152/壁外戦
交易都市ブバルディア――その付近に存在する野営地。
そこを己の陣地とし、野営の準備をしていた連合軍は、宿代をケチった冒険者や宿を取りそびれた旅人と共に転移者たちと戦っていた。
転移者はきっと、街より実りは少ないものの簡単に奪えると思って襲ってきたのだろう。
なにせ、ここには街壁がない。近づいてスキルを使えば歯向かう者など簡単に殺せるだろう、と。
(舐めてんじゃねえぞ――!)
テメェらなんぞにやられるか、と。
ニールは獣の咆哮めいた声音で技を叫ぶ。
「人心獣化流ゥ――鰐尾円斬……!」
突撃しながら体を回し、鰐の尾めいた勢いで剣を振るう。
間合いに入った盗賊たちを切り捨てるものの、同じように近づいてきた転移者を断ち切ることは出来ない。盗賊という肉の盾で勢いが落ちた剣は、転移者の脇腹を僅かに抉るに留まった。ちい、と舌打ちを一つ。
無論、これで相手は恐怖してくれる。痛い痛い、こんなの知らないと。自分はこんな痛いことがやりたくて異世界に来たワケじゃないと。
それが、余計に腹立たしいのだ。
(ふざけてんのか、舐めてんのか! 斬り合いが痛くねえわけねえだろ、苦しくねえワケねえだろうが――ッ!)
だからこそ、それを乗り越えた先にある勝利が輝かしいのだ。
この痛みを与えた者に勝利したと、自分の防御を抜いてきた素晴らしい使い手に勝利出来たと!
だっていうのに――たかだが脇腹を抉られたぐらいでぴいぴいと小鳥のように泣いて、どういうつもりだ。そんな輩が、何を一人前の顔をして剣を振るっている――ッ!
「グラジオラス落ち着け! 焦んな! 急ぐな! ゆっくりと数を減らしゃあいい!」
「……ッ、悪い!」
ブライアン・カランコエの声を聞き、泣きながら逃げ出す転移者を追いかけようとしていた足を強引に止める。
普段よりも沸点が低い、そんな自覚があった。
それは、恐らく焦りのせいだ。早く、早く、街壁の援護に行きたい――そう思ってしまっているから。
無論、非戦闘員がここに居る以上、それを放って行くワケにはいかない。
そんなことは、分かっている。
分かっているが、早く早くと急かす炎が胸の内で自己主張して静まってくれない。
「構わねえよ! それより反対側を頼む!」
ブライアンが指示を出しながら剣を振るう。
リディアの剣を学んだ者が使う剣よりも分厚く、頑強な剣は暴風めいた威力で転移者を叩き斬る。
典型的なパワーファイターとしての戦い方であったが、しかし剣筋は手本のように鮮やかで、構えに欠片も隙が存在しない。
力任せの大男と侮った転移者がスキルを放つが、彼のカウンターを喰らい倒れていく姿をこの戦いでニールは何度も見ていた。
その戦いぶりは、力と技、両方を兼ね備えた理想的な剣士と言えるだろう。
「……お前その腕でなんで騎士に成れないんだよ、おかしいだろ!?」
「毎度毎度、礼儀作法か勉学の試験のどっちかで落とされちまうんだよなぁ! ゲイリー団長もそろそろ合格してくれって苦い顔で言ってたぜ!」
駆けながら言った言葉に、彼は剣を振るいながら大笑する。
確かになあ、と思いながら円形の防御陣を回り込み、反対側へと向かう。
すると、見えた。転移者に鍔迫り合いに持ち込まれ、ずりずりと押し込まれている冒険者の姿が。
「ぐっ……そ、ぉ……!」
「無駄に粘ってんじゃねえよ、くだまれぇ!」
「テメエがくたばれ――犀抜き!」
防御陣形を突破しようとする転移者へ最短距離でひた走り――剣を突き出す。
狙いは、相手の喉だ。胴体に比べれば小さい的ではあるが、冒険者が粘ってくれているおかげで相手は派手に動いてはいない。これなら、外す要素はない!
矢のように突貫し相手の喉笛を貫くと、その勢いのまま体当たりをし相手の体を吹き飛ばす。巻き込まれ、倒れる盗賊たちを確認しながら、油断なく剣を構え直す。
「悪い、助かった……」
「問題ねえさ、それよりまだ動けるか?」
「ああ、まだまだ行ける」
そうか、と頷いてニールは剣を振るう。不用意に近づいてきた現地の盗賊を骸に変えながら、チイ、と舌打ちを一つ。
(……中々数を減らせねえ)
苦戦しているワケではない。むしろ善戦しているくらいだ。
騎士や兵士、そして防御が得意な冒険者が非戦闘員を囲い、敵を跳ね除ける。そして、ニールのような素早い戦士は動き回りながら防御のサポートを行っていた。
戦闘能力の高い連合軍の者たちは上手く相手を退け、倒している。けれど、相手は転移者なのだ。
確かに彼らは弱い。
レゾン・デイトルの幹部はもちろん、女王都で戦ったレオンハルトと比べても戦い方が拙い。更に言えば、幹部が捨て駒として使うレゾン・デイトル所属の落ちこぼれよりも、ずっと弱いのだ。
けれど、それは他の転移者と比較をした場合の話である。
彼らは下手なモンスターよりもずっと強いのだ。その肌は刃を弾き、その体は毒を無効化し、一度技名を発声するだけで強力な攻撃を放ってくる。下手を打てば死ぬのは、依然として変わっていない。
そしてそれと同じくらい大きな理由は、非戦闘員がここに居るということだ。
そのため、皆で敵陣を突破し、街壁で防衛を行っている者たちと合流するという手段が取り辛い。戦えぬ彼らを守るため、戦力を防御に回す必要があった。
そのため、攻勢に出られるのはニールのような防御があまり得意ではない者だけだ。
ゆえに、ニールは駆け回っているのだが――
「チィ……ッ!」
一人、二人、と数を減らしながら、再び苛立たしげに舌打ちをする。
ニールはこの手の戦いが酷く苦手だ。
強敵一人なら良い。そいつ一人に集中していればいいのだから。
雑魚が多数居ても構わない。駆け回りながら剣を振るえば問題なく殲滅出来る。
だが、半端に強い敵が複数存在する現状――それがニールの持ち味を殺していた。
一対一に専念することが出来ず、速度に任せて敵陣に切り込むには相手が強すぎる。
ゆえに、隙を見せた者を切り捨て、防御が崩れている場所の救援に向かう――必要なことだとは理解しているものの、胸を苛む焦りは消えるどころか肥大するばかりだ。
なぜなら、あの街は――
「何をしているんだ、危ない!」
ヒュ――と空気を貫く音。それがニールの横をすり抜け、眼前にまで迫っていた転移者の眼球を貫いた。
「い――あ、がぁあああ!? お、おれの、俺の目がぁあああ!」
「なっ……ッ!?」
他人の眼球に矢が刺さったことに驚いたワケでも、悲鳴にたじろいたワケでもない。どちらも、戦闘になれば多かれ少なかれ起こりうることだ。
驚いたのは、目の前まで転移者が接近しているのに、全く気付いていなかった自分自身。戦場でぼうっとしていたという事実に、怒りと同時にぞっとした。
「疲弊しているなら下がってくれ! 君が死んだらノーラも悲しむし、ぼくだって悲しい!」
弓を放ったのは、ブロンド髪をショートカットにしたエルフの少女――ミリアム・ニコチアナだ。兵士の体を防壁代わりにし、正確な射撃で転移者を、盗賊を狙い撃っている。
彼女の言葉に何か言い返そうと口を開きかけ……何一つ言い返す言葉がないと理解し頷いた。
「すまねえミリアム……ブライアン! 俺は一旦下がる!」
「おう! しっかり休んでから、また戦ってくれよ!」
「安心して休めよ! さっき助けてもらった分くらいの時間は稼いでやるよ!」
ブライアンと先程救った冒険者の声を聞きながら、転がるように防御陣形の中に入った。
荒くなった息を整えながら、「くそっ」と声に苛立ちと焦りを吐き出す。そうでもしないと、休むことなどできそうになかった。
「落ち着いてくれ、正気を失っても勝機を失うだけなんだから――なんてね、少々くだらないジョークだったかな」
リズミカルに矢を放ちながら、ミリアムがおどけたように言った。
その弓捌きはさすがにエルフといったところだろうか。彼女が扱うのは小さな弓であるため射程こそ短いが、正確に相手の急所を貫いていた。転移者であれば一番脆い眼球、盗賊ならば頭部、首、胸――それらが防具に覆われているのなら防具のつなぎ目を違わず貫いている。
(……さすが、試験を乗り越えたってだけはあるんだな)
ニールは彼女が酒場『オルシジームギルド』で働いている姿しか見たことが無かったから、あまり戦う姿を想像できなかった。
けれど、伊達に冒険者の酒場を真似た店を切り盛りし、同じように冒険者に憧れたエルフたちをまとめ上げていたワケではないらしい。狙いが正確なのはもちろんだが――矢を放つ動作に迷いがなかった。
恐らく、弓の両端にある鉄の刃も、伊達や酔狂ではなく接近されればそれを用いて大立ち回りをするのだろう。
「おや、ぼくの弓捌きに心奪われたのかな? 寿命が違い過ぎる伴侶を得るつもりはないけれど、悪い気はしないね。なにせ、ぼくはあまりモテないから」
「勝手に俺が惚れたなんて風評をばら撒くんじゃねえよ。……それより、お前モテねえのか?」
「何を当たり前のことを。胸も尻も大きくない、そのくせ武芸だけは秀でた娘だよ? 男友達は出来ても恋人なんて出来なくてね。趣味と武芸が恋人ってワケさ」
――周りのエルフども、見る目ねえんじゃねえのか? 心から思う。
じろり、と細くも白く健康的な足を見つめ、そこからゆっくりと上へ上へ、ショートパンツに包まれた尻を凝視する。
確かに小さい。安産型とは程遠いと言えるだろう。
だが、その体つきは細くはあるものの、決して細すぎはしない。細くもしっかりと鍛え上げられた脚はこれはこれで味わい深い。
そして、その上にある尻。これもまた良い。小さくも丸みを帯びた形のそれを眺めるのは、まるで汚してはならぬ聖域に踏み入っているような背徳感があった。なんだろう、年下の少女を性的な目で見てしまう申し訳なさと言うべきか――!?
「……すまない、さすがに集中が乱れるからじろじろ見るのは止めて欲しいのだけれど」
白い肌をほんのりと赤く染めながら、ミリアムは言った。
「あ、あー……悪い」
自分を守ってくれた女に対し、これはねえんじゃねえの? とニールですら思う。
ワリと素直に最低な行為だった気がするのだが、ミリアムは小さく笑みを浮かべて首を左右に振った。
「いいさ。それに、気分も落ち着いたようだしね」
言って、撃つ。
放たれた矢は盗賊の脚を貫いた。ぐう、という悲鳴と共に蹲り――背後まで迫っていた転移者が足を取られて転倒する。
「君の気持ちは想像できるよ。無論、エルフと人間、種族が違う以上は完全に理解は出来ないだろうけどね。でも、相手を想って想像するくらいは出来るよ」
見透かしたように笑う。
見た目は同年代くらいだというのに、その瞳は長い時を経た巨木の虚を連想させた。鳥や小動物を招き、雨風や獣から守る慈しみの眼だ。
それを見て、ようやく気付く。彼女は、とっくの昔に気づいている。なぜ、ニールがこんなに焦っているのかを。
「……人間の基準じゃババア通り越して死体だが、エルフ基準じゃ俺と同じ若者だと思ったんだけどな」
「間違ってはないよ。けどね、肉体年齢はさして変わらず、精神年齢だって大した差はなくても、ぼくたちエルフは百年なんて軽く生きているんだ。だからほんの少しだけ、年上っぽく振る舞えるのさ」
恐らく、彼女も――いいや、彼女だけではなく、エルフ全員が似たような経験をしたから察せたのだろう。
「焦るな、なんて言わないよ。けれど、少しくらい安心してもいいと思うよ」
だってね、とミリアムは視線を街へ、街壁へと向けた。
「あそこではきっと、ぼくらの友人が頑張っているはずなんだからさ」
そんな彼女の声に応えるように、遠くから轟音が響いた。何か、巨大で重い何かを地面に叩きつけるような、そんな音だ。
地面を揺るがすそれとは別の位置では、盗賊や転移者が撤退する姿が見える。何か恐ろしいモノから、絶対勝てない相手から逃げ出しているような――そんな姿だ。
「誰が何をやったんだろうね。ぼくらの友人が頑張ったのか、それともぼくらの知らない誰かが奮戦した結果なのか――どちらにしろ、皆が戦っている」
だから問題ないと思うよ、とミリアムは小さく笑みを浮かべた。
なぜなら、小さな行いも、大きな行いも、一人だけでやったモノなら大勢に影響は無いのだ。
結局。人は一人分の行いしか出来ない。どれだけ目が良くても目は二つしかなく、どれだけ腕を鍛えても新たな腕が生えてくるワケでもない。全てを見通すことは出来ず、掴めるモノは限られている。
「……そうだな。あっちにゃ騎士も居るし、カルナや連翹、ノーラも居る。なんとかしてくれるか……っと!」
パンっ、と己の頬を叩き立ち上がる。
やはり、ぐだぐだと考えるのは性に合わない。
ゆえに、やることは一つ。やれる範囲で味方を援護しつつ戦う、それだけだ。
それは一種の思考停止に近かったが――どうせ考えたって答えも出なければ、一人で街に行っても大した援護が出来るワケでもない。ならば、仲間を信じて目の前の敵に剣を振るう。それでいい。
「うっし、もう問題ねえ! 前に出るぞ!」
「おう助かるぜ! 転移者連中は混乱し始めてやがる、とっとと切り崩すぞ!」
混乱? 疑問を抱き、戦場を見渡す。
すると、何人かの転移者が、配下の盗賊の報告に顔を青くしている姿が見えた。
「右翼に行った連中が全滅し、街門の連中はほぼ全員撤退……? なんだこれは、ステータスじゃオレらのが絶対強いんだぞ……!?」
なるほどな、と頷いた。
一人、二人が敗北したのなら問題なかったのだろう。それは戦場の常であるし、何より負けた奴が弱かった、運が悪かったと思えたから。
けれど、大多数の味方が敗走し、死亡しているこの現状によって彼らは感じているのだ。敗北、その気配を。
自分たちは強い、絶対に負けない――そう信じていた彼らだからこそ、その気配は恐怖以外の何物でもなかったのだろう。逃走を始める者、戦意を失った様子で立ち尽くす者などがニールの瞳に映る。
その様子を敏感に感じ取ったブライアンが、辺りに響く大声で叫んだ。
「逃げたいなら逃げな! それでも戦いたい奴は、死にたい奴は、オレらの前に出ろ!」
殲滅できるのならした方が良いのだろう。可能ならば、捕縛すべきなのだろう。
けれど、現状それは不可能だ。ならば、恐怖を煽って撤退させた方が良い。
秩序を守る騎士や兵士としては多少無茶をしてでも捕縛すべきなのだろうが、今は守るべき民間人が近くに居る。それを危険に晒すワケにはいかない。
「にげ――オレ、チートの、オレが……」
転移者の男が、呆然とした表情で呟く。
目の前の現実が信じられぬと、何を言われているのか理解ができぬと。
彼の足はじりじりと後ろに下がっていく。もうダメだ、逃げよう――そんな思考に体が勝手に動いた、そんな風に。
「……違う、嫌だ」
けれど。
立ち止まった彼はぼそり一言呟き――血走った眼で叫んだ。
「……全員、高威力魔法スキルを使え! 巻き込むとか考えているから負けるんだ!」
男は凶相で味方に願望を叩きつける。
そう、指示ではなく願望だ。
「そうだ、舐めプしてるから抑え込まれただけだ、全滅した奴も撤退した奴も、無能だからそうなっただけだ! オレは違う!」
そうであって欲しい、という願いを叫ぶだけ。
嫌だ嫌だ嫌だ、負けたくない負けるはずがない負けてない、こんな状況になっているのは誰かが自分の足を引っ張っているからだ。
だから――その足を引っ張ってる奴と共に敵を殺せばいい。
そんな、身勝手な願望。
「巻き込まれた奴は弱いから、間抜けだから、モブだから巻き込まれて死ぬんだよ! そんな奴を配慮してやる必要なんてないだろう!? 大技さえ使えりゃチートの無い雑魚に負けるかよぉ――!」
けれど、その願望は転移者たちに伝播した。
指示であれば誰も動かなかっただろう。彼らはしょせん烏合の衆だ、上も下も無く、だからこそまともな組織的な行動が出来ない。
共通しているのは、己こそ至高、我こそ最強、そんな肥大した自己愛のみ。
だからこそ、その叫びは彼らの心に響いた。自分は悪くない、手を抜いていたから負けた、本気を出せばこんな奴らに負けるはずがない、と。
「そうだ、勝てる――オレは勝て――」
高らかに叫んでいた男の体を、炎の刃が切り裂いた。
徐々に肥大していく炎は、遠目に見れば焔色の蓮のような軌跡を描き、範囲内のモノを全て焼き尽くし、切り裂く。
「……バーニング・ロータスか!」
肥大していく炎の蓮から距離を取りながらニールは憎々しげに叫ぶ。
「見ろ、あいつらビビっているぞ……やっぱり僕らは強いんだ」
バーニング・ロータスを使用した転移者が笑う。
鼓舞した転移者を、配下の盗賊を焼き殺しながら、己の力強さに狂喜する。ああ、やはり自分は弱くないのだ! と。
「『クリムゾン・フレア』! はっ――ハハハハ! 見ろ、これ一発で街壁がけっこう削れるぞ!」
別の転移者が街壁にスキルを叩き込みながら大笑する。
燃える街壁の麓には、巻き込まれた転移者の死体が積み重なっていた。現地人の盗賊の亡骸は存在しない、恐らく焼き尽くされてしまったのだろう。
なんて愚かな行動だ。
彼らの行いは己の首を締めているに過ぎない。
こんなモノ、同士討ちしているのとそう大差はないではないか。帳尻がまるで合ってない。
その上、巻き込まれそうになった転移者は喜々として己を巻き込もうとした者を許さないはずだ。そうなれば後は仲間割れで殺し合う未来しかなくなる。
(ま――ず、い)
だが、この瞬間において、彼らの行動はニールたちにとって最悪であった。
だって、自分たちの後ろには民間人が居る。戦場を駆け抜けることの出来ない者が多数、存在しているのだ。
「――ッ! 範囲攻撃してくる奴を優先的に潰せ! 皆死ぬぞ!」
クリムゾン・フレアなどの高威力の魔法を受け止める手段は、連合軍の戦士にも存在しない。
無論、対処法は存在している。
効果を発揮する前に相手を黙らせるか、全力で効果範囲から離脱するか。
そして現状、前者は相手が多すぎて現実的ではなく、後者は民間人を守りながら離脱するのは不可能。
「――餓狼喰らいッ!」
こちらに向けてスキルを使おうとした転移者を叩き切る。
だが、こんなモノでは足りない。剣で一人二人斬り殺した程度では、この熱狂は収まらない……!
「『ライトニング・ファランクス』――さっきから無駄に粘りやがって、感電して死にやがれ!」
「まず――」
妨害出来なかった――いや、全てを妨害するなど不可能だったのだろう。
雷電の槍が宙を駆け、転移者や盗賊を巻き込みながら連合軍の防御陣形に向けてひた走る。
それを視認したブライアンは舌打ちをしながら己の剣を投擲する。雷は剣に吸い寄せられ、ブライアンやミリアムたちに届くことなく空中で爆ぜ散った。
「雷なんて使うから防がれるんだよ! 纏めて殺すなら炎が一番だ――『クリムゾン・フレア』!」
だが、すぐに別の転移者がスキルを発動。圧縮された炎弾が、ブライアンたちへと迫る。
駄目だ、不味い。
あれは先程の雷電の槍に比べて宙を駆ける速度は鈍いものの、着弾したら爆発し、辺りに炎をばら撒く。
直撃を避ければ、一発くらいは耐えられるかもしれない。けれど、耐えられるだけだ。その後は炎のダメージでまともに動けなくなる。
そうなれば、後は袋叩きにされて倒される。倒されて、しまう。
「チイ――獅子咆……」
「どこ向いてる、雑魚を斬ったくらいで俺様を無視するんじゃねえよ現地人がぁ!」
「糞……邪魔すんじゃねえ!」
皆に近づく前に遠距離攻撃で撃ち落とそうとするが、こちらにも敵が多すぎてまともに援護が出来ない。
眼前の敵を斬り殺すも、既にクリムゾン・フレアは皆の方に向かっている。
炎は、皆を無慈悲に焼き尽くす――
<させん――!>
――そう思った時だった。
不意に、ニールの体を影が覆う。
それは、巨大な何かが頭上を通り過ぎた証だ。
その巨大な何かは、鋼であり、人形あり、けれど人間やオークなどといったモンスターとも違うシルエットであった。その不可思議な何かは左手の盾を構え、マントを靡かせながら連合軍たちに迫る炎を受け止める。
轟! と爆ぜる炎熱。それを全身で受け止めた巨体は、右手の剣を構えた。
「な――」
それは転移者の声であり、盗賊の声であり、連合軍の声であった。
大型のモンスターですら一撃で焼き殺すであろう炎を盾とその巨躯で受け止めきったそれは、パラパラと舞う火の粉をマントで包むようにして民間人を守っている。
その巨人の姿は――喩えるならば蒼の鎧を纏った騎士。
二階建ての家屋と同程度の大きさの巨体のそれは、人間と同じように頭部、両手足を持ちつつも脚だけはやや細く短めという造形をしていた。おおよそ三頭身程のバランスをした造形は、デフォルメされた絵を連想させる。
全身を覆うのは蒼と白で染められた甲冑であり、要所を金で装飾した姿は美麗な――しかし勇壮なイメージを見る者に抱かせる。胸には、巨大な銀の十字聖印が埋め込まれていた。
そして、左手には紋章めいた装飾が施された盾を持ち、右手には腕と一体化した長剣を携えている。
「なんだ……アレ」
その姿は、ニールが今まで生きてきて見たどの種族、モンスターとも一致しなかった。
強いて言えば魔法王国トリリアムの遺産――ゴーレムに近いけれど、あれは一つの命令を淡々と行うだけのモノだ。先程のように、叫びながら飛び込み、誰かを庇うなんてことは出来ない。
敵か? 味方か? あまりにも予想外の姿に混乱するニールや連合軍の皆は、安堵する声を聞いた。
「ああ……来てくれた」
それは、己の村が盗賊たちに襲われ、家族を殺されそうになった時に現れた騎士に対する信頼感。
もう大丈夫だ、彼が来てくれたのだから、と。
「な、なあ……あれは一体なんなんだ? 少なくとも、敵じゃないとは思いたいんだが」
「兵士さん、彼を知らないんですか!?」
ブライアンの問いかけに、旅行者は信じられんと言うように驚いてみせた。
だが、どうやら全ての非戦闘員が彼を知っているワケではないらしい。遠くから来たらしい人――恐らく、故郷が西部ではない者は、自分たちと同じようにその巨体に対し困惑の視線を送っている。
その困惑に答えるように、皆を救った巨人は高らかに名乗りを上げた。
<胸の十字に祈りを抱き、示す誓約は無限の正義! 無限の勇者――インフィニット・カイザー、ここに見参!>
大きな、しかしどこかくぐもった男の声。それが、辺りに響き渡る。
ビリビリ、と体を揺さぶる音波に、転移者たちは恐怖を、そして西部出身らしき旅人は表情に歓喜を浮かべた。




