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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
169/288

166/埋葬と友人


「……チッ」


 黄昏時に穴を掘る。

 剣をショベルに持ち替えて。

 舌打ちを辺りに響かせながら、ニールは掘る、掘る、掘る。

 他の冒険者や兵士たちと共に、穴を、穴を、穴を。

 それは死体を埋めるため、死者を埋葬するためのモノだ。そのような作業をしている時に舌打ちをするなど、不謹慎極まりない。本来なら、共に穴を掘る者に窘められるか怒鳴られたりするのだろうが――

 

(胸糞悪い)


 ――誰も、何も言わない。ニールほど露骨ではないものの、気持ちは同じなのだろう。

 連翹のおかげで一命を取り留めた村人たちから、話を聞いたのだ。

 なぜ村人たちは傷ついていたのか、絶命した者たちが何をしていたのかを。


『戦いがあったのです、冒険者や傭兵と、レゾン・デイトルとかいう転移者の集団の戦士が』


 腹部を強く殴打され、内蔵などに甚大な損傷を負っていたらしい老人が、この村の村長が語ってくれたのだ。

 転移者討伐に乗り出した者たちが略奪を行ったこと、その者たちを殲滅した黒き巨人と隠者めいた黒の外套を羽織った少年についてを。

 暴虐の限りを尽くした彼らを全滅させ、その後何も言わずに去って行ったらしい。

 無論、襲われていた村人を救った――というワケではないだろう。

 殺された者たちは、素行こそは悪かったものの実力者であった。もしもレゾン・デイトルまで素通ししていれば、転移者側も負けはせずとも被害を被ったはずだ。

 だから潰した。

 弛緩しているタイミングで、最高クラスの戦力をぶつけ、被害を被ることなく勝利したのだ。

 

(本拠地が近くなっている以上、強者も派遣しやすいってことか)


 あまり同列には考えたくないが――この穴に埋葬する者たちは、ニールたちの未来の姿かもしれないのだ。

 今までは理不尽チートはあれど当人の能力は街で粋がるゴロツキと大差はなかった転移者たちが、こちらを打倒するために戦う戦士たちへと変わる。

 その事実を面白いと思うものの、僅かな不安を抱いてしまう。

 尋常な勝負の果てに敗北して命を失うことには恐怖はないのだ。死ぬほど悔しいだろうとは思うが、全力を出し、それを上回られたのなら仕方がないことだろう。

 けれど、それは自分だけの話だ。

 正直な話、親しい友人が死ぬことの方が、ずっと怖い。自身の死などそれこそ一瞬で済むだろうが、他人の死はニールの命ある限りずっと続くのだ。

 

「大体こんなもんか……」


 村からいくらか離れた位置に、大穴が一つ。

 個々人のために一つ一つ穴を掘ってやる気も、墓標を作る気もまたない。

 ここに存在する人間がニールだけだったのなら、穴すら掘らず野ざらしにして放置するところだ。

 それでもこうやって死体を埋めるために穴を掘ったのは、人里近くで死体を放置すれば獣が人の味を覚え凶暴化するためだ。獣が食わなかったら肉が腐り病気の元となってしまう。

   

「おう、ご苦労さん」 


 こんなものか、と額の汗を拭っていると、背後から声をかけられた。

 声の主はブライアンである。多くの兵士を引き連れた彼の肩には、布に包まれた骸があった。彼の付き従う兵士たちも、持ち運び方は人それぞれではあったが、一様に遺体を運んでいる。

 

「燃やした後に埋めるのはオレらでやっちまうから、お前たちはゆっくり休んでくれ」

「ああ、そうさせて貰うぜ」


 肩をぐるりと回しながら頷く。

 剣を振るう動作と穴を掘る動作、どちらも同じ体を使うモノだというのに負担となる部位が異なる。そのためか、戦闘とはまた違った疲労が四肢にへばり付いていた。

 どさり、どさり、と穴の中に放り込まれていく悪漢どもの骸を視界の端に収めながら村の隣の野営地に向かい――ぴたり、と足を止める。


(……カルナ?)


 兵士の後ろで自分たちの役目を待つ魔法を扱える者たち。騎士のキャロルや冒険者の魔法使いに紛れてそこに彼は居た。

 別段、それ自体が変なことではない。彼は魔法使いだ。この場に居ない方が逆に不自然だろう。

 だが、彼の表情に苛立ちも不満も無い――それが不思議で、つい足を止めてしまった。


(……『こんな連中のしかばねを焼くために僕の魔法を使わなくちゃならないのか』とか、口には出さなくても思ってそうなのにな)


 カルナは真面目で、しかし同時にプライドも高い人物だ。出会った当時に比べればだいぶマシだが、それでも面倒くさいところがある。


 略奪の途中で死んだ連中を火葬するために自分の魔法を使うというのは嫌うはずだし、けれどそれが仕事ならば不満はあれど実行する人間だとニールは理解している。

 だが今回、その不満の色が少ないような――そんな気がするのだ。

 だから足を止めた。その場の地面にどさりと腰を下ろし、カルナを待つことにしたのだ。

 

(後で良い――なんて言ってたら手遅れになるかもしんねぇしな)


 負けるつもりはないし、失うつもりもまたない。

 だが、人生も戦いも自分の思惑通りに進むことの方が稀なのだ。憂いは早い内に取り除いておいた方がいい。危険な戦いが近いのなら、なおさらだ。

 怪訝そうな視線を向ける兵士や魔法使いに「気にすんな」と言うように手を振りながら観察する。どさり、どさりと投げ込まれていく命を失った肉塊は、数十分ほどで全て穴の中に吸い込まれていった。

 それを確認した後に、魔法使いたちが、カルナたちが前に出て詠唱を始める。炎を生み出すために、骸を焼き払うために。


「我が望むは灼熱の焔。そのかいなで眼前の敵を抱きしめ、永久とわの眠りへといざなえ」


 ぐしゃり、と巨大な掌が死体を握る。

 他の魔法使いの炎と混じり合い強化された焔の腕は、骸を圧潰し、焼き捨てる。

 だが、すぐには終わらない。人一人を焼くのは時間がかかるし、何より無駄な手間だ。基本的な埋葬方法が土葬であるということも、余計な手間だと感じてしまう部分なのだろう。

 それでも死体を焼くのは、彼らが罪人であるからだ。


(この辺の話、ノーラが連翹に語ってたが……)


 その時の連翹が「え? なに? そうなの? こっちじゃ普通焼いちゃだめなの?」と驚いていたのを思い出す。なんでも、連翹が居た世界――というか国――では、火葬が一般的であったのだとか。

 こちらでは当たり前の文化が、あちらでは全く違うのだな――焼却されていく骸を見つめながらそんなことを考えた。


 ――この大陸では本来、死した肉体はそのまま土に埋める。


 すると遺体は魂と共に大地と混ざり合い、溶け合い、今を生きる者の助けとなり――その後に創造神の元に行き沙汰を受けるのだという。

 だが、炎で焼いた場合、出た煙はそのまま創造神の元へ行くらしい。

 それが正しいのかどうかは大して信心深くもないニールには分からないが、それでも焼かれる意味くらいは分かる。

 それは皆と同じように大地に混ざることの否定であり、早くこの者たちに罰を与えて欲しいという願いだ。

 天を仰げば橙色の空に伸びる灰色の煙。空へ伸び、散っていくそれらは、今どこに向かっているのだろう。言い伝えられているように創造神の元に行っているのだろうか、それとも知らないどこかに流れていくのだろうか。

 分からない。未だ命あるニールには、何も、何も。

 

「空を見上げて黄昏れるなんて、らしくないね」


 気がつけば、もう炎は収まっていた。既に兵士たちは掘り返した土を骸の上に被せ、穴を埋め始めている。

 だからこそ、役目を終えた彼はここに来たのだろう。カルナは不思議そうな顔でニールを見下ろしていた。

 

「うっせうっせ。俺だって一応頭も使うし、そういう時もあるっての」

「それは悪かったね――それと、待たせたみたいだね。何か用かな?」


 どうせ野営する時に会えるのに、わざわざここで待っていたのだ。何か用事があるんだろう? と。

 

「用って程でもねえけどな。あんなことに魔法使ってんのに、不満な顔してねえから、ちっと気になっただけだ」


 立ち上がりながら言うと、カルナは「ああ」と頷いた。


「確かにね、普段ならもっと不満だったかもしれない」

「今は違うのか?」

「……まあね。信頼には報いなければならない、そう思ったから」

「信頼? 騎士たちのことか?」


 実際、カルナは対転移者戦で詠唱を潰されずに魔法を使い続けられる貴重な魔法使いであるし、対転移者戦では何人もの転移者を撃退したという実績を持っている。

 その上、魔法の威力は連合軍の中でもトップクラスだ。純然たる実力では騎士に劣るニールとは違い、才も地力もある実力者なのだ。信頼されるのも当然と言えるだろう。

 だが、カルナは首を左右に振った。


「いや、違う。まあ、それも事実ではあるけれどね」

「ん? じゃあ誰なんだよ」


 正直、それ以上の誰かなど想像がつかない。

 ニールもカルナを信頼しているがさすがに今更過ぎる話だし、ノーラの場合だって既にカルナなりに報いるために動いているはずだ。どちらも、今、この瞬間に言及するモノではないと思う。

 そんなニールの疑問を理解しているのか、カルナは小さく口元に笑みを浮かべた。


「ところでさニール……レンさんってけっこう雰囲気変わったよね。根っこはそんなに変わっていないような気はするけど、それは僕だって同じだしさ」

「あ? ……まあ、な。調子に乗りやすい馬鹿女だが、悪い女じゃあないと思うぜ」


 だが、それと今の話題とどう関係があるんだ?

 それを口にするよりも早く、カルナは口を開いた。

 

「最初に出会った時に思ったことがあるんだ。レンさんの心を支える柱が『自分は転移者である』、ただ一つきりだって」


『自身』を支える『自信』

 それが転移者であるということ、理不尽チートという力を持っていることのみだったのだと。

 

「今だって、己が転移者であるという事実は、大きな自信となって心を支えていると思う。けど今回、レンさんはそれを差し出した。たとえ一時的とは言えど、かつてはそれに己の全てを委ねていた大黒柱を」

「心を支える、大黒柱か――俺の剣みてぇなもんか?」

「ああ僕の場合は魔法の経験、費やした時間、才能を捧げるようなものさ。そこに与えられたモノだとか、自分で掴み取ったモノだとかいう理屈は関係ない。当人が大切に思って、心の拠り所にしているモノならね」

「そういうものか?」


 正直に言うと、その通りだと頷き難い言葉ではあった。

 自分で掴み取ったモノ、誰かに与えられたモノ――それがどういった形であれ、同一に語られたくない。

 

「この場合、他人がどう思うかは関係ないんだ。当人がどう思うかが重要なワケだから――ま、ニールの気持ちも分かるけどね。正直、僕だって自分で何もやってない癖に無駄に上から目線の転移者(連中)には腹が立つよ」


 それは、逆に言えば上から目線な相手でなければ問題ないということ。

 カルナ自身、転移者の力に頼り切りの連翹に思うところがないワケではないだろう。なにせ、それは自分のプライドを砕いた力であり、自分の努力を嘲笑うように何の努力も無しに得られる力でもあるから。

 けれど、それと友人に対する好悪の感情はまた別であるのだと、彼はそう考えているのだろう。


「その力を差し出す瞬間、レンさんには不安があっただろうし、葛藤もあっただろう。けど、それでもその力を差し出したのは、自身の自信と他者への信頼があるからだと思うんだ」

「自信と信頼……?」

「そうさ。自分はその力だけに寄りかかる存在じゃない――そういう自信。そして、周りの皆に元の自分(弱い部分)を晒して見限るような奴らじゃない――そういう信頼。きっと、どちらかが欠けていたら、レンさんはあの時にノーラさんに力を差し出すことは出来なかったんだと思う」


 もちろん、永続的に無くなるのだとしたら、もっと別の結末になっていたかもしれないけれどね――と。

 その考察が正しいのかは分からない。これはカルナの考察であり、連翹の心を覗いたモノではないのだから。

 

「そんな友人の頑張りと信頼、それに報いないワケにはいかないだろう?」

「ああ――そうだな」


 だが、きっとそうなのだと頷いた。

 村人の傷を癒やした後、装備の重さに耐えきれず倒れた連翹を労った時――彼女は、心よりの笑みを浮かべたのだ。

 それは褒められたことに対する嬉しさと、心よりの安堵。ほら、やっぱり自分の思った通りの人たちだと、そんな風に。


「……ッ」

 

 その笑みが、その明るい笑みが脳裏を過ぎる。

 なんてことはない、ただの笑み。だというのに心臓は突如として自己主張を始め、頬は熱を持ち微かに夕日めいた色を浮かべる。


「そ――それより、だ。目的のモノはもう完成したのか?」


 少々強引な話題転換。それは自覚していたが、このタイミングなら、カルナなら問題ないだろう。

 そんなニールの想像を肯定するように、カルナは待っていたとばかりににやりと笑った。ああ、やっぱりこいつ自分の成果を誰かに話したかったんだ。


「ふ、一応はね。手製で見栄えはよくないけど」


 そう言ってカルナが懐から取り出したのは――トランプか何かのような複数枚のカードであった。

 実際、遊戯用のトランプなどを改造して作ったのであろうそれには、図形と文字が描かれている。

 その意味までは魔法使いではないニールには理解できなかったが、描かれている図などが魔導書のモノと酷似していることくらいは分かった。

 恐らく、魔導書とは別の魔法補助道具なのだろう。そのくらいなら、なんとか理解出来る。

 

「……けどよ、これって色々と欠けてねえか?」


 だからこそ、疑問が抱いたのだ。

 カルナが優秀な魔法使いであることくらい理解しているが、そんな彼も分厚く、かさばる魔導書を用いて魔法を使っていた。

 それはきっと必要だったからだと思う。

 剣が重いからって金属の量を減らしたり柄を短くしたりしたら扱いづらくなるのが目に見えているように、魔導書もまた下手に小さくしたら魔法の補助という目的を果たせなくなるのだろうと思う。

 だというのに、カルナの手元にあるのは小さなカードだ。一枚に書き込める情報量の低下は、素人のニールにすら理解できる。

 だからこそ、何かあるのだ。

 情報量を減らしつつも、ちゃんと魔法を使える何かが。

 そんなニールの予想を裏付けるように、カルナは安堵させるように微笑んだ。


「その辺りは問題ないよ。さすがに大規模な魔法を使うのなら魔導書の方が効率はいいけど……シンプルな魔法を使うのなら、こっちでも問題ない。言ってしまえば、これは前線で戦うための装備なんだ。複雑な魔法を扱うより、取り回しの良さ、鉄咆てつほうとの兼ね合いを重視している。実際、鉄咆てつほうにも魔導書を固定するアタッチメントを付けるつもりだしね」

 

 要は、鉄咆てつほうに続く独自で戦うための装備、ということなのだろう。まだ実際に使っている姿を確認こそしてはいないが、カルナの自信に満ち満ちた表情から、既に大体は完成しているのだと察することが出来る。


「もっとも、僕は戦士じゃない。どれだけ戦えるようになっても、懐まで潜り込まれたら対処は難しい――だからさ」


 そう言って、にい、と唇を上げる。

 それは、微笑むというよりも挑発するような荒々しい笑みであった。


「――頼りにしているよ、相棒。もっとも、僕に付いてこられるのならね」

「――ああ、そっちもな、相棒。お前の方こそ遅れるんじゃねえぞ」



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