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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
167/288

164/勇者の仕組み


 ――なんというか、敏感になったような気がするのだ。


 街道に響くガタガタという車輪の音を聞きながら、ふと連翹はそんなことを考えた。


(なんて言うと、卑猥な意味に聞こえそうだけどね)


 なにこれ、薄い本案件? などと考えながらも周囲を警戒し行軍する。

 ニールの師匠であるジャックに濃密な殺意を叩き込まれてから、なんとなくだが害意のようなモノが感じ取れるようになったというべきなのだろうか。

 一緒に行軍する連合軍の皆の気配とは別に、こちらが与し易い相手か値踏みする物陰の気配を判別出来るようになっていた。一度、理解し易い形で殺意を、死の恐怖を与えられたからだろうか。

 けれど、しょせんはおおよそだ。

 そういった気配探知に長けているスカウトのようには行かないし、実際、カルナの代わりに周囲の警戒を行ってくれているファルコンの方が圧倒的に上手い。

 

「悪いな、ファルコン。突然頼んじまってよ」

「ま、貸しを作ったのはオレだしな、それを返すのは問題ねえさ」

 

 ニールの言葉に笑みを返すファルコンは、しかし周囲の警戒は怠っていない。彼の視線の動きを追ってみれば、なるほど、確かに現地人や転移者のゴロツキがこちらを伺っている気配を感じ取ることが出来る。


「……ねえ、ああいうのってあのままにしといていいの? 討伐とかすべきなんじゃないかしら?」


 内心で『動きが素早いだけの劣化戦士みたいに思っててごめんね』と思いながら問いかける。

 そんな連翹を見て、ニールが「お?」と声を上げた。


「なんだ連翹、お前ああいうの勘づけるようになってんのか」

「ほんと一応だけどね。たぶん、気づけてない方がずっと多いと思うの」

 

 今までが鈍すぎただけで、今の自分はようやくスタートラインに立った、それだけ。

 少し卑屈過ぎる考え方かなとも思ったが、無駄に自信満々になるよりはマシだろう。自信の有無も、偏りすぎればどちら側でも害悪にしかならない。

 話を聞いたファルコンは『無理無理』と言いたげな顔で掌をひらひらと動かした。


「討伐っつっても倒して死体を野ざらしにするワケにもいかねえし、投降した連中は殺さず捕縛しなくちゃなんねえ。よっぽどの連中でも無けりゃ、あっちが仕掛けてこない限り無視して西進続行だ。時間が足りないぜ、時間がよ」


 下手に死体を放っておけば病気の原因にもなるし、動物が喰らって人の味を覚えてしまう。

 モンスターほど狂暴でも敵対的でもない獣たちではあるが、それでも人を襲う時は襲う。そして、野犬程度でも小さな村では十分脅威だ。


「んでもって……あの手の連中の大多数は、それを理解した上でこっちを伺ってるわけだ。見つかっても殺されねえって打算と、見つかってねえのなら騎士の装備とかを盗めるかもしれねえっていう欲深さでな」


 襲ったり盗みに入るリスクは最大級だが、遠目に値踏みする分には問題ないのだという。

 なにせ、実際に襲っている姿を見たり、手配書が出回っていない限り、騎士たちから見た彼らは一応『遠目で騎士を眺めている一般人』なのだ。盗賊である証拠が無い以上、仮に時間と人手が有ったとしても討伐など不可能である。

 

「じゃあ証拠集めるぜ! つっても騎士が動くには金も手間も必要だからな。空振ったら目も当てられねえってことで、騎士は野盗退治はよっぽどデカイ勢力でもねえ限りやれねえみたいだ」 

「なんというか、世知辛い話ですね……」


 ノーラが小さなため息と共に呟いた、その矢先。


「――耳が痛いね。けれど、その辺りはボクたちも苦々しく思っていてね。いずれ、小回りが利く別部隊を作りたいと思ってはいるんだ」


 がしゃん、と。少々わざとらしい足音が一度。

 振り向くと禿頭の騎士、ゲイリー・Q・サザンが連翹たちを見下ろしていた。やはり大きい。連翹やノーラはもちろん、ファルコンやニールも彼を見上げ、じりっと一歩分距離を取る。

 それは、巨漢に見下ろされる威圧感ゆえか、それとも話題が騎士に対する陰口めいていたから後ろめたく思ったためか。他の皆がどうかは知らないが、少なくとも連翹は両方だった。

 

「おっ、おう、そうか――別に、悪口言ってたワケでも、サボってたワケでもねえから、怒らないでくれたらありがてぇなとオレは思う」

「なに、事実を言われて怒るほど狭量ではないよ。実際に、その手の仕事を冒険者に任せてしまっているのは事実だからね」


 出来る限り守るべき人々に危険を犯して欲しくないのだけれどね、と。

 そう言った後、ゲイリーは困ったような笑みを浮かべた。


「だが、騎士が出来ないことがあるゆえに冒険者に仕事が存在するということもあり、中々難しいというのも事実なんだ。実際、騎士や兵士が大陸中の治安を守れるようになれば、冒険者の仕事は激減してしまうからね」

 

 複数の実績を経て信頼されるようになった冒険者だが、それでも一般人から見れば騎士の方が信頼出来る相手だ。

 仮に騎士の新部隊が、冒険者と同じかやや割高程度の金でモンスターや盗賊の討伐を行ったとしたら――仕事の出来次第ではあるが、騎士の方に仕事を回す人が増えるだろう。

 そうなれば戦闘を主とする類の冒険者の仕事が減り、食って行けなくなる者が出始める。無論、その場合に他の仕事を行ったり、村や町の自警団に就職する者も居るだろうが――


「仕事が無いから盗賊王におれはなる! ……みたいなのが出てきそうね」

「そういうワケで、中々難しいんだ。実際、今の騎士と冒険者の関係で問題が発生していない以上、新たな仕組みを作る必要がないという意見が主流でね」


 苦労をかけるね、とニールやファルコンに微笑みかけるゲイリーを見つめながら、連翹はむうと唸った。


(なんというか、長いこと停滞してる感じがあるわね)


 それは騎士だけではなく、この大陸全てに向けた言葉であった。

 恐らく転移者さえ存在しなければ平和で安定した日常が存在していたのだろうと思う。

 無論、それ自体は悪いことではない。

 問題なのは、その安定と平和が大陸と日向ひむかいという小国のみで構築されているということ。

 

(……船で新大陸を探してるっていう海洋冒険者。その人たちが大陸を見つけて、別大陸の存在がこっちに気づいたら)


 そして、その存在が敵対的な行動をした場合、この大陸の人々はどの程度戦えるのだろうか?

 遠洋に出られるようになり、新たな大陸や島、人々を見つけた場合、平和的に手を取り合って仲良くしましょう――そんな風にはならないのは地球の歴史が証明済みではないか。

 他の民族を支配し、蹂躙し、文化を己の色に染め上げる――そんなことがこの世界では起こらない、というのは希望的観測が過ぎるだろう。


(……そう考えてみると、転移者の存在も現地人にとって悪いことばかりじゃないのかしら?)


 チートで力を振るい、内政チートと称して自分たちが持つ素晴らしい文化で世界を塗り替えようとする転移者たち。

 それは、白人の植民地支配と近しい一面だ。どちらも己こそ、己の文化こそを至高とし、正しき知識と文化を土人に啓蒙してやろうという思考が多かれ少なかれ存在している。

 それと戦い、打倒することは、結果的にいずれ起こる他文明との衝突の予行練習になっているのではないだろうか? 


「それで、一体どうしたんだよ騎士団長。まさか、俺たちの会話を聞いて近寄ってきたワケでもねえだろ?」


 ニールの言葉に意識を現実へと引き戻す。

 先程の考えはさすがに妄想が過ぎると思うし、仮に正しい部分があったとしても現地人の皆には話しづらい。

 だって、『貴方たちが倒そうとする敵のおかげで現地人は学習してるのよ』、などと――よっぽど上手く伝えないと煽りにしかならないだろう。

 

「連翹くん。君に質問があって来たんだ」

「……おい連翹、お前なにやらかしたんだ? なんか仕事サボったんじゃねえのか?」


 ――煽るような言葉になりそうだから口を噤んでいたら、横合いから思いっきり煽られたでござるの巻。


「失礼ね、任された分はちゃんとやってるはずよ! はず、だと思うけど……あ、自分で言っててなんか不安になってきた。ねえ、大丈夫よね? あたしなんか失敗してないわよね!?」


 基本、任された仕事はしているはずだし、他の人が困っているようならやれる範囲で手伝いをしたりもしている。専門的な知識がないから、もっぱら力仕事ではあるのだが。

 だが、真面目にやっていても忘れたり失敗するからこそミスなのだ。お金を貰っている以上そういったことがないようにしているけれど、絶対ではない。

 ゆえに必死に頭を動かすのだ。騎士に頼まれた仕事はなんだったけ、ちゃんと全部やってるはずよね――と。


「レンちゃん落ち着いて、ゲイリーさんは怒ってはいないようですし」

「そ、そう? なら一安心なんだけど……」

「いや、騎士団長基本笑顔だってアレックスが言ってやがった。だから内心じゃあ腸が煮えくり返ってるかもしれねえぞ。ほら、よーく思い出せ連翹。昨日今日の仕事だけじゃねえ、前々の仕事の失態が今になって露わになったのかもしれねえからな」

「え、ええっ!? 待って、待って、思い出す、思い出すからぁ……!」

「ニールさんも変なこと言わないで、レンちゃん追い詰められてるじゃないですか! いい加減そういうの止めないと、いつか本当に嫌われちゃいますよ! ……あっ、ごめんなさい団長さん、質問をどうぞ」

「ああ、うむ……」


 やーい怒られてやんのー! とニールを指差していたら、すぐにノーラに体を掴まれ姿勢を正された。

 そんな様を見て苦笑するゲイリーは、「実はだね」と前置きを一つ。

 

「質問というのは、ブバルディアで出会った巨人についてなんだ。……あれが、どうやって動いているのかを知りたくてな」

「インフィニット・カイザーがどうやって動いているのか?」


 交易都市ブバルディアに現れた鉄巨人にして勇者を自称する存在。白と蒼の甲冑を身に纏い、胸元に創造神ディミルゴから力を授かった証である巨大な銀の十字聖印を埋め込んでいた。

 悪を成敗し、住民を守る彼は転移者でありながらも西部の住民に慕われており、転移者を狩っていると噂される騎士団が警戒されてしまうほどであった。

 そう、転移者でありながら。

 西部の勇者にして無限の勇者、インフィニット・カイザー――彼もまた、地球の人間であるはずなのだ。それはスキルを発動する姿を見る限り事実のはずである。


「ああ、ボクらだけでは仮説もまともに立てられなくてね。転移者たちの世界に巨大な人間が居るという情報もないから、何かしらの仕組みで動いているのだと思うのだが」


 優しげな表情に僅かに苦味を混ぜてゲイリーは呟いた。

 確かに、インフィニット・カイザーは普通の転移者から大きく逸脱した存在だ。

 まるで昭和後期から平成初期頃の時代に存在するロボットアニメの主役機めいた姿の彼は、現地人にとって普通の転移者以上に異質な存在なのだろう。

 連翹は腕を組んで、うーん、と小さく唸る。


「一応、なんとなーく想像は出来るけど……ぶっちゃけ本当になんとなくだし、分かってないことも多いわよ?」


 というか、きちんと説明できるのならとっくの昔に誰かに自説を披露している。

 そうしないのは、確証がないからだ。マンガの物知りキャラのように『今はまだ言えない、今はな……』と勿体ぶっているワケではなく、自分でも穴が多々とあるだろうと思っていたから胸の中に仕舞っていたのである。

 そんな不安を感じ取ったのか、ゲイリーは安堵させるように柔らかく微笑み、大きく頷いた。


「構わないよ。さっきも言った通り、ボクらはその『なんとなく』すら分かっていないんだ」


 だから頼むよ、と頭を下げられてしまった。

 ここまでされて語らないワケにはいかない。頭の中で完結していた答えを言葉にするために、ゆっくりと思考していく。


「悪いファルコン、さすがに申し訳ないんだが、ちいっと俺らの分も周囲の警戒を頼まれてくんねえか?」


 その最中にニールが発した言葉に、思わず「あっ」という声を漏らした。会話に夢中で、完全に周囲の警戒を忘れていたのだ。

 その事実に思わず頭を抱えてしまう。なにが気配に敏感になったような気がする、だ。気配なんて感じることなくゲイリーの方を向いていたではないか。


「そこまでするのは借りの範疇じゃあねえな――この仕事が終わったら、お前ん家の宿に泊まれるように頼み込んでくれねえか? 女将さんの胸を客という立場で眺めてえんだよ」

「いつの間に俺の家突き止めてやがるんだお前。つーか、露骨にやると親父がキレるぞ……まあ、ドサクサに紛れて触ろうとしないってんなら構わねえぞ。つーか、そういうことする冒険者紹介したら俺が親父に殺されちまう」

「あ? マジでお前ん家なのかよあそこ!」 

「おい待て、待ちやがれ、なんで今知ったみてぇな顔で驚いてやがるんだ」

「いや、胸のデカイ女将が居る宿があるってことで調べててよ。そしたら名前がカリム・グラジオラスらしいから、ワンチャンお前の家族の可能性に賭けたんだが――どうやらこの賭けはオレの大勝利っぽいな! ひゃっほい揺れる胸を間近で見られんぞー!」


 仕事を代わってくれるファルコンに少しでも感謝の気持ちを抱いた自分をぶん殴ってやりたいと思う連翹なのであった。

 隣に視線を向ければ、ノーラが「うわぁ」という顔をしている。さもありなん。男がおっぱいが好きなのは事実であり、そういう話で盛り上がる生き物であると知ってはいるものの、だからといって女性の前でこの話題とテンションは無いと思う。

 

「その必要はないよ。依頼主であるボクが邪魔しに来たワケなんだから。周囲の警戒はボクが穴を埋めよう」


 ああ、モテない男にはモテない理由があるんだなぁと納得している最中にゲイリーが言う。気にするな、と。

 だが、ニールは、ファルコンは頭を振った。否、と。


「依頼を受けてる冒険者である以上、さすがに『そうですか』と頷けねえよ」

「そう言うこった、ぶっちゃけそのくらいの気持ちでやらねえと信頼されねえからな。……ま、オレも見逃す可能性もあるんで、それとなーく見てもらえると助かるけどな」


 任された以上は完遂するのは努力目標ではなく義務である、と。

 無論、実力以上の仕事を割り振られたのならその限りではないが、そうでないのならばやり遂げなければならない。

 それは心構え云々ではなく、そうでなければ冒険者は信頼されないからだ。

 信頼の無い冒険者などそこらのゴロツキとそう変わりはしない。だからこそ、それを裏切るような真似は出来ないのだと。

 

「分かった。冒険者については知っているつもりだったけれど、まだまだ認識が甘いらしい」

 

 すまないねと謝罪した彼の視線が連翹へと向く。自然と、ファルコン以外の視線も。

 それに若干緊張しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ええっとね……あの大きな体はね、剣であり鎧なのよ」


 その言葉に、ニールやノーラはもちろん、ゲイリーも困惑の表情を浮かべた。


「すまない、言いたいことがよく分からない。もう少し詳しく言って貰ってもいいかな」

「ごめんね、他人に説明すると思ってなかったら。うん、もうちょっと整理して喋るわね」


 そもそも誰かに話そうとすら思ってなかったことなので、自分でも整理しきれていない。

 えーと、えーと、と唸りながら自分の中で筋道を立てていく。


「ええっと、転移者のスキルは誰でも使えるのは当然知ってるわよね?」

「無論だ。誰でも同じ動きで達人の技を扱える――チートずるとはよく言ったものだ」

「そう、同じ動き。でも、実際のところ人によって、装備によって微妙に変わるの」


 剣を引き抜いて、頭上に掲げるように構えてみせる。

 怪訝そうにこちらを見る皆を前に、ゆっくりと剣を振り下ろす。


「体格に合わせて体の動かし方も多少変わってるのは当然だし、装備も同じ」

「確かに、レンちゃんの服と、全身鎧を着た転移者じゃあ体の動かし方が違いますしね」

「そうそう、ほら、転移者の中でも儀礼用みたいな鎧着てる奴居るじゃない? そんなのでも、スキルを使えばちゃんと剣を扱えてる――スキル発動時に、腕が引っかからないように微調整してるっぽいの」


 腕が装飾に引っかからないように微調整してるっぽいのよ、と。

 剣を再び頭上に持ち上げながら、今度は腕を広げ、そして狭める。このような動きの変化は特別でもない、転移者のスキルでは当たり前のことなのだと告げるように。

 

「『それと同じ』。あの巨大な体はね、スキルなんかを扱う上では『甲冑』と『剣』って扱いなの。インフィニットの剣は右腕と一体化してるでしょ? あれはたぶん、中に入ってる人が触れる位置に柄があって、それを握って剣のスキルを発動させてるんだと思うのよ」


 中に存在する人間が、巨大な鎧と一体化した剣を振るう。その際に、スキルが自動的に最適解の動きを導き出しているのだ。

 だが、あの巨人の中に居る人間が、巨人の剣を振り回すのは現実的ではない。

 だから、あの人の形を模した巨大甲冑を動かしているのだ。剣を最適に動かすために、身に纏っている鎧が邪魔にならぬよう甲冑の関節を動かし剣を振るう――スキルが元々有している機能の穴を突いたのが、インフィニット・カイザーという鉄巨人なのだ。


「待てよ、そんな程度のことで剣って認識されるのかよ?」


 連翹の理論に真っ先に反論したのがニールであった。


「人間があの巨人の中に入るとしたら、たぶん胴体のどっかだろ? そっから人間の手で触れる位置まで柄を伸ばしているとすれば――剣って呼べねえくらい無茶苦茶な形してねえか、それ」


 右腕の中を剣の柄が伸びているのを想像する。きっと関節に合わせて可変もするであろうそれを、剣の柄と呼んでもいいものか。

 なるほど、正論だ。連翹からしても、そんなモノ三節棍だかその手の武器の先に長剣の刃が付いているトンデモ武器にしか思えない。

 思えない、のだけれど。

 

「そこらへんあたしもハッキリとは言えないんだけど――剣って一括りに言っても、サイズも形状も千差万別じゃない? ほら、刀だってニールが扱う剣とは全然違うけど、一応剣ってジャンルの一つでしょ? それら全部を『剣』と認識してスキルを発動させるために、判定はけっこうガバガバになってるのよ」


 実際、連翹は今の剣をオーダーメイドしてもらうまでは、そこら辺の武器屋にある剣を適当に買って使い潰していた。

 両手剣や片手剣、短剣や細剣などはもちろん、途中で剣が折れて仕方なくナイフを使ったこともあった。そして、その全てでちゃんとスキルを発動することができたのだ。

 要は、柄があって刃があれば剣と認識され、剣技のスキルを使えるのだろう。試したことはないが、もしかしたら一部の槍であれば剣として認識されてしまうかもしれない。もちろん、スキルは剣を振るうような動きになるので、大変不格好な形になるだろうが。


「それに、右腕と一体化させてる以上、手の力の強弱はけっこうアバウトでオッケーよね? 後は力いっぱい手を握るか手を開くか、そこら辺の機能があればなんとかなりそうじゃない?」


 イメージとしては超厚底の靴を履いて、両手にマジックアームを装着している姿。それに甲冑を纏わせればインフィニット・カイザーの出来上がり。

 バランスは悪そうだし、動き回るには練習は必須だろうが、少なくともスキル発動中はすっ転ぶことはない。スキルの力がインフィニット・カイザーを纏った『中の人』のバランスを制御するのだから。


「……どう?」


 少しばかり不安を抱きながら皆の顔色を伺う。

 

「無茶苦茶だとは思うぜ……けどま、一概に否定もできねえんじゃねえか? ぶっちゃけ、死神グリムの連続攻撃だって、理屈だけ言われても無茶苦茶だって感想しか出ねえしよ」

「ふむ――なら、仮に敵対した場合、剣を叩き折れば動きを大幅に制限できるかもしれないね。もちろん、これを正しいと確信して動くのは危険だろうけれど」

 

 その言葉に少しホッとする。幸い、ここまでは大きな穴は無いらしい。


「ありがと。でも、この説には問題があるの」


 そう、だからこそ黙っていたのだ。


「問題、ですか? 確かに凄く突飛な理屈ではありますけど……」

「こっちはすっごく単純。それだけじゃあんなに素早く動けそうにないのよ。転移者は力持ちだけど、それにだって限界はあるわ。あんな重りを背負って派手に動き回る――どころか歩くのだってだいぶキツイと思うの。少なくとも、あたしは絶対無理」


 若干上半身と比べて脚が短かったのは、中の人がパワードスーツみたいなノリで動かしているからだとは思う。あまりに脚が長いとスキル発動中以外でバランスを保てないのだ。

 思うけれど、思いつくのはそこまで。

 もし、あの巨大な甲冑がただの鉄の塊であったら、正直立っているだけでもキツイはずだ。転移者の身体能力は高いが、だからといって巨大な鉄の塊を背負って素早く走り回れるような無尽蔵な力を持っているワケではない。


「だから、力を増幅するような機能があると思うの。スキルからじゃなくて、あの甲冑自体に」 


 けれど、考えつくのはそこまでだ。

 疑問には思うのだが、どうしてもその部分が思い浮かばない。

 だからこそ、話そうと思わなかったのだ。自分でも明らかな穴がある理論など、他人に語ることなど不可能だ。

 しかしゲイリーは参考になったとばかりに大きく頷いた。


「なるほど、分かった。……だが、連翹君が話したことが事実であれば困ったことになるな」

「え、なに? あたし何か変なこと言った?」

「いいや。むしろ、変な戯言と断じられたら楽だったのだけどね」


 ゲイリーは顎に手を当てて微かに唸り声を上げた。


「レゾン・デイトルの転移者が巨大甲冑の仕組みに気付いてたら、あの巨大甲冑を複数生み出しかねないということだよ。確かに動かすためには練習が必要だろうが、逆に言えば練習さえすれば転移者なら誰でも扱えるということでもある」


 今まで出会った転移者の中で、特殊な攻撃を行ってくる者は存在した。

 だが、それは多かれ少なかれ当人の技量が必須だったのだ。血塗れの死神(グリムゾン・リーパー)の連続攻撃はスキルの再発動のタイミングを考える必要があるし、王冠に謳う鎮魂歌(クラウン・レクエイム)の爆風で飛翔しながら眼下のモノを爆撃する攻撃はタイミングがズレれば落下、場合によっては自分の魔法の余波で死にかねない。

 だが、あの鉄巨人は違う。

 あれは装備だ。少々扱い辛さがあるものの、誰にでも使える道具なのだ。

 無論、インフィニット・カイザーのように華麗に動き回るためには鍛錬とセンスが必要だろう。

 だが、そこまで動ける必要はない。複数の巨人が前進しスキルを放つだけで普通の転移者よりもずっと脅威になる。


「いや、あるいは、もう――」

「――話の途中ですまねえな! だが、前を見ろ!」


 会話を断ち切るファルコンの大音声が響き渡る。

 その言葉に疑問を返すよりも早く、連翹たちは前方へと視線を向けた。


「――あれは」


 視界の先に、村があった。

 なんの変哲もない、田舎の農村。そこから死臭がするのだ。

 そして、村の端には、巨大な足と刃の跡。それを見て、ゲイリーは苦々しい声音で呟いた。


「――遅かったか」


 その呟きの意味は、きっと二つ。

 惨劇を救えなかったという悔恨と、もう一つ。


「もう既に、新たな巨大甲冑が生み出されているのかもしれないね」


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