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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
襲撃後に抱く想い
133/288

130/尾ひれっていうのは知らない間に付きまくってるものだと思うの


 オルシジームの一角に木々が少ない場所がある。

 大樹の枝葉で形作られた天井に存在する円形の吹き抜けのようにも見える場所、その下には陽光に照らされ輝く色とりどり花々があった。

 エルフたちの間で雪華庭園せっかていえんと呼ばれるそこは、冬に咲く花を集めた花畑だ。

 花々を眺めながら歩けるように造られた歩道。そこを、ニールと連翹は歩いていた。


「正直言うとね、花とか見ても楽しいのかな、とか思ってたのよ」

「連れてきた奴の前で言うことかよ、それ」

「ごめんごめん。だってあたし、あんまり花とか興味なかったから。楽しめるのかなー、とかちょっと思ったの」


 確かに、その気持ちは分からないでもない。

 正直な話、ニールも自分が楽しみたくてここに来たワケではないのだ。個人的な興味はないが、女なら花が好きだろという安直な思考からここを選んだに過ぎない。

 十中八九、自分一人では訪れなかったろう。


「でも、実際来てみないと分からないものね。ありがとう、これで思った以上に田中の場所で長居してたことは不問にしといてあげるわ!」

「そいつはどうも」


 微笑む連翹に小さく笑みを返し、辺りを見渡す。

 雪原のように広がる白い花々、その上を転がる小動物か何かのように鮮やかな色の花が一定間隔で咲いている。

 ゆったりと歩道を進んでいると雪景色の中を歩いているような錯覚を抱いた。

 花の一輪一輪を愛でる趣味はニールにはないものの、それらが連なって紡ぎ出す風景は中々悪くないと思う。

 

「でも運が良かったわね、この庭園は無事で。夏華庭園なつかていえんの方は酷い有様らしいじゃない」

「残念なのは残念だけどな、来年までに直ってりゃいいが」


 ストック大森林の城塞を穿ち、森林国家オルシジームに侵攻した転移者たち。その通り道にその庭園はあったのだという。

 花が咲く時期ではなかったからダメージが少ないかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。無駄にスペックの高い彼らが、何十何百という人数が行き帰りで轢き潰したのだ。ニールはまだ見ていないが、整えられた庭園ではなく獣道か何かか、という有様なのだという。

 そのためか、雪華庭園せっかていえんに居るエルフは連翹を見ると一瞬警戒したように注視する。恐らく、花を好むエルフが多いため、夏の庭園が無造作に壊されたことを知っている為だろう。

 だが、ニールが持つ霊樹の剣イカロスを見ると安堵したように表情を緩め、花畑の観賞や水やりの作業などに戻っていく。


(……オルシジームじゃ鉄剣持ちが治安維持の『エルフの戦士』として認められないって話を聞いて、なんでだよ、って思ったが――なるほど、納得だ)


 霊樹の中でも戦士の武器となることを選んだ存在――霊樹の剣は一際ストイックなのだろう。

 実力と内面を認められ、ようやく手に入れられるその剣は、だからこそ早く活躍したい若者には不人気であり――けれど、だからこそ選ばれた者は信頼される。

 それは、人間がアルストロメリアの騎士を信用するのに近い。

 文武を極め、厳しい試験を突破し、民を守るために全力を尽くす彼らと冒険者のニールが同列だとは思わないし思えない。

 だが、ニールは転移者の実力者を一人倒し、霊樹の剣に選ばれるにたる戦士であるということを行動で示した。エルフにとって騎士たちよりもニールの方が信用出来るのかもしれない。

 無論、これはエルフの一般市民だけだろう。

 国家を運営する者やエルフの戦士たちは実力と実績を理解し、ニールよりも騎士たちを信頼するはずだ。

 

(……だから、あんま調子に乗るなよ、ニール・グラジオラス。俺はまだ、そんな大した剣士じゃねえだろ)


 自分に言い聞かせるように、内心で呟く。

 実際、剣士として認められているという実感は非常に嬉しい。下手をすれば調子に乗ってしまう程度には。

 だが、調子に乗れる程の腕が自分にはないことは、ニール自身が一番理解している。騎士やノエルといったエルフの戦士の実力者と戦えば負けるのはニールだ。

 ニールが勝てたのは相手が分不相応な力を持っていて、その力と本来の実力のアンバランスさから生まれた隙を突いたからに過ぎない。真っ当な実力者と戦えば、順当にニールが敗北する。

 無論、そのままで終わるつもりはない。

 いずれはその高みに上り詰めてやるとも思っている。そのためには自分が未熟であることを理解しなくてはならないのだ。

 

「ニールどうしたの? 無駄に表情が険しいけど」

「無駄ってお前――いや、確かに今この時には無駄か」


 楽しむべき時には楽しみべきだし、引き締めるべき時は引き締めるべきだ。

 遊んでいる時にまで真面目くさった顔をしていては疲れも溜まる一方だし、何より自分も周りも楽しくない。

 とりあえず剣士としての高み云々は頭の端に退かし、今を楽しむことに専念しよう。


「うっし! そんじゃあここも粗方見たし、どっか飯食いに行こうぜ飯。なんかリクエストあるか?」

「パスタとかなんかそんなオシャレ風味なヤツ!」

「お前の言い方にお洒落要素が皆無だな……まあ、了解。俺もこの国が詳しいワケでも下調べしたワケでもねえから、見つけられなくても怒るなよ?」

「えー、どうしようかしら……」


 そんなことを言いながら庭園から大通りへ向かう。

 まだまだ壊れた建物も目立つが、瓦礫の撤去などは終わっている。人海戦術が必要な作業は終わりつつあり、後はエルフの大工などが建物を修復し、立て直すことだろう。恐らくだが、明日の朝にはオルシジームから出立することになりそうだ。

 宿に戻ったら荷物の整理をし始めないとな、そう思いながら視線を彷徨わせ――見つけた。

 それは石造りの建造物だ。普及し始めたとはいえオルシジームではまだまだ珍しいその建物は、花壇やランタンの明かりなどで飾り付けられている。そこに少女や主婦らしき数人の女性たちが扉を開けて入店していくのが見えた。

 店先に置かれた黒板にはランチメニューが書かれており、値段もそこそこ手頃に思える。

 振り向き、連翹に問う。

 

「どうする? 女好みのオシャレな店なんじゃねえかと思うが、ドワーフ交流後の店構えだしな。ここじゃなくてもっとエルフの店、って感じの場所を探すか?」

「んー……ここにしましょ、見る限り席も開いてるみたいだしね。それに、慣れない場所で歩き回ってたら、辿り着く頃には店はお客さんでいっぱい、なんてことになりそうだし」


 だな、と頷いて入店する。

 店内はやはり女性が多い。自分一人だと気後れしてしまいそうだなと思いながら、店員の案内で開いているテーブルに向かい、腰掛ける。

 ランチのコースは日替わりのサラダとスープ、そしてピッツァとパスタ、そしてデザートという流れらしい。

 メニューに書かれているのは表の黒板に書かれていたモノと同じなのだが――カルパッチョサラダだの、エルフ風豆スープとか、マルゲリータとか、ボロネーゼとか、正直どこの専門用語だコレって気分になってくる。サラダとスープくらいは分かるが、正直あまり馴染みのない単語で面を喰らう。そういう面ではデザートのチーズケーキの存在に少しホッとする。未知の世界で見知った誰かと再開したような気分だ。

 ちらり、と近くのテーブルに視線を向けると、パスタはなんか貝とトマトを使ったなんかだということくらいは分かるが――


(……あんま腹に溜まりそうにねえな)


 皿に盛られたパスタの量はニールから見れば少量で、こんなもんおやつか何かだろ、と思ってしまう。

 そのためか店に居るのも大体は女で、残る男も家族の付き添いか、デートの真っ最中の奴くらいだ。


「こういうのちょっと憧れてたのよねぇ……地球に居た頃は中学生だったし、こんな場所に一人で行けなかったし。いや、一人だと二の足踏んでたかも。なんかオシャレガールさんの溜まり場みたいなイメージで」

「お前、こういう女っぽいモン好きな癖に、この手の場所には全然慣れてねえのな」

「自由に扱えるお金もあんまり無かったし、お小遣いも趣味に注いでたからね。そりゃあ外でごはん食べることなんてないわよ」


 なるほどな、と頷きながらニールと連翹はランチコースを注文する。

 しばしの時間を置いて出されたのはややレア気味の薄切り肉の乗ったサラダだ。レタスやトマトなどといった新鮮な野菜の上に載せられた赤みがかった肉、その上からソースとチーズが振りかけられている。

 口に運ぶと野菜のシャキシャキとした食感と肉の程よい歯ごたえが口の中に広がる。直後に伝わるのはオリーブオイルの香りとチーズの濃厚さ、そして小さく自己主張するレモンの酸味だ。それらが野菜と肉の旨味を殺さない程度に主張し、口の中で広がっていく。

 

「カルパッチョって刺身とかの海鮮なイメージがあったんだけど、肉もあるのね……ああ、この酸味が丁度いい感じで美味しい……」

「お前んとこがどうだったのかは知らねえが、肉の方が有名なんじゃねえか? 大陸じゃ生魚食う奴は少数派だしな」


 港町や色々な物資が集まる女王都など以外では、生の魚を食べる機会など皆無だ。

 氷の魔法で馬車内部を冷やして新鮮なまま運搬するという手段はあるものの、よっぽど大きな町でもなければ生食可能な程に新鮮な魚は卸されない。

 ニールだって生魚を食べたのは港町ナルキが初めてだったし、女王都にあった丼物の店も海鮮系統の売れ行きはさほどでもないように感じた。昔に比べ細々と食べる人間は増えているものの、まだまだメジャーとは言えない程度なのだ。

 

「うー……なんか食べられないと思うと食べたくなる。刺身にお寿司、いや、もう贅沢言わないから酢飯だけ食べたい……」

「刺身はカルナが食ってたのを分けてもらったことがあるが、オスシってのは知らねえな……いや、昔なんかの話しの流れで女将さんが言ってた気がすんなぁ」


 独特な味付けがされた米とか、その上に刺身が載っているとか。

 当時はそもそも生魚を食べるのを忌避していたので『なんだそれ気持ち悪い』としか思わなかったが、今になって思えばもう少しよく話を聞いておくべきだった。


(……ん?)


 お寿司美味しいのに、そんなんじゃスシ食ってくださいますかって煽られるわよ――そんな嘆きを漏らす連翹に苦笑していたら、ふと、自分たちに向けられた視線に気付いた。

 敵意や殺意といった害意があるものではない。連翹の容姿から転移者であると推測し、敵意を向けている分けではないようだ。

 肌で感じるのは好奇の視線だ。気になるからちらちらと見はするが、しかし凝視しては失礼だからと何度も視線を逸している……そんな感じ。

 

(……人間が珍しいのか?)


 ニールたちにとってエルフが珍しいのと同様に、彼女らにとっても人間が珍しいのかもしれない。

 確かに連合軍はここ数日オルシジームに滞在はしているが、だからといって一般市民全てと交流出来ているわけではないのだ。

 少々気にはなるが、致し方ないことだろうと思う。

 それに、ニールたちだって初めてオルシジームに来た時は馬車から街のエルフをちらちらと見てしまったから、人のことをとやかく言える身分でもない。

 

「お待たせしました、こちらエルフ風豆のスープになります」

「ああ、ありがとう」 


 届けてくれたウェイトレスに礼を言いつつ、程の思考を頭の隅に押しやる。

 考えても仕方のないことというのもあるが、何より腹も空いた。こうやって一つ一つゆっくり出されると一気にガッツリと食えなくて少し不便だな、と思ってしまうのは連翹の言うところのオシャレ度がニールに皆無だからなのだろう。

 スプーンを片手にスープに向き合う。小さな皿に注がれたそれは、ニールがスープと聞いて想像したモノよりもどろり、としている。煮込まれた豆と野菜がたっぷり入っており、その上を彩るようにパセリが振りかけられている。


「見た目的にはスープって言うよりシチューみたいな感じね、いただきまーす……はむっ」


 喜び勇むようにスープを口に運ぶ姿は女的にどうなんだと思わなくもないが、それ以上に美味しそうに食ってくれて何よりだと思う。空気も明るくなるし、何より不味そうに食べている姿を見るとこちらも食欲が失せる。

 連翹の後を追うようにスープをスプーンで掬う。スープの中身は大量の豆と玉ねぎや人参、じゃがいもなどといった野菜、そして小さく刻まれたベーコンなどだ。それらが溶け合うように混在している。

 それを口に運び、食む。

 食感はスープというよりも煮豆に近い。程よく柔らかくなった豆と野菜は軽く食むだけで崩れ、口の中に味を広げていく。

 味は若干薄めのため、凄く美味しい、という代物ではない。だが複数の野菜と豆の素朴さとベーコンの油、そして塩コショウで整えられた味わいは、素朴な味わいでありながらも自然とスプーンが進んでしまう。


「……豆ってけっこう美味しいのね。すごい失礼な物言いだけど、豆とか野菜界の下っ端なイメージだったわ」

「なんだ野菜界、どんな場所だよ。ちなみに、その世界のトップはお前的になんなんだ?」

「もちろんセロリ! マヨネーズとドレッシングがあればそれだけで満足な気がするわ!」

「あれかよ……食えなくはねえけど、あんま好きじゃねえな。独特な臭みみてえのがあるじゃねえか」

「えー。我慢して食べるくらいなら今度メニューに出た時にあたしに頂戴よ。生でも調理済みでも大好きだもの」

「分かった分かった、マナー的に問題ねえ場所ならむしろ喜んでお前に押し付けてやるよ」

「やった、儲けたわ! ……それでニール的には何が一番なの? 場合によってはワケてあげてもいいわよ」

「俺か? ……野菜それ自体はそこまで好きじゃねえんだよな、食えねえほど嫌いってワケでもねえんだが」


 そういう意味では、ここでの食事は意外ではあった。量も少なくその割に野菜は多そうだったから、失礼ではあるがあまり期待してなかったからだ。世辞抜きに美味しいと思うし、満足ではある。

 ただ――やはりニールは男であり剣士だ。

 

(……卵とか肉が足りねえよなぁ)


 確かに細々とした肉はあった。薄切り肉の載ったサラダや塩漬けした肉の旨味で味を整えた豆のスープなど、確かに肉だし、美味かった。

 だが、もっと肉々しいモノをガッツリと食べたい、というのが本音である。

 好き嫌い云々ではなく、どうしても物足りないと感じてしまうのだ。


「お待たせしました、こちらボロネーゼになります」


 そして、今ここで出されたものこそ、ニールの物足りなさを埋めるモノであった。

 目の前に出されたパスタは、トマトとひき肉で作られたソースを上からかけられている。

 ニールが想像する『よく分からないがパスタってこんなのじゃねえの?』というモノに見た目は近いが、それに比べて若干赤みが薄く、肉の色が目立つ。

 パスタに絡まるひき肉もそぼろというよりは固まった肉――しっかり焼いたハンバークを細かく潰して混ぜ込んだように一つ一つが不揃いだ。だが、それもまた焼いた肉らしくて食欲が湧いた。

 口の中に運ぶとまず感じるのが肉の旨味だ。丁寧に焼かれているらしいそれは噛みしめると肉汁が溢れ、パスタの添え物というよりも自分こそが主役であると口の中で主張する。

 それに次いで玉ねぎやニンジンなど、細かく刻まれ、炒められていたらしいそれらが肉の味わいと絡み合い深みを出していく。微かに香るにんにくも心地よい。

 その味わいはパスタというよりも肉料理か何かを食しているかのようだ。

 この手のモノはどうも女っぽくて食指が動かなかったが、気が向いた時に色々食べてみるのも良いかもしれない。


「ねえねえニール、これすごくお肉美味しいんだけど! なんか凄いガッツリ食べてる感じがあるの! というかボロネーゼってあんまり赤くないのね、ミートソースみたいに真っ赤な感じたと思ってたわ!」

「本当だな。俺は正直、パスタとか女子供が食うモンだと思ってたが、これうめえぞ!」

「そりゃパスタだって主食なんだから、女子供が食べるようなモノもあれば男ががっつり食べるのもあるんじゃない? ……あっ! あたしに『たとえば?』とか聞かないでよ!? あたしだって詳しくないんだから」

「じゃあ逆に聞くが、お前何が詳しいんだよ」


 この世界に現れたばかりの頃の転移者は、その知識を使って生計を立てていたらしい。

 根付いたモノ、根付かなかったモノなどの差はあれど、別世界の知識は有用で刺激的だ。需要は多い。


「……げ、ゲームとか漫画、あとラノベ……とか?」

「お前何度かその手のこと言ってるが、その三つって要するに娯楽小説的ななんかだろ」

「仕方ないじゃない、転移前は中学生だったのよあたし! 平凡(HEIBON)な中学生とかじゃないのよあたし! 咄嗟に画期的な改善案なんて出ないわよ!」


 いや、ウィキペディアを閲覧できればワンチャンあるかしら……? と。 

 首を傾げる連翹だが、そのウィキペディアが凄い知識が詰まったモノであれば、転移者が口頭で説明するよりも専門の人が読んで実行した方が早いと思う。


「お前の言う平凡って時々別の何かを指してやがるよな」

「そりゃそうよ。平凡な中学生は異世界に行ったら無双するし、普通の高校生は超強い魔法使い相手に拳一つで幻想をぶち殺したりするのよ」

「それ、ぜってー平凡でも普通でもねえよ」


 小さくため息を吐き、ほんの僅かに料理と連翹から意識を外した。

 だからこそ、気付いた。

 

(……なんだ? さっきよりも、見られてやがる)

 

 店内の女性客の視線の密度。それが最初に気付いた時よりもずっと濃くなっている。

 当初のようにちらちらと見る者もいれば、じいとこちらを見つめる者もいた。咄嗟に自分のテーブルと他の客のテーブルを見比べてみるが、特別酷いマナー違反をしているようには思えない。

 ならば、やはり視線の原因は連翹か。

 霊樹の剣を持ったニールと一緒に居ることで、騎士たちと共闘した転移者だと示すことは出来ていると思う。だが、それでも嫌だ、というエルフもいるのかもしれない。

 幸い、未だに敵意はないが、それがいつまで続くかどうかも分からない。店にも迷惑をかけるし、早く出た方がいいだろう。


「あの……」


 そのことを連翹に説明しようとした矢先、声をかけられた。

 視線を向けると、エルフの少女がニールたちをおずおずとした眼差しでこちらを見つめている。


「なんだ? 俺らになんか用か?」


 どっかで会っただろうか? そう思い彼女をじっと見つめる。

 エルフらしく顔立ちは整っているが、覚えがない。無論、道ですれ違ったりエルフや店員のエルフの顔などは一々覚えてはいないが、その程度の交流ならば初対面と大差はないだろう。

 ニールの視線に少女は僅かに頬を赤らめ、視線を逸らす。


(……ん?)


 なんだろう。

 女性相手で友人カルナあたりがよくされて、自分ニールには縁遠いリアクションだったような気がする。

 

「れ、霊樹の剣を使って転移者を撃退した剣士様――ですよね?」

「え? あ――お、おう?」


 こくこく、と頷く。

 何か、未だかつて聞いたことのない呼ばれ方で呼ばれた気がする。

 なんだこれ、どういう流れだ? という混乱の渦中にあるニールを知ってか知らずか、ぱあ、と笑みを咲かせて。


「さ――サイン、してもらっても、いいですか?」


 手帳とペンを、ニールに差し出したのだった。

 言われるままに受け取ってから、手元のそれと少女を見比べる。

 それを見て何を思ったのか、少女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「あの――ごめんなさい、いきなり失礼だとは思っているのですが、つい。駄目でしたら、それで構いませんので――」

「いや、別に、そうじゃなくてな――人違いとかじゃねえのか? こういうのを求める相手、間違えてねえか?」


 こういうのはもっと顔の整った者――騎士団のアレックスや、相棒のカルナとか、その辺りが求められるモノだろう。

 

「いえっ、あなたで合ってます! あなたの噂や吟遊詩人の歌を聞いて、一度本人に会ってみたいと思ってたんです。だって――」


 そう言って彼女は瞳を輝かせ、ニールを――そして連翹を見つめた。


「――異国の姫を守るために騎士の誓いを捧げた冒険者の剣士――ロマンじゃないですか」

「尾ひれどころじゃねえもんが色々くっついて、もはや全く関係ねえ別物になってんだろそれ!」


 まさか、と思い連翹に視線を向けると、彼女は慌てて首を横に振った。あたしそんな噂広めてないんだけど! ということなのだろう。

 

「……悪いんだが、吟遊詩人の歌で俺らがどんな風に言われてるのか、聞いてもいいか」

「ええ、わたしで良ければ。本人たちの前で語るのは、少し恥ずかしいですけど」


 彼女は頷いて語りだした。


 ――――この大陸よりも文明が発展した別の大陸に存在するニホンという国。

 そこで権力闘争に敗れた王族とその臣下たちが、追手から逃れるために強引な転移の魔法を使ったのだ。

 その結果、転移したのはこの大陸であった。なんとか危機を脱出し安堵したものの、この大陸の設備では転移の魔法が使えないことを理解してしまう。


 転移者たちの意見は二つに割れた。


 この大陸の住民として新たな人生を歩んで行こうという融和派。

 そして、自分たちよりも劣るこの大陸の民を支配し家を再興、力を蓄え元の大陸に攻め入ろうとする過激派。

 だが、多くの武人は過激派に属してしまい、止めることが出来なくなった。

 融和を求め説得を行っていた姫も、過激派の手で排除されそうになってしまう。

 そこに現れたのは冒険者の剣士。女性一人を複数人で襲う姿に怒りを覚え、彼女を守るために剣を振るう。

 辛くも追手を倒した冒険者に、姫は頼み込む。過激派を止めるために、力を貸して欲しいと。

 冒険者は頷き、姫と共に騎士団のクエストを受ける。その道すがらで魔法使いと神官と出会い、絆を育みながら彼らは向かう。

 かつて姫が住んでいた国と同じ名の場所、レゾン・デイトルへと、己を守る新たな騎士と共に―― 


「…………なあ」

「ち、違うし……というかさすがに自分のこと姫とか自称するの痛すぎて無理……」


 疑るようにじっくり、ねっとり連翹を見つめる。お前本当に何もしてねぇだろうな、と。

 連翹はまたもや首を左右に振る。『え!? なんでこんな噂になってんの!?』と言いたげな顔で。

 時系列とか、そもそも転移者が出現したのってもっともっと前だろとか、その手のツッコミは控える。

 たぶん、この設定で歌とか歌いだした吟遊詩人は、なんとなくそれっぽい形で英雄譚を仕立て上げただけなのだ。ツッコムだけ無駄だ。 

 

「ね、ねえ……なんであたし姫ってことになってるの?」

「別に隠さなくてもいいんですよ。それをとやかく言う誰かは、ここには居ないみたいですし」

「ええいや、あのね? そうじゃなくてね? な、なんでそんな風に言われるのかなー、って」

「ああ、身分を隠していたのに、なぜこんなに広まったのか、ということですね」


 え、いや、あのね? という声を恐らく無意識にスルーして、少女は決定的な事実を突きつけるような仕草で連翹を指差した。


「あなたが戦闘などで着るあの紺色の水夫服に似た衣服――あれがニホンのドレスだってことは察しがついてるんですよ」

「ねえ!? どこがどうなってそうなったの!? あたしっていう人間がエクストリーム尾ひれ付き状態なんだけど!」

「確かに大陸では変わった衣装ではありますが――日向の着物という前例もありますし。それに、ニホンの貴族である転移者の多くがそれを着ています」


 つまり、セーラー服とは。

 

「あれは社交界や国家の行事で着る正装なのです。あっているでしょう?」

「いや、かすりもしてな……あれ、待って。中高生なら制服が正装だし、あながち間違いじゃない?」

「そして、あなたが着ていた鎧と掛け合わされたドレスは、姫であり民を守る騎士であるという誓いの証――つまりあなたがニホンの姫騎士であることの証明なんです!」

「自分の知らないところでオークに負けそうな属性が盛られてる!?」


 頭を抱えだす連翹を見ながら、「ああ、これ誤解解くのは不可能だな」と察する。

 時間が勝手に解決してくれるだろう、と色々なツッコミどころを放棄し、手渡された手帳にサインを書いていく。


「ほらよ、こんなモン書いたことねえから、期待はずれかもしれねえが」

「いえ! ありがとうございます、家宝にしますので! ……そ、その……姫様の方も、サイン貰ってもいいですか?」

「ああ、うん、まあ仕方ないわね――ふふふっ、ほらっ、こんな感じでどう?」


 ペンを持った瞬間、なぜか妙にテンションを上げた連翹は、流れるようなペン捌きでサインを書き上げた。

 ただ単に名前を書いただけ、では断じて無い。店の看板か何かのように凝った装飾をした見栄えの良いモノであった。


「……お前無駄に上手いな」

「昔練習したからね、突然サインをすることになっても困らないようにって」


 授業中、ずっとノートの端でサインの練習してたこともあるわ、と胸を張る連翹。だが、それが胸を張れることではないということだけはなんとなく理解出来る。

 手帳は受け取ったエルフの少女は、喜びで光り輝いた笑みを浮かべていた。


「さすがは姫様! 民の期待に応えるために努力しているんですね!」 

「しまった、誤解を加速させてる……!?」

「ありがとうございます、大事にしますからね!」


 待って、と呼び止める前に彼女は頭を下げ、自分の席へと戻っていった。


「まあ、しょせん噂話の類だ」


 女友達にサインを自慢している少女を見ながら、小さくため息を吐く。

 幸い悪評の類ではなく、少女たちが娯楽として楽しむための噂だ。盛り上がっている彼女らにわざわざ水を差す理由はあるまい。


「襲撃後で暗い雰囲気になりそうな中、あんな娯楽で楽しめるなら何よりじゃねえか。さすがに騎士とか姫とか何考えてやがんだ、とは思うけどな」

「……娯楽作品の描写が真実だって広まっちゃうこともあるわよ、あたしの世界で沖田総司って剣士が――」

「おい、誰だそれ、ちょっと詳しく聞かせてくれよ!」

「今そういう話じゃないでしょ! なんでそんなに剣とか剣士とかになると無駄に興奮するのよ!」

「ああ!? 連翹お前、剣とか剣士の話題で興奮するのがどこが無駄なんだよ言ってみろぉ!」

「ふわあああああ! ごめんごめん悪かったってばあああ!」


 そうして、二人はいつものように騒ぎ出す。


「……つまりこれは、国を追われて暗い雰囲気になりそうなお姫様を元気づけてる、って流れなのかしら」

「うんうん、知らないけどきっとそう! たぶん後々になって優しさに気付くのね!」


 夢見がちな少女たちが妄想を膨らませていることになど、欠片も気づかずに。



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俺の知ってる平凡な高校生は神をぶん殴って堕とすし創作の平凡ってのは平和な中で修羅場で動ける超人だからな……
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