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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
142/288

139/それぞれの恋愛模様


 朝。冬の冷たさを、朝日が僅かに溶かしていく時間。

 普段よりも遅く、けれど朝食の準備に遅れない程度には早く起きたノーラは、カルナと共に鍛錬から戻ってきた二人を迎えていた。


「たたいたぁ……何度もたたいたぁ! 悪かったからもう止めてって言ったのにぃ!」

「実戦でやめてって言ってやめる阿呆はいねぇだろ馬鹿女。良かったな、一つ学べたぞ」

「この男、悪びれもしないでぇ……!」 


 焚き火の前に座ったニールと連翹が朝の静寂を吹き飛ばす勢いでじゃれ合っている。片方は心底楽しげに、片方は若干涙目で。

 はあ、と小さなため息が出る。

 ああいうのを楽しんでやっちゃう辺りが、本当に子供ですよね――と。

 カルナも同じことを考えていたのか、小さく吐息を吐いた後、ニールにコーヒーを入れたカップを手渡す。


「ニール、ごはんが冷めちゃうから煽らないで欲しいんだけど」

「まったく二人は――はいはいレンちゃん、癒やしますからじっとして」


 傷はないので気休めですけどね、と言いながら連翹の額に治癒の光を当てる。

 それでも心地よいのか、「あぁあぁあー」というお風呂に浸かった壮年の男性めいた声を漏らす。その様子を見て小さく笑った後、ちらりと視線をニールに向ける。

 

「けど、ニールさんもわざわざ顔を狙わなくてもいいじゃないですか。いくら転移者の体は頑丈で傷つき難いといっても、女の子なんですよ」

「だからだよ。女が顔を傷つけるのを嫌うのは当然だろ? そんでもって、戦闘になりゃ相手の嫌がる部分を攻めるのは当然の理屈だ」


 だから狙われるのに慣れねえといけねえ、と言いながらコーヒーを呷る。

 それを聞くと怒れないなぁ、と思ってしまう。確かに、ノーラだって顔を狙われたら慌ててガードするだろうから。別段、特別に容姿に自信があるわけでもないけれど、しかしだからといってあえて傷つけたいとも思わない。治癒の奇跡で癒せるとしても、である。

 

「まあ、実力者はむしろそれを利用したりするっぽいけどな。騎士団にキャロルって女騎士が居ただろ? 前に模擬戦した時、その心理を逆手に取られて叩きのめされたんだよ」


 顔を必死にガードするフリをされて、逆にこっちの隙を引き出された、と。

 そういうのを聞くと、へえ、と思う。凄く雑な感想だけれど、ノーラは近接戦闘の心得などないのだから、多くの言葉で感想を述べられないのだ。

 けれど、こうやって自分の知らないことを聞くのは、やはり楽しい。自分の知らない分野にもセオリーがあって、それに則って動いたり、またはそれを逆手に取って相手を出し抜いたりしているわけだ。


「顔面セーフ、なんてなまっちょろいこと言ってられないものねぇ……あ、カルナ、あたしにもコーヒーちょうだい」

「いいけど、大丈夫かい? 鍛錬終わった後なんだから、水とかの方がいいかなと思ってたけど」

「冷たい水を飲みたい気持ちはあるけど、飲んだ瞬間体が冷えちゃいそうで怖いの」

 

 カルナから手渡されたそれを、ふうふうと吐息で冷ましながらゆっくりと飲み干していく連翹。

 カップの半分くらいを飲み干した辺りで、ふと、何かを思い出したような顔でノーラに視線を向けた。


「ところでノーラ、なんか昨日いいことあった?」

「え? どうしたんですか、いきなり」


 少し、どきりとした。

 昨日、カルナと一緒に居たのを見られたのか、と思ったから。別段隠すことでもないが、しかしわざわざ披露するモノでもない。

 けれど、連翹はずっと寝ていたはずだ。こっそりと天幕から出た時も、深夜にこっそり帰ってきた時も、気持ちよさそうに寝袋のぬくもりに包まっていた。


「や、だってすっごく楽しそうな寝顔だったから。なんか未だかつて無いほどに緩んでたし」

「ええ、っと、それは――」

「何かいい夢でも見てたんじゃないかな。さすがに昨日は歩きづめで、あまり特別なことはなかったから」


 どう言ったものか、とか。

 そもそも寝顔について言及するのはちょっとやめて欲しいな、とか。

 頬を僅かに赤らめながら悩むノーラに、カルナが助け舟が一つ。


「それもそっか、変なこと聞いてごめんねノーラ」

「ははっ。でも、そんななんでもないことを特別と思ってくれているなら――これほど喜ばしいことはないよね」


 ちらりとノーラを見つめ、柔らかい笑みを向ける。

 頬の赤らみが、僅かに増す感覚があった。


     ◇


 朝食後。

 微かに赤らんだ頬も元の白さを取り戻す程度の時間を経て、ノーラは一人、従軍神官たちの元へと向かっていた。

 彼女が知る故郷の神官よりも動作がキビキビとしており、騎士と共に行軍するためか体つきもがっしりとした者が多い。

 そんな中でも、ノーラの探し人は目立っていた。高い背丈にがっしりを通り越してガチガチに鍛え上げられた体を持つ女性。連翹が少し前にふざけて『女戦士(アマゾネス)の神官和え~鎖帷子を添えて~』なんて言っていたけれど、ちょっとだけ、いいやけっこう気持ちが分かって吹き出してしまった。


「おはようございます――マリアンさん」


 マリアン・シンビジュームという人間は、そんな女性であった。

 頑丈で、頑強で、強大で、けれど笑みは豪快ながらも柔らかくて親しみの持てる人なのだ。

 

「おや――おはようノーラ。何か用事かい?」

「ええ。少し質問があって……」


 実際のところ、従軍神官の中でも偉いマリアンに聞くことではないとは思う。

 けれど、ノーラの知り合いの神官は彼女だけなのだ。冒険者や数名の騎士や兵士とは仲良くなれたのだが、神官は数自体が少ないせいで中々話す機会がなかった。

 やはり戦場に出る神官の数は少ないのだ。

 だって――この世界は平和なのだから。


(もちろん、完全に安全ってわけじゃないですけど――武装した戦士が何人も居たら、悪人も、モンスターも、全く手出しが出来ないくらいには安全なワケですから)


 魔王大戦前後なら、きっとこうは行かなかった。

 食い詰めた者も多く、魔族の残党や凶暴化したモンスターたちも居て、今みたいに騎士や兵士が群れたくらいで襲うのを止めることはなかったのだと思う。

 

「最近、防壁の奇跡を使えるようになったんですよ。なので、その使い方について教えて欲しいと思って」


 誤って奇跡を使ってしまい、なんとか防壁を消そうとしたが結局効果が無くなるまでずっと防壁が残ってしまったんです――そう説明する。

 なんで使ってしまったのかとかは、最大限にぼかす。全力で、全開で。あんなこと言うはず無いし、言えるはずもない。

 そんなノーラの誤魔化しに気づいていないのか、もしくは気付きつつも気づかないフリをしてくれているのか、マリアンは「おおっ」と白い歯を見せるように大笑した。


「それはめでたいね! 最近は治癒の奇跡だけで満足する奴も多いから、治癒の奇跡を習得してもちゃんと祈り努力し続けてくれるのは先輩として嬉しい限りだよ!」

「そうなんですか? わたしが住んでいた村の司祭様は全ての奇跡まで使えましたけど」

「その司祭ってのも、たぶん若くても三、四十代だろう? そのくらいの世代までは色々と使える神官が多いんだけどさ、それ以降は治癒だけで奇跡の習得を止める奴が多いんだよ」


 正直、防壁も結界も、軽度の身体能力強化も――平和なご時世ではあまり必要のないモノなのだ。

 ここ数十年、神官が戦士の傍らに立ち、奇跡の力を行使するという姿はほとんど絶滅したと言っても良い。

 一緒に戦わない以上、身体能力強化も防壁も必要ない。外敵を退け安全圏を確保する結界は必要な場面もあるが、それも騎士に兵士、そして冒険者が居れば大体代用が出来てしまう。神官がそれらの力を使う場面は、もうほとんど存在しないのだ。

 

「いずれ、人間が扱える奇跡も数を減らすかもしれないよ。必要が無くて、人間が求めない以上、消えるのは道理だろうがね」


 技術が失われることを嘆くべきか、神様に頼らなくても生きていけるほど人間が強くなったと喜ぶべきか判断に困るけどさ――そう言って大笑したマリアンは「さて」と一度言葉を区切る。

 

「防壁の奇跡の使い方だったね。あれは強力な分、扱い方はちっとばかり難しいんだ。発動自体は簡単でも、防壁を消すのは時間経過以外じゃ色々と面倒くさい。そもそも防壁や結界は、そう簡単に解除できないようになってるんだ」

「ええっと――ああ、何かの拍子で簡単に解除されてしまうようなモノなら、盾として使えないんですね」

「そういうことさ。戦闘中殴られて意識が飛んだ――その程度で味方に発動している防壁が消えたらまずいだろう。そういう性質のせいか、仮に奇跡を行使した神官が死んだとしても、発動に使った力の分だけ防壁は維持されるらしいよ」


 あたしも話に聞いただけで実際みたことは無いんだけどね、と笑う。 


「ただ、気をつけないといけないことが一つ。防壁の奇跡は、ちゃんと重量があるってことさ」

「重量、ですか」


 ノーラは自分が防壁を使った時のことを思い出し――あの時の状況まで思い出して顔を赤くする。というか、あの時はもう色々切羽詰まっていて重さ云々とか考えられなかった。防壁発動前も、そして後も。


「そう。だから下手に自分の真上に発動しようものなら、自分の奇跡で押しつぶされて怪我をするなんて大間抜けを晒すことになるからね。実戦経験の少ない娘がよくやらかすんだ、上から鳥のモンスターやら矢とかが降ってきた時に、咄嗟に上に発動してしまって――ってね」


 両手を挙げ、上から迫ってくるモノを支えるジェスチャーをするマリアンを見て、なるほどと頷く。

 

「使うなら地面に固定するようなイメージで発動させるのがいいね。上空の攻撃を防ぎたいなら、木とか民家の壁から生やすようなイメージで使うのもありだよ。もっとも、後者の場合、あんまり大きな防壁を造ると支える土台が壊れるけどね」

「要は地面や壁に光の壁を増設する、みたいなイメージなんですね」

「そうそう、そんな感じ。サイズに気を使いさえすれば盾みたいに使うことも出来るけどね」

 

 重いけれど頑丈な壁を地面から生やすか、取り回しの良い盾を自分の腕に生み出すか、ということなのだろう。

 どちらもメリット、デメリットはある。

 前者は相手の攻撃を多く受け止められるけど、回り込まれたらどうしようもない。

 後者は自由な方向に向けられるけれど、防壁そのものが小さく、相手の攻撃を受け止めるのがだいぶ難しそうだ。


「――あれ、でも、それなら……」


 自分が使う場合は前者がいいかな、と考え込んでいたところで、ふち思いつく。

 それは荒唐無稽なイメージで、本来ノーラのような見習い神官が実現できるモノではない。

 けれど、と自身の右手を見つめる。

 霊樹で出来た篭手。名前をつけなくてはと思っているけれど、中々思いつかず保留にしてあるノーラの相棒。

 それを使えば条件はクリアされる。無論、一人でやったら隙だらけになるだろうが、カルナや連翹、ニールたちの手を借りれば――いや、その前にどういう動作なのかをきちんと説明しておくべきか。


「参考になったみたいだね」


 考え込むノーラを見て口元をほころばせるマリアン。それに気づいて、慌てて頭を下げた。


「その、ごめんなさい。お礼も言わずに考え込んでしまって――とっても参考になりました、ありがとうございますマリアンさん、色々忙しいでしょうに、わざわざ時間を取ってくれて」

「礼なんていらないさ。あたしも熱心な子は好きだから、こうやって色々教えるのは楽しいくらいだしね」

「それでも、ありがとうございます。なにか手助けできることがあれば言ってください。喜んで手伝いますよ」


 色々と助けられてばかりなので、何か手助け出来れば、と思うのだ。

 だが、そうは言っても実際にそういう場面があるだろうか。

 神官の手が必要な場面ならノーラよりも熟練の従軍神官が居るし、では他のことで手助けできるか? と問われれば、自信がないと答えるしかない。

 家事全般は出来るけれど、料理も洗濯も片付けも、あくまで人並みに出来る程度だ。筋力も大してないから、荷物運びなどの手伝いも難しい。

 そんなことを考えていたノーラに、「あー……」という声が投げかけられる。悩み、言いよどむような声だ。


「……それなら、そうだね。まあ、うん、少し質問をしたいんだけど、いいかな、ああ、答えられるのならでいいんだけどね」


 歯切れの悪い言い方。それに、すこしだけ驚く。

 別にマリアンのことを良く知っているとは言わないけれど、言いたいことがあるならもっとハッキリ言うタイプだと思っていたから。

 

「ええ、わたしが応えられる範囲なら。でも、大したことは言えないかもしれませんよ?」

「それならそれでもいいんだ。半分は気晴らしで話したいだけ、ってのもあるからね」

「あはは、そういうことなら――あれ、半分ですか?」

「ああ。もう半分は――あたしみたいな無骨な女より、ノーラみたいなのの方がこの手の話に敏そうだ、って感じかな」


 そう言ってマリアンは辺りを見渡した。

 誰かがこちらを見ていないか、聞き耳を立てていないのかと探るような感じに、ノーラはますます怪訝な思いを強めていく。

 なんというか、こういう内緒話をする人に見えなかったから。

 無論、仕事上だれかに聞かれたらまずい秘密はあるだろう。けれど、自分のことであれば、多少の恥も大笑しながら語りそうなイメージだった。

 

「出来れば内密に頼むよ。誰にも話すなとまでは言わないけど、出来れば話す相手は選んで欲しいね」


 そんなに大事な話なのだろうか――そんなことを思いながら、大きく頷く。

 その様子を見て僅かに安堵した様子の彼女は、普段の大きな声とは違い、囁くような小さな声音で言った。 


「――実は、少し前に告白されてね」

「えっ――うわぁ! おめでとうございます!」


 刹那の驚き、そして心からの祝福が言葉に乗って辺りに響き渡る。


「ちょ――声が大きい!」


 何事かとこちらに視線を向ける従軍神官たちに、「なんでもないよ、さっさと仕事に戻りな」と追い払うように手を振る。

 彼や彼女らの視線がこちらに向いていないことを確認した後、ノーラは頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。つい……」


 それでも驚きと興奮は胸の中にあって、両手を口の前で組んで、わあ、うわあ、と感嘆の声を何度か漏らしてしまう。

 少しばかり失礼な話だが――マリアンはいい人ではあるのだが、男性受けはしないと思っていたから。

 それは下手な男性よりも高い背丈とか言動もそうだが、実用一辺倒な洒落っ気のない格好もその一因だ。顔立ちは悪くないのだから、もっとお洒落とかに気を使えばいいのにと思う。服などは動きを鈍らせるなどの理由があるかもしれないが、髪の毛をちゃんとした人に切って貰えば印象は大きく変わると思うのに。

 だが、だからこそそんな彼女を好いている人が居るというのは喜ばしいことだと思う。自分のことではないけれど、やっぱりお世話になっている人が幸せになろうとしているのは嬉しいのだ。


「それで、どんな人なんですか?」

「あー……今はそうでもないけど、長い付き合いのせいか手のかかる弟ってイメージが強い奴さ」


 誤魔化すように、人名を明言することを避ける彼女を見ながら、「年下ですかぁ」とうんうんと頷く。

 昔、世話をした後輩がマリアンを慕い、胸に抱いた憧れや尊敬といった感情が徐々に恋に変わったというところだろうか。


「なるほど……それで、マリアンさんはどうしたいんですか?」


 こうやって相談する以上、完全に断る気ではないのだろう。

 だから、とりあえずどういうスタンスなのかを聞きたかったのだが――

 

「いや、恥ずかしい話ではあるけど正直、自分でもなにをどうすればいいのかサッパリでね」


 照れるように、困ったように頬を掻くマリアン。

 あれだ、これはきっと自分が何を分かっていないのかすら分かっていない状況だ。ノーラも教会で数式なんかを学ぶ際に似たようなことがあった。分からないところはどこだと言われても、それすら分からないのだから答えようがないのだ。


「子供の頃、そういった経験は無かったんですか?」

「気になってる女の子を虐める男の子を片っ端から殴り飛ばしてた思い出しか無いねぇ……」

「あー……」


 これはまずい。

 何がまずいって、本当にそういうことしかやってなさそうだなー、というのが簡単に想像できてしまう辺り、すごくまずい。生き様が顔と体にしっかりと出ていて、表裏とかは無い人なんだなー、とは思うのだけれど。それはそれとして、現状ちょっとまずい。

 だって、人間、誰だって経験を積み重ねるからこそ自信を持てるのだ。

 だというのに、マリアンはその手の話の経験がほぼゼロと来た。よちよち歩きの赤ん坊を見ているような不安と微笑ましさを感じてしまう。

 そう、微笑ましさだ。少しばかり不謹慎な気もするけれど、自分と比べ何倍もしっかりとした女性が慣れない事柄で困惑する姿は可愛らしく見える。

 

(それはそれとして――一番大事なのは当人の気持ちで、必要なのは好きかそうじゃないか、って想いなんですけど)


 それは正論ではあるのだが、それが分かるのならそもそもマリアンは相談などせず、自分で答えを導き出していることだろう。

 ならば、どうやって自分の気持ちと向き合うかが重要になってくる。

 

「ええっと、これは私見ですけど――男の人を愛するのに必要な感情は、『この人になら身を委ねても良い』っていう安心感と、『この人は放っておけない』っていう庇護欲だと思うんです」

「……なんか相反するモノに聞こえるんだけど」

「案外そうでもないですよ。完璧な人なんて居ない以上、頼りになる人もダメな部分があって、ダメな人にも頼れる部分があるんです」


 カルナさんなんて特にそうですから、と内心でノーラは大きく頷いた。


 ――真面目で、知恵も知識もあって、魔法の才能も抜群な顔立ちの整っているのもカルナであり、

 ――けっこうズボラで自分勝手なところもあって、そして年相応にすけべえでよく観察するとちょくちょく胸に視線が行くのもカルナなのだ。

 

 それは満ち欠けする月のよう。

 ほとんど欠けていない満月が美しいのは当然だけれど、三日月だって満月にはない鋭利な美しさがあるのだ。

 

「マリアンさんがその人を見てどう感じるか、自分はどうしたいのか、どうされたいのか――それさえ分かれば、後は当人たち次第なんじゃないでしょうか」


 言って、想う。

 彼を、カルナ・カンパニュラという男性を。

 黒衣と銀髪を靡かせ、魔法と鋼の竜を以て敵を打倒する彼に守られたいと思う。

 そして、それと同じくらいに、彼の脆い部分を支えてあげたいと思うのだ。

 きっと、どちらかが欠けていてもノーラとカルナの気持ちは交わることはなかっただろう。後者だけなら好感を抱かなかっただろうし、前者だけなら好感を抱いたとしても完璧すぎて遠慮して近寄れなかった。

 

「なるほどねぇ――いや、話して良かったよ。色々と助かった」

「それなら良かったです。結局のところ、自分の経験談を話しただけだったので」

「下手に相手の心理云々とか言われるよりかは分かりやすかったさ、問題ないさ」

 

 呵々と笑う彼女の姿を見て、とりあえず一安心。

 今語った言葉はしょせんノーラが感じたものであり、不変の真実ではない。恋愛なんて感情の極みなのだから、なおさら人によって感じ方も解法も変わってしまう。

 ふう、と小さく吐息を漏らした後、囁くような声音でマリアンに問う。


「ところで――告白してきた相手が誰なのか、聞いてもいいですか?」


 少し下世話かな、とも思ったけれど。

 やはりどうにも気になってしまったのだ。

 どんな人だろう。屈強な人なのだろうか、線の細い人なのだろうか、知っている人なのだろうか、知らない人なのだろうか。色々考えると好奇心がむくむくと膨れ上がってしまう。

 そんな様子を見て、マリアンが僅かに苦笑する。


「断るにしろ受け入れるにしろ、終わったら教えたげるよ。一応、この戦いが終わって女王都に帰るまでって期限があるから、聞きそびれるってことも無いはずだから安心しな」


 信用していないわけじゃないけど、どこに耳があるか分からないからね、と。


「ところで」


 にやり、と。

 マリアンは口元を釣り上げ、にやにやと笑いながらこちらの顔を覗き込んできた。 


「で、ノーラ。あたしにそういう質問する以上、アンタの相手を聞いてもいいんだよね?」

「……え!? っと、その、それは、どういう……?」

「もう相手が出来たんだろう? 言葉に実感が篭ってたからねぇ、すぐにピンと来たよ」


 最初会った時はそんな雰囲気なかったから、最近だろう? 問いかけているような言葉で、けれど既に確信している声音で問いかけてくる。

 ああ、やっぱり面倒見が良い人は他人をよく見ている分、他人の変化に敏感なんだな、と思う。

 ノーラ個人としては、もうちょっと落ち着くまで自分から吹聴する気はなかったので、こんなところまで察さなくても……と思うのだが。


「さあキリキリ吐きな、ニールって子かい? カルナって子かい? それとも連翹?」

「待って! 待ってください! 選択肢に同性を出すのはいかがなものかと思うんですけど!」

「あははごめんごめん。いやぁ、アースリュームでアンタが連翹に愛の告白をしながらベッドインしたって噂を聞いたからからかって――」

「誰ぇッ!? 誰が流したんですかその噂ぁ! 人の古傷を抉って何が楽しいんですかぁ!」

「――えっ。その慌てようと、古傷ってことは、事実なのかい……?」


 真顔になったマリアンが、ほんの僅かに、しかし確実にノーラから距離を取った。

 最近縮まった気がする距離を無に帰すほどではないけれど、確実になんか色々と離れていった感をひしひしと感じる。


「ちがっ、違うんです、色々誤解とか思考の浅さが招いた結果というか! あああぁぁ、引かないでくださいってば! わたしは普通に異性が好きですよぅ……!」


 結果、弁解と共にカルナと付き合うことになった話を一から十まで説明することになった。

 というか、説明しなければ誤解が解けそうになかったから。


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