140/西部の勇者の痕跡
いくつかの村、町を経由し、西へ西へと連合軍は移動する。
幸い、ここまで大した被害はなかった。大規模な襲撃が無かったからだ。
無論、何度か転移者による小規模な襲撃はあった。けれど、対転移者戦の経験を積んだ連合軍たちは、それを容易く撃退できたのだ。
それは主に騎士のおかげであろう。
元々実力のある彼らが転移者に『慣れ』た。攻撃の予兆、間合い、威力、そういったモノ全て。
その上、騎士たちに油断や慢心はなかった。巨躯のモンスターを容易く狩れるようになっても、手を抜いて踏み潰されるのは間抜けだろう。だから騎士たちは冒険者、ドワーフ、エルフと連携し、けれど対転移者に慣れていない者に経験を積ませながら複数人で蹂躙していく。油断せず、しかし確実に味方に経験を積ませながら、淡々と、しかし確実に襲い来る転移者を排除するのだ。
(情報が無かった頃なら一人でもどうしようもない化物扱いだったが――倒し方が広まればこんなもん、ってことか?)
だから今も――転移者が襲撃して来たというのに、大した騒ぎにならず、ニールたちだけで対処をしたのだ。
へらへらと笑いながらこちらに歩み寄り『ファスト・エッジ』を使おうとした転移者――その上半身と血溜まりを観察する。
あまりにも隙だらけだったから初手で餓狼喰らいを叩き込んだのだが、さすがに上手く行き過ぎたので何かの罠かとも考えたのだ。
だが、どうにも襲ってきたのはこの転移者と――
「お、お頭が――やられた!?」
「んな馬鹿な、ワイバーン一撃で殺す化物だぞあの小僧は!?」
「ああくっそ、だから騎士の集団襲うのなんて止めときやしょうって言ったのによぉ!」
――己を従える転移者が一閃で絶命したことに狼狽する盗賊どもだけだった。
その様子を見て、隣で剣を構える連翹が大仰にため息を吐く。
「レゾン・デイトルじゃ劣等扱いだから、盗賊の親玉ごっこしてたってワケね。手頃で、手軽に好き勝手しつつ、自分を祭り上げてくれるから」
なるほどな、とニールもまた呆れた顔で頷く。
西部は盗賊が多い。だからと言って素人が探して見つけられるほど分かりやすい場所に拠点を置いてはいないだろうが、逆なら別だ。
適当な街道を一人で歩いていれば、十中八九見つけて襲ってくれる。なにせ、多くの転移者の見た目は素人だ。見慣れない高そうな衣服を着ていることから、どこかの富豪の子供が家出しているようにも見えるだろう。
後はそいつらを蹴散らし、「今日からお前らのリーダーは俺だ」と宣言すれば完了である。なるほど、手頃で手軽とは良く言ったものだ。
「それで祭り上げられている間に気が大きくなって、襲ったってワケか――なるほど、劣等扱いも頷ける」
自身の魔法も鉄咆も放つこと無く終わった戦いに拍子抜けしたような顔で、淡々とカルナが呟く。
弱いから弱者扱いされていたというのに、自分以下の者たちで周りを囲って悦に浸り、慢心した。大海から逃げ出し井戸の中に逃げ込んだカエルが、調子に乗って大海に攻め込んだワケだ。当然の末路と言っていいだろう。
「あ――ぐ、ま、だぁ……」
「動かないでください。今、傷を塞ぎます」
血溜まりの中でのたうつ転移者にノーラが右手を伸ばす。
それば霊樹の篭手に包まれた腕だ。木製の篭手に包まれた手が彼の素肌に接触すれば、女神の御手によって転移者の力を吸収し、治癒の奇跡へと変換出来る。
そうすれば超強化された治癒の奇跡によって泣き別れした胴体程度は癒せるはずだ。転移者の力を吸収しすぎて破裂しそうになったノーラの体を癒やした力だ、胴体が切断された程度なら、命を繋ぐことは容易い。
ゆえに、これが彼が生き残る唯一の機会であり――
「間抜け――これでおれの勝ち――」
――けれど、彼は逆転勝利のタイミングと誤認した。
瀕死の自分に無防備に近づく女。心配そうな顔で、彼の身を案じるノーラの姿を、未だ戦いが終わっていないのに勝利したつもりの無能と誤認した。
何から何まで、彼は自分の都合の良い未来しか見えず、信じない。
「だと思ったよ」
だから。
鋼の竜が咆吼したのは必然であり、彼の眉間に鉄の杭が突き立ったのは当然の理屈であろう。
白煙を放つ黒鉄の竜を手に、カルナは淡々とその転移者を見下ろす。
ノーラに感謝し、素直に罰を受けるのであれば、わざわざ殺すつもりはなかった。
だが、正義を語る者が瀕死の者に攻撃出来ないなどという空想に浸っている阿呆には、わざわざ情けをかけてやる理由も義理ない。
「ったく、これで何人目だよ。西部に本拠地があるっつっても、この手の馬鹿が多すぎるだろうが」
剣を収めながら苛立ち紛れに吐き捨てる。
転移者の集団では大成できないが、しかし脅し騙し奪うことを生業とする盗賊に混じれば最強に等しい力を得られる。
その理屈は、冒険者がドロップアウトしてゴロツキになるのとそう変わりはない。どの世界でも無能は無能、ということなのだろう。
カルナはニールの言葉に頷きながら、しかしすぐに表情を歪め、ため息を吐いた。
「……まあ、だからこそ西部の勇者様の情報が全然伝わってこないんだけどね」
「ですね。……秩序を守り、邪悪を倒すというイメージの騎士団も、今回ばかりは足かせになってしまいますから」
秩序を守る正義の騎士団の勇名も、時と場合によるな。
ニールは内心でそう呟き、進軍を再開する連合軍と共に歩みだした。
もう何度か見た光景をまた見せられることになるだろうな――そんなことを考えながら。
◇
野営の準備をする前に、村の中に入る。
連合軍は大所帯であるため、全ての者が宿に泊まることは出来ない。寝床も、食材も、食事や寝床を準備する人材も、何もかも足りないからだ。
そのため、連合軍の皆に番号を割り振り、ローテーションで宿に泊まる者を決めている。ニールたちは、もう少し後だ。
それでも村に入ったのは、迷惑にならない程度に食材を買ったり、消耗品を仕入れたり――情報収集などをするためである。
「――つーワケだ。なんか情報とかねえのか?」
「……西部の勇者の情報か。すまないな、我々では説明することが出来ない」
その一環で冒険者ギルドに顔を出したのだが、職員は申し訳なさそうに首を横に振るのみ。
まあ、だろうなとはニールも思っていた。ギルドに行って簡単に判明することなら、冒険者ギルドと提携している宿に泊まった冒険者が既に聞き出して騎士に報告している。
「なになに? その勇者様って奴に口止めとかされてるわけ?」
「いや、我々としては話しても良いと思っているのだがね。だが――あれを見てくれないかな」
連翹の問いかけに小さくため息を吐き、ギルド職員は窓に視線を向ける。
「お願いします! 彼は本当に良い奴なんです! 確かにお国としては町を占拠して国を名乗ってる連中なんかは無視出来ないのかもしれないですけど! でも、彼は俺の子供を守ってくれて、彼が来なければ違法奴隷としてあいつらに連れて行かれて……! どうか、どうか、何卒、何卒……!」
騎士団が情報収集する中、土下座して頼み込む者たちが居た。
正直、もう見慣れてしまった。騎士団が転移者討伐に向かったという情報は既に西部にも広まっているせいだろう、彼らは涙を流しながら懇願するのだ。どうか、どうか、彼を殺さないでやって欲しいと。
「……冒険者は信用が第一だ、信用のない冒険者などただの武器を持った根無し草だからな。そしてそれは、冒険者を纏めるギルドにも言えることなのだよ」
職員は言う。
皆が必死に秘密にしていることを、ギルド職員が容易く漏らしたと知られたら、と。
カルナが渋い顔で「ああ……」と呟く。
「……冒険者のクエストは依頼者が他人に秘密にしておきたいモノもある。そして、ギルドやギルドと提携した宿は秘密を漏らしそうにない冒険者に依頼を見せて実行しているワケだからね。だっていうのに、皆が必死に隠している事柄をギルドの職員が話したら――」
「秘密をバラした、ギルドは信用できない――そんな風に思って、依頼をしようと思わなくなるかもしれません。いや、それどころか、小さい村の中なら最悪――」
「そう、村八分さ。我々職員もここに住む者も多い。住民とのトラブルは出来る限り避けたいのさ」
もっと大きな町ならともかく、小さな村であればそれは致命傷になる――そう言ってギルド職員は頭を下げた。
正直に言えば文句がないワケではないが、仕方のないことだと割り切る。冒険者ならば最悪トラブルを起こしても別の場所に拠点を移せるが、全ての職業がそんな風に身軽なワケではない。
「仕方ねえさ。行こうぜ、皆。これ以上つっついても困らせるだけだ」
そう言って背を向けるニールの様子に、職員は「すまない、ありがとう」ともう一度頭を下げる。
「礼に、一つだけ教えよう。個人を特定出来る情報ではないが――私は一度だけその勇者を見たことがあるのだが、悪い人物……? ではない、と思ったよ」
おい、なんで最後言いよどんだお前。
同じことを考えたらしい連翹が、反転し職員に掴みかかる勢いで接近する!
「ねえなに今の!? なんか今のセリフですっごい不安になったんだけどぉ!? ねえ、本当に口止めされてないの!? 西部全体ディストピアみたいな感じにしてるんじゃないでしょうねぇその勇者!」
正義の名の元に生贄とか要求してないでしょうねぇそいつ! と揺さぶる彼女に、職員は慌てて首を横に振る。
「違う違う! 言いよどんだのは――あれだ、あれを人間と言っていいものかと思っただけだ!」
「ほんとに? ほんとに大丈夫なんでしょうね? 本当にまずい事態になってるならこっそり教えなさいよ、騎士には黙ってあたしたちだけで事件解決とか頑張るから」
「気持ちはありがたいが本当に違う。彼は真っ当な人……人? だ」
「だからそうやって言いよどまないでよぉ! 不安になるでしょぉ!」
「はいはいレンちゃん、気持ちは分かりますけど行きますよ――ごめんなさい、ご迷惑おかけしました」
「いや、こちらが手助けできないことが原因だからな。君たちが謝ることではないよ」
ニールとカルナ、そしてノーラが連翹をずりずりと引きずりながら冒険者ギルドから退出する。
「うー……でも、不思議なのよねぇ」
擦れた尻を擦りながら立ち上がった連翹は、ちらりと視線をギルドの近くに向ける。
そちらは先程、ギルドの窓から覗いた場所――騎士に土下座して懇願する村人の姿があった。
「一緒に旅してて、騎士って無条件で信頼されてるイメージがあったんだけど、実はそうでもないの?」
額を地面にこすり付ける村人を落ち着けようと駆けつけたキャロルが言葉をかけているが、見る限り上手く行ってはいないようだ。
「その認識は間違っちゃねえよ。けど、その信頼は『自分たちを守ってくれる』ってことと、『不正をしない』こと、んでもって――『外敵を排除する』ことに対する信頼だからな」
「ああ、なるほど。だからなのね」
そして、転移者は現状においては外敵扱いされる存在だ。
町を占領し、そこを自分たちの国であると宣言し、男女問わず現地人を拐い違法奴隷として所有している。これで外敵と言わずして、何を外敵と呼ぶのか。
だが、だからこそ彼らは怖いのだろう。
彼らと同じ世界から来た『勇者様』が、『転移者』という括りで騎士団に討伐されてしまうことが。
だからこそ、住民たちは勇者についての情報を中々話さない。下手に話して、特定され、討伐されてしまうのが怖いから。だから騎士が問うても、気まずそうに口をつぐむのみ。
「そいつが秩序を乱すような奴でもなきゃ、騎士の連中も厳しいことはしねぇと思うけどな。……ま、そいつが本当に真っ当な勇者様だったら、だがな。なあカルナ、ぶっちゃけお前はどう思う?」
「実物を見てないから断言は出来ないけど、聞く限りは善良な人間だと思うよ。……まあ、マッチポンプ、っていう可能性もあるけどね」
雑魚をけしかけて、村人が困ったところを討伐とかね――村人に聞こえない程度に小さく言った。
カルナの言葉は傍から聞けば下衆の勘ぐりと思われそうだが、しかし今まで出会った転移者を思い返すと、そういう奴が居ても不思議ではないように思えるのだ。
無論、悪党ばかりではないことくらいは理解している。連翹だって昔はともかく今はだいぶ真っ当な人間であるし、アースリュームやオルシジームで暮らしていた転移者たちもこの世界と折り合いをつけた普通の人間であった。
「どちらにせよ、いずれ会えますよ。本当に正義の人なら何らかの形で接触出来ると思いますし、カルナさんが言ったような人だったら私たちは邪魔者のはずですから」
悩むニールたちに「それより早く買い物に行きませんか?」と提案するノーラに、連翹は大きく頷いた。
「前者なら正義の勇者と一緒にレゾン・デイトル討滅戦とかやって、後者なら勇者の前歯全部メガトンパンチでへし折ってやればいいのね。なんだ、けっこう単純な話じゃない」
確かに、ノーラの言うとおり協調にしろ敵対にしろ、連合軍が無視できない規模である以上は相手からなんらかのアクションがあるはずだ。
なにせ、連合軍は目立つ。
大人数で移動しているのもそうだが、騎士団がそこに居るというだけで旅商人が西部全体に噂を広げていく。
ついに騎士団が立ち上がったぞ、とか。
既に転移者を幾人も下している、とか。
騎士団は転移者を根絶やしにするつもりだ、とか。
敗戦濃厚だからレゾン・デイトルを国として認めるつもりであり、今回の移動はその手続のためだ、とか。
このように、事実から根も葉もない噂話まで様々に存在するわけだ。
それらの噂をどう取るかは分からないが、少なくとも騎士団が南から西へと向かっているという事実だけは伝わるはずだ。多少、伝言ゲームで内容は乱れるにしても、その噂話を持ってくる人間は南から来るのだから間違えようもない。
ノーラの言うとおり、近々会えるだろうと思う。その時、ニールの手が握るのが相手の手か己の剣なのかは、実際に出会うまで分からないが。
(――ただ)
ちらり、と視線を仲間たちから逸らす。
視線の先にあるのは村の中心に存在する広場であった。平時は子供の遊び場や主婦の井戸端会議の舞台であり、祭りの時などには村人たちが多く集まるであろう場所だ。
「――の勇者、ここに見参! 安心すると良い、異界の子供たちよ。君たちの平和はワタシが守る! どう、にてた? にてた?」
「腕はもっとこう、じゃないかなぁ? あしももっと広げないと」
そこで、子供たちが勇者とやらの言動を真似て遊んでいるのが見えた。
おれの方が似てる、ぼくの方が似てる、そんな風に騒がしく遊ぶ子どもたちに、ニールはかつての自分自身を重ねる。
だってそれは、ニールだって何度もやったことだったから。勇者と共に戦った剣奴リックの真似をして、友人同士で勇者ごっこをしていたのだ。
(ああいうガキの夢を壊すような結末にだけは、なって欲しくねえな)
演劇の存在ですらあれだけ心を揺れ動かされたのだ。
実際に目の前に現れ、その力を見せたのなら、一体どれだけの憧れを胸に抱いたのだろうか。今のニールには分からない。分かるのは、広場で楽しそうに遊ぶ子供たちだけだ。
「ガキっぽいから子供の気持ちが分かる、って感じ?」
そんな風に感傷に浸っている背中に、くすくすという笑い声が向けられた。
なんだよ悪いか、と言い返そうとして振り向くが、慈しむような眼差しに思わず言葉を飲み込む。
「ま、実は卑怯で汚い忍者みたいな奴だったとしても――夢を壊さずに済めばいいわね」
「……ま、そうだな」
視線を子どもたちへと戻す。別に、連翹から視線を逸したワケではない。ない、はずだ。
村の子供たちは悪党の集団と勇者の役をローテーションしながら、何度も何度も勇者ごっこを続けている。
飽きないのか、とも思うが、飽きないのだろうな、とも思う。
子供の時代はなんだって楽しかったのもあるが、同じ喜びを分かち合える友人が居るのなら、尚更だ。
「……ん?」
「どうしたんだい、ニール。……というか、そろそろ行こう。早くしないと天幕の設営も料理の準備も間に合わなくなるよ」
「っと、悪いな。……いや、あそこの遊んでるガキの足元、なんか妙な跡があるなと思ってな」
こちらを不満そうに見つめるカルナに歩み寄りながら、遊び続ける子供たちの足元に視線を向けた。
そこに、重い板を押し付けたような跡があるのだ。鉄板を力任せに地面に押し付けた、そんな風に見える。
そして子供たちも、遠目に見て理解できる程度に目立つ跡のある場所で遊んでいるように思えた。それこそが、彼らが憧れる勇者の痕跡だと言うように。




