160/相棒
早朝が朝へと切り替わる頃、カルナはゆっくりと瞼を開いた。
普段より若干早い目覚め。その理由は、庭から聞こえてくるニワトリの鳴き声のためだろう。目覚めを急かすように鳴く彼らの歌声に、睡魔に緩んだ意識が徐々に明確になっていく。
「……だからニールは早起きなのかな」
言いながら伸びを一つ。
もう少し寝るつもりだったが構うまい。幸い、気持ちのよい目覚めで頭はスッキリとしていた。
ならば、と編纂していた魔導書に目を通し、思考を切り替える。
今後、戦う相手を想像し、自身がやるべきこと、やれることを再認識していく。
――――想定するのは竜を自称する白き男、王冠に謳う鎮魂歌だ。
宙をと飛び――いいや、跳び――転移者のスキルを上空から爆撃してくる彼の戦い方は、呆れるほどにシンプルで、であるからこそカルナ単体では突き崩す隙がない。
カルナの鉄咆では跳び回る王冠を狙い撃て無いし、魔法ではどれだけ詠唱を素早くしようとも隙が大きすぎる。
結果、カルナ・カンパニュラという男は炎に、または雷にその身を裂かれ、絶命するだろう。
「けど――問題はない」
魔導書に刻んだ己の叡智を見つめ、頷く。
対策は出来ている。無論、一人で太刀打ちできる類のモノではないが、しかしハマれば十中八九叩き潰せる――少なくとも、カルナはそう信じていた。
オルシジームで一度試し打ちをしたため、使用には問題ないのは分かっている。それでも細々と弄っているのは、詠唱の簡略化と効率化、それに加え脳に情報を刻みつけるためだ。
魔導書はどうしても嵩張るため、街中を歩く場合は置いていく場合が多い。そうでなくても、魔導書を開いて詠唱する姿は目立つものだ。魔法使いの黎明期において弓兵が火矢を以って魔導書を焼いたように、魔導書そのものを破壊する策を使う者も居ないとも限らない。
ゆえに、必要な魔法は、強敵を打倒するために必要なモノは全て脳に刻み込んでおくべきなのだ。
(……しかし、伝統的な魔法使いの形ではあるけど)
いくらなんでも、進歩が無さ過ぎではなかろうか。
魔導書を見下ろしながら、むうと唸る。
魔法王国時代は魔導書を携えることが魔法使いにとっての正装という考え方があり、魔王大戦以後は魔法の研究にそれほど予算が使われず、またフィールドワークを行う魔法使いもめっきりと減った。
そのためだろうか、魔法をサポートするための道具、その新たな形が全く生まれていないのだ。
無論、考えた者は居るのだろうと思う。何かしらのアイディアを脳内に浮かべ、場合によっては紙に書き出した者も居るだろう。
それでも実現していないのは、多くの魔法使いが抱く慣れ親しんだ道具から別の道具に切り替えることに対する嫌悪感と、それを実際に作製する技術者に対する紹介や演出不足と無理解であるとカルナは考えていた。
(鉄咆の初期案では魔法使いにしか扱えず、きっと誰も造ろうとしなかったのと同じだ)
たとえば、工房サイカスの面々。
カルナに協力して鉄咆の製造を行ってくれた彼らだが、しかしカルナが彼らの利益を考えず己の利益をまくし立てるだけだったのなら、協力してくれただろうか?
答えは否だ。
相手のことを考えず、ただただ己の利益だけを求め、相手に助力を求める者に力など貸すものか。
誰かに力を貸して貰うということは、力を貸して貰う人物と交流を持つということだ。それすら理解していなければ、協力してくれる者など現れない。
「……上り詰めるためには、必要なこと、か」
やはり、一人の方が気楽だ。
色々な人と出会い、得難き友得て、愛らしい恋人すら出来た今でも、そう思う。
自分のために行動し、しかし他人が、友が、恋人が喜ぶ選択肢を選ぶというのは思った以上に難しい。
ふう、とため息を吐いた矢先。
不意にドアをノックする音が響いた。
「どうぞ、開いてるよ」
ノーラだろうかと思いながら入室を促す。
だが、扉を開けたのはノーラではなく、キール少年であった。彼は、「おはようございます」と一度頭を下げた。
「そろそろ朝ごはんッスよ。姐さんはまだッスけど、連翹さんは下で待ってるんで、近いうちに降りてきちゃってください」
「そっか、分かった。ありがとう」
そう言いながら笑みを浮かべてしまうのは、ニールと似た少年に敬語――まあ、だいぶ雑ではあるが――で話されているためだ。
ニールが突然敬語で話しかけてきたような感覚になり、思わず笑いそうになるのだ。
「……? どうかしたッスか?」
「ああ、いや、ごめん。ニールの奴と似てるなぁって思って、つい」
怪訝そうな顔で問いかけてくるキールに頭を下げる。顔を合わせただけで笑われたら、いい気分ではないだろう。
「そんな似てるッスかねぇ……あんま自覚はないんスけど」
ペタペタと己の顔を触りだすキールを見つめながら、「瓜二つって程じゃあないけどね」と頷く。
「けど、自分と家族の顔を見比べるなんて、あんまり無いのかもね。僕は一人っ子だったから、そこら辺よく分からないんだけどさ」
小さく笑みを浮かべながら魔導書を閉じた。
今すぐ行く必要はないだろうが、このまま留まっている理由もない。魔導書のチェックはもう終わっているし、ぼんやりと考えていた魔導書に変わる補助道具については簡単に答えが出ないのは分かりきっていた。
「あー、その、少し質問があるんスけど……構わないッスか?」
下に行こうかと思い立ち上がった時、不意にキールが言った。
「うん? ああ、問題ないよ。朝食だって、今すぐってワケじゃあないみたいだしね」
留まる理由が出来たのなら、今すぐに行く必要はあるまい。
カルナは頷きながら上げた腰をまた下ろす。
「それで、どうしたのかな。ノーラさんについて聞きたいのなら話してもいいよ。正直、黙ってたらどんどん尾ひれが付いてしまいそうだし」
「いや、違うんスよ。その――兄ちゃんについて、聞きたくて」
ああ、と納得する。
父親の手前、会いに行ったりすることは出来なかったのだろうが――それでもニールは彼の兄だ。どんな風に過ごしているのか、気になっていたのだろう。
「三人の中で一番付き合いの長い僕でも、ニールとは一年前に出会ったばかりだ。それでもいいかな?」
「十分ッスよ! よろしくお願いします!」
弟子が師に対するように頭を下げる彼に「そんな固くならなくてもいいさ、のんびりと聞けばいいよ」と笑いかけ、カルナは語りだした。
出会った時のこと――正直、頭が軽そうな奴だと下に見ていたけれど、その熱意と同じ目標を持っていることを知って意気投合したことを。
共にクエストを行った時のこと――互いの技術を認め合い、互いに切磋琢磨した日々のことを。
休日、拠点で過ごした日々のこと――港で売られてた日向の書物の写本を多量に買い込んでしまい、二人部屋を圧迫して喧嘩になった時のことを。
他の冒険者と共に遠出をして野営していた時のこと――ニールの作る食事が味付けが適当だとカルナが怒り、カルナが作った料理の仕込みが適当過ぎるとニールが怒り、ヤルとヌイーオに「お前ら分担しろよ」と呆れられた時のことを。
騎士団からのクエストを見つけた時のこと――親しい友人と別れ、けれど新たな友人と出会いながらここにたどり着いた道程を。
時に真面目に、時に冗談めかして、時にため息を交えながらカルナは語っていく。
(もし、あの時に出会っていなかったら)
興味深そうに聞き入るキールを見ながら、ふと思う。
一年前にニール・グラジオラスという剣士に出会わなかったら、自分は今どうなっていたのだろうか、と。
案外似たような人間と知り合って、今のカルナ・カンパニュラに近しい存在になっていたかもしれない。
もしくは、全く別の道を歩み、今のカルナ・カンパニュラとは真逆の存在と成り果てていたかもしれない。
(――いや、馬鹿馬鹿しいな)
泡のように浮かんだIFの妄想を砕く。
仮に今よりも魔法使いとして大成出来る未来があったとしても、カルナは今と同じ道を選ぶだろう。
心からそう思える程度には、現在の日々が気に入っているのだから。
「――こんなところかな」
「ありがとうございます。いやまあ、良くも悪くも兄ちゃんだなぁって感じッスかね。けど、少し意外ッスね」
「まあ、ニールだって成長してるワケだし、親元で暮らしてた時と全く同じってことは無いんじゃないかな」
「いや、兄ちゃんの話じゃなくて、彼氏さんの話なんすよ」
僕? と疑問の声を上げると、キールは大きく頷いた。
「兄ちゃんと彼氏さんが仲が良い、みたいなイメージがそんな無くて。別に嫌い合ってるって思ってたワケじゃないッスけど」
「……まあ、時々『お前いい加減にしろよ』って思うことはあるなぁ」
部屋の整理や剣の整備など、真面目なところは非常に真面目なのだが、逆に興味のない分野は不真面目極まっている。
本を読む時には栞を使わず机やベッドの脇に伏せたり、鍛錬後に汗だくのまま宿の一室に戻ってきたり、正直な話「宿代節約のためとはいえ、こいつと同じ部屋とか失敗だったかも」と何度か思ったものだ。
「だけど、それはきっとニールも同じだろうと思うよ」
ははっ、と小さく笑った。
「その辺りは本来の目的を疎かにしていないことと――相手を自分以外の人間だって認めてるからじゃないかな」
ニールからすれば、部屋を散らかす癖や単調な芋の皮むきを嫌って段々と適当な仕事になっていくカルナに苛立つこともあるだろう。
だからおあいこ、というワケではない。
良いところ、悪いところ、それぞれを認め合って――その上で互いを尊重すればこそ、今の自分達がいる。
無論、そこまで深く考えての行動ではなかった。カルナも、きっとニールも。
けれど、結果としてそうなった。結果、相棒と呼べる仲になったのだとカルナは信じている。そして、叶うのならニールもそう思っていて欲しいと思うのだ。
「僕はニールじゃないし、ニールだって僕にはなれない。なら、互いの得手不得手、好き嫌いなんてのはあって当然だし、自分が当たり前だと思ってることを相手が出来ないのも当たり前だ」
人間、相手が近くに居れば居るほど、嫌な部分も駄目な部分も見えてくるものだ。不快な部分というのはどうしたって目立つし、距離が近ければ見なかったフリをすることも出来やしない。
「結局、話して、落とし所を見つけて、互いを尊重して――結果、今の僕らがあるって感じかな」
もちろん、相手を尊重すれば誰でも仲良くなれる、などという話ではない。
感情、見た目、生き方――それらが決定的に相容れない者も多く居るはずだ。
その辺りを見極めることで知り合いが増え、その結果妥協し合える者同士が友となり、その上で心から信頼し合えるようになれば――それを親友だとか相棒だとか、異性であれば恋人と呼ぶのではないだろうか。
(ああ――考えてみれば、転移者にも言えることなのか)
多くの転移者に嫌悪感を抱いている理由は、こういう部分にあるのかもしれない。
力を振り回し、自分のことを認めろと言い募っても、そんな一方通行な願いは他者には届かないのだ。相手の事情を考慮せず己のことのみをまくし立てる存在に、どうやって好意を抱けば良いというのか。
そして、だからこそ片桐連翹という少女は、インフィニット・カイザーと名乗った鉄巨人は居場所を得ているのだと思う。
結局のところ、どれだけ力があろうとその人物が好感を抱ける存在でなければ、好意を抱かれることなどありえないのだ。
そう、かつて――かつて、誰とも交流せず、交流の意味を見いだせず、ただただ一人で魔法の研究をしていたカルナ・カンパニュラという愚か者のように。
「信頼してるんスね」
「うん、そうだな、僕から見たら――頼りになる相棒だから」
キールの言葉に、少しだけ気恥ずかしさを感じながら頷く。
ニールよりも強い剣士はきっと山ほどいるだろう。
騎士やドワーフやエルフの精鋭たちのような者たちはもちろん、探せば冒険者や自警団の中にもニール・グラジオラスを上回る者は居るはずだ。
彼は強いが、決して非凡な才を有しているワケではない。強いて言えば躊躇なく命を賭けられる無謀さ非凡であるものの、それはメリットよりもデメリットの方が大きすぎる。
けれど、カルナは彼ほど頼りになる者は居ないとも思っていた。
カルナと近い未来を見据え、信じて命を賭けてくれる友。それは、下手に実力だけが上の剣士よりも、ずっとずっとありがたい。
「……話しすぎちゃったね、そろそろ下に行こうか」
「あっ、そうッスね! すみません、引き止めちまって」
「いいよ、長話したのは僕だ」
それに、こんな風に想いを再認識することも悪くはあるまい。
どんなモノも身近になれば当たり前になってしまう。大切なモノであっても、あって当然と思うようになってしまうのだ。
その手のモノはえてして失ってから気づくという以上、己の手に収まっている間に価値を見直せたのは収穫と言ってもいいだろう。
「そんじゃあ、おれはそろそろ――」
「あ、その前に、いいかな?」
厨房の方に駆け出そうとする彼の背中を呼び止める。
「手が相手からで良いんだけど……昨日、街壁に向かう時――上から落ちて来た自警団の人がいただろう? その、彼の住んでる場所を教えて欲しいな、と思って」
あの時。キールに先導され、ノーラと共に街壁へと向かっていた時のこと。
転移者によって街壁から叩き通された自警団の男を、思わず怒鳴りつけてしまった。
昨日は戦闘後の疲労と西部の勇者の正体、そしてニールが街に入りたがらなかった理由を知り、そちらの方で頭が一杯だった。
「ああ、あれッスか。大丈夫ッスよ、あいつも気にしちゃいないんで」
戦い慣れてる人から見て下手打ってる自覚はったみたいッスよ、と。
安堵させるように笑う彼の表情に嘘は見受けられない。恐らく、その言葉は事実なのだろうと思う。
だが、相手が納得しているということと、全力で戦った者を
「昼前にはもう出るんスよね? なら、遊ぶなり休むなりしちゃって欲しいんスよ。ま、彼氏さんが謝りたがってたってことは今度伝えときますんで、安心して下さい」
それだけ言って、キールは足早に立ち去った。
仕事に急ぎたかったのか、それともあのまま話していてもカルナが納得しないだろうと思ったから打ち切ったのか、はたまたその両方か。
仕方ない、とキールの言葉に甘えて食堂へと向かう。
食堂にはそこそこ人は居たが、席が一杯という程でもない。
そんな席の一つに、連翹は座っている。コーヒーを飲みながら、深々と椅子の背もたれに背中を預けていた。
◇
「やあ、おはようレンさん。待たせ過ぎたかな」
「おはよカルナ。ううん、ちょっと疲れちゃって……体はともかく、なんか精神的に」
あうー、と淑女らしからぬうめき声を漏らし、コーヒーを一口。
もう少し背筋を伸ばし優雅に飲めば、異国の令嬢にも見えないこともないだろうに。その姿は遊び疲れた子供のようだ。ちらりと見える食堂の中で、こちらを見ていたらしいカリムがくすりと笑っている。
(まあ、可愛いのは事実なんだけどね――うん)
綺麗な黒髪に細く靭やかな体つき。顔立ちだって整っているのだから、ドレスでも着て微笑んでいれば社交界の花、その一輪くらいにはなれるだろう。
もっとも、言動がそんな未来を尽く粉砕してしまっているのだが――まあ、そういう所もまた別の魅力があるのだろうと思う。
「……なに? なんか話でもあるの?」
ぼんやりと注視し過ぎたためか、連翹が怪訝そうな顔で問いかけてくる。
(――でも、さっきの考えを話すわけにもいかないからなぁ)
失礼にも程がある。言った瞬間首根っこを掴まれて表に出されてぶん殴られる未来まで見える。
「いや、ちょっと新しい魔法の補助道具について考えててさ、転移者のレンさんなら、何か僕にないアイディアがあるんじゃないかなって思って」
咄嗟に浮かんだ言い訳は、少し前まで考えていた事柄だった。
魔導書以外の魔法の補助道具――人によっては、衣服に刺繍したり、腕に入れ墨を彫ったりするらしいが、そのどれもが魔導書を駆逐できていない。
大きな本という形は、あれで便利なのだ。情報量はもちろん、栞を挟めば咄嗟に詠唱を始めることだって出来る。
「ええ……言っとくけど、あたしの世界に魔法とかないわよ? オカルトとかじゃあ色々な種類があるみたいだけど、あたしそっちはあんま詳しくないし」
「それでもいいよ――別に解決策を探してるワケじゃないんだ。雑談ついでに糸口を見つけられたら御の字、って感じだね」
そうなら、と言って語りだした連翹だが――
(……なるほど、確かにあまり役立ちそうにないなぁ)
実物の船を見たことのない人間に、何か革新的なアイディアを出してみろ、と言っているようなモノだ。
酷く無茶振りであり、答えなど出るはずもない。
だからこそカルナは落胆せず、むしろその話を楽しんで聞いていた。正直理屈としてはどうなんだ、みたいな魔法も多いが、魔法が全く存在しない世界で空想された魔法という存在は、どれもバリエーションに富んでいて面白い。
「けど、魔導書を使う魔法使い像ってのが少ないね、そっちは。何か理由があるのかい?」
「無いワケじゃないけど、やっぱ杖がメジャーね。魔力を増幅させて、魔法の威力を高めるとかそんな役割として扱われる場合が多いわ」
「あったら便利そうだな。いや、もしかしたら海洋冒険者が探す新大陸から似たようなモノが山ほど出て来るかもしれないけどさ」
「現状、こことにほ――日向しか陸地見つかってないもんねー。そんでもって後はぁ――あっ、カードゲームも自分が魔法使いって設定だったりするわね」
「カードゲーム? ……タロットとかなら分からなくもないけど」
「違う違う、もっとこう――なんて言ったらいいのかしらね」
そう言って連翹は、財布から硬貨取り出し、それを机に並べだした。
「これ一枚一枚がカードだと思ってね。プレイヤーは自分で作った山札、デッキからカードを引いて、そのカードで魔法を使ってくの。モンスターを呼び出したり、味方を強化したり相手を邪魔したりする魔法を使ったり、攻めてきた相手を迎え撃つ罠を張ったり」
彼女の説明はあまり上手くはなかったが、カルナは己の価値観に合わせてなんとか理解を試みる。
要は、己の魔導書を作り、手札という有限のリソースで魔法を使って相手を倒すルールのある魔法使いごっこ、といったところだろう。
それ自体は面白そうだと思うし、もしこの世界に存在したら一度やってみたいとは思うものの、当初の目的――新しい魔法の補助道具の糸口には成りそうにない。
「そうだ! もうトランプとかタロットカードみたいな奴に書いちゃえば?」
そんな時、ぱんっ、と連翹が手を叩いた。
「カードに書く? ……いや、魔導書よりも書ける場所が狭いし、何より扱いにくそうだと思うけど」
トランプのカードを手に持ちながら戦う自分を想像しても、魔法や戦闘の余波で手からこぼれ落ちて行く未来しか見えない。
「違うの。カードゲームのアニメ――えっと、物語でね。左手にディスク……うーん、篭手? みたいなのを付けて、そこに絵札を固定したりしてるの」
彼女の拙い説明から、ゆっくりと現物を想像する。
左手を覆う篭手に先程のカードゲームの山札、そしてそのカードを置く台を設置する。台の上にカードを固定し、プレイヤーは向かい合ってゲームをするのだという。
なるほど、野外でカードゲームをする道具というワケだ。
「……それ、構えたままでゲームするのかい? すっごく腕が疲れそうなんだけど」
ちゃんと構えなければ相手から自分のカードが見えないが、相手からちゃんと見えるように構え続けるのは腕に負担がかかりすぎるような気がする。
「大丈夫、カードゲーマーはみんな修羅よ。戦略を練るだけじゃなく山札からカードをドローする訓練もしてるんだから」
山札からカードを引き抜くために必要な訓練ってなんだよ――などと心から思ったものの。
「それでカルナってさ、実はかなり魔法使いとして優秀なんでしょ? せっかく援護して貰ったのに失礼な言い方になっちゃうけど――街門で援護してくれた魔法使いがね、カルナに比べて詠唱長いわ魔法の威力低いわってもう散々だったのよ」
「頑張って簡略化してるからね。レンさんが見た魔法使いの詠唱がどの程度なのかは知らないけど、平均値としてはそんなものだと思うよ」
謙遜しつつもつい得意げな口調になってしまう。
やはり、自分が磨いてきた技術を褒められると嬉しいものだ。
「そんなカルナなら、魔法の設計図が全部描かれた魔導書を使わなくても、要所を描かれたカードを見れば問題ないんじゃない? 他の魔法使いよりも簡略化が出来るってことは、他の魔法使いよりも少ない情報で魔法を完璧に発動出来ると思うんだけど」
「それは――」
確かにそうだが、それは自分だけだ。
そういう道具を作って貰うからには、他人も扱えるようにしなければならない――そこまで考えて、ふと思い至った。
(……そうだ、鉄咆に譜面台を付けたり、ファルコンが刃を付けようとしているのと、同じなら)
なにも新しいモノを作る必要はないのだ。
安物の篭手の上部に板を溶接し、そこにカードを固定する仕組みを組み込めばいい。
カードだって、出来合いのモノを買って改造すればそれでいいではないか。
「……なによ黙り込んじゃって。しょうがないでしょ、あたし魔法に関しちゃ完全素人なんだもの。どうせ阿呆なこと言ってるわよー」
「いや、助かった。案外、これは行けるかもしれない」
さすがに一から新しいモノを作って貰うことは出来なくても。
量産品をかき集め、それを組み合わせれば――手持ちの金銭でも十分実現出来るのではないだろうか。
そうと決まれば、と勢い良く立ち上がる。対面に座る連翹が酷く驚いた顔をしているが、そんなこと知ったことではない。時は金なり、兵は拙速を尊ぶ、鉄は熱いうちに打て。急がぬ理由が何一つ存在しない――!
「よし、レンさん! それじゃあ早速僕はデレクたちに相談しに行ってくる! 大丈夫、出発までには戻――ぐえ」
言いながら駆け出し、外に出ようとし――誰かに襟首を掴まれた。ぎゅう、と気道を圧迫される感覚に潰れたカエルめいた声が漏れる。
「いたた……何を急いでいるかは知りませんけれど」
カルナの襟首を掴んだ人物は、カルナに引っ張られるようにして転んでいた。
見慣れた桃色のサイドテールの少女は、スカートの裾を払いながら立ち上がる。
「まずは朝ごはん食べて、落ち着いてからにしましょう……ね?」
優しげに見えて有無を言わせぬ彼女の言葉に、カルナは小さく頷くことしか出来なかった。




