173/西部の戦い/勇亡き勇者
――この力で誰かを救いたい。
力を得た後、最初に抱いた想いは、そんな単純なモノだった。
それは自宅の車と合体した宇宙警察のように、
祖父の作り出したアンドロイドに乗り移った宇宙人のように、
地球のエナジーを守るために産まれた勇者のように、
若き鉄道王と共に戦うAIのように、
心を持つAIが採用された勇者警察のように、
宝石に封印された黄金郷へと導く鍵たちのように、
宇宙人に力を託された高校生たちのように、
秘密防衛組織に所属するサイボーグのように、
かつて心より憧れた彼らのように、正義のために戦い、子供たちを守りたい。
その想いは、決して偽りではなかった。
力ある限り、憧れた勇者たちのように振る舞い、暴走する転移者たちを止めなくてはならないと思ったのも事実だ。
事実、だったのだ。
(これも――罰なのだろうか)
借り物の力と理想、それで本物になれたのだと思い上がったからなのか。
分からない、分からない、分からないが、もう迷っている時間はない。
もう――刻限が近い。
だから、戦わなくてはならないのだ。
まだ戦わなければならない、まだ救わなければならない、まだ勇者としてやるべきことがある。
(いいや、それも結局――言い訳か)
結局のところ、恐怖に苛まれ、それに耐えることが出来なかったから――だから裏切ったのだ。
今まで救ってきた人々を、自分が築き上げてきた勇者という理想を、自分を信じ力を貸してくれた戦士を。
剣を構え、こちらを怒鳴りつける少年を見る。
木製の剣を構えた少年だ。レゾン・デイトルや無法者の転移者を討伐する連合軍――その一員たる冒険者の剣士だ。
その声から伝わってくるのは怒りであり、失望であり、悲しみである。どろりと溶けたそれが、インフィニット・カイザーを殴りつける。
(ああ、こんな真似が勇者として正しいはずがない。そんなこと、ワタシが――いいや、俺がよく知っている)
けれど、インフィニットは剣を構える。
(ゆえに、狂い、乱れ力のままに暴れよう。何も考えずに力を振るえばいい――いいや、いいはずが、ないのだけれど)
それでも止まらない。止まれない。足を止めれば待っているのは破滅のみだ。
だから、ただただ狂い乱れる狂戦士のように剣を振るう――そうしなくてはならない。
◇
ニールの言葉に何も答えず、インフィニットは地を蹴り疾走した。
先程よりも素早い動きで間合いを詰めた蒼い巨人は、力強く剣を薙ぎ払う。
「ニール!」
「……ッ、悪い!」
忘我しているニールを叱咤しつつ、連翹はバックステップで回避する。鋭い剣閃は先程まで連翹やニールが居た場所を両断し、剣先が地面を抉り土埃を巻き上げる。
疾い。力強さは先程に比べれば劣っているが――しかし攻撃の鋭さは増していた。
恐らく、これが戦い慣れた姿だからだろう。威力が高いだけの巨大な剣よりも、手に馴染んだ長剣の方が技が冴えるように。
そして、だからこそ分かってしまう。
目の前の存在が狂乱の剛力殺撃の、レゾン・デイトルの幹部の変装ではないということが。
西部で戦い続けた勇者を名乗る巨人――インフィニット・カイザーその人であるということが。
ちっ、とカルナが侮蔑するように舌打ちを一つ。
「……やっぱりマッチポンプの類だったか」
カルナの言葉に、連翹は小さく頷いた。あまり考えたくはなかったが――眼の前の存在を見る限り、それ以外ありえない。
大方、私欲を満たす行動を黒い甲冑で行いつつ勇者として活動していたのだろう。
その二つを使い分けることにより、汚名は狂乱へ、名声はインフィニットへと注がれる。それは、泥水をろ過して飲料水に変えるが如く。
そうすることによって、彼は好きなように動ける。世論を操作し人々を操ってもいいし、勇者を信頼する人々の背中を斬りつけてもいい。二人が同一人物であるとバレない限り、いくらでもやりようがある――
「ねぇな、それはねえ」
――だが、ニールは否と告げた。
そんなはずはないと、目の前の巨人はそんな醜悪な存在ではないのだと。
黙り込んだまま襲い来るインフィニットの刃を凌ぎながら、必死に言葉を紡いでいる。
「ブバルディアで一緒に戦った時、あいつは本気で街を救おうと動いていた。そう感じたから、俺はあいつを信頼したんだ――道中の村人なんかも、きっと俺と同じことを考えたから、あんなにも奴を信頼してたんじゃねえか」
だから、違う、違うのだと。
だがその言葉に確証は何もない。感情論であり、印象論であって、何一つ反論になるモノがなかった。
対し、マッチポンプであるという推測は状況証拠は存在する。勇者を名乗って人々を救っていた癖に、大甲冑で顔と体を隠してレゾン・デイトルの幹部として活動していたのだ。
「正直、僕はそこまでアレを信用できない。君と違って共に戦ったわけでも、言葉を交わしたワケでもないからね――そこまで庇い立てする意義を見いだせない」
淡々と、いっそ冷淡とすら聞こえる声音でカルナは言う。
「だけど」
一拍置いて、魔導書のページをぱらりと捲った彼は、笑みをこぼした。
「ニールが心からそう思うのなら、サポートくらいはしてあげるよ。だけど、僕はもうあまり余裕がないからね。限界だと思ったら打ち切ってもらうよ――それでいいね?」
「ああ、十分だ!」
インフィニットの剣を跳躍して回避したニールは、犬歯を見せつけるように笑った。
「はあ……あたしも手伝ったげる。前衛が多い方が楽でしょ?」
その姿を見て、剣呑ではありつつも嬉しそうな笑みを見て、連翹は小さくため息を吐いた。
正直、今回に限ってはカルナよりの考えなのだが――あんな顔を見て、自分は手伝わないなんて言えるはずがない。
「悪いな、助かる」
「……なんか普通にお礼言われると違和感凄いわね。いつもみたいに馬鹿女とか言わないの?」
「何言ってやがる、馬鹿に付き合ってもらう身分だってのに、どうして相手のこと馬鹿なんぞ言えるんだ。客観的に見て、今一番の馬鹿野郎は俺だろ」
そう――それだけ言って、連翹は踏み込む。
このメンバーの中で一番硬いのは自分なのだ。ならば、可能な限り前に出て、暴れて敵愾心を集めなければならない。そう、あの黄金鉄塊の騎士のように、メイン盾の如く。
「二人の傷はわたしが癒やします、安心してください! ……けど、少し意外ですね。こういう場合、カルナさんは賛成しないと思ったんですけど」
背後から響くノーラの声に、カルナは「正直、反対したくはあるんだけどね」と笑う。
「けど、ニールの奴は馬鹿だけど、考えなしでもないし――何より見る目はあるから。そんなあいつが違うって言うんだ、なら任せてみるよ」
「見る目があるぅ? 本当にぃ?」
思わず胡乱げな物言いで会話に割り込んでしまう。
すぐ真後ろから「なんだとテメエ」と言いたげな視線が飛んできているような気がするが、気にしないフリをしておく。
「もちろんさ――僕を相棒にしたのが、その証拠さ」
あの巨人を信用することはできないが自分自身は信用できる、と自信に満ち満ちた表情で言い放つ。
連翹はニールとカルナがどう出会い、どう仲良くなったのかは知らない。
けれど、互いに信頼し合える何かがあったのだろうと思う。
それが少しだけ羨ましい。互いに認め合い、信用し合っている二人。あんな風に、自分はなれているだろうか?
小さく首を振ってその思考を打ち払う。なれているのならそれで良いし、そうでないなら――これから積み重ねればいいだけだ。
「よぉし、ニール! 任せたからね!」
疾走の勢いのままインフィニットへ斬りかかる。狙うは脚。二足歩行の巨人を倒すなら、やはり脚がセオリーだろう。
だが、そんなことは相手も理解している。
<『クリムゾン・エッジ』>
灼熱の炎を纏った刃、その薙ぎ払いが来る。
轟々と燃える灼熱は、攻撃と同じくらいに防御にも有効だ。剣が走った軌跡に炎が残留し、即席の壁となって連翹に立ちはだかる。
これが人間サイズだったのならそこまで大きな炎は残らないのだろうが、剣が巨大な分、それを覆う炎の量もまた比例している。残留する灼熱も、火の粉から炎へと姿を変えていた。
(だけど、現状はこれでいい)
相手の視線を引き寄せられれば、注意を惹ければ、ヘイトを稼げれば。
ほんの数秒、いいや数瞬でもこちらに相手の意識が向けば――
「――おい聞いてんのかインフィニット・カイザー! テメェなにやってやがる、何がどうしてそうなった!」
疾走したニールが炎を貫き、すれ違いざまに振るわれた斬撃がインフィニットの体を切り裂く。
けれど、痛みを感じていないらしいインフィニットは、すぐさま反撃を行う。地面を掬い上げるような斬撃が走り、ニールの背中を追いかける。
「やらせない――わ、よ!」
その間に割り込み、全力で剣を薙ぐ。横合いから衝撃を叩き込まれた巨剣は大きく軌道を歪め、ニールから逸れていく。
(地面に立てているからってのもあるけど――あの黒い甲冑を脱いでから、パワーが落ちてる!)
力任せの攻撃が僅かに通ったのを見て、それを確信する。
インフィニットが黒い甲冑の中から飛び出す時、複数の束ねたワイヤーが外れるのが見えた。
恐らくだけれど、あれは筋肉の用途を担っているのだろうと思う。
(そして、黒いワイヤーが銀色に輝くのをあたしは見た。たぶん、だけど……あれはノーラが持ってる聖印と同じ!)
創造神の力を持っていない者が触ると黒ずんで、持っている者が触ると銀に輝く十字聖印に使われる金属。
ノーラや他の神官に話を聞いたワケではないので確定ではないが――恐らく、聖印に扱われるのは良質な部分。神の力が流れても問題ないモノを使っているのだと思う。
きっと、この世界で不良品扱いされているモノ――というより、聖印に適さないモノというべきか。力を流したら伸びたり、縮んだりしてしまうようなモノがあるのだ。その伸び縮みする力を用いてあの巨体を動かすサポートをしているのだろう。
(――待って、ということは)
そこまで考えて、ふと気づく。
未だ推論から脱していないが――インフィニットの動きを封じる可能性が、一つ。
「正直、俺はお前の言う勇者はあんま理解できてねぇよ。勇者が強いってのもピンとこねえしな!」
反転し、再びインフィニットへ向かって疾走するニールに、インフィニットが視線と剣を向ける。
あのままではまずい。ニールの脚は速いけれど、それは回避に特化しているという意味の速さではない。一直線に駆け抜け、その速度と共に刃を叩き込む――それに特化した速さなのだ。インフィニットの攻撃を避けられないワケではないだろうが、そうなれば攻撃に転ずることが出来なくなる。
「ノーラ! 治癒の奇跡をお願い!」
インフィニットへと距離を詰めながら連翹は叫ぶ。悩んでいる暇などないし、仮に推論が的外れでも大した被害は出ないはずだ。
「分かりました、今治し――」
「あたしじゃなくてインフィニット! あいつを思いっきり治癒してみて!」
え? と。
困惑気味の驚きの声は、しかしすぐさま祈りの言葉へと変わる。
その姿を見つめ、連翹は小さく微笑んだ。
(ありがとう、信じてくれて)
何も聞かずにすぐ行動に移してくれたのは、状況が切迫しているのもあるだろうが、何よりノーラが連翹を信じてくれているから。
自分に気づかぬ何かに気づき、それを実行するために助力を願ったのだと思ってくれたから。
(そう思うのは、少し傲慢かしら)
けど、そうであって欲しいな――心からそう思う。
「――創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を!」
女神の御手を使っていないノーラの奇跡の光は、比較してしまうせいか弱々しく見える。
だけど、問題ない。力が弱くても、届きさえすれば効果を発揮する。
治癒の光がインフィニットを包む。柔らかく、そして暖かなそれが蒼い甲冑を撫で、傷口を癒やすべく内部に浸透し――
<な――に……!?>
――瞬間、インフィニットがバランスを崩した。
ぐらり、と上体が揺れ、足元がふらつく。深く深く酩酊している、そんな動作だ。
「やった! 狙い通り!」
「レンさん、今のは!?」
「あいつの中には十字聖印と同じ金属で出来たワイヤーがあるの! それを内部で触ったり手放したりして、束ねたワイヤーを伸び縮みさせてるんだと思う!」
原理としてはカルナの身体能力強化魔法に近いのかもしれない。筋肉の代用品を用いて、無理矢理腕力を増強させているのだ。無論、インフィニットのモノは強化魔法ではなくパワードスーツに近い運用方法なのだろうが。
腕を振るう時には腕の部分のワイヤーを伸縮させたりして強化してるのだ、きっと。恐らくコックピットみたいな位置にワイヤーに流す力を制御する装置があるのだろう。
そんな仕組みの巨人に対し、外部から奇跡の力を注がれたら、どうなる?
「誤作動を起こすのよ! 防壁みたいなのは鎧が弾いてくれるんだろうけど、治癒の奇跡は傷を癒やすために体の中に入り込む――鎧じゃあ防げない、たぶん!」
治癒が体に浸透すれば――全てのワイヤーに半端な力が込められる。本来弛緩すべき場所に力が入り、剣を振るう腕は力加減を誤りまともに振るえなくなる!
無論、確証があったワケではない。実は連翹が知らないだけで、この世界には光る金属があるのかもと少しだけ考えた。鎧に弾かれるかも、とも。
けれど、内部に人が居て、転移者の力があの鉄巨人を鎧と認識しているというのなら――甲冑を纏った騎士を癒やすように治癒の奇跡が効果を発揮してくれると思った。
もちろんワイヤーに対してなんの意味もなかったかもしれないが、そうであっても治癒の奇跡に器物を修復する機能がない以上、インフィニットのダメージは残り続ける。全てが連翹の思い違いでも、深刻な被害は出ないのだ。
「ノーラは治癒の奇跡をかけ続けて! カルナは氷の魔法なんかで拘束出来ないかやってみて! さっきは駄目だったけど、今は弱体化してるしなんとかなるかもしんないから!」
「分かりました! やってみます!」
「……分かった。レンさん、悪いけどサポートを頼んだよ」
ノーラが力強く叫び、カルナが顔を青白くさせながら小さく頷く。
恐らく、カルナの想像以上に回路の負担が大きかったのだろう。先程までのように回路から魔法を撃ち続けることはしていない――いいや、きっともう出来ないのだ。
詠唱を行うカルナの体が、ぐらりと傾げる。その体を、隣に立つノーラが支えた。
互いに言葉はない。祈りと詠唱の合間に、言葉を挟む暇などないから。
けれど、二人の瞳は言葉よりも饒舌に献身の気持ちと感謝の気持ちを伝え合っていた。
「我が求むは鋭利なる無数の氷槍――」
<今の原因は君たち――か!>
「ちぃ――!」
その姿を目視したインフィニットがニールを弾き飛ばし、駆け出した。
あのまま放置するのはマズイというのは、彼自身が一番実感しているのだろう。パワーが減じれば攻撃力が低下するのも当然だが、巨大な鎧の重みで動きが鈍ってしまう。そんなもの、ただの巨大なかかしだ。
ゆえに、治癒の効果が切れている間にノーラを無力化すれば――そう思っているのだろう。
「行かせないわよ――!」
だが、そんなのは素人の連翹にだって分かる。
駆け出そうとするインフィニットの脚を思いっきり斬りつけた。甲高い金属音が鳴り刃は通らないが衝撃は通る。ならば足払いくらいは可能だ。
「どうしてもノーラたちのとこに行きたいっていうのなら、このあたしを、不沈の盾を沈めてからにしなさい。」
少し前に自分で名乗った名前だが、少し見栄を張りすぎなような気がする。
気がするが、そのくらいが丁度いいとも思った。
卑屈で動けないよりは、見栄を張ってでも前に出る。片桐連翹は皆に相応しい自分であるのだと、自分自身に信じさせるために。
<ど――けっ、俺は、ここで示さなくてはならないんだ……!>
がむしゃらに振るわれる刃。それを時に回避し、時に受け止めながら時間を稼ぐ。
今、片桐連翹がやるべきことは華々しく相手を倒すことではない。後衛への攻撃を逸しつつ、ニールがやりたいように動くことだ。
振り下ろされる刃を回避し、跳躍。インフィニットの胴体を蹴り飛ばしながら、その反動で間合いの外に逃れる。
「ニール!」
「ありがとよ――人心獣化流、破城熊ァ!」
インフィニットの背面に飛び込んだニールが、疾走の勢いのまま柄頭を叩き込む。
想定外の大きな衝撃に為す術無く転倒するインフィニット。だが、中の人間まで衝撃が届いていないのか、苦しむ様子はなかった。
<まだだ、まだ――>
「――ねじ曲がり、大地を穿て。……いいや、もう積みだ」
瞬間、宙から奇妙な氷槍が振ってきた。
それは氷で出来た槍をぐにゃりと曲げてUの字にしたような形をしていた。高速で飛来するそれは、インフィニットの腕、脚、首、胴を地面に縛り付けるように地面に突き刺さる。
<これ、は――!?>
「詠唱を軽く弄った即席の拘束器具だ。強度は若干心許ないけれど、少しの間だけなら地面に繋ぎ止めておけるはずさ」
さて、とカルナが呟く。
視線の先に存在するのは地面に縫い付けられたインフィニット・カイザーだ。暴れて力づくで拘束から脱しようとする巨人の姿だ。
それから視線を一切逸らさず、彼は一言だけ告げる。
「ニール、この拘束が外される前に決めろ」
「分かった。迷惑かけるな」
剣を携えながらニールが歩み寄る。
いざという時は自分の手で終わらせる――そう言うように。
「……騙されてるだけかもしんねんけどよ。俺はお前が悪党だったとは、どうしても思えねえんだよ」
ゆっくりと、ニールが口を開いた。
「お前は街を全力で守ってくれたじゃねえか。その想いが伊達や酔狂じゃねえってのは伝わってるぜ。俺も、西部の道中で見たガキなんかにもな」
拘束から脱しようと暴れるインフィニットの体が、ぴたりと止まる。
「お前の名乗りを楽しそうに真似て遊んでやがったぞ。知らねえのか? いいや、知らねえはずねえだろ。ブバルディアじゃあガキに囲まれて楽しそうにやってたじゃねえか。きっと、似たようなことは別の場所でもやってたんだろ? それで、同じように受け入れられてたんだろ?」
ああ、そうだ。
連翹は思い出す。西部に入ってしばらくした頃、宿泊した村で勇者ごっこをしている子供たちを見たのだ。
その子たちの瞳はキラキラとしていて、楽しそうで、心から勇者に――無限の勇者インフィニット・カイザーに憧れているのが伝わってきた。
<――――ッ>
ガキという言葉に、子供を意味する言葉に、インフィニットは強く、強く反応する。
震える体は拘束から脱しようとするモノではない。
……きっと、そのはず。巨大甲冑に覆われた姿では表情なんて見えないけれど。
「それに――お前、あの姿でも――、狂乱の剛力殺撃の姿の時だって、欲望のままに暴れてたワケじゃねえんだろ」
ニールは静かに、しかし力強く言葉を連ねていく。
それは剣を振るうように。がむしゃらに振り回すのではなく、要所要所に力を込めて相手に届かせる斬撃のように。
「道中にお前が狂乱の姿で戦った村があった。無法の連中を斬り捨てたお前は、けど誰一人として巻き込んじゃいなかった。『バーニング・ロータス』なんて大技使ってた癖に、捕まった村人を巻き込まないように立ち回っていやがった。真っ当な人間を傷つけることを良しとはしなかった」
<やめろ>
震えた声音であった。
聞きたくない、聞きたくない、そんな話聞きたくない――そんな風に、弱々しい声であった。
だが、ニールは止めない。止めるはずがない。
「もちろん他の場所でどうだったかまでは俺は知らねえよ。俺が知らねえだけで、他所じゃあ誰かを平気でぶっ殺している可能性だってある――けど、それでも俺はお前が勇者なんだって思っている。俺の故郷を守るために、颯爽と現れた正義の勇者だってな。信じているし、信じてえんだ。一緒に戦った時、高らかに叫んだ言葉が嘘偽りだったなんて、俺は思えねえんだよ」
ニールは訴えるのだ。
あの勇姿が、共に戦ったあの瞬間が、全て全て嘘なはずがないと。
無法の転移者に囲まれ、ボロボロになりながらも戦い抜いた彼を信じている。
子どもたちに囲まれて楽しそうにしている姿が本物であると信じている。
信じている、信じている、お前を信じていると。
こんなもの、もはや理屈でもなんでもない。
お前を信じたい、いいや、お前を信じているのだと――ただただ、それを飾ることなく口にしているだけだ。真っ直ぐ、真っ直ぐ。
<――やめて、くれ>
けれど、人間は感情の生き物だ。
時に非合理的な行動を取るように、時にわざわざ最適解を外して行動するように。
感情のままに振るわれる言葉という剣は、外殻を切り裂き――内部へと届く。
<これ以上、揺さぶらないでくれ。剣を、剣を取らないと、戦わないと、いけない>
「……なんだ、やっぱりこんなことしたくねえのか」
どこかホッとしたようにニールが言う。
慣れない説得などをして、ようやく引き出し始めた本音。それが、『戦わないといけない』というモノだったから。
「なら、そうすりゃいいじゃねえか。なんでそんな――」
<もう、終わりが近いんだ>
ニールの言葉を遮り、インフィニットが言う。
怯えた子供のように、壊してしまった大事なモノを隠して、いつ両親にバレてしまうのかと震えるように。
<『彼』みたいに服を作ろう器用さも、物語を紡ぐ文章力もない、俺はただの一般人だ。この借り物の力がなければ、なにも、なにも、なにも出来やしない……!>
その言葉が、連翹の胸に刺さった。
力、力、力。
規格外、無双の才能、創造神の力。
それが無ければ何も出来ないのは、きっと自分も一緒だから。
<俺は彼のようにこの世界に溶け込めない。溶け込める、わけがない。そもそも、ずっとずっと勇者として――インフィニット・カイザーとして活動してきたんだ、今更素顔を晒して、こんな凡庸な男だなんて言ったら――失望される、排斥される、それが怖い、怖いんだよ>
勇者でなくなった己に何が出来る? 何を成せる?
何も出来ない。この世界来てやったことと言えば、勇者のロールプレイくらいだ。
その勇者を演じられなくなれば、何も出来ない一人の男が残るだけだ――そう、インフィニットは呟く。
<変われたと思っていた。最初は怪訝な目で見ていた人たちが、ゆっくりと俺を認めてくれて、西部の勇者と讃えてくれて、憧れた勇者のようになったと思った。心も、体も――けど、そんなのはまやかしだ。こんなの、借金して豪遊するのと、なんの差があるんだ。残るモノなんて、なにもない――なにも、なにも、なにも!>
小さな声が、徐々に、徐々に大きくなっていく。
耐えきれぬ、耐えきれぬ、そう叫ぶように。
<ああ、そうだ。おれは変わってない。変わっていない変わっていない変わっていない! 結局、異世界に憧れて自堕落に過ごしてた俺のままで――誰かを救ってきたのだって、全部、全部、力があったおかげで。全部俺のものじゃなくて、姿も、力も、全部どこかからの借り物で……!>
けど、と。
一言呟いて。
<王と同じ力を得られたら。借り物を、本物に出来たのなら。俺は、ずっと勇者でいられる。子供たちを守る、無限の勇者インフィニット・カイザーでいられるんだ>
ぎしぎし、ぎしぎし、拘束が軋む。
氷の槍がひび割れ、地面を貫いた槍先がグラつき始める。
<そうだ、だから、俺は――ここで君たちと、戦わなくてはならない>
「……別段思い入れのない僕がやった方がいいかな、これは」
ニールの背中を見つめながら、カルナが魔導書を開く。
これはもう駄目だ、と。
根が善人なのかもしれないが、ここで戦うことは避けられないと。
<ああ、そうだ。そうでなくては、俺は、誰にも認めて貰えない――! 借り物の力で、与えられただけの力で勇者ごっこなんてしていた俺には、それしか手段が――>
ガンッ、という打撃音が響いた。
それはインフィニットの甲冑を拳で殴打した音だ。
「――言いたいことはそれだけかよ、弱虫」
拳から血を流しながら、低い、低い声音でニールは言った。




