表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
157/288

154/西部の勇者は鉄巨人!?

  

 ニールの知識や常識の中では、勇者とはリディア・アルストロメリアであり、女性の人間だ。

 無論、勇者は彼女だけの称号ではないことくらい理解している。

 リディアの前にも勇者という称号はあり、ニールが知らないだけで歴史を紐解けば勇者と語られる英雄はいくらでも居るだろう。

 けれど――さすがに目の前の鉄巨人が勇者を名乗る現実は、皆どう受け止めて良いのか分からないようだ。


(確かに、気持ちは分からなくもねえわな)


 見上げる。

 鉄巨人の体を、インフィニット・カイザーという勇者を。

 右手を地に突き、腕と一体化した長剣を地面に突き刺した状態で跪く彼を。

 奇怪でありつつも勇ましい戦士を、己の理想のため傷つくことを恐れぬ勇気ある者を。

 蒼と白で染められた鎧は焼け焦げた痕や傷だらけになっており、美麗な金の装飾も無残にも砕かれている。

 それでも、その姿を見窄らしいとも汚らしいとも思わないのは、その傷が名誉の負傷であるからだ。

 少なくともニールは、誰かを守るために負った傷や汚れを汚いなどと笑う趣味はない。


<君たちの噂は聞いている。レゾン・デイトルを目指し、仲間たちを加えながら悪漢どもを誅する戦士たちであると。ワタシは、いつか君たちに会いたいと思っていた>


 跪いた彼は柔らかい雰囲気で言う。表情がないインフィニット・カイザーではあるが、しかし声音と振る舞いで感情を読み取ることくらいは出来る。

 そう、彼は連合軍に囲まれながらも非常に紳士的であった。

 街を守るために戦ったというのに疑惑の眼で見られたのだ、多少は気を悪くしてもいいはずなのに。そのような仕草は欠片も見せはしない。


「……こちらこそ光栄だ、西部の勇者殿。すまない、不躾な振る舞いだったな。心から謝罪しよう」


 ニールと同じことを考えたのだろうか、アレックスが大きく頭を下げる。

 だが、インフィニットは<構わぬさ>と気にした風もなく左右に首を振った。 


<この体がどれだけ目立つのかは理解しているし、君たちが転移者を警戒しなくてはならないことも理解している。それに、こちらとしてはむしろ安堵したくらいだ>


 安堵? と内心で疑問を抱く。

 自分が疑われる可能性を理解していたとしても、実際にそれをされれば気分を悪くするだろうに。

 

<必要な警戒を行い、しかし倒すべき敵ではないと理解すると剣を収めることが出来るということが、だ。もしかしたら君たちも出会ったことがあるかもしれないが、悪漢になどならず、冒険者として、村人として、この世界で真っ当に生きようとする転移者も数多く存在している。そんな彼らすらも手にかけるような集団ではない――それが分かったから>


 それが、心から喜ばしいと。

 君たちが剣を振るうべき相手ではないことが分かり、心から安堵したのだと。

 

<むしろ謝罪するのはこちらの方だ、アレックス殿。ワタシは今日ここで出会うまで、君たちを無慈悲な殺戮者なのではないかと疑っていた。……失礼な考えだった、許してくれ>

「……なら、お互い様だ。君が許してくれたように、私も君を許そう」


 そう言ってアレックスは腕を伸ばす。

 インフィニットは応じるように指を差し出すと、アレックスの掌にそっと触れた。握手――と呼ぶにはサイズ差が大きすぎて不格好ではあるが、しかしそこに信頼と親愛があれば多少の齟齬は問題ないだろう。


「ところで、先程から疑問だったのだが――」

<む? どうした異界の騎士アレックスよ。ワタシが答えられることならなんでも答えようではないか>


 すまんな、とアレックスは頷き、インフィニットの体を興味深そうな眼差しで見つめる。。


「それは鎧なのだろうか? だとしたら、君はどうやってそれを中で動かし――」

<中に人など居ない>

 

 即答。

 間髪もなければ有無を言わさぬ即答であった。

 言葉を遮られたアレックスはしばし硬直していたが、再びおずおずと声を発する。


「……いや、しかしだな」

<いいかね異界の騎士アレックスよ。勇者とは鋼の体の戦士であり、子どもたちのために戦う者。場合によっては人が動かす勇者メカと合体することはあっても、ワタシのような者は断じて中に人など居ない。断じてだ>

 

 いいね? と。

 強い口調で念を押してくるインフィニットに、押し負けるようにアレックスは頷いた。

 それで納得したワケではないのだろうが、答えたくないことを無理矢理追求する必要はないだろう。今の質問は尋問などではなく、友に対する些細な質問であるがゆえに。

 そんな二人の様子を眺めていると、不意に連翹が連合軍の輪から頭を出した。インフィニットを見上げながら、質問があります、とでも言うようにピンと腕を挙げている。

 

「ねえねえインフィニット・カイザー。貴方、自分を勇者って言ってるけど、その体のデザインとかサイズなんかはリューなナイトのゼ○ァーとか、魔神英雄伝なんたらの龍神○とか、そっち系統よね」


 なんで? と。

 首を傾げながら問いかける連翹に対し、彼は<うわぁ>と感嘆の声を上げる。


<君、その歳で良く知ってるなぁ……こっちも好きだからってのもあるけど、さすがにあそこまで大きくなると街中をまともに歩けないし何より維持費が――あ……もとい! ワタシは元々この体で生きているので、なんのことか分からないな!>


 なんだろう、今、凄い素の声だった。

 勇ましい戦士っぽい声音ではなく、町に住む男性が世間話をするような声音だった。

 もっとも、それをわざわざ追求する者はいない。勇ましい戦士とて、家族や友人の前では他人に見せない情けない姿を晒したりするものだ。そういう隠すべき弱い部分が僅かに見えてしまったのなら、見て見ぬふりをするのが礼儀だろう。

 だが、そんなニールや騎士たちの思考を知ってか知らずか――知らねえんだろうな、とニールは思うが――連翹は「もちろんよ!」と親指を立てて笑みを浮かべる。


「スーパーでロボットなクロスオーバー大戦やってるからね! 大昔の作品だって、多少なりとも知識がつくわよ」

<おっ、大昔ぃ――!?>


 ざしゅ、とか。

 ずばぁ、とか。

 言葉の刃で心を切り刻まれる音が聞こえたのは、ニールの気のせいではないと思う。インフィニットの体が僅かに震えているから、間違いない。


「お、おい馬鹿やめろ連翹お前ぇ! なんか勇者が凄ぇダメージ受けてっから! さっきの戦闘とか目じゃねえ勢いでダメージ喰らってるからこいつ!」

「え? いやだって、あたしが産まれる前の作品よ? 大昔って言っても過言じゃないと思うんだけど」

<ぐぅぅううううう!?>


 野営地の民間人を逃がすために転移者から集中攻撃を喰らった時の悲鳴、それよりもダメージが大きそうな悲鳴だった。

 その様子を見えいた二十代後半から三十代くらいの冒険者が、すっと目を逸らす。見ていられない、見ていたらこっちまでダメージを喰らう、とでも言うように。


「レンちゃん止めて! 勇者さんが死んじゃいますから! 戦いと関係ないところで死んじゃいますからぁ!」

「うわあ、ちょ、ごめ、ごめん! さすがにそんなにショック受けるとは思ってなかったの!」

<ゆ、勇者はこの程度では死なぬ、死なぬのだ……勇者は喩え致命傷を受けようと、パワーストーンに戻るだけだ……!>

「僕はそちらの勇者事情に詳しくないけど、何一つ安心できる要素がない気がするよ、それ」


 もしかして戦闘の傷よりも今抉られた心の傷の方がデカイんじゃないだろうか?

 とりあえずどうにかして慰めるべきだろうか――そうニールが考え込み始めた時、アレックスが呆れたような、しかしどこか気遣わしげに声を上げた。

 

「あー、そのだな……街の住民にもう安全だと報告したいのだが……動けるか、勇者?」

<む――無論! 勇者が子供の前で落ち込んでいる姿を見せるワケにはいかぬからな! ……けれど、あと十秒くらい待ってくれ。心を落ち着ける>

「ああ……色々とすまんな」


 深呼吸をしたり<オーケーオーケー、勇者は揺るがない、揺るがないったら揺るがない>と小さく呟いた後、インフィニットは立ち上がり大きく頷いた。


<もう大丈夫だ! 勇者はこのようなダメージで膝を折ることはないのだから!>

「あー……なら良かったぜ。そんじゃあ、胸張って凱旋して来いよ勇者様よ」

<無論だ、異界の剣士ニールよ! ……だが、君は来ないのか?>


 その素朴な疑問に、ニールは返答に詰まった。

 

「あー……俺はそのだな……」

「ニールは周囲の索敵をしてくれるってさ。周囲の警戒をしたいのは本当らしいけど、それ以上に凱旋して注目されるのが恥ずかしいってさ」


 言葉に迷うニールを遮って、カルナが言い放つ。

 突然どうした。そう思いカルナの方を見ると、彼は横目でこちらを見つめ、小さく頷く。

 

(……ああ、これはバレてんだろうなぁ)


 ニールが街の中に入りたくないということを。

 さすがにその理由まではまだ察してはいないだろうが、下手に詮索せずにニールのやりやすいようにしてくれたのだろう。

 正直、非常にありがたい。

 別に秘密にする程のことではないが、しかし過去を自分から長々と語るような女々しいことはしたくない。相手に促されたり、それが必要だと思えば話すことに躊躇いはないが、しかしそれは今ではない。少なくとも、ニール自身はそう思っている。

 

「そうか――けれどグラジオラス、街門までは一緒に来てくれ。団長への報告もあるのだが、ブライアンの奴が心配していたからな。無事な姿を見せてやってくれ」


 アレックスも、恐らくは気づいているのだろう。

 それでも追求して来ないのは、カルナのような気遣いと言うよりも、冒険者の自由を出来る限り侵さないようにしているように思えた。

 彼は冒険者に対し、そうやって一線を引いているような節がある。事実、アレックスとは仲良くなっているとは思うものの、未だに姓名でしかこちらを呼ばない。友人に対しては名で呼んでいるのにだ。

 

「ああ、分かった。ブライアンには無理を言ったし、そのくらいはするさ」


 だが、それは騎士として立ち居振る舞いを遵守しているからなのだろう。

 大陸の民を守る騎士――その剣は平等に振るわれるべきであり、個人を贔屓してはならないと。

 無論、人間である以上は好き嫌いなどは出てくる。実際、ニールは他の冒険者と比べアレックスと仲が良いという自覚があった。

 だが、それでも正しくあろうと振る舞っているのだろう。会話をしてみると思ったより馬鹿な部分が見えてくるが、しかしそれ以上にアレックス・イキシアという騎士は真面目なのだ。

 

「よし、それでは皆、街へ帰還する!」


 アレックスの号令と共に街門へと向かう。騎士や兵士は整列しながら、冒険者やエルフたちはその後をバラバラに、そしてその殿を守るようにインフィニットが続く。

 無論、ニールは冒険者組だ。騎士たちのように整然と歩くなど、寄せ集めの集団が出来るはずもない。

 

「……なんか前の人たちがきちんと並んでると、バラバラに歩いてる自分に罪悪感を感じちゃうわね。今からでも整列して歩く? 前にならえ、とかしちゃう?」

「しねえよ。……つーかお前、本当に変なとこで真面目だな」


 駆け寄って来た連翹の言葉を返す。騎士だって冒険者がそんな風にするなどと欠片も期待はしていないはずだ。

 そんな風に私語をするニールたちの姿を確認したのか、カルナとノーラもこちらに歩み寄ってくる。

 

「正直、真っ直ぐ並べとか言われても困るよね、あんな風に集団行動するなんて慣れてないし」

「わたしも、教会で集団行動はしてましたけど、あんな風に綺麗に並びながら歩くなんてやったことないですね……ところでレンちゃん、傷は大丈夫ですか? 必要なら落ち着いた時に癒やしますよ」

「あれ、案外小中学校の整列とか前に習えとかってチートなの? ……あ、傷とかは問題ないわ。なんか凄い強いおじさんが背中守ってくれてたからね。てかあの見た目、刀使いのござるかと思ったんだけど、普通に長剣使ってるのよね。なんなの? 東洋かぶれなの? 死ぬの?」

「ああ――」


 ――東洋かぶれなのは間違いな、簡単に死にそうにねえけど。

 そんな言葉が舌の辺りまで出てきたが、慌てて飲み込む。


「……んん?」


 連翹が凄く訝しげな顔でこちらを見つめてくるが、ギリギリセーフだと思いたい。

 色々と疑われているのは確かだが、まだ確信には至ってないからセーフのはず。そう、たぶん。

 周囲を見渡せば、カルナとノーラも何か言いたげな顔のまま沈黙している。

 気持ちは分かった。

 ニールとて、カルナが自分と同じようなことをしていれば問いただしたくなるし、けれど相手が話さない以上は黙るしかないという結論に至るから。

 

「あー……それよか見ろよ、あのガキども」


 自分でも雑な話題転換だなと思いながらも、街門付近を指差した。

 そこに居たのは禿頭の騎士ゲイリーと大柄な兵士ブライアン。そして、彼らに守られながらも街門付近でこちらに手を振る子どもたちだ。

 

「インフィニットだ!」

「勇者がきてくれたー!」


 キラキラとした眼でインフィニットを見つめる少年少女と、その後ろで子供たちが駆け出さぬように注意している親たちの姿が見える。

 その様子を見て、アレックスは微笑ましいモノを見たと言うように小さく笑うと、すうっ、と大きく息を吸い。


「――周囲の転移者は我々が……いいや、我々と西部の勇者が追い払った! もう安心だ!」


 辺りに響き渡る大音声で、周囲の安全を宣言した。

 その声が届いた瞬間、子供たちは駆け出す。親の制止など知ったことかと言うように走り出すと、騎士や冒険者を素通りして勇者の脚に組み付いた。


<こらこら、脚に引っ付いたら危ないぞ。ほら、肩に乗せるからこっちに来るといい>

 

 そう言って左手を地面に差し出すと、子供たちは喜び勇んでそこに飛び乗る。

 その動作は優しく、子供が好きであること、子供を守ろうとしていることが傍から見ているニールにも伝わってくる。

 

「ありがとう勇者様!」

「やっぱインフィニットはカッコイイね!」

<おっと、ワタシにその言葉を伝える前に、君たちはすべきことがあるだろう?>


 子どもたちを己の肩に乗せながら、インフィニットが言う。分かるかい? そう優しく問いかけるように。


<連合軍やこの街の自警団の皆にありがとうと伝えていないだろう? 今からでも遅くない、ちゃんと伝えるんだ>

「えー、でも、じけいだんの人は強くないし、きしの人はあんまり助けてくれないよ?」


 その言葉に、騎士団の表情は僅かに曇る。

 事実、西部に騎士の手は中々届かないからだ。

 西部の成り立ちからして、国に所属する騎士が中々介入できないというのもあるが――今現在この西部に生きる民からすれば、そのような理屈知ったことではないだろう。要は、助けてくれるか、くれないかだ。

 そういう意味では、インフィニットが西部で人気になるのは当然とも言えた。

 守ってくれる者が自警団や冒険者くらいしか居ないこの地域で、悪党に立ち向かってくれる強者が現れたのだ。その特異な姿もあって、一種の信仰にも似た羨望を向けられているのだろう。

 だが、その彼は子供たちの素朴な感想に否と言って首を左右に振る。


<強い、弱い、それは関係ない。何かを守るために勇気を振り絞って戦う者――それは、強弱関係なく勇者なんだ。それこそ、この世界のようにね>

 

 何かを守るために頑張る人は輝いているし、否定されるべきではない――インフィニットは優しい口調で子供たちへと語りかける。

 

<そんな勇者たちが居るから、皆は安心して街で暮らせるし、夜はぐっすり眠れるのだ。もちろん、弱いよりは強い方がいいだろう。だが、強ければ偉いというワケではないのだ>

「じゃあきしの人はー?」

<こちらはもっと単純だ。どれだけ強かろうと、人間に体は一つしか無く、腕も二つしかない。身を置く場所は一つしか選べないし、どれだけ手が大きくても掴めるモノには限りがある。どれだけ助けたいと思っても、届かないことだってあるんだ>


 ワタシがこの窮地に遅れてしまったようにな、と。

 彼はそう言って子供たちの頭を大きな手で撫でた。巨大な鋼の掌は、絶妙な力加減で少年少女の脆い体を優しく慰撫する。

 

<ほら、胸の想いをちゃんと言葉にするといい。言わずとも伝わる場合もあるが、そういった時にも言葉にされると嬉しいモノだからな>

「はーい」

「ありがとうきしの人ー!」

「ぼうけんしゃの人たちもあんがとねー!」


 インフィニットに促され、子どもたちがこちらに大きく手を振った。

 それが少しばかり照れくさくて、視線を逸しながら手を振り返す。アレックスたち騎士は礼節に則った一礼をし、冒険者は思い思いの動作で子供の感謝に応えている。


<さて――ワタシは彼らと話すことがある。そろそろ降りてはくれないか?>

「えー、もうちょっとー」

「そうだよ、もっと乗ってたいー!」

<おっと、ワガママを言う悪い子はもう乗せてあげないぞ。それでもいいのか?>


 子供のワガママを軽く流しながら、一人、二人と地面に降ろしていく。その様子は子供慣れしていないニールから見ても手慣れていて、何度もこういうことをやっているというのが伝わってくる。

 名残惜しそうにインフィニットから離れていく子供たち。そのうちの一人が、不意に足を止めて振り返った。先程、もうちょっとインフィニットの上に乗っていたいと駄々をこねていた子だ。

 少年はインフィニットを見つめながら、手が千切れんばかりに大きく手を振った。

 

「また来てねインフィニット! ぜったいだよ、約束だよ!」

<――――あ、ああ。無論だ!>


 その一瞬、インフィニットが返答に詰まった――そんな気がした。

 だが、すぐさま彼は己の胸の十字聖印をどんと叩き、子供を安堵させるように朗らかに笑う。僅かに開いてしまった間を気にさせぬように。

 

(街まで走ってきた上に派手な戦闘をしたワケだしな。表情は見えねえけど疲れてるんだろうよ)


 表情が読めない分、疲労を溜め込んでも気づかないのかもしれない。

 去っていく子供たちの背中を見つめるインフィニットに近づき、その脚をとんと叩く。


「お疲れさん。随分と慕われてんだな、インフィニット」

<……過分な評価ではあるがな。確かにワタシは己の両手を全て西部の者のために使っているが、二本だけでは取りこぼすモノも多い>


 少し寂しそうな笑い声を漏らした彼は、視線を街門で待つ二人に視線を向けた。


「おう、さっきはありがとうなインフィニット・カイザー! しっかし近くで見るとこれまたすげぇでけぇな!」

「ブライアンから話は聞いていたが……なるほど、あれは確かに巨人だね――ひとまず皆、お疲れ。そして初めまして、西部の勇者殿」


 人好きのする笑みを浮かべる大柄な男、ブライアン・カランコエ。

 そして僅かに面を食らった表情を浮かべる禿頭の男、騎士団長ゲイリー・Q・サザンだ。

 

<兵士長のブライアンだったな。君も無事で良かった>

「おう。ま、あれだけお膳立てされたってのに『やっぱ駄目でした』じゃあ笑い話にもならねえしな。旅行者たちも無事だ、安心してくれ!」


 大笑したブライアンは己の拳をインフィニットへと突き出す。

 それに対し、彼は小さな笑い声を漏らし、ブライアンの拳に己の巨大な拳をこつんと重ねた。


<ああ――安心した。ありがとう、勇敢なる兵士よ>

「どういたしまして、ってな。グラジオラスも無事みてえだな」

「おう、見ての通りだ」

 

 どん、と胸を叩いて無事をアピールしてやる。

 互いの無事を確かめ合い安堵したらしいインフィニットは、ゲイリーの方に体を向け、跪き視線を近づけた。


<すまない、挨拶が遅れてしまったな。お初にお目にかかる、無限の勇者インフィニット・カイザーだ。貴方がこの集団のリーダー……即ち、騎士団長殿でよろしいだろうか>

「ああ。ボクが団長――ゲイリー・Q・サザンだ。初めまして、勇者殿」


 そう言って、ゲイリーは強面の顔に人好きのする浮かべた。

 互いを尊重しながら和やかに会話する二人――いいや、一人と一体か?――を見つめ、ニールは微かに安堵する。


(当たり前とはいえ――排斥されたりはしねぇみたいだな)


 当然だ。

 確かに連合軍は転移者と戦う組織であり、ゲイリーもレゾン・デイトルの転移者たちに怒りを抱いているけれど、同時に連翹という転移者を味方に加えられる程度には柔軟な思考能力を持っているのだから。

 視線を連翹の横顔に向ける。もし、もしも――ゲイリーがもっと頭の固い人物で、転移者だからといって排斥するような男であったら、自分たちが親しげに話す未来など存在しなかっただろう。連翹はニールたちに頓着しなかっただろうし、ニールもニールで連翹を「他の転移者よりはマシ」と考えながらレゾン・デイトルへと向かっていたはずだ。 


「……んん? なによいきなりこっち見て――ははぁん。あたしの可愛さが有頂天で留まることを知らないから見惚れちゃったの? かわいくてごめんね!」

「どうやったらそんな考えに至るんだ馬鹿女、調子に乗んな。けどまぁ――考えてみればお前のそういう部分を見られるのも、一種の奇跡なのかもしれねえな」


 こんな風に出会わなければ、片桐連翹かたぎりれんぎょうという少女の良いところも、調子に乗って珍妙なことを言う間の抜けた姿も見ることはなかったのだろう。

 そして――それはきっと、ニールが斬り殺した転移者も同じだったはずだ。

 そのことを後悔するつもりはない。相手は斬り殺すべき敵だったし、立ち向かうべき悪党だった。その事実は『実は良いところもあった』程度のことで覆されるべきモノではない。

 覆されるべきことではない、けれど。

 もしも出会いが違っていれば、こうやって連翹と交流する機会が無ければ――斬り捨てた転移者と同じように、連翹を斬り捨てていた可能性がある。

 そのもしも(IF)が、少し怖かった。


「え? あたしの可愛さが奇跡級ってこと? ……ねえ、さすがにちょっと恥ずかしいんだけど。なに? もしかして口説いてる? 顔面偏差値二十は上げて出直して欲しいんですけどー! ぷーくすくすうううううわあああああああ!」


 乗りに乗った調子に胸の中の恐怖が薄れたのは事実だが、それはそれとしてムカついたのも事実なので連翹のつま先に踵をぶち込んだ。後悔もしないし、反省もしない。

 その様子を見たノーラが怒り、カルナが呆れたようにため息を吐く。

 そんないつものような情景――


「というワケでボクもまだまだ未熟なんだ。だから――後学のため、勇者殿がどのようにして街の窮地を知り得たのか、聞いてもいいかな? ボクも部下の命を預かる身でね、その情報収集能力を見習いたいと思うんだ」


 ――ぴりっ、と。

 柔らかな空気を引き裂く電流が素肌を撫でた――そんな錯覚。

 電流の先には、インフィニットとゲイリーが居た。先ほどと変わらず、和やかに談笑をしている。実際、多くの者は会話の微妙な変化に気付いていない。

 気付いたのはニールとカルナ、騎士たちと一部の兵士と冒険者。そして、連翹だ。


「……なんか、最初に面接した時みたいな、固い雰囲気?」


 ぼそり、と呟く連翹の声を聞きながら、ニールは二人の会話に耳をそばだてた。


<ふむ……すまないな。情報収集能力に関しては、ワタシが貴方に教えることは出来そうにない>

「ほう、というと――協力者が居るのかな? ボクたちが知る勇者も共に行動する仲間が居たから、なにもおかしいことはないけれどね」

 

 勇者リディアは知っているかな? と。

 笑顔をそのままに、雑談の延長線上だといった顔でゲイリーが問いかける。

 

<――『アレ』が、協力者……? いや、しかし、確かにそう……なるのか>


 インフィニットを中心に衝撃波が発生した――そんな光景を幻視した。

 押し寄せてきたのは留めることの出来なかった悪感情、嫌悪だ。

 無論、その感情自体は珍しいモノではないし、インフィニットとて無法の転移者に向けて発していた。

 だが、今回はそれとは違う――隣で戦ったニールには、その差が分かる。戦いの時に見せたインフィニットの怒りは、もっと真っ直ぐでカラッとしたモノだった。

 だがこれはもっと濃密で、ドロドロとしたモノ。様々な感情を煮詰めて出来上がった、底の淀みのように思えた。 

 

「すまない、嫌なことを聞いてしまったようだ。どうやらその人物は、君にとって嫌悪する存在らしい」

<……いや、こちらこそすまない。このような姿、勇者に相応しくないな>

「感情は容易に切り離せるモノではないよ。ボクら人間も、ドワーフも、エルフも、勇者リディアもそうであったろうし、勇者殿もそうあるべきだとボクは思う」

<そう言って貰えると助かる。ああ、正直に言うと気に入らない人物なのだ。けれど、いつもワタシに必要な情報を提供してくれる得難き存在でもある――おかげで、今回も間に合ったのだから>


 好悪が入り混じった呟きであった。

 インフィニットがその人物を嫌っているのは事実であり、けれどその人物によって助けられているのも事実であると。

 

「そうか、ならボクらはその彼に感謝しなくてはならないかな。その彼が居なければ勇者殿はこの危機を知ることが出来ず、そしてボクたちは君の助けが無ければ犠牲を出していたのだから」

<……悪いことは言わない、止めておけ。奴は善も成すが――しかし根本は悪漢だ>

「問題ないさ。なにせ、我が身を顧みず民間人を守る勇者と共にある者なのだからね。まだ見ぬその人物は信用出来ずとも、君は信用できる!」


 それは満面の、相手を心から信頼した笑みに見えた。

 けれど、違う。

 これは、相手を追い詰めるためのモノだ。相手が善性だと確信したがゆえの追撃だ。

 貴方を信頼している、だからこそ貴方と一緒に居る彼も善人のはずだ――そんな穴だらけの理屈を信じる人物を装い、本心を引き出そうとしている。


<……俺は……そんな、大した、人間じゃあ……>


 掠れた声音が、泣きそうな声が、ニールの耳に届いた。

 今にも泣き出しそうな子供の声にも似ていて、ニールは思わず手を伸ばし――

 

<……すまない! ワタシは用事があるので失礼させて頂く!>


 ――だが、その手が届くことはなく。

 会話を強引に打ち切ったインフィニットは、そのままゲイリーから逃げ出すように転身。街から、交易都市ブバルディアから離れていく。

 耐え難い現実から、逃げ出すように。

  

<だが、一つ!>


 だが、それでも。

 それでも伝えなければならないと言うように、インフィニットは声を張り上げた。



<あの男を、ワタシの協力者を――――雑音語り(ノイズ・メイカー)を信じるな! あれは、どれだけ口先で真っ当なことを言おうとも、心根は悪漢だ!>


 

 それは――警告だったのだろうか。

 それとも、別の何かだったのだろうか。

 ニールには分からない。ただただ、レゾン・デイトルの幹部の名が出たことに驚くばかりで。


「いや、まさかな――」


 小さくなっていくインフィニットの背中を見つめながら、ブライアンが呟いた。


「なんか、似てるんだよ。いや、姿は似ても似つかねえんだけど、最後に見せた言葉が、感情が」


 それは、誰かに聞かせる言葉ではなく、独り言のようなモノだ。

 だが、ニールの耳には届いていた。恐らく、カルナたちにも。 


(みのる)――転移者レオンハルト。あいつに似てる――――そんな気がすんだよ」


 答えはない。

 インフィニットからも、連合軍の誰かからも、当然今は亡きレオンハルトからも。 


「全てを理解したワケではないけれど――一つだけ、言えることがあるよ」


 誰もが口を噤む中、ゲイリーは一人、呟いた。


「彼は善性の人だ。街の人間を救うことができて、心から喜べる存在だ。可能なら連合軍に引き入れたかった――心からそう思う」


 インフィニットの姿は消えていく。勇者の姿は見えなくなっていく。


「ねえ、ちょっとー!」


 そんな中、連翹が叫んだ。転移者の肺活量に任せた大音声で。

 ビリビリと鼓膜を震わせるそれに顔を顰めながらも、ニールは彼女の行動を止めようとはしなかった。その表情が真剣だったから。


「オルシジームにねー! 神楽崎逢魔(かぐらざきおうま)って人が居てねー! オルシジームでー! 好きな作品を色々布教してるみたいなのー!>


 インフィニットの動きが停止する。


<それ読むついでにー! あたしたちじゃ話しづらいことでもー! 連合軍と全く関わりのない人なら話せるでしょー! ついでにその体で着る服でも仕立ててもらったらどうー!?」 

<……>


 小さく、何事かを呟いて。

 インフィニットは駆け出した。先程の言葉など、聞こえてはいないと言うように。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ