142/鉄咆の構想と西の大都市
「デレク、いるかい? 今、大丈夫かな」
「おう、魔法使い、鉄咆の整備か?」
進軍の途中、カルナはデレクたちが居る馬車に乗り込んだ。
がたがたと揺れる車内で武具の整備をする工房サイカスの面々を見ながら、うん、と頷く。
幸い、アトラは作業に集中しているのか、こちらに視線を向けて来ない。そこに、少し安堵する。正直な話、今話しかけられても普段通りに出来る自信がない。
「けっこう酷使してるからね、休憩の間に見てもらおうかなと思ってさ」
鉄咆は便利な道具だ。転移者相手なら、特に。
なにせ、撃つと命中するにしろ外すにしろ、転移者は驚き僅かに動きを止めてくれる。
無論、それは僅かな間だ。けれど、カルナが詠唱を半ばまで完成させるには十分であるし、ニールや連翹が近づいて斬りかかるのにも十分な隙だ。
「この前、農村で欲しがられたぜ。便利そうだってな」
デレクはカルナの鉄咆を受け取りながら、未来の客だと大笑する。
「農村で? モンスターを狩るなら剣や弓の方がいいと思うけど」
「デケエ音で獣やモンスターを散らしたいんだとよ。その時に一匹でも倒せりゃ御の字だし、撃つ時の衝撃も畑仕事してる人間の男なら慣れりゃ問題ねえだろうしな」
雑談しながら部品をバラして行き、汚れを落とし、磨き、油を差していく。
その流れるような動きに、さすがは本業だな、と感嘆する。カルナもその程度なら出来るものの、もっと時間がかかるし、何より揺れる馬車の上でやるのは不可能だ。何かの拍子に部品を無くす自信がある。
「しかし、戦闘以外にも使えるんだね。そんなこと、一度も考えなかったよ」
「実際売るとなると、兵士や冒険者より、村人の方が良い客になるかもな。どうも戦士には受けが悪いんだよな、これ」
剣や弓のが信頼できるってな、とデレクは不満そうに愚痴った。
だが、気持ちは分からなくもない。カルナとて一番信頼する魔法を活かすために鉄咆を考案したのだ。己の鍛えた技を信頼するのは当然のことだろう。
「僕の場合、詠唱の補助っていう目的があったけど、前衛の戦士や弓使いなんかにはそれが無いからか……」
「探せば使う理由はあるんだろがな。剣と弓でちゃんと戦えているってのに、わざわざその理由を考える必要がねえってだけで」
ふむ、と呟く。
デレクたち工房サイカスの面々には世話になっている、何かしらアイディアを出したいと思うのだ。
(そうは言っても、僕は魔法使いだ。前衛の気持ちは分からないし……ニールに聞いてみるかな、仮に鉄咆を使うならどう運用するかとか、不安や不満が出そうな部分とか)
そう考え始めた矢先、不意に馬車が僅かに揺れた。
走行の揺れでも、小石を踏んだ衝撃でもない。誰かが乗り込もうと跳び乗ったが故の僅かな揺れだ。
誰だろうか、と視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「ファルコン、君か」
僅かに伸びた黒髪を背中あたりで束ねた、細身の男だ。動きやすそうな緑を基調とした衣服に薄手のレザーアーマー、そして腰にナイフとポーチ、そして試作品の鉄咆を下げている。
ファルコン・ヘルコニア。連合軍の中で仲良くなった冒険者だ。
彼はカルナとデレクの姿を認めると、整ってはいないが愛嬌のある顔に笑みを浮かべた。
「おっすカルナ。それとデレクも久しぶりだな」
「本当に久しぶりだな猿顔スカウト。鉄咆の整備とかちゃんとやってんのか?」
「すばしっこいのと器用なのが取り柄でね、問題ない」
にい、と笑い「見てみるか?」と腰に差した己の鉄咆を見せびらかすファルコンに、デレクはむうと唸った。
多少外見が汚れてはいるものの、それは使い込んでいるが故の汚れだ。細かな部品などは綺麗に手入れされているし、本職のデレクが何も言わないのだから問題ないのだろう。
「そんで、なんか用か? 魔法使いみてぇに手入れして欲しいってんじゃねえんだろ?」
「ああ、それなんだけどよ」
よいせ、と馬車の床に腰を下ろすと、鉄咆の先端をこんこんと指で叩き、
「これ、先端にナイフとか溶接出来ねえか? この前紐でくくりつけたんだが、さすがに心もとなくてな」
そんなことを言い出した。
その言葉にデレクも、そしてカルナも怪訝に思う。だって、鉄咆は遠距離武器だ。そこにわざわざ刃物を付ける意味が分からないのだ。
「出来なくはねえが――無茶して発射口が歪んでも知らねえぞ」
それに、普通に剣やら槍やら使った方が頑丈で性能もいいだろ、とデレクは不満気に言った。
使い方をあれこれ強制するつもりはないのだが、雑に扱われて壊すのも嫌なのだと思う。
それでも不満を漏らすだけで怒ったりしないのは、先程見せたファルコンの鉄咆を見て、ちゃんと大事に扱われていると理解しているからだ。
「やっぱそこら辺の強度が問題か……まあ、曲がったらそん時はそん時だ。色々試して問題点挙げてやっから、やれそうな時にやってみてくれよ」
「ねえファルコン、どうしてまたそんなことしようとするのさ。短剣は持ってるだろうし、長物が欲しければ剣でも買えばいいんじゃないかな」
「いやな、オレの武器はナイフと細々とした道具、そんでもってこの鉄咆だろ? ……持ち替えるのがすげぇ面倒くせえんだ」
「面倒くさいって君ね……」
「冗談じゃねえからな、真面目な話だ。撃った後のこと考えてみろよ」
そう念を推した後、ファルコンは鉄咆を構え、撃つジェスチャーをした後にすぐさま腰に引っ掛け、短剣を引き抜いた。
中々素早い動きではあるが――武器を収め、新たな武器を構えるまでの時間は戦士の心得のないカルナから見ても大きな隙に見える。
「……敵の前でこの動作やってらんねえだろ? 腰に差して、短剣抜いて……ぶっちゃけ良い的だしな。地面に投げ捨てりゃまだマシだが、それでも短剣を構えるまでの隙はあっし、乱戦になって踏まれて壊れたり失くしたりしそうだしよ」
だから近づかれても問題ないように先に刃が欲しい、とファルコンは言う。
鉄咆の刃をメイン武器にするつもりはないが、撃った後の隙を殺すため、咄嗟に振り回すための攻撃力が欲しいのだと。
(……たしかに、理に適っているのかな?)
鉄咆は一撃の威力は高く使用者の練度をあまり重視しないという利点はあるが、一度射出してしまうと二射目に間が空いてしまうというデメリットがある。
相手だって馬鹿ではないのだ。武器の性質を理解したら最初の一撃を防御なり回避なりでやり過ごし、接近戦に持ち込んでくることだろう。その時、一々武器を持ち替えるのか?
最初の頃は、まあ問題ないだろう。だが、それ以降は絶対にその隙を相手は狙ってくるだろう。見え見えの弱点を突かない理由などないのだから。
「その点、先端に刃がついてりゃ、短い槍みてぇな感じで戦えるっつーわけか。……もしかして、これか? 冒険者や戦士に評判悪かった理由ってのは」
「知らねえ武器に命を預けられねえ、ってのも理由ではあると思うがね」
「確かに、言われてみれば僕も魔導書と鉄咆を持ち替えるのは手間だな……」
一応、魔導書が無くても使える魔法はある。だが、威力や精度を高めるのであれば魔導書でイメージの補完を行うのは必須だ。
そして、鉄咆は片手で扱えるほど衝撃は軽くない。風で杭を飛ばす場合はそこまでの衝撃はないので片手打ちも可能だが、どうしたって初撃は両手で鉄咆をしっかり握って撃たねばならない。
それでも考えつかなかったのは、カルナが鉄咆よりも己の魔法を信頼し、重視していたからだ。軽んじていたワケではないけれど、しかしあくまで魔法の補助道具、という認識があったのかもしれない。
そんなカルナに対し、ファルコンはなんでお前こんな単純なこと考えつかねえの? とでも言いたげな視線を向けてくる。
恐らく、彼とは見ている視点が違うのだろうな、と思う。自分の得意分野を輝かせようと考えるカルナと、新たな己の武器として最大限活用させようと考えるファルコンとでは、同じ鉄咆でも見えるモノが違うのだ。
「なら、台座を上に作っちまえばいいんじゃねえか? ほら、あれだ。楽譜置く台みてぇなのあるだろ? あれに近いのを作ってくっつけちまえ」
「譜面台だね。……悪くはないと思うけど、持ち運びはどうするのさそれ」
「折りたためるような構造にすりゃなんとなんだろ――よぉしお前らぁ! 今から図面引くぞ気合入れろぉ!」
カルナたちを放り出して色々な図面を引き出す工房サイカスの面々に、頼もしいと思う反面、新しい遊びを教えられた子供のようだと思ってしまう。
確かに新たな機能を考えてくれるのは頼もしい、頼もしい、のだが――さすがにカルナが頼んだ鉄咆の整備を終わらせてからにして欲しい。
はあ、と小さくため息を吐いてデレクに文句を言おうとした時、不意に目の前のカルナの鉄咆が突き出された。部品の一つ一つが磨き抜かれ、細かな傷以外は新品同然となったそれを両手で持つのは、工房サイカスの紅一点、アトラ・サイカスである。
「もう、出来上がってる。お兄ちゃん、適当だけど、仕事はちゃんとするから」
「う、うん、ありがとう」
「どういたしまして」
言って、彼女は微笑む。
まだ子供っぽさは残るけれど、どこか大人びた笑みに少しどきりとする。
「またね、カンパニュラさん、ヘルコニアさん。これからもご贔屓に」
「おう、ありがとうなアトラちゃん、言われなくてもまた来てやるぜ!」
「う、うん……それじゃあ、また」
アトラは微笑み、ファルコンは大笑し、そしてカルナは僅かに気まずそうに言いよどみながら別れの言葉を述べた。
馬車から降りて、ふう、と息を吐く。
相手が気にしていないのだからこちらも普段通りの対応を、とは思うのだけれど、やはり気まずいのだ。こちらが特別不義理をしたワケではない、と思うのだけれども、どうしたって思ってしまう。
「おっ、どうしたカルナ。なんかアトラちゃんにやらかしたか?」
「やらかしてはいないけど――いや、結果的にはやらかしたのかな、あれは」
ノーラに告白したあの時は、なんというかもういっぱいいっぱいだった。少なくとも、声かけるまでに考えておいた口説き文句が全て蒸発してしまうくらいには。
だからこそ、ドワーフは神官が持つ種族特有の奇跡――暗視の奇跡を使わずとも人間よりはずっとずっと夜目が利くという事実をすっかりと失念していた。もちろん、そのタイミングでアトラが居たのは偶然ではあったのだろうが、それでも不注意ではあったし、それをやらかしたと言えばやらかしたのだろう。
「なんというか……僕はアトラさんに好かれていたんだけどさ」
「ああ、そりゃあ見てりゃ分かったけどな、イケメン滅べ。……色恋沙汰か、んで、何やらかした?」
「ノーラさんに告白されて、了承貰って、キスしてたのを目撃されたっぽい」
「何してんのお前」
超真顔、である。
茶化し無しの真顔に、うん、僕もそう思うよとカルナは頷く。
「でも、気づかない間に色々乗り越えてたっぽくて、ドワーフの女の子の成長って早いよねとか、それでも僕はそのスピードに付いていけそうに無いなぁとか思って……ファルコン、君、僕より人生経験あるだろう? なんかアドバイスないかな?」
「喧嘩売ってんのか、お前! 華々しい戦士でもねぇ! 理知的な魔法使いでもねぇ! 希少価値のある神官でもねぇ! イケメンでもねぇ! そんな冒険者のオレが女性経験について語れると思ったか! 商売女との経験はそこそこあんだけどなぁ……ッ!」
怒涛の勢いで罵倒され、思わず一歩距離を置いてしまう。
しばし頭を掻き毟っていたファルコンだが、心を落ち着けるためか大きくため息を吐いた。
「つーかお前、いつの間にノーラ落としてたんだ。つーかあの娘、レズじゃなかったのか?」
「待って、どこの情報だそれ」
カルナとしては超初耳の情報だ。
「いや、アースリュームの宿で休んでたら突然、ノーラと連翹の痴話喧嘩が聞こえてきてな。一緒のベッドで寝るとか寝ないとか、そんな話が……つーか、お前もあの現場に居たじゃねえか。だから話してなかったんだぞ」
カルナとしては超既知の情報だった。
あれかぁ、と思わず天を仰いでしまう程度には懐かしく、そしてどうしようもない過去である。
「……いや、その話は色々と誤解と行き違いが――待って。まさかとは思うけど、その話を――」
「何言ってんだカルナ」
当たり前だろう? と言いたげな視線をこちらに向けてくる。
「ああ、なんだ良かった――」
「こんな面白え話をオレだけのモノに出来るワケねえだろ。冒険者や兵士に全力で拡散したに決まってんだろ」
「なにも良くないよこの馬鹿野郎がぁ――!」
今朝、朝食の時に「わたしって同性愛者って思われてて、従軍神官に引かれてたみたいです……誰ですかぁ、誰がそんな噂流したんですかぁ……」と半泣きで鍋をかき混ぜていたのを思い出す。
連翹が「ね、ねえ……若干光のない目で鍋かき回すのやめて……? 鍋の中身が空っぽじゃないか確認したくなるから……ね?」とか、ニールが「……自分以上に動揺したりへこんだりしてるヤツが居ると、逆に冷静になるよなぁ」と何か珍しいセリフを言っていたからよく覚えている。原因はこいつだ……!
◇
「ね、ねえノーラ? あたしはちゃんとノーラのこと理解してあげてるから安心して? あたし、ノーラがちゃんとカルナとイチャラブしてるの知ってるからね?」
「やめてレンちゃん、その言い方は言い方で恥ずかしいので……!」
休憩を終えて、ファルコンを連れて持ち場に戻ると、連翹がノーラを宥めていた。いや、煽っているのだろうか? 隣でニールが「フォローしたいのか後ろから刺したいのかどっちだよお前」と呟いている。
顔を赤くしながら連翹を押しとどめようとしているノーラを見ながら、ファルコンが小さく口元を釣り上げた。
「おーおー、仲が良くて幸せそうだなカルナ。色々と羨ましいから死んじま――ったらあの娘が悲しむだろうから、股間強打とか、それとなく不幸な目にあってくれたらいいなとオレは思うぞ」
「そこで死んじまえ、って全力で嫉妬に狂えたら楽だったろうに……というか、そんなことばっかり言ってるからモテないんだと思うよ」
恋愛は言ってしまえば交流の結果だ。気が合い、話していて楽しくて、側に居たいと思ったがゆえに芽吹く感情なのだと思う。
無論、その感情は容姿や金で強化できるのもまた事実だ。しかし、交流が壊滅的な人間に恋する者など滅多にいないだろう。嫌いな人間とわざわざ添い遂げたいと思う者は少数派だ。
そして、相手のことを延々と妬んでる奴を好く者もまた少数はだとカルナは思う。
「そうは言うけどよ……あー、くっそ。オレも女欲しいなぁ」
「そこで女が欲しい、とか誰でも良いみたいに言っちゃうのが駄目なんじゃないかな。……ま、譜面台のアイディアの礼も含めて、次の街で愚痴くらい聞いてあげるよ。確か、けっこう大きな町らしいじゃないか」
次に訪れる街の名は、交易都市ブバルディア――西部最大級の街であり、多くの街道と交わる場所だ。
西部では有名な都市であるためカルナも一応名は知っているが、しかし一度も行ったことはなかった。冒険者になる前は故郷から離れたことは無かったし、なった後も東部をメインに活動していたため、行く機会がなかったのだ。
だが、商人や旅人が多数訪れるため、宿は充実しているという。だから今回は、多くの者が宿に泊まれるはずだ。
(そういえば、ニールは行ったことあるのかな?)
そう思い視線を向けると、彼は右手で顔を覆いながら、何か思い悩むように俯いていた。
やべえやらかした、どうすりゃいいんだ――そんな風に自問しているような表情だ。
どうしたんだ、と問いかけようとして、それよりも先にファルコンが返答する。
「あー……それなんだが、間の悪ぃことに前の村で宿に泊まっちまってるんだよな。さすがに全員は泊まれねえだろうし、ローテーション的にオレは今回野営組になっちまうと思うぜ」
連合軍全員が泊まることは出来なくはないだろう。だが、それは他の客を除けばの話だ。
商人や旅行者、そして冒険者などが泊まっている以上、どうしても全員は入り切らない。冒険者お断りの宿もあるから、尚更だ。
「せっかくデケエ町なんだから、色々楽しめると思ったのによ……ま、言っても仕方ねえか」
「――なら、俺が代わってやろうか?」
それじゃあな、とこちらに背を向けて自身の持ち場に戻ろうとした矢先、ニールが声をかけた。
ファルコンはぴたり、と足を止め、振り向く。
その表情は驚きと怪訝な色合いに満ちていた。連翹やノーラも、そしてカルナ自身もきっと似たような表情をしたいただろう。
「そいつはありがてえが――なんでまた? お前ら四人、久々の宿だろ。ベッドが恋しくねえのか?」
「あー……ちっと、なんというか、鍛錬の最中になんか掴みかけた気がしたから、ちっと寝る前にも軽く剣を振りたくてな。夜の街中で剣とか振ったら、安全な場所だとしても不審者だろ?」
嘘だ――すぐに分かった。
ニール自身が言ったように、鍛錬の途中で最高の一撃が出せたから、感覚を忘れる前に体に刻むと言って鍛錬を延長したことはある。
だが、そういう時のニールは非常にワクワクとしていた。自分の技量が高まっていることを実感し、嬉しそうに笑みを浮かべていたのだ。
けれど今は、家具を壊した子供が親にしどろもどろに言い訳をしているように見える。
「おっ、そういうことなら代わってもらうかね。今度休みたい時は俺が代わっ――あー、つっても、四人セットだしなぁお前ら。まあ、仕方ねえ。今度、酒でも飯でも奢ってやっから楽しみにしてろ」
「おう、ガッツリ食ってやるから覚悟しろよ」
だが、ファルコンはまだニールとの付き合いが短いためか、その言葉を信じた。
剣馬鹿で鍛錬馬鹿、というニールに対するイメージも、信じさせる要因なのだろう。
一応、なんで嘘を吐くんだ、と口を挟むことも出来なくもないが――
(……ま、わざわざ慣れない嘘まで吐いてるんだ。ニールにとっては必要なことなんだろう)
見た限り、そこまで深刻そうには見えない――なら、好きにさせてもいいだろう。
ニールとは友人であり、掛け替えのない相棒ではあるが、決して庇護すべき存在ではないのだ。さすがに一人でどうにもなりそうにないなら無理矢理にでも引っ張っていくが、少なくとも今回はそうではない。
カルナは礼を言いながら遠ざかっていくファルコンを見送った後、ニールの肩をとんと叩いた。
「……何をするかは知らないけど、よくやるね。野営の準備の手伝いくらいはしようか?」
「おっ、悪いな。さすがに一人だと面倒だしな……なら、食材の買い出しとか頼んでもいいか? それ以外は俺が一人でやっちまうから、カルナは連翹とノーラを頼む」
「ちょっとニール、そういう場合はあたしに頼むべきじゃない? ほら、あたしって前衛よ? 危ないことがあっても二人を守れたりするわよ」
「戦闘能力云々の話じゃねえよ、常識の話だよこの馬鹿女。そういう意味じゃお前が一番心配なんだっての」
なによぉ! とニールに掴みかかる連翹を見て、小さく笑う。
同じようにその姿を眺めていたノーラが、カルナに歩み寄りながら囁く。
「……わたしたちを遠ざけたいってワケではないみたいですね、たぶん」
ノーラもまた、ニールの嘘に気付いていたらしい。
出会ってからそう長い時間は経っていないが、それでも宿場町からここまで一緒に居ることが多かった。もっと嘘の上手い奴だったらまだしも、ニールなら看破されてもしょうがないだろう。
「みたいだね。……ま、あいつはあいつで考えてることがあるんだと思うよ」
最初はなにかあって一人になりたいのか、とも思っていたのだが――そういうワケでもないらしい。
仮にそういうことがあっても、ニールはそこら辺を上手く切り替えて普段通りに過ごすはずだ。もちろん、そういうのが積もりに積もって破綻してしまうのもニールなので、完全に安心は出来ないのだが。
けれど、今はあの時のような――温泉街オルシリュームの時のような兆候は見えない。
「あっ、ねえねえ見えてきたわ! あれでしょ、ぶ――ブバーデタァ?」
「ケツからブバーって出たみたいに聞こえるからその言い間違えはやめろ。ブバルディアだブバルディア。西部のほぼ中心で、人も、物も、情報も、色々と流れ込んでくる町だ」
騒がしい二人の言葉を聞きながら視線を前に向ける。
見えてきたの街壁に囲まれた大都市だ。さすがに女王都やドワーフの国、エルフの国と比べれば小規模ではあるが、それでも広く、そして栄えているのが遠目にも分かった。
街壁は古めかしい造りではあるが、その内側には街壁よりも背の高い新しい造りの建造物がいくつも見える。
(確か――街壁は開拓時代の半ばぐらいにモンスターや武装したゴロツキと戦うために造られた、んだったっけ。最近はモンスターも出ないし、わざわざこんな大都市を攻める阿呆も居ないから、半ば放置されてるらしいけど)
街壁の上を観察してみると、走り回って遊んでる子供や、置かれたベンチに据わってくつろぐ老夫婦の姿が見える。戦うための施設としての役目を終え、今は住民の憩いの場として用いられているらしい。
「ま、使ってないのは当たり前か。街壁から頭を出してる建物が多すぎるし」
盾から頭だけひょい、と覗かせているようで、少し間抜けだ。
平和な時代だからいいけれど、今攻め込まれたら顔を出している建物なんて全て魔法の的になってしまう。
そんなことを考えるカルナに、「ああ、それはな」とニールが口を挟む。
「ぶっちゃけもう街壁使うこともねえしな。いっそのこと壊そうかって話と、歴史があるから壊さずに街壁の外側を新たに開発するかって話で、全然纏まらねえんだ。なまじっか歴史が長い建造物だから、適当にやるワケにもいかねえってなげぇことぐだぐだ議論してんだよな、とっとと決めちまえばいいのによ」
決まらねえから狭い土地を有効活用してるワケだ、と語る。
「……なんか凄い詳しいね、ニール」
この手の歴史的な建造物の話でニールに補足説明されるのは、少し、いいやだいぶ珍しい。
冒険者として色々な町を見て、その結果得た知識を披露してくれることはある。だが、この手の話題はあまり興味がなかった。せいぜい、「街壁の上のベンチの近く、あの辺りちょくちょく屋台が来るんだが、そこの串焼きが中々うめぇんだ」みたいな感じだろうと思う。
「ん……まあ、一度仕事で来たことはあったからな、そん時にまあ、小耳に挟んだってワケだ」
誤魔化すように言ったその言葉を、カルナは追求せず「そっか」と短く頷く。
話したくないならそれでいい。重要なことならニールもそれとなく言ってくれるはずだし、そうでないなら聞かなくても良いことなのだろう。
ただ、それでも少し、気になる。
(ニール、この街で何かあったのかな)
近づいてきた街壁を見上げ、心の中で呟いた。




