187/雑音と無二
――そこは、過美でありながらも荒れ果てた町並みであった。
町は巨大な街壁に覆われ、内部には石造り、木造、そしてこの世界には存在しないビルといった建造物が並んでいる。
だが、大通りの舗装は何者かの攻撃によって要所要所が剥げ、建造物も倒壊しているモノが複数存在していた。
そのような町並みを我が物顔で歩くのは、過美な意匠を纏った細身の、もしくは太めの男女――転移者である。
服に着られているという言葉の意味を正しく実践する彼らだが、しかしそれを笑う者は居ない。誰も、誰も。
――そのような愚かな現地人は、とっくの昔に叩き潰されている。
大通りの石畳ごと砕かれるか、手近な建造物に叩きつけられるか、種類は様々だが末路は死のみ。
利口な者は最初期に町から脱出し、愚か者ではないが利口でもなかった者たちは違法奴隷のような扱いを受けるか、転移者に気に入られ犬猫のように飼われている。
それを咎める者は誰も居ない。居たとしても、そのような者はすぐさま排除されるだろう。
なぜなら、ここは転移者の国――レゾン・デイトルと呼ばれる町なのだから。
「また地形が変わってるね。劣等同士が小競り合いでもしたのかな?」
砕けた石畳の破片を蹴り飛ばしながら、雑音語りは大通りを歩く。
入り口付近――新入りが滞在するエリアは綺麗に整えているのだが、ある程度奥まで進めばスラム街か何かのような町並みが現れる。
当然だ。なにせこの町のほとんどの住民は既に転移者なのだから、住民の喧嘩程度でも建物は砕けるし地面は抉れる。スキルを使えば火災だってたやすく発生する。それを一々修繕していては手が足りない。
上辺だけ、外面だけを取り繕っているのはこの街も転移者も変わりはしない。無論、自分はそのような間抜けどもとは違うのだが。
荒れ果てた街並みを、そこに住まう人々を見下しながら、雑音は歩く。幹部としては弱い彼が、一人で。
――けれど、彼を襲う転移者は居ない。
遠目に観察する者は居ても、実際に襲い掛かってくる者は極少数だ。
雑音を恐れているワケではない。実際、幹部でなくとも雑音程度に強い者は数人――いいや、数十人以上存在している。
だというのに攻撃が行われないのは、下克上が成されないのは、彼が交流を持つ転移者からの報復を恐れているためだ。
王、幹部、実力のある転移者、そしてレゾン・デイトルの統治を代行する現地人たち。
その者たちが雑音を傷つけた瞬間、攻撃してくる――それこそを恐れているのだ。
「……狐野郎が」
ぼそり、と。
遠くから誰かの悪態が響く。
卑怯者の弱者めと。お前は一人では何も出来ない劣等のくせに! と。
そんな悪感情を浴びて、雑音は心底愉しげに笑みを浮かべるのであった。
「心地いいな、虎に怯える負け犬の遠吠えは」
なるほど、確かに自分は狐なのだろう。虎の威を借りただけの、弱々しい小動物なのだろう。
だが、その狐が虎を自在に操れるのならば、虎の力は自分の力だ。
真に強い者は腕っ節が強い程度の存在ではない。そのような者、知恵持つ者に良いように使われるのが定めではないか。
では、真に強い者とは何か?
それは多くの人間を操り、動かす者のことだ。
力を振るうだけなら馬鹿でも出来る。
けれど、他人を動かすのは賢者でなければ不可能。そして、転移者の多くは愚者なのだ。
「全く――先を見通せない愚物め。けど、いいさ。そっちの方が扱いやすい」
響く陰口を愉しげに聞きながら移動する彼は、ぴたりと足を止める。
そして太陽を仰ぐようにそれを見上げた。
それは、かつて領主が住まっていた屋敷であり、今はこのレゾン・デイトルの王が住まう場所である。
ボロボロに崩され、または新たに建造されたばかりの建物が乱立するこのレゾン・デイトルにおいて、唯一当時の形――西端の港町ナルシスの頃から変わらぬ建造物であった。
この建造物に攻撃の痕が無いこと、未だレゾン・デイトルの統治は揺らいでいないことを確認していると、不意にじゃらりじゃらりという硬質な音が響いた。
「おやおや雑音語り殿! お一人でお帰りですか? 連絡を頂ければ遣いの奴隷を派遣したものを!」
半裸の女性たちが扉を開き、そこから複数人の男たちが現れる。
肥満体の男たちだ。彼らは似合わぬ華美な装束や装飾品を身に纏い、己の権威を高く見せようとしている。歩く度にじゃらり、じゃらりと音がなるのは金や宝石で造られた無数の装飾品がぶつかり合う音だ。
「いえいえ、ぼく如きが貴方たちの仕事を邪魔するワケにはいかないさ――賢人円卓の皆さん」
「なにをおっしゃいますか! 我々が古いしきたりに埋もれることなく、このように働けているのは全て転移者の皆様のおかげです! 礼には礼を、というやつですな!」
そんなことを言って、肥満体の男たちは大笑する。
賢人円卓――それはレゾン・デイトルをサポートする現地人の貴族たちである。
と言っても、位が高い連中ではない。魔王大戦前後に大きな功績を出せなかった者たちの末裔だ。
功績を出して沢山領地を得たワケでもなければ、西部の開拓にも出遅れた者たち。食うには困らないが、しかし贅沢をすることは不可能――本来は、そんな弱小貴族であった。
だからこそ、彼らは願っていたのだろう。アルストロメリアの滅亡を、変革を。
既存の秩序が砕け、新たな時代が訪れ、その最前線を自分たちが走るのだ――そんな、くだらない妄想。
けれど、その妄想に真実味を与えるのが徒党を組んだ転移者という存在なのだ。
「騎士どもさえ叩き潰せばアルストロメリア女王国など簡単に支配できましょうぞ!」
「能無しの王の代わりに、我らが王を! 無二の剣王に栄光あれ!」
「女如きを王と崇める連中を叩き潰した後の統治はお任せください! なあに、転移者の皆様が存分に力を振るえるように、我々が全力でサポート致しましょう!」
「ところで、雑音殿。良い奴隷が手に入ったのですが、いかがですかな? 味見の一つでも」
欲深そうな顔を、更に欲深く歪ませながら、貴族たちは笑う。
表向きは転移者を賞賛し、しかし心の中では良い駒だとほくそ笑んでいる。
転移者たちの多くは領地経営も政治知らぬ。ならば、それを成すのが自分たちだと。
表向きは転移者たちをトップに置き、しかし今後の世界を支配するのは我々なのだと。それが、楽しみで楽しみで仕方がない――そんな内心が透けて見えた。
(……愚かだね)
そんな未来、永劫に来ないというのに。
勝利しようが、敗北しようが――彼らが活躍する未来など、訪れやしない。
侮蔑に歪みそうになる顔を笑みに変え、雑音は嬉しそうな――そう、そうな――弾んだ声でねぎらいの言葉をかける。
「ありがとう、皆さん。皆さんのような時勢が読める賢き人たちに支えられていると思うと、ぼくらも安心できます」
「……互いに心にもないことを囀るのが好きなようだ」
開きっぱなしだった玄関から、こつん、こつん、と足音が響く。
その男はどこか浮世離れした雰囲気を持っていた。引き締まった細い体躯を覆う白い法衣は白い肌の一部のように調和している。唯一、毒々しい程に濃い紫の長髪だけが、彼の完全な調和を崩していた。
「腹芸ごっこなら後でやって頂きたいモノだな。なにせレゾン・デイトルは急速に拡大しているのだ、すべき仕事は無数にある」
「バーベナ殿! 無礼であるぞ!」
「いいや、構わないよ。失礼、クレイス。邪魔をしたようだね」
「そう思うなら口を閉じたらどうだ」
クレイス・ナルシス・バーベナ――元々、この街の領主だった者であり、真っ先にレゾン・デイトルに下った男である。
攻め込んで来た転移者と戦うことなく、即座に降伏し街を明け渡した臆病者だ。
そんな男である以上、鉄面皮の下では転移者を恐れているに違いない。つまりは、この無礼な態度も虚勢なのだろう。全く、小物にも程がある。
だが統治に関してだけは有能だ。
肥え太った貴族たちの統治能力は弱小貴族相応のモノなのだが――元々この街を収めていたこの男は、違う。
(ま、どんな無能でも何かしらの才能はあるってことだね)
低ステータスだけれど内政させると良く働く――そんなシミュレーションゲームのユニットを連想する。
「ああ、そうだ。王は――無二は今どこに居るかな?」
「自室だ」
それだけ告げると、クレイスはこちらに背を向けて歩き出した。
その背中と雑音の姿を交互に見つめる賢人円卓の貴族たちに、「君たちも仕事に戻っていいよ」と告げる。
実際、内政が滞ってもらっては困るし、その仕事が出来るのは現状彼らだけだ。転移者は内政チートだと口を出したがるが、面倒な実務はやりたがらない。雑音も、また。
(無力な土人だけど、働き蟻として使うには丁度いい)
女奴隷と共に仕事場へと戻っていく賢人円卓の面々を見送った後、雑音もまた屋敷の中に入り込む。
王と幹部の他には賢人円卓と使用人、そして彼らが所有する奴隷しか入ることの許されないその建造物は、華美ではないものの出来の良い家具と装飾で調和していた。
ナスシスの領主が使っていた時のイメージをそのままに、しかし調度品はグレードアップされている。王が調度品に興味がなく、また王冠が「華美にするのは要所でいい。全体を過剰に装飾するなど、品がなくて見るに耐えんからな」と言ったため、転移者の街としては落ち着いた雰囲気だ。
(もっとも、ぼくには何が良いのか分からないけど)
今は転移者であり、レゾン・デイトルの幹部なのだが、元々普通の中学生だったのだ。調度品の調和だの何だの、分かるはずもない。
だが、ボロ屋敷に住まうよりは良いかな――そんなことを考えながら、雑音はたどり着いた部屋の扉をノックすることなく開ける。
――そこに、彼は居た。
彼は床に正座し、瞑目していた。僅かに逆立った黒髪に、やや伸びた後ろ髪を包帯で強引に縛って纏めている。
四肢は太く、巨木のようにがっしりとしているのだが、日本人離れした高身長がどこかすらりとした印象を見る者に抱かせる。まるで肉厚な刃だ。
身に纏うのは茶の着流しに漆黒の羽織。腰には一振りの太刀が有り、静かな存在感を放っていた。
(……何度見ても、異世界らしくない男だな)
東の海の先にあるという島国、日向であればそのような姿でも調和することだろう。
だが、ここは大陸だ。調度品の多くは地球の人間が思い浮かべる西洋的なモノばかり。そんな場所に武士のような男が瞑想している姿は不可思議を通り越して滑稽だ。瞑想ではなく迷走してるんじゃないかと思う。
けれど、そのようなことを面と向かって言う者は居ない。皆、黙り込むのみ。
なぜなら彼は多くの者にとって畏怖の対象であり、一部の者にとっては利用できる駒だから。機嫌を損ねようと思う者は滅多に居ない。
――無二の剣王
三年を越してなおスキルを操り、幹部たちを退ける実力を持った存在である。
「……やあ、雑音語り。久しぶりだね」
すう、と瞳を開いた。
刃のように鋭い目を緩めて、王は柔和な笑みを浮かべた。まるで、久方ぶりに友人と出会ったとでも言うように。
「うん。そちらでは何か変わったことはあったかい、無二」
「無いよ。自意識過剰な転移者がここを襲撃するのも、賢人円卓の皆がご機嫌取りに来るのも、全部いつも通りさ」
退屈で仕方がないよ、と王は快活な笑い声を上げた。
その姿は平静で、驕りも無ければ緊張もない。彼にとって転移者の襲撃も欲深い現地人の挨拶も同じレベルの些事なのだろう。
(当然だ)
こんなへらへらとした男だというのに――彼は全ての幹部を打倒しているのだから。
血塗れの死神との戦いを思い出す――彼女の連撃を全て受け流し、「弱い者いじめをするつもりはない」と刀を使わずに勝利したあの姿を。発狂し更に激しく短剣を振るってきた死神に対し、顎に拳を叩き込んで昏倒させたあの時のことを。
狂乱の剛力殺撃……いいや、インフィニット・カイザーとの戦いを思い出す――スキル発動後の硬直時間に転倒させ、操縦席が隠された装甲に迷いなく刀を突きつけたあの姿を。巨大な質量と普通の転移者を大きく上回る腕力で振るわれる剣を、苦もなく逸らされて敗北したあの時の姿を。
崩落狂声との戦いを思い出す――彼女が強みを発揮する前に間合いを詰め、腹部に掌底を当てて完封した姿を。結局、それ以降は崩落が怯えてしまい戦いにならなかったあの時のことを。
王冠に謳う鎮魂歌との戦いを思い出す――空中から放たれる魔法にナイフの投擲、それらを尽く防ぎ、回避したあの姿を。あのプライドの高い王冠が忌々しげな声で降参を口にしたあの時のことを。
単純な戦闘能力という意味では雑音など及びもつかない幹部たちを一蹴する彼の姿に恐れすら抱く。
魔法スキルこそ喪失しているものの、こと剣術スキルにおいては他の転移者など及びもつかない魔人なのだ。
だが――問題ない。
たとえるならライオンだ。
なるほどなるほど、確かにかの百獣の王は人間などよりも強いし、そのような存在が目の前に居たら恐怖を抱くだろう。
だが、動物園の檻の中に居るそれを見て怖がる理由がないように――この男を怖がる理由は、雑音には存在しないのだ。
そうだ、百獣の王すら見世物にする人間の強み。それは決して、力でも無ければチートでもないのだ。
「こちらは最悪だ。狂乱が裏切り、王冠が敗北した。もう、幹部はぼくと崩落しか存在しない」
言って雑音は王の前で跪き、頭を垂れた。
それは臣下が王に忠誠を誓うように? 否、否、否。
それは笑みの形で歪む唇を隠すため。この――戦うことしか脳のない愚者を見下し、利用するために。
「このままでは敗北してしまう――だから、その力の秘密を教えて欲しい。期限を越えてなお規格外が使える方法さえ分かれば、力を失った転移者たちも兵士に出来る――連合軍とやらも数で押し返せるのだから」
――――そう、そもそも雑音語りという男は、レゾン・デイトルの勝利など望んでいない。
そもそも勝ちたいのなら、先程の戦いで開戦と同時にハピメアをばら撒いている。
転移者に毒の効果が無い以上、広がる毒に侵されるのは現地人のみ。エルフのように昏倒せずとも動きの鈍った兵士や騎士を、転移者のスキルで鏖殺出来たはずなのだ。
だが、雑音はそれを行っていない。
だって、勝たれては困るから。
程よく敗走して、味方を失い――王に焦って貰わなくてはならない。
戦力が削れて、連合軍という敵がこちらに迫って来て、レゾン・デイトルという己の城が崩れてしまうのだと!
己が積み上げた砂の城を崩さぬよう、崩れぬよう、必死になって貰わねば困るのだ!
(死神も、狂乱も、王冠も。惨めに死んでくれて感謝するよ! 蝙蝠みたいに裏切ってくれて嬉しいな!)
どいつもこいつも、己の掌で踊る道化だ。
ひらひらと舞い踊るそれを用いて、自分は力を得る。時間制限の無いチートという力を、文字通りの規格外を!
しかし、王は雑音の言葉に焦るどころか、少しだけ困った顔をするのみ。
「雑音、おれは君を友人だと思っている。だからこそ、嘘を吐くことはしない。今までも、これからも」
「ああ、無論ぼくも同じ気持ちだ」
馬鹿め――と笑みを浮かべる。
友情、友愛――そのようなモノ、全て全て人間の脳が作り出した錯覚だ。
形にないモノを信じる者は愚かであるし、それを前提とした社会など破綻している。
だが、どれだけ破綻していようと、社会を動かすのは大多数の愚者だ。愚者による愚者のための社会によって、賢者は排斥されてしまう。
ゆえに、力、力、力――力が欲しい。
それさえあれば、真に賢き者が自由に生きられるのだから。
「だから、何度でも言おう――秘密なんて無い、無いんだ。おれはおれだから強くて、だからこそここに居る」
けれど、王が語る言葉はいつもの虚言。
しばし、二人は見つめ合う。
まだそんなことを囀っているのか、という雑音の責める視線。
その視線を受け止めながら困ったように王は口を噤んでいた。
「そうか……それじゃあ、ぼくはこれで。連合軍の対策を考えなくちゃならないからね。……また来るよ、無二の剣王」
「ああ、またね、雑音。今度は茶くらいは用意するよ」
楽しみにしてる――そう言って部屋から退出する。
瞬間、雑音は上辺の笑みを剥がし、苛立ちの表情を浮かべた。
(ここまで追い込んでも、まだ喋らないか)
愚かに見えて、しかし最低限のことは理解していると見える。
だって、それを話してしまえばレゾン・デイトルなどという砂上の楼閣は即座に崩れ去ってしまうのだから。多くの者がレゾン・デイトルから出奔することだろう。無論、雑音もその一人だ。
ゆえに、王は喋れない。
連合軍がレゾン・デイトルを包囲し、逃走すら危うくなるその時まで。
けれど、それは逆に言えば――レゾン・デイトルが落ちる間際だけは王は秘密を喋るということ。元転移者に規格外を与えることによって連合軍の包囲を突破するつもりなのだろう。
「だから――さあ、滅ぼしにくるといい、連合軍。愚者が収める砂上の楼閣、それを崩してみせろ。その時こそ――ぼくの願いは叶うだろう」
貴様らも、王も、このレゾン・デイトルも――雑音語りが紡ぐ雑音に惑わされた人形だ。
踊れ、踊れ、踊れ、踊って踊って踊り狂え。
現地人も、転移者も、全てがこの掌で踊る演者だ。自分こそが黒幕なのだ。
己よりも弱い雑魚どもも、己よりも強い最強共も。全て全て、そう全て。
「力なんてモノは、雑魚を蹴散らす程度で十分なんだよ――それが理解出来ない愚者どもめ」
雑音は嗤う、嗤う、嗤う。
レゾン・デイトルの転移者たちを、そして近々ここに攻め入ってくるであろう現地人を。
◇
雑音が去った後、王は一人、自室で笑みを浮かべていた。
先程、雑音に向けた柔らかな笑みでは断じて無い。
それはまるで、獰猛な肉食獣が獲物を見つけたように。鋭い牙を煌めかせ、けれど静かに狩りの瞬間を待つかのように。
「おれの望みはようやく叶う――感謝するよ、雑音。やはり君は得難き友だ」
くつくつ、と笑い声を漏らしながら王は言う。
言葉だけ聞けば皮肉に聞こえかねないその言葉。だが、違う。王は本心から雑音に対して感謝の言葉を述べていた。
そもそも、彼は嘘を吐くのが苦手だ。
あえて真実を言わないことはあっても、虚言の整合性を考えるなど、出来るはずもない。彼はそこまで頭の良い人間ではないから。
だからこそ、心より雑音に感謝しているのだ。もし彼が居なければ、今でも無二の剣王は一人だったはずなのだから。
「連合軍――騎士に兵士に冒険者、その上ドワーフとエルフ。……楽しみだ、ああ、楽しみだ。だって彼らは転移者の国を滅ぼすために現れた戦士だ、英雄だ、勇者だ。彼らなら、きっと――――」
腰に差した刀――その柄に手を伸ばす。
流れるような動作で抜刀し、その刀身を掲げる。刀身が光を反射し、怪しく煌めいた。
それは血を啜る妖刀のように邪悪に、けれど磨き抜かれた鋭さゆえの美しさだ。剣士がその輝きを見れば、この刃を自分のモノにしたいと無意識に思わせるであろう、剣呑な美であった。
日向で手に入れたその輝きは、王の体を静かに染め上げる。
「……これで全て、叶う」
だから、早く訪れて欲しい。
それこそが自身の望みであるのだと、無二の剣王は微笑んだ。
それは、恋人に向けるような柔らかく優しい笑みであった。




