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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
175/288

172/西部の戦い/狂乱の剛力殺撃


 駆け抜ける巨人、狂乱の剛力殺撃インサニティ・ストレングスレイヤー――その先に居る存在を、王冠クラウンは見つめていた。


「なるほど、あれが勧誘し損ねたという現地人か」


 オルシジームで出会った現地人であり、殺しそびれた男だ。

 現地人の癖に銃を持ち、銃弾で牽制しながら高威力の魔法を叩き込んでくる彼。今は、左腕に珍妙な篭手を嵌め、小規模の魔法をばら撒いている。

 

(なるほど、欲しがる理由も分かるというものだ)


 魔法使いとして彼を上回る者は存在するだろう。

 だが、戦場で戦う後衛としてなら、彼を上回れる者はそう多くはないはずだ。

 火薬らしきモノで発射する銃弾、風の魔法で連射される鉄球、威力こそ低いが絶え間なく発射出来る魔法に詠唱が必要であるものの高威力の魔法。

 それら一つ一つを効果的に運用し、転移者を足止めし、屠る姿は――なるほど、確かに利用したくもなる。


「そうだよ。本当に惜しかったなぁ、彼。下手に騎士みたいな善人集団に染まらず、悪逆非道極めた方が絶対強いと思うのに」

「だが、ああも暴れた以上は早急に殺すべきだろう。下手に欲を出せば、手痛い反撃を受ける」


 王冠クラウンは現地人を下に見ている。文化的に劣った土人である、とすら考えていた。

 だが、その土人が文明人を殺せないかというと、彼は否と答えるだろう。どれだけ劣った人種であろうと戦い方次第、戦場次第で優れた者たちを殺しうると。

 ゆえに、油断はしない。

 元々、自分たちは歴戦の戦士でもなければ優秀な指揮官でもないのだから。

 奇策を用いて付け入る隙を与えるよりは、正々堂々と真正面から戦いを挑んだほうが良い――王冠クラウンはそう考え、雑音ノイズと共にこの場を整えたのだ。

   

「さて、我は配下たちを纏めてこよう。その間――」


 視線を再び狂乱インサニティへ戻す。

 獣めいた咆哮を上げて疾駆する黒鉄の巨人の背中を見つめ――顔を顰めた。

 

(ああ、本当に――あの醜さは救い難い)


 その輝きを拒絶するような漆黒が、ではない。

 巨大な姿も、猛獣めいた咆哮もまた問題ではない。他者の趣味趣向は千差万別、それそのものを否定する気は王冠クラウンにはなかった。

 だが、その内面の醜さは救い難い。

 凡愚の癖にそれ以外の役割を演じているからではない――己が課した役割すら全うできない、その精神的な弱さこそ、王冠クラウンが彼を侮蔑する理由であった。女であればその醜さも良しと言えるのだが、あれは男だ。ゆえに王冠クラウンがアレを認めることはありえない。

 ふん、と吐き捨ているように息を吐き、雑音ノイズへと言い放つ。


「――しっかりと手綱を握れよ、雑音ノイズ。醜い蝙蝠同士なのだ、蝙蝠の考えも分かることだろう」

「醜い蝙蝠なのは否定しないけど、あれと一括りにされるのはなぁ……まあ、いいさ。分かったよ、そちらも気をつけて。君が死んだらぼくは悲しいよ」

「心にもないことを」

「あ、やっぱり分かるかい?」


 射殺すような視線を受けてなお、雑音ノイズはころころと笑う。

 気味の悪い男だ、と内心で吐き捨てた後、王冠クラウンは高らかに声を張り上げた。

 

「――我が配下よ、惑わされるな! 彼奴らは力がないゆえにお前たちを恐怖で縛ろうとしているに過ぎん。剣を振るえ、スキルを唱えよ!」


 そう、騎士や兵士、冒険者は戦い慣れた存在だ。

 だからこそ、弱点を突いてくる。元々はインドア派の日本人が大半の転移者たちは、劣勢に、恐怖に、痛みに弱い。なれば、そこを突かないはずがない。

 ゆえにこそ、王冠クラウンは叫ぶ。

 憂いなど何もないと、我々が負けるはずがないのだと。

 自信に満ち満ちた声音で、堂々たる振る舞いで。


「逃げずに立ち向かい、生き残った者たちは優先的に保護してやろう。この王冠に謳う鎮魂歌(クラウン・レクイエム)が誓う――共に新たな世界を作るのだ!」


 精神論と褒章を以て士気を強引に引き上げる。

 王冠クラウンは報奨を出し渋ったことがない。今までも、そしてこれからもそのつもりだ。

 金さえ渡せば金銭目的の転移者は集まるし、一人一人名前を覚えて労ってやれば自分が必要されているのだと錯覚する。その錯覚は次第に王冠クラウンに対する信頼や忠誠に繋がるのだ。

 

「そうだ――逃げるわけにはいかない! もう、ぼくは今年で……!」

王冠クラウン様を傷つけさせるワケには、いかないもの!」

「けっ……ま、王冠クラウン以上に金払いの良い幹部はいねえしな」


 刻限を恐れる者、忠誠を誓う者、単純に金目的の者。

 それらが再び武器を構え、騎士へ、兵士へ、冒険者へ、ドワーフやエルフたちに襲いかかる。

 負けられぬ、負けられぬ、自分たちは負けられぬのだと高らかに叫びながら。


     ◇


(やっぱり――大きい)


 連翹は剣を構えながら、前方に視線を向けた。

 剣を握る掌がじんわりと湿る。それは緊張のためか、それとも恐怖のためか。


「――――ッ!」


 鼓膜を震わせる絶叫と共に、黒き鉄巨人が突貫してくる。暴れ馬か何かのように、けれど真っ直ぐな敵意を刃に載せて。

 地響きを立てながら大地を駆け抜けるそれの目標はカルナだ。

 それに対し、連合軍たちは何も出来ない。戦意を取り戻した軍勢が、再び襲いかかって来たからである。


「そら、お膳立てはしてやったぞ。役立ってみせろ、醜き黒鉄よ」


 軍勢の後方より王冠クラウンの嘲笑が響いた。狂乱インサニティはそれに答えず、速度を更に上げる。

 彼の存在が、彼の言葉が、転移者たちに力を与えているのだろう。正直、なんでいけ好かないイケメンに転移者たちは従っているのだろうと連翹は思ったが、レゾン・デイトルで暮らしている転移者にしか分からない理由があるのだろう。

 

(いや、今はそれよりあのデッカイ奴! あれを受け止めるのは無理! ニールはもちろん、あたしも!)


 密着状態なら多少は拮抗できるかもしれないけれど、あんなに速度の乗った鉄の塊、どうやっても受け止めきれない。十中八九、トラックに轢かれるように死んでしまう。問答無用の転生コースだ。

 ゆえに、なんとかして勢いを殺さなくてはならない。けれど、それを成すにはやはり狂乱インサニティをどうにかしなくてはならなくて――


(いや、待って――そうだ!)


 ――焦りで混乱しかけた脳内に、一つの回答が導き出される。

 それが正しいのかどうかを確認する暇はない。すぐさま行動に移す。

 

「ノーラ、電池あげる! 使って!」


 未だ呆然としたまま、戦意もなく、正気すら失ってぼうとしている転移者を掴んで、ノーラへ向けて投げる。

 彼女は一瞬、「電池?」と不思議そうな顔をしたけれど、すぐさま飛んでくる転移者を見ておおよそのことを理解してくれた。

 霊樹の篭手理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアを転移者の素肌に当て、祈る。それは守るために、それは防ぐために。


「創造神ディミルゴに請い願う――」


 篭手を構成する鱗衣鎧スケイルメイルめいた木々のチップ。それら一枚一枚が逆立って、生まれた隙間から光が放出される。吸収し切れぬ転移者の力を、神の力を拡散させ、扱える分だけをノーラの体に、理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアに取り込んでいく。

 

「――獣の爪牙から命を守る盾を、防壁の奇跡を!」


 生成されたのは巨大な、そして分厚い光の壁だ。地面に設置されたそれは、連翹たちと狂乱インサニティを遮るように直立する。

 

「ッ! 『■■■■・■■■』……ォッ!」


 一瞬、舌打ちをするような音を響かせて、狂乱インサニティは獣染みた声と共に剣を振るう。

 スキル『ファスト・エッジ』だ。右腕と一体化した漆黒の巨剣が袈裟懸けに振るわれ、ノーラの防壁に直撃する。

 数秒の拮抗――だが、光の防壁はびしりと全体にヒビを刻んでいく。


「――ッ、――ッ!」 


 狂乱インサニティが咆哮と共に剣に力を込めると、防壁はガラスが割れるような音と共に砕け散った。


「そんな……!?」


 ノーラの驚愕の声。その気持ちは分かる。ノーラはあれで複数人の転移者を倒したというのだから。

 やはり、パワーが段違いだ。インフィニット・カイザーもそうだったが、あれはただの大型鎧などではなく、パワードスーツ的な役割も果たしているのだろう。

 

「大丈夫、勢いを殺してくれただけで十分よ。見事な仕事と関心するがどこもおかしくないわ!」


 ノーラに労いの言葉かけつつ、連翹は駆け出した。

 やはり、現状でこの巨人を相手に出来るのは連翹だけだ。 

 無論、連合軍の中には単騎で狂乱インサニティに立ち向かえそうな者は居る。ゲイリーやアレックスもそうだし、ノエルだってなんとか出来るだろう。

 だが、騎士たちは転移者の猛攻に立ち向かうのに手一杯だし、ノエルもまた押し込まれそうな味方の助太刀に向かっている。

 ゆえに、連翹一人。

 もちろん、連翹が敗北し、敗色濃厚になれば誰かが援軍に来てくれるはずだ。しかし、それは大勢の転移者と戦っている皆の戦力を削るという意味であり、他の味方を危険に晒す行為だ。


「だから――!」


 持ち堪える。そうしてみせる。

 地を蹴り、狂乱インサニティに飛び掛かった。剣を振り上げ、肉薄する。

 スキルは使わない。まだ、使わない。目の前の巨人はカルナを狙っていたから。

 

(相手の目的がカルナである以上、スキルを使っちゃ駄目……!)


 ほんの僅かな硬直でも、横をすり抜けてカルナへ接近する暇くらいはある。ダメージ覚悟であれば、カルナに斬りかかることだって可能だろう。

 そうなれば、十中八九カルナは死ぬ。仮に一命を取り留めたとしても、戦いに復帰するのは難しいはずだ。

 

「吹っ飛び、なさい!」


『ファスト・エッジ』の硬直から脱したばかりの狂乱インサニティの胸部に、思い切り剣を叩きつけた。

 ガギン、という硬質な金属音と共に連翹は弾き飛ばされる。やはり、硬い。傷こそ刻んでやったものの、とてもではないが致命打とは言えやしない。

 事実、狂乱インサニティは一歩だけ後ろに下がっただけで、何の痛痒も感じているようには見えなかった。

 びりびりと振るえる手を強く握りしめながら、ああもう! と悪態を一つ。


「四天王とか十二神将とかそういうのってパワーキャラがかませ犬の場合が多いじゃない……! なんでったってそんなに固くて強いのよ!」


 相対して初めて理解する。

 巨大であることと力強いということ、その強さと恐ろしさを。

 

「なに言ってんだ馬鹿女、でけぇのが強ぇのは当然だろ」

「その通りなんだけどね! その通りなんだけどねっ!」


 どちらも単純な強さの指標であり、だからこそ物語において当て馬として扱われ易いのだろう。

 だが、目の前で獣めいた唸り声を上げる巨人に、当て馬だ噛ませ犬だといった印象は皆無。ただただ、そこに在るだけで強者としての存在感を辺りに振りまいている。

 

「援護するよ――氷結しろ!」


 カルナの叫びと共に回路サーキットから氷球が射出される。

 凍えた大気を内包した氷の球体は、狙い違わず狂乱インサニティの脚部に直撃し、足を地面ごと固めていく。

 

「――――」


 されど、それは巨人の足を止めるには力不足であった。

 狂乱インサニティは何一つ頓着した様子もなく、一歩を踏み出す。それだけで氷の縛鎖は砕け散る。ちい、と僅かに青くなった顔でカルナが舌打ちをした。


回路サーキットの魔法じゃあ力不足か……! ニール、レンさん、詠唱に入る! そいつをこっちに寄せ付けないでくれ!」

「言われなくても!」


 巨大な足音を響かせて前進する狂乱インサニティに再び飛びかかる。

 

「――!」

「当たらない、わよ!」


 邪魔だ、と吐き捨てるように振るわれた刃を躱し、脚に向けて刃を振るう。激しい金属音が鳴り響くが――それだけだ。表面がへこんではいるものの、まともなダメージになっていない。


餓狼がろう――らい……!」

 

 狂乱インサニティの目が連翹に向いた瞬間、ニールが逆の脚に斬りかかった。

 高らかに響き渡る金属音断ち切る澄んだ音。狂乱の脚部が切り裂かれるが――それだけだ。刃は確かに狂乱インサニティの鎧を切り裂いたが、しかし内部にまで攻撃が届いていない。糞が、と距離を取りながらニールは悪態を吐く。

 

「なら――!」


 ニールが切り裂いた方の脚に飛びつく。

 連翹はニールよりも腕力があるが、剣の扱いに関しては一歩どころか百歩以上劣っている。だから、スキル無しの攻撃では狂乱インサニティを切り裂けないのだろう。

 それを悔やむのは跡でも出来る。それよりも今は自分で出来ることをやるべきだ。

 

「こん、のぉ!」


 ニールが刻んだ刀傷、そこに剣先を叩き込む。損傷した部位に叩き込んだ刃は、連翹の目論見通りに貫通する。

 だが、それだけでは駄目だ。穴が小さすぎて内部に大きなダメージを与えることが出来ない。剣先で脚をちまちまと抉るだけでは、狂乱インサニティは止まらないだろう。

 だから――ここからは力押しに、ゴリ押しだ。

 柄に足で踏みつけて思いっきり力を込める! バールか何かで扉を破壊するように、めきめきという音を響かせながら傷を広げていく!

 ガシャン、という音を立てて鎧の一部がひしゃげ、剥ぎ取れる。

 よし――と満足げに微笑んだ連翹は、鎧に覆われていた中身に視線を向けた。 

 中に存在するのは複数の黒いワイヤーだ。束ねられたそれは、筋肉か何かの役割を果たしているのだろうか?


(ま、なんだっていいわよね!)


 疑問はあったが、それよりもさっさと破壊すべきだろう。

 そう結論づけ、剣を振るおうとしたその瞬間――黒いワイヤーたちが輝き始める。

 闇を吸い込む漆黒から、透き通るような銀色に変化し、脚が動いた。

 それを見て、連翹は一つのことを思い出す。

 女王都の観光中に、ノーラが見せてくれたモノで、似たような現象が――

 

「これ、まさか――しまっ!?」


 すぐさま考え込んでいる暇はないと思い直すが、その隙は致命的だった。

 狂乱インサニティの足が振るわれる。ボールを、或いは纏わり付いた野良犬を蹴り飛ばすようにつま先で殴打され、上空に打ち上げられる。


「ッ、ああもう、ほんと、馬鹿なんじゃないのあたし……!」

 

 空中で姿勢を制御しながら悪態を吐く。

 咄嗟に剣の腹でガードしたものの、衝撃を受けた剣が、両腕がミシミシという悲鳴を上げている。

 なんて間抜け。獲物の前で舌なめずりは三流というが、強敵を前にして考え込んだ自分は四流、いいや五流以下だ。

 己を叱り飛ばしながら、とりあえず着地して体勢を整えなければと――


「『■■■■■・■■■』」 


 ――そう思った矢先、全身が総毛立った。

 燃え盛る剣を構える狂乱インサニティと目が合ったのだ。

 表情のない鉄巨人の表情は分からないが、それでも抱いている感情だけは読み取れた。

 即ち――先ほどから自分の近くを飛び回っているハエが邪魔だ、と。


(あ――まず)


 燃える剣――『バーニング・ロータス』ではない。それよりも初動が早い。ならば、そのスキルは『クリムゾン・エッジ』だ。その効果は――炎を付与した剣による薙ぎ払い。

 万全の状態の転移者であれば、回避はそう難しくはない攻撃だ。後ろに跳び下がるか、跳躍して逃れればいい。


 ――だが、落下中の連翹にはどちらの手段も不可能。


 相手の剣を受け止めることはなんとか出来るかもしれないが、剣の腹で受け止める――それくらいは、なんとか出来るはずだ。

 だが、普通の剣ならばまだしも、あの剣は巨大過ぎる。剣に纏わり付いた炎も剣のサイズと比例するように膨れ上がっていて――仮に剣を受け止めたとしても、炎で全身を焼かれてしまう。

 轟、という音が鳴る。

 風を巻き込みながら振るわれる巨大な質量、そして大気を焼く灼熱は、連翹の命を焼き切るために宙を疾駆する。


(スキルで切り払う――無理! 体勢が崩れすぎてる!)


 ゆえに、剣での対処は不可能。

 ならば――

 

(こ、この程度じゃ、死なない、はず)


 思考は一瞬、行動はすぐに。

 この思考が正解にしろ不正解にしろ、悩む暇なんて欠片も残されてはいない――!


「『クリムゾン・フレア』ァァアアア!」 


 高らかに叫び、火球を射出。

 強力な火力を秘めたそれは、狂乱インサニティの燃え盛る刃に直撃し――

 

 ――――炸裂、轟音、そして衝撃。


 巨大な拳でぶん殴られた――そんな感覚。

 体を翻弄する熱と爆風に身を委ね、連翹は空高く弾き飛ばされた。


「なんとか……げほっ、なった、みたいね」


 放物線を描く連翹は反転する視界で、咳き込みながらも不遜に笑ってみせた。

 

 ――剣で叩き切られるか、剣で押さえつけられながら全身を焼かれるよりは、まだ爆風で吹き飛んだ方がマシ。


 そんな発想に至ったのは、オルシジームで王冠クラウンの戦い方をみたためだろうか。あいつだってワリと近距離で魔法スキルを使っているけれど、問題なさそうじゃないか、と。

 その発想が正しかったのかは分からない。けれど、少なくとも致命傷ではない。痛くて痛くて仕方がないけれど、死ぬようなダメージじゃない。

 なら、後は着地して、ノーラに治癒してもらえば――そこまで考えて、はっ、とする。


(しまった――無理じゃない、これ!)


 体が全く動いてくれない。

 体勢を整えるどころか、指一つ自分の意思では動かないのだ。

 痛みや肉体を損傷したから――ではない。スキルの硬直時間、それが連翹の肉体を縛り付けているのだ。

 地面はぐんぐんと近づいてくる。受け身を取る準備すら出来ず、頭から地面に叩きつけられる――


「――連翹!」


 ――その、直前。

 誰かの腕が連翹の体を抱きとめた。

 硬い腕。

 太い腕。

 それに全身をぎゅう、と締め付けられながら、地面を勢い良く転がる。

 ああ、これで勢いを殺してるんだな――咄嗟に思い浮かんだのは、驚きとか感謝よりも、そんなどうでもいいことだった。

 回転が止まり、自分を抱き止めた者に視線を向ける。

 

「おま――ばっ、馬鹿か、馬鹿……この馬鹿が馬鹿女、死ぬ気か、お前」


 荒い息を吐くニールの姿が、そこにあった。仰向けで空を仰ぐ自分を見下ろしている。

 よほど焦ったのだろうか、息も荒いし語彙も完全に死んでいた。普段だって頭が良さそうな喋り方ではないけれど、一段と頭が悪そうだ。

 

「着地のこと、完全に忘れてたろお前……! あの高さで頭から落ちたら、転移者だろうと死ぬだろ!」

「うん、ごめん、ありがとう。咄嗟になんとかしようと思ったら、そこまで頭回んなかった」


 それでも、あの瞬間行動できたからこそ生きている、そう思った。

 もちろん、もっと思慮深く色々考えられるのが一番だったのだろうが、あれこれ考えて何も出来ないよりは、行動を起こして仲間に助けられる方が良い。

 

(おじさんに感謝しないとね)


 ブバルディアで出会った彼。ジャック・コックスコームという、ニールの師匠だ。

 彼が鍛錬と称して連翹に突きつけた殺意と敵意――それに連なる、死の恐怖。その経験があったからこそ、狂乱インサニティの刃が連翹を焼き切らんとするタイミングで、生き残るための思考をさせてくれたのだと思う。

 そうでなければ、驚き、恐怖し、硬直し――あの分厚い刃で叩き斬られていただろうから。

 そこまで考え、安堵の息を吐いて――ふと、気づく。自分がなんのために狂乱インサニティと戦っていたのかを。


「そうだ! カルナたちはどうしたの!? 早く守らないと――!」

「それなら問題ねえよ――なあ、そうだろ!?」


 起き上がりながら叫ぶニールに、応える声が一つ。

 自信に満ち満ちたそれと共に、周囲の温度が一気に上昇する。


「――無論さ。僕を誰だと思っているのかな!」


 轟――と紅蓮と燃える双腕が駆け抜けた。

 変則的な機動を描きながら狂乱インサニティへと肉薄する。


「――――!」


 だが、狂乱インサニティは剣を振り回し、それを阻む。

 乱雑に振り回されるそれだが、その巨大さであればそれだけでも十分に脅威だ。分厚い鋼は壁となり、巨大な刃は触れれば腕力と重みで接触したモノを断裂させる。そして何よりも――彼もまた幹部なのだ。普通の転移者よりも、ずっと戦い慣れている。

 力任せの一撃に織り交ぜるように、正確無比な剣閃が奔る。それらは炎の腕を切り裂き、散らし、消滅させていく。


「そんな……! カルナさんの魔法が……!?」

 

 ノーラの驚きの声と

 今まで、発動前に潰されることは、そもそも詠唱すら出来ない状況に追い込まれることはあっても、魔法そのものを無効化されることはなかった。

 当然だ。ブバルディアで普通の魔法使いを見たからよく分かる。

 カルナは強いのだ。魔法を発動し、当てさえすれば転移者を倒せる


「そう驚くことじゃないさ。あれは一度見せた魔法なんだから、実力者が対処をしても不思議じゃない」


 だというのに、当人は涼し気な顔で微笑んでいる。

 魔法を乱発したためか顔色こそ悪いものの、表情だけは自信に満ち満ちていた。

 自分はこの程度では倒れないし、お前の対応も織り込み済みだ、そう言うように。


「だけど――何か勘違いしていないかな、鉄巨人。僕ら現地人は、君たちと違って同じ技を使い続けなくちゃならないっていう制限はないんだよ」


 その言葉の意味を狂乱インサニティが、連翹が、ニールが、ノーラが理解するよりも前に――空から燃え盛る腕が落ちてきた。

 小指がある位置に親指の生えた異形の掌。左手でも右手でもない、中手とでも言うべきそれは狂乱インサニティの頭を掴み取る。


「――――ッ!?」

「さて、前にレンさんから聞いた推測によると、君のような巨人は中には人が入っているらしい。なら、剣や打撃で表面を破壊しても大したダメージは望めない」

 

 ゆえに、と。

 驚愕の叫びを聞きながら、淡々と語る。

 

「熱を内部に浸透させ、直接中身を焼き尽くす」


 焼ける、焼ける、焼ける。

 黒き甲冑が赤熱し、内部に熱を伝播していく。狂乱インサニティも叫び声を上げながら頭部の炎を払おうとするが、しかし炎は既に腕の形をしておらず、粘着質な油のようにどろり、どろりと巨人の体を滑り落ちていく。

 

「無駄だよ。腕は溶け落ち、可燃性のスライムのように君の体をゆっくりと滑り落ちていく。一部をこそぎ落とすのは不可能ではないけど、全てを排除するまでに君の中身は持たない」

 

 そう言って、カルナは鉄咆てつほう狂乱インサニティに向けた。

 そのまま焼け死ぬならそれで良し。熱さに耐えきれず中身が出てきたら鉄咆てつほうで牽制し、ニールや連翹に倒して貰えばいい。


<くッ――仕方ない!>


 瞬間、狂乱インサニティの体が開いた。

 それと同時にカルナの鉄咆てつほうが火を吹く。加速した鉄の杭が、中から飛び出した影を貫くべく疾走し――けれど、分厚い甲冑に阻まれた。

 己の体で鉄杭を弾いたのは、狂乱インサニティよりも一回り小さな巨人だ。ぶちり、ぶちり、と銀に輝くワイヤーを引きちぎりながら飛び出たそれは、ガシャンという硬質な音を立てて地面に着地する。


「――なっ」

 

 その驚きの声は、誰のものか。

 連翹である気もするし、ニールだったような気もする。ノーラは小さく息を飲み、カルナは冷たい眼光で『彼』を睨むだけ。

 

 その巨人の姿は――喩えるならば蒼の鎧を纏った騎士。


 二階建ての家屋と同程度の大きさの巨体のそれは、人間と同じように頭部、両手足を持ちつつも脚だけはやや細く短めという造形をしていた。おおよそ三頭身程のバランスをした造形は、デフォルメされた絵を連想させる。

 全身を覆うのは蒼と白で染められた甲冑であり、要所を金で装飾した姿は美麗な――しかし勇壮なイメージを見る者に抱かせる。胸には、巨大な銀の十字聖印が埋め込まれていた。

 そして、左手には紋章めいた装飾が施された盾を持ち、右手には腕と一体化した長剣を携えている。 


<叶うなら――>


 そして。

 蒼の鎧を纏った巨人は、高らかに名乗ることなく、寂しげに呟いた。


<――こんな戦いで、この姿を晒したくはなかった>


「おま、え――」

<久しいな、異界の剣士よ。……叶うなら、このような形で再会したくは、なかったが>

「ふざけんな……ふざけんな! そりゃあこっちのセリフだ! なにやってんだお前、なんでレゾン・デイトル側で戦ってやがんだ!」


 剣先を巨人に向け、ニールは吠えた。

 驚き、怒り――そして、隠しきれぬ悲しみの感情を載せて。


「答えろよ西部の勇者! 答えやがれインフィニット・カイザァアアアアアア!」


 その叫びに対する返答はなかった。

 ただ狂乱の剛力殺撃インサニティ・ストレングスレイヤーは――否、無限の勇者インフィニット・カイザーは、その刃をこちらに向けるのであった。


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