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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
二年後/冒険者の日々
15/288

間章-一年前-

 ヌイーオとヤルと共にモンスター退治のクエストを完了させ、酒を飲み交わしている最中のことだった。


「ニールもよ、気持ちは分かる――なんてことは軽々と言えないか。ともかく、そろそろ現実を見るべきだろ、常識的に考えて」


 普段は酒を飲んだら延々と騒ぎ立てる彼が、難しい顔でそんなことを言ったのだ。

 それは別に、珍しいことではない。かといって頻繁にあるわけでもないのだが。

 クエストを共に何度か完了した時、タイミングを見計らったようにこうやって切り出してくるのである。

 

「何度目の話かは覚えてないが、答えはいつもと同じだぜ、ヌイーオ」


『転移者を倒す夢なんて諦めて、現地人として普通に剣を極めろよ』という彼の言葉。

 何度目からか省略されたその言葉だが、しかし互いに一字一句間違わないほどに記憶するほど繰り返された言葉だ。

 

「俺はもう一度あの女に会いたいし、見返してやりたいんだ。ニール・グラジオラスという剣士を、あいつの心に刻み込んでやりてぇんだ」

 

 一息に言って、ビールを傾ける。人工ダンジョンで戦闘を行い、今こうやって言葉を交わしているためか喉はカラカラだ。染み入るように旨味が伝わるが、しかしこの話題の時はどうも上手に酔えない。

 

(――自覚が、あっからなぁ)


 だから良い気分になれないのだろう。

 自分がバカバカしい夢を抱いているという事は理解しているし、真剣な目でこちらを見るヌイーオや心配そうにこちらを見るヤルを見ていると夢を否定されてもあまり強く怒れない。

 馬鹿にされているのなら、今すぐに表で大喧嘩をしているところだ。

 しかし、ヌイーオやヤル、そして時々混ざってくる女将――彼らや彼女は真剣にニールを心配しているのだ。そんな連中を怒鳴りつけても自己嫌悪しか湧いてこないのは、最初の一回で分かっている。


「なーんかこういうのって『いつになったら働くの?』的な問答みたいで嫌いだけど……ニールって放っといたら無茶して死ぬタイプだから、どうしても口うるさくなっちまうんだぉ」


 普段ゲラゲラ笑いながらビールのお代わりをしまくっているであろうヤルも、渋い顔で一杯目のジョッキを持て余している。

 そうやって二人の空気を悪くしていることを申し訳なく思う。

 だが、それでもニールは諦めたくなかった。一度、二人の意見を聞き入れたら、心がぽっきりと折れてしまうような気がしたからだ。

 折れず、そして曲がらないのが良い剣だというが、だとしたらニールは硬くて曲がらない剣なのだろうと自分で思っている。下手に曲げようとすれば、半ばで折れて二度と元には戻らない――そんな剣に、自分を重ねているのだ。

 一度折れたら、きっともう今までのように遮二無二に頑張ることは出来ない。

 それが、怖いのだ。  

 適当に冒険者として生計を立て、そこそこの剣の腕となり小さな町の自警団に入る。

 そして畑なり土木作業などを手伝い、夜になれば酒場に寄って同業と一緒に騒ぐのだ。そして酒の肴代わりに、「俺は昔、転移者に勝ちたいとか言ってたんだぜ」と己の夢を笑い話にする。

 そんな未来予想図が頭をよぎるのだ。 


(ふざけんなよ、何笑ってんだよテメエは!)


 その未来予想図は悪いものではないと頭では分かっているし、そういう人生もきっとそれはそれで楽しいのだろうと頭では理解している。

 だが、心が。

 胸の中で燃えたぎる炎がそれを良しとしてくれない。

 

「……ま、いいさ。とりあえず今日は飲もうぜ、今回のクエストはいい具合に金稼ぎと筋トレ代わりになったしな!」


 悪くなり始めた空気に気づかぬフリをして、ヌイーオがポージングをした。鎧の僅かな隙間から見える筋肉が、ぴくん、ぴくん、と動いて非常に気色が悪い。


「そこの筋肉ダルマー! 気色が悪いから止めなさい! 他の客の食欲が落ちて売り上げ下がったら、アンタの財布から徴収するわよ!」

「俺の素晴らしい肉体美を見て、どうしてそんな結論に至るんだ? これだから非常識な奴は……」


 顔面にまな板が叩き込まれる姿を見て、ニールは笑う。

 こうやって彼らと一緒に冒険者として過ごす日々は、非常に楽しい。できればずっと続いて欲しいとすら思う。

 だが、そんな風に過ごせば過ごすほど――胸の炎が弱まっていくような気がするのだ。

 炎とは風で煽られて燃え広がるモノ。空気を通さない淀んだ箱の中では、火が弱まっていくのは道理だ。

 

     ◇


 翌日の朝。宿の外に出たニールは、日課の鍛錬を行っていた。

 だが、振るう剣の風切り音はどこか気が抜けていて、ニールは顔を顰めた。

 

(……集中しきれねぇな)


 頭の隅っこに昨夜の会話がこべりついて離れない。

 どれだけ頑張っても認める者の居ない努力の、なんと虚しいことか。

 別に、他人に認められるために頑張っているワケではない。自分がやりたいから、好きだからやっていることだ。

 それでも、共に同じ道を歩む誰かが居ないというのは、寂しい。こんな馬鹿な夢を抱いて努力しているのは自分だけで、他人は全て自分を嘲笑っているという被害妄想に囚われそうになる。

 

「ああ……くっそ!」


 吐き捨てるように叫び振るった剣は、軸がブレにブレている。

 ちっ、と舌打ちをして鞘に収めた。こんな状態で剣を振っても、百害あって一利もない。

 宿の外壁に身を預け、呼吸を、そして精神を整える。


「……今日はクエストは止めといた方がいいな」

 

 こんな精神状態で一人でやれば失敗するのは目に見えているし、ヌイーオやヤルと一緒にやれば足を引っ張るのは火を見るよりも明らかだ。 

 なんというか、やる気が出ないのだ。

 好きなことを好きなようにやっているはずなのに、心の熱が冷めていく感覚。そんな自分に活を入れたいが、そこまでする気力がない。

 それはきっと、壁が高すぎて登っても登っている感覚がないからであり、そして壁の下に居る友人たちとの関係を心地よいと思っているからだ。

 

「馬鹿野郎が、あいつらを言い訳にしてんじゃねえよ」


 自分の腑抜けた思考に愚痴るが、心は一向に楽にならない。

 どうしたもんか、とうなだれていると、ふと音が聞こえてきた。足音だ。宿から出てくるモノではなく、こっちに向かってきている。

  

(……こんな時間にか?)


 黄色の水仙亭に泊まっている冒険者の多くはまだ寝ているし、ナルキの街の外から来た冒険者だろうか。

 視線を向けると、枯れ木のような少年がゆらゆらと体を揺らしながら歩いているのが見えた。 

 だぶついた黒いローブに、伸び放題の銀色の髪。ローブの裾から覗く手足は細く、あまり外に出歩くタイプの人間には見えない。

 しかし何よりも目を引いたのは顔だ。痩けた顔にギラついた蒼い瞳は刃の如く細められていて、視界に映ったモノ全てを切り裂いてしまいそうだ。


「よっ。アンタ、この宿に泊まる気か?」


 変な奴だ、関わり合いたくない。

 そう思ったはずなのに、無意識の内に話しかけていたことに自分自身が驚く。 

 少年はそのギラついた瞳を向け、睨みつけるように正対した。


「……なんだ、文句でもあるのか。どこに泊まろうと、僕の勝手だろ」

「文句なんてねぇよ。ただ、どうせ暇だし、女将さんを呼んできてやろうかなとな」

「ふん……生憎と、手間賃は払えないよ」

「そんなガリガリの奴から金なんぞせびらねえって。付いて来いよ」

 

 手招きしながら宿に向かうと、ローブ姿の少年は訝しげにこちらを睨みながらも、「ふんっ」と鼻で笑いニールの背を追った。

 しかし右手は左手の裾の中にある何かを握っている。恐らくは魔導書だろう。ニールが何かこちらを害する気ならば、すぐさま詠唱するつもりなのだろう。

 用心深い奴だな、と内心で笑いながら、しかし同時に首を傾げたくもあった。

 なんというか、この少年に悪い印象を持っていないのだ。

 他者を拒絶するような瞳に、会話の内容。冷静に考えて好意を持つ理由など一欠片もないのだが、なぜだか嫌いになれない。

 まるであの剣呑に周囲を睨みつける瞳に魅せられたようだった。


     ◇


「カルナ・カンパニュラ。ギルドへの登録は済ませてある」

 

 女将と対面した少年――カルナと言うらしい――はその剣呑な眼差しのまま淡々と宿泊の手続きを行っていた。 

 

「はいはい、カルナ君ね。部屋は空いているけど、もう休んでいく?」


 女将は気遣わしげにカルナを見つめた。

 細い体に剣呑ながら疲労の染み付いた顔、脚が痛むのか歩いていると体がゆらゆらと揺れている彼の姿は、どう見ても疲労困憊だ。女将としてはすぐに食事とベッドを用意したいところなのだろう。

 

「まさか――クエストを頼むよ」

「……宿泊費が不安なら、多少待ってあげられるわよ」

「金には困ってない――強く、強く、強くならないといけないんだ。そのために、時間を無駄になんてできない」


 ギラついた瞳の輝きが薄れる。 

 しかしそれは攻撃的な色彩が失せたというワケではない。己の不甲斐なさを呪うように歪められた瞳は、他人では無く己を切り裂く刃と化しカルナを裂いていた。


「でも君ね、そんな状態の人に……」

「なら、ギルドに直接行って受領するだけだ」

 

 これで話は終わりだ、と言うように背を向けて歩き出すカルナの肩を掴む。

 それでようやくニールの存在を思い出したのか、胡乱げな様子でこちらを見つめる。


「なんだ、まだ用があるのか」

「女将さん、ちょいと俺にクエスト仲介してくんねぇかな」

 

 カルナを黙殺し、女将に問う。

 

「俺がメインでこいつが手伝いだ。それならまあなんとかなるだろ」

「何勝手に決めてるんだよ、君は」


 憮然とした眼差しでこちらを睨むカルナに対し、自信あり気な顔で笑った。


「どんなクエストやりたいのかは知らねえけどよ、前衛は必要なんじゃねえのか?」

「何を言ってるんだ、どう見ても君は敵の攻撃を耐えるタイプの前衛じゃあないだろ」

「そんなモン、囲まれる前に斬り殺せば問題ねえだろ。脚と剣術には自身があんだよ、俺は」

「どうだか、戦士なんて武器を持てば誰でも名乗れる職業じゃないか。そんな奴の言うことを信用しろ、っていうのか」

「それを言うならお前も同じだ。冒険者やってる魔法使いなんざ、八割近くは修行を途中で投げ出した半端野郎だろ? お前がそうじゃないなんて、どうして言える?」

 

 冴え冴えとした殺気が体を撫でる。ここが室内でなければ、すぐにでも詠唱を行い魔法を解き放っていたことだろう。

 

(ま、ここで大なり小なり怒らねえ奴と一緒に戦うなんて、ゴメンだがな)


 無意識に剣の柄を握りながら、にい、と笑う。

 剣にしろ魔法にしろ、年月をかけて学び鍛えてきた技術を見もせずに馬鹿にされ、怒りを抱かないのは未だ年月を重ねていない見習いか適当にやっている三流だとニールは思っている。特に後者は、一時とはいえそんな奴と一緒に仕事をしたくない。

 無論、かなり偏った意見であるし、例外も多々あるだろうと思う。

 だがしかし、眼前の男は例外でも見習いでも、ましてや三流でもない。この怒りは、そんな連中が出せる熱ではないのだ。

 

「ま、テメエが先に馬鹿にしやがったんだからな、これで差し引きゼロだ。……それでも気に入らないなら表でやり合うか? 俺は構わないぞ」

 

 しばし無言で睨み合ったが、カルナが溜息と共に折れた。

 これ以上の問答は時間の無駄だね、と呟き、しぶしぶとニールの提案を了承したのだ。


「けど、防御役が居ないと一緒に行かないよ。敵に突っ込んで死ぬのは勝手だけど、巻き込まれるのはゴメンだからね」

「と、いうことだ女将さん。どうせあいつら今日暇してるだろ? 新顔の実力チェックってことで引っ張ってきてくれねえかな」

「……まあ、それはいいけどね。ニール君だけならまだしも、あの二人なら無茶しても止めてくれるだろうし」


 けど、と。

 満足気な笑みを浮かべるニールを、女将は不思議そうな顔で見つめる。


「ニール君、君ってそんなに面倒見がいいタイプだったかしら」

「どうなんだろうな」


 その問いにニール自身も答えられずにいた。

 研究者ではなく冒険者をやっている魔法使いはそこそこ希少だ。親切にして恩を売る――というのはよくある話ではあるが、自分がそこまで考えて行動しているとは思えない。

 

「なんっつーかな……他人に思えなかった、ってのがあんだよ」

「僕は君みたいな男と知り合った覚えはないんだけどね」

「だろうな、俺だってお前とあった覚えはねえし」


 つまり、よく分からない。

 ただ、何かが気になって構っているのは確かだと思うが、その何かが言葉にできない。

 首を傾げながら唸っていると、不意に女将が「ああ」と小さく頷いた。


「そっかそっか、そういうこと――なるほどねー、確かに……案外似たもの同士かも」

「そこの剣士……この冒険者の宿は大丈夫なのか。主人の目が節穴か何かじゃないのか」

「ニールだ、覚えとけ。……ま、誰だってミスはあんじゃねえのか?」

「失敬な奴らね君たち……そこで待ってなさい、とりあえずダルマ二人組呼んでくるから」


     ◇


「クエスト内容は人工ダンジョンのモンスター掃討。モンスターが変化させた壁、部屋などは地図に書き込んで提出すること――常識的なダンジョン探索任務だ。安全に、そして常識的に行くぞ」


 ダンジョンの前で、分厚い甲冑に大剣を背負ったヌイーオが皆に宣言し、その隣では軽装の皮鎧を着たヤルがランタンとマップを取り出している。

 ニールは己の防具や剣の調子の最終確認をしながら、ちらりとカルナの方に視線を向けた。

 表情に疲労を貼り付けた彼だが、しかし魔導書の確認を行う姿は真剣だ。疲労と慣れない環境でのミスはあるかもしれないが、しかしやるべき事をサボってミスをするような間抜けではないのだろう。

 

「おっおっおっ、それじゃあ行くぉー! そっちの――カルナ? も頼りにさせて貰うからヤルのために働いて働いて働きまくるといいぉー!」

「戦闘以外は大体任せるけどな。そこでサボるなよ、ヤル」

「サボりたいのは山々だけど、それやったら露頭に迷うから頑張るしかねーぉ」

 

 ニールの言葉にやる気の欠片も見えない返答をする。

 カルナが「大丈夫かよコイツ」という視線をヤルに向けているが、まあそこは役に立っている姿を見て納得してもらう他ない。

 

「んじゃあ、カルナ。お前が口だけか口に見合うだけの実力があるか、見定めさせてもらうぜ」

「言ってなよ、剣士風情が」

 

     ◇


 洞窟の闇をランタンが切り開く。

 動物の骨や腐敗した食べ残しが地面に散乱する光景を見て、カルナは一瞬だけ顔をしかめるがすぐにそれをひた隠す。

 まあ、慣れてないと嫌になるよな、とニールは気づかないフリをしながら内心で一人頷いた。

 

「これはゴブリンだぉねー。あいつら頭はそこそこ回る癖に、なーんでこうも散らかしまくるんだか」

 

 ヤルがマップを手にうんざりとした口調で言う。

 人間と同じ二足歩行の生物であり、知能を持ちながらも人間と相容れない亞人――ゴブリン。

 成人でも人間の子供くらいの背丈であり、肌の色が住む場所によって変化する。そして知能があるといっても、自分たちで創作的な行動をすることは少なく、他種族の物を奪いそれを見よう見まねで操る程度だ。

 

 だが、イコール雑魚。という方程式は成り立たない。

 知能を持ち、自分が弱いと理解していながら略奪を行う彼らは、ただ力の強いだけのモンスターよりもずっとずっと凶悪であり強敵だ。 


「みんな、今のペースで歩きながら小声で話すぉ……」


 何かに気づいたのか、ヤルが低い口調で言う。

 ニールとヌイーオが歩きつつも周囲の気配に気を配る。カルナは三人の様子に疑問を抱きつつも、しかしそれに習った。


「正面に五匹、ランタンの火が届かない辺りを維持しながら歩いてるぉ。たぶん、戦いやすい場所に招き入れてから、他の仲間と合流して勝負を挑むつもりなんだと思うぉ」

 

 なるほど、と頷きながら取るべき行動を考える。


「先手必勝、でいいんじゃねえのか?」


 ゴブリンたちはニールたちに気づいているものの、ニールたちがゴブリンに気づいているということには気づいていない。

 本来の奇襲よりは精度は落ちるだろうが、それでも相手の思惑に乗るよりはマシだろう。

 ヌイーオも「そうだな」と小さく頷く。戦闘の音で他の仲間が集まって来るかもしれないが、寝床に招き入れられて集中攻撃されるよりはずっといい。

 

「待った」


 ニールとヌイーオが駆け出そうとした時、カルナがそれを呼び止めた。

 

「相手が集団で来るというのなら、丁度いいよ。肥満の君は背後からの奇襲を警戒して、前衛の二人は前方からの攻撃を防いで欲しい」 

「できるのか? 後で無理だった、じゃあ常識的に考えるまでもなく困るんだぞ」


 ヌイーオが見定めるようにカルナを見つめる。

 身体能力が低いとはいえ、群れたゴブリンの恐ろしさは他のモンスターの比ではない。

 武器を使いこなし、頭の良い個体であれば魔法すら使う彼らは、言うなれば劣化冒険者だ。そして奴らは、質が劣化したとしてもそれを補う物量がある。

 

「問題ないさ――ああ、問題なんて、ない」


 蒼い瞳から、紅蓮の如く燃え盛っているような熱を感じる。

 轟々と燃えるそれが意味するのは熱意であり決意であり殺意だ。敵対する者どころか味方、そして己すらも焼き払いかねないそれを見たヌイーオは、ちらりとニールに視線を向けた。


「なんだ?」

「いや。お前がなんでこいつとクエストに行きたいって言ったのか――それがなんとなく分かっただけだ」

 

 そんな意味の分からない言葉を言うと、ヌイーオはカルナの言葉を了承し、前進を開始する。

 ヤルが相手の動きを把握し密集するタイミングを読み取り、その後カルナが魔法を放つ。混乱する中にニールが切り込み、ヌイーオはカルナとヤルの盾となり守る。

 自分の動きを把握し合い、互いに頷いた。

 ゴブリンに招かれるまま歩き続ける。かつん、かつん、と響く靴底の音が嫌に響く。


「……もう少しで広間だぉ。そこの入り口付近に、十五匹くらいゴブリンがいる」

「けっこう大所帯だな……おい、カルナ。ヘタレるなら今のうちだぞ」

「ふん、誰に物を――」

「カルナ、詠唱を頼むぉ!」


 正面の気配が濃密になる直前、ヤルが叫びカルナが魔力を練り上げる。

 ヌイーオが大剣を構え、ニールは疾走した。

 自分たちの奇襲が気づかれていたことに狼狽する気配を感じるが――遅い!


「我が望むは灼熱の爆炎なり! その両腕で数多の敵を抱きしめ、燃やし尽くし、永久とわの眠りへといざない給え!」


 朗々とした声で詠唱を行うカルナの周囲から熱を感じる。

 それは火だ。それは炎だ。それは相手を焼きつくす武器だ。

 カルナの掌から吐き出されるように生み出された灼熱は、宙で糸のように編まれ二本の腕の形に変容する。

 

(速い!)


 何度か魔法使い崩れと言うべき冒険者とクエストを共にしたことがあるが、それとは比べ物にならない程に発動が速い。

 轟々と燃える両腕はニールを追い越し、手の平でゴブリンたちを優しく、けれど凶悪な熱量で包み込んだ。ゴブリンの醜い悲鳴と共に、肉が焼け焦げる嫌な臭いが鼻孔を貫く。 

 だが、それでも勘のいい連中は逃げ延びたようだ。彼らは黒く焦げていく仲間を一顧だにせず、魔法の使用者であるカルナに向かって突き進む。


(数は――四! 剣を持っている奴が二匹、槍を持っている奴が一匹、弓を持っている奴が一匹!)


 ならば、と疾走しながら構えを脇構えに変更する。

 そして更に、加速、加速、加速。速度は強さだ。どんな物理攻撃も、勢い良く叩きつけなければ威力を期待することはできない。

 ニールはヌイーオなどの筋骨隆々とした戦士に比べ貧弱で、己の腕力だけでは力不足なのだ。

 故に速度を! 故に剣術を! 

 それらをひたすらに練磨し、必殺へと至らせてみせる!


鰐尾がくび――」


 加速し、叫び、


「――円斬えんざん!」

 

 体全体で円の軌跡を描きながら、真横に振りぬく!

 突撃しながら放った回転斬撃は、ニールをすり抜けようとした剣持ちのゴブリンの脇辺りに突き刺さり、そのまま両断。その勢いのままもう一匹の剣持ちを叩き斬る。

 更にもう一匹だ、と剣を振るうが、しかしギインという鈍い金属音と共にその目論見は阻まれる。槍持ちのゴブリンがニールの剣を防いだのだ。

 二匹を叩き斬って勢いが鈍ったのもあるだろう。しかし、それ以上に――


「動きがいい――こいつか親玉か!」


 槍を打ち払い攻撃しようとするが、相手は勢いに逆らわず跳び上がることでそれを回避。ちい、と舌打ちをして駆け出そうとするが、しかし正面から放たれた矢がニールの進行を妨げる。 

 

(たぶんこいつ――学習しているゴブリンだな)


 人工ダンジョンなどでモンスターの掃討を行っても、全てを殺しきれるわけではない。冒険者が一、二匹見逃してしまうことはあるし、戦闘中に逃亡する個体も存在する。

 その手の連中は、普通のモンスターよりも強い。冒険者という外敵を理解し、どういう行動をしてくるのかを想定してくるために、本来以上の実力を発揮してくるのだ。

 そして恐らく、この槍持ちのゴブリンはその手合なのだろう。

 だがしかし、


「なんでもないさ――炎で焼くにしろ、雷で貫くにしろ、氷で凍えさせるにしろ、その程度の相手なら問題ないよ」

 

 カルナが魔導書を広げながら宣言する。

 実際、その通りだ。まだ何十匹も仲間が存在するならまだしも、残りは槍持ちと弓持ちの二匹だけ。矢をニールとヌイーオが防ぎ、カルナが魔法を使えば問題なく掃討できる。

 だが、

 だが、それでも。


「手をだす必要はねえ。黙って見てろよ」

「何を意地になってるんだい? 君が倒し損ねた相手くらい、僕が尻拭い――」

「意地、意地か。まあ確かに意地かもしれねえなあ」

 

 槍持ちと弓持ちのゴブリンたちに向け、剣を構える。

 

「派手な魔法でお前は証明したんだ、『自分は強い』ってな。ああ、すげえよ、認める。俺はあんま魔法使いと会ったことねえから意味のない言葉かもしれねえけど、俺が見た中では一番の魔法使いだよ、お前」

 

 ああ、けれど、だからこそ――


「そこで見ていてくれ。今度は――俺がお前に見せて魅せて認めさせる番だ」


 ニール・グラジオラスここに有りと。お前は強い剣士なのだと。

 認めた相手だからこそ、認めて欲しいのだ。

 子供っぽい理屈だと思う。馬鹿かお前はとも思う。だがしかし、それがニールという人間なのだ。

 ならば仕方がない。やめられない以上、どれだけ子供っぽくても、どれだけ馬鹿馬鹿しくても、それを曲げずに貫くしかないではないか!


「行っくぜ――!」


 右肩に背負うような形で剣を構え、地を蹴り、槍持ちへと疾駆する。

 直線的な単純な特攻に、弓持ちが小馬鹿にしたような笑みを浮かべるのが見える。馬鹿が、すぐお前の脳天を貫いてやるよ、と。

 だが、問題ない。やれるものならやってみろと更に加速するのと、矢が放たれるのは同時。

 宙を貫き飛翔する矢がニールの頭部へとひた走る。狙いは正確で、あと数瞬もすればニールの脳天に風穴が空くだろう。

 

「シッ――!」


 だが、そんなことをさせるワケにはいかない。

 一歩、強く強く踏み込み、構えた剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 ぱぁん! と弾け跳ぶ音と共に矢を破砕し、更に前進。砕けた矢の屑が頬を掠めていくのを感じながら、視線は驚愕に染まる二匹のゴブリンから逸らさない。

 問題ない。

 自分はもっと速く、鋭く、重く、強い一撃を知っている。

 だというのに、なぜ、自分はさっき無理にでも攻められなかった? 槍持ちが距離を取り、その援護として矢を放ったあの瞬間。なぜ、同じことが出来なかった?


(腑抜けていたからだ! 忘れかけていたからだ!)


 無理をして傷を負いたくないと腑抜けた、

 心の熱を忘れ始めていた!


「ふざけんなよ、俺は――」


 ああ、そうだ。

 ようやく理解した。

 なぜ、自分がカルナという少年があれほど気になったのか、ようやく分かった。

 あのギラついた瞳は、轟々と燃えるあの熱は、ニール・グラジオラスが転移者に負けてすぐの頃に灯していた炎ではないか。

 その肉を焼く熱量に魅入られ、引き寄せられたのだ。

 

「――転移者の連中に勝つまで、折れてたまるかっ!」


 踏み込み一閃、更に一歩踏み込んで斬り上げる。

 それでことは済んだ。足元には呆然とした顔で事切れたゴブリンの姿がある。まさか、正面から剣一本で殺されるとは思ってなかった――そんな顔だ。

 それを見て、ニールは獣の如く笑う。

 ああ、やったぞ、と。俺の剣はこんな薄汚い子鬼共の予想よりもずっとずっと速く鋭く強いのだ、と。

 

「カルナ! 俺はどうだった!」


 返り血がへばり付いたままの顔で、カルナの方向に振り向く。

 ヌイーオやヤルがぎょっとしているのが見えるが、知った事かと脳内から一時的に消去する。今、必要なのはカルナという男が自分をどう思っているかだ。

 弱者と笑うか、気が狂っていると恐れるか、それとも――


「……悪かったね、ニール。謝らせてもらうよ。確かに君は強い剣士だと、僕は思う」

 

 まあ、僕も剣士の戦いをよく知っているわけじゃないけどね、と笑う。

 その表情は柔らかく、痩けた頬が戻れば女性が放っておかない魅力的な笑みになるのだろう。

 

「それよりも聞きたいんだけれど――さっき、転移者に勝つ、とか言ってたね」

「なんだ、お前も無理だからやめておけ、なんて言うのか?」


 そうは言ったものの、ニール自身、カルナが頷くとは思っていなかった。

 自分の勘違いでなければ、あの瞳に宿る熱は――


「まさか――僕も同じさ。そのために、冒険者として経験を積みたいと思ったんだ」

 

 ――今も自分の中で燃える灼熱なのだから。


「馬鹿な夢を抱く者同士、無理を通したい者同士、一緒に動いた方が色々楽だと思わねえか?」

「熱意のない連中と組むよりは、マシだろうね」

「俺は剣士で、お前は魔法使い。互いに足りない物を補えるタッグだと思うんだが、お前はどう思う?」

「どうだろうね? その剣士が僕の歩みに付いて来られるのなら、問題ないんだけど」

「なら、問題はねえな」


 ニールは右手を差し出した。

 カルナは一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、すぐにそれに習った。


「ニール・グラジオラスだ。昔戦った転移者の女より強くなりたいと思っている」

「カルナ・カンパニュラだよ。少し前に僕をあざ笑い叩き潰した転移者に勝ちたいと思っている」

 

 手の平と手の平が硬く、硬く結ばれた。心の絆も、また強く強く。

 それがほどける時は、きっとどちらかが夢を諦めた時。互いの夢に付き合いきれなくなった時なのだろうと思う。

 だが、そんな結末はない、とニールは信じる。

 互いに燃える胸の炎が、弱る心を轟々と燃やし、前へと導いてくれる。そんな気がしたからだ。

 

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