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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
襲撃後に抱く想い
132/288

129/異世界で生きる転移者

 たどり着いた場所は樹の塔の一つであり、住居塔と呼ばれるモノである。

 もっとも、エルフの王が住まう大樹や商業塔と比べれば小さめだ。階層も複数の部屋に分断され、商業塔のような広さを感じない。いいや、もっと言えばボロい。


「高層マンションみたいなモノかしら……? いや、どっちかって言うとちょっと小奇麗な安アパートみたいな感じ?」

 

 作りは古く狭いが、自分たちが止まっている宿と似たような構造だな――そんなことを考えるニールの隣で、連翹は住居塔を見上げながら呟く。

 連翹の居た世界と比べ、連想するモノがあるのだろう――そう思いながら文庫に描かれた地図と住所を見比べる。

 

「住所はここで合ってるな。とっとと行こうぜ」

「そうね――ふふふっ、もしただのパクリ野郎だったら二度と筆が持てないように指をバラバラに引き裂いてやるわ……!」


 パクリは犯罪、慈悲はない。そう言って剣を振り回す素振そぶりをする彼女に対し思わず苦笑を漏らす。


「やめとけ、普通に犯罪だし、指なんぞ神官の奇跡ですぐ戻るぞ」


 連翹は体の部位が欠損したら戻らない――ということを前提に話をしだすことがある。

 無論、すぐに気付いて訂正するのであるが、中々その癖は消えない。元の世界では体の部位が欠損したら戻らないというのが常識だったからなのだろう。


「ああ、そっか。超便利よね神官の奇跡、医学が進歩しないのも納得だわ――っていうか、どういう原理で失った指とか腕とかが生えてくるのよ? ゲームなんかだと自然治癒を促進させるだとかの理由付けがされてるけど」

「それを俺に聞くかよ」


 小さくため息を吐き、知識を頭から引っ張り出す。

 ニールも詳しいワケではないが、目的の部屋に辿り着くまでの暇つぶし程度くらいになら話せる。

 冒険者として、前衛の剣士として活動している以上、教会で神官と関わることは多いからだ。ニール自身は興味がなくても、治癒しながら神官が話すことは何度かあった。


「あー……確か、魂に刻まれた体の設計図を見て、傷やら欠損した部分を元に戻す――らしいぜ?」


 そのため、体の設計図が狂った場合などは神官の奇跡は通用しなくなるらしい――そんなことを階段を登りつつ言う。

 なんらかの臓器が狂い、それを切除した後に治癒の奇跡をかけたら、異常なままの臓器が再生されたという話も聞く。また、不摂生でついた贅肉なども正常な姿と認識され、貴族が腹部の肉を切り裂いて物理的なダイエットをしようとしたら脂肪ごと修復して治療費分丸損――という話もある。


「損傷の修復なんかは地球より優れてても、癌とかは不治の病だし、美容整形とかは専門外ってワケね……」

「美容整形……なんだ、それ?」

「え? あー……顔とか体とかを切ったり何かを入れたりして、見栄えをよくしようって医療の技術? ええっと、あたしの場合、鼻とか弄って高くしたりとか」

「胸じゃねえの? ……痛ぇ痛ぇ痛ぇ耳引っ張んじゃねえ! 悪ぃ悪ぃ、今のは俺が悪かったよ、すまん!」


 しかし、世界が違えば技術もまた変わるのだな、と強く実感する。

 連翹の言った整形手術など、治癒の奇跡で一発でおじゃんになってしまう。体をいくら切り刻んで弄ろうと、魂までは変わらないからだ。

 

「まあ、俺はこっちの世界のがいいけどな。腕が吹き飛んで治せないとか、剣士として致命傷過ぎるだろ」

「いや、あたしの世界ってもう剣士ってほとんど廃業してるんだけど――あ、ここね」


 言っている間に目当ての部屋にたどり着いた。

 扉、表札――それらを見ても別に異常は感じない。転移者が住んでいるとしたら、何かしら魔改造をされてそうなイメージがあったのだが。

 現地人なのか? そう考えながらニールはノッカーで扉を叩いた。


「フゥハハハハハァッ!」


 ――瞬間、高々と。

 部屋の中から男の高笑いが響いてきた。


「よく来たな客人! だがすまぬ、歓待したいが今は手が離せぬのだ! もう少しで仕事が一段落するのだ! 鍵は開いているから用があるなら部屋で待つといい!」

(あ、やっぱこいつ転移者だ)


 ちらりと連翹の方を見て頷いた。

 同類だ、これ。


「ねえ、今どうしてあたしの方を見たの?」

「……んじゃあ遠慮なく入らせてもらうけど、いいんだな?」

「ねえ、なんであたしの方見て納得したの?」

「構わぬ構わぬ! 散らかっている故に足元には気をつけるのだぞ!」

「ねえ! なんであんな奇声をあげてる男とあたしを同類と見なしてるの!?」


 返答したら余計に面倒くさそうなので、連翹の問いをスルーして扉を開く。

 室内は――色とりどりの布と原稿用紙が散乱していた。壁には無数の衣服が吊るされているが、これらは声の主のモノではないのだろう。

 

「……女物の服?」

 

 連翹の呟きが示す通り、全てが女の衣服だ。ワンピース、シャツ、ゴツい肩パットのついたロングコート、スカート、コートなどがずらりと――


(……ん?)


 なにか、妙なモノが混じっていたような――?

 それを確認する前に、部屋の主が現れた。


「待たせたな少年少女、この神楽崎逢魔かぐらざきおうまに何用か! まあ何用でもいいな! 安物だが茶を出すからしばし待て!」

 

 朗々と響く声で名乗ったのは、二十代半ばくらいの青年である。

 連翹と同じく黒髪黒目の男だ。ちゃんと食事をしているのか心配になるほど細身で貧相な体に、ラフなシャツとズボンを身に纏っていた。纏う衣服の至る所に糸くずや布くずが張り付いており、それらはこちらに歩み寄る振動で床にぽろぽろと落ちていく。

 その姿に連翹は眉を顰めつつ、玄関の方を指差した。


「ねえ、表札に田中三郎たなかさぶろうって書いてあったけど」

田中三郎たなかさぶろうは本名であり、神楽崎逢魔かぐらざきおうまはソウルネームだ! どちらも正しく、どちらも間違いだな! 表札がああなのは、この世界に来た瞬間はつい本名を名乗ってしまったためだ! エルフの記憶力は凄く、そして強情だ! いくら私が神楽崎逢魔と名乗っても田中さんおはようって返してくる! おっと、立ち話はなんだな! 座り給え座り給え!」


 そう言いながら彼は散らかったテーブルを片付け始める。

 上に載っていた使用済みのマグカップや皿、そして衣服のデザインが描かれた紙や布や糸、そして原稿用紙の束をキッチンやら棚やらにしまっていく。

 原稿用紙があるのは良い、作家として本を出しているのだから必要なモノなのだろう。

 だが、衣服のデザインや布などといったモノがあるのは、まさか――


「……商業塔の服屋に歌劇の衣装めいた黒いコートとかがあったな。まさかお前」

「無論、私だ! あの店には色々服を卸していてな! 貴重な生活費である!」

「……女向けの服屋だろ? 売れてんのか、あれとか」


 そう言って壁にかけてあった黒いコートを指差す。要所に金属部品が使われ物々しい雰囲気のそれだが、剣士としての見立てでは防具としての性能は皆無に等しい。


「無論、時々しか売れない! 普通の女向けの衣服はそこそこ売れるのだがなぁ! 私超悲しい! 一度、ヒロイン系の衣装も作ってみたが、店主のエルフにあんな短いスカートの衣服なんて売れないと怒られてしまった! この異世界はミニスカートに厳しすぎる! なんでふとももが露出するくらい短いスカートで戦う剣士とかが居ないのだ!」

「なんだそれ、完全に痴女だろ。戦闘中絶対見えるじゃねえか」


 いや、あえて見せることで異性との戦闘時に隙を誘発させるという高度なテクニックなのか? 日向にはくノ一と呼ばれる女の色香を武器にした暗殺者も居るというし、それに近い原理の装備なのだろうか?

 熱心に考え込むニールに連翹が「いや、そんな意味はないから。ヴィジュアル的に可愛いとかそういうのだけだから」と否定する。


「まあ、衣服のことはいいの。それより貴方に聞きたいことがあるのよ」


 連翹は椅子の上に落ちている糸くずを払い、スカートの裾に引っ付かないように座りながら言う。


「なんだ――おおっ、もしかしてその衣服についてか!? いやぁ、自分が作った衣服を着てくれるというのは嬉しいものだな! 中々に似合っているぞ、隣の少年のプレゼントか!? ならばよくやったと褒めてやりたいところだぁ! 素敵な贈り物で少女は喜び、喜ぶ少女に少年も喜び、私の財布も潤う! 善き哉善き哉!」

「えっ、これ貴方が!? ……いやまあ、あたしも気に入ってるんだけど、今回はそういう話じゃなくて、これについてよ」


 そう言って取り出したのはSAG――ソード・アート・グリモワールと表紙に描かれた一冊の本だ。


「……ほう、それを見つけたということは、問いただしに来たのだな――なぜ、このような真似をしたのかと」


 男は先程までの無駄に高いテンションを落とし、真顔で連翹を見つめた。

 それに臆することなく、連翹もまた見つめ返し、頷く。


「分かってるなら話は早いわ。ねえ、なんでこんな露骨なパクリなんてしてるのよ。ちゃんと仕事もしててお金にも困ってはいないみたいなのに」

「金はいくらあっても困らないのだがな――だが、無論金銭目的なのではないさ。聞きたいか? 私の壮大な野望を……ならば語ろうではないか」


 立ち上がった彼、田中はゆっくりと窓際まで歩む。憂いを帯びた顔で、どこか寂しさを耐えるように。


「――私はこの世界に来て、なんでも出来ると思った。実際、チートの力があればモンスターを倒し金を稼ぐのは容易で、生活基盤を整えるのは非常に楽だったよ」


 神様転生ならぬ神様転移だったからな、ネット小説染みたテンプレ行動も無理なく行えた、と。

 なにせ、こちらの常識が欠如しているがゆえの失敗も、すぐにリカバリー出来るから。それだけの力があった、と田中は語る。

 そして、きっとそれは事実だったのだろうとニールは思った。

 転移者のスペックは高い。確かに騎士たちを主力とした連合軍が彼らを倒してはいるが、それは逆に言えば最上位の実力者である騎士たちでなければまともに太刀打ちできないということだ。

 町の兵士や冒険者、自警団などでは歯が立たず、善行であろうと悪行であろうと阻める者は限られてくる。冒険者として金を稼ぐなど、赤子の手をひ撚るが如く容易だ。


「だが、途中で気づいてしまったのだ。力を振るっても決して手に入れられないモノがあると、そしてそれはこの世界には存在しないモノだと。あちらの世界では溢れていて、力などなくても手に入れられたモノだというのにな」


 それに気づいてから、この世界で生きることが苦痛になったのだ――と。

 彼はそう言って寂しげに窓の外を眺めた。瞳に映る景色はオルシジームの街並み。木々と共生し、けれど知的生物の営みが映える活気のある情景だ。

 寂しげな眼はかつて彼が暮らしていた街並みを想起しているためか、それともそこに残してきた『この世界にない何か』を想ってのためか、ニールには判断がつかなかった。

 ニールは現地人だ。転移者が暮らしていた世界を知らないし、田中という男の感情を共有することが出来ない。

 いや、田中だけではない。すぐ隣の椅子に座る連翹の心すら、本質的には理解してやれない。この世界で暮らすニールには、別世界で生きてこの世界に転移することを決めた者の気持ちを想像することすら難しい。

 

「だが、この世界に行くと決めたのは私だ。創造神ディミルゴの問にイエスと答え、転移すると決めたのも私自身だ。ならば、より良く生きるために努力し、本来この世界で手に入らぬモノを手に入れるために尽力しよう――そう、思ったのだ」

 

 そう言って、彼は気恥ずかしそうに笑った。

 

(ああ、そうか。こいつ――)


 出会い頭に高笑いをする変人ではあるが、しかしこの世界の地に足を付けて生きようとしている。

 現地人を格下と見下すわけでも、力に酔いしれているワケでもない。

 だからこそ、こんな風に近くで会話していても嫌な気分には――どこか遠くから見下されているような感覚にならないのだろう。


「……ええっと。イイハナシダナー、とは思わなくもないんだけどね?」


 質問があるの、とでも言うように連翹は手を挙げた。

 

「……その話と、貴方のその話と、パクリ作品を世に出した理由――なんか関係あるの?」

「無論、あるとも! というかだな、君のような者に我が家の戸を叩いて貰いたくてあの本を書いたのだぞ!」


 テンションが再び上昇。高らかな叫び声にニールの思考が付いていかない。

 お前、さっきまで寂しそうな顔で語ってたじゃねえか。なんでそんな勢い良くテンションを上げ下げ出来るんだよ――そんな言葉を紡ぐ前に、田中は連翹はびしぃ! と指差した。


「パクリだと分かるということは地球であの作品を読んでいたな!? そうだろうそうだろうあの作品は面白いものな、私も大好きだ! というわけで茶と茶菓子出すから語り合わないか!?」


 パクリ作家と言われて怒ったり誤魔化したりすることなく、いや、むしろ心から楽しそうな笑顔をした田中は、スキップしかねない勢いで茶菓子を持ってテーブルに舞い戻ってくる。


「――まさか、と思うんだけど」


 目の前に積まれていく茶菓子を前に、何かを察したのか連翹は呆然とした顔で呟く。


「もしかして――異世界にラノベ談義する友達が居ないから、語る相手が欲しくて、パクリ作品でホイホイしたってワケ……?」


 オフコース! という鋭い返答が室内に響き渡る。 


「だって寂しいではないか! この世界ではSA○を語れる奴が一人も居ないのだぞ!? それどころか、他のラノベもだ! なんて悲惨! なんて無残! もうモンスターなんて狩ってる場合ではない! 竜退治はもう飽きたというヤツだな!」


 ――ああ、と。納得する。

 要は、あれだ。ニールが剣のない世界に来てしまったようなものなのだろう。

 だからこそ連翹の言うところの丸パクリ作品を書いたのだ。現地人に対する布教をしつつ、パクリに怒った転移者――つまりはファン――を招いて色々話したかった、ただそれだけの話なのだ、これは。

 ちらり、と視線を田中に向けると、彼は「ヒャッホォォォォウ!」と跳ね回り、心の喜びを隠すことなく吐露し続けていた。ニールが見る限り、彼の感情に嘘偽りは見受けられない。


「故に私は地球のラノベの面白さを布教するついでに、地球から来た転移者と共にラノベ談義をするべくソード・アート・グリモワールを執筆したのであった! これだけ露骨にパクれば転移者は私が転移者であると気付くであろうという名推理! しかし現地人にVRMMOとか言っても意味が分からないよねという困難な壁に叩きつけられたりもしたが、男たちは諦めなかった! 現地人に読める程度に設定とか色々弄って、かつ転移者が見れば話の筋まで丸パクリという本をなんとか完成させたよ! やったね神楽崎逢魔かぐらざきおうまちゃん! 痛みに耐えて頑張った! 感動してくれていいぞ!?」

「ええっと……でも、それで稼いだお金とかは……」

「無論、生活費とは別に貯蓄し、ちょっとしか手を付けてない! うん、ちょっと……冒険者で稼いだ貯蓄が無くなって家賃払えなくなった時、使いました。ごめんなさい、マジ出来心で反省している。翌月ちゃんと使った分を補填したので、どうか許して欲しいと思う次第です」

「い、いや、別にそんなに気にしなくてもいいから! いや、あたしが許すとか許さないとかも筋違いな気もするけど。……でも、正直ね。こんなの言わなきゃ分からないのに」


 実際、帳簿をつけてるワケでもないんだから、言わなければ分からないのだ。無論、言わなければ分からないからこそ怪しんでしまう、というのも事実ではあるが。


「フハハ! 無論! エルフの皆さんから『田中は無駄に正直者だな』とお褒めに預かっている神楽崎逢魔かぐらざきおうまであるが故に! それに、ここで嘘を吐けば、仮に作家先生がこの世界に転移してしまうなんてことがあった時、目を見て喋れないではないか!」 


 そ、そう……と、毒気が抜かれたというか、テンションで押し負けたような顔で頷く連翹。

 だがまあ実際、努力の方向性は激しく間違っている気はしないでもないが情熱は本物だと思うし、少なくとも悪意はないように思える。


「まあでも、ラノベ語りはまた今度――ええっと、このたぶん来年ぐらいにまたこの国に来た時にお願いしてもいいかしら?」

「何故!? 私はもう語りたいことが喉を通り過ぎて舌を滑り出し前歯あたりに引っかかっている状態なのだが!?」

「いや、さすがに観光スルーして延々ラノベ談義とか、ちょっと女として死に過ぎかなー? とか思ったりするのよ」


 せっかく異国に来たんだから、と言う連翹に田中はむう、と黙り込んだ。


「ならば仕方なし! 私も最初凄くテンション上がったからな! エルフ耳に森の都市! ファンタジー好きが心踊らぬワケがない!」

「今みたいにか?」


 正直、これ以上テンションの上がりようがないように思える。

 ニールだったら酒飲みまくって前後不覚になってもここまで煩くなれないと思う。


「否! 今以上にである! テンション上がりすぎて商業塔をクライミングしたのも! 中腹辺りでエルフのせんしがひかり私を捕縛しにかかったのも! 獄中で一人で食った臭い飯も! 今はいい思い出だ!」

「捕まってるじゃねえかよ、マジで大丈夫なのかお前! ヤベェ奴じゃねえだろうな!?」

「フゥハハハハ! 獄中スタートは基本! ……いや、ワリと本気で迷惑かけたので、治安維持の戦士の皆さんには頭が上がらないのである。ちょくちょく差し入れなんかを持っていっては、『そんなことする暇があればお前が飯を食え。最近の若いエルフは太りすぎだが、お前は細すぎて心配になる』と食事を奢ってもらい、更に肩身が狭くなるのだ……」

「ガッリガリだもんなお前……そんな生活に困ってんのか?」

「いや、小説書いたり衣服繕ったりしてる方が楽しくて飯を食うのを度々忘れるだけだ! それを言うたびにエルフのせんしはひかり、私を定食屋に引きずり込むのだ!」

「ねえ、気になってたんだけど、エルフの戦士って光るの?」

「無論! エルフのせんしはひかるし、つよい! ……いやごめん少女、私嘘吐いた! これはネットスラングの一種なのでそんなにワクワクした顔で瞳を輝かせないで欲しいと思う!」


 誠心誠意謝る田中に、連翹が「し、信じてないし……あたし別に騙されてないしぃ……」と視線を逸しながら茶を飲む姿を見て、思う。

 

(――世界が違っても、人間なんてそう変わりはしねえんだな)


 細々とした違いはあるだろう。

 産まれ、環境、それらによっていくらかの変化はあるはずだ。

 けれど――大筋のところでは変わらない。馬鹿な話をしながら騒ぎ、笑い合う姿を見てそう思った。


「それじゃ、そろそろあたしたちは行くわね。お茶ありがとうね田中、貴方のことは話の通じる転移者が居たら広めといてあげる!」


 しばし歓談した後、連翹が立ち上がる。

 窓から覗く太陽もそろそろ頂点に達しようとしていた。軽く茶菓子を摘んでいたので腹の虫こそ鳴かないものの、空腹感を訴えている。


「それはありがたい! ならば礼にこの品を渡そうではないか! 持っていくが良い!」

「……なにこれ、白い服?」


 田中からの贈り物を受け取り、それを広げた。

 それは、白を基調にし赤をアクセントにした女性用の衣服だ。腕を動きやすいようにしたのか腋を露出したデザインとなっており、赤いスカートは膝上よりなお短く、こんなモノを履けばふとももが大胆に露出してしまうのは想像に難くない。


「SA○のヒロイン、閃光の衣装だ! 納品しようとしたら断られたが、中々の自信作だぞ! サイズに関してはそのワンピースと同じサイズだから安心して着てくれていいぞ! その上! 動きやすく作ったたから、ブレストアーマーをつけることで戦闘にも使えるはず! これで君の二つ名は閃光だ!」

「いや、さすがにこのスカート丈でバトルは嫌だなぁ……鉄壁スカートのスキルは持ってないのよ、あたし」

「実物見ると想像以上にスカート短えなオイ、こんなんで接近戦すりゃあ中身なんて常時丸出しじゃねえのか? ……まあ、そうならない可能性もあるからよ、連翹お前――」

「一緒に模擬戦して確かめようぜ、とか言ったら握りつぶすわよ」


 何をとは言ってはいないが、ナニをと言外に言っている。怖い。

 じりじりと距離を取るニールを見て、田中はフハハハハと楽しそう――楽しそう?――に笑う。


「では、名残惜しいがさらばだ少女よ! だが少年、君は少しばかり残ってくれないか!? なぁに時間は取らせん! 少しばかり現地の人間視点でアドヴァァァァイスッ! が欲しくてな! 交友関係がエルフばかりであるが故に! 故に!」

「うるせえよ分かったから何度も叫ぶんじゃねえ! つーか隣の部屋の奴の迷惑だろうが!」

「案ずるな、今の時間は周辺の部屋の者は仕事で留守だ! その辺りの常識は弁えているとも!」


 弁えてるなら人が居ないにしても叫ぶんじゃねえよ――そう思うが、言っても無駄な予感がしたので言葉を飲み込む。

 

「つーわけだ連翹、先に下まで行っといてくれ。あんまり長引きそうなら振り切って合流すっからよ」

「どうかしらね……? ニール楽しいと時間とか約束とか忘れちゃう人だし」

「この前の件は悪かったと思ってるから、そうしないように務めっからよ。……ま、駄目そうなら怒鳴り込んで来てくれ」

「その時はニールの財布をリリースしてあたしの好きなモノを色々アドバンス召喚するからね! 覚悟しなさいよ!」


 訳の分からないことを喚いた後、連翹は部屋から退出した。たたたっ、という足音が徐々に遠ざかっていく。


「――仲が良さそうで何よりだ」

「ま、あんな馬鹿女でも友人だからな。んで、アドバイスってなんだよ。言っとくが、俺はあんま本読む方じゃねえぞ」

「いや、悪いな。あれは少年だけを残す口実だ。実際のところ――頼みがあってな」


 先程までの言動とは打って変わり、表情を引き締めた彼はニールの眼を見つめる。


「言われるまでもないと思うかもしれないが、一応聞いてくれ――あの少女の助けになって欲しい」

「――なんだお前、連翹の知り合いなのか?」


 まるで親が子供の面倒を頼むような口ぶりに思わず怪訝な声を漏らす。

 だが、田中は小さく首を横に振り、「いや、正真正銘今日が初対面だ」とそれを否定した。


「だが、同じ世界の住民であり、同じ方法でこの世界に転移し、同じ力を持った者であり――それらの先輩だ。内面は多少予想出来る」


 いい人たちと巡り会えたようで何よりだ、と嬉しそうに笑みを漏らす。


「少年。私たちがチートと呼ぶ力は、麻薬のようなものだ。使えば使うほど中毒になって行き、やがてはそれ無しでは生きていけなくなる。力の有無関係なくな」


 ニールにはその言葉を上手く読み取ることは出来なかったが、言いたいことはなんとなく分かる。

 二年前に初めてであった連翹と、女王都へ向かう道すがらで出会った時の彼女、そして今。

 かつてはレゾン・デイトルの転移者に近かった彼女だが、ゆっくりと真っ当な人間に変わって行った。至高の己さえ居れば良い、などという転移者にありがちな思考も持っていないように思える。彼の言葉風に言うなら、徐々に薬が抜けてきたということだろうか。


「薬から抜け出せず、中毒の果てがここを襲ったような連中だ。まるでネット小説の主人公にでもなったかの如く、好き勝手に暴れる無法の者共だ。……私もあの手の話は好きだが、あれは物語だからこそ成立するものであり、物語でしか成立してはいけないものだろうに」


 吐き捨てるように言い、窓の外に視線を向ける。

 眼下には未だ修復途中の建物があった。転移者の力であれば一人で破壊できるそれも、立て直すとなると多くの人員と時間が必要となる。

 

「……あの少女は中毒から抜け出しかかっているが――一度味わった快楽は中々拒めるモノではない。気持ちいいと、楽しいと知ってしまっているのだからな。もしかしたら、何か見苦しい姿を見せるかもしれん」


 だがもしも、と。

 彼は言葉を区切り、冷め始めた茶で口の中を湿らせた。


「少女のことを大切に想っているなら――ちゃんと向かい合ってあげて欲しい。現地人から見れば甘えや弱さかもしれないが、転移者なんぞ結局のところは精神的弱者なのだ。無論、これを聞くかどうかは少年の自由だ。この世界で言うところの創造神ディミルゴが言うように、後悔せぬよう自分の意思で選択して欲しいと思う」


 それは真摯な想いを載せた願いだ。

 少なくとも、ニールはそう感じた。

 

「お前もさっき言ってたが――言われるまでもねえよ。だが、最後に一つだけ、答えろよ」


 そう――言われるまでもない。

 連翹はもう友人だし、見苦しい姿など何度か見た。最初の出会いも再開も、そしてアースリュームで見せた感情の吐露も。

 見苦しいと言えば全てが見苦しく、面倒ではないか。

 だが、それ以上に明るく、言動の端々に根の善良さが見える片桐連翹という少女を好ましく思っているのだ。

 出来れば笑っていて欲しいと思うし、そのためにニールが出来ることがあれば多少の手間など厭わない。相手がカルナやノーラでも変わらない、一緒に居て楽しい者に笑っていて欲しいと願うのは当たり前の感情だとニールは思う。

 だから、言われるまでもない。けれど、だからこそ解せない。


「なんでそんなにあいつのことを気にしてんだ? あいつだけじゃねえ、あいつと同じ境遇の転移者なら誰でも同じ対応をするのかもしれねえが――極論、世界が同じだけの他人だろ?」


 先程ニールの頭を過ぎった理屈は、言ってしまえば親しい友人だから出来ることだ。今日出会ったばかりの他人に対して行えることではない。

 無論、他人など全てどうでもいい、などと言うほどニールは悪人ではない。

 だが、大して仲良くない他人の心配をするほど善良でもないのだ。


「上手く言葉に出来ないのだが――言葉にするとすれば、共感してしまうから、だろうか。先程出会った連翹もそうだが、オルシジームを襲った転移者たちに対しても、共感を抱いてしまう」

「……あの連中も?」

「ああ。救い難いことではあるのだがね――私は、ああいうのに憧れてこの世界に来たんだよ。だから、分かる。超人として己の好きなように悪事を成す欲望――いいや、悪事とすら考えず、自分の思う通りに暴れまわる願望。物語の主人公に投影して間接的に満たしていたそれを己の手で実行できると思った時の歓喜を」


 それは、ニールには良く理解できない感情であった。

 確かにニールだってクエストが思った通りに行ったら嬉しいし、鍛えた剣技で強敵を打ち倒せたら興奮する。

 だが、あんな風に無辜の民を蹂躙し己こそ至高と高らかに吠えることに快感を覚える感覚は、どうも理解ができない。

 綺麗な女を組み伏せた欲望の限りを尽くす――というのは男として理解できなくもないが、しかしそれは出来なくもないだけだ。仮にそんなことを実行しても、快楽よりも罪悪感の方が勝ってしまう気がする。 


「私たちは神の声を聞き、それに頷いてこの世界に転移した。無理やり連れられて来たわけでも、死んで否応なく転生したワケでもない。自分の意思で、この世界に逃げ込んだのだ」


 力をやるから好きにやれ、という言葉に瞳を輝かせてな――と田中は自嘲する。


「逃げ――か」

「そう、逃げだ。結局のところ、私たちは元の世界で生きるのが嫌で、物語のような転移チートに憧れた弱者どもだ」


 ふざけている、と思う。

 お前らの弱気に俺らを巻き込むんじゃねえよ、とも思う。

 思う、けれど。

 そんな風に逃げ込んだ者の中に、ちゃんと今までの自分から脱却し、前を向こうと努力している者がいるのなら。

 アースリュームで出会ったサッカーという遊びを広めようとしている者や、目の前の男のように社会に溶け込み生活する者、そして連翹のように――ちゃんと向かい合って友人となれる人物であれば。

 少なくともニール・グラジオラスという個人は無碍にしたくないと思うのだ。

 

「だからこそ、分かる。転移者は救いを求めてここに来たのだ、救われたいと願いここに来たのだ。――――私も、そうだった」


 だから、と。

 田中はどこか困ったように笑った。

 

(ああ――要は、こいつは)

「救いを求めた者が、ちゃんと前を見て頑張っている。その姿を見れば救われて欲しいと思うではないか」


 前の世界で失敗しつつも、ちゃんと前を向いて歩こうとしている者を応援したいのだ。

 手を貸せる部分は少ないけれど――その道の先人として、少しでも救いの手を差し伸べたいのだ。

 大丈夫、こっちの道は辛いけれど光り輝いているから、と。ちゃんと頑張れば受け入れてくれる人はいるから、と。

 それを理解すると、思わず笑みが溢れた。

 彼を疑った自分の間抜けさと、目の前の男の根っこの善良さを。


「ああ、良く分かった。お前の言葉にも、俺の気持ちにも嘘は吐かねえと剣に誓ってやる」


 僅かに刀身を鞘から滑り出させ、宣言する。

 

(なあ、聞こえてるんだろ? 霊樹の剣。俺が認めさせて、連翹の奴が名付けた剣、イカロス)


 この宣誓は田中に誓ったモノであり、自分に誓ったモノであり、お前に誓ったモノだ。

 ニール・グラジオラスという男がそれを容易く破る男であれば――そんな男などとっとと見捨てて鈍らになって欲しい。

 ニールはエルフの神官ではないため、霊樹の声は聞こえない。

 けれど、刀身が窓から注ぐ陽光を照り返して輝いた――頷いたような気がした。任せろ、と。


「……ありがとう。平和な世界から逃げ出した面倒な弱虫を見捨てないでくれて」

「礼を言われることじゃねえよ。俺は俺が好きな奴くらいは守りたいだけなんだからな」


 それだけ言って立ち上がり、玄関へと向かう。

 もう語るべきことは語った、ならばもうここに居座る理由はないだろう。これ以上居座っていたら連翹が拗ねる。

 

「……最後に、もう一つだけいいか?」


 扉を半ばまで開けた状態で、ふと背後の男に問いかける。


「構わんよ。引き止めたのは私だ、拒否する権利はないさ」

「あんたは今――救われているのか?」


 だって――他人をこれだけ親身に想い、救いの一助になりたいという男が不幸のままなど――そんなん悲しすぎるではないか。

 その質問は想定外だったのか、田中は怪訝な顔をして数秒固まる。

 だが、すぐに柔らかい笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「ああ。転移直後に馬鹿をやった私なんぞを気にかけてくれる者も居て、仕事もあり、友人も出来た。私には勿体無いくらいだ」

「勿体無いなんて言うなよ。そいつらはお前にそれだけの価値があると思って助けてくれてんだぞ」

「――それも、そうか。では、少しでも彼らの期待に応えられるよう努力するとしようか」

「それがいい。とりあえずお前は飯食って体鍛えろ。実際、見ていて不安になる程度にはガリガリなんだよ。せめてもうちょい太れ」

「む――善処してみよう」

「そうしてくれ。その方が健康的で、お前を好いていてくれる奴も安心するだろうよ」


 そう言ってニールは部屋の外へと出た。

 思ったより長話してしまったから、連翹が不機嫌になっていないだろうかと僅かな不安を抱きながら。


     ◇


 少年が去るのを見届けて、田中は一人椅子に腰掛けた。

 眩しいモノを見た時のように、そして思い出を想起するように瞳を閉じながら。


「……全てが彼のようではないだろうが、しかし全てが彼のようではないという理屈は存在しない。その行いが正しければ、何人かの人は手を差し伸べてくれるさ」


 少し、先程の話で嘘を吐いた。

 最初に語ったラノベの情熱も同胞への共感も真実であり、何一つ偽りはない。

 偽りは一つ。

 仕事を始めたのも、SAGを執筆したのも――力を失ってからということ。それまで、自分は力を振り回す冒険者をしていたのだ。

 さすがに他者の物品を略奪するような真似はしていなかったが、オルシジームの周辺のモンスターを狩りながら我こそ最強と力に酔いしれていた。

 そんな自分であっても――力を失った後に手を差し伸べてくれる人は居たのだ。多くの人は彼の元から離れたが、それでも仕事を回してくれるエルフの少女や、仕事が安定しなかった頃に食事を奢ってくれたエルフの戦士がいた。


「だから、なあ――無限インフィニット、力を失うことに恐れ狂うなよ。お前の行いは力の有無で否定されるモノではない――私はそう思っているよ」


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