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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
無限の勇者
138/288

135/大陸西部

 ガラガラ、ガラガラ、車輪が回る。

 複数の馬車が街道を進み、それを守るように騎士や兵士、そして冒険者たちが交代で周囲の警戒を行っている。

 それは連合軍の集団だ。明朝に出立した彼らは、アースリュームやオルシジームの存在する南部を抜け、大陸西部にたどり着いた。

 瞳に映る風景は葉脈を連想させる。

 先程までほとんど一本道であった街道も、西部に突入した途端にいくつも枝分かれしていた。一番大きな道は馬車などが通りやすいよう石畳で舗装されているが、それ以外はされているもの、いないもの、とまちまちだ。

 瞳を凝らすといくつかの村が点在しているのが分かる。その間を田畑や森、そして山々が埋めていた。

 西部に来たんだな――そう理解すると、ニールは「うっし」と気合を入れ、皆に視線を向けた。

 当初はバラバラに配置されていたニールたちだが、オルシジームからは一緒に行動している。仲間同士でサボるような冒険者ではないと信用されたのか、一緒の方が実力を発揮できると認識されたのか、どちらにせよありがたい。カルナやノーラはともかく、連翹が見えないところで妙なことしてないかなどを考えないで済む。


「さすがに騎士がいるのに狙う馬鹿はいねぇとは思うが、警戒するには越したことはねぇな。お前ら、会話はしてもそっちに没頭しすぎるなよ」

「そうだね、この辺りはけっこう物騒だから」


 街道沿いの森に視線を向けながらカルナが頷いた。

 互いに西部出身のために、ここの良い部分も悪い部分も理解している。一番大きな道を移動している間は問題ないとは思うが、それでも森や山が見える範囲では警戒するに越したことはない。

 

「なんで? 西部はモンスターとかほとんど出ないんでしょ? ……でもなんで西部だけモンスター居ないの?」

「レンちゃん、モンスターは居なくてもレゾン・デイトルの転移者が居るので警戒しないワケにもいきませんよ。でも、モンスターが居ない理由は、わたしも知らないですね」


 ニールたちの言葉に連翹が疑問を漏らし、ノーラが控えめにそれに答えた。

 ただ、ノーラの答えは間違いではないが、正解でもない。転移者など居なくても、西部は十分に治安が悪いのだ。


「そうだね……まず最初にモンスターが居ない理由を説明しようか。それについては、魔王大戦以後の開拓が原因だって言われてるね」


 魔王大戦終結後、大陸西部のモンスターたちは次第に絶滅していった。

 脅威となるモンスターは魔族たちが自分の住処を守るために排除していたため、戦争終結後に残っていたのは脅威となり難いモノばかになっていたという。

 それでも、次第にモンスターたちは数を増やし、そこから突然変異として強力なモンスターが産まれる――はずだった。

 だが、戦争終結後の西部はありとあらゆるモノがまっさらになっていた。それは物質的な意味でも、そして権利的な意味でも。

 そして、建国したての女王国には崩壊した西部を立て直す力があるわけもなく、かといって九割が廃墟と化した西部をそのままにすることも出来ず――開拓の自由と、開拓した土地の権利を開拓者に約束したのだ。

 その後は早かった。雨後のタケノコの如く開拓村が作られ、モンスターの生存領域は減少。

 更に開拓に出遅れた者たちが『平地はほとんど抑えられてしまった』ということで、本来ならモンスターの領域である山や森、洞窟周辺すらも開拓し始めたのがトドメだったのだろう。西部のモンスターはほぼ絶滅してしまった。

 そこまで聞いた連翹が怪訝そうな顔で口を開く。


「……そんな話のワリには村とか町の間に隙間がけっこうあるのね。見渡す限り家がギッチギチでも不思議じゃないのに」

「全部の開拓村が開拓に成功したワケじゃねえからな。失敗して他の開拓村に人員だけ吸収されたり、村は完成しても道から離れすぎてて他の村と交流出来ず、自給自足も失敗して廃村、とかな。それにあんまデケえ町作っても維持できねえだろうしよ。維持費に幾らかかるんだって話だ」

 

 そのため、街道のそこかしこにかつての村の一部らしい家屋があった。

 大部分は撤去されるなり物取りが売り払うために解体したりしているのだが、いくつかは旅人の休憩所として残されているのである。

 

「……ああ、なるほど。だから治安が悪いんですね」


 ノーラが納得したように頷くが、その隣で連翹が「むむむ」と唸る。

 

「ん? んー……ごめん、なんでそんなに治安悪いのかまだ理解できないわ」

「さっきニールが言ってた通り、無茶な場所を開拓して、結局他と交流できずに廃村になった村があるんだ。結果、山や森の中に廃村のまま残ってる場合が多い」


 そして、それを撤去することも出来ない。

 無論、見つけたら解体することもあるのだが―それだって見つけたらの話だ。

 広い西部の山や森、その隅々まで廃村や廃屋があるかどうかを調べる……そんなことは不可能だ。人手も足りなければ金も足りない。

 そのため、そういった廃村は街道や町周辺のモノだけ解体され――けれど人目に付かない場所にまだ山ほど残っている。


「……結果、人目に着かず、けど少し直せばそこそこ快適に住める場所が西部にはいくつもいくつもあるわけだ――連翹、お前が盗賊ならよ、そんな場所見つけたらどうする?」

「何いってんのよ。そこを拠点にして村とか旅人とか商人とかを襲――ああ! そっか! そういうことなのね」

 

 納得したように連翹は頷いた。

 そうだ。西部にはモンスターがほとんど存在せず、探せば廃村が転がっている――犯罪者が潜むのに非常に適しているのだ。

 

「それに加えて、魔王大戦終結後に開拓の自由と土地の自治を認めたから、騎士団や兵士が介入し辛いという部分もあるね。自分の領地は自分で守るってさ」


 その言葉通りちゃんと維持できている町もあるし、自分では無理だからと兵士に助けを求める町もあるし――どちらも選ばない町もある。

 そして、盗賊はそうでない町の領地に潜み、窃盗を行うのだ。

 

「だがま、そこらへんを気をつけて大通りを歩くのなら、人も物も色々流れてくる面白え場所だ。警戒はするべきだが、下手に気負いすぎんなよ」


 警戒し始める女二人に軽く笑いかける。

 下手に女子供が路地裏に入れば危険なのは間違いないが、大通りを歩く分には十分に安全だ。でなければ、子供時代のニールが外で遊ぶことなど出来なかった。

 それに、開拓者精神というべきなのか、西部では新しいモノが受け入れられやすい土壌がある。そのためか、最初期に現れた転移者の多くは西部に住み、持ち込んだ技術と知識を披露したのだという。

 その結果、いくつかの知識は大陸に広まり、またいくつかの知識は広まること無く消滅するか、村の伝統行事程度に収まることになった。

 

「……そういえば、その時代の転移者は規格外チートって単語を使っていなかったらしいね」

「あれ、そうなんですか?」

「うん、昔その手の歴史書を読んだ限りではね。もちろん、その作者の周りがそうだっただけで、他の転移者が使っていたかもしれないけど」


 カルナが読んだという本によると、突然現れた違う人種に戸惑うことはあったものの、大体の町や村では彼らを受け入れる方針を取ったらしい。

 なにせ、転移者は凄まじい力を持っている。下手に迫害するよりは仲良くしたほうが安全だと当時の人々は考えたのだ。

 その結果、転移者たちは恩を感じて人々の助けとなるべく動いたという。一宿一飯の恩義だとか、見ず知らずの自分を助けてくれたのだから次は自分の番だとか、誰もが人馴れしていない風ではあったが義理堅かったという記述が残されている。


「……それが今はアレかよ。とてもじゃねえが同じ連中の話とは思えねえな」


 人見知りはするが義理堅い者たちと、己こそ至高と力を振るう者たち。

 なんの関連性も無さそうだが、一つ、昔と今の転移者を繋げるモノがある。

 

(さっきの話に出て来る昔の転移者にしろ、もう何度も会った今の転移者にしろ――元の世界で上手くやれてなかった感じがするんだよな)


 どちらも社会に馴染めないという意味であれば同一であろう。

 そして、それがニールには解せなかった。

 創造神がどういった目的で別世界から人間を転移させているのかは分からない。だが、仮にニールが創造神だったら、有能かつ人格に問題ない人間を選ぶ。

 だって、わざわざ人見知りや異世界に行って無双することを妄想している者を選ぶメリットがないではないか。そんな人間を集めて、どういう結果を求めているのか全く理解できない。

 だが、それでも一つ、推測できることはある。

 

(――今の生活に不満を持ってる奴を狙いつつ、その上で攻撃的な連中を集めようとしてんのか?)


 最初期には単純に元の世界であまり馴染めていない者を呼び寄せたが、上手く行かなかった。カルナの言った通り、普通に馴染んでしまったのだ。

 だからこそ転移者の世界でもメジャーではない『異世界チート』という概念に慣れ親しみ、それを実行したいと思う者を狙い撃ちしているのではないだろうか? 

 元の世界に馴染めない者を呼び寄せて定住させたいだけなら、チートという言葉に慣れ親しんだ者たちなど真っ先に外すべき選択肢だ。だというのに、今現在の転移者の多くは皆チートという言葉を力の象徴として理解している者ばかりだ。むしろ、これは適度に暴れてくれる存在を招いていると考えた方が自然であろう。

 もしもそうだとしたら現状の人選は完璧だ。創造神が命令せずとも勝手に暴れてくれるのだから。


 己の力を誇示するために。

 自身が最強であると証明するために。

 連翹たちの世界に存在するという、異世界チートの物語と同じように。

 もしくは、それ以上に感情的に。

 

 だが、そこまで考えてニールは首を左右に振った。

 ここまで想像しても、「なんのために?」という疑問は消えるどころか膨らむ一方だからだ。

 それに、もしニールの推測が正しかったとしても、腑に落ちないところがある。


「ん? どうしたのよニール、さっきからじっと見て。……ははぁん? さてはあたしの魅力にメロメロになったとかそんな感じね! 可愛くてごめんね! あたしの美少女っぷりが有頂天で留まることを知らないって感じねぇ!」

「なあ、自分で言ってて恥ずかしくねえのか、それ」

「…………うん、ちょっと恥ずかしかった」


 現状の連翹のように力を持ちつつも他者を害さない転移者や、アースリュームやオルシジームで出会ったこの世界で真っ当に暮らす転移者たち。

 わざわざ暴れさせるためにこの世界に招き入れたとするなら、なぜそんな存在を許しているのだろうか。 


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― 新着の感想 ―
まあ確かに異世界行き希望者の中でも攻撃性が高いやつや気弱なやつを集めでもしなければ組織作って街乗っ取って暴虐の限りを尽くすとかそんな酷いことにはならんわな 偏りなく異世界行き希望者を集めるなら正義感持…
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