146/白と黒の服選び
「……祭りみたいだね」
カルナは溢れる人と活気を見て、そのような感想を抱いた。
歩幅をノーラに合わせ、互いに人波に流されてしまうように気をつけながら、軽く周囲を見渡す。
物珍しそうに辺りを見渡す旅人と、それに声をかける商人。
露天用のスペースの中では演奏を行う者も居て、そこかしこから何かの旋律が聞こえてきて耳を楽しませてくれる。
複数人の団体がどこに行こうか迷って立ち止まり、それを商材を載せた馬車を遮ってしまい、慌てて道を開けているのが見えた。
それらを見て、カルナは子供の頃に参加した故郷の収穫祭や、港街ナルキで行われていた漁師たちの祭りを思い出す。
物珍しそうに辺りを見渡すカルナを微笑ましく思ったのか、隣を歩くノーラがくすりと微笑む。
「わたしたちにとってはそうですね。ここに住んでいる人たちにとっては日常なんでしょうけど」
ノーラの視線が滑り、走り回る子どもたちに向けられた。
彼らは観光客を器用に避けて小路に入り込んでいく。恐らく、お気に入りの遊び場に向かっているのだろう。こんなに沢山の人通りの中、よくもああやって走り回れるものだと思う。
他にも、買い物帰りの主婦が人通りの大通りをするりと通り抜け、枝分かれした路地に入り視界から消えていく。
なるほど、と思う。ドワーフたちが地下で暮らすことに驚かぬように、エルフたちが大樹の塔に圧巻されぬように、この街に生きる人もまたこの喧騒に適応しているのだろう。適応してしまえば、他所から来た者がどれだけ驚こうとも日常なのだ。
「ところでカルナさん。少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「うん? 構わないよ。どうかした?」
ええっと、と言葉を選びながら、ノーラはカルナのつま先から脳天まで、ゆっくと見つめる。
なんだろう、と内心で疑問の声を漏らすが、とりあえずされるがままにしておく。一応、洗濯もしているし、破れていたりしないかは確認しているから衣服に問題はないだろうと思う。だが、実は見逃していて変な所に穴が空いてる――という可能性も否めない。
「……その服って、前も着てましたよね。ほら、女王都で観光した時に」
「え? ああうん、そうだよ。良く分かったね」
黒いシャツに同色のボトム、そしてブーツ。ローブの下は大体これだ。
ローブと同色であり、動きやすい細身のデザインはけっこう気に入っている。
しかし一見して前と同じと見抜くなんて、よく見ているなノーラさん――そう感心していると、彼女は視線を更に不安そうというか、不満そうな色合いを濃くしていった。
「……あの、まさかと思うんですけど。それしか無い、ってワケじゃないですよね」
「まさか」
そう言って笑うと、ノーラも「ですよね」とどこかホッとしたような笑みを浮かべる。
「これと似たデザインのヤツが数着。それをローテーションで着てるんだ」
ノーラが笑みを浮かべたまま固まった。
固まった彼女はそのままの表情で俯き――うん、と大きく頷く。
「……カルナさん! 服、買いに行きましょう!」
「服? ああ、そうだね、僕は構わないよ。いやあ、やっぱり女の子は服とか選ぶの好きなんだ――」
「わたしじゃなくてカルナさんです!」
何言ってるんですか貴方――そんな響きを持つ言葉であった。
「……えっ?」
びしい! と突き付けられた指先を見つめながら困惑する。
おかしい、さっきの会話で衣服が足りないなんて心配をされる要素はなかったと思うのだが。
だというのに、ノーラは「なんで分からないんですか!」と言いたげな顔でカルナをじっと睨んでくる。どうしよう、全然解せない。
「カルナさん。冒険者である以上、全力で着飾れとは言いません。荷物になりますからね。……でも、最低限の身嗜みはした方がいいと思うんですよ」
「……ええっと、最低限の身嗜みは出来ていると思うんだけど」
大衆浴場で体も髪も綺麗に洗っているし、ローブもインナーも洗濯している。穴が開いたりしたら不格好なので町の裁縫屋に修繕して貰ったり新しい服を買ったりもしている。見苦しい格好はしていないはずだ。
完璧と自称することは出来ないが、しかし他の人から汚らしいと言われる程に手を抜いてもいない。
「カルナさんの言う最低限は必要最低限――言ってしまえば異臭がしたりボロボロの服を着ていない程度ってだけです。わたしが言う最低限っていうのは、『この人、どんな時でも同じ服着てるな』って他人に思われない程度ってことなんですよ」
というか、誰かに指摘されなかったんですか? とノーラは問う。
だが、カルナと親しかったのは剣馬鹿と筋肉馬鹿に贅肉馬鹿である。彼らも着飾ることに興味など無かったし、指摘などしてくれるはずもない。
唯一、そういう常識を指摘してくれるであろう黄色の水仙亭の女将も何も言わなかったのだが――
(……よくよく考えると、今女将さんも『そこは追々直していけばいい』みたいに考えていたのかも……?)
ニールたちと初めて出会った頃のカルナは魔法以外は無頓着で、食事も風呂も忘れて魔法の研究とクエストを行っていた。
その時に色々と叱られて直していったのだが――確かに、今になって思うと着飾る云々よりも指摘すべきことが多すぎた。とりあえず最低限のことを優先的に矯正し、他は後回しにしていたのだろう。
このクエストが終わったら女将さんにお礼言わないとな、と誓いながら、ノーラに微笑みかける。
「……うん、それじゃあそうしようか。僕はそういうのに疎いから、ノーラさんに色々意見して貰えると助かるな」
「わたしも詳しいってワケじゃないですけどね。それじゃあ、行きましょうか」
そう言って、彼女は手を差し伸べた。
それを優しく握り、歩みだした。ゆっくりと、歩幅を合わせながら。
◇
男性向けの服屋の一角――カルナは試着を終わらせ、ノーラにその姿を晒していた。
カチャリ、と瞳を覆う黒いレンズをかける。サングラスと呼ばれるそれは強い光を遮ってくれるという代物のようだ。
冬の今はそこまで必要なさそうだが――デザインが中々に気に入った。これは良いモノだ。
試着した黒いジーンズは所々が破れたような加工が施されており、腰に鈍く光る鎖がジャラリと垂れている。これもまた、良い。特に鎖とか何に使うんだろうと思うけれど、黒地のジーンズに鈍い金属の輝きが映えているのだ。
そして、夜の闇の如く黒いジャケット。まるで全身を拘束するようにつけられた複数のベルトが体を引き締め、独特なフィット感をもたらしてくれる。そして何より、装飾としても素晴らしいと思うのだ。
オーソドックスな魔法使いが用いる漆黒のローブに近く、けれど細々とした装飾が古臭さを感じさせないコーディネートだ。アクセントに入れた鈍色の金属も、闇夜に輝く星のようではないか。
――素晴らしい。カルナは心を大きく震わせた。
黒と鋼の輝きのなんと美しいことか。ああ、カルナは心から思った。男なら黒に染まるべきなのだと――!
「ふふっ、どうかなノーラさん。似合うかな?」
前髪を整えながらノーラに問いかける。答えは分かりきっていたが、聞かずにはいられなかった。
自分がどれだけ良いと思っても、他人から見ればそうでないと思うことは多い。魔導書に図形や詠唱の記述を書き記す時、何度も読み返しているはずなのに後々になって簡単なミスが出て来るのと同じだ。誰しも、己が手がけたモノを客観視できないのだから。
対しノーラは視線を逸し、震える声で一言。
「ええっと……つ、次は、わたしが選んでいいですか?」
「あれぇ!? 感想すら拒否されてる!?」
おかしい、何がいけなかったのか。
もちろん自分の選択が完璧だなどと驕り高ぶっていたワケではないが、ここまで自分の予想と乖離しているとさすがに動揺してしまう。
「いや、好きなら買っても良いと思うんですよ、似合ってはいるので。でも、全部色合いが黒になっちゃうので、それだけなのはちょっと……」
「けどノーラさん、これは魔法使いとして当然だと思うんだ」
今持ってる服ってローブも黒ですし、インナーのシャツもズボンも黒ですよね? とノーラが問いかけてくるので頷いた。
黒とは由緒正しい魔法使いの色だ。武装帝国アキレギア、その後期に発明された人間用の魔法は、しかし『力ある戦士こそ正義』とされていたかつての常識を破壊するモノとして弾圧されていたという。
そのため、魔法使いの多くは夜に紛れるような黒を好み、魔導書を隠すゆったりとしたローブを身に纏った。今でこそかつての迫害はないが、黒装束は黎明期に生まれた魔法使いの正装なのだ。
「魔法使いとして当然かどうか、って話は正直わたしには分かりませんけど――魔法使いとして活動している時でもなければ、黒を纏う必要はないんじゃないですか? というか、キャロルさんも魔法を使えますけど装備は銀色の軽装騎士鎧ですよね?」
「キャロルさんの場合、魔法使いと言うより、魔法も使える戦士だからなぁ、魔法使いとしての正装より騎士としての正装をしているだけなんじゃないかな」
魔法が使えるからって一人だけ漆黒の鎧とか着ていたら悪目立ちするだろう。
(……それはそれでかっこ良いと思うけどね)
白銀の鎧纏う騎士たちの中、漆黒を纏う女騎士。なんだろう、非常に心躍る。騎士団は漆黒の魔法剣士部隊とか作ってくれないだろうか。魔法黒騎士部隊とか、そんな風にして。
瞳を輝かせるカルナを、ノーラは苦笑を漏らしながら小さく吐息を吐いた。
「レンちゃんが時々言う、厨二病とかそういうのですよね、カルナさん」
「……なんだっけそれ。確かに、ちょくちょく言っていた覚えはあるけど、意味まで聞いてはいなかったな」
「白よりも黒、光よりも闇、正義より悪、ナイトよりも暗黒騎士に憧れる人たちの総称――らしいですよ?」
「要は悪漢譚とかを好む人って感じか――ううん、否定はできないかなぁ……」
闇に生きる仕事人や、地下で研究を続ける魔法使いなどに憧れはある。無論、物語の登場人物として、ではあるが。さすがに今更、闇に生きたいとか一人で地下に引きこもりたいなどとは思わない。
そんなカルナを少しだけ呆れた顔で見つめるノーラは、小さくため息を吐くと並べられた服に視線を向けた。
「それより、もっと他の色の服を選びましょう。カルナさんの場合――細身ですしイメージを大きく変えるためにも下は白いズボンにして、上は――茶のジャケットで、近い色で明るめのマフラーにして……インナーのシャツはジャケットに近い色で……」
カルナと衣服の間で視線を何度か往復させながら、ひょいひょいと衣服を手に取っていく。
適当に選んでいるように見えるが、しかし選ぶサイズはおおよそカルナのサイズと同一だ。なんというか――
「……選び慣れてるね、服」
「ええ、村に行商人さんが来た時とか、近くの町に皆で行った時とかで慣れちゃいました。さすがに男性の服を選ぶのは初めてなので、サイズが間違ってたら言ってくださいね」
そう言って彼女は選んだ服をカルナに手渡した。
普段、彼が纏う黒い衣服とは違う、全体的に明るい色調の布地に少し躊躇する。こんなの着て大丈夫なのかな、と。
別にノーラのセンスを疑っているとかそういうワケではないが、しかし着慣れないモノを突然手渡されて『似合うから着ろ』と言われても困惑するのは道理だろう。
「そんな真剣な顔しなくても、似合わなかったり、カルナさんが気に入らなければ畳んで戻せばいいだけの話ですよ。ほら、行って行って」
年下の子供をあやすような口調のノーラは、そのままカルナを試着室に押し込んだ。
「っと、と……以外と押しが強いところがあるよね、ノーラさん」
「あら、もっと押しの弱くて従順なタイプの方が好きですか」
カーテンの向こうでくすりと悪戯っぽく笑う彼女に、いいや、と短く返答する。
「僕のタイプは今のノーラさんだよ。押しの強い弱い関係ないさ」
向こうで息を呑む気配がした。そっとカーテンを開けてどんな顔をしているのか覗きたい気分になったが、そこはぐっと堪えて着替えを始める。
それでも、唇から漏れるくつくつという笑い声だけは堪えきれず、それを聞いたノーラはからかわれたのに気付いたのか試着室のカーテンに手をかける。
「カルナさん、もうっ……!」
「別に乗り込みたいなら乗り込んできてもいいよ、今着替えてる途中だけどね」
「あ、うっ……うー……!」
カーテンにかけられた手が、ゆっくり戻っていく。こういうところは初々しいな、と微笑みながら着替えを進める。
茶のシャツと白いパンツ、そしてジャケットを羽織りマフラーを巻く。
サイズに問題はなく、別段着るのが難しい衣服ではないし、着心地も悪くない。だというのに、カルナは試着室に設置された鏡の前で静かに困惑していた。
(……なんというか、全体的に明るい色で慣れないな)
白は元より、茶のシャツやジャケットなども色合いは薄く明るめだ。
白が膨張色というのもあるのだろうか、普段の自分との雰囲気の違いに動揺してしまって、似合っているのかどうか判別がつかない。
「ええっと……これでいいかな?」
カーテンを開け、ノーラに問いかける。
着慣れない服と色合いだからだろうか、少し気恥ずかしい。
先程、試着室の鏡で己を観察した時は『カジュアルだけれど生活感のある服装』という感想を抱いたが、しかしそれと同じ感想を女が抱いてくれるとは限らない。ファッションとはアピールするのは異性の癖に、しかし男女の好みは大きく異なるという罠だらけの魔境なのだ。
だが、そんなカルナの不安とは裏腹に、ノーラは「わあ」と小さく感嘆の声を漏らした。
「似合ってますよ。やっぱりカルナさんは細身で長身ですから、白が映えますね」
「そうかな、自分では良く分からないんだけど。それと、正直な話を聞きたいんだけど……黒い方は似合ってないのかな?」
「いいえ、そちらもちゃんと似合ってますよ。カルナさんは肌も白くて髪も綺麗な銀色なので、重くなりすぎなくて」
ただ、同じ色ばかりなのはちょっとどうかと思うんです、とノーラは柔らかい笑みを浮かべた。
正直、カルナは衣服が同じ色合いだろうとなんだろうと興味はなかったが――ノーラが楽しそうに笑みを浮かべてくれるのなら、もう少し身なりに気を使ってもいいかもしれないと思うのだ。
「よし、それじゃあこれとさっきのを買おうかな。ちょっと待ってね、着替えるからさ」
「ええ、待ってますね」
ノーラの「やっぱり前のも買うんですねー……」という小さな呟きを聞こえなかったフリをしたカルナは、試着室のカーテンを閉めて普段の衣服に着替えていく。
「そういえば、次、どこに行きましょうか? まだごはんには早いですし……」
「ああ、それならもう決めてるよ」
普段の服に着替え、試着室から出たカルナはノーラに微笑みかけた。
「今回はノーラさんに僕の服を選んで貰ったからね――なら、次は僕の番かなって思うんだ」
にこり、と。
彼女に向けて微笑んだ。
楽しげに、しかし僅かに悪戯っぽく。
◇
「ノーラさん、まだかな?」
先程の店から退店してしばらく、カルナは女性向けの服屋――その試着室の前に居た。
少し前にノーラが入った試着室に視線を向けるが、一向にカーテンが開く気配がない。着替えが長引いているのかとも思ったが、衣擦れの音はなかった。ただただ、困惑したような息遣いだけがカーテンの奥から漏れ出している。
「ええ、っと、ちょ、ちょっとまってください……着替えは終わった、終わったんですけど」
「サイズが合わなくて困ってるってわけじゃないんだね。けっこうゆったりとした服着てるから、実は僕が気付いていないだけで想像以上に太ってるのかと――」
「なっ――しっ、失礼なこと言わないでください! そりゃあ、前より少し太りましたけど、そんなに一気に太ったわけじゃないですよ! ええ、ちゃんと着れてます! 着れてますよ!」
「なるほど、じゃあもうカーテン開けてもいいね」
あっ、と。
試着室の中から響く「しまった」と言いたげな声を聞きながら、カルナは無造作にカーテンを開いた。
――中に居たのは、夜空を纏ったノーラ・ホワイトスターその人であった。
暗色の布地を多量に使った袖の膨らんだブラウスに、同色のフレアロングスカート。
それだけなら喪服めいているが、胸元やスカートの裾といった要所を白いフリルが彩っており、黒が持つ暗さを僅かに和らげている。
そして、黒が持つ独特な大人っぽさ。それが小柄な少女であったノーラを、着飾った女と変えている。
うん、とカルナは一人頷いた。
ノーラがカルナに明るい色を着せた理由も分かる。服と色、それだけでその人物が持つ雰囲気が大きく変質するのだ。
「……うん、やっぱりこういうのも似合うよ、ノーラさん」
元々、背が低めなだけで体つきは十分大人だったのだ。
それを明るい笑みと白くゆったりとした衣装が彼女を柔らかく見せ、子供と大人の天秤をほぼ真ん中に固定していた。
だが今の彼女の姿はどうだ。
その天秤は少し重りを載せるだけで、大人の女性へと傾いている。そう、傾くだけだ。要所を彩る白いフリルが少女らしさを演出し、大人に傾きすぎないようにバランスを整えている。
「あ、あの――確かに、こういうのも嫌いではないんですけど……ちょっと、恥ずかしいというか」
僅かに頬を赤らめ、恐る恐るといった風にスカートを摘むノーラ。その着慣れていない仕草が初々しくて可愛らしい。
それは社交界に出た箱入り娘のよう。しかし、胸元の膨らみだけは大人そのもので、そのギャップもまたいい。
「大丈夫、似合ってるから問題ないよ」
恥じらう彼女を見つめながら、そうだ、と手を叩く。
「今日はその服で出歩いてみるのはどうかな? 僕もどこかでさっきの服に着替えるからさ、普段とは逆の色同士で歩くのも一興かと思うんだ」
「ご、ごめんなさい、ちょっと無理です! ま、また今度ということで!」
「今度か……うん、今は日程を決めないけど、また今度だね。言質は取ったよ」
朗らかな笑顔で言い放つと、ノーラは微かに瞳に涙を浮かべながらカルナを睨む。
「うう……なんですか、最近、ちょっとカルナさん意地悪じゃないですか? ……というか、楽しんでますよね?」
「あ、分かった? いやぁ、ニールの気持ちが少し分かるね。こうやって軽く虐めると凄く楽しいんだ」
さすがに彼のように『馬鹿女』云々とは言わないし、言ったところでカルナではただの悪口にしかならない。そこは人間性とか性格の違いなのだろう。
だからカルナが得意な方向で、ゆっくりと、ゆったりと、目の前の少女の頬を赤く染めるのだ。困らせすぎない程度に優しく、けれど感情を揺さぶる程度に強く、慰撫するように、愛撫するように。
「……そんなことやってると、もうカルナさんなんて嫌いだ、って言っちゃいますよ」
「おっと、それは困るな。そう言われないように、ちゃんとやりすぎないように努力するよ」
「やめるって選択肢はないんですね」
「うん。まあ、からかったり怒らせたりして楽しむのは男の宿命なのかもしれないね。笑って許せとまでは言わないけど、理解してくれると嬉しいな」
だって、好きな子の色んな表情を見られるのが楽しくて仕方がないのだから。
喜ばせるために頑張っても喜んだ顔と笑みだけしか見れないが、こうやって困らせれば色々な表情を自分の前で披露してくれるのだ。どのような鉄の自制心を持っていたらこの情動を抑えられるというのか!
「それを言ったら、優しくして欲しいって女の気持ちも理解して欲しいんですけど」
「はははっ。大丈夫、普段は出来る限り優しくしてるよ。もちろん、足りなかったら言っていいんだよ」
「今現在足りてない、って言っても良いですか?」
「構わないよ。もっとも、聞くかどうかは別問題ではあるけどさ」
「やっぱり意地悪じゃないですかぁ!」
ぴしゃり! と閉められる試着室のカーテンを見ながら、カルナは大笑する。そして、心から思うのだ。
今でも人付き合いは面倒で、ノーラの願いを聞いて別の服を着るのも避けられたら避けたいくらいに思う。
だが、それでも、それ以上に――
「やっぱり、今は楽しいな」
――こうやって誰かと触れ合う日々は楽しいのだと。
粗暴ながらも妙に理知的なニールとの馬鹿騒ぎも。
傲慢な癖に寂しがりやで、その上無知で――けれども優しさと珍妙な知識を有する連翹との交流も。
見た目以上に押しが強くて神官としての実力も未熟で――けれど勤勉で好奇心旺盛なノーラとのデートも。
それ以外にも他の友人や、騎士や、冒険者との交流も全て全て――カルナ・カンパニュラという人間にとって黄金よりも輝く宝なのだと思うのだ。
「……奇遇ですね、わたしもです」
ほら、こうやって――独り言のつもりだった言葉を色鮮やかに咲き誇らせてくれる人が近くに居ると、特にそう感じる。




