表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
173/288

170/西部の戦い/戦端


「何もないのは良いことではあるんだけど――不気味だね」

「そうだな」


 ニールはカルナの言葉を首肯する。

 道中で警戒されていた奇襲もなく、行軍は順調そのものであった。

 日差しも暖かで、冬の寒さを僅かに和らげてくれている。状況が許すのであれば昼寝でもしたいくらいだ。

 だが、それで気を抜く者は誰も居ない。

 当然だ。これから始まるのは、レゾン・デイトルとの最初の戦いと言えるモノなのだから。

 

(雑魚の処理を押し付けられるか、略奪のついでに戦闘した程度だからな)


 これまでは全力ではなかったのだ。片手間に振るわれる攻撃を、必死に迎え撃っていたに過ぎない。

 ゆえに――気など抜けるはずもない。

 強敵と戦う上で慢心など出来るはずがないのだから。


「皆、止まれ」


 凛と響く声。先頭に立つアレックスの声だ。

 周囲の警戒を緩めぬようにしながら、前方に視線を向ける――それより早く、異臭がニールたちに異常を知らせた。


「う……」


 風に乗って漂ってくる鉄錆びた臭いと腐臭、吐き気すら抱く酷い臭いに連翹が顔を顰める。

 そこに存在するのは平原である。

 本来ならば一面の緑を見せてくれていただろうそこに、巨大なモンスターの死骸が晒されていた。

 狼めいた造形でありながらも象か何かのように大きく、毛皮の代わりに鱗で体を覆っている。確か、名をスケイル・ファングと言ったか。巨体からは想像できぬ速度で地を駆け巡り、獲物を噛み千切る厄介なモンスターだ。その鱗は生半可な武器を通さず、練達の戦士か魔法使いでなければ倒すことは不可能であるとされている。

 だが、そのような事実知った事かとばかりにスケイル・ファングは輪切りにされている。断面は荒く、力任せに巨剣を叩きつけ、砕き、押しつぶすように切り裂いたのだろう。

 とっくの昔に命を失った頭部は、静かに光の失せた瞳をこちらに向けている。

 ちい、と舌打ちを一つ。


「警告のつもりか、舐めやがって」


 千の言葉よりも目の前の死骸が明瞭に告げていた。

 このようなモンスターさえも我々の敵ではない、歯向かうというのならこれを成した力をお前たちに振るう。これが最後の警告だ――と。

 

「目的地はもう近いようだ。皆、一層気を引き締め、けれど緊張しすぎないようにして進もう」


 淡々と告げられたゲイリーの言葉と共に、再び連合軍の皆は歩き出す。

 当然だ。あの程度の脅しで逃げ帰る程度の者ならば、ここに至るまでの道程で逃げ出している。

 

(皆、決意と覚悟の末にここまで来たんだからな)


 ぐるり、と辺りを見渡した。

 カルナは「雑な脅しだ」とでも言いたげな顔でモンスターの亡骸を一瞥した後、傍らのノーラを安堵させるために「問題ないさ」と優しく微笑んでいる。

 ノーラは僅かな恐怖を深呼吸で抑えながら、カルナの言葉に頷く。

 連翹は既に剣を抜き放ちながら、早鐘を打つ心臓を落ち着けるべく何度も息を吸い――風に乗って漂う死臭に思い切り咽ていた。


「……なにやってんだお前」


 えほえほ、と咳き込む彼女の背を軽くさする。

 野営地を引き払う準備をしていた時はいつも通りだったくせに、この緊張っぷりはなんなのか。

 

「うう――大丈夫だ、って思ってるの。思ってるのよ? けど、そろそろだと思うと、凄く緊張してきて……」

「団長も言ってたろ、そんなガチガチな体じゃ実力を発揮できねえぞ」

「き、緊張して実力を発揮できずやられちゃうって寸法ね――う、うん、りろんはしってる」

「知るだけじゃなくて実践しろ馬鹿女……と言いたいところだが、こればっかりは分かってても出来るもんじゃねえからな」


 背中を擦る手を止め、軽くひっぱたく。

 あわあ! とつんのめる連翹を見ながら、ニールは唇を釣り上げた。


「ま、安心しろ。動きが鈍ってるようなら尻蹴り飛ばして叱咤してやっからよ」

「なにそれ全く安心できないんだけど……! っていうか、尻ってニールの趣味じゃないの?」

「おう、もちろんだ。何か問題でもあんのか?」

「問題ないと思ってるのはたぶん貴方だけだと思うんだけど! ノーラ! ノーラ! ニールがどさくさに紛れてあたしのお尻を触ろうとするんだけど!」

 

 キャンキャンと小型犬のように吠えた後、背後からノーラに飛びつく連翹。

 きゃあきゃあと姦しく騒ぐ二人の隣で、カルナは小さくため息を吐いた。

 

「ニール、僕は気を緩めすぎるのも良くないと思うんだけど」

「大丈夫だろ、一応あれでも緩みきっちゃいねえようだしな」


 じゃれついているだけのようにも見えるが、あれで完全には気を抜いてはいない。

 無論、多少は周辺の注意は散漫になっているのだろうが、その辺りは自分たちがフォローすればいい。少なくとも、ガチガチで居るよりは今の方がずっといいはずだ。

 僅かに緊張を緩め、コンディションを整えながら進む。晒された死体の横を通り抜け、前に、前に。

 そうして――見えてきた。


「あそこか――」


 誰かがぽつりとつぶやく。

 平原にぽつり、と小さな村があった。

 かつては小さくも平穏を謳歌していたであろう農村だ。だが、遠目にも分かる崩れた家屋や荒れた田畑が、その全てが過去のモノであると告げている。

 いずれは風化し、忘れ去られていくであろうそこに、目新しい建造物が建てられていた。物見やぐらだ。そこで周囲を警戒していた人間が連合軍に気づき、慌てた様子で鐘を鳴らす。

 その様子を見て、ノーラは「あれ?」と疑問の声を上げた。


「転移者――ではないですよね。どうして……」


 やぐらの上で敵が来たと告げるのは赤髪の青年であり、黒髪黒目という転移者たちの特徴を有していない。現地人だ。

 だが、その青年に無理矢理従わされているという様子は見えず、他の現地人に対し熱心に指示を出している姿が遠目にも分かる。

 その様子を僅かに眉を顰めながら見つめるゲイリーは、「簡単な話さ」と彼女の疑問に答えた。


「レゾン・デイトルに近い以上、その力を見る機会は他の人たちよりずっと多いんだからね」


 ゆえに、彼らは従っている。

 生きるために仕方なく従う者も居るだろう、転移者の力に魅せられて恭順の意を示した者も居るだろう。

 好悪の感情の比率がどちらに傾いているのかは分からないが、しかし彼らの力は引力が如く人々を引きつける。ニールたちもまた、それに引きつけられた者だ。従うか、戦うかの違いはあれど、引力に引かれていることには変わりあるまい。


「来るぞ、気を引き締めろ」

 

 アレックスの言葉と共に、村の中から軍勢が現れた。

 装備を整えた転移者が整列し、その背後に彼らを補助する役目らしき現地人が控える。

 その動きは騎士や兵士などといった集団に比べれば拙いものの、しかし転移者として見れば統率が取れていた。功を焦り、先走ってこちらに攻撃を仕掛ける者が一人も居ない。


 無論、当たり前のことではある。

 当たり前ではあるが、彼らは転移者だ。規格外チートという力を得て、それを振るうことに快感を抱く者たちであり、己こそ最強と嘯く者たちである。


 そんな彼らが、誰かに従っている――それこそが異常であり、そして現地人にとって恐ろしいのだ。

 当然だ。一人でも強い存在が徒党を組んでいる。それは、巨大な竜が軍を編成し人間に戦いを挑むに等しいのだから。

 シン――と、針の如く冷たく鋭い静寂の中、転移者の軍勢から前に出る者たちが居た。

 

 現れたのは三人――いいや、二人と一体。


 一人はきらびやかな白を纏った青年、王冠に謳う鎮魂歌(クラウン・レクイエム)

 一人は隠者めいた黒を羽織る少年、雑音語り(ノイズ・メイカー)

 一体は全身を黒鉄で覆った巨人、狂乱の剛力殺撃インサニティ・ストレングスレイヤー


 レゾン・デイトルの幹部を名乗る者たち、最強を自負する転移者たちを従える転移者。


「――――これは戦いではない」

 

 王冠クラウンが朗々とした口調で語りだした。

 それは連合軍に対しての言葉であり、味方に対する言葉である。

 味方を鼓舞し、敵対者に宣戦を布告するためのモノだ。

 

「単純な話だ。新大陸アメリカを発見した白人たちが先住民と戦ったかと問われれば、多くの者は否と答えるだろう。当然だ。あれは虐殺であり、屠殺であり、駆除であったのだから」


 転移者たちの世界の話なのだろうか、王冠クラウンの言葉に彼の配下たちが沸き立つ。

 奪い、犯し、殺すのだと。

 支配、支配、支配、自分たちの力で全てを塗り替えるのだと。

 全てを焼き尽くすような熱気を発しながら、しかし転移者(彼ら)がこちらを見る瞳は冷ややかであった。

 まるで人形か絵画を見つめるような、どこか隔絶した視線。自分と相手が同じ知性を持つ存在であると考えていない、そんな眼であった。

 

「ゆえに、宣言してやろう。我らは明白なる使命マニフェスト・デスティニーを抱きこの大地を開拓すると」


 王冠クラウンが剣を抜き、その切っ先をニールたちへ、連合軍へと突き付けた。


「我らはこの異世界の征服者(コンキスタドール)となるのだ――さあ、卵を立てるが如く簡単な、されど偉大なる一歩を踏み出そうではないか。我々は全てを許されているが故に――!」


 転移者の軍勢を、それに従う現地人を高揚させる言葉を発しながら、しかし王冠クラウンは嘲弄するような笑みを浮かべている。

 それは連合軍に向けられたモノであり、それと同時に己の軍勢に向けたモノであるように思えた。

 必要だから、戦意を高揚させるために言葉を発しているだけであって、背後に立つ者たちに対し信頼も親愛も皆無。ただただ、己の欲望を実現させるための歯車として扱っている――そんな風に感じる。 

 

「御大層な宣誓だ、ボクらはいつ歌劇の舞台に迷い込んだのやら」

 

 静かな声。

 大仰な演説を行った王冠クラウン対し、こちらの集団の主は――騎士団長ゲイリー・Q・サザンは淡々としていた。

 普段の柔らかな物腰ではなく、時折見せる烈火の炎めいた怒りもなく、平坦な声音であった。


「生憎と着飾った物言いは苦手なんだ。だから、ボクの言葉は単純だ」

 

 一拍。

 ほんの僅かだけ間を置いて――


「やればいい、出来るのならば! 行くぞ皆、あのケモノ共を尽くを討ち滅ぼす!」


 ――剣を抜き放ち、怒号と共に切っ先を向けた。

 その声とともに、連合軍の皆は四から六人程度の集団を複数作り、散開。ニールたちも、この行軍で随分と慣れ親しんだ四人組となり、同じように皆から距離を取る。

 個々に指示を出すのが難しくなるが、現状これが最善手に近い。

 なぜなら、転移者たちは一人一人、魔法のスキルを有している。硬直時間さえ考えなければ、一撃で大規模な破壊をもたらすモノを扱えるのだ。大人数で陣形を組んでも、ケーキを切り分けるが如く無慈悲に破壊されることは想像に難くない。

 

「『クリムゾン・フレア』!」


 ――その想像を裏付けるように転移者たちの声が重なり、無数の炎弾が生じる。

 広範囲を焼き払う魔法スキル『クリムゾン・フレア』。それが、横殴りの雨の如く降り注ぐ。

 だが、問題ない。

 広範囲を攻撃できる遠距離攻撃をしかけてくるなど、予測済みだ。

 

「連翹! ノーラを頼む!」


 踏み込み――駆け抜ける!


「わ、分かった! ノーラ、ちょっとごめんね!」

「いえ、お願いしますレンちゃん!」


 連翹がノーラを抱えるのを確認することなく、ニールは眼前の視界に意識を集中させた。

 破裂する炎に横殴りの爆風――その網目を縫って、疾走、疾走、疾走。

 ニールが先頭でおおよそ安全そうなルートを駆け抜け、その背後をノーラを抱えた連翹が、少しばかり遅れてカルナが駆ける。

 

「はっ、はっ――左側へ! 正面も右側も厚すぎて積む!」

「分かった!」


 荒い吐息と共に告げられた言葉に従いルートを選択し、更に疾走。

 カルナが魔法の壁が薄い場所を俯瞰し、ニールが近距離で起こる爆発を見て安全なルートを取捨選択していく。

 熱せられた風と、砕けた地面の破片を剣で弾き飛ばしながら、距離を詰めて行く。

 

「つっ……!」


 だが、爆風と共に飛来して来た石が頬を、腕を、脚を、抉る。

 ちい、と舌打ちを一つ。

 致命傷になりかねないモノは剣で弾いているものの、やはり全てを防ぐことは出来ない。騎士クラスの剣士ならば可能かもしれないが、ニールにそこまでの腕はないのだ。それに加え、背後でノーラを抱える連翹や、近接戦闘能力は低いカルナを守るために可能な限り己の体で受け止めているため、一人で進むよりもずっと被弾が多い。

 だから、剣で弾けなかったモノが、鎧に覆われていない部分が、削られ、削られ、削れ、削れ、削削削――肉が裂け、血がしぶき、骨がみしりと悲鳴を上げる。

 

「創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を!」


 積み重なる痛みに体の動きが鈍る前に、背後から治癒の奇跡が飛んでくる。ノーラの奇跡だ。

 連翹に抱えられているノーラは、しかしだからこそ即座に治癒を実行出来る。

 

「見えた――突っ切るぞ!」


 痛みが引いていくのを感じつつ、速度を上げる。

 爆煙を切り裂くように踏み込み、前に出る。

 瞬間、視界が開けた。

 熱と風と石塊が消え、草原と一列に並ぶ転移者たちの姿が見えた。


「これで大丈夫だ! ここまで接近すれば、もうあんな広範囲を焼く魔法は使えない!」


 カルナが安堵の息を吐きつつも鉄咆てつほうを油断なく構えながら言う。

 クリムゾン・フレアは確かに恐ろしいスキルだ。直撃を受ければ防御を固めた騎士とて焼き尽くすだろうし、直撃せずとも広範囲に広がる熱と爆風は命を奪うには十分過ぎる威力を持つ。

 だが、その代償に硬直時間が長く、取り回しも悪い。

 放った後は十秒近く無防備になるのもそうだが、何よりある程度距離を詰めれば長所の範囲が足かせとなる。味方と自分を焼きかねないからだ。

 他の高威力魔法スキルに『ライトニング・ファランクス』というモノもあるが――あれはそこまで範囲は広くない。追尾能力は厄介であるものの、それさえ対処できればどうとでもなる。

 ニールは剣を構えながら、獣めいた笑みを転移者の軍勢へと向けた。

 彼らの多くは狼狽の表情を浮かべているが―― 


「ほう、これで終わると驕っていたワケではないが――まさか全員生きているとはな」


 ――思ったよりやるな、と王冠クラウンは表情は崩さず、上から目線で拍手などをしている。

 ニールにはもう周囲に気を配る余裕はない。敵に接近した以上、集中すべきはパーティーを組んだ仲間の様子と敵の状況だけ。連合軍の仲間全てを気遣う余裕など、ありはしないのだ。

 だが、わざとらしい感嘆の声を上げる王冠クラウンの様子を見る限り、先程の攻撃で倒れた者は居ないらしい。小さく安堵の息を吐く。


「では次だ。進め、我が軍勢コンキスタドレスよ。難しいことはない、すり潰せ」


 その言葉と共に音楽が奏でられ始めた。軍勢の後方からだ。太鼓と笛によって演奏される勇ましい楽曲に、驚愕と困惑が胸の中に生まれる。

 そのリズミカルな音色に使役されるように、転移者たちは前進を開始した。己たちを壁としながら、ゆっくりと、一定のリズムで。 


(……なんだ?)

 

 演奏と共に前進する姿は、勇壮で、けれど儀礼的なモノに見える。正直、あまり実戦的なモノには見えない。


「戦列歩兵ってやつね。ぶっちゃけ、転移者が使うモノじゃなくて、使ってる側をチートで踏み台にする印象なんだけど……」


 だが、連翹は何かに気づいたようで、行進する転移者たちをじっと見つめている。


「知ってんのか連翹!?」

「え? あ、うっ、うろ覚えだけど! 銃――あー、てつほう! 鉄咆てつほう持たせた練度の低い兵士を並べて運用するとかなんとかだったはず!」

「――ッ、走れ!」


 雑な説明を完全に理解するより先に、ニールは皆に指示を出していた。

 分からない、分からないが――狙われるのは不味い! そんな確信があったのだ。

 瞬間、轟、と燃え盛る炎が、『ファイアー・ボール』が飛来してきた。槍衾が如く、ニールや他の者達を焼かんと突き出されるのだ。

 ちい、と舌打ちをしてジグザクに移動しながら距離を取る。先程の『クリムゾン・フレア』よりは威力も範囲も下回っているが、その分連射が利くからか数が多い。地面を抉る炎弾たちを視界の端に収めながら、ニールは納得した。


(練度の低い兵士を並べて使うか――ああくそ、なるほどな!)


 転移者は戦士ではない。

 魔法使いでもなければ、狩人でもない。規格外チートという存在さえ除けば村人とそう大差はない――いいや、書架の傍らで本を読んでいそうな容姿の者が多く、きっと身体能力という面ではそれすら下回るはずだ。

 だからこそ、彼らの狙いは致命的に甘い。スキルそのものに敵を狙う効果もあるようだが、発動時の狙いが甘いからか完全に追尾しきれていないモノもある。

 だが、それも――数が揃えば話は別だ。

 どれだけ下手な矢や投石でも、数十、数百と打ち込めば何発かはこちらに届く。

 

「なるほどね、確かに鉄咆てつほうを運用するには最適な形かもしれない――な!」


 駆けながら鉄咆てつほうを構え、射出。ガァン、と硬質な獣の咆哮が鳴り響く。

 射手としては素人のカルナが走りながら撃った鉄咆てつほうの命中率は低く、本来なら当たるはずもないが――


「あ、がっ!?」

「よしっ、と――まあ、これだけ的が大きければね」


 戦闘に立つ転移者、その一人に命中したらしく苦悶の声が上がる。

 それ自体は大したダメージではない。しょせん一人にしか当ててないし、その一人とて痛みに苦しむだけで致命傷には程遠い。 

 だが、鉄咆てつほうから響く轟音と、痛みに苦しむ味方の声は、恐怖として伝播し転移者の陣形を瓦解――


「……駄目だね、これは」


 カルナが眉を顰めた。

 目論見は大きく外してはいない。ダメージを受けた者とその周囲、そして鳴り響いた鉄咆てつほうの音に恐怖を抱いた者たちは存在する。

 だが、笛と太鼓の勇ましいリズムが彼らの心を高揚させているのか、カルナが想定していたよりも恐怖が広がっていない。

 それに加え――


「恐怖や痛みで逃げ出したりしないように、味方同士で監視させてるんだ。恐らくだけど、左右を固めてるのは王冠クラウンに対して忠誠心が高い奴らなんだろう」

「なるほどな――奴は自分の部下を信用してねぇ……いや、ある意味では信用しんのか、これは」


 王冠クラウンは配下の転移者を弱いと思っている。

 いいや、それもまた正しくない。戦の素人だと考えているのだ。だからこそ彼の用兵方法は単純明快で、全く奇をてらっていない。

 戦いの素人が逃げないように、裏切らないように、そして規格外チートの力を可能な限り効果的に使えるようにしているのだ。

 

「『難しいことはない、すり潰せ』か……言葉通りだな、くそっ」


 恐らく転移者たちは最低限の訓練しかしていない。

 音楽と共に前進し、合図と共に魔法を放ち、近づく者が居れば応戦する――せいぜいその程度だろう。

 無論、連合軍が敗北し潰走し始めたら突撃くらいはしてくるだろうが、戦闘中はそれしかやらない――いいや、それしか出来ないのだ。軍勢という数を生かしつつ、選択肢を絞って練度の低い戦士を混乱させないように努めているのである。


 ――だが、その単純さが恐ろしい。


 そもそもの話、転移者は身体能力やスキルで現地人を上回っている。それでも勝てていたのは経験や技術、そして相手の得意分野で競っていなかったからだ。腕力で勝てない相手と力比べをせず、弱点を突いて倒す――大多数の連合軍の者が、そうやってきた。

 だが今は、その逆を行われている。

 王冠クラウンの軍勢は、現地人に対して戦闘経験や技術で戦わないという選択を取っているのだ。

 

「ど……どうすんの!? あたしはともかく、皆はダメージ覚悟で突撃とか無理でしょ!?」

「つってもな……!」


 爆ぜる『ファイアー・ボール』を回避しながら、ニールは必死に頭を回す。

 ニールでは無理だ。無数の『ファイアー・ボール』を回避し、防ぎ、近づいて剣で斬りかかるという真似は出来ない。そんなことすれば、途中で焼死体になる。

 カルナでも無理だ。鉄咆てつほうで相手に隙を生じさせて魔法で殲滅するのが現在のカルナのスタイルではあるが、しかし魔導書を開いて詠唱する姿はどうしても目立つ。無理に強行すれば集中攻撃を受けて死ぬ。

 連翹やノーラでも不可能だ。

 連翹は転移者の身体能力で多少は耐えられるだろうが、カルナと同じく集中攻撃で落ちる。

 ノーラの女神の御手(コード・グロリアス)は篭手の蔦が伸びるとはいえ、ある程度接近しなくてはならない。そして、相手がそれを許してくれるとは思えない。

 ゆえに、ニールたちには不可能であり――


「おおおおおっ!」


 ――しかし、騎士たちには十分可能なことであった。

 雄叫びと共に火球の雨を抜けたゲイリーとアレックスは、雷めいた速度の踏み込みで転移者の軍勢に肉薄し――複数人の胴を両断する。リディアの剣『雷華』、防御が主体のリディアの剣術の中で、数少ない突撃して剣を振るう技だ。

 見ていて惚れ惚れとする動きだが、しかし転移者たちも馬鹿ではない。接近してきた二人を囲い、潰すべく動き始め――

 

「アレックス、深追いはするな! キャロル、君は距離を保ったまま魔法で削れ! ブライアン、キャロルのサポートを頼む!」


 ――しかし、それよりも先に二人は距離を取った。『ファイアー・ボール』によって生まれた爆煙の中に飛び込み、追撃を避ける。

 無意識に二人を探しかけた転移者たちだったが、その間隙を縫うように近づいた男が一人、また一人とその首を落としていく。

 

「悪くはないが、まだだ。魔族たちは、もっと力強く、そして狡猾に攻めてきたぞ」


 白き髪を靡かせ、霊樹の剣を振るう剣士――ノエルは挑発するように口元を釣り上げた。


「て、めぇ! もやしのエルフ如きがぁ!」


 その挑発に載せられるように、一人の転移者が剣を振るう。

 スキルも技術もない力任せの一撃。ニールでも避けられるであろう素人臭い攻撃を、しかしノエルは剣で受け止め――バックステップ。蹴り飛ばされる石ころのように、宙を駆けて距離を取る。

 その瞬間、ガァン、という硬質な音が鳴り響いた。

 音がしたのは後方。そこに、鉄咆てつほうと弓を構える者たちが居た。

 

「な、言った通りだろ? 鉄咆てつほうの量が足りないならエルフの弓の力借りりゃ良いって」


 硝煙を発する鉄咆てつほうを抱えながら、ファルコンはデレクに笑いかけた。

 だが、笑いかけられた彼は、未だ髭の生え揃わないドワーフ基準では幼い顔を、むうと歪める。


「そうは言うがなファルコン、せっかく新しいモン作ったってのに、古いモンと一緒に使うのは――」

「うひょー! マジすげぇ! ばぁんとか鳴ったぜ! ばぁんって!」

「ドワーフのおっちゃん、それなんなんだよ!? やっぱドワーフは新しいモン色々持っててすげぇなぁ!」

「――どうか、と……ハハハハハ! 後で好きなだけ見せてやるよ! おら! テメェらもちゃっちゃと撃てぇ!」


 己の武器が評価されたこと、年上扱いされたことに気分を良くしたデレクは、朗らかな笑みを浮かべながら鉄咆てつほうに新たな杭を装填する。

 その様子を見て、妹のアトラなどの工房の面々は釣られるように笑い声を上げた。


「うん、がんばる……」

「頑張れば頑張るほど鉄咆てつほうが有名になってオイラたちの懐も温まる、いいこと尽くめだねー」

「その金で工房買い換えようぜ工房! 鉄咆てつほう山ほど作るにはあそこは狭すぎるぜ」

「まずは炉だな! たっぷり炭使えるやつ欲しい!」

「……やれやれ、ドワーフの皆さんは元気がいい。ぼくも負けてはいられないな」


 くすり、と笑みをこぼして、ミリアムもまた短弓から矢を放つ。

 皆の攻撃によって、転移者たちの前進が止まる。統率が乱れる程の大打撃には程遠いが、しかし拮抗する程度には連合軍の皆の攻撃は転移者に効いている。


「カルナさん、ニールさん、わたしたちはどうすれば――」

「そ、そうよ! さすがにここで観戦してるワケにもいかないでしょ!」

「んなこたぁ分かってる! ちっと待ってろ!」


 今、ニールたちが出来ることは――騎士たちの後ろに回って、カルナの魔法や連翹の魔法スキルで転移者を薙ぎ払うこと、だろうか?

 ニールたち四人の力――という意味では全く実力を発揮できないが、しかし連合軍という大きな視点でみれば一番有効だ。

 現状、接近することが難しい以上、それが一番の最善手だろう。

 

(悔しいが――こればっかりは仕方ねえか)


 ニールは剣士であり、剣で戦場を駆け抜けたいという想いがある。その役目を他人に任せ、後ろで突っ立っているなど嫌に決まっている。

 だが、下手なことをして足を引っ張る方が、それによって親しい誰かが不利益を被る方が、ずっと嫌なのだ。

 

「くそっ。カルナ、頼む――」

「うん。皆、頑張ってるようだし――僕らもそろそろ突っ込もうか」


 ――だというのに。

 せっかく、決心したというのに。

 この男は一体何を言っているのか。

 非難がましい目つきでカルナを睨むが、彼はそんな視線気づいていないとでも言うように堂々とした佇まいだ。


「威力は落ちるるし、燃費も悪い――けれど、可能な限り簡略化してきた。さすがに僕らだけであの軍勢に立ち向かうのは不可能だけど、今なら問題ない」


 カルナが取り出したのは五枚のカードである。それを左手の篭手に貼り付けた円形の台に設置していく。

 正直、それがどういったモノなのかは、ニールには分からない。

 分からないが―― 

 

「やれるんだな?」


 ――この男が、不可能なことでこんなに自信満々なはずがない。

 そういう信頼と確信がニールにはあった。

 対するカルナは、「もちろん」と答えた後、挑発するような笑みを浮かべる。


「まあもっとも――不安なら止めてもいいけどね。その時はここで応援でもしてようじゃないか」

「馬鹿言うんじゃねえよ」


 剣を構え、獣めいた笑みを浮かべた。

 ああ、そうだ。食らいつく方法があるというのなら――


「っしゃあ! 行くぞ皆、突っ込むぞぉ!」


 ――躊躇う理由など、ありはしない。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ