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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
王冠は謳い、巨兵は狂い、雑音は響き渡る
166/288

163/狂乱と雑音


「そうだ! もっとだ、もっと食料を差し出せ!」


 西部の農村に、威圧的な叫び声を上げる者共が居た。

 それは数十人ほどの戦士であり、スカウトであり、魔法使いである。体は鍛えられ、装備は使い込まれているものの良質で丹念に整備されているのが分かる。

 彼らは歴戦の傭兵と冒険者たちであった。

 魔王大戦が終結してから長い時が流れ、おおよそ平和と呼ばれる大陸の情勢にあっても、実力を磨き抜いてきた者たちだ。

 戦乱の世に生きていれば、英雄や豪傑などと呼ばれていたかもしれない。

 

「俺たちが転移者をぶっ殺してやる、俺たちがお前らを救ってやるんだ。なら、俺たちを支えるのは道理だろう? ガキでも分かる」

「し――しかし、そこまで持って行かれてしまえば、我々の生活が……」


 おずおずと。

 老人が彼らの前に出た。

 この農村の村長だ。小さなこの村で人生を過ごし、外に憧れる気持ちはあったものの故郷を愛し支えてきた男である。


「何卒、何卒ごぼっ……!?」


 その彼の腹部に、つま先が突き刺さった。

 甲冑で覆われていた足は、年老いた男の腹に、肉に、内臓に、骨に――容易くダメージを与えた。腹部から、口から、ごぽりと血液が溢れる。

 周囲から、悲鳴が上がった。

 それを音楽か何かのように心地よさそうな顔で聞きながら、男は鼻で嗤った――愚か者が、と。

  

「……誰に口を聞いてやがる、ジジイ」


 確かに、彼らは歴戦の傭兵や冒険者である。

 魔王大戦が終結してから長い時が流れ、おおよそ平和と呼ばれる大陸の情勢にあっても、実力を磨き抜いてきた者たちだ。

 戦乱の世に生きていれば、英雄や豪傑などと呼ばれていたかもしれない。それは間違いではない。


 ――けれど。


 力のある転移者の多くが粗野な獣であるのと同じように。

 現地人の中にとて当然、獣は存在するのだ。力があるのなら、尚更だ。

 己で掴み取ったモノであろうと、神より授かったモノであろうと、そこに大きな違いはない。どちらも、使い方次第では他者をたやすく害することが出来るのだ。

 

「俺たちは英雄だ。騎士たちなんぞよりも早く、速く、転移者どもを皆殺しにする救国の英雄だ! 農村のくだばり損ない風情が、俺たちに要求なんぞしてるんじゃねえよ!」


 そう、英雄。英雄だ。

 優れた才知と実力を有し、非凡なことを成し遂げた者の総称だ。

 

(ようやくだ! ようやく――成り上がれる!)


 だが、この平和な世では英雄が出現する要因がない――人間という種族に外敵が居ないから。

 モンスターは人工ダンジョンでおおよそ制御出来ているし、ドワーフやエルフどもの勢力はせいぜい大きな街程度。仮に二種族が手を組んで人間に戦争を仕掛けてきても、物量の差で鏖殺出来る。そこに非凡なことなど、何一つ存在しない。


 ゆえに、変わらない。変化がない!


 この国を統治するのは勇者リディアの子孫であり、英雄として尊敬されるのは勇者たちの志を受け継ぐ騎士たちだ。そこに、ただの冒険者や傭兵が割り込む隙間など存在しない。

 だからこそ、彼らは歓喜しているのだ。

 ああ、転移者よ。異世界から来たという化け物どもよ! ありがとう、誰かを虐げてくれて! ありがとう、騎士たちを追い返してくれて!

 分かりやすい悪が来た! 倒すべき敵が来た! チャンスが来たのだ!

 強敵を倒し、国の危機を排除し、成り上がるチャンスが。

 

「レゾン・デイトルはもうすぐだ! 消耗品の補充はしっかりしておけ!」

「了解!」

「そうだな、『コレ』の具合も悪くなっちまったしよ」


 そう言って、彼らの一人が馬車から何かを放り出した。

 どさり、という音を立てて地面に転がったのは、半裸の女性であった。虚ろな目をし、股から白くどろりとしたモノをこぼした彼女は、小さくうめき声を上げている。

 それを見て気づかぬ程、農村の村人たちは愚鈍ではなかった。

 彼らの言う消耗品。それは食料や薪などの燃料だけではなく――


「あんま多く持ってっても荷物になるからな、とりあえず適当に選んでこい。適当に味見してから具合の良いのを持って行くぞ」


 下卑た笑みを浮かべ、冒険者は、傭兵は散開した。自分好みの女を捕まえるため、獲物を見つけた肉食獣の如く俊敏に。

 あちこちから悲鳴が上がる。それは女の声であり、恋人や妻を守ろうとしたものの凶刃に切り裂かれた男の断末魔である。


「こんなこと――許され――と」

「じいさん、やめろ、喋ったら……!」


 怒りと殺意の篭った声。

 それを発したのは、先程男が蹴り飛ばした老人だった。傍らで彼の体を支える少年は孫だろうか。

 それを見下ろす男は、にたりと笑みを浮かべた。


「もちろん、こんなこと許されねえよ――北部や東部、南部だったらな。だが、ここは西部だ。転移者どもが国なんぞを作っちまった、危険な危険な場所の近くだ」


 男が屈む。

 それは、大人が子供と会話する時に視線を合わせるように。

 けれど、そこにそのような優しさは皆無であった。


「よぉく聞け、筋書きはこうだ――勇敢なる戦士たちは邪悪な転移者を討伐しに向かう。だが、彼らの救いの手が届かないこともあった。一足遅く、転移者たちによって略奪された後に焼き払われている村があったのだ! 彼らは怒りに打ち震え、決意を新たにして西へ向かう! もう、このような悲劇が起こらぬように! 邪悪な転移者を滅ぼすために!」


 芝居がかった口調で語った男は、ひひっ、と笑みを浮かべた。

 最高のジョークを言い終えて、思わず自分も笑ってしまった――そんな風に。

 

「残念だったなぁ……転移者に村を焼かれ、数人の女を残して全滅するなんてよぉ。その女どもも、転移者にヤられまくって壊れちまうんだからなぁ。本当に、運が悪かった」

「貴、様、ら……!」


 殺意に満ち満ちた視線を受け止めながら、男は笑う。

 ああ、やはり他者の尊厳を踏み潰すのは心地よい。抵抗する者共を蹴散らし、己の欲望を解き放つ快感と全能感にそれだけで射精しそうになる。

 そういった面では、彼らは転移者の気持ちを良く理解していた。騎士すらねじ伏せる力を得たのだ、それを振るうのは当然だ。そうしないのは、善人などではなくただの勇気の足りない愚鈍な馬鹿だと。


「おーい! そろそろジジイに構ってねえでこっち来いよ。醜女以外は全部集めたからよ!」

「ちっ、空気読めよな。勝手に初めてりゃいいだろ」


 興ざめだ、と老人から視線を外して舌打ちを一つ。


「前に勝手にヤり出したらお前キレたじゃんかよ。決戦の前に身内でモメるのは御免だからな」

「そん時は俺好みの良い女が居たからだっての。まあいい、残った連中は集めたんだろうな?」

「ああ、逃げられねえように縛ってある。抵抗する奴を何人か斬っちまったけど、構わねえよな?」

「どうせ焼くんだ、大した差はねえよ」

「違いねえや!」


 ははっ、と互いに笑い合う。

 楽しくて楽しくて仕方がないから。

 

(そうだ、もう俺の成功は約束されている!)


 なにせ、彼らは皆、転移者のスキルを理解しているから。

 剣のスキルも魔法のスキルも、その発動条件、初速、硬直時間――全て全て頭に叩き込んでいるから。

 もはや負ける要素はない。

 強いて言えば幹部という存在が恐ろしくはあるが、自分たちが負けるはずがない。これまで、何十人もの転移者を殺してきたのだ。多少変則的な行動をしてきたところで、作業のように縊り殺せる。

 無論、数人は死ぬだろう。それが自分かもしれないし、隣で馬鹿笑いしている男かもしれない。

 けれど、それは致し方のないことだ。武器を持って相手を殺す以上、こちらも殺される可能性がある。熟練の冒険者が油断しきってゴブリンに頭を砕かれるように、どれだけ鍛えようと死ぬ時は死ぬ。

 

(だから――死ぬ直前まで愉しむのが人間らしい生き方、ってな)


 そう思考し、下卑た笑みを浮かべた男は女たちのところへと向かう。

 生き残りは縛り上げた、先程蹴り飛ばした老人も治療しなければ動けずに死ぬ。

 ならば問題ない。好き勝手にヤった後に、村を焼けば目撃者は存在しなくなる。 


「……おい、なんか聞こえねえか?」

「ああ? なんかってなんだよお前――」


 ベルトを外しながら歩いていた彼は、男の言葉に顔を顰める。せっかくの楽しみを邪魔するんじゃねえよ、そう言いかけた、その時である。

 

 ――――!

 

 巨大な足音だった。

 ずん、ずん、と地面を揺さぶる衝撃であった。

 ドラゴンか何かがゆっくりとこちらに向かっているような、そんな圧迫感のある音。それを聞き、さすがに彼も、女たちを囲んでお楽しみの時間を待っていた男たちも表情を引き締めた。

 彼らは皆、歴戦の冒険者か傭兵だ。性格に難はあれど――それでも、力持つ者である。

 だからこそすぐさま臨戦態勢を取った。どのようなモンスターであれど、地響きを立てて歩くようなモンスターは強力であり、強大だ。たとえ性格が好戦的でなかったとしても、そのモンスターが動くだけで人の営みなど軽く崩されてしまう。

 ゆえに、彼らが真っ先に行ったのは索敵。

 その音がどこから響いているのか? どのようなモンスターなのか? それを手早く理解し効率的な装備と陣形を整える必要があるからだ。


「黒い――騎士?」

 

 ――だが、それは。


 モンスターなどでは無い。化物などではない。もっと、違う異質な何かであった。

 それは漆黒(くろく)おおきい。

 夜の闇を塗り固めたような甲冑を身にまとった巨人である。


「――――!」


 右腕と一体化した大剣を振るう姿は、戦士というよりはオークやオーガといったモンスターに近い。巨大で金属質な姿は、転移者たちが語る血の通わぬロボットを連想させる。


「――そうだ、聞いたことがある。レゾン・デイトルの幹部の中には、バカでけえ戦士が居るって」


 それは何も語らない。ただただその巨体を以って巨剣を振るう殺戮人形。狂乱するようにその剛力で敵対者を轢殺する。

 だが、人は、レゾン・デイトルの転移者たちは、その巨人をこう呼ぶ。

 レゾン・デイトルの幹部と。

 鋼の大鎧で武装する巨人――狂乱の剛力殺撃インサニティ・ストレングスレイヤーと。


「――――!」

 

 雄叫び、らしきモノであった。

 人語のように聞こえるが、反響し、そしてくぐもった声を人語として聞き取ることは出来ない。

 巨人は暗色の体に映える銀の眼を以ってこちらを視認すると、エルフの街に在るという大樹めいた太さの脚で大地を蹴り、疾走した。向かう先は――彼らの場所。

 人外めいた叫びと共に疾走する姿に、戦士たちに動揺が走る。それは未知への恐怖。恐らく、最初に転移者という存在を見た者が抱いたであろう恐れだ。

 

「落ち着け! 見たところ他に味方は居ねえ! なら勝てる! 的はデケェんだ、魔法と矢で削り殺せ!」


 だが、彼はすぐさま正気に戻り仲間に指示を下した。

 あれが何であるかなどどうでもいい。転移者であろうと、現地人であろうと、モンスターであろうと――魔王大戦時に存在したとされる魔族であったとしても、どうでもいいのだ。

 自分たちはあれを殺さねばならず、あれは自分たちを殺そうとしている。だから殺す。

 戦場の理屈に、それ以上は必要あるまい。

 そして、彼の仲間たちもまた、その理屈を信じ戦ってきたのだ。

 

「――――ッ!」


 狂乱インサニティと呼ばれる巨人に矢が、魔法が突き刺さっていく。

 鎧のつなぎ目らしき部分に矢が突き刺さり、胸を炎が焼き、雷が頭部を貫き、脚部に氷が纏わり付く。

 あのような巨人にどんな攻撃が有効なのかは分からない。そのため、複数の攻撃を当て、反応を見て弱点を探る! 

 どのような化物であろうと厭うモノは存在するのだ。モンスターの中でもトップクラスに恐ろしいドラゴンであれど、属性という弱点から逃れることは出来ない。そのようなモノを何度も体に当てられたら、体の動きが鈍るか、怒るか、無意識に避けようとする。そこから相手を分析し、弱点を叩き込む!

 

 そう、彼らは優秀であった。

 力もあり、経験もあり、慢心もしない。

 一部の幹部なら、きっと完封することすら出来ただろう。

 

 だが。

 彼らは運が悪かった。

 日頃の行いが悪かったとでも言うべきか。

 最初に相対した幹部が巨人でなければ、数名の幹部を削れたかもしれないというのに――その未来は、今、ここで閉ざされてしまう。


「な、なんだこいつ――どんな攻撃も、全く反応しやガ――ァ!?」


 雄叫びと共に突貫する巨人は、足止めしようとする前衛を轢き潰しながら、踏み込んで剣を振るう。振るわれた横薙ぎの斬撃に、数人の魔法使いが巻き込まれた。斬るというよりも最高速度の馬車に轢殺されるように、はじけ飛び、砕け、潰れていく。

 そう、彼ら程度の攻撃では狂乱インサニティに痛みを与えることが出来ないのだ。

 無論、ダメージが無いワケではない。甲冑の所々に矢が刺さり、炎や雷で焼け焦げ、脚は氷結している。

 だが、矢も、炎も雷も致命には程遠く、脚に纏わり付く氷もたやすく砕け、踏み込みの速度を僅かに緩める程度の役割にしかなっていない。

 先程の攻撃を何度も、何度も何度も何度も叩きつければ、仕留めることは可能だろう。

 

(不味い――!)


 だが、黒き巨人は最初の一撃で魔法使いを薙ぎ払った。ダメージ覚悟を受けながら、しかし最優先で。

 先程と同じ攻撃は既に不可能。まだ数人の魔法使いは残っているものの、先程の行動を見る限り真っ先に狙って処理してくる。

 その行動原理は転移者としてはオーソドックスなモノだ。だから、彼らも対抗策を考えてはいた。戦士で防御を固め、それでも接近される可能性を考慮し魔法使いたちは皆逃げやすいように装備を軽装にしている。

 だが――この巨人は単純に、大きくて、速くて、重い。

 その巨体を受け止めることなど不可能であるし、巨躯の一歩は容易く距離を縮めて逃走を許さない。

 

「――全員散開! 前の村で落ち合うぞ!」


 彼らは優秀だった。

 勝利の可能性が低いと見るとすぐに撤退を選択したこと、固まって逃げるのではなくバラバラで逃げたこと。

 全員が生き残ることは不可能ならば、数名死んだとしても大多数を生き残らせる。その後、再び落ち合って部隊を再編成する。

 そうすれば次に繋ぐことが出来る。そうすれば勝てる。そう、彼らは考えていたのだ。

 

「――――」


 巨人は、ちらりと村の中央を見た。

 そこには、一塊にされた住民たちが居た。ゴミを一纏めにしたようにして縛られた男や中年女性たちと、手足だけ縛られた半裸の年若い娘達だ。

 怯えた様子で戦いを見る彼らをしばし見つめ、巨人は天高く跳躍した。

 巨人が目指すのは、正面に見える村の端。たとえバラバラに逃げていても、村には畑や家屋といった障害物が存在する。自然と逃げやすい場所、逃げにくい場所、広い道、狭い道が作られる。

 巨人はその中で、もっとも逃走者が多い場所を、そして他の場所から逃げようとしている者を巻き込み易い場所を選び、着地した。

 

「『■■■■■・■■■■』――――ッ!」


 鼓膜が破けるような大音声。反響し、しかしくぐもった、上手く聞き取れぬ声。

 その雄たけびの意味を理解するより早く、速く、灼熱の斬撃が走った。

 右腕と一体化した巨剣から放たれる灼熱の剣閃は、空中で絡み合い、花弁めいた姿を作り出した。

 だが、その花弁の中に囚われた者たちは知っている。転移者のスキルを熟知し、レゾン・デイトルに攻め入ろうとしていた彼らだからこそ、分かるのだ。

 

「バーニング・ロータス……」


 もう、逃げ道などないことを。

 燃える、燃える、炎が燃える。中の者たちを焼きながら、灼熱の檻は縮んでいく。

 そこに囚われた者の末路は変わらない。逃げようとして花弁の炎に焼かれるか、中で逃げ回り蒸し焼きにされるか、果敢に巨人に挑んで剣舞に切り刻まれるかという違いはあれど――死という終わりからは逃げ出すことは出来ない。

 そこから逃げることが出来るとすれば、炎を耐えきる装備と体を持っているか、そもそもバーニング・ロータスの範囲に入っていなかった者だ。

 彼は、前者であった。荒い息を吐きながら、後者の面々を引き連れて逃走する。

 転移者が多用するスキルの中には『ファイアー・ボール』という炎の魔法がある。それを防ぎ、魔法使いの詠唱を補助するための装備であった。

 背後の悲鳴を聞きながら、彼は走る、走る、走る。少なくとも、あの声が聞こえている間は自分の安全は確約されているのだ。スキルは強力だが発動中、そしてスキル終了後の硬直時間に動くことは出来ない。

 そうだ、これで生き残れる――!


「はい、残念ながらそこまでだよ」


 目の前に、もう一人転移者が居なければ。

 純朴そうな少年であった。金のボタンの付いた黒い詰め襟の衣服に、隠者めいた黒いローブを羽織っている。

 彼はその少年を知っている。情報という面では狂乱インサニティよりも、ずっと多い。

 曰く、レゾン・デイトル最弱の幹部。他の幹部のように特異な戦い方は行えず、特殊な装備もない。一般的な転移者よりは体の動かし方を理解しているが、言ってしまえばその程度。

 

雑音語り(ノイズ・メイカー)……!」

「正直、君たちなんてどうでも良いんだけどね。でも、同じ幹部の頼みだから」


 そう言って、彼はローブの中から細身の長剣を取り出し、微笑んだ。人好きのする、柔らかい笑みであった。

 

「君たち、ここらで死んでくれないかな?」

「ほざけ雑魚がぁ!」


 殺意を以って剣を振るう。狙うは雑音ノイズという少年だ。

 

「お、っと……『ファイアー・ボール』」


 それをバックステップで回避し、その動作に合わせてスキルを放つ。燃え盛る火球が彼の体に直撃するが、火竜の素材を用いた鎧はその程度の炎を容易く弾く。

 おや、と不思議そうな顔をする雑音ノイズを見て、彼は確信した。


「テメェら囲んじまえ! こいつ、噂通りそんな強くねえぞ!」

「そんな当たり前のことを声高々に言われてもねえ」


 場違いな明るい声で苦笑する少年を囲う、囲う、囲う。背後に転移者を置いたまま逃げ出す危険性を考えれば、ここで殺すか、最低でも身動きが出来ぬ状態にする必要があった。

 ゆえに、囲んで叩く。スキルの硬直を見逃さず、全員で急所を攻撃すれば転移者と言えども死ぬのだから。

 

「君たち、随分と好き勝手にやっているようだねぇ」


 攻撃を危うげに回避しながら、雑音ノイズはまるで世間話をするような気楽さで言う。

 余裕が有るようには見えない。回避動作もギリギリだったり早すぎたり、動作そのものも洗練されていないからだ。息が乱れていないのも転移者特有の身体能力のせいだろう。

 

「ああ? なんだ、獲物を先に食われてキレてやがんのか?」

「獲物、というよりは家畜かな。定期的にミルクを出してくれる感じの。それを殺して焼肉にされたら、ちょっと困るんだよね」

「知るかよ! やりたいようにやって、ヤりたいようにヤる! お前らだってそう変わらねえだろうが!」

「それはそうなんだけどね――でも、ぼくはそういうのは嫌いでね」


 攻撃を避け、防ぎ、しかし防ぎきれず裂傷を幾つかその身に刻みながら、雑音ノイズは笑う。

 

「因果応報。相手に行った行動は、必ず返って来る。これはどの世界でも常識だろう?」


 それは、親が子に言うような言葉。 

 思わず失笑してしまった彼を、どうして責められるというのか。


「馬鹿馬鹿しいこと言いやがって! よりにもよって、テメェらみたいなのが言うか!」


 正義然とした奴に言われても腹が立つが、同じ穴のムジナに言われても腹が立たないワケではない。むしろ、お前だって似たようなモノだろうが、と怒りが増してくる。

 そんな様子を見て、雑音ノイズはとぼけた顔で頬を掻いた。

 

「一応、これでも気を使ってるんだよ? 返って来たモノは、ちゃんと叩き潰して終わらせられるように色々と調整してるんだ」

 

 悪意を向ければ悪意が、害意を向ければ害意が、殺意を向ければ殺意が、己に向かって返って来る。

 だから、返ってきたそれを対処できるように、言葉も行動も制御している――と。

 それを聞き、男たちは鼻で嗤う。

 

「どちらにしろ、そんな理屈は存在しねえ。もしそんなモンがあるなら、世に悪人なんぞ居ねえだろうが!」


 善果に褒美が、悪果に報いが――そんな不文律がこの世に存在すれば、悪人など生まれやしない。

 だが、現実はどうだ。力ある悪党はその力を振るい好きなだけ悪行を成しているではないか。

 結局のところ、強いモノが正しいのだ。女王国アルストロメリアが示した秩序とて、魔王を倒した強き者の言葉だったから多くの者が従ったのだろう。どれだけ飾ろうと、力、力、力――力が全てなのだ。

 男の言葉に、雑音はもっともらしく頷き、微笑んだ。

 

「確かにそうだね、ぼくもそう思うよ。……けど、君たちの因果はちゃんと帰ってきたようだね」


 ズドン、と。

 何か、巨大なモノが地面に叩きつけられた――そんな音が響く。

 巨大な何かが、こちらに向かって跳躍してきた、そんな音であった。

 その音の発生源を見つめながら、雑音ノイズは柔らかく微笑んだ。


「やあ、遅かったね。もっと早く来てくれないかな。なんたって僕は弱いんだ、危うくやられちゃうところだったよ」


 振り向く。

 背後では、漆黒の巨人がこちらを見下ろしていて――


「さあ、僕は足止めに専念してあげるから、存分に殺しなよ。そういうのが好きなんだろう? ねえ、イン――狂乱インサニティはさ」


 返答はない。

 ただただ、巨人は雄叫びと共に巨剣を力任せに振るうだけ。


 ――――その日、とある冒険者と傭兵の集団が壊滅した。


 評判こそ悪かったものの、仕事だけは完璧にこなす実力派であり、戦闘能力は騎士にも劣らないと噂される者たち。言動さえもう少しまともであれば、騎士にもなれたであろう人材たちであった。

 それが、たった一人の幹部によって全滅した。

 幹部級がもう一人居たという噂があるが、事実は確認されていない。戦いの跡を、そして死者の傷を見る限り、戦ったのは狂乱の巨人――狂乱の剛力殺撃インサニティ・ストレングスレイヤーだけだったと推測されている。

  

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