儀知らずに加え命知らず過ぎるなと思う。

 ……それはそれとして――騎士団長ゲイリーが認める友人が、この状況で全く動いていないはずがない。恐らく、何かしらの目的があって自室に留まっているのだろう。

 港から船で乗り付けるという案は彼が出したモノなのだ。連合軍と合流し何かを成したいと考えていたとしたら、とっくの昔に合流しているはず。


「そして、避難している使用人たちだけど――数が多すぎて一度に運ぶのは無理だね。使用人たちは後回して、地下の娘たちを優先して脱出させるつもりだよ」

「そうだな――違法奴隷として囚われていた娘たちを中心に、使用人からは病人や怪我人を優先して脱出させるぞ」


 港ではブライアンが兵士と従軍神官を纏め、脱出の準備を進めている。

 現状はこちらの思惑通りに進んでいることに小さく安堵の息を吐く――無論、油断など出来ないのだが。

 街門付近では今も囮役の皆が戦い注意を引いてくれてはいるが、複数の人間を脱出させるとなるとどうしても目立つ。

 それに加え、転移者は一人で広範囲の魔法を即座に放つことが出来る。こちらを発見した敵が違法奴隷扱いされていた少女たちを巻き込むようにスキルを放てば、アレックスたちは体を張ってそれを凌がねばならない。


「――ファルコン、周辺の様子はどうなっている?」


 ゆえに、周辺の索敵は怠らない。

 階段を駆け下りてきたファルコンが、表情を引き締めたまま「ああ」と頷く。


「囮役が十分引きつけてくれてるみたいだな、探った限りじゃあ屋敷周辺に転移者は誰もいねえ」

「そうか、手間を掛けさせた」

「なぁに、直接戦闘じゃあ騎士様方ほど活躍できないもんでね。ここらで気張らせてもらうさ」


 屋敷が王と幹部のテリトリーだから、というのもあるのだろう。

 囮役の気迫に恐れ、逃げ出す者が居てもここに近づく者は居ないらしい。

 

(しかし、雑音ノイズが居ないことを安堵すべきか、落胆すべきか)


 救出途中の今、小賢しい策を弄されたら辛いのは確かである。

 だが、早い内に倒しておきたいという想いもあったのだ。カルナは策士ぶりたいだけの愚者と称したが、しかし愚者とて時間をかければ様々な手段を考えつくものだ。

 内心で舌打ちをしつつも、表情は違法奴隷の少女たちを安堵させるように微笑み続ける。

 現状でアレックスが不安な顔をすれば、少女たちの不安は爆発してしまう。自分が来たから大丈夫――過分な評価だとは思うが、ここで見栄を張らずして何が騎士か、何が男か。

 少女たちを労りながら心の中で大きく頷いていると、連翹が床の血溜まりをぱしゃぱしゃと踏みしめながらこちらに駆け寄ってきた。

 

「アレックス! もう地下には誰も居ないわ、最後に思いっきりファイアー・ボール打ち込んでいい?」

「……何を言っている?」


 思わず怪訝な声が漏れたのも致し方ないことだろう。


「こっちの死生観じゃ火葬って罪人とかにやるものなんでしょ? なら、地下施設ごと火葬しちゃおうかなって話。それに、今なら脱出途中の娘たちからも見えるはずでしょ、焼いてるの」


 だが、その言葉を聞いて納得した。

 なにせ彼女たちは長い間、無法の理の中に囚われていたのだから。

 罪が罰せられるという事実を伝えることが、秩序はちゃんと残っているのだと示すことが重要なのだ。

 

「分かった、頼む」

「オッケー、アレックスはこのことを女の子たちに伝えてあげて。必要だったら他の騎士がやったってことにしていいから」


 すまんな、と頭を下げる。

 事実、違法奴隷扱いされていた少女たちが連翹に向ける視線は、どこか懐疑的な色があった。彼女がそれを成した、と聞いて素直に喜べぬ者も多いだろう。

 連翹が皆を救ったのは事実だが、しかし彼女もまた転移者だ。

 一度救ったくらいで彼女たちの疑惑と恐怖を払拭出来ていないというのは、連翹も肌で感じているのだろう。


「あのっ」


 連翹たちに背を向け、マリアンとファルコンと共に兵士たちと合流しようとしたアレックスを呼び止める声があった。

 振り向くと、真剣な眼差しでこちらを見つめるノーラの姿。既に治癒は完了しているのか、切り裂かれたローブから露出する腹部に傷跡は残っていない。

 

崩落テラーちゃんが街門の方に向かってしまいました! だからわたしは――わたしは……」


 救いに行きたい、助けに行きたい、止めに行きたい――そのような意見を述べようとしたのだろう。

 けれど、唇は惑うように小さく震え、そして言葉は消えていく。

 らしくもない、気弱な少女めいたノーラの姿に、しかしアレックスは驚くことはなくむしろ納得していた。

 

(……敗北した直後だからな、致し方ないだろう)


 これが部下の騎士であれば一喝するところだが――彼女にそれをしても意味がない。

 それに、理由もなんとなくだが察せられるのだ。

 ノーラはこれまで上手くやれていた。確かに実力が足りず誰かの力を借りることは多かったし、もっと上手いやり方があっただろうという行動も存在する。

 だが、明確に『失敗だ』と、『敗北だ』と言えるような失態は少ない。連合軍に加入してからのノーラは、成功し、そして成長し続けていたのだ。

 それは自分の力量を理解しているからこそ。自分がただの小娘だと理解し、それを踏まえて行動し――成功を続け自信をつけた。


 ――だからこそ、賢人円卓との一件は彼女にとって初めてと言っても良い失態であり、敗北なのだ。


 事実、治癒できるとはいえ、ただの小娘が武器を持った複数人の男と戦うなど正気の沙汰ではない。致命的な判断ミスと言えるだろう。連翹が助けに来たのだから結果オーライ、などと言えるはずもない。

 そして、そんなことは当人も承知している。

 だからこそ、自信が揺らいでいるのだ。

 積み上げた経験と成長と自信、それらの上に立って行動した結果ミスをしてしまった。結果、自信が揺らいでしまっているのだ。


(その気持ち、よく分かるさ)


 十代の頃、才能ある騎士として調子に乗っていた時にゴブリンを相手に大失態を犯したのを思い出す。

 マリアンが救ってくれなければ、アレックスは調子に乗った結果ゴブリン如きに殺された間抜けとして人生を終えていた。 

 その時に抱いた恐怖と、自分が致命的なミスを犯したのだという遅すぎる気づきは、今でもアレックスの心の中にある。

 だからこそ、どう対応すべきかということも、ある程度なら分かるのだ。


「……分かった、二人は地下の焼却が終わり次第囮役と合流してくれ」


 アレックスが大きく頷いて指示を出すと、ノーラは驚いたように、狼狽えるように僅かに視線を彷徨わせた。


「あの、アレックスさん、わたしは――」 

「問題ない、これは相性を考えた結果だ」


 魔法を封じる転移者。

 その能力がどのような影響を与えるのかは分からないが、それでも一つだけ明らかになっていることがある。

 崩落テラーは一度、レゾン・デイトルで複数の転移者に襲われ劣勢となっていたという。インフィニット・カイザーが助太刀せねば、そのまま敗北していた可能性も高かったらしい。

 決戦前のブリーフィングでも語られたが、彼女の能力は恐らく転移者には無意味。もしくは、有効だったとしても効果は少ないのだろう。

 即ち、連翹ならば崩落テラーの魔法封じを無視して魔法スキルを放てる可能性があるのだ。


 ――そして、ノーラ。


 彼女は確かに戦士でもない現地人の集団に襲われた程度で敗退する程度の戦闘能力しか持ち得ていない。それは事実だ。

 彼女一人だけを向かわせれば、何も出来ず転移者のスキルで殺されてしまうだろう。

 だが、彼女が使う女神の御手(コード・グロリアス)は転移者に対する強力な切り札であることは事実であるし、何より連翹とは気心が知れているため連携が容易だ。下手に他の神官を連翹と共に行かせるよりは、ずっと上手く立ち回ってくれるだろう。

 

「それにだ、ホワイトスター。確かに君は失敗したが、それは今までの積み重ねが無になったワケではないんのだぞ」


 確かにノーラは誤った。それは事実であり覆しようがない。

 けれど、誤りは誤りでしかないのだ。それ一つで今までの積み重ねが否定されるワケでは断じて無い。


「過ちを恐れても構わない、失敗を糧にして勧めなどと無責任なことは言わんさ。正しい言葉ではあるが、失敗した直後にそれが出来る者などそう多くは居ないからな。人間、誰しも正しい道を選び続けられるワケではない」


 致命的な失態を犯したという事実は、容易く自信を喪失させてしまう。

 成功体験が前に進む原動力となるように、失敗体験は前に進む足を鉛の如く重くするのだ。

 

「どうしても不安なら、友を信じ、背中を押してもらうといい。自分が信じられなくなったとしても、ホワイトスターが信じる片桐が君を信じ背中を押してくれるだろう」


 言いながら、力任せに背中を叩くマリアンの姿を思い出す。


『大丈夫さ、いつも通りやりな』と。

『なあに、また馬鹿なことしたら首根っこ捕まえてでも止めてやるよ』と。

 

 冗談めかした物言いで大笑する彼女に、当時随分と救われたものだ。

 

(……ああ、そうか)


 マリアンのことが女性として気になったのは、その頃だった気がする。

 そう考えると、自分は単純な男だなとアレックスは小さく笑みを浮かべた。危ないところを救われ、辛い時に支えて貰った

 

「……分かりました。頑張って、みます」


 ノーラは両手をぐっと握り締め、頷いた。

 声はまだ微かに震えていて、本調子ではないのだろうと察することは出来たが――


(彼女は見た目通りのか弱い娘ではないからな)


 ――本当にか弱い娘であったのなら、騎士団のクエストを見て女王都まで来たりはすまい。今までの実績もまた、彼女の芯の強さを証明している。

 一人だけでは潰れてしまう可能性はあったが、信頼できる友が隣に居るのなら問題はない。


「ありがと、アレックス。あたしじゃ上手い言葉が思いつかなくて」

「感謝する必要はない。……崩落テラーの元に向かうことは、二人にとって酷なことになるかもしれん」


 崩落狂声(テラー・ハウリング)の能力の影響が想像以上に強く、また彼女が二人の呼びかけに応じなかったら。

 その場合、能力の影響を受けない連翹が彼女を倒すことになる可能性が高いのだ。

 魔法が使えなくなった以上、無力化された魔法使いたちを守るために前衛を守備に回す必要があり、攻撃に回せる人員が減る。そうなれば、崩落テラーの元へ攻め入ることが難しくなるだろう。

 だが、連翹は転移者だ。

 能力の影響を受けないのはもちろん人種も彼らと同じである以上、奇襲が気づかれていないタイミングであれば増援の転移者に紛れて移動できる。

 ならば、後は簡単だ。

 言葉を交わすにしろ、剣を振るうにしろ、他の者が行うよりもずっと、ずっと。

 

「……そっか、そうよね――うん、分かった。覚悟は決めておくわ」

「ああ、そうすると良い」


 連翹が騎士であれば『この期に及んで相手を殺す覚悟など遅すぎる』、と叱責していたことだろう。

 だが、彼女は善性の転移者ではあるが――しかし、戦士ではない。戦うことが出来ることと、戦うための心構えが出来ていることは、決してイコールではないのだ。

 悪意ある者との戦いには全力を出せても、殺意に対して抵抗は出来ても、敵対しているとはいえ戦意のない娘と戦うのは大きなストレスだろう。

 アレックスとてその想いは同じだが、騎士として多くの民を守ることを誓った以上、最悪の場合は少数を斬り捨てる覚悟はしている。だが、その覚悟は善性の者こそ持つのが難しい。連翹もまた、一人では決心が鈍ってしまうことだろう。


「ホワイトスター、君もまた片桐を頼む。彼女は少しばかり突飛な行動が多いからな」


 冗談めかして言って、アレックスは背を向け歩き出した。

 言うべきことは言った、ならば後は自分たちで行動するのみだ。

 

(もっとも……あまり褒められる言い方ではなかったがな)


 連翹が崩落テラーを殺すことを躊躇っても、背後にノーラが居れば――友を守るためという名目で剣を振るうことが出来る。ノーラもまた、連翹がどうしても動けない時に奮起してくれるだろう。

 だがそれは少女二人に対し、友人を殺す準備をさせたに等しい。

 必要なことではあった。伝え聞く限り、崩落テラーと一番相性が良いのは彼女二人だろうとも思う。この選択は間違いではないだろう。

 だが、それでも――年若い娘たちに酷な役目を担わせてしまったという負い目は、どうしても拭うことは出来なかった。

 静かに瞑目した瞬間、背後から轟音が鳴り響いた。

 

「……あれ?」

「なんだろう……爆発の音と、煙?」

「――安心して欲しい! あれは地下を、賢人円卓を名乗った外道どもを焼き払う炎が放つ煙だ! 彼奴らは今日より創造神の許しを得るまで空を彷徨い続けることだろう!」


 断続的に鳴り響く爆発音に不安そうな表情を浮かべる少女たちに、アレックスは高らかに宣言する。 

 彼女らも自分が成すべきことを始めた。

 ならば、こちらも同じようにそれを成すのみ。

 

「これは始まりの炎だ。この地を支配する悪逆の徒を焼き尽くす焔であり――これからも続いていく正義と秩序を示す火葬である!」


 大仰に、歌劇か何かのように叫ぶ。

 そうとも、これは自分たちが成すべきことだ。

 レゾン・デイトルの転移者が自由の名の元に暴虐を成すのであれば――秩序を守る者として自由の結果を、行動の責任を取らせる。

 

「……随分と立派になったもんだね」

「そうだろうとも。マリアン程度なら、軽く支えてやるさ」


 ぐっ、と言葉に詰まる彼女の姿に、アレックスは微かに口元を緩めて足を早めた。

 もう少しばかり弄ってやりたいところだが、生憎と時間を無駄には出来ない。少女たちを護衛しながら港へと足早に移動する。


「おっ! ようやく来やがったか! こっちは準備出来てんぞ」


 既に港についた兵士たちはブライアンと合流し、違法奴隷の少女たちに従軍神官の治癒を与えつつ船に乗せ始めていた。

 やはり少人数で乗り込むための船だったため、違法奴隷と使用人たち全てを脱出させるのは不可能だ。

 アレックスは護衛していた少女たちをブライアンに任すと、周囲をぐるりと見渡した。脱出も避難も順調に進んでいる。


「よし、それでは兵士たちは彼女たちを連れ脱出だ。ファルコンはキャロルたちと合流し、周囲の警戒に務めてくれ。ブライアンとマリアンは、私と共に奴らの背後へ強襲を――」




「――――想像よりずっと行動が早いな、さすが騎士だ」




 不意に、背中から声をかけられた。

 奇襲組の誰かの声では断じて無い。囚われていた娘たちや使用人の声でもない。

 

「……嘘だろ、気配なんざ、全くなかったってのに」


 呆然と呟くファルコンを責める気にはなれなかった。

 なぜなら――今、この瞬間ですら存在感が希薄で、声が無ければアレックスもまたその存在を感知出来なかったろうから。

 だというのに、そこに居るのは日向ひむかいの着流しを纏った大男だ。彼は隠れることなく、こちらから少し離れた位置にある係船柱に腰を降ろして居る。

 目立たぬはずがないのだ。気づかぬはずが、ないのだ。きっと何度も視界の中に入っていたことだろう。だというのに、気づけなかった。

 そんなアレックスたちの驚愕を前に、大男はにかりと、悪戯が成功したと喜ぶ子供のような笑みを浮かべた。


「驚いたかな? 頭を使う作業は苦手だけど、こうやって体を使うことは得意でね」


 僅かに逆立った黒髪に、やや伸びた後ろ髪を包帯で強引に縛って纏めている。

 四肢は太く、巨木のようにがっしりとしているのだが、転移者の平均を逸脱する高身長がどこかすらりとした印象を見る者に抱かせる。まるで肉厚な刃だ。

 身に纏うのは茶の着流しに漆黒の羽織。腰には一振りの太刀が有り、静かな存在感を放っている。

 

(この男、は――)


 知っている。アレックスはこの男を知っている。

 初見ではある、初対面ではある。だが、その姿は連翹が語ったとある人物の特徴と一致していた。


 ――――曰く、レゾン・デイトルの王、唯一無二のスキルを操る最強の転移者。


 レゾン・デイトルの頂点に座する者であり、自分たちが倒すべき敵――無二の剣王(オンリー・ワン)


「初めましてだね、アルストロメリアの騎士たち。おれの名前は――言わなくても分かるようだ」


 着流しを纏った彼は、そう言って人好きのする笑みを浮かべるのであった。


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