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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
襲撃後に抱く想い
135/288

132/大人と子供の境界


 ――――魔法使いとは孤独であるべき存在であり、けれど他人の助け無くしては成り立たぬ存在だ。


 冬の朝のか弱い光を感じながら、カルナは歩く。その時、ふとそんな思考が頭を過ぎったのだ。

 己に合わせた魔法の研究は結局のところ一人で極めるモノであり、しかしそれを十全に扱うには他者の助けが必要となる。

 それは矛盾しているようで、けれど人間としては何一つ矛盾していないのだろうとカルナは思うのだ。

 人間、誰だって自分以外の何者かに頼らえねば生きていけないし、十全に自分の力を発揮することは出来ない。

 剣士が鍛冶師に鍛えられた剣を求めるように、料理人が新鮮な食材を求めるように、内政官が紙を必要とするように、だ。

 どのような種類ジャンルの求道者も他人の力を借り、その上で己の実力を発揮している。

 歴史に名を残した者たちとて、一人ではきっと何も出来なかった――いや、出来たかもしれないが、しかしその規模はずっと小さかったろう。

 結局のところ、誰しもが一人では何も出来ないのだ。

 

(だからこそ――別に今の現状に不満を抱いてなんかいない。いいや、抱いてはいけない)


 王冠に謳う鎮魂クラウン・レクイエム、そして彼に率いられた転移者との戦いを想起する。

 その結末は敗北。魔法使いとしての実力を十全に発揮できぬまま押し切られた。

 それを悔しいとは思うが、だからといって全てを自分の力でなんとかするなどと考えるのは傲慢だ。

 少し前まで後衛としての実力も発揮できなかったが、鉄咆てつほうという武器によって真っ当に戦えるようになった。それでいい。そうは思うのだが――


(――結局のところ、僕は傲慢なんだな)


 もっと自分の力だけでなんとかしたいと思ってしまう。自分一人の力で、どうにかしたいと願ってしまう。

 そういった意味で、カルナは転移者の規格外チートに憧れる気持ちが分かった。誰だって弱いより強い方が良いと願うし、負けるよりは勝ちたいと想うだろう。

 そして、だからこそ――そんなモノが孤独な愚者が抱く幻想だということも理解している。

 そもそも、一人で全てを完璧にやるなんて不可能である。才能云々もそうだが、鍛錬の時間も必要だし、何より人間の体は一つしかないのだから。

 

「結局のところ――やるべきことは一つ。魔法使いとして高みを目指す、それだけだ」


 立ち止まる。

 そこは街外れにある広場であった。他の広場と違い、ベンチや散歩道などは存在しない、あるのはむき出しの土だけのだだっ広い場所だ。他にある施設は、資材保管庫くらいしか存在しない。

 建設予定地でも、先日の襲撃でそうなったワケでもない。ここは元々そういう場所なのだ。

 

『魔法修練場』


 そう書かれた看板の下には、平日の使用可能時間や使用にあたっての注意事項、数日後にエルフの戦士たちが貸し切る旨が記されている。

 広場では何名かのエルフが既に魔法を唱えていた。

 吹きすさぶ風が、燃え盛る炎熱が、凍える氷刃が、地を揺るがす地の拳が。

 仮想敵をなぎ払い、焼き尽くし、引き裂き、砕く。

 彼らはエルフの戦士のような治安維持に必要な兵隊ではなく、戦闘能力のある一般市民のようであった。身に纏う衣服も戦闘用のモノではなく普段着のようで、魔法の使い方も洗練されてはいない。


(それでも下手な人間の魔法使いよりも強いっていうのは、さすがエルフというべきなのかな)


 魔法に適した種族というだけある。魔力量が多く、また人間が理論立てて使っている魔法を『なんとなくこんな感じで』といった手軽さで簡単に成立させてしまうのがこの種族だ。

 人間が四肢の無い生き物に「どうやってそんな長いモノでバランスを取っているの?」と言われても返答に困るのと同じ。体の構造に詳しい者であれば語れるのかもしれないが、大体の人間は「そんな当たり前のことを聞かれても困る」という結論に至るだろう。

 つまりはそういうこと。 

 自分たちは人間の四肢の動きを一々計算して動かしているようなモノなのだ。エルフに比べぎこちなく、無駄が多く、ロスが多数存在するのは当然の理屈だ。


「やあ、少しいいかな」


 柔和な笑顔を浮かべ、魔法の練習をしていたエルフたちに声をかける。

 反応は様々だ。怪訝そうな顔をする少年、

「あそこで転移者と戦ってた人間の魔法使いだ」と指差す子供、

 指差した子供を窘めつつ、街のために戦ってくれてありがとうと頭を下げる子供の付き添いらしい中年の男性、

 そして露骨に舌打ちをして忌々しそうにこちらを見るガラの悪そうな青年。

 

(……最後の彼の態度も、仕方ないかな)


 こいつらが居たからこの都市が襲われたのではないか? きっと、そう考えているのだろう。

 その気持ちも理解できる。なにせ、突然あまり交流のない別種族の集団が来て、その翌日に転移者たちが襲撃をしかけたのだ。

 お前らが居たからあいつらはオルシジームを襲撃したのではないか? お前らがあいつらを招き寄せてしまったんじゃないのか? そう思われても仕方がない。

 

「鍛錬を遮って申し訳ないね。ただ、僕も鍛錬がしたいんだ。だから――」

「混ぜてくれってか? 人間の魔法使い風情が、エルフに何言ってやがんだ」


 青年のエルフは小馬鹿にする言葉と共に鼻で笑う。

 

「――――」

「おい、君。そんな言い方は――」

「事実だろ? 相手になるとも思えねえし」


 その言葉に他のエルフたちは何も反論しなかった。いや、出来なかったのだ。

 確かに人間の魔法とエルフの魔法とでは最初からステージが違う。エルフは魔導書など無くともある程度は感覚で魔法を唱える事ができる。それこそ、四肢を動かすように、もっと高度な魔法ならば指先で編み物をするように。

 誰しも四肢を動かすことは出来て、編み物だって向き不向きこそあれど時間をかけて学べば誰でも出来る。四肢の動かすことに四苦八苦している人間とは、断っている場所が違うのだ。

 なるほど、正しい。

 彼の言っていることは、とても、正しい。


「いや全くその通り。君たちの誰かに申し込もうと思ったけど――なるほど、相手にならない」

「なんだ、理解してるじゃねえか。ならとっとと宿に戻ってろよ、邪魔――」

「エルフは天性の魔法使いだと聞いていたけど、エルフの戦士でもない限り、しょせんこの程度」


 ――ああ、やらかしているなあ。

 冷静な部分が淡々と今のカルナを分析している。友好的に話をするつもりだったのに、お前は何をやっているのだと。

 

「……あ?」


 青年の雰囲気が変わる。

 他のエルフたちも、彼ほどではないが険しい表情を浮かべた。

 ああ、当然だろう。鍛錬する程度には強くなるために熱心な者に対し突然、「お前たちは弱い」と言ったのだ。むしろここで怒らない方がおかしい。


(だけど、それをやったのはそっちが先だからね)


 彼らは下に見た。

 魔法使いカルナ・カンパニュラという男が、自分たちよりも劣ると断じた。他ならぬ魔法で、だ。

 仕方のないことだと理解している。

 青年以外には悪意がなかったこともまた、理解している。

 だが――――



「だから、全員で来て欲しいんだよ――――そうでもしないと、勝負にならないだろう雑魚共」



 ――――そんな理屈知ったことか、その伸びた鼻を叩き折る。

 

 悪意を以て「お前は下だ」と言った青年も、悪意無く「まあ確かに人間の魔法使いは弱いけど」とこちらを下に見た三人も、カルナにとっては大した差は存在しない。

 全員叩き潰してどっちの魔法が上かを体に刻んでやる。

 カルナの堪忍袋は、静かに、けれど完全に千切れていた。

 

「燃え盛れ炎! 調子に乗った馬鹿をぶっ殺せ!」


 最初に動いたのは青年であった。右手を突き出し、魔力を編み、こちらを指差しながら詠唱にもなっていない詠唱を唱える。

 だが、エルフにとってはそれで十分だ。エルフは精霊との親和性が高く、多少詠唱が適当でも精霊が意を汲んで魔法として成立させる。人間が歩くために一々四肢の使い方を考えぬのと同じ、大体は感覚でなんとかなってしまうのだ。

 突き出した右の掌から灼熱が吐き出される。濁流が如く吹き出したそれは、カルナに向かってひた走る。

 対し、カルナは魔導書を開き、思考を開始する。脳内で魔法を組み立て、魔力を編み、精霊が好む言い回しで、かつ伝わるように詠唱していく。


「我が望むは灼熱の焔。そのかいなで眼前の敵を抱きしめ、永久とわの眠りへといざなえ」


 カルナに直撃しようとしていた紅蓮の濁流を、燃え盛る腕が遮った。

 その姿は受け止めるというよりも吸収するといった方が正しい。放たれた炎を取り込み、腕は徐々に肥大化していく。


「かつて、魔法の王国があった。魔法により発展し、魔法によって大陸を支配した、人間の国が」


 己の魔法を遮られたこと、いや、そもそも迎撃に間に合ったことに驚く青年に向けて語る。

 

「魔法が得意なエルフはそんなこと出来なかったのにね――つまりはそういうことさ」


 人間は秀でた部分のない種族だ。人間の大体の能力は他種族に劣ってしまう。

 だが、あえて秀でた部分を挙げるとすれば――それは欲深さだとカルナは思っている。

 もっと、もっと、もっと何かが欲しいという衝動。それが上手く噛み合った時、人間は他種族を上回るのだ。

 

「ところで。色々と順序が入れ替わってしまったけど、君たちにお願いがあるんだ」


 漆黒のローブを靡かせ、笑う。

 遠くから覗き見れば爽やかに、しかし近くで見れば全く目が笑っていない笑みで。


「四人がかりで僕に魔法を打ち込んで欲しいんだ。僕は反撃せず、君たちの魔法を迎撃、回避に専念するからさ。エルフが四人もいれば、魔法に特化した転移者一人分くらいの物量になると思うからね」


 だから、と。

 親指を自身に突き付けて、見下すように唇を釣り上げた。

 

「一発でも当ててみろ――人間の魔法使いはエルフの魔法使いよりも格下なんだろう? 証明してみろよ、僕はお前たちなんぞ相手にならないって証明するからさぁ!」


 瞬間、詠唱が四つ、重なって響いた。

 青年と子供は怒りを以って高らかに威力の高いモノを、少年は僅かにためらいながら少し怪我をさせる程度のモノを、中年は呆れつつも威力のないモノを。

 そうだ、分かる。カルナには分かる。

 どんな形に魔力を編んでいるのか、どうやって自分を倒そうとしているのか、どういう意図で魔法を使おうとしているのか。

 それは剣士が決闘をしている時のように。相手の一挙手一投足から次の動作を読み取るのと同じだ。

 相手の声、編んだ魔力、集まる精霊の厚み――それらを感じられれば相手がどんな魔法を使ってくるかは分かる。


(けど、転移者の魔法にはそれがない)


 どんな高威力の魔法であろうと、スキル名を発声するだけで魔法が成立してしまう。だから、この技術は転移者相手には使えない。


 ゆえに、数で補う。

 ゆえに、自分を縛る。


 複数人からの魔法を、致命か無害かを考慮せず全て防ぎ、回避する。

 

「我が望むは堅牢なる大地の盾。外敵を阻み、阻害する巨大なる石壁。今こそ隆起せよ」


 相手の魔法が発動したのを目視で確認しつつ、カルナは悠然と詠唱を開始した。

 カルナの体から土に染み入っていく魔力に精霊たちが結合。詠唱と魔力(対価)によって生成された魔法は、物理法則を捻じ曲げてありえざる自然現象を顕現させる。

 瞬間、土壁が地響きと共に隆起し、カルナに迫っていた魔法を受け止めた。石壁は頑強そうな氷の壁に包まれ、そこに3つの魔法が着弾する。


(氷の壁は、あの中年のエルフか。氷で密封して拘束しつつ、他のエルフの魔法を防ぐつもりだった、か)


 まだ『怪我をさせないように』などと考えているのか、まだ『その程度で勝てる』と思い込んでいるのか。

 ならば――


「我が望むは肉の繊維、筋束と共に交わる力の源。今、我と混ざり合い、超越の力を顕現せよ」


 ――思い知らせてやろう。


「おいおっさん! あんたが余計なことするからあいつの防御抜き損ねたじゃねえか!」

「いや、恐らく、あれは自分がやらなくても、あの土壁で全て……」

「呑気にお話なんて、僕に当てるのを諦めたのかな?」


 タン、と。

 強化した脚力で土壁の上に立ち、姿を晒しながら挑発する。

 全力でやらないのなら鍛錬にならないし、全力でやらねば『本気ではなかったから負けた』という逃げ道を残してしまう。

 

「それなら別にいいけどね。この程度諦めるような相手なら練習相手にもならないし、先もない。魔法の修練なんてとっとと止めて、家に帰った方がいいと思うよ」

「ほざけ――!」


 四つの魔法が不規則なリズムで放たれる。

 連携しているのではなく、個々人が完成させた魔法をそのままこちらに向けて発動させているのだろう。

 だが、それでいい。むしろその不自然なリズムの方が転移者に近い。完璧な連携などされたら、それは対転移者というよりも魔法使いの軍勢を相手にした鍛錬となってしまう。


「我が求むは吹き荒ぶ氷嵐、屈強なる無数の氷壁――」


 土壁から飛び降りつつ詠唱を開始する。同時に魔力をこの修練場一帯に散布していく。

 相手の視線から軌道を予測し、魔法を回避。そして命中まで時間が掛かりそうなモノの対処は後回し。

 大丈夫だ、どうせ――残りは全部防げる。


「――氷獄ここに在り、顕現せよ、我が紅蓮地獄」


 冷たい風が吹き荒れる。

 凍える程に冷たい風だ。

 轟々と吹き荒ぶそれは、風の中で無数の氷を生成していく。それらは無数の板と化して、吹き荒れる風に煽られて不規則に回転する。

 

「これは――」


 魔法が氷壁に直撃する。大した強度もないそれは容易く砕けるものの――それでいい。

 炎や雷なら氷壁に直撃した時点で爆ぜるし、投石や風の刃の類ならば吹き荒ぶ嵐に煽られて真っ直ぐに進まない。

 ならばともう一度魔法を使おうとしても――


「なにこれ――どこに居るんだよ、あの人間!?」


 凍てつく風が、舞う氷壁が、カルナという人間を隠蔽する。

 デタラメに魔法を撃とうとも、風の中で不規則に動く氷壁がそれを阻む。仮に一時カルナの姿を捉えても、吹き荒ぶ風が魔法の起動を僅かにずらし命中精度を落とす。

 ならばこの氷壁嵐の外に脱出する――というのも現実的ではない。幸い嵐の中心部には氷壁は飛んでこないが、外周部では不規則に、そして高速で回転し、周回している。下手に突っ込めば、氷壁が直撃しダメージを負ってしまう。

 

(もっとも、転移者ならそんなことお構いなしに突破するんだろうけどね)


 氷の槍ならともかく、氷壁程度ならよっぽど打ち所が悪くない限り死にはしないだろう。

 だが、それは致し方ないことだと割り切る。これはニールと連携した時に真価を発揮する魔法だ。ゆえに、この場合は視界を遮る特性の確認だけ。

 あまり手の内を晒したくはないが、しかしどこかで練習せねば自分の気づかぬ不具合があるかもしれない。だからこそ、このような模擬戦を申し込んだワケだが――


(うん、問題なさそうだ)


 右往左往するエルフを見てほくそ笑む。

 自身の思った通りに事が運んだことと、自分を下に見た連中がこちらに何もできないという事実。

 

「さて、これから先、君たちに手はあるかな? 炎を使って突破を試みてもいいし、僕がそちらに攻撃しないという約束を利用し氷壁嵐の効果が消え失せるまで待つという手もあるよ」


 もっとも、どっちを選んでいたとしても、殺し合いなら君たちはとっくに死んでいるけれど――言外にそう言い放って。

 

「……、……ッ! 分かったよ、俺らの負けだ」

 

 中から響く言葉に、よろしい、と頷き魔法を解除する。暴風が掻き消え、氷が溶けるように空中で消失していく。

 掻き消えた嵐の中心から現れたのは、悔しげにこちらを睨むエルフたちの姿だ。

 それを見て、カルナは不敵に笑う。勝ち誇るのは勝者の権利であり、それをとやかく言うのは負け犬の遠吠えであるがゆえに。


「僕の名はカルナ、カルナ・カンパニュラ。人間の魔法使いにして、いずれは後世に名を残す者――」


 ローブの裾を靡かせ、高らかに宣言する。

 それを聞いていたエルフたちは悔しげに――いや、少し驚いたような顔でこちらを見つめる。

 いや、少しばかり視線の先がズレているような気もするが、自分たちを打ち破った人間を悔しくて直視出来ないんだな、と結論づける。

 

「――君たち如きが下に見ていい存在じゃぁあうぁあッ!?」


 言い終わる直前。突如として足に激痛が走り、苦悶の声を上げた。

 なんだろう、これは。背後から突然ローキックをかまされたような感覚だ。威力も思いの外パワフルで、身体能力強化の魔法で脚を強化していなかったら骨の一本はへし折れていたかもしれない。

 

「……何やってるの、カンパニュラさん」


 何者だ、と振り返った視線の先。

 ドワーフの少女、アトラがそこに居た。オーバーオールを纏った彼女は両手で金属を抱えながら、半眼でこちらを見つめていた。

 そして右脚は、何かを蹴り飛ばした直後のような位置で静止している。間違いない、蹴り飛ばしたのは彼女だ。

 

「……えっと、アトラさん?」


 いきなり何するのかな? そう問うよりも早く、彼女は不機嫌そうな声で問いかける。


「途中から、見てた。……何してるの? 何してんの? カンパニュラさん」


 ――なんだろう、すごく、言葉に険がある。

 お前こんなとこで何してるんだとか、……いや、本当にお前何してんの? とか、そんなことを言外に言われている感覚だ。


「え、ええっと、だね」


 普段と違う様子に驚き半分、恐怖半分。

 ゆえにカルナは彼女の質問に正直に答えた。

 魔法の修練がしたくてここに来たこと、模擬戦の相手が欲しくてエルフたちに声をかけたこと、魔法使いとして見下されて控えめに言って怒ったということ、目の前のエルフを挑発しまくって魔法による大乱闘を開催したということ、そして今現在完全勝利で有頂天であったこと。

 語れば語るほど、アトラの表情は呆れに染まっていく。


「……言いたいこと、色々あるけど。とりあえず、謝ろう」

「いやでも、最初に挑発されたのはこっち――」

「怒るのは分かる。実力を見ないで下に見られて良い気分じゃないのも、分かる。でも、煽る必要なかったし、穏便にやれる方法もあった。何より子供もいたのに全員纏めて叩きのめしたとか、控えめに言ってやり過ぎだよ?」

「……控えめに言わなかったら?」

「大人気ない馬鹿。みっともないよ?」

 

 一悪く言われて十殴り返してるようなもの、とアトラが両手を腰に当てながらカルナを真っ直ぐと睨む。

 

(……こういう風に説教されるの、苦手なんだよなぁ)


 怒鳴りつけるとか殴りつけるとかなら、感情のままに反論なり殴り返すことも出来るのだが。

 厳しくも教え諭すように言われるのは、非常に苦手だ。両親を思い出すし、反論したら自分が子供に思えてしまう。相手の言葉に理を感じているのなら、尚更だ。

 実際、怒りのままに叩きのめすにしても青年だけを相手に絞れば良かった。その時の戦いで他のエルフたちに実力を見せられたはずだし、その後に模擬戦の交渉をすればよかったのだ。

 

「……カンパニュラさん、けっこう子供。そういうとこ、直したほうが良いと、アトラは思う」


 そして、なんだろう。

 アトラの雰囲気が昨日あった時に比べ、随分と大人びているように感じるのだ。

 女の成長は早いというが、それにしたって早すぎる。何かあったのだろうか。


「……あー、えっとその、ごめんなさい。色々と大人気なかったです」


 だが、それを追求するよりも先にやるべきことがあった。

 エルフたちに向き直り、深々と頭を下げる。


「いや、まあ……自分は怒っていないよ。これだけの魔法が使えるんだ、自分たち程度に見下されたら怒りもするだろうさ。見下すつもりはなかったが、だからこそ自然に君を下に見ていた」

 

 中年のエルフは「こちらこそすまなかったね」と頭を下げる。

 次に口を開いたのは、その中年に背を軽く叩かれた子供であった。


「……ぼくも怒ってないよ。ぼくがお兄さんより魔法が下手だったのは本当だったし」


 でも、と。

 びし、と子供は指差した。カルナではなく、アトラに対して。


「ぼくは子供じゃないぞ! もうモンスターだって倒せる立派な魔法使いだ!」

「子供、って言われて怒るのも子供、だよ――自分が子供だって分かったら、少しだけ大人に近づけるから、頑張ってみよう」

「はは、違いないね。……そういう意味じゃ、ボクもまた子供だったワケだ。そっちの人間の気持ちも分かったのに、それと同じくらいイラッとしてた――しかしドワーフは歳のワリに成熟してるってのは本当なんだね」

「アトラもまだまだ子供。ただ、自分が子供だってようやく分かっただけ」


 喧嘩腰で言う子供に対し小さく微笑みながら諭すように言って、エルフの少年の言葉に小さく首を横に振る。背丈や言葉遣いなどはそのままだというのに、妙に大人になったように思える。


(……あ、よく見たら、髪型変えてる)


 三つ編みをバッサリと切って、動きやすそうなショートヘアーにしている。

 女は何かあれば気分を変えるために髪を切るというから、本当になにかあったのかもしれない。

 そのせいか子供っぽい雰囲気も薄らいでいる。少し前はドワーフの子供らしく、もっと大人になりたい、いいや自分は大人だ――そんな言動の子供だと思っていたのに。

 転移者の襲撃の後に何かあったのだろうか? そう疑問を抱くカルナの前に、ガラの悪い青年が歩み寄って来た。

 思わず身構えるカルナを数秒だけ見つめ、「あー……」と言いづらそうに口を開いた。


「まあ、あれだ……俺にも非はあった。正直、あの一件で苛ついててよ、当たる何かを探してたのもあってな」 

「……そっか、まあ、それも当然か」


 なにせ、自分が住んでいる街が襲われたのだ。

 幸い、街全体の活動が停止する程の被害は出なかったが、住み慣れた、見慣れた景色が壊れている姿を見てストレスを感じぬワケがない。

 それでも正直、当たり散らされる方はたまったものではないが――そこは許そう。


(余裕が無いと言動が刺々しくなるってのは、僕にも経験があるからね)


 雑音語りノイズ・メイカーに敗北し、逃げるように故郷から出立したあの頃を想起する。

 あれに比べたら目の前の彼など百倍マシだろう。

 そして、その時の自分を友人や女将が優しく接してくれたからこそ、今のカルナ・カンパニュラはあるのだ。今度は自分の番だ。


「だが、百年後辺りにお前の名前が伝わってなかったら笑ってやるからな」


 覚悟しとけよ、と笑みを浮かべる青年に、その時は好きなだけ笑ってくれと笑みを返す。

 そんなやり取りをしながら、ふと思う。最初の印象は最悪でも、ちゃんと向き合って有効的な対話を望めば仲良くなれると。

 無論、誰しもがそんな風に分かり合えるとは思わない。対話だけで分かり合えるのなら、人間もエルフも同種で傷つけ合うことなどないのだから。

 だが、相手を叩きのめす前に、少しだけでも会話をしてもいいかもな――そんなことを思ったのだ。


(……レンさんみたいな転移者だって、居るわけだしね)


 去っていくエルフたちの背中を見つめつつ、そんなことを思考する。

 もちろん、無警戒に会話をする気はない。

 自分の欲望で暴れ、奪い、殺したような人物を許すつもりも存在しない。

 だが、そうではない者が居たのなら……魔法で吹き飛ばす前に、少しくらい話を聞いてやってもいいだろう。

 

「……ありがとう、アトラさん。ちょっとだけ自分を見つめ直すことが出来たよ」

「役に立ったのなら嬉しい」

「うん。……ところで、髪の毛切ったんだね。似合ってるよ」

「――――言うの、遅い。もっと早く気付くべき」


 嬉しそうな笑みを無理やり顰めて、アトラは苦言を呈する。そんなんじゃダメだ、と。


「いや、気付いてはいたんだけどね、あの流れで『髪の毛切ったの?』なんて言えなくてさ」

「それは、それ。これは、これ。そんなんじゃ、ガッカリされちゃうよ」


 うん、ごめん――そう言いかけて違和感に口を閉ざした。

 ガッカリする、ではなく、ガッカリされちゃう? 誰に?

 それを問う前に、アトラはこちらに背を向けて歩き出した。


「ちゃんと一緒の時間作ってあげて。仕方ないと思ってても、寂しいって思うもの……だよ」


 そんな言葉を残して。

 取り残されたカルナはしばし沈黙し――ようやっと、その可能性に気付いた。

 昨夜の告白。夜の闇の中で唇を重ねた静かな夜、けれど胸の鼓動で騒がしかったあの闇夜。


「……神官でなくても、ドワーフは人間より夜目が利く……そういうことか」


 少女の背を見つめながら、カルナはどうするべきかを思考する。

 謝る? だが、何に対して? 

 あっちがもう整理をつけている、いいや、整理をつけているように見せているのに? そんな行為は無礼だろう。

 では、どうすればいい?

 思考は纏まること無く、気づけば少女の小さな背中は見えなくなっていた。


「……自分が子供だって分かったら少し大人に近づく、か。なるほど、僕もまだまだ無知な子供だ」


 こんな時、どうすればいいのかを理解できない。

 知識が足りない、経験が足りない、相手のことが分からない。

 

「下手に距離を取るよりいつも通り――その方がいい、よね」

 

 それが正しいのかは分からないけれど。 

 けど、自分で決断し、その上で成功なり失敗なりを繰り返して人は大人になるのだろう。

 


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