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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
140/288

137/夜語り


 闇の中、煌々と焚き火が燃える。

 パチパチという乾いた音を鳴らすその傍らに一人、カルナは居た。

 食事を終え、空は既に月と星々の世界と化している。だが、最低限の見回り以外はほとんどの者が寝静まったこの時間こそ、カルナは集中出来るのだ。


(勇者を名乗る転移者――真っ当な人間か、欲望のままに力を振るう転移者かは分からないけれど)


 どちらにしろ、技量を高めるに越したことはない。争うにしろ、共闘するにしろ、力があって困ることはないのだから。

 己の魔導書を読み、脳内で魔法を構築する。魔力を編んだり詠唱したりはしないが、イメージの中だけで魔法を扱うのだ。実戦で淀み無く魔法を使えるように、己の脳に魔法を使う際の動きを刻み込む。

 それは剣でいうところの素振りだ。正しい動作を何十、何百と繰り返し、自分という存在にその動作を刻み込む。

 

(早く、速く、疾く――可能な限り最速で、最短距離を駆け抜けるように)


 魔法は強力であり、けれど鈍重なのだ。

 接近されれば前衛の戦士に敵う道理はないし、距離を取っても相手が弓矢を持っていればそちらの方が速い。無論、威力や攻撃範囲で剣や弓を圧倒しているのは確かだが、それは相手だって理解していることだ。

 だからこそ魔法使いは距離を取って身を守ろうとするし、相手は可能な限り速やかに魔法使いを排除しようと動く。

 鉄咆てつほうの射撃と轟音で相手を足止めすることには成功したものの、それにあぐらをかくワケにいかない。技術とは磨かねば容易に鈍り、劣化していくものなのだから。


「――こんなものかな」


 何十、何百と繰り返し、一時間程時が過ぎ去った。

 全力で頭を働かせたせいか、一歩も動いていないというのに全身に粘着くような疲労感が張り付いている。 

 だが、まだ眠気は襲ってこない。全力疾走した後、呼吸が乱れている最中に睡眠が出来ないのと同じ。恐らく、もう少しゆっくりとしていれば自然と瞼が重くなってくるだろう。


「お疲れ様です、どうぞ。砂糖、たっぷり入れておきましたよ」

「あ、ありがとうノーラさん。助か――ノーラさん?」


 コップを受け取った後、慌てて視線を向ける。

 カルナと同様に焚き火の近くに座っているノーラが、小さく微笑んだ。

 彼女の手元にはいくつかの調理道具とポットがあった。


「薄く入れたので味は薄いですけど――濃く入れると眠れなくなりますからね。このくらいが丁度いいと思いますよ」

「ああ、うん、ありがとう。……いや、それより、いつからそこに?」


 カルナの問いに彼女は「やっぱり気づいてなかったんですね」と少しばかり呆れたような、けれども楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「大体三十分くらい前です。集中していたので声をかけてなかったのもありますけど、すぐ近くに座っても全然気づかないんですよ、カルナさんったら」


 彼女の微笑みを見つめながら、「そっか」とだけ言って湯気の立つコーヒーを啜る。

 暖かくて甘い、けれど僅かに苦味のあるそれを楽しんだ後、口を開こうとし――閉じる。むう、と唸るような響きだけが閉じた口の中で鳴った。

 

(――――困ったぞ。何を話したらいいんだ?)


 普段、皆と一緒に会話するのなら言葉に困ることなど無い。

 けれど、いざ二人になって何か話さねばと思うと、話題が出てこないのだ。

 無論、ノーラと二人きりになるのは始めてではない。だが、その場合は基本的に古書の解読をしながらなど、何かしらの作業をしている場合が多かった。

 魔法やこれからの行軍について――というのも違うだろう。

 なにか良い話題はないか、と必死に頭を巡らせる。

 だって――自分から告白した相手なのだ。なるべく楽しませたいし、良く見られたいのだ。

 だから、小粋なトークの一つでも披露したいと思うのだが、残念ながらどれだけ頭を捻っても第一声すらおぼつかない。

 当然と言えば当然だ。

 カルナは元々、そういうのが面倒で避けて来た。はっきりと言って盛った女の感情は好悪関係なく面倒だと思ったし、手間だと思っていた。

 今だってそれ自体は変わってはいない。けれど、惚れた女相手に手間を惜しむのは違うだろう。さすがに魔法などの労力を全て彼女に捧げる、なんて風には思わないし思えないが、可能な範囲で楽しませ、喜ばせたいと思っている。

 思っている、のだが。


(問題は、思った以上に僕が可能なラインが低いってことだね)


 体を鍛えていない者がいきなり長距離を走破するのは無理だ、だから半分くらいの距離で様子を見よう。

 そう思っていたけれど、その距離も走れない自身に愕然とする――そんな驚きと困惑があった。

 別に、特別キザな言葉を捧げようとか、色々と装飾した愛の言葉をささやこうとか、そんな風に考えていたワケではない。そんなモノ、自分には無理だと最初から理解している。

 だが、普通の会話くらい出来ると思っていたのに、それすら出来ないのはどういうことか。


「――案外、どうすればいいのかって分かりませんよね」


 しかしこのまま沈黙が続くのはまずい――そんな焦りが湧き出し始めた頃、苦笑と共にノーラが言った。

 その苦い笑みを向けられた対象は、カルナではなく、笑みを浮かべた本人を含んだ二人。なにやってるんだろうなぁ、と。そんな言葉が聞こえてきそうな笑みであった。


「恋愛小説なんかは時々読みますけど、あれだって大体は結ばれて終わりじゃないですか。恋人になったら、婚約したら、とか。だから、わたしもどうすれば良いのかよく分かってなくて。現実のモノを知ろうにも、村の友達は女性ばかりでしたし、だからといって司祭様や近所のおじさんに聞く機会もなかったので」

「僕は――そうだな、元々こういう男女のあれこれを頭が悪そうな行為だって下に見てたよ。あんなことにうつつを抜かしている奴より、僕は偉いんだってさ」


 没頭している趣味が魔法で、生活に貢献できたり、大人たちに褒められたりしたから、余計にそう思ったのかもしれない。

 体格、経験、財産、それら全てで子供は大人に勝てない。けれど、魔法は別だった。使えない大人は多かったし、同年代で使える者など村ではカルナしか存在しなかった。だから、調子に乗った。僕は凄いやつなんだ、と。


(いや、それも言い訳か)


 仮に大人が認めてくれなくても、自分の才能に理解を示さない劣った生き物と蔑んだことだろう。

 自分は凄い奴だと思いたかったし、思われたかったのだ。そして今も、その根っこは変わっていない。

 そんな男が、その程度の男が、突然恋愛沙汰で最適解を選ぼうなど、思い上がりも甚だしい


「困る前に恥を忍んで誰かに聞けば良かったな。もっとも、誰に聞けば良いのかなんて分からないけどさ」

「案外ニールさんに聞いてみたら良い答えが返ってくるかもしれませんよ。わたしだって、ダメ元でレンちゃんに聞いたんですけど、想像以上にちゃんとした答えが返って来てびっくりしちゃいましたから」

「レンさんが?」


 なんだろう、全くもって想像が出来ない。

 そんな言葉が顔に出ていたのか、「ですよねぇ」とノーラはころころと笑う。


「『いつか空の飛び方を知りたいと思っている者は、まず立ち上がり、歩き、走り、登り、踊ることを学ばなければならない。その過程を飛ばして、飛ぶことはできないのだ』――ですって。レンちゃんの世界で有名な人が残した言葉らしいですよ。華麗に空を飛ぶ鳥に憧れる前に、ちゃんと自分が出来ることをしましょう。そしたらいずれ、歩いていた頃に見つめていた空に届くかもしれませんから」

「凄く失礼なことは分かってるけど――思ったより学があるんだなぁ、レンさん」

「今までと違う世界に来たワケですしね、無知に見えちゃうのは仕方ないですよ。……実を言うと、わたしもカルナさんと同じことを思ったので」


 確かに、カルナが突然転移者の世界に転移したとして、愚か者扱いされず過ごせるかと問われれば、否と答えるしかないだろう。

 常識が違う、文化が違う、技術体系も違う。そんな世界に突然放り込まれたら、その世界に慣れるので精一杯になるはずだ。

 そう考えると、転移者がチートと呼ぶ力に依存する気持ちも分からなくもない。だって、何もかもが違う世界に転移して、その中で役立つ便利な能力(どうぐ)なのだ。依存してしまう気持ちも理解出来る。

 

「でもレンちゃんったら、相談した時、最初『夜這いよ夜這い!』なんて言い出したんです! 本当にあの人ったら! ああいうとこを直せばもっと賢そうに見えると思うのに!」


 何言ってんだよレンさん――そう言いかけて、頭の中に一つのビジョンが浮かび上がる。

 天幕の中で眠るカルナの体に覆いかぶさるモノ。布団よりも重く、けれども押しつぶされる程ではない軽さのそれの感触に怪訝に思い瞳を開くと、僅かに着衣の乱れたノーラが頬を染め荒い息で――


「か、カルナさん? ……さすがにそこで沈黙されると、身の危険を感じるんですけど」

「――は!?」


 伸びた鼻を、慌てて戻すが、なんかも致命的に色々と遅い。

 いけない、空を飛ぶより歩き始めようと思ったところだけれど、これは歩く下回って這いずってるくらいレベルが低いと思う――!


「カルナさん、見た目よりもけっこうすけべえですよね。ニールさんはそこら辺を隠してませんけど、カルナさんは隠してるのに隠しきれてないから、余計にそう思えてきますよ」

「ちょ、待って! さすがにあれより上とか言われるのは僕傷つくんだけど!?」

「色々早まったかもしれませんねぇ……カルナさん、告白の返品ってまだ受け付けてます?」

「ごめん、悪かった、悪かったってば!」


 さすがにまずい、と頭を下げまくる。

 男女の付き合いで別れはどんな形であれ必ず存在するモノだと思っているが、さすがにこの別れは間抜け過ぎだ。

 せめて名誉挽回の機会を作らねば、そう思って視界が地面でいっぱいになるくらい頭を下げていると、不意にくすくすという笑い声が聞こえてきた。聞き覚えがある声音で、とても近くから聞こえてくる。そう、たとえば今現在謝っている相手とか。

 仏頂面で顔を上げる。おかしそうに口元を抑えているノーラと視線が交わった。


「……ノーラさん、こうやってからかうの、けっこう好きだよね」

「ふふっ。ええ、もちろん。教会で同室だった子にも何度かやって、見た目よりずっとやんちゃで腹黒いとか言われました」

「なんだろう、今の僕ならその子と仲良く話せる気がするよ」


 なんというか、見た目大人しそうで、実際そこまで間違っていないのだけれど、根っこはもっと活発だというか。

 見た目通りで、けっこう見た目通りの癖に、要所要所でけっこう外してくる。だから彼女の思惑にはまってしまうのだろう。

 ノーラの故郷の教会に行けば、さぞかし話が合うだろう――そんなことを考えていた、そんな時だった。


「あれ……どうしたのノーラさん、なんか僕やらかしたかな!?」

 

 足の届かない水に深く深く沈み行くように、ノーラの表情が暗くなって行くのだ。

 正直全くもって心当たりはないのだが、しかしここしばらくの自分を省みると、自分が無実であると信じるのは難しい。絶対、なにかやらかしてるだろうな、という確信があった。

 けれど、ノーラは「いえ、カルナさんが悪いワケじゃないんです」と首を左右に振る。


「ただ、その子とカルナさんが話してる姿を想像したら、なんか取られちゃいそうだって思って」

「なんだ、そんなことか」


 思わず笑ってしまう。

 なんとも可愛らしい心配事ではないか。

 それに、少しばかり嬉しいのだ。彼女の不安は、カルナという男を取られたくないという想いから湧き上がったモノなのだから。

 

「安心しなよ。確かに他の女性に全く興味はない、なんてことは言えないし、言っても信じてもらえないと思うけどさ。それでも、惚れた女を放り出して他の女に走るような不誠実な真似はしないさ」

「ええ、分かってます。分かってるんですけどね」


 言われるまでもなく分かっていると言いたげな顔で、しかしどこか安堵したような微笑みを彼女は浮かべた。


「でも、どうしてそんな風に不安に思ったんだい?」


 本気で疑られていたワケではないと分かり、内心ホッとしつつ問いかける。


「だってその子――わたしより胸大きいんですよ?」

「え、嘘、ノーラさんより!?」


 冗談めかした物言いに、思わず食いつく。

 ノーラだって女性として中々豊満なのだ。それより上とはどのくらいだ、あれか、こぼれ落ちるくらいか。一度くらい拝んでみたいと思うのは男として当然の欲求ではあるまいか――!?

 と。

 そこまで考えて、傍らから噴出する怒気に気づいた。

 

「そこで食いつくからすけべえだって言ってるんですよ! 男の人はそういうモノだってくらい知ってますけど、せめてもうちょっと隠す努力をしてください!」


 ワリと本気の怒鳴り声であり、ぐうの音も出ない正論であった。

 

「ごめんごめん! 今のは完全に僕が悪かった! さすがにタイミングとか色々と最悪過ぎるよね今の……!」

「ふんだ、いいですよ、もういいですよー、馬鹿、ばーか!」


 ふんだ、と。

 ワリと本気でふてくされた顔でそっぽを向かれてしまった。


(あー……ニールの気持ちも、ちょっと分かるなぁ)


 言葉にしたら余計に怒られそうだが、その仕草を愛らしく思う。

 なんというか、普段とは違う語気とか、言い回しとか、語彙が少なく子供っぽく見える感じとか、それらに不謹慎ながらもちょっとドキドキとする。

 少し怒った表情も、僅かに膨らんだ頬も、ほんのりと赤らんだ顔も、独特の愛らしさがあった。なるほど、確かにこれは怒らせてみたくもなる。

 きっと男の子が女の子を虐めたりからかったりするのは、こういった感情からなのだろうと思う。女の子からすればたまったものではないのだろうが、男というのはそういう馬鹿な生き物なのだ。

 だが――いつまでも馬鹿なままでは生きていけない。


「……ノーラさんの言うとおり僕は馬鹿で、上手くやってるつもりで色々トチっている未熟者さ」


 焚き火の中に枝をくべつつ、口を開く。


「だから色々と失言もするし、不安にさせることも、怒らせることもあるだろうと思う。でも、それでも――僕は君を好いている、それだけは真実だ」


 無論、今後性格の不和で気持ちが離れることはあるかもしれない。

 永遠に変わらないとは言わないし、言えないけど。

 でも、それでも。

 今、この瞬間では不変の真実だ――と。

 そこまで言って、黙る。

 正直な話、言っていて照れくさいなんてモノじゃない。

 だが、ノーラを安堵させるためならこのくらい必要経費だ。自分の不始末で払うことになったモノなら、尚更だ。

 

「……そういう時は嘘でも言い切ったほうが良いと思いますよ、永遠に変わらないって」


 しばし無言で佇んでいたノーラが、ぽつりと呟く。


「カルナさん、案外そういうのが下手ですよね」

「仕方ないさ、こんなこと初めてだからね」

 

 くすりと笑う彼女の声につられるように、カルナもまた笑う。


「気づきました。わたし完璧な人じゃダメみたいです。駄目な所があると、この人は一人にしておくと駄目だなぁ、って思っちゃうみたいです」

「ははっ、なんか変な男に引っかかりそうだね」

「ええ、その通りです。だってもう引っかかってますから。今、この瞬間も」


 でも、と。

 小さく区切り、ノーラは振り向いた。

 

「こんなんじゃ、いつか大きな失敗をしそうだなー、なんてことを考えちゃいますね。ほら、時々居るでしょう? この人はわたしが居ないと駄目だ、って男の人に貢ぐ女性とか」


 どうやらわたしも彼女たちと近しいみたいです、と。

 少し小悪魔めいた微笑みを向け、演技じみた声音で囁く――だから、と。


「離さないでくださいね、カルナさん――手を離されたらわたし、変な男に騙されてしまいますから」

「はは、中々面白い脅迫だね」

「カルナさんはどうですか? こんな女で失望しましたか? けっこうわがままでしょう?」


 こんな都合の良い相手を求めているなんて、と。

 先程ノーラはああ言っていたが、別に駄目な男が好き、というワケではないのだと思う。

 彼女が求めたのは――頼りになって、けれど完璧すぎない隙のある相手。

 完璧すぎる人は駄目。

 けれど、駄目過ぎる人も嫌。

 なるほど、そう言われてみれば選り好みしているようにも思える。さすがにわがまま、とまではカルナは思わなかったけれど。


「いいや、むしろ安心した」


 小さな体を、そっと抱き寄せる。


「君を支えるから、どうか君も僕を支えて欲しい。知っての通り、完璧には程遠い男だからさ」


 答えはない。

 けれど、これが答えだと言うように、小さな腕がカルナの体を抱き寄た。

 互いに抱きとめる腕はやさしく、柔らかく。

 まるでベッドの中で心地よく微睡むように、二人の腕は互いを温めあった。

 やがて眠気が襲い、互いの天幕に戻るまで、長く、長く。



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