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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
レゾン・デイトル
201/288

198/暴虐の街/2


 男の導きによってたどり着いたのは街門の前の広場であった。

 舗装が剥がれたり建物が崩れたりしているのは大通りと同じであったが、しかしここはだいぶマシだ。足の踏み場もない散らかった部屋の中に存在する僅かなスペース、とでも言うべきだろうか。

 普通の街と比較すれば荒れ果てているのだが、しかし最低限馬車が走れる程度には地面は整えられているし、屋台から漂う食欲を誘う香りなどもあってまだ『街並み』という印象を抱ける。


「ここが街門前広場。この国の中じゃあ、トップクラスに安全な場所だ」

「……これで?」


 眉間にシワを寄せて辺りを見渡す。

 ああ、確かに先程まで歩いていた大通りや幹部が住まう屋敷周辺に比べればマシなのだろう。破壊の跡が目立つ廃墟ではなく、街並みだと認識できる。

 だが、それでも転移者同士の諍いの声や、屋台の店主を恫喝する少年、道の端で蹲るやせ細った現地人らしき人の姿が目立つ。街は街でもこれではスラム街だろう。

 だというのに、男は「当然だ」とでも言うような顔で頷いた。

 

「ああ。実際、レゾン・デイトルは転移者同士の殺し合いなんかはご法度だからな。こういう目立つ場所では、喧嘩することはあっても殺し合いなんかは滅多にない」

「けど、あなたは普通にスキルを使っていましたよね?」

「脅しの一発がたまたま致命打クリティカルヒットしただけ、って証言すりゃいいのさ。アイサツ前に一回だけアンブッシュは黙認される、みたいな感じだな」

「……随分とガバガバな決まりね」

「カッチリしてたら、そもそも転移者がここに来ねえんじゃねえかな。真っ当な法を守るような奴は普通に現地人の街に馴染んでるだろうしよ」

 

 国、というよりもならず者の集団だ。

 無論、全ての転移者がそういう人間というワケではないのだろう。同郷の人間が沢山居るから、とレゾン・デイトルに入国した青葉という少年も居たのだ。全員が眼前で嗤う男のような思考回路をしているワケではない。

 だが、それでも多くの者が力を振るう快楽に酔いしれている。

 それはアメリカ大陸へと渡ったコロンブスのように。自身とは違う文明に対し略奪し、虐殺し、そこに住まう人々を奴隷とする――それは唾棄すべき悪徳であり、けれど同時に他では感じられない快感でもあった。

 連翹にも、分かる。必死に技を磨いてきた誰かを、規格外チート一つで上回って蹂躙するのは、確かに快感だった。

 今でも、確かにそう感じてしまうのだ。


「あの、あっちの柵に囲まれた場所はなんなんですか?」


 己の内から湧き出る嫌悪感に顔を歪めていると、ノーラが連翹の前に出て男に問いかけた。

 気分が悪くて言葉を発せられそうになかったからありがたいと思う反面、現地人が転移者に質問など投げかけて大丈夫なのかと心配になるのだが――男はノーラに声をかけられただけで気分が良いとでも言うように笑みを浮かべた。


(……可愛くて胸が大きいって得よね。もちろん、その分あたしの知らない苦労とかしてるんだろうけど)


 隣の芝は青く見えるからな、と思いながらノーラが見つめる場所に視線を向けた。

 そこにあったのは、柵に囲まれた村である。

 木造の家屋に田畑が存在し、見る限り農村そのもの、驚くべきことは何もない――レゾン・デイトルの中に存在しなければ、の話だが。街の中に村、マトリョーシカか何かかと言いたくなる。

 転移者が建てたにしては見窄らしいそこだが、しかし物々しい装備をした転移者が農村周辺を警戒していた。


(……なんだろ、そんなに大切なモノがあるのかしら)


 それにしては村は全体的に貧相だし、彼らが守るべき人々の姿も見えない。

 人が居ないワケではない。人の気配はするし、生活の痕跡もある。木造の家からは、炊事か何かで火を使っているのか煙も出ている。

 だが、こちらから見えないように――転移者から隠れ住むようにしているのだろうと思う。


「ああ、あっちはロストエリアだ」


 だが、男はノーラの顔を見るフリをしてふくよかな胸部を凝視しながら言った。


「……ロスト、エリア? 一体なに――ああ」


 声の調子をゆっくりと戻しながら問いかけようとして、気づく。

 ここレゾン・デイトル――転移者の国で『ロスト』と呼ばれる存在は、恐らくそれだけだろう。


「転移者の力を喪失した人が暮らしてる場所、ってこと?」

「そうそう。実のところ、あそこを襲っちゃいけないなんて法はないんだが――あそこを襲うって奴はあまり居ない。あそこは俺たちにとってのセーフティー・ネットだからな。そんでもって力を失った連中は、怖くて現役の転移者がうろちょろしてる街門前広場や大通りを歩けないんで、そこで自給自足してるワケだ」


 規格外チート持ちにとっては、いずれ訪れる時に逃げ込める場所。

 規格外チートを失った者にとっては、王の無二の規格外(オンリー・チート)の秘密を知り転移者として復活するまでの居住区。

 なるほど、と思う。確かにそれでは攻撃することなど出来ない。

 レゾン・デイトルに住まう転移者の多くは規格外チートの時間制限について知っている。知らないのは、レゾン・デイトルに来て間もない転移者くらいだろう。

 ゆえに、ロストエリアに対する攻撃や略奪は出来ない。もしもそんなことをして顔を覚えられたら、いざ自分が力を失った時に村八分になる。力を失った時、助けてくれる人がゼロになってしまう。

 

(じゃあ、あそこで護衛している転移者は……終わりが近い人、ってことなのかしら)


 あと数ヶ月、数週間で規格外チートが消えてしまうような転移者が、少しでもロストエリア内で優遇して貰えるように護衛任務を請け負っているのだろう。

 

(連合軍が内部に入った時も、あそこに対する攻撃は止めておいた方が無難ね)


 ロストエリア内部に戦闘要因は存在せず、また護衛の転移者もこちら側から攻撃を行わない限り動く者は少ないはずだから。

 もうすぐ転移者では無くなる人間にとって、レゾン・デイトル全体の評価よりもロストエリアの住民の心証の方が重要だ。彼らが参戦するとすれば、レゾン・デイトルの敗戦が濃厚になったその時からだろう。それまでは力を失った転移者――喪失者ロストを守るはず。

 

「それにしても、攻撃しても後々村八分になるからやらないってだけで、国からの罰則はなし――ね。ねえ、逆に『これだけは問答無用で死刑』みたいなのはないの?」


 脳内に浮かぶのは一般転移者の寝床だ。

 誰しもが好き勝手に動けば、安心して眠ることすら出来ない。


「おう、もちろん。つっても二つだけだが」


 そう言って指し示したのは――街門の近くに建設された五階建ての建造物たちだ。ど

 壁に寄り添うように建設されたレンガ造りのそれは集合住宅のようだが、日本人としての観点からすれば非常に不安定そうに見える。少し大きな地震が来たら崩れてしまいそうな危うさがあった。


(あー……でも、ここって地震とかほとんどないものね。なら、問題ないのかしら)


 この世界に転移してから二年も後半。

 だが、それまで自然な地震に遭った記憶は皆無。人工的な地震――魔法使いが土の魔法によって地面を揺らし、モンスターの足止めを行うなど――ならば見たことがあるのだが。


「話す前にこっちの説明をさせてもらうぜ。あれは下級宿舎。新米やなんの功績も出してねえ転移者があそこに住んでる。襲ってきた冒険者や傭兵だとかにすぐ対応できるようにってことだな。そこそこ功績を上げりゃあ奴隷を連れ込める上級宿舎に行けるんだが、真っ先に首級を上げたいからってあそこに居座ってる転移者もそれなりに居る」


 へえ、と思い集合住宅を観察すると――なるほど、外壁に登る階段や滑り降りるためのポールがいくつか設置してある。

 恐らく手柄に飢えた転移者たちを用いて、レゾン・デイトルを襲う敵を足止めするのが目的なのだろう。その後に上級宿舎とやらに住んでいる転移者や、屋敷に住む幹部や王が動くのだ。


「そんで禁止事項だが……一つは宿舎内、そして宿舎に対する攻撃の禁止。ちょくちょく破る奴は居るんだが、その度に複数の転移者から袋叩きにされたり、幹部転移者が抹殺しに来るんだよ。これらがあるから、大体の奴は宿舎に泊まってる。自分に自信がある奴は奴隷に建てさせた家で寝泊まりするんだが――まあ、大抵の場合集中砲火で家ごと叩き潰されてるな。もちろん、例外は居るがね。幹部ほどじゃないが強いとか、徒党を組んでるとか」


 そこまで聞いて、ようやく納得が出来た。

 レゾン・デイトルを拠点とする多くの転移者にとって、街は住処ではない。

 彼らにとって元ナルシスの街は『俺TUEEEE!を体験出来るテーマパーク』でしかないのだ。

 アトラクションの一つとして現地人を奴隷とし、ジェットコースターでスリルを味わうように転移者同士で喧嘩して、豪華な3Dシアターで派手なアクションに心を躍らせるノリで街を破壊して、疲れたらテーマーパークから出て家で眠る。

 国どころか街としても破綻している。こんなの、長続きするワケがない。

 連翹ですら気づけたのだ、他の転移者だって気付いている者もいることだろう。

 だが、それでも改革のために動かない理由はただ一つ――わざわざ正常にしても利益がないからだ。

 レゾン・デイトルというテーマパークが廃園するまで遊び続けて、その時が来たらどこか別の場所に行けば良い――そんな風に考えているのだろう。


「もう一つは――あれに対する攻撃だな」


 下級宿舎を指し示していた男の指が、僅かにスライドする。

 示された場所は外壁そのものだ。かつてナルシスには無く、しかしレゾン・デイトルとなった今は外敵を守る盾として存在しているモノだ。


「前にあそこにファイアー・ボール打ち込んだ馬鹿が、血まみれパーカー女にバラバラにされてっからな。あいつ、殺して良いって判断したら喜々としてバラバラにしやがったんだ。おまけにそれを自分の体に塗りたくりやがるし」

 

 なるほどね、と頷きながら血塗れの死神(グリムゾン・リーパー)の姿を思い返す。

 レゾン・デイトルにおいて彼女は警察――いや、処刑人に近い立場だったのかもしれない。

 そして、なんとなくだがレゾン・デイトルという国がどういう形で機能しているのかを理解できた。

 要は、衣食住の中の住だけは手厚くサポートしているらしい。壁で囲って外敵を遮断し、宿舎を保護して安心して眠れるプライベート空間を作り出している。

 衣や食に関しては現地人から奪えば良いのだから、レゾン・デイトルがサポートする必要もない。元々ナルシスに住んでいた人々や、近場の町や村、そしてレゾン・デイトルの転移者を倒そうと戦いを挑んでくる冒険者や傭兵たちから奪い、服従させて奴隷という資源にする。

 つまり、レゾン・デイトルは略奪に特化した国なのだ。

 本来なら隠れ住んだり、もしくは遊牧民族のように住処を一箇所に定めない機動力に優れた文明が行うモノだが――転移者という存在は規格外チートを以て本来は不可能なことを可能としている。

 なにせ、転移者は実力者でなくては倒せない。

 確かに連合軍の騎士や冒険者、エルフやドワーフたちは転移者を傷つけている。だがそれは基本的に例外なのだ。

 普通の人間はスキルによって放たれる剣技や魔法に対抗する術を持たないし、平均的な実力の戦士が放つ攻撃ではダメージを与えられない。

 唯一高威力の魔法だけが転移者にダメージを通すことが出来るのだが、普通の魔法使いの実力では詠唱が長すぎる。的になって終わりだ。

 そんな存在が徒党を組んでいるワケだ、現地人目線ではクソゲーってレベルじゃない。こんなの、MMOのエンドコンテンツレベルの難易度だろう。

 

(……ああ、だから騎士団も他所から戦力を集めようとしたのね)


 騎士団は最初に騎士だけの部隊を編成しレゾン・デイトルに挑んでいる。

 だが、彼らは敗北した。現地人最強の戦闘集団であっても、前提知識や経験が無ければ簡単に全滅するような相手なのだ。

 ゆえに、騎士団は人員募集のクエストを出した。騎士だけでは実力は足りても数が足りないと思ったから、自分たちの知識のみでは犠牲が大きくなるばかりだから。

 その結果、こうして攻勢に出ることが出来ている。ニールたちのように転移者の実力を理解し、その上で打倒しようと努力しているモノたちの知識を吸収したから。 

 だから今、ようやくレゾン・デイトルの転移者の喉に剣先を突きつけるまでに至っているのだ。


「……けど、本当に禁止事項はそれだけなんですか? 他に……王さまや幹部に攻撃しちゃいけない、みたいな決まりとか」


 思考の海に沈む連翹に変わって、ノーラが反逆罪みたいなモノはないのか、と問いかける。


「いや、むしろあの王様、『自信がある戦士はおれの首を取りに来ていいよ、歓迎してあげるからさ』って反乱分子を笑顔で煽ってやがったぞ」


 その結果が屋敷周辺の惨状だ、と。

 うわあ、という二人分の声。

 その様子が簡単に想像できる。規格外チートという力を得て全能感に酔っていたところに投げつけられた挑発、ブチ切れない方がおかしい。転移したての連翹であれば、きっとブチ切れた転移者の一人として王に戦いを挑んだことだろう。

 

「さて、と。それでどうする? このまま上級宿舎まで案内した方がいいか?」

「そうね、じゃあお願いしようかしら」

「ひひっ――ああ、こっちだ。迷いやすいから逸れないようにしてくれよ」


 そう言って男は路地裏を指し示した。

 建造物によって陽の光を遮られたそこは薄暗く、とてもではないが普通に使う道には見えない。


「……宿舎に行くのにあんな道通るの?」

「もちろんだ。だってよ、大通りや街門前広場近くにあったらうるさくて仕方ねえだろ? あの辺りは地球で言うところの電車の音が響きまくる安アパートみたいなモンだよ」

「――そう、じゃあお願い」


 ノーラの肩を軽く叩いた後、笑顔で頷く。

 

「分かった、付いて来てくれ」


 そう言って男は路地裏を先導し歩き始めた。

 薄暗く人気の少ない道ではあったが、しかし男は勝手知ったるといった風に右へ左へすいすいと先へと進んでいく。

 迷路のように入り組んだ細い道は、恐らく無計画に建てられた建造物のせいだろう。本来は道であった場所が妨げられ、逆に元々は家屋があったらしい場所が削り取られ道になり、もはや迷宮といった有様だ。

 

(――でも、ここを通る人はそれなりに居るみたいね)


 道の隅に真新しいゴミが落ちていたりするし、ところどころには清掃した痕跡もある。日常的に使っている人間は、確かに居るのだ。

 だが――上級宿舎とやらがどれだけの人数を泊めることが出来るのかは連翹は知らないけれど――――


「さて、そろそろ目的地だ。長々と歩かせて悪かったな」


 路地裏から開けた場所に出ると、男はそう言って二人に笑いかけた。

 それに対し、連翹もまた笑い返す。 


「ええ、ありがと。おかげで助かったわ」

「いいってことよ。なにせ――」


 瞬間、周囲から敵意が殺到した。

 前方、後方、左右、そして上。獲物を狙う肉食獣めいた獰猛な視線が、じろり、じろり、と連翹とノーラを見つめている。

 それは品定めする瞳。顔や胸部や尻部を見つめながら、一体どうやって蹂躙してやろうかという肉欲に満ち満ちた視線だ。


「お前はここで死ぬんだからな」

「あら、裏切るのね」

「当たり前だよ、馬鹿が! 一度襲った相手を信用するとか馬鹿じゃねえの? 今時踏み台召喚勇者だってもっと頭働かすだろうがよぉ――!」


 笑い声、嗤い声、嘲笑が輪唱のように響き渡る。

 それは罠にかかった獲物を嘲笑う響きであり、舌なめずりする畜生が抱く欲望の発露であった。

 矢のように、もしくは槍のように鋭く連翹とノーラに向けられるそれを前にして、連翹は小さくため息を吐いた。


「うん、たぶんそうだろうな、とは思ってたわ」

「強がり言ってんじゃねえよ馬鹿女が。……さっき説明してやったろ? 宿舎に泊まってる奴以外に、自前の家を持ってる奴も居るってよ」


 その言葉を聞き、男の言葉を思い出す。

『自分に自信がある奴は奴隷に建てさせた家で寝泊まりするんだが――まあ、大抵の場合集中砲火で家ごと叩き潰されてるな。もちろん、例外は居るがね。幹部ほどじゃないが強いとか、徒党を組んでるとか』――ああ、確かに男はそんなことを言っていた。この男は徒党を組んで安全を確保しているのだろう。

 ならば、ここは既に敵の領域だ。この広い場所で複数人で襲撃を行い、獲物を殺すなり捕えるなりする。

 仮に獲物が逃げ出しても問題ない。なにせ、あれだけ入り組んだ道だ。逃げたところで迷って体力を失うだけで、逃げ切ることなど不可能だろう。

 ゆえに、連翹たちはもはや蜘蛛の巣に囚われた蝶。もがけどもがけど蜘蛛の糸は絡まるばかりで、危機から脱出することは不可能。


「あたし、戦意の無い相手を叩き潰すなんて無理なのよ。だから、考えていたの。裏切らないのならそれで良し、もし裏切るようなら――」


 ならば、斬り払うだけだ。

 静かに抜剣し、微笑む。

 この程度なんでもないと、お前ら如き敵ではないと、そう宣言してやる。

 

「――もう、容赦する必要はない、ってね」

「ほざけ馬鹿女が! いいかお前ら、転移者の方は強いからさっさと殺しちまえ! だが、現地人の女の方は殺すなよ!」

 

 恐らくこの集団のリーダーなのだろう。男の号令で敵意を向けていた転移者たちが一斉に襲いかかってきた。

 その数――十。一人はノーラの確保に走り、残りは全て連翹へと向かう。

 連翹を九人で殺せればそれで良し、無理ならノーラを人質にしようという魂胆だ。

 前後左右、から囲うように八人そして建造物の上からこちらを見下ろしているのが一人。

 男は自分で戦うことはせず、ただただ勝利の笑みを浮かべていた。勝った、と。これで奴隷を一匹飼えるぞ、と。


「それにね、けっこう腹立ってるのよ、あたし」


 正面から迫り来る二人の転移者を睨みながら剣を構え、体のバランスを整える。

 意識するのは下半身だ。ガタガタな土台に家を建てることは出来ないように、ここが不安定なら力の大半をロスしてしまう。


「この街の在り方もそうだけど――あたしを馬鹿女なんて風に言って良いのは貴方みたいなクズじゃないのよ!」


 瞬間、連翹は正面は地を蹴って疾走する。

 スキルは使わない。仮に使えば一人二人は必ず殺せるだろうが、しかしその後の硬直でスキルの集中攻撃に遭って死ぬだろう。

 無論、スキルに比べれば酷く緩慢な動きだ。身体能力はどの現地人よりも勝っているはずなのに、想像の中の騎士やニールの動きに比べて遅すぎる。


「なっ――!?」

「速ッ!?」


 だが――それでも、目の前の転移者にとっては予想外の速さだったらしい。

 当然だ。連翹だって他者を見下せる程の技量を持ってはいないが――完全な素人と比べればずっとずっと速い。


「くら、ぇえ!」


 力強く踏み込み、薙ぎ払う。

 炎を纏う斬撃スキル『クリムゾン・エッジ』の動きを可能な限り再現した薙ぎ払いは、スキルの発声を行おうとしていた転移者二人の体を容赦なく両断する。

 

「ッ……『ファスト・エッジ!』」


 背後からスキル名が響く。

 足音が明確に変化し、連翹を斬り殺さんと練達の剣士の動きで剣が振るわれる。

 だが――


「今更……単発スキルなんてっ!」


 ――来る場所が分かりきっていたら、どれだけ鋭くても問題ない。

 連翹は振り向きながら剣を振るい、迫り来る刃の横っ腹を力任せに叩く。鈍い金属音と共に相手の剣はへし折れ、装備を失ったことによってスキルの動作が強制解除された。

 え、という間の抜けた顔を向ける転移者を思い切り蹴り飛ばし、背後で追撃をしようとしていた転移者に叩きつける。


「創造神ディミルゴに請い願う――」


 ノーラの心配はいらない。もう、あちらの戦いはほぼ終わっているらしい。

 なら次はあたしが頑張らないと、と剣を構え直すが、しかし追撃は来ない。

 連翹を包囲している残りの四人は、なぜか距離を――


「上ね!」


 視線を上げる。

 建造物の上からこちらを見下ろしていた一人が、右手をこちらに突き出しながら、にやりと笑う。

 

「遅ぇよ、『ファイアー・ボール』!」

「獣の爪牙から命を守る盾を、防壁の奇跡を――遅いのはあなたですよ」


 瞬間、路地裏の端から強力な光が産まれ、次いで見下ろしていた転移者の真正面に防壁が生成された。

 本来は敵の攻撃から身を守る防御の力だ、攻撃能力など存在しない。 

 だが、今この瞬間だけは必殺に等しい効果を得る。


「なっ――あああああああ!?」


 ファイアー・ボールは防壁に直撃し、男のすぐそばで炸裂する。敵を滅ぼすために放った炎で全身を焼かれ、苦悶の叫びが響き渡った。

 

「なっ……!?」


 転移者たちの驚愕の声と共に、視線が一転に向けられる。

 そこは先程、強烈な光が放たれた場所であり――同時に、ノーラが居る場所でもあった。

 

「え……え……あ、あ?」


 ノーラを拘束していた――というよりも背後から抱きついていた男が、間の抜けた声を漏らす。

 ぎゅう、と彼女の胸元を力強く掴んだまま、何が起こったのか分からない、自分に何が起きているのか全く理解できない――そんな表情を浮かべている。


「――女神の御手(コード・グロリアス)規格外チートを奪って奇跡を紡ぎました」

「な、なに、を――」


 彼女の篭手――理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアから伸びる蔦が男の袖の中に侵入していた。服の上から這いずり、素肌に触れたそこから規格外チートを吸引し、転移者のスキルさえ防ぐ防壁の奇跡を生み出したのだ。

 だが、ノーラを拘束する男はそれを理解出来ず――そして、ノーラもまたそれ以上の説明を行うつもりは皆無であった。

 ノーラは自身の胸を掴む男の掌を力任せに引剥がし――篭手をつけた右腕で思いっきり顔面を殴りつけた。衝撃音と鼻骨がへし折れる音が響き渡る。


「……やっぱり容赦とかないわね、ノーラ」

「紳士的な対応をしていたのならまだしも、拘束ついでに延々と胸を揉んでた人に情けも容赦もありません。ええ、ありませんとも」


 そう言って拳を握りながらにこりと微笑むノーラ。笑顔は可愛らしいのだが、理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアさんに付着した血痕が恐ろしく物騒で困る。

 だが、その姿は転移者を狼狽えさせるには十分なモノであった。

 なにせ、ただの手弱女が転移者を殴り倒したのだ。

 彼らが想像できる理由は二つ。規格外チートを無効化したか、もしくは単純な腕力で転移者を殴り倒したのか。 

 どちらにせよ、驚異であることには変わりあるまい。


「さっきの貴方の言葉を返してあげるわ。女二人がこんな場所に誘い込まれて、警戒しないと思った? 今時薄い本の悪役だってもっと頭を働かせてるわよ」


 狼狽える男たちに言い放つ。

 だからこそノーラに『警戒してね』と肩を叩いたのだ。無論ノーラだって理解していただろうが、念のために。

 

「さて――どうする? 今なら降伏を認めてもいいんだけど」

 

 傲慢に、そして不遜な面持ちで微笑む。

 この程度、なんてことはないと。危機などではないと言うように。

 実際、まだ四人――リーダーを含めれば五人の転移者が居るのだ。勝てるとは思うのだがスキルの直撃を喰らえば大ダメージを喰らう以上、吐いた言葉ほど余裕があるワケではない。

 だが、それでも自信満々な表情で、口調で言い放ってやる。自身が強者なのだと態度で教え込んでやるのだ。

 なぜなら、人間はどうあっても他人を見た目で判断する生き物なのだから。

 敵を前に笑う完全武装の戦士とおどおどと体を震わせる普段着の村人であれば、前者の方が強そうだと思うのは当然のことだろう。仮に村人が実力を隠していたとしても、その実力を見るまでは抱く感情は変わらない。

 だから、この程度どうとでもなると言うように笑いながら、転移者の動きを警戒する。余裕な演技をしてる最中に特攻されてそのまま死ぬ――なんて間抜けは晒したくないから。

 

「……お、おれは、おれは、悪くないんすよ、あいつが命令しただけで」

「そ、そうそう、こんな強い人だとは、思わなくて……へへ、すみません、ええ、すみません」

「じ、自分は最初っから攻撃するつもりなんてなかったっすよ? ほら、だって実際、あなたに剣を向けてないじゃないっすか」

「こ、降伏する、したら、助けてくれるんだよな……?」

「げぼっ、げほっ、お、れも」

「痛っ……い、いいぜ、受け入れてやる」


 そして、連翹を包囲していた転移者たちも、連翹の蹴りで転倒していた転移者二人も、容易く戦意を手放した。

 まだ数の利はあり、一斉にスキルを使えば勝てるかもしれないが――相手の実力と、今なら見逃すという言葉に縋り付いてしまう。


(……ま、当然っちゃ当然よね)


 そもそも彼らは強い敵と戦いたいワケではないのだ。

 規格外チートを使って己の強さを示したいだけで、だからこそ徒党を組んでいた。数は力であり、実際それで他の転移者にも勝利してきたのだろう。

 だがこの瞬間、その利点は消えた。女二人に反撃され死者すら出ている現状で、これ以上戦いたいとは思えないのだ。

 だって、こんなの割が合わない。

 転移者の多くは余裕を持った状態で勝ち誇りたいのだ。断じて命をかけて強敵と戦い、栄光を得たいワケではない。

 

「へ、へへ――いやあ、さすがに強い。俺の剣を受け止めたどころか、この人数相手に勝っちまうなんて。俺なんかが戦っていい相手じゃなかったなぁ……いやあ! 強い強い! さすが幹部候補様だ!」


 だから――リーダー格の男もまた媚びた笑みを浮かべた。

 裏切って襲撃をしたことなど忘れたように、にやにやと笑いながら連翹に近づいてくる。

 はあ、とため息を吐く。

 それは男に対する呆れであり――同時に自分に対する呆れでもあった。

 一度襲撃し、許しを請うた後に襲撃したというのに、謝れば済むだろうと高をくくっている男の愚かさに対する呆れ。

 そして――こんな形だけの降伏でも戦意が鈍ってしまう自分自身に対する呆れであった。

 

「確かにあたしはこういうのに弱いって自覚はあるけど――」


 連翹は命乞いに弱い。その自覚はある。

 悪党やこちらを殺しに来る相手を前にして『殺したくない』と叫べるほど不殺を誓っているワケではないが、しかし戦意を失った相手に追撃をしかけられるほど心は戦士ではない。

 実際、一般的な人間はそういうモノだと思うのだと思う。誰だって敵意を向けて攻撃してくる相手には怒りを抱くし、自分の身を守るためという免罪符で反撃が出来るから。

 けど、それでも。


「――でも、関係ないわ。貴方の愚かさの代償は、その生命で払って貰うことにするわ」


 そう、連翹は知っている。こんな形だけの謝罪と降伏であっても、己の胸の殺意と敵意が鈍ってしまうことを。

 ああ、だから思ったのだ。


 ――一度力を示した相手の方がまだやりやすいと。


 この男がまた裏切って、また命乞いをしても――さすがにこの短いサイクルで許せるほど甘くはなれない。

 だから、男が道案内を買って出たのは渡りに船だったのだ。

 もう一度、似たような裏切りを前に殺意が鈍ることもないのだから。


「な――あ、謝ってるじゃねえか! それに、ほら、お前は生きてるけど、こっちは二人も死んじまった。帳尻は、もうついてるだろ?」


 男の顔色が変わる。

 青く、青く、そして白く。

 戦意を見せなければ見逃してくれると思っていた女が、こちらに向けて剣を構えていることが信じられないと言うように後ずさりする。

 

「あのね、あたしは仏様じゃないの。他の幹部よりは甘いかもしれないけど――二度目を許すほど器は広くないのよ」


 男の仲間は動かない。

 なぜなら、連翹が殺意を向けるのはこの男一人。

 自分たちに被害が無い以上、この状況は対岸の火事だ。そして、わざわざ燃えてる側に行って仲間を救う甲斐性がある転移者はここには居ないらしい。


「ち――くしょう! 舐めんじゃねえよ馬鹿女――! 『ファス――」


 孤立無援。それを理解し悲鳴じみた叫びと共に剣を構える男。

 だが、遅い。

 遅い、遅い、遅い。

 腹をくくるのも、構えるのも、発声の速度も。

 なにもかも、遅すぎる。

 連翹とてまだ他人に自慢出来るほどの技量があるワケではないが――

 

「だから言ったでしょう――」


 ――素人に勝つことくらいは容易い。

 踏み込み、剣を袈裟懸けに切り下ろす。ファスト・エッジを模した動きは拙く、スキルの動きに比べれば無駄だらけではあるが――それでも目の前の男に一太刀当てる程度のことは出来る。


「――そんな物言いをしていいのは一人だけで、その一人は貴方じゃないって」


 轟、という音と共に肩から腰まで駆け抜ける刃の軌跡。乱れた傷口から血液が吹き出すのを見て、連翹は顔を顰めた。

 こんな男でも降伏した相手を斬ったことに対する嫌悪感――それも、なくはない。

 だが、それ以上に感じるのは自分の腕の悪さだ。可能な限りスキルを模した斬撃は、しかし自分の目で見ても動きが拙く、切断面も乱れている。剣を振った際の音も力任せな響きで、スキルで放った時の軽やかさが皆無だ。

 

「あ――? 今の、これって――まさか、――う、のスキ――同――じ」


 何事かを呟き絶命する男を見下ろしながら、頭を振って剣を鞘に収める。

 自分の技が完全ではないのは百も承知だ。そもそも、今すぐ完璧な技を習得したいなどと言えばニールが怒る。それはもう凄い勢いで。お前、剣術の奥深さと鍛錬の積み重ねを舐めてやがるなと。

 だから、満足はしないが納得はしよう。

 今の連翹は見様見真似の技を転移者の身体能力でギリギリ再現しているだけの見習い剣士――それ以上でもそれ以下でもないのだと。

 

「さて……これでここの地理と雑兵のレベルを知ることはできたわね……それで貴方たち」


 ゆっくりと後ろを振り向くと、生き残った転移者たちが震えていた。

 自分たちのリーダーが殺されたから――ではない。

 もっと別の恐ろしいモノを見た、そんな恐怖に満ち満ちた表情だ。

 その恐怖の原因が何かは分からないが、だが怖がってくれているのならやりやすい。


「誰でもいいわ、道案内をお願いしたいの。先導してたこいつが死んじゃったから、街門前広場に戻れそうにないの」

「え、ええ、っと――」


 逡巡するような響き。

 言うことを聞くべきが、それともさっさと逃げるべきかを悩んでいるのだろう。

 判断が遅いな、と思う。恭順するにしても逃げるにしても、行動は早いほうが良いだろうに。


(……まあ、正直逃げられたら困るんだけど)


 だってこちらにはノーラが居る。

 確かにノーラの女神の御手(コード・グロリアス)は強力だが、身体能力という面では一般的な現地人相応だ。規格外チートが無ければインドア人間な転移者を殴り倒すことは出来ても、しかし全力で逃走する転移者を捕まえることは不可能だ。

 そして連翹もまた、ノーラと行動する以上は全力逃走する転移者に追いつけない。


「ああ、もちろん逃げてもいいし、従うフリをして裏切ってもいいのよ。貴方たちはあいつの言うことを聞いただけみたいだしね、一度目なら許してあげる――」


 にこり、と笑う。 

 優しげに、親しげに、敵意などまるでないと――お前らなどそもそも敵ではないと言うように。


「――もっとも、そこの男と同じで二度目はないけど、ね」


 その言葉が、彼らの行動方針を決定したらしい。

 数分相談していた男だちは、おずおずと連翹の前に出て媚びた笑みを浮かべる。


「街門前広場はこ、こっちだ……です。その、ええっと、従う限りは、殺さないんすよね?」

「ええ、もちろん。役に立つ人は好きなのよ、あたし」


 満足気に微笑むと、生き残った男たちは喜々として道を先導し始めた。

 連翹とノーラを案内し、道のゴミを拾い集め、周囲から他の転移者が襲ってこないように警戒を始めている。

 それが舎弟を引き連れる番長か何かみたいだなぁ、と連翹が思っていると、くいくいと袖を引かれた。視線を向けると、ノーラが心配そうな眼差しをこちらに向けていた。


「レンちゃん、お疲れ様です。大丈夫ですか? どこか怪我とか――」

「……どうしよう、ノーラやばいわ」

「え!? だ、大丈夫ですか!? 見た限り外傷はないようですけど、あの人が最期に何か――」

「さっきまでのあたしってなんか凄い歴戦のクールな女剣士チックで格好良くなかった? もうカッコ良すぎてヤバイと思うのよ。黄金鉄塊で出来た女剣士のとてもとても強そう(とてとて)パワーがオーラになって見えそうになってるの! 攻撃の回避率、防御力、共に高い転移者だ! なんてねっ」

「――……ああ、まあ……『さっきまでは』そうでしたね、ええ」


 なにかすごく呆れ眼で見られた、解せぬ。

 


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