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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
153/288

150/街門戦


(現状、あたしはどう動くべきなんだろう?)


 連翹は悩んでいた。

 どこに行くべきか、どうするべきかを。

 宿の主人であるガイルとその妻カリムのじゃれ合いを見つめていたら、鐘が鳴ったのだ。

 時刻を知らせる心地よい音色ではなく、危機感や不安を煽るようなけたたましい音。それが危険を知らせるサイレンのようなモノだということは、カリムやガイルの表情を見ればすぐに分かった。

 そして、しばし時間を置いた後に、街を囲う街壁から轟音が鳴り響く。

 それによって、連翹は街に攻撃をしかけているのが転移者だということを理解した。このまま、じっとしている場合でないということも。


 理解した、けれど。


 今ここでどうすべきか――それが思い浮かばない。

 戦いに行くべきだろうというのは分かるが、どこに向かえばいいのか、どのように戦えばいいのか。


 近くに行くべき? 遠くに行くべき?

 敵を倒すべく攻め込むべき? それとも守りに徹するべき?


 思えば、連合軍に入ってからこの手の方針を一人で決めたことがなかった気がする。

 大体は隣に誰かが居て、その人に意見を求めることができたり、頼み事をされて移動し戦うことが多かった。

 けど、今は居ない。

 ならば、自分で考えるしかないのだ。

 深呼吸をして心を落ち着けながら思考を開始する。

 

(……単身敵陣に切り込む、みたいなのは駄目よね。危ないのもそうだけど、仮に魔法使いが援護しようとした時、あたしと他の転移者の区別がつかない)


 巻き込まれるのが嫌なのもそうだけれど、最悪なのは連翹が味方だと認識した上で区別がつかなくなること。

 敵陣で戦ってる味方はいるけれど、それを判別する手段がない――そうなれば魔法の使用を躊躇って、結果的に殲滅速度が下がってしまう。

 やるとすれば、連合軍の騎士や兵士と合流し、連携すること。騎士や兵士はある程度装備が統一されているから遠目でも分かりやすく、巻き添えを食らう心配も、魔法使いを混乱させる心配もない。

 そこまで考えて、連翹は首を左右に振った。

 

(でも駄目ね。あたしが居る場所と他の人達がいる場所は、遠すぎる)


 薄紅の剣百合亭は冒険者用の宿ではない。そして冒険者の宿などは、普通の宿からある程度離れた場所に建てられている。

 荒くれ者を避けるために冒険者の居ない宿に泊まりたいのに、隣が荒くれ者の巣である冒険者の宿だったら、きっと誰も泊まらないだろう。それは理解できるけれど、そのせいで距離が離れ過ぎて、合流が難しい。

 そこまで考えて、連翹は攻撃を、合流を諦めた。

 相手に攻め込むのはきっと別の人がやってくれる。騎士や兵士たちが、そしてニールのように街の外周で野営をしている冒険者たちが。

 ゆえに、やるべきことは防衛だ。そして、守るべき場所は――

 

「街門、かしら」


 先程から街壁を攻撃する音が聞こえているけれど――そこよりも突破しやすいのが門だ。

 街壁も門も共に頑丈に造られてはいるのだろうが、開閉機能を付けなくてはならない門の方が脆いのは当然だろう。

 そして何より――この街の地理に疎い連翹でもたどり着ける場所だから。そこを通って街に入り、この宿まで歩いてきたのだ。迷う心配もない。

 よしっ、と気合を入れる。

 これでいいのか? 何か間違ってないか? そんな疑問は胸の中にあるけれど、じっと考え込んでいるワケにもいかない。仮に悩みに悩んで最適解を考えついたとしても、その時にはもう状況が動いているだろう。

 なら、自分が思いつく範囲でやれることをやるしかない。ニールだって、きっとそうするはずだ。

 

「連翹ちゃん! わたしたちは避難するけど、あなたはどうする!? 避難するなら案内するわよ!」

「ありがとう! でもごめんなさい、あたしこれから街門の方に行くから!」

「え、ちょ……ちょっと、大丈夫なの!?」


 心配そうに声をかけてくれるカリム。確かに、彼女には弱い部分しか見せていないから、心配に思われるのも当然だろう。

 だから、安堵させるように勝ち気な笑みを浮かべた。自信満々に、心配する必要なんてないと宣言するように。

 

「大丈夫よカリムさん。あたしってこれでも強いんだから」


 返事を待たずに部屋を出て二階に駆け上ると、自分の剣を掴み腰に吊るす。

 そして勢い良く階段を駆け下りると、下で待ち構えるガイルと目が合った。 


「来たか……先導してやる、ついて来い」

「えっ? ……いや、ありがたいけど、問題ないわ! 一度通った道だもの」

「大通りを見て同じセリフを吐けるなら、喜んで避難しよう」


 そう言って窓の外を指し示した。

 怪訝に思いながらそちらに視線を向け――うわあ、とくぐもった声を漏らす。

 突然の出来事だったせいか、大通りは混乱の極みであった。逃げようとする観光客や商人たちが道を塞ぎ、戦いに赴こうする者たちを足止めしている状況となっている。

 確かに、あそこを突破するのは難しい。力任せに押し通れなくもないだろうが、そんなことをしたらドミノ倒しとなって大勢の人間が押しつぶされて怪我をし、最悪死んでしまう。

 

「裏道を行く。ついて来い」

「え? あ、う、うん! お願い!」


 短く告げ、ガイルは駆け出した。その背中を慌てて追いかける。

 

「ガイル、無理をしないですぐ戻ってきてね! 連翹ちゃんも、無理はしないでね!」

「うん、分かった! さっきはありがとうね、カリムさん!」


 声を張り上げて返答し、ガイルは振り向きもせず小さく頷くことで彼女の言葉に応えた。

 前を向き直り、ガイルの背中に視線を向ける。その足は戦う者と比べたら遅いものの、人間としては十分に速かった。

 だが、しょせん普通の人間としては、だ。転移者である連翹ではすぐに追い抜いてしまいそうになる。

 そんな連翹の内心を知ってか知らずか、ガイルはちらりとこちらを振り向いた。

 

「こっちだ。途中、汚い場所があるが通れる、遅れるな」

「それはこっちのセリフよ、この程度の速度なら遅れるはずなぁ!?」


 狭い道を移動しながら出した自信満々の声が、途中で悲鳴に変わった。

 大通りからだいぶ離れ、太陽も背の高い建物によって遮られた薄暗い道――そこは、異臭漂うゴミだらけの道であった。

 

「なんか腐った生ゴミみたいな臭いするんだけど……! ねえ、これゴミ捨て場とかじゃないの!?」

「上階の住民がゴミを投棄しているらしい。人通りもなく、観光客からも見えない故に、年に数回の大掃除以外ではこのままだ」

「そりゃ中世ヨーロッパとかじゃ糞尿を窓から捨てるって言うけどぉ! この世界は大体綺麗だったし、この街だって大通りはちゃんと綺麗にしてるんだから裏通りだって……ぅあぁ!? なんかねっちゃり、ねっちゃりとした感触がぁ!」


 せめてスカートくらいは守ろうと裾を持ち上げながら涙目で疾走する。

 視線の先には全く速度を落とさず走り続けるガイル。この人、なんで平気なんだろと思いながら前へ、前へ、前へ。

 ゴミは我慢する。生ゴミくらい我慢してあげるから、せめてあの黒くてすばしっこい虫とはエンカウントしませんようにと祈りながら。 


「……ようやっと出れたぁ!」


 ぐっちょぐっちょ、という自分の足音と鼻を貫く腐臭に悩まされながらも、なんとか綺麗な道に出た。

 うえええぇぇ、と涙と吐息を漏らす。なんだろう、足元から犯された気分だ。今なら「わたし、穢されちゃった」とか言う女キャラクターの気分も分かる気がする。

 新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ後、ふう、と先導していたガイルの顔を伺う。この人、あんな場所を通ったのに全然動揺してないなと思いながら――


「…………」


 ――いや、違う。この人凄いしかめっ面だ。なんか色々苦虫とか噛み締めまくっている顔だ!

 嫌だったんだあそこ通るの、やっぱり嫌だったんだ!

 

「……さて、では俺は戻らせてもらう。どの程度やれるのかは知らんが、奮戦を期待する」

「分かったわ、ありがとう」


 頭を下げながら、少し疑問を抱く。

 この人、なんでこんな風に手助けしてくれるんだろう、と。連翹は一応客ではあるが、だからといって危険を冒してまで戦場近くまで先導する必要はないはずだ。

 そんな疑問に気づいたのか、ガイルは街壁を見上げながら言った。


「息子が自警団に所属している。戦う者が一人増えれば全体が楽になる、巡り巡って息子の助けになる、そういうことだ」

「へえ……子供想いなのね」

「子を想わん親も居るだろうが、それは例外であって決して大多数ではない。そして、俺は例外ではない。それだけだ」

 

 その言葉はきっと真実なのだろう。

 元の世界を見限ってこの世界に転移した連翹の両親とて、きっと多くの想いを与えてくれたはずだ。

 ただ、それに気づけなかった――いいや、気付こうともしなかっただけ。

 どんな言葉も、想いも、それを与えられる側が受け止める準備をしなければ届かない。全て全て、すり抜け、こぼれ落ちてしまう。

 

(ああ、もう――嫌になるわ、ホントに!)


 色々な出会いを経て、様々なモノを貰った今だからこそ、かつての自分の大間抜けさが理解出来る。

 けれど、時計の針は巻き戻らず、かつてやらかしたことは消えてなくならない。

 だからこそ、思うのだ。

 せめて、もう少しマシな人間であろうと。

 完璧にはなれずとも、せめてニールやノーラ、カルナ――皆に失望されない程度の人間に。

 よしっ、と声を出しながら気合を入れる。

 

「それじゃあ行ってくるわ。ここまでありがとね!」

「む、待て――」


 返事を聞かず、そのまま街門へと疾走する。

 視界には街門を塞ぐようにバリケードを貼っている者や、街壁上部で弓や魔法を放とうとしている者の姿があった。

 幸い、門や街壁は無事のようだ。元々、魔王大戦後の治安が悪い時期に造られたモノだからか、下手な新しい防壁などよりもずっと頑丈なのだろう。

 

「ごめんなさい! 今、状態ってどうなってるの!?」

「冒険者か!? 街壁の上で弓矢撃っても刺さらねえし、魔法使いの詠唱は速攻潰されるしで厄介――!?」


 連翹の問いに振り向いた自警団の男の顔が驚愕に歪んだ。まるで、あってはならないモノが視界に映ったとでも言うように。

 怪訝に思い振り向くも、特別驚くべきことは何もない。混乱で流れが滞っている大通りは確かにインパクトは大きいけれど、自警団たちがそれに気付いてなかったとは思えない。

 何かあったの? そう聞く前に、自警団の男は剣を構えた――剣先を、連翹に向けて。


「……えっ」 

「くそ……! 回り込んで来やがったか! けど、楽に通すと思うなよ! おれだってこの街を守りたくて自警団に入ったんだ! 時間くらい稼いでやる……!」


 悲壮感に満ち満ちた彼の声を聞き、街壁の上で矢を放っていた自警団たちがこちらを見下ろし、顔を真っ青に染めた。

 その反応を見て、連翹はようやく気づく。気づくのが、遅すぎた。

 

(――え、やばっ、これ、まずい……!?)


 敵陣に飛び込んだら自分と他の転移者の区別がつかなくなる――そう、先程考えていた。

 だが、もっともっと根本的な問題があったのだ。

 

 ――そもそも、転移者の自分が味方だと、どうやって証明すればいいのだろうか、という問題が。


 今までならニールたちや騎士団、兵士たちが近くに居たからなんとかなっていた。だから、どうやって信用してもらおうかなど、考えたこともなかった。

 

(ど、どうしたら……? ええっと、剣を捨てて手を挙げる……ああでも口さえ動けば魔法のスキルはある程度使えちゃうし、ハンカチで猿ぐつわでも……口塞いだら今度は弁明ができない!?)


 とりあえず全裸になって危害を加える気がないアピールをするべきだろうか、と思考が迷走し始める。

 そんな時、不意に後ろから近づいてくる気配を感じた。

 自警団の男が、焦り叫ぶ。


「……ッ、ガイルさん離れてくれ! そいつは……!」

「転移者、だろう。だが問題ない。この女は騎士団と行動を共にしている」


 ふんっ、と。

 仏頂面に一滴、呆れが滲ませた表情を浮かべたガイルは、じろりと連翹を睨む。


「……どのように合流するつもりかと思えば、全くの無策とは」

「ごめんなさいぃぃぃいい……ありがとうぅぅ、すごく助かったぁぁ……」


 安堵のあまり涙を滲ませながら感謝の言葉を伝える。

 ここで自警団と戦う羽目になっていたら、もう足手まといというレベルを超越して大戦犯だ。その結果、門を突破でもされていたら、もう友人たちに合わせる顔がなかった。

 

「礼を言う暇があればとっとと戦え。……お前らもだ! 気合を入れて守らんのなら、二度と差し入れはやらんぞ」

「それは困るな!」

「キールの父ちゃん、いつもありがとなー!」


 ガイルはそれらの声に対し「ふん」とだけ応え、街壁から背を向けた。

 

「それで嬢ちゃん! あんたは何やってくれるんだ!?」

「そもそも今、どんな状態なの!? 街壁の外はどんな感じ!?」

「外はもう転移者と盗賊だからだ! 街壁を登ろうとしてる奴は頑張って対処してるが、下はどうしようもねえ!」

「下にはだれもいないのね!?」

「ああ、少なくとも、街門周辺にはだれも――」

「ありがとっ」


 返事を待たず、門の横に設置された縄梯子で一気に上まで登る。

 彼は言った、街壁の外側には味方は居ないと。無論、もう少し視野を広げれば外で戦っている者もいるだろう。

 けど、ここから見えている範囲に居ないのなら、問題ない!

 ゆえに連翹は街壁の上に登った瞬間、それを唱えた。

  

「『クリムゾン・フレア』!」


 右掌に力が集っていく。

 それは炎、球体に圧縮された紅蓮の灼熱だ。ファイアー・ボールと属性、そして効果を同じくするモノだ。

 それを――敵陣目掛けて放つ。

 クリムゾン・フレアを見上げる者たちの様子は様々だった。


 なんだろう、とぼんやりと上を見上げる現地人の盗賊。

 ファイアー・ボールと区別がついていないらしく、『自分は巻き込まれないだろう』と安堵の息を吐く転移者。

 スキルの威力を正しく認識し、顔を青ざめる転移者。


 最後の者は慌てて逃げ出そうとするが、他の人間が邪魔で全力疾走など不可能だ。

 ゆえに、訪れる未来は一つだけ。

 火球が爆ぜ、灼熱が広がっていく。巻き込まれた者は蒸発し、地面は溶解し、範囲内の者と物を区別なく消滅させる。 

 使った身なれど、その威力にぞくりとする。

 けれど、この魔法を転移者はほとんど使わない。初動こそファイアー・ボールよりやや遅いくらいなのだが、発動後の硬直が長過ぎるからだ。その時間はおおよそ十秒。戦場の只中で使うには致命的過ぎる時間である。

 そして何より、威力が高すぎるのだ。

 こんなモノを使わずとも転移者は敵を倒せるし、何より完全に蒸発させてしまっては倒した意味がなくなる。モンスターの討伐証明に体の一部が必要だし、金銭目的の強盗だったとしても奪う荷物を蒸発させてしまっては何の意味もない。

 

(けど、今は問題ない!)


 転移者が転移者を倒すにはファイアー・ボールでは火力不足であるし、今の連翹に敵の死体を残す意味はない。

 ゆえに、初手に範囲攻撃で数を減らし、相手を恐怖させる。

 自分たちが狩る側であると疑わぬ者たちに、自分たちもまた狩られる可能性があると教えてやるのだ。

 

「ねえ、貴方たち! ちょっといい!?」


 クリムゾン・フレアの硬直で体が動かぬ隙に、街壁の上に立つ男に話しかける。

 すると、男は僅かに後ずさりしながら、上ずった声を漏らした。


「う――お、おう、なんだ?」

(まあ、そりゃそうよね)


 突然現れて、化け物じみた力を振るう――そんなの、怖がられて当然だろう。

 何をするか分からない者が下手な戦士よりもずっとずっと強い力を振るっているのだ。何かの拍子にその矛先が自分に向くのではないかと思うのは当然だろう。

 だって、今の連翹には信用がないのだから。

 なにせ今戦っている相手と同じ力を持っている。ガイルの説明のおかげでマイナスにはなっていないが、だからといって無条件に信用して貰えるワケではない。

 では、どうすればいいのか――そう聞かれても連翹は思いつかないのだけれど。

 

「あたしは今から街門の死守に向かうから、貴方たちは街壁を登ろうとする奴とかに集中して」


 けれど、今はやるべきことをやるしかない。

 信用も上手く説得する話術も無い以上、そうするしかないのだ。


「お、おう……けど、いいのか? 確か転移者って同じ技を使えるんだろ? 下に行った瞬間、さっきあんたが使った魔法で狙い撃ちに――」

「大丈夫、相手は十中八九それを選べない。むしろ、街壁の上に居る貴方たちの方が危険だから、クリムゾン・フレアって単語が聞こえたら街壁から飛び降りて。脚とか折れるかもだけど、あれの直撃くらうよりは軽症で済むから」

 

 そう、相手は広範囲の武器、魔法のスキルを選択できない。街壁の上にならともかく、下に居れば。

 彼らは欲望のままに戦っているためか、転移者もそれに付き従う盗賊も、一箇所に密集してしまっている。穴が穿たれたら、誰よりも早く街の中になだれ込むために。

 だからこそ、彼らは広範囲の大技が使えない。そんなことをすれば協力している転移者を巻き込んでしまうから。


 無論、彼らに仲間意識はないだろうと思う。

 けれど、だからこそ付け入る隙を見せられない。


 フレンドリーファイアで味方を殺しました、なんて言い訳のしようのない失態だ。糾弾し、罵倒し、殺してしまった者の財産を奪うことだろう。

 更に言えば、それに証拠は必要はない――大技を使っている転移者を指差し、「この人が死んだのは彼がスキルで巻き込んだからだ」と戦闘後にでっち上げてもいい。

 だって、彼らに秩序や法律などないのだから。疑わしきは罰せずという原則も存在しない以上、適当な罪をでっち上げてしまえば簡単に私刑に処せる。そして私刑に参加した者たちで処した者の財産を分配すれば完璧だ。

 そんな連翹の推測がどこまで的中しているかは分からないが、しかし味方を巻き込む大技を相手が使えないのは事実だ。でなければ、もっと早く街壁は突破されている。

 

(それに――クリムゾン・フレアで街壁を破壊できても、発動後の硬直が十秒と少し。その間に他の転移者が空けた穴に入っちゃうもの)


 連翹もチートの全能感に酔っていた時期があるから、なんとなく分かる。彼らは効率良く街壁を突破しようなど考えてはいないのだ、と。

 彼らは現地人の街など突破できて当たり前だと思っているのだ。頭にあるのは突破した後、どれだけ効率良く街の財産を奪いながら制圧するか、である。

 

(舐めプで手軽に大勝利! ……って物語に憧れてたから、なんとなくだけで共感できちゃうのよね)


 だが、だからこそ。

 だからこそ、やれることがある。


「別にここで殲滅する必要なんてないの、がっちり守って騎士が来るまで持ち堪えましょう!」


 硬直時間が終了すると同時に、連翹は味方に檄を飛ばしながら街壁の外へと跳んだ。

 

「どきなさい……! 『ファイアー・ボール』!」


 落下しながら火球を放つ。

 さすがに最下級の魔法スキルであるため、これ一発で転移者を倒すことは不可能だ。けれど、相手を引かせることくらいは出来る!

 火球が着弾する。破裂音と共に顕現した熱と爆風は転移者や盗賊を焼き、そして払いのける。

 そして出来上がった、街門前の空間。未だ火炎が踊るそこに着地した連翹は、門を守るように立ち、剣を構えた。


「邪魔すんじゃねえよ糞が! テメェ、どこの転移者だ! 一体なんのつもりだ!?」

「――対レゾン・デイトル連合軍所属、片桐連翹」

 

 罵声と共に誰何の声を上げる転移者に、連翹は淡々と――可能な限り淡々と、しかし堂々とした声で答える。

 そして、宣言するように、宣誓するように、高らかに声を上げた。

 

「あたしは今ここに誓う。正義のため、秩序のため、友のため――不沈の盾となり門を守ると」


 物語の主役のように、民を守る騎士のように、連翹は謳う。


「去る者は追わないわ。けれど、この街を襲おうとする者は、この誓いを以て撃滅する。命が惜しくない者は、遠慮なく来なさい!」


 声が、言葉が、辺りに響き渡る。

 門周辺に居る者たちは、転移者と盗賊、自警団の区別なくそれを聞いていた。

 

「……女に守らせてばっかりなのは、情けねえよな」


 街壁の上から、ぽつりと響く声。それと同時に、弓を引き絞る音と、魔法を詠唱する声が聞こえてきた。

 片桐連翹という転移者を信じることは出来ずとも、矢面に立って絶対退かぬと宣言する少女を信用しようと。

 それは連翹の思惑とは別のモノではあったけれど、確かに自警団の皆に響いた言葉であった。

 なぜなら――多少言葉を飾ってはいるものの、片桐連翹という少女の本心であったから。

 知り合いを守りたい、友達を助けたい、そのために必要な秩序を守護したい――それらを為すのが正義の存在であるなら、自分はそうありたいと。

 そして――

  

「ふ――ハハハハハ!」


 ――対照的に、転移者たちの側から響くのは嘲弄の笑い声であった。

 なんだこれは、なんて茶番だ、俺の腹筋を砕く気か、と。連翹の宣誓を笑い、嗤い、侮蔑し、冷笑する。

 なぜなら、彼らはそもそも連翹の言葉を理解しようとしていないから。

 上っ面だけを広い、理解したつもりになって上から目線でただただ嗤う。自分は強いのだから、そうやって嘲笑する権利があると言うように。


「どぉやら、戦力差も読めない馬鹿が来たようだなぁ!」


 嘲り、嗤いながら、しかし心から楽しそうな笑みを浮かべ、転移者の一人が叫んだ。

 嗚呼、なんて――なんて都合の良い展開だ! そう、天に感謝するように。

 己が主人公の舞台に、丁度よい障害が現れてくれたと叫ぶように転移者は歓喜する。

 その姿を見て、連翹はぎりっ、と歯を食いしばった。強く、強く。


(かかった――!)


 だが、それは悔しさから来るモノではない。

 してやったり――という笑みを必死で噛み殺していたのだ。


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