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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
177/288

174/西部の戦い/道程


「失望するに決まってる、だぁ!? テメェ俺を馬鹿にしてやがんのか!?」

「ちょ、ニール、待ちなさいって――」


 連翹は、感情のまま怒鳴りつけるニールを止めようと声を発する。

 確かに後ろ向きな発言であり、彼にとって許せないのかもしれない。苛立つのかもしれない。けれど、説得しようとしている以上、そういった感情は抑えるべきだ。

 それに――


(……少し、分かるから)


 喪失の恐怖――それは、理解出来るから。

 たとえそれが弱虫の戯言でも、その恐怖から目を逸らすことは出来ない。一度でも力に頼れば、きっと。

 だから、続くニールの怒声を、罵声を止めなければと思った。


「家族を、故郷を守ってくれた奴が心から困っていて、そいつが助けて欲しいって言ったとして――その手を振り払う奴ばっかりだと思ってやがんのか、お前は! お前が助けた連中、皆が!」


 けれど。

 けれど、発せられた言葉は想像したモノではなかった。

 苛立ちはあるのだろう、

 根性無しめと怒ってはいるのだろう、

 けれどそれ以上に――なんでこんな簡単なことも分かってないのかと叫んでいた。


「ああ、確かにお前の言う通り、失望する奴もいるだろうよ! 罵倒する奴だっている! それは事実だ、きっと間違っちゃいねえ! けどよ――それだけじゃあねえだろ、お前が守った連中は!」


 ニールは言う。


 己の命を救われた者が居るのだと。

 身近な誰かの命を救って貰った者が居るのだと。

 故郷が滅ぶのを防いで貰った者が居るのだと。


 その全てがインフィニットを助けてくれるワケではない。それは確かに事実である。

 誰だって自分が大切で、恩人に対してだって手を差し伸べ続けることが出来ないのだ。


 けれど――決して、それが全てではない。


 皆が手を差し伸べてくれるほど甘くはないが、それでも差し伸べる人が皆無なほど世界は冷たいワケではないと。


<そんなことを言っても――しょせん俺は、ただ借り物の力を使っていただけの存在だ。そんな風に、思われるワケが――> 

「借り物借り物ぐだぐだうっせえんだよ! ああお前が言う通り、確かに努力して力を得た奴は偉えよ! それは間違いじゃねえし、間違いなんて言わせねえ!」


 何かを目指し、己を磨くという行為を外野から馬鹿になどさせやしない。

 そう言い放ったニールは「けどよ」と叫ぶ。


「なら努力して得た力で奪って犯して殺してるような連中は真っ当な人間か? 違うだろうが! 借り物の力で善行する奴がその手の連中に劣るか? ンなワケねぇだろうが!」


 握る剣の剣先を地面に突き立てる。

 インフィニットに見せつけるように、刀身を晒す。


「どれだけ努力しようが糞野郎は糞で、借り物だろうと真っ当な奴は真っ当だ。……剣と同じだ。重要なのは使い手がそれをどう扱うかって話だろ、こんなもん」


 結局のところ、全てはその力を扱う者次第なのだとニールは叫ぶ。

 武器も力も手段でしかなく、善も悪もそれをどう活用するかで決まるのだと。


「お前は皆のために戦ったんだろ、与えられた力だろうが何だろうか誰かを救ったんだろ、それで助かった人たちが居るんだろ。……ならそれでいいじゃねえか、困ったらそいつら相手に頭下げりゃいい」


 救われた一人として、ニールが言う。

 心よりの願いで誰かを救ったのなら卑下なんてせずに胸を張れと。

 お前にはその権利があるのだと。


「もちろん、何も知らないで文句を言うやつは居る、知ってるくせに文句だけ吐く奴も居る、掌返す奴だって居るだろうよ。けどそればかりじゃねえだろ。救って貰って感謝してる奴だっている――居ないはずがねえ、現にここに一人居るんだからな」

 

 そう言って己の胸をどんっと叩き、インフィニットを見つめ、柔らかい――子供を安堵させるように微笑んだ。


「だから、あんまりお前が救ってきた奴を、そいつらが信じるお前(勇者)を馬鹿にすんじゃねえよ」

<――本当に、君は……こんな俺を、助けてくれるのか、信じてくれるのか……?>

「二言はねえよ。さすがに食っちゃ寝する金よこせとか言われたら蹴り飛ばすが、仕事先くらいは紹介してやる。実家に頭下げてもいいし、長いこと拠点にしてた冒険者の宿の女将さんに頼み込んだって構わねえ」 

「……その前に罪を償うのが先だと思うよニール。仮に一般人を殺してなかったとしても、レゾン・デイトルの幹部であった以上、多少なりとも罪を問われるだろうからね」


 ノーラに支えられたカルナが、呆れたとばかりに息を吐いた。

 

「もっとも――本当に一般人を殺していないのなら、西部の勇者としての活躍の件で多少は減刑されると思う。西部のあちこちで目撃情報があった以上、レゾン・デイトル本拠地で現地人を虐げていたとも思えないしね」

「なら問題ねえな」

<……すまない、ありがとう。こんな俺を信じてくれて>

「何言ってんだ、お前の行動が俺を信じさせたんだろ」


 俺が? と困惑気味の声を漏らすインフィニットに、ニールはため息を一度吐いた後、剣を横一文字に振るった。

 それは剣を振るうというよりも歌劇か何かのポーズのようで、正直に言ってしまえばニールには似合っていない。

 似合っていないけど、インフィニットには伝わったのだろう。<それは……>と、小さく呟いている。


「『ワタシは勇者! 無限の勇者インフィニット・カイザー! この剣は悪漢を滅ぼすために、この体は誰かを守るために、この背中は誰かに勇気を分け与えるためにあるのだから!』……それまでの戦いぶりとこの言葉で、俺はお前を信じたんだよ。どれも本気で、本心だと思ったからこそ勇者(お前)が『何も出来ない』って言い出した時にすげぇ腹がたったんだ」


 転移者の力を、規格外チートを信じたのではない。

 勇者の肩書を信頼したワケでもない。

 インフィニット・カイザーという馬鹿の在り方こそを信じたのだ。

 

<そうか……そうか>


 少し、震えた声。泣いてしまいそうなのは、必死に堪える声音。

 それを聞きながら、連翹は己の掌を見つめ回想する。目の前の巨人の姿に、自分が重なったから。

 思い返すのはアースリュームでのことだ。もしかしたら力が、規格外チートが無くなるかもということを初めて知って、怯え、震えた時のこと。

 

(……もし、あの時にニールが居なかったら)


 不安や恐れ、それに苛まれていた時に話を聞いてくれた彼。

 乱暴で、乱雑で、ぶっきらぼうだったけれど、心から連翹のことを考えて言葉を尽くしてくれたあの時のこと。

 もしあの時、あんな風に言葉をかけて貰えなかったら――自分もまたインフィニットと同じようになっていたのではないだろうかと思う。

 だって、あんな恐怖耐えられない。一人では絶対に無理だ。連翹は、そして多くの転移者はそんなに心が強くない。


「……レンちゃん? 大丈夫ですか?」

「え? ……うん、大丈夫よ。心配かけてごめんね」


 俯いて黙り込む連翹に、おずおずとノーラが声をかける。

 そんな彼女に対し、にこりと笑う。ノーラを、そして自分自身を安堵させるように。

 大丈夫、確かに自分の心はそんなに強くないけど、一人ではないから。

 

「さ、行くぞインフィニット。騎士たちの手前、お前を自由にするワケにはいかねえが……まあ、そこら辺は勘弁してくれよ」

<まさか。感謝こそすれ、文句などあるはずもない>

 

 二人の会話を見つめていたカルナは、小さくため息を吐いて魔導書を閉じた。瞬間、インフィニットを拘束していた氷が光の粒子となって消えていく。

 


「――――だから君は愚かで醜い蝙蝠なのさ」



 草を踏みしめる足音が響いた。 

 ざっ、ざっ、と言う音の方に視線を向ける。

 

「君は正義ごっこが大好きだからね。説得されて裏切るんじゃないかとは思っていたよ。もっとも、こうも予想通りだと呆れを通り越して笑うしかないけれどね」


 学ランの上に隠者めいたボロい外套を羽織った少年であった。

 小柄で人の良さそうな笑みを浮かべ、けれどどこか胡散臭さが漂う者であった。

 雑音語り(ノイズ・メイカー)と呼ばれる転移者であり、レゾン・デイトルの幹部だ。

 

雑音ノイズ――もう貴様の言葉には惑わされん。俺は――ワタシは正気に戻った>

「何を言ってるのかな。ぼくの雑音に惑わされたのも正気を失い狂乱ごっこし始めたのも、全部君が選んだことじゃないか。何一つ強要なんてしていないよ、ぼくは」


 インフィニットの怒気を含んだ言葉に対し、しかし雑音ノイズは怯むこと無く言葉を連ねる。


「君の力が失われたらどう思われるか、友人のように溶け込めるだろうか? そんなことを質問しただけじゃないか。困ってるようだからレゾン・デイトルに来てみないかって言ったのだって、親切心からなんだよ」

<戯言を……>

「そこは雑音、って言った欲しいな。数少ないぼくのアイデンティティーだし」


 あはは、と。

 まるで友人と雑談しているように、彼は笑う、笑う、笑う、笑う。

 笑う、けれど。

 その瞳だけは、地を這う虫を見るようにインフィニット・カイザーという勇者を見下していた。


「テメェ、ぐだぐだぐだぐだと――!」

<待て、異界の剣士ニール・グラジオラス――ワタシにやらせてくれ>


 剣を構え駆け出そうとするニールを、インフィニットが制する。 

 

<彼はあれでも幹部。幹部の中でこそ最弱だが、転移者の平均で考えれば十分実力者だ>

「だからあたしたちじゃ勝てないって?」


 連翹の問いに<まさか>とインフィニットは首を振る。  


<勝てぬことはないだろうがリスクも大きい。君たちはワタシとの戦いで消耗しているだろう。それに――> 


 右腕と一体化した長剣――その切っ先を雑音ノイズへ向けた。


<――彼に惑わされた一個人としても、人々を守る勇者として、あいつは見過ごせない。あれは根っからの邪悪だ>

「根っからの邪悪とは大きく出たね。教唆は罪だと言うけれど、一番悪いのは実行する人間だとぼくは思うな」

<もはや問答は無用だ――ああ、もっと早く、こうしていれば良かった――!>


 己の不甲斐なさを吐き捨てながら、蒼き巨人は疾走する。

 その速度、やはり速い。

 その足音、やはり重い。

 疾走するインフィニットは剣を振らずともそれだけで脅威だ。大して鍛えていない現地人であれば、軽く掠った程度でも衝撃で骨の一本や二本はへし折れる。直撃すれば、転移者とて無事では済まないだろう。

 

<覚悟しろ、雑音語り(ノイズ・メイカー)――!>


 全てをなぎ倒す暴風と化したインフィニットが剣を振るう。

 スキルではない、勢いに任せた薙ぎ払い。それが、地面を削りながら雑音ノイズへひた走る。叩き斬るため、斬り殺すために。

 対し雑音ノイズは――はあ、と大きくため息を吐いた。


「……本当に、力が無ければ何も出来ない馬鹿だね、君は」

 

 瞬間、ボロボロの外套の裾が広がった。迫る剣、それが巻き起こす風を受け止め、翼の如く飛翔する。

 斬撃を悠々と回避する雑音ノイズ。ちい、とインフィニットが悔しげな舌打ちを鳴らす。

 

王冠クラウンの真似事か! しかし、その程度の代物でワタシの攻撃を回避し続けられるとでも思ったか!>

「ああ、確かにこれは彼の猿真似さ。けど、問題ないよ。回避はこれで終わりだからね」


 外套を畳み、そのまま自由落下。

 雑音ノイズは外套の中に仕込んでいた分厚い、けれど短い短剣を抜き放ち、構える。

 

「さあ、無能な駒には退場を願おう」


 瞬間――彼の外套から、学ランの裾から光が溢れ出した。

 それは銀の輝きだ。一種の神々しさすら抱く柔らかな銀光。連翹は、それに見覚えがあった。


「まさか、インフィニットのワイヤーと同じ――!?」

「『ファスト・エッジ』――まずは剣の機能潰す」


 連翹の疑問に対し、インフィニットの右手の甲に着地した雑音ノイズ――彼が放ったスキルの威力が答えた。

 ガギン! と。

 それは鼓膜を震わせる轟音であり、何か巨大なモノがへし折れる音であった。

 くるり、と宙を舞う巨大な金属片――それは、インフィニットが先程まで振るっていた剣、その刀身であった。根本からへし折られたそれは、墓標の如く地面に突き刺さる。

 それの後を追うように、小さな金属片が落下する。雑音ノイズが振るった短剣、その砕けた刀身であった。

 

<――!? だが、隙だらけだぞ雑音ノイズ!>


 武器をへし折られたことに動揺しつつも、インフィニットの行動は迅速であった。

 己の右手に立つ雑音ノイズはスキルの硬直によって数瞬だけ動けない。その隙に叩き潰すべく左手を振り下ろす。


「さて、次は鎧だ」


 だが雑音ノイズは迫り来る巨碗を一瞥もせず、腕と手を繋ぐ関節部――そこに右手を突っ込んだ。

 内部から破壊するつもりか? だが、どう考えてもインフィニットの拳が雑音ノイズを砕く方が速い。

 勇者の拳が、無防備な背中を砕く――


<なん……だ、と……!?>


 ――その直前に、ぶちり、という何かが引きちぎられる音が響いた。

 その音と連動するように、インフィニットがその場に崩れ落ちる。それはまるで、己の重さに耐えきれぬとでも言うように。雑音ノイズを狙った拳もまた、彼に届く前に失速し己の腕を叩き潰している。

 けれど、一番大きな変化は胸部。

 銀に輝く十字聖印、それがどす黒く変色しているのだ。


「さて、言葉を返そうか――隙だらけだよ、鉄屑」


 雑音ノイズは悠々と立ち上がり、跳躍。無防備なインフィニットの顔面を蹴り飛ばす。

 本来なら回避も防御も必要のない攻撃だ。その程度ではインフィニットの鎧を砕くことは出来ず、内部の転移者にもダメージは伝わらない。せいぜい、少しバランスが崩れる程度だろう。


<がっ……!? なんだ、なんだこれは……!?>


 だというのに、悲鳴と困惑の声と共に倒れる姿は人形のよう。

 受け身も取れずに地面に叩きつけられたインフィニットの鎧が、ひび割れ、砕け散る。

 

<なぜだ、なぜこんなにも――体が重い!?>


 ぎ、ぎ、と錆びついたブリキの玩具のように腕を持ち上げる。ただ、それだけで精一杯とでも言うように。


「……だから馬鹿なんだよ、君は。ぼくは弱いんだよ、無策で裏切った君の前に立つはずがないじゃないか」


 未だ状況を理解出来ぬインフィニットを見下しながら、雑音ノイズは鼻で笑う、嗤う、嘲笑う。


「何のために君の鎧を――勇者ごっこのきぐるみを修繕してやったと思っているんだい? いざという時のために仕掛けをするためさ」


 得意げに語る雑音ノイズはインフィニットを踏みつける。

 胸を、巨大な十字聖印を。先程まで銀に光り輝いていた部位を。


「関節の内側から心臓部にかけて、君の操縦席から独立したワイヤーを仕込んでおいたんだ。転移者が触れば急激に縮んで君と鎧を接続する部位を破壊し、最低限の労力で君を鉄屑に出来るってワケだ――けど、さっきの戦闘で回復の奇跡を使われた時はひやりとしたなぁ。裏切る前に全機能が停止、なんていうのは間抜け過ぎるからね。神官が未熟で助かった」


 インフィニット・カイザーを守り、強化していた鎧も、こうなればただの拘束具に過ぎない。

 それでも右腕が――剣が無事ならスキルを発動させ、強引に体を動かすことも出来ただろう。だが、既に剣は半ばからへし折られている。


雑音ノイズ、貴様……!>

「……まだ自分の立場が分かっていないようだね」

  

 冷たい声音と共に新たな剣を抜き放った雑音は、インフィニットの下腹部付近――そこに向けて、思い切り剣を叩きつけた。

 重い金属音と共に、インフィニットのくぐもった悲鳴が響く。

 

<がぁああああああ!>

「ははっ、操縦席はそこだろう? 斬撃は通らなくても、衝撃は通るよね。……さあ、ぼくの踏み台になれよ、ガラクタの勇者」


 表情を喜悦に歪ませながら勇者を、インフィニット・カイザーを叩く、叩く、叩く、叩く。

 インフィニットも腕を動かし、なんとか雑音ノイズを阻もうとするが、その動きは酷く愚鈍で、攻撃は空を切るばかり。

 当然だ。今の彼は全身を巨大な鉄の塊で体を押さえつけられているに等しい。転移者だからこそ僅かに体を動かせているだけであり、現地人ならば指一つまともに動かせないはずだ。

 

「――カルナ、行けるか?」


 その有様を見て、静かな声音で、しかし灼熱めいた怒りを瞳に灯しながらニールが問いかける。

 切っ掛けさえあれば今すぐに駆け出して行きそうな彼の言葉に、カルナは小さく頷いた。

 

「……魔法はもう一回ぐらいが限度だ。場合によっては援護はするけど、可能な限り君とレンさんで勝負を付けて欲しい――見る限り、それが不可能な相手でもないだろうしね。……それでいいかな?」

「ええ、問題ないわ」


 剣を構えながら頷く。

 確かに雑音ノイズはインフィニットに対して優位に立ち回った。多くの転移者と比較して実力が低いワケではないのだろう。

 だが、転移者と戦い慣れた連合軍という視点で見れば、そして転移者の上に立つ者である幹部であるということを考えれば、その実力は貧弱極まりない。

 真剣勝負に絶対はないだろうが、しかしそれでも連翹とニールの二人で襲いかかれば倒せる。少なくとも、連翹はそう判断した。

 さっき見せた王冠クラウンの真似事も、服の中に仕込んでいたインフィニットと同じ筋力強化のワイヤーも、言ってしまえば初見殺しだ。

 彼の動きには他の幹部が見せた技と比べ洗練されたモノが感じられない、ただの劣化コピーだ。落ち着いて対処すれば問題ないだろう。


「傷ついたらすぐにわたしが癒やします。……だから、あの人を倒して下さい。あんな風に笑いながら誰かを踏みにじれる人が、他人を踏みつけて笑えるような人が、あんな力を持って自由に居るのは間違ってます」


 ノーラの言葉に連翹は、ニールは頷く。

 それはノーラの静かな怒りを肯定するモノであり、そしていざという時は任せたという意思表示である。

 これで、問題ない。

 仮に他の幹部の猿真似を行いこちらの不意を突いてきたとしても連翹なら耐えられるし、ニールなら素人の不意打ちくらい読めるはずだ。仮にダメージを受けたとしてもノーラの奇跡でどうとでもなる。

 上手く行けば完封勝利、下手を打っても少しダメージを喰らう程度だ。勝てる、勝てる、勝てる。

  

(問題ない、勝てる――勝てる、はずよ)


 勝てる、はずなのに。

 なぜだろう、嫌な予感が止まらない。

 そして、それを裏付けるように雑音ノイズは微笑むのだ。この程度、己の窮地ではないとでも言うように。


「そうだ――君たちは騎士と行動を共にするような人間だ。そんな君たちは根っからの悪人じゃない者が、改心した者がゲスに虐げられるのを見て冷静じゃあいられない。怒り、敵意を向け、ぼくを倒そうとするだろう」

「分かってんじゃねえか――なら、とっととその口閉じやがれ――ッ!」


 ニールが駆け抜ける。

 剣を右肩に担ぐように構えた疾走――餓狼喰がろうぐらい。その一撃で先程から響き渡る耳障りな雑音を排除するために。

 その背中を追うように、連翹もまたひた走る。雑音ノイズが回避や防御した時に、致命の一撃を与えるために。

 戦い慣れたニールと、転移者である連翹。二人の連携で、十分倒せる!


「本当に、君たちは馬鹿だなぁ」

 

 すう、と表情を消して。

 真顔で連翹たちを一瞥した雑音ノイズは、ばさりと外套を広げ跳躍した。


「ムカついて、苛立って、ぼくなんて雑魚に注目してしまって。だから本物の脅威を見落としてしまうのさ――ああ、こんなところかな、王冠クラウン




「ああ――――十分過ぎる働きだ」




 その声は――上から――響いて。

 ぞわり、と総毛立つ感覚。致命的なミスを犯した、その事実を取り返しのつかないタイミングで気づいたゆえの寒気だ。

 空を見上げる。

 そこには、太陽を背にした白い男――王冠に謳う鎮魂歌(クラウン・レクイエム)の姿があった。掌をこちらに向け、今、まさに魔法スキルを使う――そんな状況の、彼が。

 

(駄目――これは、駄目っ!)

 

 詰んだ。

 いいや、詰まされた!

 雑音ノイズがインフィニット・カイザーを痛めつけていたのは、このためだ。視線を集め、怒りで視野を狭め、王冠クラウンが転移者の軍勢から姿を消していることに気づかせないため。

 連翹やニールはギリギリ範囲外に逃げられるだろう。

 だが、カルナとノーラは無理だ。元々そこまで身体能力に秀でていないのもあるが、今のカルナは疲弊しすぎているまともに逃げられない。

 そして、ニールも連翹も二人を見捨てられない。そんなこと、出来るはずもない。

 だから、なんとかして助けようとして、僅かな可能性に賭けて――順当に賭けに敗北し、焼き尽くされる。 


「『ファイアー・ボール』……そら、足掻くか見捨てるか、選べ」


 上空から灼熱が堕ちてくる。

 狙いは――やはり、カルナとノーラ!


「……ッ、『ファイアー・ボール』!」

 

 連翹もまたスキルを放ち、それを迎撃。空中で炎と炎が衝突し、轟音と共に爆発。辺りに爆風を撒き散らす。


「それじゃあぼくは君が居ない間、軍勢の指揮をしておくよ――もっとも、ほんの数分だけの代役になりそうだけど」

「なに、数分もかからん」


 その爆風で雑音ノイズはこの戦場から離れ、王冠クラウンは更に高く空を駆ける。

 

(……どうしよう、どうしよう、どうしよう!)


 汗と焦りの言葉だけは無尽蔵に出てくるというのに、ここからどう生き残れば良いのか、その道筋が暗夜の如く見えない。

 王冠クラウンは動きの鈍いカルナたちを狙い撃てば、自然と庇いに来た連翹やニールも攻撃できる。

 対し、こちらは上空を高速で移動する王冠クラウンを狙わなくてはならないし――そもそも上空に攻撃できる者は連翹とカルナだけ。その上、カルナはもう既に限界が近い。実質、連翹の魔法スキルぐらいしか彼を狙えない。

 けれど、上空から爆撃される魔法スキルの迎撃に必要なのもまた連翹なのだ。仮にスキルを外し、硬直時間中に王冠クラウンがスキルを放ってきたら――迎撃が間に合わないかもしれない。

 

(じゃあ、騎士たちが助けてくれるまで待つ?)


 だが、それも無理だろう。

 あちらとて多くの転移者と戦っているのだ。そんな余力は無いだろうし、あったとしても援軍が来るまで攻撃を凌ぎきれるかどうか。

 

「足掻くか、さて、いつまで持つか」

「糞がッ、破砕土竜はさいもぐらァ!」


 ニールが地面に剣を突き立て、辺りの地面を捲り上げる。砕けた土と草花が即席の煙幕となり、皆の姿を一時的に隠す。

 それを見て「そっか!」と納得した。スキルに必要なプロセスの一つに狙う対象を視認することがある。なら、これで相手のスキルを封じることが――


「愚か者が」


 ――上空から、ヒュン、という風切り音。それが、無数に重なって響く。


「――ッ!? 連翹、カルナとノーラを守れ! 今すぐ!」

「わ、分かったわ!」


 ニールの悲鳴めいた声に、内容を聞かずすぐさまノーラたちの元へと駆け出し、二人を押し倒す。


「あ、ぐっ……!?」


 その瞬間、背中に、腕に、脚に、鋭い痛みが走った。

 大きな痛みではない。衝撃の痛みはそこそこあったが、他は紙の端っこで指を切った程度のダメージだ。

 だけどそれは連翹にとってのこと。転移者でない者が同じ攻撃を喰らえば、肉どころか骨まで貫かれていたことは想像に難くない。

 

「ッ……すまない」

「レンちゃん、大丈夫ですか!?」

「うん、なんとか。……これ、ナイフ?」


 自分の回りに落ちているモノを一瞥して呟く。

 磨き抜かれた細く小さなナイフ。それが、刃が砕けた状態で連翹の周辺に散乱している。恐らく、連翹の体を叩いたのがこれなのだろう。

 王冠クラウンがこれらを上空からばら撒いたのだ――それに気づき、数瞬遅れてぞっとする。

 ニールが悲鳴じみた声を上げたのが理解できる。転移者にとっては余裕でも、前衛の戦士なら耐えられても――鎧も無ければ身体能力も低い後衛たちが耐えられる道理はない。少し庇うのが遅れていたら、カルナもノーラも滅多刺しにされて死んでいた。

 

「……どこを狙ってんのか分からなくなる分、煙幕も悪手かよ」


 徐々に晴れていく土煙の中、ニールが己の腕に突き刺さったナイフを引き抜きながら悔しげに言う。

 空を見上げれば、王冠クラウンが超然とした面持ちでこちらを見下ろし、飛翔する姿が見える。そこに仕留め損なったという苛立ちは皆無。戦闘しているという風にすら見えない。

 まるで、ゲームでちょっと硬いザコ敵と戦っているかのよう。少し面倒だなと思いながら淡々とボタンを押している――その程度の認識で、連翹は、ニールは、カルナは、ノーラは見下されていた。

 

「それでは次は雷槍の槍衾だ。足掻けるならば、足掻いてみせろ。『ライトニング・ファランクス』」


 雷槍が雨水が如く降り注ぐ。

 直撃すれば死にかねないそれらが急速に近づいてくるのを感じながら、連翹は地面のナイフをつかみ取りながら立ち上がる。

 

「これで――なんとか!」

 

 拾ったナイフを投げる、投げる、投げる!

 その多くは空を切るものの、しかし数発は雷槍に直撃し――炸裂。雷が他の雷槍を巻き込みながら連鎖爆破していく。 

 凌ぎきった――けれど、一息つく暇などあるはずもない。次も、その次も、凌がなくてはならない。凌ぎ損なえばカルナか、ノーラか、ニールが死ぬ。

 

「さあ、死ぬぞ、お前の友は皆死ぬぞ。お前が粘らねばな――『クリムゾン・フレア』」 

「ッ……こ、のっ……! 『クリムゾン・フレア』」


 放たれる高威力のスキルを空中で相殺する。

 なんとかなった――そう、内心で安堵の声を漏らす。早期に撃ち落とせたから、こちらに届く爆風もだいぶ力が弱まった。これなら現地人でも十分耐えられる範囲――


「あ、ぐぅっ――」

「カルナさん!?」


 ――だが、苦悶の混じった悲鳴が連翹の思考を否定する。

 カルナだ。爆風に吹き飛ばされ、連翹たちから大きく離れた場所に弾き飛ばされていく。

 それは単純な話。敵の軍勢に対して多くの仲間の援護を行い、インフィニットとの戦闘でも魔法を使っていたカルナは、爆風に耐える余力が無かった。ただ、それだけ。攻撃を凌ぐのに必死過ぎて、頭から抜け落ちていた理屈だ。

 そして、そんな隙を、ミスを、王冠クラウンが見逃すワケがなかった。


「まずは一人だ」


 空中からナイフが降り注ぐ。威力は低いが、しかし数だけは多いそれが、カルナに向けて。

 

(まず――い!)


 間に合わない、防げない、守れない。

 

「カルナァ!」

 

 ニールが走る、走る、疾走する。

 けれど、高速落下するナイフの方が圧倒的に速い。

 ゆえに、無数のナイフはカルナの全身を貫く――

 

<させ――ん!>

 

 ――その、直前に。

 誰も気に留めていなかった巨体が、カルナを覆った。 

 四つん這いで地面を移動するその姿は愚鈍そのもので、戦闘行動などもはや不可能。

 けれど、それでもあの巨体は頑強な鎧であることには変わりない。ナイフ如きで、貫けるはずもないのだ。


「まだ動くか、醜き鉄塊」


 力を失った巨人、勇者インフィニットカイザーが、そこに居た。


<……ワタシを信じてくれた友を、やらせるわけには、いかないだろう>

「己の信じた勇者(理想)すら貫けなかった愚物が、今更何かを守るつもりか。ブレにブレた男め、だから貴様は醜いのだ」

<だとしても、今ここで何もやらぬワケにはいかない――君たちも、速く!>


 その言葉に反論しなかった。いいや、出来なかった。

 このままでは絶対にどこかで致命的な失敗を犯し、敗北する。それはきっとニールも理解しているのだろう。ちっ、と大きく舌打ちをしてインフィニット・カイザーの下に滑り込む。

 連翹もまた、ノーラを抱えて飛び込んだ。

 その直後、轟音と共に炎が吹き荒れる。スキル『ファイア・ボール』が、インフィニットに直撃したのだ。


<安心するといい、君たちが体勢を整える程度は耐えられる――ぐ、が、ぁあああああ!>

 

 雷の槍が突き刺さる。

 内部を貫いた雷が、インフィニットの鎧を、その中に居る人間の体を焼き尽くしていく。

 

「……創造神ディミルゴに――ぁ」


 治癒の奇跡を使おうとしたノーラが口ごもる。

 インフィニットの体には十字聖印と同じ物体できたワイヤーが張り巡らされている。治癒の奇跡を扱っても、それに吸収されるばかりで、内部の人間には決して届かない。


「な、なら、その中から出れば! 盾になっているのは鎧の部分なんですから、中の貴方は外に出ても……!」 

<気持ちはありがたいけど、――ッ、だが無理なんだ。せめて操縦席を開ければ良かったのだが、、ぐっ、雑音ノイズの奴め、丁重に開閉機能も破壊していってな。自分一人では、降りることも出来ない>

 

 時折苦悶の声を漏らしながら、しかしインフィニットの声は優しげで、そして満足そうな響きだった。


<ワタシは――俺は誤ちを犯した。力を失う恐怖に敗北し、どんな手段であっても勇者を続けたいという欲望に屈し、君たちを傷つけた。これは罰であり、償いであるのだろう>


 なら、これはきっと必要なことなのだと。

 降り注ぐ爆撃に甲冑が剥がれ、砕けていく。熱せられた甲冑は、雷槍を無数に突き立てられたそれは、赤熱し、帯電し、内部の人間に地獄の責め苦を与えているのは想像に難くない。

 だが、それでも彼は笑う。これで満足だと。


<こんなワタシを、俺を信じてくれた者を、その友を守って逝けるというのなら――ああ、それも、悪くはない>

「――そんな風だから雑音ノイズの言葉に乗ってしまったんだろう、進歩がない男だね、君は」


 ……酷く、苛立った声がした。

 土に汚れたカルナが、ゆっくりと起き上がる。荒い息を吐きながら、しかし強い、強い意思を瞳に輝かせて。


「生きて罪を償えっていう言葉は偽善めいていて嫌いだけど、無駄死にして、何かを成した気になって、手前勝手に楽になろうとする奴にはいくらでもその言葉を言ってあげるよ。勝手に死のうとするなよ、どうせ死ぬなら罰を受けてから死ねってね」

「カルナさん、いくらなんでも――!」

「だけど、僕はあの絶体絶命の状況で救われた身だ。この場で君が死ぬのを黙って見ていることなんて出来ないし、後々処刑される未来も認めない。後者に関しては僕が全力で弁護しよう、前者に関しては、今、ここで!」


 ノーラの非難の言葉すら押しのけて、カルナが叫ぶ。

 震えた体に力を灯すように、残った力を振り絞るように。

 

「この防御があれば! 詠唱が出来るのなら! 負ける要素は欠片もない! なあ、ニール! オルシジームで言ったね! 『たかだか付け焼刃如きで僕らには勝てない』――そう思い知らせれば良いってさ!」

「……! ああ、ああ、ああ! 言ったな!」


 それだけで、ニールはカルナが何をやりたいのかを理解したらしい。

 ボロボロになっていくインフィニットを悲痛な眼で見つめていた彼の瞳が、ギラリと輝く。

 それは獣の瞳だ。獲物を見つけ、柔肌を爪牙で切り裂こうと考える、肉食獣の眼だ。

 

「なら問題ない――あの程度、今までの積み重ねで十分対処できる範囲だ!」


 カルナが魔導書を開く。

 残り少ない魔力で魔法を編み、精霊を呼び込むために高らかに詠唱を開始する。


「我が求むは吹き荒ぶ氷嵐、屈強なる無数の氷壁――」

「ノーラ、連翹、カルナの奴はもう動けなくなるはずだからよ、悪いが支えてやってくれ」

「い、いいけど、そっちは大丈夫なの? 攻め込むんでしょ?」


 正直、ニールもカルナも何をやりたいのかサッパリ分からない。なに男二人で通じ合ってるんだ、ちゃんとこっちにも分かるように喋れよとも思う。

 けど、それでも分かることはある。

 きっとカルナは王冠クラウンを倒す手段を考えついていて、それを実行する手段がニールなのだろう。


「連翹、お前じゃ無理だ。実力の有無って話じゃねえ、俺だって何度も地面に落ちて怪我した技を、突然真似しろなんてのは仲間に頼るんじゃなくてただの無茶振りってだけだ」

「ん……そっか。分かった、こっちは任せて。そっちは任せる」

「ああ、俺の相棒を頼むぞ」

「――氷獄ここに在り、顕現せよ、我が紅蓮地獄!」


 冷たい風が吹き荒れる。

 凍える程に冷たい風だ。

 轟々と吹き荒ぶそれは、風の中で無数の氷を生成していく。それらは無数の板と化して、吹き荒れる風に煽られて不規則に回転する。

 

「これは――」


 王冠の動きが、攻撃が、鈍る。


 ――それは氷嵐である。凍えた嵐である。


 嵐の中で生み出された氷の板は風に煽られ、不規則に移動し、揺らめき、回転するそれが、嵐に囚われた王冠クラウンの脱出を阻む。

 強風で外套による飛翔を妨げ、氷の壁で脱出を防ぐ――そういう魔法、なのだろうか。


「――馬鹿め! この程度で我を無力化したつもりか! 見当違いも甚だしい!」


 だが、王冠クラウンは揺るがない。

 外套を巧みに操り、ゆっくりと、しかし確かに姿勢を制御し始める。


「我は竜。空の覇者であり、権威の象徴であり、全ての権力者の上に立つ者! この程度の風で、我を止められるモノか――!」


 その言葉に誇張は無いのだろう。

 多少の想定外はあったはずだ。けれど、その想定外すらも乗りこなして勝つのだという執念と自信がその言動にあった。


「そう、だろうね――僕だけじゃあ、きっと君には勝てない。そんなこと、初戦で痛感しているさ」


 手から魔導書がこぼれ落ち、体は力を失う。

 カルナはその体を支えるノーラを一瞥し小さく笑みを向けた後――歯列をギラつかせ、猛獣めいた笑みをニールへと向けた。


「――さあ、道は拓いた、君の背に相応しい蝋翼を授けたぞ! ならばやることは一つだろう!?」

「ああ――跳んで飛んで斬り倒す! やることは一つも変わらねえよ!」

 

 そう言って――ニールは氷嵐の中に飛び込んだ。 


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