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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
141/288

138/早朝の鍛錬と転移者の思惑についての考察


 ――眠いし、寒い。


 天幕の中、ゆっくりと瞳を開きながら連翹は強く強くそう思った。

 やはり野営は寒い。寝袋とか、天幕とか、色々と防寒しているのだが、それでも寒さは完全に押し留められない。宿のベッドが少し、いいやだいぶ恋しい。

 小さく呻きながら体を起こす。隣にはノーラが気持ちよさそうに熟睡していた。


「……珍しいわね、夜更かしでもしてたのかしら」


 連翹が鍛錬をするために早寝早起きをした、というのは確かにあるのだけど。

 それでもノーラは早起きした連翹と同じくらいの時間に起きていることが多い。だから、幸せそうにふにゃりと緩んだ寝顔を覗き込むのは初めてだった。


(なんかいい夢でも見ているのかしらね?)


 だったら起こすのも悪いな、と。

 こそこそと身支度を済ませ、天幕の外に出る。


「うっ……」


 すると、襲い来る寒気。太陽はまだ昇りきっておらず、陽光の熱もささやかだ。

 ぴりぴりと肌を刺すそれも眠気を打ち払ってくれず、むしろ天幕に戻って二度寝しようよと耳元で囁いてくるような感覚があった。

 それでも耐えて天幕の外に出たのは、このままではいけないと思ったからだ。

 連翹は自分に忍耐とかその手の耐え忍ぶ力が欠けていることを自覚していた。だからこそ、一回「まあいいや」で休むとずるずるとサボりだして鍛錬をしなくなる自信がある。


「まったく、自慢にもならない自信だけどね――は、ふぁあ」


 せっかく頑張ろうとしているのに絶えてくれない眠気とあくびに苛まれながらニールを探す。普段なら近場で素振りなり走り込みなどをしたりしているのに、ざっと見渡した限りでは姿が見えない。

 耳を澄ます。辺りはまだ静かで、けれど人の気配が無いワケではなかった。出立の準備をする者、夜の巡回任務を終え出立までの時間一寝入りしようとする者、鍛錬に勤しむ者、朝食を作る者、様々だ。

 一つ一つは単なる話し声や雑音だけれど、それらが交わると目覚めの音となる。聞いていると、そろそろ太陽が昇って一日が始まるのだな、と感じる音だ。日本で言うなら、新聞配達のバイクが鳴らす音に近いかもしれない。

 

「……あっちの方、かな?」


 様々な音に混じって響く、剣戟の音。そこを目指して歩き始める。

 すると感じる、金属同士が衝突したような甲高い金属音、そして断続的に響く風切り音。それらが主旋律なら、地面を叩く音、滑るように地面を削る音、それらはパーカッションやベース音か何かだろうか。

 剣と剣が、剣士と剣士が奏でる旋律。その近くに、ニールは居た。演奏者としてではなく、それを聞く客として。


「おはよ、ニール。……珍しいじゃない、まだ剣振ってないなんて」

「おう、おはよう。ま、体を動かすことだけが鍛錬じゃねえってことだ」


 僅かに視線をこちらに向けたニールは、顎をくいっと動かし視線の先を指し示す。

 なんだろうと思いながらそちらを見ると、そこでは二人の剣士が優雅に、しかし苛烈に剣を振るっていた。

 一人は金髪碧眼の騎士アレックスであり、もう一人は白髪の壮年エルフのノエルだ。互いにシャツとズボンといったラフな格好で、しかし剣だけは普段通りのモノを用いて剣を振るい続ける。

 

「自分より強い奴の動きってのは参考になるからな。俺がどれだけ無駄な動きをしてるかってのが良く分かる」


 真似したくても出来ねえ動作も多いけどな、と。

 それだけ言ってニールは二人の戦いに意識を集中させた。

 

「……動き、かぁ」


 正直、練習を始めたばかりの自分が分かる気はしなかったけれど。

 それでも連翹はアレックスたちの動きを集中して観察してみることにした。役に立つ立たないなんて話は、実行した後で判断すればいい。

 鳴り響く剣戟の音。アレックスが苛烈に攻め立て、ノエルがそれを流し、回避し、時にカウンターを放ち、しかしそれをアレックスが受け止めた。

 一見するとアレックスが優勢のように見えるが、実際はそうではない。彼の攻撃は一度も有効打にならず、受け、流され、回避されている。

 だが、ノエルが優勢かと問われれば、それも否と答えるしか無い。確かに相手の攻撃を全て処理しているものの、攻勢に全く移れていない。時折放つカウンターも、アレックスの剣は容易く受け止めている。


「全く、埒が明かないな……!」


 剣と剣が交わった瞬間、アレックスは力強く踏み込み己の体を叩きつけた。エルフの細い体を押しつぶさんとするそれを、ノエルは軽いステップで後方に跳躍し、回避する。

 だが、それこそが狙いだと言うように、アレックスが疾走。着地したばかりのノエルに対し、剣を振り下ろす。

 袈裟懸けに振るわれたそれを、ノエルは冷静に剣で受け、舞うような動きで受け流した。金属同士が擦れ合う耳障りな音と共に、ノエルの剣が翻る。アレックスは剣を振り切っている、ゆえにこの一撃は必中!

 そんな連翹の予測を裏切る金属質な音。見れば、アレックスは腕を引き、剣の鍔で先程の一撃を受け止めていた。

 

「――ふっ!」


 受け止めた剣ごと押し込むうように、アレックスが突きを放つ。ノエルはその動きに逆らわず、跳ねるように後方へと跳躍する。それを待っていたとでも言うように、アレックスが地面を蹴り疾風と化した。未だ着地していないノエルに向けて、掬い上げるような斬撃を放つ。

 だが、ノエルはそれを剣の腹で受け止め――更に高く、疾く跳んだ。

 空中で姿勢を制御した彼は、近場の木の幹に着地し、思いっきり蹴り飛ばしてアレックスに向けて跳躍――いいや、落下した。己の体を地面に叩きつけるような軌道である。

 回避が間に合わない、そう考えたらしいアレックスはすぐさま防御の構えを取った。

 

「さて、同族なら大体これで積みなのだが」


 お前はどうなのだろうな? そんな、挑発的な物言いと共に急速落下して来た斬撃がアレックスを襲う。

 一際甲高い音が鳴り響く。

 落下の勢いと振り下ろされた剣の衝撃。それがアレックスの剣にぶつかり、衝撃が全身を襲う。

 押し込まれる。靴が地面をガリガリと削りながら滑り、ゆっくりと後ろへ後ろへ。

 

「――ッ!」


 だが。

 それでもアレックスは構えを崩さない。この一撃を凌げばすぐに反撃出来る姿勢を維持したまま、突き抜ける衝撃に耐え忍ぶ。

 ほう、と。

 ノエルが小さく感嘆の声を漏らし、着地する。


「ふむ――やはり人間は力強いな。これで叩き潰せるとは思っていなかったが、まさか構えすら崩せんとはな」

「言うほど余裕があったワケではないさ、内心冷や冷やとしていたよ。そちらこそ、さすが森に生きる戦士と言うべきか。靭やかな剣も、木という障害物を上手く扱う技量も、私には無いものだ」

「なに、力技が不得手な種族だからこちらに重きを置いているだけだ。それに、こちらもあまり余裕は無くてな。途中で捌ききれなくなるのでないか、と不安に思っていた」


 剣を収め、笑い合う二人。

 けっこう派手な動きだったと思うのに、互いに息も切らしていない。せいぜい、ほんのりと汗をかいている程度だ。

 恐らく、本気の勝負ではなく軽い手合わせだったのだろう。考えてみれば当然だ、これからまた行軍するというのに、全力でやりあって体力を大きく削るワケにも行くまい。

 

(んー……アレックスはけっこう力技が多いタイプで、ノエル先生は繊細な感じなタイプってこと……? いや、違うわね。ノエル先生がどうかは分からないけど、アレックスの方はたぶん違う)


 恐らく、だけれど。

 アレックスは『力技が有効』だと判断したから、力技主体の戦いでノエルに挑んだのだ。

 無論、エルフの戦士の剣術はカウンター主体のモノ。力任せの一撃など簡単に反撃されてしまうが――騎士の剣術、リディアの剣と呼ばれるそれは確か防御主体のモノだったはず。

 相手の力が自分より弱く、また相手のカウンターを防ぐ自信があったからこその力技であり力押しなのだろう。

 そんな風に考えて、先程の戦いをぼんやりと思い返しながら、呟く。


「軽い手合わせ程度でもニールより強そうだってのが分かるわね」

「……まあ、事実だけどよ」


 若干ふてくされたような声を聞きながらイメージする。

 それはニールが戦う姿と、それを二人が迎え撃つ姿。

 それらを想像すると、どうしたってニールがやり込められる未来しか見えないのだ。

 アレックスが相手なら女王都で見せた剣と今見せたような力技のあわせ技で、ニールの突貫を軽くあしらった上で叩き潰しそうに思う。

 ノエルは――ニールの気質的に相性が最悪に思える。ニールの剣は勢いと速度を重視したモノだ。だというのに、ノエルはその勢いを受け流し、更にはそれを利用したカウンターを打ち込んでくる。

 もちろん、ニールにもまだ他の攻撃手段はあるだろう。

 けれど、それはあの二人だって同じのはずだ。いや、きっと二人の方が使える手段が多い。

 そう思ってしまうのは、二人の余裕に満ちた表情のせいだろうか。今の戦闘はまだまだ上澄みで、底はもっともっと奥にある。そんな風に思えるのだ。

 会話する二人を見ながらじっと考えていると、「それで、だ」とノエルがこちらに視線を向けた。


「もう剣を交えていないのだ、朝の挨拶くらいはしたらどうだ。ニール・グラジオラス、片桐連翹」

「あ、ごめんね、ちょっと考え込んでたわ――ノエル先生にアレックス、おはよう」

「悪いな、おはよう二人とも。やっぱ熟練の剣士はすげぇな。戦って負けるつもりはねぇが、だからって勝てる気も全然しねえ」

「おはよう、グラジオラス、それに片桐。これでも騎士として鍛錬に打ち込んでいるからな、そう簡単に負けてはやれないさ」


 アレックスは朗らかに、そして自信に満ちた笑みを浮かべる。

 確かに、今、この瞬間に連翹がスキルを使用した状態で戦いを挑んでも、勝てるかどうかはどれだけ贔屓目に見ても微妙だ。

 最初に出会った頃、アレックスがまだ転移者戦の経験値が少なかった頃は十分勝ち目はあったのだろうが、今現在の戦い慣れた彼では勝機は薄い。

 言ってしまえば転移者など初見殺しなのだ。実力も経験もない者が、化物めいた身体能力で一流の技を放ってくるなんて、普通は考えない。

 だが、今は考えられる。だからこそ先行部隊のように壊滅していないのだ。

 

(……でも、そんなの幹部を名乗ってる転移者だって分かっていそうな気がするんだけど)


 この現状は、相手にとって失態そのものだ。少なくとも、連翹ならそう感じる。

 女王都、道中、温泉街オルシリューム、そしてつい最近まで滞在していた森林国家オルシジームで転移者と戦い、情報を得た。経験値を得てレベルアップしているのだ。

 本来、レゾン・デイトルの面々はそれを避けなければならない。暴走する末端が居て、それが連合軍にちょっかいをかける程度なら理解は出来るけれど、幹部クラスが他の転移者を率いて戦う理由は薄いと思うのだ。

 だって、転移者のスキルは共通なのだから。

 使えば使うほど、戦えば戦うほど、相手は経験し、学習してしまう。

 血塗れの死神(グリムゾン・リーパー)王冠に謳う鎮魂歌(クラウン・レクイエム)のようにスキルをコンボのように発動させ、独自能力を扱っている者も存在はしている。

 だが、そんな彼らだって軸となる普通のスキルが露見していなければ、己のコンボを見破られる可能性が低くなるはずだ。

 だというのに、転移者は何度となくこちらを襲い、スキルを披露し学習させている。


(しょせん現地人――みたいに舐めてる? ……末端はそうかもだけど)


 相手を舐めて、己の秘密を晒し、攻略法が露見する。

 まるで少年漫画の三流悪党だ。高らかに己の能力を喋り、弱点を見破られて敗北する大間抜けだ。

 

(……あれ、でも、いくら攻略法が流出したからって……実力者じゃないとそれを活用できない、かも?)


 騎士に、エルフやドワーフの実力者でもなければその隙を突くことは難しい。

 冒険者ならカルナのような魔法使いなら魔法の威力でワンチャンがあり、ニールのような戦士ならば――最低限名剣と呼べるような武器が無ければ、対処法を理解していてもダメージを与えられない。

 ならば、情報が流出してもさして痛手ではない?

 

(……でも、国を維持するのなら悪手なのは変わりないわよね? だって、来るのは実力者ばかりなんだし)


 レゾン・デイトルは国だ。

 アルストロメリアも、アースリュームも、オルシジームも、それを認めてはいない。

 けれど、彼らはそう宣言し、統治しようとしている。そして統治するからには国を、領地を、財産を守らなくてはならない。

 そのために戦わなくてはならないのは、やはり先程述べた三国であり、その国に所属する実力者だ。つまりは、アレックスのような騎士であり、ノエルのようなエルフの戦士。そして連翹はあまり交流はないものの、ドワーフの戦士だ。


(今現在が相手の予定通りだったとして、最低限必要なモノは――)


 そんな風に考え込む連翹の肩を、誰かがとんとんと叩く。


「おい、どうしたんだお前。んなに考え込みやがって」


 振り向けば怪訝そうな顔をしたニール。

 そして、他の二人もまた似たような表情でこちらを見つめていた。


「いや……現状のあたしとかが、アレックスやノエルを倒すとすれば、どんな手段があるかなぁーって」

 

 先程の話をしつつ、ならば自分が勝つならどういう手段があるだろうか? そう、問いかける。

 少なくとも、レゾン・デイトルの転移者たちは負けるつもりでも、物語の悪役みたいに華麗に散るつもりもないはず。目的を達成するつもりのはずなのだ。

 どんなことを考えているかは知らないけれど、少なくとも国を建国した以上、目的はそれに連なるモノのはず。ならば、国を維持するために連合軍(外敵)を倒さねば話にならない。

 

「彼らがどうのように考えているかは分からないが、しかし私をどうやって倒すかという話なら答えられるぞ」

「え、本当!? ……でも、それって話して大丈夫なの?」


 そんなさらりと自分を倒す手段を教えていいものなのか、その問いにアレックスはなんでもないと言うような顔で頷いた。


「別に特別なことではない。相手を分断し、仲間と連携し仕留める――要は相手が一人の時に数で囲んで連携で封殺するだけだ」


 そうだな――と、僅かに悩むそぶりをして。


「仮に、片桐とグラジオラス、カンパニュラにホワイトスター――お前たちが私を全力で殺しに来たとしよう。その場合、私は恐らく死ぬだろう」

「ちょっとまって、どうしてそうなるのよ。正直レベル――っとと、実力差が有りすぎると思うんだけど」


 ニールもカルナも、ノーラも自分も。

 皆、別に弱いワケでも、役立たずなワケではないと思う。アレックスがスキルに対して無知であれば、勝機も多いだろうとは思う。

 けれど、現状のアレックスと戦ってどうにかなるとは、どうしても思えないのだ。


「いや、別に不思議なことでもなんでもねぇぞ。アレックスを倒すだけ、ってんなら現状の最適解っつっても良いんじゃねえか?」

「そうだな――初手でグラジラスは突っ込んで来るだろうし、その対処をする必要がある。だが、後衛のカンパニュラの魔法も放ってはおけない。グラジオラスを突破できても転移者の片桐が防御に徹すれば突破に時間がかかるし、致命傷も与え辛い。そして、致命傷でなければホワイトスターが片桐を癒やす」


 その間にニールが生きていれば挟み撃ちになるし、ニールが死んでいてもカルナの魔法の詠唱を終えて致命の一撃を与えてくる。仮に魔法を凌いでも無傷とはいかず、二回目の魔法か動きの鈍ったら連翹のスキルを凌げない。

 無論、途中で誰かが死ぬかもしれない。最初に切り結ぶニールはその可能性が一番高いし、足止めする連翹もまた攻撃が急所に当たればそれで終わる。連翹が足止めし損なえばカルナが死ぬし、それを庇ってノーラが死ぬかもしれない。

 だが、それでも。

 それでもきっと、刃は、魔法は、アレックスに届くことだろう。 


「死の危険さえ考えなければ、数で押し切れるってこと……? ただ皆と協力して戦うだけで?」

「ただ、ではないな、片桐連翹。そも、連携とは難しいモノなのだ」


 アレックスと連翹の話を黙って聞いていたノエルが、口を開く。

 

「一人の実力者に対し、多少喧嘩慣れした程度の十人のゴロツキが囲んで殴りかかったとしよう。そして、そのゴロツキは死を恐れず、一人の実力者を殺しにかかる。そして、どちらも種族は人間で、武器は剣や鈍器といったそこそこ長いモノと仮定する――さて、どちらが勝つと思う?」


 なんだろう、学校の授業を受けている気がしてきた。

 たとえばそう、算数とか数学とかに出てくる文章題。それを先生に答えなさい、って指名された気分だ。


「ええっと、それは……んー、一撃で十人纏めて倒せる技とかがない限り、ゴロツキの方が勝つんじゃない? ゴロツキの方も凄く死にそうだけど」


 剣とか鈍器を持った小汚い蛮族が一人の戦士を囲んで殴る絵面を想像する。

 もちろん、戦士は剣を振るい蛮族を切り捨てるだろう。一人、二人、三人――でも、次第に数の暴力に押しつぶされていく。

 結果、残るのは蛮族だ。確かに数は半分以下になるだろうけれど、それでも一人でも生存したのなら一応はゴロツキの勝ちだろう。

 

「否だ。想像してみると良い。チグハグの武器を持ったゴロツキが、一人目掛けてそれを振るう様を」


 んん? と唸りながらイメージする。

 武器を持ったゴロツキ十人が、一人を囲んで武器を振り上げている姿。

 

「味方に当たると思わないか」

「……え?」


 一人をぐるり、と囲んだゴロツキたち。

 彼らが振り上げた武器は、けれどそれらが剣や鈍器といった長物であれば、どうしたって隣の誰かに引っかかる。

 もちろん、当たらないように気を使うかもしれないが――ただのゴロツキ程度が、そこまで上手く横の味方を避けて敵だけを攻撃できるだろうか? 


「先ほどの例ならばゴロツキの多くは一人の実力者を攻撃しようと武器を振るい、味方に当てる。別段巨大なモンスターというワケではないのだから、当然と言えば当然だろう。そうすれば多くのゴロツキは味方の攻撃で沈む」

「じゃあ、味方が大事な冒険者だったら? 味方を巻き込まないように動くと思うけど」

「そうしたら数の利を発揮できない。想像してみろ、自分の隣に友人が立っていて、下手をすればその友人に武器が当たると思っている時に、片桐連翹、貴様は武器を全力で振るえるか?」


 ああ、と思う。確かにそれは無理だ。

 そして、そうなれば数はむしろ害悪になる。だって、味方を気にして全力を出せないのなら、まだ一人で戦った方がマシだ。


「だが、ニール・グラジオラスという男――彼が隣に居る状況で剣を振るって、当ててしまうと思うか?」

「え? いや、たぶん大丈夫なんじゃないかしら。というか、ニールが剣の間合いを見誤って味方の剣に斬られる姿とか全く想像できないんだけど」


 むしろ、『なんで攻撃しなかったんだこの馬鹿女! さっきの立ち位置なら余裕で相手をぶっ殺せたし、こっちも巻き込まなかったろ!』みたいな感じに怒鳴られそうだ。

 ――そう、なんだけど。


「あ? おいどうした連翹」

「……いーや、なーんにも」


 なんだよお前、みたいな顔を見て、思わずそっぽを向く。

 ……なんか凄く言いそうで、想像したら少し腹が立って来たのだ。

 こいつはそんな風に罵る。余裕があったら絶対そんな感じの罵声を浴びせてくる。きっと、たぶん、いいや、絶対に。

 口をへの字に歪めていると、くくっ、とノエルが笑い声を漏らした。微笑ましいモノを見つけたとでも言うように、けれどもどこか懐かしむように。


「それこそが連携に必要なモノだ。相手を知り、相手がどう動くのか、どう動きたいのかを考え、その上で自分がどう動くかを決定する――言葉にすると面倒だがな」

「んー……でも、なんとなく分かったわ。ありがとうノエル先生、アレックス!」


 先程はレゾン・デイトル側に立って考えていたけれど、連合軍の片桐連翹としても今の話は有益だ。

 だって、連翹の力は幹部には及ばない。スキルはそこそこ上手く扱えるつもりだけれど、彼らのようにスキルを利用して別の技に昇華させるなんて真似は出来ないのだから。

 ゆえに、自分以上の敵に勝つには、誰かの力が必要なのだ。

 そのために、今やるべきことは――

 

「――やっぱり素振りからかしら? 連携の練習もしたいけど、まず自分がやれることを増やさないと」


 結局、そこに落ち着く。

 皆と一緒に戦った経験自体は少ないけれど、皆の技はよく見ている。完璧に、とまでは言えないけれど、皆がやりたいことを察することは出来ると思う。 

 ならば、やるべきことは己の基礎を固めること。

 自分がやれることが増えたら、ニールたちもやれることが増えていく。連翹自身の成長は微々たるものでも、パーティーという視点から見れば大きな成長になるのだと思う。


「そういうことだ。防御の練習したかったら俺を呼べよ、鍛錬ついでに打ち込んでやるからよ」

「あれ? 誰かに剣を教えるの禁止、って言われたんじゃないの?」

「教えるワケじゃねえよ。俺はお前に剣を叩き込むだけで、お前はそこから勝手に学ぶだけだ」


 約束は破ってねえとイタズラっぽく笑う彼に、屁理屈じゃないのそれ? と思う。

 けれど、まあ確かに、それはそれで必要なことかもしれない。

 自分の防御の練習になるのはもちろんのこと、ニールの技の癖が分かる――一緒に戦う時にどう動けば良いのか分かりやすくなるのだ。

 

「よし、それじゃあお願いしようかしら! 千里の道も一歩から、メイン盾の道もまずスタンダードジョブを極めてから! 地盤の固まってない盾に未来はにい!」

「相変わらずだなその言葉。全く意味が分からねえようで、微妙に意味が分かっちまうから余計に面倒くせえ」


 言ってニールは木の近くまで歩み寄り、落ちていた枝を拾う。

 硬さを確かめるように何度か枝を振り回した彼は、にい、と連翹に笑いかけた。

 

「よし、そこそこ頑丈だ――ま、言った通り俺は他人に教えるのを許されてねえからな――体に教えてやるから勝手に体で覚えろ」

「え、なにその言い方、なんかひわぃ痛ぁああああああ!」


 スパーン! と脳天に叩き込まれる枝。

 いや、別にダメージはないのだ。転移者の体は頑丈で、枝如きでは勢い良く叩きつけられたところでダメージどころか痛みすら薄い。

 けど、脳天に走る衝撃はそのままで、びしりと体を伝わっていく感触が痛みを想起させる。


「まだスタートって言ってないじゃないのぉ! なんでいきなり殴り掛かるのよこのバーサーカー!」

「今から攻撃するぞって言いながら攻撃する馬鹿がどこに居るんだよ馬鹿女。ほら、次は技名叫ぶからちゃんと防げ――まあ、ちょくちょく無言で斬りかかるけどな」


 ちょっと、いいや、だいぶ早まったかもしれない。

 楽しげに笑うニールを見て、心からそう思った。


「ちょ、待っ、っていうかニールの踏み込み鋭くない!? なんか敵に向かってやってるのより凄く速く見えるんだけど!」

「傍から見るのと自分が喰らうのとじゃ見え方違うのも当然だわな。ほーれ、がろうぐらいー」

「あわ、わ、待って、待っ――あいたぁ!?」

 

 先程と比べかなり手加減されてるのは分かるのに、急に間合いを詰められると慌ててしまう。

 これでスキルを使えたら『ファスト・エッジ』でカウンターを狙うところなのだが、いざ自分が動くとなるとどうすればいいのか分からなくなる。

 転移者の肉体がある以上、ちゃんと防御すれば余裕で受け止められるはずなのに、とてもじゃないが出来る気がしない。


(でも、普通の人はこれが普通なのよね)


 そう考えると、自分がどれだけ恵まれているのかが理解出来る。

 規格外チートによって頑丈な体と練達の技をインストールされ、これまで戦ってきた。

 けれど、逆に言えば素人の連翹がまともに戦うには、それくらいのチート(ズル)をやらないとお話にならないのだ。今だって、転移者の頑丈さが無ければ枝で殴られただけで泣いている自信がある。

 けど、逆に言えば。

 そういうズルをしている今だからこそ、自力を上げる最高のタイミングであるとも言える。

 オルシジームから始めた素振りは疲れることなく、筋肉痛になることなく続けられたし、今だって体を叩かれても衝撃はあっても痛みはない。おまけに、体にはスキルの動作(剣の先生)がある。

 転移者という存在は非常に恵まれているのだ。スキルで無双する以外に、今のように鍛錬する時も。

 ならば、へこたれては居られない。これだけ恵まれた状態で怠惰を貪ったら、異世界に行く前の片桐連翹と同じ――いいや、それよりも劣化した存在に成り果ててしまう。

 

「よぉし、もっと打ち込んで来ていいわよニール! そろそろ一発くらい防いでやるから覚悟しなさい!」

「……ほぉ、言ったなお前」

「え? ねえちょっと、なんでそんなに楽しそう……というか愉しそうな笑みしてるの……? ちょ、ごめん、今の無し今の無しあいたぁ!? 無しって言ったのにいぃ!」

 

 ――そんなきゃんきゃんとした声を、二人の男が聞いていた。

 苦笑するように、けれど微笑ましい子供を眺めるように。 


「――さて、ノエル。私はそろそろ戻らせてもらうよ」


 そろそろ他の騎士たちを指揮せねばならない、と少しばかり残念そうに言う。

 叶うならばもう少しノエルと手合わせをしたいところだが、そうもいかない。これからまた歩きづめだというのに体力を使い切るワケにもいかないというのもあるが、剣を振るう以外にもやるべきことがあった。


「組織で偉くなると大変だな。私はここでしばらく彼らの様子を見ている。若人が熱心に鍛錬に打ち込んでいる姿は、見ていて楽しい」

「ああ。私が言えることではないが、グラジオラスは無茶をやらかす男だからな、ついでに見張っていてくれ」


 言って背中を向けたアレックスだが、ふと足を止め、振り向いた。


「そう言う貴方はどうなんだ? その実力であり、エルフの教導を行う者だ、相応の地位に着いているはずだろう」

「そのようなモノに着いていたらここまで来れんよ――今のエルフの若者と同じだ。実力こそ認められてはいたものの、上の者たちに嫌われていた。無論、だからこそ今、こうやって気軽な身分で居られるのだがな」


 ノエルの視線が、ニールたちに向けられる。

 朝の静寂を乱す騒がしさを、しかし心地よい音色だと言うように微笑んだ。

 

「ああ、しかし――少し、羨ましいな。異界の者とはいえ、同じ(種族)というのは」



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