201/決戦準備
空の闇が徐々に薄れ、微かに明るくなって行く。
そろそろ、夜が明ける。それは今日が昨日に変わっていく証であった。
「……そろそろ二日、か」
野営地周辺を警戒をしながら、白ずんでいく世界の中でニールは小さく呟いた。
微かな、しかし確かに感じる眠気を自覚しつつも、しかし頭と体はまだ鈍っていない。
体調管理は戦士の義務だ――不安で夜に眠れないのなら、こうやって夜警をして適度に体を疲労させ、また後で眠ればいい。
――連翹たちがレゾン・デイトルへ向かってから、二日が経とうとしている。
たった二日、されど二日だ。
一応、緊急時の発煙筒を観測するため、ファルコンを筆頭としたスカウト技能持ちがレゾン・デイトル周辺に潜んではいる。何か不測の事態が起これば、すぐに伝達に来ることだろう。
(……やれることがねぇ、ってのも問題だな)
ニールのような冒険者の戦士は、現状やるべきことがない。
せいぜい、交代で野営地周辺を警戒し、いざという時のため体調を維持することくらいか。
騎士や兵士、更にカルナなどの知識がある者が動いているというのに、自分は現状すべきことはない。
そのせいか、どうも落ち着かない。考えても仕方がないと理解はしているが、それでも。
「……なんだ?」
はあ、とため息を吐きかけ――しかしこちらに近づいてくる複数人の気配に気を引き締めた。
剣の柄に手をかけ、気配のする方向に意識を集中させる。
レゾン・デイトルから来た敵なら、周囲に警戒を呼びかけながら距離を取り、連合軍の者たちと連携して戦うのだ。雑魚程度自分一人でも――などと慢心はしない。
「……おう、ニールか! オレらだオレら。だから剣から手ぇ離してくれ!」
すぐに叫び、距離を取れるように筋肉を緊張させ、けれども適度に弛緩させて気配がする方向を睨んでいると、聞き慣れた声がした。男の声だ。
現れたのは軽装備の男であった。緑を基調とした服の上から薄い革鎧を装着し、腰には短剣やポーチ、そして戦端に刃のついた鉄咆を吊るしている。
「ファルコンか! 何かあったのか!?」
緊急事態――というワケではないらしい。
急いではいるものの、しかし一分一秒を惜しむ程でもないようだ。
なら、それはつまり――
「まあな。ま、そこら辺は本人から聞いてくれ」
そう言って彼は己の背後を指差す。
そちらに視線を向けると、見慣れた少女が黒髪を靡かせながら駆け寄って来るのが見えた。
それが誰であるか、見間違うはずもない。
彼女は――連翹はニールの姿を認めると、安堵したように微笑んだ。
「ただいま。久しぶりね、ニール」
「連翹、無事だったか」
ざっと見る限り大きな怪我も無さそうだ。どうやら転移者たちと敵対することなく脱出出来たらしい。
ふう、と安堵の息を吐いていると、連翹は得意気に、そしてからかうような笑みを浮かべる。
「あら、なに? 心配で心配で夜も眠れなかった的なアレ?」
人気者過ぎてこれでは一人の時間も作れないって顔になるわ、などと意味がわからない言葉をスルーして「ああ」と大きく頷いた。
「恥ずかしい話だがその通りだ。一番適役だって納得はしたが、それと心配は別物だしよ」
信用はしているし、一応信頼だってしている。
だが、『大丈夫、なんだかんだで上手くやるだろう』という気持ちと、『雑音辺りにバレて捕まってないだろうか』という気持ちは、正反対の癖に仲良く心に同居してしまうのだ。
ゆえに、こうやって無事な姿を見せてくれるのは非常にありがたい。胸に巣食っていた不安が溶けて消えていくのを感じる。
「……ねえ、素で頷かれるとすっごい恥ずかしいんだけど」
「何言ってんだ、わざわざ自分から言う言葉じゃねえが、聞かれたら答えるに決まってんだろ」
微かに頬を赤らめて後ずさりする連翹の姿に思わず首を傾げてしまう。
なぜか照れているように見えるのだが、先程の言葉でそのようになる理由が分からない。仮に潜入したのがカルナだったとしても――まあ、男同士もっと適当な物言いになるとは思うが――似たようなことを言っていたに違いない。
(……この手のことは俺らの中じゃノーラが一番だし、聞いてみっか)
そうして、恐らく連翹より少し遅れているのであろうノーラを探し――
「……? なあ連翹、ノーラはどうした?」
――けれど、周囲を見渡してもあの小柄な少女の姿はどこにもないかった。
ここに居ないということは、まさか脱出し損ねて捕まったのか――そう思って背筋が冷たくなるが、すぐに違うと分かる。
もしもそのような状況なら、連翹はここで会話などしていない。既に自力で助けに行っているか、騎士たちに助力を求めて駆けているはずだろう。
「うん、そのことも含めてちゃんと皆に説明したいの――いい?」
「……ああ、分かった」
彼女の真剣な眼差しに、ニールは大きく頷いた。
◇
連翹の帰還と共に、ゲイリーの天幕に複数の人間が集まった。
ゲイリーたち騎士の面々と、帰還した連翹とレゾン・デイトルを遠方より監視していたファルコン。そして今回の潜入の案を出したカルナと、ついでに連翹を案内したニール。最後にエルフの戦士ノエルが、一つのテーブルを囲んでいる。
「さて……と、こういうのに慣れてないから、ちょっと分かり辛いかもしれないけどごめんね。それでもちゃんと見てきたことを全部話すつもりだから」
連翹は多くの視線に晒され若干緊張気味の様子ではあったものの、自身が手に入れた情報を皆に共有してくれた。
元ナルシスの街の状況、おおざっぱな施設の位置、幹部と現地人貴族が住まう屋敷――そこで出会った元領主のこと。
「……そうか。簡単に死ぬ奴ではないと思ってはいたが、生きていたか」
その瞬間、ゲイリーは心底安堵したと言うように息を吐いた。
その姿を見て、ニールは先程連翹と再開した時の自分を重ねた。たった数日敵地に居るだけで不安に思ったのだ、数ヶ月も敵地の中で安否が知れないという状況は、きっと想像を絶する不安と恐怖だったと思う。
だというのに、これまで彼は不安や焦りを見せなかった。
考えても仕方ないからというのもあるだろうが、それ以上にトップが不安な顔をしていたら皆不安になる。だからこそ、いつも朗らかに笑っていたのだろう。
(分かっちゃいたが、まだまだ未熟だな、俺も)
頭の切り替えは早い方だと思っていたし、心の迷いで剣を鈍らせるような真似はしていないと思う。
だが、戦いの場以外でそこまで徹底出来てはいなかった。不安な時は不安な表情を浮かべてしまう。
「生きてはいるけど、精神的にけっこう追い詰められてるみたいよ。……友達なんでしょ? 無事合流したら声かけて安心させてあげてね」
「もちろんだ、言われるまでもないさ」
頷くゲイリーを確認し、連翹は再び語り始めた。
底の読めない王の話を、体内に菌糸を張り巡らせた崩落という少女の話を、賢人円卓を名乗る手段が所有する地下奴隷施設の話を。
(オルシジームの時、転移者たちに賢人円卓って言う現地人の協力者が居るって話を聞いてたが……)
正直、ニールは賢人円卓を名乗る貴族たちをそこまでの外道だとは思ってはいなかった。転移者よりも質の悪い外道ではないか。
転移者ならば『突然力を与えられたせいで暴走してしまっている』という言い訳やフォローが存在する。もちろん、外道を成したのはどれだけ力に酔おうと当人の意思だ。許すつもりもないし、同情してやる義理もない。
だが、賢人円卓を名乗る貴族たちはその程度の拙い言い訳すら無しに外道を行っている。自分の意思で、己の欲望を満たすために。
現地人だから大丈夫、同じ世界の住民なのだから大丈夫、などというお花畑な思考をしていたワケでは断じて無い。だが、それでも一片の良心すらないのかと憤りたくなる。
そして、ノーラがここに居ない理由も良く分かった。
誰かが傷つくことを許せず、また儚げな容姿の癖にやると決めたら下手な冒険者よりも冒険をし始める彼女なのだ。
その選択をすれば自分どころか仲間を含めて大打撃を被る――そんな場合でもない限り、見捨てて脱出するなどという選択を取れるはずがない。
「……その後、王と別れてレゾン・デイトルを脱出。それに気づいたファルコンたちと合流してこっちに戻ってきたワケ」
何か言いたいことはある? と。
皆を見渡して言う連翹を前に、しばしの沈黙の帳が降りる。
伝え聞いた情報を頭の中で整理し、自分たちがすべきことや疑問点を洗い出すために。
ニールもまた、思考を巡らせる。戦略戦術などを考える頭はないが、しかし自分たちが戦うべき相手がどのような人物なのかくらいは考える。
(無二か――何を考えてやがんだ?)
雑音などは分かりやすい。
要は適当に勝ち誇りながら目的の情報を入手して田舎に逃げ込みたいというだけの話だ。チンピラが金庫を奪って西部の田舎に逃げようとするのとさして変わりはしない。カルナが言った通り、根っこは小物の俗物だ。
だが、王は――無二の剣王に関しては、正直よく分からない。
連翹の主観とノーラが得た情報でしかその姿を知らないからというのもあるが、やっていることと言っていることがチグハグな印象を受ける。
レゾン・デイトルの王として君臨し、外敵となる現地人や下克上を狙う転移者と戦う姿。なるほど、血に飢えた悪鬼のようにも思える。
だが、屋敷内のメイドに対しては非常に優しく、彼に心酔している者も居るのだという。実際、連翹たちも『朗らかな笑みが似合う真っ当な人間』に見えたと言っていた。
その二つが、どうしても重ならない。
己の意思でレゾン・デイトルの王になったという言葉を信じれば、彼は悪党なのだろう。だが、そんな悪党がどうして善人に見えるのか。
転移者は皆、創造神の声を聞き、異世界に転移することを了承した上でこの世界に来ているのだ。
無二の剣王もまた、元の世界では達成できない何かを求めている。異世界に来て、力を得てやりたいことが。
その何かさえ分かれば、相手がどのように動くのかを想像出来るはずなのだが――
(……こればっかりは、当人をその目で見ないと無理か)
――こればかりは、現時点では分からない。
話を聞いている限りでは、連翹やノーラは無二とは視点が違っている印象を受けた。剣士の視点では魔法使いの理論を理解出来ぬように、魔法使いの視点では剣術の奥義が分からぬように、彼女たちもまた王のことを理解できなかったのだ。
「……そっか。うん、それじゃあ仕方ない。仮に僕がそこに居たとしても、ノーラさんは残っていただろうしね」
ノーラが居ないことを追求せず黙って聞いていたカルナが、ぽつりと呟いた。
「そのワリには納得出来ねえって顔してんな」
答えの出ない思考を打ち切って問いかける。
眉間に皺を寄せ、睨むように瞳を細める姿を見て心から納得していると思えるはずもない。
ニールの問いかけに、カルナは「そりゃね」と頷く。
「僕個人としては見殺しにしてもいいんじゃないかって思ったから。実際、レゾン・デイトルではもっと沢山の人が死んでいるだろう? なら、数人の女の子くらいは誤差だ。見なかったことにして転移者との戦いに集中した方が良い」
その言葉に、多くの騎士たちが眉をひそめた。
それでもカルナの言葉を遮らないのは、その言葉もまた真実であるからだ。
実際、もう既に多くの犠牲は出てしまっている。数人、数十人どころではなく、数百、数千という桁でだ。
そんな中、ノーラが数人の命を救ったところで誤差でしかない。ならば、その少女たちを見捨てて安全に、そして万全な状態でレゾン・デイトルに攻め入り、その後に生き残りを救った方が効率的だろう。
単純に勝率を上げるためなら、人間を数としてのみ見るなら、カルナの言葉の方が圧倒的に正しい。生存者を救出するために戦力を分散し、そのせいで自分たちが負けたら数人を見捨てる以上の犠牲が出るのだから。
「もっとも、ノーラさんがそんなこと絶対に許さないさ。救える命があるのに後方で引き篭もっているような神官だったら、そもそも連合軍に来てないだろうしね」
「それに関してはボクも含めて多くの人が、だね。それを簡単に見捨てられる者たちばかりなら、連合軍はもっと別の組織になっていただろうと思うよ」
それこそ、道中で村を襲い食料などを略奪していた傭兵たちのように――目的のために他者を踏みつけることを良しとする軍勢と化していたかもしれない。
善性の騎士が号令をかけ、だからこそ善性の者たちが集った。だからこそ、今の仲間たちがいる。
その皆が救うという選択を是とするのなら、それこそが連合軍の最適解だろう。
実際、無理に見捨てる選択肢を取ったところで、『これでよかったのか』『こんな行いをして良いのか』という不安や不満が蓄積し、結果的にパフォーマンスを下げてしまうはずだ。
「……それもそうだね。申し訳ない、意味のないことを言ってしまった」
「いいや、いざという時はそういう手段を取らねばならない時もある。選ぶにせよ選ばないにせよ、選択肢は多いほうが便利だからね」
その選択を考えつかないのと、考えた上で選ばないのは、似ているようで大きな隔たりがあるのだと。
そう告げたゲイリーは部下の騎士に船の確保を命ずると、机の上に地図を広げた。元々は西の港町ナルシスの地図であったそれに、連翹が見つけた施設を書き加えてある。
「大多数の囮部隊が正面から総攻撃を行い、船で乗り込む者は救助部隊と奇襲部隊の二部隊で行動する。まず、ボクが囮役になるのは確定だろうね。転移者たちもボクの首は欲しいだろうし、リーダーが居ない囮なんて疑ってくれって言っているようなモノだ」
もっと小さな戦いであればともかく、敵の本拠地に総攻撃を仕掛ける際に主力が居ないとなれば、どれだけ考えなしであろうと疑問を抱くだろう。奴はどこだ、と。
だからこそ、ゲイリーは囮側で派手に戦う必要がある。これが最終決戦であると、これが連合軍の全霊であると、レゾン・デイトルの転移者に信じさせなくてはならないから。
「そして奇襲部隊はアレックス、君が率いてくれ。そしてキャロル、ブライアン、マリアン、ノエル殿、ファルコンくん、連翹くん。それに加え、救護要員として兵士と従軍神官をつける」
そこまで言ってゲイリーは連翹に視線を向ける。
「まず、連翹くんは唯一内部に潜入した者だ。迅速な救助を行うためにも道案内役として、対転移者の戦力として奮戦して欲しい」
「ええ。それに――あたしが助けに行くなんて協力してくれたメイドに言っちゃったからね。ここで囮側にされたらどうしようかと思ってたわ」
任せなさい、と拳を握りしめる連翹。その姿を見つめながら、カルナは思い悩むように呟いた。
「けど、これだけ実力者を集中させて大丈夫なのかな? さすがにこれだけ実力者を奇襲側に回したら、あっちだって気づくんじゃないかと思うんだけど」
騎士団副長であるアレックスや魔王大戦時代を生き抜いたエルフの戦士であるノエル――彼らの実力は連合軍でも最強格だ。
他の者たちも彼らには劣るものの実力者。そんな者たちが全員居ないのはさすがに不自然ではないだろうか、と。
そんな疑問を、しかし問題ないと言うようにゲイリーは首を振る。
「唯一連翹くんは注目されているだろうけど――他の者たちは転移者の視点では目立っていないはずなんだ」
「……? いや、この面子が目立たないなんて不可能じゃねえか?」
思わずニールは怪訝な声を漏らした。
奇襲部隊に名指しされた者たちは、皆が揃って実力者だ。連合軍の中でもトップクラスの面々と言ってもいい。
そんな相手を軽視する理由が欠片も理解出来なかった。
「うん。純粋な戦闘力なら、ニールくんの言った通りだね。だが、これはレゾン・デイトルを名乗る転移者の視点での話だ」
まず大前提として、彼らは自分自身で力を鍛え、技を磨いて来たワケではない。規格外によって力を与えられ、それを振るってきただけの存在だ。
だから、相手の気迫や立ち居振る舞いから実力を感じ取れる能力――修練と共に培われていくはずのそれが、ごっそりと欠落しているのだ。
本来ならどんな戦士でも持っているその洞察力。だが、規格外によって修練をスキップしたために、また相手の実力を測らずとも力任せに勝利できたために、転移者の多くはその洞察力を鍛えることが出来ないのだ。
ゆえに、判断するには結果を見るしかない。転移者と戦い生き残った、転移者と戦い勝利した、転移者の中でも実力者である幹部を倒した――と。
「だから、彼らにとって純粋な実力よりも幹部を倒したという事実の方が驚異なんだよ。多くの転移者は自分たちを最強と喧伝しているが、そんな者たちが『自分たちよりも格上』と認めているのが幹部なのだろう?」
で、あれば。
この連合軍で一番脅威に思えるのは、一体誰か?
「君だよ、ニールくん、ニール・グラジオラスくん。転移者から見れば、君はボクなどよりずっとずっと恐ろしい剣士であって、ボクなどよりずっと価値ある首級なんだよ」
一対一で血塗れの死神を倒し、
仲間と共に狂乱の剛力殺撃を打倒し、
カルナの氷嵐を以って王冠に謳う鎮魂歌を閉じ込め、空を舞う竜を地面に叩き落とした。
無論、これはニールだから勝利できた、というワケではない。
その場に居たのが奇襲部隊に抜擢された者たちであれば、そして転移者と戦い慣れた今であれば、勝利を掴む可能性は十分にある。もしかしたら、ニールよりもスマートに勝利していたかもしれない。
当然だ、ニールは確かに強いが――しかし、騎士という現地人最上位にはまだ及ばないのだから。
だが、そんなことは転移者には分からない。
幹部三人を倒した現地人の剣士、そういう結果だけでしか実力を測れないから。
「……団長やさっきのメンツより俺のが重要視されてるってのが、正直マジかよって感じなんだが」
理屈は、まあなんとなく理解出来た。
出来たが、それでも自分が先程のメンツよりも脅威に思われているなど信じがたいのだ。
実際、ニールの実力は連合軍の中でも中間よりやや上といった程度。弱くはないが、決して上位ではないというのがニールの自己認識だ。
アレックスやノエルと比べて剣術に秀でているなどと口が裂けても言えないし、キャロルのように魔法と剣を併用出来る器用さもない。ゲイリーに関しては、もはや比べるのすら烏滸がましいレベルだ。
ブライアンは騎士でこそないものの耐久という面では連合軍の中でも突出している。マリアンやファルコンならニールでも勝てるかもしれないが、マリアンは接近戦も出来る神官であり、ファルコンは戦闘外の技術が非常に高い。
総合的に見えれば、先程上げられた現地人のメンツと比べてニールは格下の存在なのだ。自分自身を卑下する趣味はないが、だからといって自分よりも優れた人間を前にして『俺の方が凄い』と思い上がれるほど馬鹿ではない。
「けれど、だからこそ囮に最適なんだ。ニールくんが居るからこそ、多くの転移者はボクたちが囮だなどと思えない。最強の剣士が本拠地を襲撃していると信じ込んでくれるだろう。苦しい戦いになると思うが、奮戦を期待するよ」
「そういうことなら任せろ。ああ、もちろん――」
歯列を晒し、獣のように笑う。
正直過分な評価だが――相手がそれだけニール・グラジオラスという剣士を評価しているのなら、敵としてそれに応えるまでだ。
「――囮になるのは構わねえけど、転移者や幹部を倒しちまっても構わねえんだよな」
「ああ、無論――」
「アウトォォォォオオオオ!」
鷹揚に頷くゲイリーの言葉を、連翹の叫びが遮った。
「それ絶対死ぬやつよ! 頼りがいある背中見せて主人公たちを逃して死んじゃうやつよ! なんで地球の文化知らない癖に地雷でタップダンス踊るのよ、心配するこっちの身にもなってよ!」
「お前が何を言いてぇんだがサッパリ分からねえよこの馬鹿女ァ! 真面目な話してんだからもうちっと真面目に聞きやがれ!」
さっきまで真剣に話していたというのに、空気が一気に緩むのを感じた。
もちろん力みすぎるのはいけないのだが――これは少し弛緩し過ぎでは、と思うのだ。
だというのに、弛緩させた張本人は一人だけ真面目な様子で、ニールにびしぃっ! と指を突き付けている。
「真面目にあんなこと言っちゃう奴が一番危ないのよぉ! ああもう、なんで皆こう決戦前に死亡フラグを立てるの! 馬鹿なの? 死にたいの? この様子じゃあ、戦いが終わったら結婚だとか告白だとか言ってる人も居るんじゃないの!?」
「……」
そっと、静かにアレックスが視線を逸した。
その様子を見た連翹がまた騒ぎ立てる。最終決戦直前に恋愛フラグとか死にたいの貴方、と。戦場の無情さを演出するために一番最初に死ぬわよ、と。
真面目な雰囲気は露と消え――連翹だけは一応真面目なようだが――天幕の中に喧騒が響き渡る。
「……その様子なら、皆大丈夫だろう」
それを眺め、ゲイリーは朗らかに微笑んだ。
「必要以上に力む必要はない。普段通りの力を発揮し、普段と同じように友と力を合わせれば良い。ここまで歩んできた道のりは、その過程で得た経験は、そう簡単に敗れることはないさ」
この言葉を最後に、皆は騒がしくも迅速に行動を開始した。
己の職務を果たすため、己の装備の最終チェックを行うため、己の体調を整えるために。
皆、最終決戦のために動き出した。




