151/街門戦/2
(こういう、コテコテの正義の味方っぽいセリフを吐くような奴を倒して『自分は強い』って証明したいでしょうね! 貴方たちなら!)
これこそが狙いであった。
正義の味方、秩序の騎士、真面目な勇者――それらは斜に構えた者たちにとって、嘲笑する対処であり、手頃な踏み台なのだ。
連翹もそういう物語を嗜んでいるから、よく分かる。さあ、倒したいだろう? 組み伏せたいだろう? 調子に乗ってすみませんと泣かせたいだろう?
そんな欲望ゆえに、転移者の矛先は門や街壁ではなく連翹に向く。
そして――そうである以上、遠距離からの攻撃はある程度減らせるのだ。
(城壁や門への攻撃を減らせるのもそうだけど――転移者のスキルは発動する物体を目視する必要がある! あたしはそこまで背が高くない以上、一度に放たれるスキルはかなり減少するはず!)
転移者の多くは男性であり、連翹よりも背が高い者が多い――これにより相手の視線を遮断する壁として利用できる。
これによって、遠距離から放たれる魔法スキルの数は減らせるはず。
(そうやって時間を稼いでいる間に、街壁でスタンバってる自警団たちに援護してもらえばいい)
ただ、問題が一つ。
(あたしが、どの程度持ちこたえられるか――)
連翹は転移者であり、現地人と比べ頑強な体を持っている。
だが、それは相手とて同じだ。スキルを使わずとも、接近され力任せに鉄剣を叩きつけられたら、肉体を切り裂かれてしまうだろう。
――ぞくり、と背筋が凍えていく。
痛いのは嫌だ。辛いのは嫌だ。自室の布団の中で一人、ゲームをやったりラノベを読んだりしていたい――そんなことを思ってしまう。
でも、それでも、剣を構えたのは友人たちに相応しい自分でありたかったから。街で知り合ったカリムやガイルを危険な目に遭わせたくなかったから。
そして何より――好きだから。
ノーラが好きだ、ニールが好きだ、カルナが好きだ、騎士団や兵士、冒険者たちが好きだ。工房サイカスのドワーフたちも好きだし、ミリアムやノエルたちエルフだって好きだ。
そして何より――――そんな人達を育んでくれた世界が、大好きなのだ。
それを己の欲望のためだけに壊そうとする輩を放って、逃げ出すことなんて出来ない。
仮に知り合い全員を連れてここから逃げても、この街が制圧されてしまえば彼らは別の街や村を攻撃するだろうし、そうしたら西部に存在するというニールやカルナの故郷すら襲われる可能性があるではないか。
そんなの、嫌だ。
大切な人の大切な人や場所を、壊させたくはない。
皆と笑い合える楽しい日々を守りたい。それこそ、普段から引用している黄金鉄塊の騎士のように。
「さあ、来なさい! 簡単に突破できると思わないことね!」
「ハ――そんなにぶっ倒されてえなら、望みどおりぶっ倒してやるぜ! いくぞテメェら! 他の転移者にやられる前にヤッちまうぞ!」
「ハッハァー! 順番は頭、それ以降はいつも通り戦績順でいいっすよねぇ!?」
「おう、べたべたに汚れる前に使いてえなら、頑張っておれの役に立て!」
下卑た笑いと声と共に転移者と盗賊が迫る。
連翹を囲うように接近してくるそれを見て、連翹は――
(――あれ?)
――おかしいな、と首を傾げた。
そんな場合ではないと理解してはいたものの、不思議であったのだ。
(なんでこの人たち、あんなにのたのたと走ってるんだろう?)
走り方が悪い、姿勢が悪い、構えが悪い、全て全て全て素人臭い。
先導する転移者の速度は速いものの、それは身体能力でゴリ押ししているためであって、体が持つ力の半分も引き出せていない。
(何かの策? 油断させて一気に殺す、みたいな)
ならば、一切の油断なく戦うしかない。
「ハハッ、まずは腕だ! 『ファス――」
「やらせないっての――ッ!」
喜び勇んで飛び出しながらスキルを発声しようとする転移者に向け、連翹は勢い良く踏み込んだ。
相手はもう発声を始めている以上、こちらがファスト・エッジを使っても間に合わない。
ゆえに――最短距離で先手を打つ!
地を蹴り加速した連翹は、右手を伸ばし上体を逸しながら刺突を放つ。
狙うのは胸だ。本当は真っ先に喉を潰すべきなのだろうが――連翹はそこを的確に貫く自信が無かった。
けれど、胸部だって貫かれたら十分致命傷だ。さすがにこの一撃で倒せるとは思っていないけれど、相手のスキルの使用を中断して距離を取るはず――
「ト・え、ぐぁ――」
――ずぶり、と。
剣先が転移者の胸に埋没した。
「……え?」
眼前の転移者の顔が驚愕に歪んでいるが、歪めたいのはこちらの方だと思った。
だって今の攻撃なんてただただ直線的で――ニールにやろうものなら、簡単に避けられた挙句、足引っ掛けられて転ばされるはずだ。単純で、単調な攻撃なのだ。
だっていうのに、結果は致命的な一撃 。相手を倒せた喜びよりも困惑の色の方がずっと強い。
(――そっか! 弱い奴を前に出して油断させて、そこで袋叩きにするとか、そういうことね!)
なら、この状態で呆けているのはまずい。
連翹は相手を蹴り飛ばして胸を貫いた剣を引き抜くと、再び門を背に構え直した。恐らく、次に来るであろう本命の攻撃に対処すべく。
だが――攻撃は来ない。
体を貫くのは驚愕の視線、それだけだ。
「……!?」
辺りを油断なく見渡しながらも、連翹の思考は混乱の極みにあった。
罠もなく、追撃もない。
これじゃあ、まるで――最強系主人公にモブが驚いている、そんな状況ではないか。
「なんだこいつ――!?」
「スキル使ってもいねえのに、動きが速えぞ!」
「だよな、あの女、スキルを使ってなかったよな――?」
そんなはずはない。
そんなはずがない。
だって、なんども練習しているけれど、スキルの動きコピーしきれてないし、ニールに簡単にあしらわれてしまうレベルだ。
もちろん、なんの練習もしていなかった頃に比べたらマシなのかもしれないが、付け焼き刃と言われても反論できない程度の動きだと思う。
だっていうのに、どうして? そこまで考えて、ふと、ニールの言葉を思い出した。
―――別に短期間で基礎を完璧にしろだなんて無茶は言わねえよ。足りない分は転移者の身体能力でゴリ押しちまえ。その程度でもゴリ押ししかしてない連中に比べりゃずっとマシになるはずだ―――
ああ、と納得する。
確かに、連翹の動きはまだ拙い。一流には程遠い付け焼き刃の技術だ。
だが、付け焼き刃だって刃なことには変わりない。
ちゃんとした技術を持っている相手には劣るものの、素人の相手ならば刃で引き裂ける――!
「……さっきまでの威勢はどうしたの?」
だが、連翹は門から動かない。攻勢に移ることなく、守りに徹した。
今回の戦いの目的が殲滅ではなく、増援が来るまで死守することだというのもあるが、それ以上に打って出たら負けるのが分かっていたからだ。
連翹はまだまだ素人に毛が生えた程度の技術しかない。そんなレベルで三百六十度全て敵に囲まれてしまう事態になれば、絶対何発か攻撃を喰らってしまうだろう。
今、ここにノーラは居ない。怪我をしても治癒してくれる神官は存在しないのだ。
今、ここにカルナは居ない。異世界製の銃を片手に強力な魔法で多数の敵を殲滅してくれる魔法使いは存在しないのだ。
今、ここにニールは居ない。連翹が下手を打った時に、馬鹿女と言いながらサポートしてくれる剣士は存在しないのだ。
油断なんて出来ない、慢心なんて以ての外。
けれど、可能なことはしっかりと自信を持とう。
呼吸を整えて、剣を構える。貪り喰らう・黄金の鉄塊と名付けた分厚い長剣を。
伝説の聖剣とか稀代の名剣とかそういうモノではないけれど、女王都の鍛冶屋にたっぷりと金を積んで打って貰ったオーダーメイド品だ。多少無茶したところで折れることはないはず。
「……ッ、お前ら俺に続け! 囲んで叩く……『クリムゾン・エッジ』!」
転移者が一人、剣に炎を纏わせながらこちらに突貫してくる。それに合わせて、彼の部下らしき盗賊が連翹を囲うように動き始めた。
恐らく、回避を阻むつもりなのだろう。現地人の盗賊程度、転移者なら一刀で倒すことは出来るものの、一刀で倒す分の時間くらいは稼げる。その間に、クリムゾン・エッジで致命傷を与えるつもりなのだ。
ゆえに、周囲を囲う盗賊たちの排除は後回し。
まずすべきことは、灼熱の刃の対処だ。
一歩も動かずに迎え撃とうとする連翹を見て、迫る転移者はにたりと笑う。
「馬鹿が、焼け死ねぇ!」
「お断り……よ!」
叫びながら前進する。
ファスト・エッジなどの出が早い技で迎え撃つのは悪手だ。相手はもうスキルを発動しているために追いつけるとは思えないし、仮に間に合ったとしてもスキル発動後の硬直時間にタコ殴りにされてしまう。
だから、やるなら――
「こ、のぉ!」
――前に向けて、思いっきり転倒すること。
クリムゾン・エッジは炎を纏わせた剣による薙ぎ払いだ。振り始めた瞬間に一気に体勢を低くすれば避けられる。
じりっ、と背中を焦がす炎に小さな苦悶の声を漏らしながら、相手の腹に頭突きを叩き込む。げぼっ、というくぐもった声が上から響く。
そのまま相手を押し倒し、地面に両手で突き、後方へと跳ぶ。
「スライディングで斬撃、みたいな方が格好いいんだけどね……」
じんじんと痛む背中と脳天を感じながら苦笑を浮かべた。
一度もやったことのない動作を土壇場で成功させられるとは思わなかったので、多少不格好でも成功率が高そうな行動を選んだのだ。
「テメェ! ぶっ殺――」
「そんなにあたしだけを見てていいの?」
殺意を向けてくる転移者たちに、余裕に満ちた笑みを向ける。
正直、内心びくびくとしているのだが――しかしそれでも、この程度の戦場は肩慣らしだとでも言うように、笑う、笑う、笑う。
そうすれば相手は少しくらいビビってくれるだろうし、それに何より――
「戦ってるのは、あたしだけじゃないのよ?」
――仲間を鼓舞することが出来る。
ヒュ――という乾いた風切り音。それらが連なり、降り注いだ。
それは街壁に陣取る自警団が放った矢だ。高所から放たれたそれは勢い良く転移者たちを僅かにひるませ、盗賊の体を貫く。
「あ――がっ!?」
「痛っ……畜生、お頭に簡単に殺される雑魚どもの癖に……!」
「ちっ、やっぱり現地人使えねえ! この程度の攻撃でダメージで戦闘不能になりやがって!」
悲鳴を上げる盗賊たちを見て、転移者の一人が舌打ちをする。足を引っ張りやがって、という感情を隠そうともしていない。
盗賊たちがギリッ、と歯を食いしばるのが見える。それは痛みのため、そして転移者に対する苛立ちのため。
「ッ……! へ、へへ……面目ねえ、お頭」
だが、それでも彼らが転移者に付き従うのは『強い』からだ。
どれだけムカついても、どれだけ理不尽な奴でも、奴は己に利益を与えてくれるから。
(……なら、やるべきことは一つ!)
街壁を見上げる。降り注ぐ矢に紛れ、いくつかの詠唱が響いてきた。
それは魔法。発動までは時間が掛かるもののだが、平均的な現地人が転移者にダメージを与えられる唯一の手段である。
これで、転移者の数を減らすことが出来る――
「炎の精霊に請い願う――我は求めよう――赤々と燃える灼熱の炎を――我はそれを操り、投擲する者――相手を燃やし尽くす――炎の支配者であるがゆえに――」
――そう思っていた連翹は、その詠唱に思わず「え!?」と声を出した。なんだこれ、長すぎる……!
カルナだったら既に魔法を放っているはずなのに、未だに詠唱が終わっていない。
いくらなんでも、これじゃあ相手が見逃してくれない……!
連翹の想像通り、転移者たちは街壁の上で詠唱する魔法使いに気付き始めた。
まずい、とひやりとした汗が頬を伝う。
この人数を連翹一人で押さえ込むのは不可能だ。だから、弓で盗賊を、魔法で転移者をある程度削って貰わないと門を守ることができない。
だからこそ、今、連翹がやるべき行動は――
「詠唱だ! さっさと潰すぞ、『ファイアー・――」
――迷っている暇はない!
地を蹴り敵陣に食い込みながら、ここに居る全員の耳に届けとばかりに叫ぶ。
「潰れるのは貴方たちよ! 『バーニング・……!」
瞬間、転移者たちの顔色が変わった。
当然だ。スキル『バーニング・ロータス』は剣と魔法をかけ合わせた大範囲の攻撃である。
そして何より、現地人の詠唱よりも、スキルの発声の方がずっと早い!
「いや、違う! そっちの女を先に止めろぉ!」
「――・ボール』! 近い奴はとっとと止めろぉ!」
「言われなくても分かってるっての無能! 『ファスト・エッジ』!」
「ば、馬鹿! 街壁の奴にもちゃんと攻撃しろ!」
「うるせえ、そもそもなんでテメエが仕切ってんだ!」
「無能はどっちだ、指示出すなら的確に出しやがれ腐れ無能が!」
混乱する転移者たちを目視しながら、連翹はスキルの発声を中断し、回避に専念した。
遅い来る刃をバックステップで避け、飛来する炎弾地面を転がって回避する。
「テメエ――!?」
ここに至って、相手はようやく図られたと気づいたらしい。
憎悪に満ち満ちた視線を迎え撃つように、べえ、と舌を出す。
「残念でした――あんな時間のかかる技、このタイミングで使うはずないじゃない」
そして、いくつかのスキルを空打ちさせてやれば――詠唱は終わる!
「――燃えよ、燃えよ、燃えよ――赤き煉獄の底で、苦悶の叫びを上げるがいい!」
轟――と燃え盛る音と共に、街壁から複数の炎弾が放たれた。
「しまっ……!?」
転移者の声を飲み込むように、炎が破裂した。燃え盛る炎は転移者、盗賊関係なく焼き尽くして行く。
だが、一撃で死んだ者の方が幸せだったかもしれない。転移者の体は頑丈だ、魔法の威力が大して大きくなかったから生き残れる。生き残れて、しまう。
「ァアアアアアアア! 熱い、熱い、熱い熱い熱いぃいいい!」
「やめ、やめろ、やめてくれ! 死んじゃう、こんな痛くて熱いんじゃ、死んじまうよぉ!」
「いてぇ、いてえよぉおお! 何やってんだ無能ども! 俺は主人公だぞ、この転移物語の中心だぞ、さっさと救え、救えよぉおおお!」
悲鳴、鳴き声、そして救いを求める身勝手な声。
それらが混じり合った混沌に、魔法のダメージから免れた者たちの動きも停止する。
だって、彼らは知らないから。
痛みを、苦しみを、相手の攻撃で自分たちが死にかけるという経験を。
近くに居る転移者が大怪我をして、自分もまた死ぬ可能性があると――彼らはようやく気づいたのだ。
(あれだけ長く詠唱して、誰も死んでない……もしかして、カルナって物凄い魔法使いなの?)
そんな凄惨な状況を見つめながら、連翹が考えていたのは『威力が低すぎる』ということだった。
だって、あれだけ詠唱したのに、普段カルナが使っている魔法よりだいぶ劣っている。対多戦用の範囲魔法だから詠唱が長いのかとも思ったが、違う。純粋に、カルナが魔法使いとして秀でているのだ。
もしもここにカルナが居れば、魔導書無しでももっと広範囲かつ高威力の魔法を叩き込んでいたはず。
けれど、カルナは今ここに存在せず、まだ転移者は多く存在している。
次の魔法を待つには時間がかかりすぎるし、なにより今度は先程のようなブラフは通用しないだろう。
だから、次にやるべきことは――
「逃げるなら――」
剣を地面に突き立てながら、朗々と語る。
「逃げるなら、追わないわ。戦意が無い者を殺せないもの」
それは甘い、チョコレートのように甘い誘惑だ。
それは転移者にとっても、現地人の盗賊にとっても。
――街を襲う転移者は、恐らく転移者になってから初めて痛みを受け、ダメージを受けていない者も己の防御を抜いて痛みを与える存在を体で理解した。
逃げ出したいはずだ、こんな痛いのは望んでいないと。
当然だ。彼らはチートで俺TUEEEE!!という物語を自分でやってみたいだけで、痛みを我慢して戦いたいワケではないのだから。
――そして、現地人の盗賊たちの理由はもっと明確だ。
現地人にダメージを与えられ、泣き叫んでいる転移者――これを前にして先程と同じように付き従うことが出来るだろうか?
答えは否だ。
盗賊たちは別に転移者たちが好きだから一緒に居たわけではない。誰にも負けない強い存在だから、そのおこぼれを貰うために一緒に行動していたワケだ。
そんな連中が、この状態で転移者たちを信じて戦えるだろうか?
「――ちくしょう、こんなの付き合ってられるか!」
「なっ……お前ら!?」
最初に逃げ出したのは盗賊たちであった。
従っていた転移者を捨て、バラバラに逃げ出し始める。中には、魔法を喰らい痛みで動けない転移者の装備をひっぺがしている者もいた。
「痛い、痛いっ! 誰か、僕の傷を癒してくれよ――」
「ラッキー! このガキの剣は業物だったな。売っぱらえばしばらく暮らしていけるぜ!」
「何勝手にテメエのモンにしてやがんだ! そいつをよこせぇ!」
「おっ、腕焼き斬れてるじゃねえか! 転移者の骨の粉末を飲めば体が頑丈になるとか言えば、馬鹿な農民は騙せるかもなぁ! ありがたく貰ってくぜぇ!」
痛い、痛い――涙を流す転移者の側で盗賊たちが争い始める。この高価な剣は俺のモノだ、この財布は俺が貰った、炎で焼かれ脆くなった腕を切り落としている者まで居た。
なんて醜い、と連翹は顔を顰める。彼らに同情するつもりは無かったけれど、さすがに憐れに思えてきた。
だが、その醜い状況は、彼らが築いてきたモノだ。憐れと思えど、手を差し伸べようとは思えない。
強さだけを悪戯に振るい、それを崇めてくれるゴロツキや盗賊で周りを囲っていた以上、力を見せ続けなくては崩壊するのは道理である。
「くそっ……現地人のクズどもが! 役立たずが!」
「残った転移者は俺の命令を聞け! あの女をぶち殺せ!」
無事な転移者が叫ぶが、それに従う者は居なかった。
他人の命令に従いたくない、というのもあるのだろう。だが、それ以上に明確な理由があった。
彼らは劣勢の戦いに身を置いたことがない。だからこそ、恐怖が体を縛り、動けないのだ。
今、ここで攻撃を始めたら、魔法を喰らってのたうち回っている転移者と同じようになってしまうのではないか、と。
(……ま、実際は劣勢なのはあたしたちなんだけど)
なにせ、まともに相手の攻撃を受け止められる前衛が連翹しかいないのだ。
そして弓矢では転移者を貫けず、魔法は詠唱に時間がかかり過ぎる――それはつまり、転移者の数を大して減らせないということ。
転移者たちがダメージ覚悟で接近し複数人で連翹を攻撃すれば、それで終わるだろう。まともに戦えば、勝ち目なんて全くない。SRPGだったら「なんだこのクソゲー!」と怒鳴りつけたくなるレベルだ。
「畜生、なんで誰も俺の命令を聞かねえんだ! 俺は転移者だぞ、チート持ちなんだぞ……!」
「……そういう貴方は戦わないの? 未だ戦意があるのならかかって来なさい。全力で叩き潰してあげる」
けれど、だからこそ余裕を持った立ち居振る舞いをせねばならない。
相手だって馬鹿ではない。自分たちの方が未だ有利だということくらい、理解している者もいるだろう。
だが、相手は恐怖している。相手側に転移者が現れたこと、現地人の魔法で味方の転移者が倒されたこと、それにより多くの盗賊が逃走したこと、それらが彼らに敗北の二文字を連想させているのだ。
ゆえに、堂々と――自分たちが負ける可能性などありえない、という顔で相手と相対せねばならない。
恐怖を抱き、自信が揺らいでいる今、それこそが最大の武器となる。
「――逃げないということは」
地面に突き立てた剣を抜き、構える。
静かに、けれど確かな敵意を込めて。
「まだ、戦う意思があるということね」
一歩。
前に出る。
ゆっくり、けれど力強い足取りで。
今この瞬間に、残った転移者全員が連翹を倒すべく動けば、ほとんど抵抗出来ずに押しつぶされるだろう――そんな未来を、なるべく考えないようにしながら。
「い、いやだ――死にたくないぃ!」
一人が、背を向けて駆け出した。
チートで強化された身体能力で、慌てているせいか何度も転びそうになりながら必死に逃走する。
それがキッカケであった。
「お、おれも痛いのは嫌だ……!」
「くそっ、くそっ、なんで俺より強い奴が居るんだよ、おかしいだろこの世界!」
一人が逃げ出せば、それに釣られる者が出て来る。
一人で釣られない者でも、複数人が逃げ出している姿を見れば恐ろしくなって逃げ出す。
それらは連鎖して転移者集団の敗走という事態を生み出した。
「――は、ふ……ぅ」
冷たい汗で体を濡らした連翹は、小さく安堵の息を吐いた。
良かった、上手く行った。そう思い、気を抜いたのだ。
そして、だからこそ――こちらに向かってくる者が居ることに気づけなかった。
「テメェが死ねば俺の勝ちだ――!」
「――え、あ」
慣れないことをして疲労していたこともあって、思考が一瞬停止した。
もう終わったと、後は別の集団が来るまで自警団と一緒に街門を守ってればいい、そう体の力を抜いていたから。
ワンテンポ遅れて襲ってきた危機感に、背筋を一瞬で凍る。
まずい、何か、何か行動しなくては――
「『スウィフト・スラッシュ』!」
けれど相手は既にスキルを発声していて、その事実が連翹の思考をかき乱す。
なんとかせねば――そう思えば思うほど焦りが思考と体を蝕んでいく。
けれど、そんなことをしている間にも、剣は連翹に迫り――
「人心獣化流――餓狼喰らい」
――その剣が連翹に届く前に、転移者の上半身が切り落とされた。
「ぐ、げ――」
連翹を救ったその技は、彼女がよく知っているモノだ。
しかし、それを扱う者の姿は、彼女が知らない誰かであった。
ニールより、ずっとずっと大きい人だ。シャツとズボンという大陸風の衣服の上に、日向の着物を羽織った珍妙な出で立ちの男であった。
「お前さんがここを守っていてくれたのか?」
「え――ええ」
「よくやってくれたとは思うが、最後の失敗が中々に致命的だな。勝って兜の緒を締めよ、というのはお嬢ちゃんたちの世界の言葉だろうに」
「う……ごめんなさい」
実際、あれは致命的にもほどがあった。
連翹が傍から観察していたら、なんであんな失敗してんだあの馬鹿、という感想を抱いたことだろう。
けれど、あの時は『ようやく終わった』という安堵が体と頭を鈍らせてしまったのだ――まだまだ、気を抜ける状態ではなかったのに。
「理解してるならそれで良い――おっと、すまん、忘れてた」
俯いた連翹の視線と合わせるために屈んだ壮年の男は、厳つい顔に豪快な笑みを浮かべた。
「ありがとうよ、門を守ってくれて。お前さんが居なけりゃ、とっくの昔に突破されてた」
「え? あ――う、うん、どういたしまして」
顔が赤い。
別に壮年の剣士にときめいたとかそういうワケではなく、ただただ、感謝の言葉が気恥ずかしかった。
「ははっ、この程度で恥ずかしがってたら、後で死んじまうぞ! 街壁の自警団たちも、お前さんに色々言いたいことがあるだろうしな!」
だからよ、と。
男は表情を引き締め、剣を構えた。
なんだろう、と辺りを見渡したら、街壁の左右から転移者とそれに付き従う盗賊たちがこちらに向かってくるのが見えた。
先程撤退させた者たちとは別だ。恐らく、味方が密集していない場所になだれ込んで来たのだろう。
「こいつらを散らしつつ、心の準備をしとけ」
「……ええ、そうさせてもらうわ」
剣を構え、心を研ぎ澄ます。
見る限り、今ここに向かっている転移者は他の場所を襲撃していた集団――その後方に居た者たちなのだろうと推測する。
最前線で街壁や自警団に攻撃をしかけているのなら、わざわざここに回り込む理由はない。動かずに攻撃をしかけている方が、街壁を破った時に素早く街になだれ込めるのだから。
(つまり――ここで戦えば戦うほど、他の場所の層が薄くなるはず)
そうなれば、巡り巡ってニールにノーラ、カルナ。そして連合軍や自警団の皆の助けになるだろう。
「さあ――来るなら来なさい! けれどあたしは盾。この門を守るメイン盾! そう簡単に貫けると思わないことね!」
高らかに叫び、視線を集める。
頑張って呼び寄せ、受け止め、打倒してみせる。今、やれることを全力で行う。
そうすることが、友の助けになると信じて。




