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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
174/288

171/西部の戦い/前哨戦


(さて、と)

 

 自分を信じ、全力で駆け出したニールの背中を見つめながら――カルナは掲げた。

 左手を、円形の台を溶接された奇妙な篭手を、そこに設置させられたカードを。

 カードは五枚。

 それらは全て画が、書き込まれた文章が違っていた。


 炎、

 射出、

 矢、

 サイズ、

 そして中央に設置された全てを結ぶ葉脈めいた模様が描かれたモノ。


 一つ一つは大きな意味はない。

 だが、五つが繋がり、交わることによって精霊に伝わる画と文章となる。


「起動せよ、我が回路サーキット。歯向かう敵を討ち滅ぼす為に――――!」


 叫ぶ。

 精霊に届くように、高らかに。

 カルナの言葉と共に左の篭手が輝いた。円形の台座に貼り付けられたカードに、葉脈めいた光の筋が浮き上がる。 


(精霊は詩的な言い回し、古めかしい言葉遣いを好む――精霊(彼ら)にとって詠唱は娯楽だから、楽しませてくれる人に近づき、その対価として力を貸してくれる。一部の天才が洗練された技術で詠唱を肩代わりするのは、それが観賞に耐えうる娯楽として認識されているからだ)


 炎が産まれる。

 灼熱が形成される。

 カルナの周囲から産まれい出た灼熱は、動きを確かめるようにゆらゆらと揺らめいた後、彼の左腕――篭手周辺に集まり、結合し、粘土を捏ねるように形を変えていく。


(その娯楽を道具に刻み、詠唱を用いずに魔法の効果を発現させる手段がかつては存在していた――人間の娯楽で考えるなら、書籍が近い。かつての魔法王国トリリアムではそれが日常的に扱われていて、僕らがゴーレムなどと呼ぶモノがそれの一つだという説がある)


 形成されたのは、轟々と燃焼する一本の矢である。

 篭手に設置された円形の台の上で浮かぶそれを、カルナは腕ごと敵陣へ向け――

 

「さあ二人とも、僕らもあいつを追いかけようか!」


 ――言葉と共に射出する。

 カルナの思考を読み取り、左手の回路サーキットが稼働する。それは本を読む精霊たちに、新たなページを晒すように。

 灼熱の矢が宙を駆け、大地を駆けるニールを追い越し――


「あ――熱っ、が……!?」


 ――接近するニールを撃退しようとしていた転移者の一人に突き刺さり、ほどけるように炎を広げていく。傷口から灼熱が吹き上げ、辺りに熱を撒き散らした。

 血液の如く炎を傷口から吐き出す味方に、その周辺の転移者は困惑し動きを止めてしまう。

 

(転移者を一撃で倒す威力はないけど――効果は十分だね)


 矢を突き刺し傷口の中で発火するこの魔法は、見た目と裏腹に殺傷能力は低い。傷口を矢が炙り、止血してしまうからだ。現地人なら十分殺傷できるが、転移者の頑強な肉体はこの程度では殺せない。

 そう――体の内側が燃えても、傷口から血液の如く炎を吐き出していても、死なないのだ――傷と熱がもたらす苦痛は、そのままに。


「ああああああああっ!? 熱い熱い熱いぃいぃいいいいい!」


 悲痛な叫びが響き渡る。痛いと、苦しいと、このままでは死んでしまうと、それらの負の感情が大音声で転移者たち耳に届くのだ。

 もっとも、これの対処方法は簡単だ。きっと騎士や兵士、冒険者ならすぐに気づくことだろう。

 

(簡単だ。抉り出せばいい)

 

 剣で、ナイフで、肉ごと炎の元を切除すればいい。そうすればこれ以上ダメージを負うことはない。

 もっとも、カルナは『多くの転移者はそれを実行出来ない』と予測していた。多くの者は解決策を思いつきもしないだろうし、思いついた者も己の体に刃を突き立てるような真似は出来ないだろう。

 ここに居る転移者は戦い慣れており、言わば転移者の中でもエリートと呼べる存在なのだろう。

 だが、彼らとて数年前まで剣にも魔法にも触れていなかったのだ。そんな者たちが、自分の腕に、脚に、腹に、胸に、刃を突き立てることが出来るだろうか?

 戦いに慣れ、多少傷つくことに慣れていたとしても――自分で自分を傷つける選択には慣れていないだろう。


「うわぁ、え……っぐい魔法ね――ってあれ?」

 

 カルナとノーラを守るべく前に出ていた連翹が、困惑した表情でカルナと魔法の着弾地点を交互に見つめた。だが、すぐにそんな場合ではないと前に向き直る。

 だが、その困惑は正しい。

 詠唱なしで魔法を扱うということ、それは転移者にのみ許された特権であったのだから。


「吹っ飛べ三下ぁ! 鰐尾円斬がくびえんざん……ッ!」


 浮足立つ転移者たちへ、ニールが喜々とした表情で突っ込んだ。 

 獲物を見つけた肉食獣めいた速度で接近したニールは、己の体を捻り、回転しながら敵陣に剣を振るう。霊樹の剣イカロスは辺りに撒き散らされた炎ごと、間合いの敵たちを両断していく。

 やはり速く、鋭い――防御を考えぬ突撃であれば、彼は騎士すら上回るポテンシャルがあった。


(もっとも、考え無しのようでいて考えちゃうから、普段はそこまでじゃあないんだけどね)


 なんだかんだで仲間想いのニールは、戦場において己自身よりも全体を重視しがちだ。

 だから、普段は全力が出せていない。疾走の速度も、踏み込みの鋭さも、現状の八割程度となってしまっている。

 それは彼の動きを鈍らせる足枷であり、それと同時に落命を防ぐ命綱でもあった。

 どれだけ自分の力を引き出しても、ニールのそれはただの突貫だ。遠距離から狙い撃つことも、回避に専念して避けることも容易い。そんなことを毎回やっていたら、どれだけ実力を引き出そうともすぐに死んでしまう。

 

「落ち着け! 詠唱を見逃したのは仕方ねえが、現地人の魔法は連射できねえんだ! とっとと立て直して迎え撃つぞ!」


 転移者の一人が叫ぶ。

 ああ、やはりここに居る者たちは今まで戦っていた転移者とは違う。

 全員、こちらを下に見ているのは確かだが、しかしだからといって油断はしていない。能力が下でも自分たちを殺せる相手だと理解しているのだ。

 だからこそ、先程の言葉も間違いではなく正答。だからこそ、魔法使いは魔法を単語一つで何発も放てる転移者と相性が悪いのだから。

  

(穿て!)

 

 もっとも――その正答は、現状のカルナには通用しない。

 告げる。己の篭手に、自身の回路サーキットに。

 心の中で紡がれた言葉は空気を震わせることなく、けれど己の左手と接触している回路サーキットはカルナの意図を正確に読み取り、その機能を発動させた。台座から産まれい出た炎の矢が放たれ、一人、また一人と肉を穿ち、傷口から炎を噴出させる。


(よし、この調――)

 

 一瞬、立ちくらみのような感覚に襲われ転びかける。

 慌てて姿勢を正し、皆と共にニールの背を追う。


「大丈夫カルナ!? 疲れたならおぶるわよ!?」

「申し出はありがたいけど断らせてもらうよ! 男としてどうかってのもあるけど、それ以上に君はちゃんと剣を振るえるようにしておいてくれ!」


 困惑気味の連翹の声に軽い口調で返答しつつ、カルナは額の汗を拭った。


(……やっぱり、長期戦は不可能か)


 体内の魔力が引きずり出されていく感覚。左腕から血液が垂れ流されていくような錯覚に、カルナは眉を寄せた。

 

(……当然だ。使い勝手の良いモノだったら、僕以外の誰かがとっくの昔に似たようなモノを作っている)


 こんなもの、馬車を用意して荷物をたっぷり載せたくせに、馬を使わず自分で牽引しているようなものだ。

 修行を途中で止めた落第者如きには作ることは出来ないが、しかし高みを目指す研究者であれば失笑する代物である。

 事実、魔法の威力は魔導書を使ったモノの半分以下なり、その癖消費は二倍以上。


(かつては回路サーキットを発動させるためにどこか別の場所から魔力を引っ張ってきていたらしいけど――今の時代の魔法使いじゃあ、どうやっていたのか解明出来ていない。完全なロストテクノロジーだ)


 ゆえに己の魔力のみで運用しているが――なるほど、先人たちが似たような装備をあまり作らなかった理由が分かった。

 一応、カルナ以前に木材や衣服、剣などに刻むという発想はあったらしい。

 だが消費のわりに威力が低く、また刻んだ魔法しか扱えないため魔導書に比べ使える魔法が減ってしまうということが、多くの魔法使いをこの技術から遠ざけた。

 それでも、なんとか運用できないかと研究されたらしいが――結局、実を結ぶことはなかったらしい。


「舐めやがって――『ファイアー・ボール』!」


 あの魔法使いを放置するのはマズイ――そう思ったのか転移者の一人がこちらにスキルを放つ。


「あわっ、まずっ……! 『ファイアー・ボール』!」


 慌てて放たれた火球は、相手の火球と空中で衝突し――爆散。辺りに火の粉を撒き散らされる。

 ノーラを庇いながら火の粉を払う。生憎と魔法使いが使うローブはこの程度で燃えることはない――ないが、篭手に設置されたカードは別であった。

 矢のカードと炎のカードに火の粉が触れ、引火する。小さな火は絵や文章を黒い灰に変質させ――瞬間、全てのカードは力を失った。

 当然だ。先程までは精霊に本を読ませ、その対価として魔法を操っていたのだから。本が消失してしまえば精霊がカルナに力を貸す義理はない。

 そしてこれが、回路サーキットが普及していない理由でもあった。

 精霊に読ませる以上、必ず外に晒さなければならないというのに、小さな損傷で効力を失う――それが普及しない一番の理由だろうとカルナは思っている。

 隠せば精霊が寄って来ず、晒せば敵の攻撃で簡単に破損してしまう。


「カルナさん、それ……!」


 ノーラが心配そうに輝きを失った篭手に視線を向けた。

 だが、カルナは得意げに笑みを浮かべながら、未だ左腕を敵陣へ向け続ける。 

 

「大丈夫さ――さあ、恐怖は十分植え付けた、次は脚を止めさせて貰おうか」


 焼け焦げたカードを放り捨て、ローブの左裾に手を突っ込む。

 そこにはベルトで腕に固定された複数の山札があった。そこだけではない、右腕の他に腰に、両脚に予備のカードを装着している。

 にい、とカルナは笑う。その程度でどうにか出来るほど、自分は甘くないと。

  

「多少破壊されたところで問題ないさ。まだまだカードはあるし――組み合わせれば別の魔法を使うことだって出来る」


 二枚のカードを、吹雪と球体が描かれたそれぞれを再設置。カード同士がリンクし、回路サーキットを構成し、魔法を紡ぎ出す。

 

 ――それは、連翹と話していた時に思いついたこと。

 

 彼女が語ったカードを使って戦うという物語のジャンル。一枚一枚は脆弱でも、複数のカードを組み合わせることで――コンボを発生されることによって巨大な敵に立ち向かうというゲームの王様の話。

 その話を聞いて思ったのだ。

 一つに書き記す必要はない、と。

 複数の魔法を分解し、簡略化し、カード一枚一枚にある程度の互換性を持たせれば――

 

「さっきのが火の矢のコンボなら、今度は氷球のコンボというワケさ――凍結しろ、転移者ども!」


 ――複数の魔法を扱いづらいという欠点も、損傷しやすいという欠点も補うことが出来るのだ。

 脳内で下した命令に従い、凍える大気を内包した球体が射出される。

 

「馬鹿が! そう何度も喰らってたまるかよ――『ファスト・エッジ』!」

 

 だが――やはり反応や思考の切り替えが早い。

 詠唱なしでの魔法に、連射。それを現地人が行ってくるという疑問に答えを出せずとも、すぐさま思考を戦闘に切り替え迎撃に移った。

 振るわれた刃が凍える球体に叩きつけられる。転移者の腕力とスキルの鋭さによってたやすく刃は魔法に食い込み――しかし球体は切断に至る前にひび割れ、砕け散る。

 にいっ、と転移者が笑う。この程度ならいくらでも対処できるぞ、と。

 カルナもまた、笑う。


「やれるものなら、やってみろ」


 瞬間、凍える大気が降り注いだ。

 真冬の大気よりも尚冷たい極寒の吹雪は、ぴしり、ぴしり、と転移者たちの体を凍結させていく。

 上体が、下半身が、鎧が、靴が。氷結し、凍結し、彼らの動きを阻害する。


「間抜けが!」


 だが薄氷を踏み破るような音と共に、転移者の一人が吠えた。


「この程度で俺らの動きが止まるかと思ったか! こんなもん、数秒もありゃ抜け出せ――」

「――馬鹿が、そんな暇与えるわきゃねえだろうが……!」


 氷を砕き、動き出そうとする転移者たちに、ニールが飛びかかる!


「人心獣化流――跳兎斬ちょうとざん!」


 勢い良く跳ねたニールが一刀で転移者の首を断つ。

 空中で姿勢を制御した彼は、別の凍って動けない転移者の顔面を踏み砕く。鼻骨と前歯を砕きつつ、更に跳躍し――ニールを落ち落とそうと『ファイアー・ボール』を使いかけていたらしい転移者の首を落とす。

 声帯ごと頭部を落とされ、転移者たちは悲鳴すら上げさせず、最期の反撃すら許さず絶命していく。積み重なる死体を誇ることなく、省みることもなく、ニールは跳ねる、跳ねる、跳ねる。その度に刃を振るい、首を切り飛ばし、別の転移者を蹴り飛ばす。


(想像通りだ)


 先程の魔法で転移者を完全に押しとどめることなど不可能、長くて十秒、最短で一、ニ秒ほどで自由に動けるようになると。

 だが、たとえ一秒であろうと――近接戦闘を行う者にとっては十分過ぎる隙である、と。 

 確かな手応えを感じながら、カルナは仲間を巻き込まない範囲で氷球をばらまいた。一発ごとに魔力の総量がごりごりと削られていくのを感じるが、構いはしない。ほんの数瞬、敵の動きが完全に停止すれば、ニール以外の前衛も迅速に、けれど余裕を保ちながら転移者を屠ることが出来るのだから。

 そうしなくてはならない。

 そうしなくては勝てない。


(――簡単な話だ。長期戦になればなるほど、あちらの方が有利なのは明白じゃないか)


 転移者の身体能力は現地人を遥かに上回っている。単純な体力、腕力ならゲイリーやブライアンといった巨漢でも太刀打ちできないだろう。

 精神面の疲労という要素を省けば、現地人であるカルナたちは絶対に上回ることが出来ない部分なのだ。

 だからこそ、攻めて、攻めて、攻めなければならない。

 相手の戦力を削り、不安を煽り、精神的に萎縮させ士気を下げなくてはならないのだ。

 

(転移者の精神は戦闘者のそれじゃない。『自分たちが絶対に勝てるわけじゃない』と考えながら戦うのは、ストレスになり、精神的な疲労になり、巡り巡って体の動きを鈍らせる)


 肉体で勝てないならば精神で上回ればいい。

 精神もまた肉体と地続きである以上、それが高まれば肉体も力を発揮するし、それが萎えれば肉体もまた力を失う。


(押し込まなくちゃならない――転移者の軍勢は、未だに幹部を戦わせていないのだから)


 激しい戦いの最中、白い男も、黒い巨人も、ボロを纏った少年の姿を確認することは出来ない。

 もしも戦っていれば、視認できずとも影響があるはずだ。空から降り注ぐ魔法に、響き渡る足音など、雑音ノイズに関しては判別が難しいが――王冠クラウン狂乱インサニティが戦闘を行えば、すぐに気付けるはずなのだ。


 だというのに、それが無い。

 

 舐められているのか、疲弊するのを待っているのか――どちらにしろ、まだ敵は本気ではない。

 だからこそ、今のうちに敵兵力を削らなくてはならないのだ。  

 決意を新たにしながら鉄咆てつほうに設置された譜面台――いいや、魔導書台か――に魔導書を設置し、固定する。


「我が望むは旋風の結界――」

「詠唱!? やらせ――がっ!?」


 杭を再装填した鉄咆てつほうを反応した転移者に向けた撃ち放つ。轟音と共に疾走を開始したそれは転移者の鎧に直撃し、異音と共に弾き飛ばされる。

 だが、それでいい。

 氷結と轟音、そして剣を振るう前衛たち。それらが組み合わさり、カルナの詠唱を遮る暇を与えない。


「――逆巻くその力で領域を侵犯する存在を弾き飛ばせ!」


 8の形に重なり合った発射口、その上部に風を付与すると、腰に差した筒を背後に接続すると、中身が咆身に流れ込む。

 注がれたのは複数の鉄球だ。それが内部で形成された結界に触れた瞬間、回転しながら射出された。空気を抉るような動きで前に突き進むそれらは、転移者たちの体に直撃し、鎧を、肉を、その内部の骨や内蔵を強打する。


「我が望むは灼熱の焔!」


 響く悲鳴を塗り替えるように詠唱を開始する。

 左手の回路サーキットから氷球を射出し、右手で螺旋を描く鉄球を発射しながら――魔力を放出し、練り上げ、一対の巨碗型の魔力を構築していく。

 未だかつて無い魔力消費に、じわり、じわり、と寒気と吐き気が体を蝕み始める。

 だが、カルナの気分は高揚していた。


(ははっ――やはり魔法使いは詠唱してこそだよなぁ!)


 回路サーキットは良い。

 鉄咆てつほうも信用に足る武器だ。

 だが、それでも――それでも、やはり詠唱し魔法を使うのは心地よい!

 己の手で世界を操作する感覚は、やはり自分で魔力を練ってこそだ!


「――そのかいなで眼前の敵を抱きしめ、永久とわの眠りへといざなえ!」


 詠唱を完遂し、精霊の力を得た魔力が力を発揮する。無色透明の巨腕が赤々と燃え盛り、世界に干渉する力としてこの地上に降臨する!

 カルナは前衛の補助をしながら、後方に向けてその力を解き放った。


「さあ――握り潰せ!」


 敵陣に向かって燃え盛る両腕が迫る。

 大きく掌を開いたそれは左右から押し寄せ、地面を焦がしながら転移者たちをかき集め、燃やし尽くす。

 それは、子供の砂遊びの如く。

 砂を集めて山を作り出すように、逃げ遅れた転移者たちを燃焼させながら一纏めのオブジェを建造する。


「ひっ……」


 その声は敵陣から響くモノ。

 カルナの魔法の範囲外だった者、慌てて範囲から脱した者、そして最後方で行進のための演奏を行う現地人のモノであった。

 それは魔法の威力に恐怖したからか――黒ずんだ異臭のする小山から、小さくうめき声が聞こえてくるからだろうか。


 ――そうだ、転移者は頑丈だ。

 ゴブリンやコボルトといったモンスターなら一撃で灰にするこの魔法も、彼らなら殺し損なうこともあるだろう。


 もっとも、肌も、肉も、骨も――場合によっては臓腑すら焼け焦げている状況で生き延びたことを喜べるのかは分からない。生き残った者にとっても、その仲間にとっても。

 泣き叫ぶ声が響く。嘔吐する音が聞こえてくる。

 心の均衡が崩れていく音たちの大合唱を聞きながら、カルナは努めて微笑んだ。

 この状況を見て満面の笑みを浮かべる趣味はないが――趣味でなくとも効果的ならば表情を使い分けて然るべきだ。

 

「さあ――材料はまだあるみたいだね!」


 新たな魔法を詠唱することなく、高らかな声で、なるべく多くの敵に聞こえるように声を張り上げる。

 声が届いた者たちが視線をこちらに向けた。声が届かなかった者たちも、釣られるようにこちらを見つめる。


「それと同じオブジェ――一体いくつ作れるかなぁ!? 二つかな!? それとも三つかな!? それとももっと沢山かな!?」


 そこに居るのは黒いローブを纏った魔法使い。

 篭手や鉄咆てつほうを持ちつつも、しかし古来より魔法使いかくあるべしという風体のカルナを見て――皆は悟る。

 ああ、こいつだ、と。

 先程の魔法は、こいつが放ったモノなのだと。

 灼熱の腕で転移者たちを握り、潰し、固めて――不気味なオブジェへと変質させたのが、この男なのだと。


「分からないな、分からないなぁ――」

 

 鉄咆てつほうの魔導書台から魔導書を取り外し、鉄咆てつほうを腰に吊るす。

 その行動に意味はない。魔導書を台の上に置いていようが、手で持とうが、内容さえ読み取れれば何一つ不自由はないのだ。むしろ、鉄咆てつほうの攻撃を止めたことによってマイナスになったくらいである。

 だが、恐怖に犯された者たちは意味を考える。想像する。妄想する。

 あの行動には、何か意味があるはずだ、と。

 集中し、先程より大規模な魔法を扱うはずなのだと。


「――分からないから、証明しなくちゃならないな! さあ、手伝ってくれないかなぁ……!」

 

 ニールの笑みを真似て、獣の如く笑う、笑う、笑う!

 それによって、炎が燃え上がる。

 轟々、轟々、最初は小さな火事が、山全体を焼き尽くすように――恐怖が伝播していく。


「い――嫌だぁあああ!」

 

 最初に叫んだのは陣形の中央に居る転移者――恐らく、期待されていなかったからこそ、中心に押し込められていた者からだった。

 それは急速に敵陣に伝播していく。逃走を防止する仕組みが、彼の叫びを遠ざけることを許さず、陣形内に生み出されたオブジェから目をそらすことを許さない。 

 結果、恐慌は一気に敵陣に伝播した。

 

「……さて、これで大部分を無力化完了、っと――ん?」

 

 妙な視線を感じ、辺りを見渡す。

 転移者たちの他、騎士や兵士、冒険者もカルナを見つめ、皆同じような色の感情を向けている。

 それは即ち、恐怖や困惑といったモノ。こいつは一体――そんな言葉が、誰も口にせずとも明確に伝わってきた。

 

「か、カルナさん――今の、あれって」


 どうしたんだろうか、と内心で疑問を抱いていると、おずおずとノーラが問いかけてきた。


「え? ……ああ、単純なことだよ、ノーラさん。強敵と戦う際に相手の弱点を突くのは基本中の基本じゃないか」


 単純な話だ。

 鱗が硬い蜥蜴なら魔法で貫くように、

 突進しかしてこない獣なら引き撃ちで倒すように、

 体が規格外チートで強化されているのなら――なにも強化されていない精神を抉る。

 

「おかげで皆の損耗を低く抑えつつ、多くの敵を戦闘不能に出来た。嗚呼、我ながら、惚れ惚れとする魔法の使い方――痛っ」


 瞬間、額に小石が叩きつけられた。

 額を抑えながらそちらの方向に視線を向けると、敵から距離を取ったニールが何かを投げつけた姿勢でこちらを睨んでいる。

 

「馬鹿野郎が、それじゃ嬉々として敵を惨殺して悦に入るやべぇ奴にしか聞こえねえだろうが」


 ちゃんと喋れ、と。

 魔法云々だとか、戦闘の効率云々ではなく、ちゃんと相手を見て。

 ニールはそれだけを伝えると、視線を敵陣へと戻した。

 

(……そういや、女将さんにも似たようなこと、何度も言われたな)


 相手が分かるだろう、分かってくれるだろうと、そう思って仲間たちとの関係をギクシャクさせたことが何度となくあった。

 そして、女将や気づいた仲間たちの誰かから叱られたものである。


(こういうのも、なんだか久しぶりな気がするな)


 自分の行動が上手く行き過ぎて、テンションがどんどん上がって、回りが見えなくなっているのかもしれない。

 すう、と息を大きく吸って、吐いて、心を落ち着ける。


「……そりゃ、好き好んでやることじゃないよ。けど、それで皆の負担が減るなら、それくらいはするさ」


 ノーラに向き直り、なるべく大きな声で伝える。

 カルナは快楽殺人鬼ではない。

 確かに、魔法が敵に直撃すれば喜ぶし、嬉しいとも思う。

 だが、それは魔法が上手く行ったことと、戦闘が有利に運んでいること、そして味方の負担を減らせたことに対しての喜びだ。

 殊更誰かを殺すことを忌避する程に善人ではないが、しかしあえて誰かを苦しめ、殺し、それで快感を得るほどの悪党でも破綻者でもない。


「まあ、さすがにそんな人だと思ったわけではないですけど」

 

 ふう、と。

 小さくため息を吐いてノーラは半眼でカルナを睨んだ。


「でも、調子に乗るとけっこう変な言動しますよね。アトラちゃんからも聞きましたよ、オルシジームでは子供含めた一般エルフを魔法で蹂躙して楽しんでいたとか」

「待って、それに関しては僕の魔法を見もせず下に見た連中が悪い。……まあ、うん、やり過ぎだ、って怒られた理由も、まあ分かるんだけど」

「ええ、もうそれはいいんです。ちゃんと駄目だった部分を理解している以上、わたしからあえてとやかく言うことはありませんから。今回のことだって、ニールさんがちゃんと諌めてくれましたし」


 本当に一人に出来ない人ですね、と。ノーラが腰に手を当てて怒る。


「だから、一人にしないでくださいね。貴方がわたしを助けてくれた分、わたしもきっと貴方を助けてみせますから」

「――うん、分かった。見ての通り、けっこう駄目な奴だけど、それでも良かったら助けて欲しいな」

 

 こんなことを言うのは少し気恥ずかしいものの、言葉にしなくては伝わらない。伝わって欲しい気持ちであれば、尚更言葉にすることを惜しんではいけないのだろう。

 その言葉を聞いて、ノーラは「ええ」と頷いて、笑顔の花を咲かせるのであった。


「ねえ、近場であんな糖度高い真似されるくらいなら、少しくらいギスらせた方が良かったんじゃないかしら? ボブは訝しんだ」


 ――その様子を視界の隅に入れながら、連翹はニールに囁く。


「誰だよボブ。……いや、あいつ魔法絡むと一気に駄目になるからな。多少のことなら後で指差して笑ってやるんだが、今回の場合、放置してたらギスギス通り越して社会的に死にかねなかったからな、あいつ」

「……ああ、似た者同士ってワケね。剣で肉体的に死ぬか、魔法で社会的に死ぬか、みたいな。死因は違えど似た者同士よね二人とも」

「待て! さすがにこいつのアレと一緒にされるのは心外なんだが! 時々すっげぇ馬鹿だろこいつ!」

「待って! 僕はさすがにこいつほど考えなしじゃないと思うんだけど! そしてニール! 僕が時々馬鹿なら君は常時馬鹿だろ、いい加減にしろ!」

「うん、カルナさんは今回ちょっと反論の余地がないと思うので黙りましょうか」


 にこり、と笑顔で反論を却下された。解せ――いや、まあ、解せなくもない。

 

「連翹もカルナたちも気合入れ直せ――これだけ派手にやったんだ、そろそろ前に出てきやがるだろうよ」


 その言葉に招かれるように、ガシャン、という巨大な足音が鳴った。

 黒き巨人はこちらに、カルナへその黒鉄の頭部を向け――


「――――ッ」


 ――咆哮を上げた。

 くぐもり、反響し、モンスターの鳴き声めいた音を辺りに撒き散らし――巨人は疾走を開始する。

 

「来た――幹部が動いた!」


 ただそれだけで、恐慌に陥っていた転移者たちの多くが瞳に希望を宿す。

 彼らが動いたなら、勝てる。

 勝てるのなら、褒美のために戦わなくてはならない、と。


「ま、カルナの奴があれだけ目立ったからな、潰しにくるのも道理か――連翹、悪いが前に出てくれ! 見る限りガッチガチのパワータイプだ、俺じゃあ止められねえ!」

「ん――了解! 盾は無くても黄金鉄塊で出来たメイン盾だってところを見せてあげるわ!」

 

 剣を構え、連翹が高らかに宣言する。

 その背中を見つめながら、カルナもまた回路サーキットを、鉄咆てつほうを、魔導書を構える。

 

「さすがにあれを足止めするのは難しそうだ――なら、やれることをやらないとね。ノーラさん、レンさんの治癒は任せたよ」

「ええ、わたしも、やれることをやりますから」


 戦列歩兵を迂回しながらこちらへひた走る狂乱インサニティを見つめ、二人で頷きあった。



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