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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
186/288

183/響かせる言葉と胸に抱く誓い


 ニールと相対する連翹の体は、微かに震えていた。

 それを押し留めるように己の体を抱きしめながら、しかし瞳はまっすぐにニールに向けている。

 瞳には恐怖と、後悔と、しかしそれを塗りつぶす決意を宿しながら。


「……なんだ、まだ調子悪そうじゃねえか。なに無理して外に出てんだ、ゆっくり休んどけよ」


 何か理由はあるのは察していたが、思わずそんな言葉が口から漏れた。

 それは怯えた小動物が、眼前のモンスターに立ち向かおうとしているように見えたから。無理をするな、下がってろ――そんな風に、言いたくなったのだ。

 その言葉に、連翹は僅かにホッとした表情を浮かべて視線を逸して――


「それでいいと思うなら、そうすればいいさ。好きにすればいい」

 

 ――控えるように背後に立つカルナの凍えた言葉を聞いて、表情を引き締めた。

 四肢はまだ震えたままだけれど、それでも真っ直ぐニールを見つめ直す。

 

「おい、カルナ……」


 どう見たって無理をしている。

 だというのに無遠慮に連翹の背中を押したカルナに、思わず文句を言いかける。

 だが――


「黙って。今、この瞬間に君が話すべきは僕じゃない、彼女だ」


 ぴしゃり、と。

 ニールの言葉を強引に叩き落とし、カルナはただただ連翹の背を見守る。


「……」


 その様子を、ノーラもまた少し不満げな表情で見つめていた。

 カルナのことだから何か考えがあるのだろうけど、と。それでも今の連翹を見て、カルナの言動に不満を抱いているのだ。

 ――はあ、と。

 カルナは小さくため息を吐いた。


「知り合いが、友人が、仲間が辛そうにしているのを見たら気遣うのは当然だと思うし、それは優しさだと思う。それは否定しないし、させないさ。けど――優しくするのと甘やかすのは似て非なるモノだよ」

 

 そして、お前たちのそれは甘やかしているだけだ、と。

 カルナはニールとノーラの視線を真っ向から受け止め、しかし全く揺るがない。

 

「二人とも、ごめんね。ありがと。でも、カルナの言った通りだから」


 頭を左右に振って、連翹はよく通る声で二人の非難を遮った。

 そして、ゆっくりと背後に振り向き、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんねカルナ。ニールの言葉を聞いて、都合がいいなって、渡りに船だって思っちゃった」

「それでも、踏みとどまれたのならギリギリ及第点だよ――さあ、僕なんかと喋っている暇は無いはずだ」


 言葉は厳しく、しかし友と語らうような柔らかい声音で告げる。

 その言葉に、連翹は小さく笑みを浮かべた。


「うん、ありがとう」

「礼には及ばないよ。友であり、仲間だからね」


 短い礼の言葉と、短い返答。

 それで覚悟は決まったのか、再びニールへと向き直る。

 四肢は震えたまま、瞳にはまだ不安は色濃く映っている。

 けれど、それでも、と。

 彼女はニールの瞳を真っ直ぐと見つめた。

 


「ねえ、ニール――ニール・グラジオラスさん。貴方に、言いたいことが……ううん、言わなくちゃいけないことがあるの」


 

 普段とは全く違う、改まった物言い。

 それに違和感よりも不安を抱いてしまう。

 まるで、どこか遠くに消えてしまいそうな雰囲気だからだろうか。

 

(いや、違えな)


 このままどこか遠くへ消えてしまっても構わない――そんな覚悟が見える。

 

「前に、ニール言ってたよね。冒険者のトーナメントで、転移者に会って、ぼこぼこにやられたって」


 なぜ今そんなことを――そう思う反面、どこか納得している部分があった。

 目の前の女が、片桐連翹がここまで改まった態度でニールと対面する理由。それは、ニールが思いつく限りでは『それ』しか存在しない。


「その転移者が、あたしなの――ニールはとっくに気付いてただろうけど、あたしが貴方を倒して、見下して、酷いことを言った女なの」


 ――存在しない、と予測したというのに。

 ニールは咄嗟に反応することが出来なかった。

 それは驚きと、怒りと、確かな喜びが胸の中で渦巻いたから。

 感情はぐるぐると混ざり合い、一つの言葉になってくれない。


「……あたしは、今の今まで、それを忘れてた。雑音ノイズに指摘されるまで、ずっと、ずっと」


 つまりそれは、他の誰かに指摘されなければ永遠に思い出せなかったということ。

 手前勝手に相手を傷つけて、手前勝手に記憶に蓋をして、他人に蓋をこじ開けられてようやく問題を直視したのだと彼女は言うのだ。

 その事実に落胆する。自分で気づいたワケではなかったのか、と。己の剣が冴え渡るのを見て、あの時の男だと気づいたワケではないのかと。


「……ああ、お前が俺を覚えてないって知って――すげぇショックだった」


 小さく呟いて、再開したあの時を――二年ぶりにその姿を見た時のことを思い出す。

 どうでもいい理由でローブで姿を隠し、しかし馬車を襲うモンスターを排除した時に脱ぎ捨てて姿を晒したあの瞬間を。

 一目見て分かった、あの時の女だと、あの時戦った転移者だと。

 覚えていた、覚えていた、覚えていた。

 覚えていた、けれど。

 それはニールだけで、連翹はあの時の剣士が自分であると気づいてはくれなかった。想っていたのは自分だけで、相手にとってはどうでもいい些事だったのだと思うと、怒りではなく悲しみが胸にこみ上げた。


「うん……うん」


 ニールの言葉を聞きながら、連翹は小さく頷く。

 噛みしめるように、噛み砕くように。

 言葉の意味を、想いを咀嚼して、可能な限り言葉に込められた想いをこぼさぬようにと、ニールの言葉に聞き入っていた。

 

「……それで、お前はどうしたいんだ」


 謝って、相手の言葉を聞いて、それで終わりではないだろう? と。

 胸の中でせめぎ合う『怒り』と『不安』、その他に言葉にし難い雑多な感情を押し込めながら問いかける。

 どうすればいいのか、ニール・グラジオラスという男が目の前の女に対して何をやりたいのか、未だに分からない。

 だからこそ、彼女の言葉を以て決断しよう。

 一応、あちらは誠意を見せたのだ。知らないフリをして、なあなあで過ごせる可能性を捨てて、今この場に立っているのだ。

 ならば、自分もまた先延ばしになど出来るはずもない。

 

 そして、しばしの沈黙が訪れた。


 ニールは言葉を促し、しかし連翹もまた黙り込んでいる。

 語る言葉を持たない――ワケではないだろう。真っ直ぐとこちらを見つめる瞳が、そう信じさせてくれる。

 

「今なら分かるの」


 長い長い沈黙。

 けれども時間にしてみればきっと一分とそこら程度の静寂の後に、連翹は口を開いた。


「ニール、貴方がどれだけ剣が好きで、そのために頑張ってて――それが認められた舞台であたしは全てをひっくり返したってことを。その上で、ニールのすべてを馬鹿にした意味を」


 自分が主人公だと、全てが許される存在だと思って、それを成したのだと。

 相手がどう思うのかと考えずに。

 いいや、違う。

 理解していて、尚それを実行して許される身分なのだと思い上がった――そう、連翹は語った。

 なんて救えない馬鹿女。脳みそが足りていないとしか思えない。

 

「……だから、恨まれて当然で、憎まれて当然で、嫌われて当然だって思ってるの」


 けれど、人間は成長する生き物だ。

 体と知識はもちろんのこと、心も、また。

 当時なにも感じなかった事柄が、どうでもいいと斬り捨てた行動が、どれだけ罪深いかと理解出来る程度には。

 だが、いくら成長しようと時計の針は戻らないし、過去が全て無かったことになるワケではない。加害者は一生加害者であり、被害者は一生被害者のままなのだ。


「けど、今のあたしが出来ることはこれしかないの」


 そう言って、彼女は大きく頭を下げた。

 

「ごめん――ごめんね、ニール。あたしは貴方を傷つけた」


 頭を下げて、謝罪を行う。

 ただそれだけの行動だ。やったことに対して釣り合っていない。

 それは連翹自身も理解しているのか、頭を下げたまま言葉を発する。


「あたしのことは好きにして。怒鳴りつけられても、殴り飛ばされても、全部受け止めようとは思ってる。……でも、殺すのだけはまだ待って欲しいの。罪滅ぼしってワケじゃないけど、せめてこのクエストが終わるまでは一緒に戦わせて――役に立ってみせるから」


 ノーラが何か言いたげな吐息を漏らし、しかし口を閉ざした。

 カルナは依然として黙り込んだままだ。自分がすべきことはもう無い、そう言うように。

 

 ――ゆえに、この場を動かせるのはニールただ一人。

  

 彼女の言葉をどう受け止めて、どう行動するのか――全てが今、この手に委ねられた。


(――俺は)


 無意識に剣の柄に手を伸ばす。

 今、ここで剣を振るえば連翹の首は容易く落とせる。

 頭を下げたままの無防備な状態の首にイカロスを振るうだけだ。

 それで、終わり。

 ごとり、という音を立てて彼女は絶命する。

 殺すのは待って欲しいとは言っていたが、そんなこと関係ない。なぜ被害者が加害者の言い分を聞かねばならないのか。斬り殺したいと願うのなら、今ここで斬り殺すべきだ。


 ――だが、体は動くことはない。

 ――心も、また。彼女を斬り殺すことを良しとしないのだ。


 では、何もかもを許し、普段通りに接するか?

 もう昔のことだ、気にするなとでも言って笑いかけてやるべきか?


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 ――そんなの認めない、許さない、許容できない。

 ――この女と戦うべきだ!


 否定の言葉が鳴り響く。このまま終われるはずもない、そのためにお前は剣術を研ぎ澄ましたのだろうと胸の中でもう一人の己が叫ぶ。

 堂々巡りのループに入りかけた思考。

 だが、胸の中に輝く白い光が、惑うニールに対し行く先を指し示す。


「……ああ、そうか。どちらかを選ぶもんじゃなくて、共存するモノ――だったな」


 先程ノーラに言われた言葉。

 ああ、確かに――目の前に連翹が居るからこそ、強く強く理解出来る。

 こんなの、どちらも捨てられるはずもない。どちらも強い感情で、どちらもニールが抱いた想いなのだから。どちらかを選び、どちらかを捨てるなど出来ようはずもない。

 

「正直、お前のことは嫌いじゃねえんだよ」


 だから、もう考えるのは止めた。

 そもそも、何をぐだぐだと考えて、悩んでいたのか。じっくり考え込むのが苦手な癖に、何を頭で考えて理屈で答えを出そうとしているのか!

 ゆえに、思考はいらない。

 思い浮かんだ想いをそのまま言葉にして、感情のままに答えを吐き出す。

 

「なんだかんだで根が善人で、小市民で、けど調子に乗りやすい馬鹿女。だが、そんな馬鹿と一緒に居ると退屈しねぇし、叶うならこれからも一緒に馬鹿なこと言い合いながら冒険者を続けてぇと思ってる」


 そうだ、ニールは連翹のことが好きだ。

 気兼ねなく馬鹿な話を出来る友人と思ってるし、ここぞという時に他の仲間を守るために奮起してくれる頼れる女だと思っている。

 ゆえにその想いに、間違いなどない。

 

「だが、あの時のことを許せたワケでもねえ。ああ、やっぱり腹が立つ。借り物の力で調子に乗りまくりやがって何様だこの馬鹿はって思うし、頭下げられたくらいでそれを許す気もねえ」


 そうだ、ニールは連翹に怒りを抱いている。

 突然現れた剣も握ったことのないような女が、今まで自分が積み重ねてきたモノを塵芥と見下した。

 許せないし、許すつもりもない。それは今まで鍛錬を積み重ねてきた己自身を侮辱している。

 ゆえにその想いに、間違いなどない。

 

「けど、お前をぶっ殺すのは嫌だ。お前を終わらせるのは嫌だ。ずっと一緒に居てぇんだ、あの時からずっと俺は――……あの、時?」


 自分で言って、自分で疑問を抱く。

 あの時とは何時だ、あの時とやらで、自分はどんな感情を抱いたんだ。

 最近の話ではない。

 再開してすぐの頃でもない。


 もっと、もっと前――それは二年前。


 ギルド対抗トーナメントルーキーの部で、初めて出会った時だ。

 あの時、転移者なんていう存在と戦うことになると聞いて、剣も振るったことがないのに自分と剣で戦うつもりかと腹を立てた。

 こんな剣士を愚弄した奴に負けてたまるかと思い、彼女と相対したのだ。

 強く強く思った。絶対負けない、勝ってみせると。

 だが、闘技場の真ん中で向かい合い、彼女の姿を見た。

 そして初めて彼女の声を聞いた時――ニールは一瞬、戦いを忘れて一つのことを考えてしまった。


 

 ――――『綺麗だな』と。



 ああ、と。

 声なのか吐息なのか自分自身でも判別できない小さなモノが、唇からこぼれ落ちた。

 なんてらしくない言葉で、思考だ。 

 だが、それでも想ってしまったのだ――眼の前の少女が、綺麗だと。


 すらりとした細身の体に白い肌、長く艶のある黒髪と同色の瞳。赤い唇から漏れ出した、小鳥が囀るような声音。その姿に、一瞬魅了された。

 己のすべてが、ほんの一瞬とはいえ思考の外に弾き飛ばされるくらいに衝撃で――だからこそ、記憶に刻まれた。あの時、大きく脈動した心臓の音が、ニール・グラジオラスという男に片桐連翹の姿を刻みつけた。


 もっとも、その想いもすぐさま怒りという感情で塗りつぶされてしまったが――それでもその怒りという絵の下地にその想い()があったのは間違いないのだ。

 だからこそ、再会した時、二年ぶりに出会った彼女に対し怒りのまま勝負を挑むことが出来なかった


 あの時より多少はマシな人間になっていたから。

 怒りという絵が削れて、僅かに下地が現れたから。

『打倒する相手』という想いに塗りつぶされていた『綺麗だと思った少女』に対する想いが現れたから。

 

(――なんだよ、思ったより女々しいな、俺は)


 自嘲するように、けれど心底おかしいと言うように笑みを浮かべた

 女向けの創作を笑えやしない。遠回りをし、何度も足踏みをして――だというのに全く気づけなかった。そう、今の今まで。


「――お前をどうしたいのか、ようやく分かった。顔を上げろ、連翹」


 けれど、理解したのなら後は行動するのみ。

 ゆっくりと顔を上げ、こちらの顔を見る連翹を真っ直ぐに見返しながら――抜剣。

 

「ニールさ……!?」


 鞘走る硬質な音色にノーラが驚愕の声を漏らす。

 だが、そんなこと知ったことではないとばかりに剣を振るい――連翹の鼻先に剣先を突き付けた。


「連翹――この戦いが終わったら、規格外チートが無くなる前に俺と戦え」


 にいっ、と。

 自然と獣めいた笑みが浮かんだ。

 だって、楽しくて楽しくて仕方がないから。

 悩みが消え失せ、自分がやりたいことが理解できたのだ。なぜ楽しまずにいられるのか、なぜ笑わずにいられるのか!


「お前を徹底的に叩き潰して、徹底的に敗北させて、俺の剣はお前なんぞに負けねえって証明してやる」


 だからな、と。

 きょとんとした顔の連翹に向けて言い放つ。

 

「今回の戦いで勝手に死ぬんじゃねえぞ連翹。そんな風に勝負から逃げやがったら、俺はお前のことを未来永劫許さねえ」


 この時になって、ようやく理解する。

 確かにニール・グラジオラスという男は連翹に怒りを抱いていた。だが、それは別に殺したいという種類の怒りではない。

 見返したかったのだ、証明したかったのだ、打ち勝ちたかったのだ。


 一目惚れた相手に対し、『俺はその程度の男ではないぞ』と思わせたかった。

 片桐連翹という女に対し、『ニール・グラジオラスという剣士の価値』を認めさせたかった。

 

 無論、これは今の連翹であるからだろうと思う。

 もしも――もしも再会した連翹が二年前のままで、レゾン・デイトルや西部で好き勝手に暴れている転移者のような存在になっていたら。

 その時は、こんな想いは怒りと敵意に塗られたままで、二度と思い出す時はなかっただろう。

 邪悪な転移者として敵対し、あの時の糞女を打倒してやると思って剣を振るっていたはずだ。

 

「――それで、いいの?」


 呆然とした顔と、声。

 それを聞いて「ああ?」と形だけ凄んでみせる。


「俺の決定が不服なのかよ馬鹿女。ならもっとハードかつエロいヤツを考えてやってもいいんだぜ? 俺はそれでも構わねえけどな」


 冗談めかした口調に、くす、くす、と連翹は小さく、しかし確かに笑い声を漏らした。

 何度も見たはずなのに、けれど久々に見たような気がするそれを見て、心が安らいで行くのを感じる。

 ああ、やはり――あの時から、自分の心は変わっていないと思うのだ。

 あの瞬間に転移者を憎んだ気持ちも、出会った少女を綺麗だと思った気持ちも、何もかも。


「ううん、それでいいわ。……けど、ちょっとその言葉はどうかと思うの。『この戦いが終わったら』なんてセリフはね、物語じゃあ真っ先に死ぬ奴が言うんだから」

「馬鹿が。その程度の死の運命、たたっ斬れなくて何が剣士だ」

 

 剣を鞘に納め、彼女の笑みに釣られるように笑う。

 それで、この話は終わりだ――そう言うように。

 

「レンちゃん!」


 もう我慢できない――そう言うようにノーラは駆け出し、連翹に抱きついた。

 ぎゅう、と力強く抱きしめる彼女を、連翹は少しばかり驚いた顔をして――すぐに小さく微笑んで抱きしめ返す。 


「うん、ごめん。心配かけたわね、ノーラ。……迷惑かけちゃったよね、ごめんね」

「本当に、ほんとうに、もう……! でも、いいんです、ちゃんと、戻ってきてくれて……!」

 

 連翹の声は普段よりも弱々しかったけれど――しかし、もう何かに怯えるような色はない。

 互いに互いをいたわりながら、連翹は心配をかけたことを謝って、ノーラはただただ安堵の声を漏らす。

 その姿を見ていると、ニールの頬も緩んだ。

 

(たぶん、これが最高の選択肢だったんだろうと思う。俺にとっても、皆にとっても)


 そしてそれは、ノーラの言葉が無ければ絶対に選べなかったモノだった。

 ニール一人で考えていたら、きっと親しみか憎しみ、そのどちらかを選んでいたと思うから。そうなったら、こんな風に笑い合える結末にはならなかったろうと思う。


「やあ、根性無し――即断即決が君の取り柄だったと思ってたんだけどね」


 ノーラに後で礼を言わないとな――そんなことを考えた矢先にカルナが小馬鹿にするような口調でニールに喋りかけて来た。

 ……まあ、言いたいことは分かる。

 ニールは連翹に対する気持ちを理解した。この期に及んで自分が相手をどう思っているのか分からない――などと言うほど鈍感ではないのだ。

 ニール・グラジオラスは片桐連翹のことを好いている。それは仲間としてであり、同時に異性としても。

 けれど、その言葉だって伝えるタイミングがある。そして、それはきっとそう遠くはない。

 ……それに、である。

 

「うるせえよカルナ。つーか、早漏通り越して暴発させた野郎が先輩風吹かしてんじゃねえ」


 ギロリ、と睨んで言い放つ。

 先走って好意を告げてしまい、大慌てしていた馬鹿にそんなことを言われたないと思うのだ。

 だというのに、カルナは悪びれた様子もなく満面の笑みを浮かべる。


「結果オーライ……いい言葉だと思わないかい?」

「……ま、確かにな」


 あれだけこじれて、惑って、つい先程まで引き千切れそうになっていたニールと連翹の絆という糸。

 だけど今、それらは前よりも強く、強く結ばれたような気がする。

 色々と遠回りした自覚はあるが――終わりさえ良ければ、きっと後々の笑い話になるのだろう。


「……生きて帰らねえとな、絶対」

「うん、そうだね。……勝手に死ぬんじゃないよ、相棒」

「お前こそな、相棒」


 そうだ。この思い出を笑い話にするのは早すぎる。

 レゾン・デイトルを打倒し、勝利して――その時にようやっと、間抜けな自分を酒の席で語れるのだろうと思う。


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