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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
襲撃後に抱く想い
131/288

128/ニールと連翹の日常譚

「……さすがに騒ぎすぎたかもしれねえな」


 皆が考えた技名を言い合い、互いに採点したりして燃え広がったあの騒ぎ。

 永遠に続くかと思われたあの論争は、結局ノーラが「もういいです、最初の女神の御手コード・グロリアスでいいです……」と死んだ目で言った辺りで一応の終わりを迎えた。

 その後に足早に現れたミリアムがノーラを連れ去り、カルナも用事があるからと出かけ、今はニールと涙目で塩コーヒーを処理し終えてグロッキーな連翹れんぎょうの二人だけだ。

 

(お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ――一発入魂(オーバードライブ)仏呼沼鬼奇跡(ぶっこ抜き奇跡)! は駄目だったか――けっこう自信あったんだがな)


 ニールがそれを提案した辺りでノーラの瞳の色が失せ、「ぁぁぁぁああああ! レンちゃんたちが斜め上ならニールさんは斜め下ぁぁああああああ!」と頭を抱えだした。解せぬ。自身のセンスと連翹やカルナの口上を参考にして完成したそれは、ニール的に会心の出来だったというのに。

 腰に差した霊樹の剣イカロスが「別の人に名付けて貰って本当に良かった……!」と言っているような気がするのは、ニールの気のせいだろうか。気のせいでなかったら、これは心が通じ合ったと思うべきか、心が凄い勢いで離れてると思うべきか凄く判断に困る。


「ううううう、まだ舌がピリピリするぅうううう」

「おら、水飲んで落ち着け。つーか、もうカルナもノーラも出てったんだから飲んだふりして捨てりゃ良かったじゃねえか」

「ありがとニール、このお水超助かる……まあさすがにからかい過ぎたから罰は甘んじて受けようってのもあるし、何より残したら作ってくれた人に申し訳ないじゃない」


 そう言ってコップの水を舐めるように飲む。

 

(なんつーか……変なとこで律儀というか、育ちが良いというか)


 親に「食べ物を残しちゃいけません」などとしっかりと躾けられていたのだろう。

 それが常識として根付き、今でもこうやって実行している。当たり前のことではあるが、当たり前をちゃんと実行できるのも美徳だろう。ニールは親の躾けの半分も実行できている気がしない、バカ息子一直線だ。

 

「……んで、今日はどうする?」

「ああ、冷たくて美味しい……へ? どうするって、何が?」

「昨日、観光行きたいって言ったのに俺の都合ばっかりだったからな。行きたいところあんなら好きなだけ付き合ってやる」


 一瞬、ぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。

 しかしすぐ、楽しげに表情を緩め、ガタンッ、と勢い良く椅子から立ち上がる。


「ほんと!? 期待させといて撤回しないでよ!?」

「わざわざこんな嘘吐かねえよ」

「いやだって、昨日だって観光するって言って連れ出してあのざまでしょ? 嘘吐く気はなくても結果的に嘘になることはあるんじゃない?」


 ――ぐっ、と言葉に詰まる。反論できる要素が何一つ存在しなかった。

 

「ほら見なさい、見事なカウンターで返したわ! 調子乗ってるからこうやって痛い目を見るのよ!」

「確かに何一つ言い返せねえけど、調子には乗ってねえよ。一応、悪いと思ってるからこその誘いだっての」


 あの時もなんだかんだで不満は無さそうだったけれど、しかしだからといってそのままスルーしていいことではないだろう。

 約束を破ったのはこちらである以上、最低限の誠意くらいは見せなくてはなるまい。

 冒険者は信用が大事だし、仲間内の小さな不満はいざという時に爆発しかねないからという理由もあるが――何よりもニールの感情がこのままでは駄目だと告げている。

 最近、連翹とはだいぶ仲良くなったとは思うが――仲が良いからと言って疎かにしていいモノでもないだろう。


(……そういや、この手のことは親父が良く言ってたな)


 先程、連翹ほど親の言葉を受け継げてないと思ったが――案外、そうでもないのかもしれない。

 家を飛び出して冒険者など始めたバカ息子なのは変わりはないが、しかし親の言葉を全て忘れるほどのバカ息子ではなかったらしい。

 自分が認識できていないだけで、思ったよりも親から子へと受け継がれているモノもあるのだろう。連翹が妙なところで良い子なのも、無意識で家族の言葉を血肉にしているからなのだろうと思う。


「ま、今日くらいはお前の言うことをなんでも聞いてやるからよ、遠慮せずに好きにこき使え」

「ん? 今なんでもって言ったわよね?」

「言ったが、なんだその言い回し。……要求出来る身分じゃねえが、あまり今後に響くのは勘弁してくれよ。転移者の本距離に乗り込む前に牢獄にブチ込まれるのは勘弁だからな」

「ごめんごめん、『なんでもする』って言われたからつい。別に無茶なことは言わないわよ」


 ころころと笑う連翹は、よしっ、と頷いて立ち上がった。


「でも、少しくらい奢ってもらうのはアリよね?」

「……まあ、ダメだなんて言わねえよ。けど、俺だって金持ちってワケじゃねえから、多少は手心加えろよ」


 女王都で得た金――連合軍に加わるクエストの前金と、レオンハルト討伐で得ることになった複数のクエスト分の報酬、そして今までの貯金。

 その三つが合わさり、現状のニールは冒険者の中では裕福と言っていい程度に金を持っている。けれど、装備の整備にだって金はかかるのだ。ある分だけ使い尽くす、というのはさすがに困る。

 

「そんなの分かってるわよ。まあ、調子に乗って色々買い込みすぎるかもしれないけど、その時はそっちでストップかけて。後の欲しい分くらいはあたしの財布から出すし」

「そうならないように願うぜ……で、どこに行きたいんだ?」

「んー……色々行きたいとこはあるけど、とりあえず本屋! そろそろオルシジームから出るワケだし、馬車で休憩する時に読む本が欲しいの!」

「オーケーだ。んじゃ、とっとと行くとすっか」

「待って、ちょっと着替えてくるから。ニールはその格好のままなの?」

「ん? ああ、まあな。着替えるほど服の種類もねえし、霊樹の剣イカロスは俺とお前の身分証明のために必須だからな」


 せいぜい、鎧を外して身軽になって程度だ。

 

「ニールもなんか服買えばいいのに……まあいいや、ちょっと待っててね」

「おう、行って来い行って来い」


 大きく手を振りながら階段を駆け上がっていく連翹を気だるげに手を振り返しつつ見送り、ふう、とため息を一つ。

 

(服っつってもな……下手に着飾っても服に着られるだけだろうからな)


 別に自分の容姿を卑下しているワケではない。

 他人からも容姿についてあれこれ言われることもないし、唯一『目つきが悪い』と称されることはあるが、それだってニール個人は相手を威圧する時に便利で気に入っているくらいだ。

 それでもこう思ってしまうのは、そういう自分を――普通に着飾って町を歩くニール・グラジオラスを想像出来ないからだろう。

 街中で仕事をする人間が武装してモンスターと戦う自分を空想して、しかし想像した自分の格好の滑稽さに失笑してしまう――そんな感じなのだろうと思う。


「おまたせ! 時間は有限、時計の針は止まらない、止まりにくい! 善は急ぐって名台詞に準じて動くわよ!」

「……まあ楽しみにしてくれるのはありがたいが、服とか髪以外に、テンションと口調を整えてから動こうぜ」


 そう言って振り向き――しばし呼吸が止まる。

 彼女が身に纏っているのは、露出の少なめのワンピースだ。ネイビーカラーを基調としたチェック柄のそれは、全体的にゆったりとしたデザインで体のラインを隠しているものの、腰に巻いたリボンが彼女の腰の細さを自己主張している。

 薄い胸元で揺れるのは盾を模した飾りのついた銀のネックレスだ。連翹が弾む足取りでこちらに駆け寄るリズムに合わせ、小さく揺れる。

 彼女はニールの前に行くと、くるりと一回転した後、にこりと微笑んだ。

 

「ふふっ、こういう街中じゃないと着れないし、貴方これが似合うって言ってたものね。せっかくだから着てきてあげたわ! 褒めてもいいのよ?」

「……ん? あ、ああ――ありがとう、悪いな」


 思わず彼女の一挙一動をじっくりと眺めていたニールは、ほぼ延髄反射で答えた。

 普段と違う衣装も、普段と変わらず綺麗な黒髪も、くるりと一回転した際に僅かに翻ったスカートの裾も、なぜだかニールの思考をかき乱すのだ。

 ああ、なんというか――非常に、おちつかない。


「あれ……ねえ、ここって『何言ってんだ、つーか何あざとい真似してんだ馬鹿女、頭沸いてんのか』って流れじゃないの? この流れ、あたしが凄い痛い女に見えるんだけど……」

「……よく分からねえが――お前が痛い女なのはいつも通りじゃねえの?」


 出来る限りいつも通りの返答をし、それに対し「貴方って本当に上げてから落とすの好きよねぇ!」と怒りつつもどこか楽しげな連翹を見る。

 それが、妙に心地よい。

 カルナや港町ナルキで親しい冒険者のヤルやヌイーオなどと馬鹿をやっているときとは違う、楽しいのだけれど妙にそわそわして落ち着かない感覚があった。

 

(……まあ、いいか。楽しいのは確かだしな)


 これが辛くて耐え難いのならば原因を調べ除去するのもやぶさかではないが、心が弾むような感覚は悪いものではない。

 それに――この感情のおおよその検討はついている。

 たぶん、これは女の友人と遊ぶ時に感じる高揚感なのだろう。カルナたちと遊ぶ時とは別種の楽しさがあるのも道理だ。性別が違うなら楽しみ方、感じ方も違うのは当然の理ではないか。

 

     ◇


 エルフの従業員にチップを払い、浮遊床を起動してもらう。

 独特な浮遊感と共に押し上げられる感覚にはあまり慣れないが、連翹は「これが魔法のエレベーターなワケね!」と楽しそうにしているので良しとしておく。


「手すりが付いてるからって、あんまはしゃぐんじゃねえぞ。落ちるぞ」

「さすがにそこまで馬鹿なことはしないわよ、動く床の手すりとかから身を乗り出しちゃ駄目なのは常識でしょ?」


 確かに彼女は楽しそうにうろちょろと落ち着き無く動いているものの、手すりの先に頭を出したりはしていない。

 恐らく、連翹の住んでいた世界ではこういった移動手段はありふれているのだろう。あちらには魔法が無いようだから、もっと別の手段で。

 一体どんな場所だったのだろうか――そう想像してみるが、上手くイメージが出来ない。少なくとも、オルシジームの塔のような背丈の高い建造物が珍しくはないらしいのだが。

 そんなことを考えていると、浮遊床がゆるゆると速度を落とし、静止する。

 たどり着いたのはオルシジーム商業塔の一つ、その書店階層だ。

 一階の食料品売場の喧騒とは打って変わり、物静かな場所であった。背丈の高い本棚が等間隔にずらりと並び、天井には本のジャンルを示した札が吊るされている。


(すげぇ量だな。女王都でもこんな広い本屋なんぞねぇんじゃねえか?)


 人間の首都である女王都がオルシジームに遅れを取っている、という話ではない。むしろ、人口などは女王都が圧倒的に上のはずだ。

 だが、人が多い分、一つの店舗が沢山の土地を使うことが出来ず、建造物は一部を除き若干小じんまりとしているのは否めない。

 けれど、オルシジームは人口が少なめなのもそうだが――商業塔という建造物があるのも大きい。階層ごとに別店舗を入れることにより、土地を有効活用しているのだ。

 

「じゃっ、あたしちょっと見てくるから、ニールもなんか探してて。会計前に合流しましょ!」


 ニールが本の量に圧倒される中、連翹は楽しそうな笑みと共に右手を挙げて告げると、本棚の海に飛び込んでいった。

 必然的に、一人ぽつんと残されるニール。

 

「……まあ、いいけどよ。好みも違うしな」


 だが、なぜだろう。すごく釈然としないというか、がっかりしたというか。

 小さくため息を吐きながら、こうしていても仕方ない、とニールも歩き出す。

 天井の札を確認しつつ移動し、辿り着いたのは冒険活劇が主に並べられた本棚だ。

 

(けっこう読み飽きてきたジャンルだが……自分で探すとなるとここになっちまうな)


 手近な本を試し読みしながら内心でぼやく。

 新しいジャンルに手を伸ばしたいという欲求はあるのだが、ハズレを引き当てそうで二の足を踏んでしまう。そんなことを昔カルナに言うと「戦っている姿からは考えられない物言いだね」と笑われた。

 そうは言われても、剣は剣であり、本選びは本選びだ。自分で明確な区切りを付けているワケではないが、どうしたって別物になる。

 剣で勝つためなら多少の無茶はするが、買い物は出来る限り慎重にしたい。特別節制しているワケではないが、金を払ったのだからがっかりしない程度には楽しみたいと思うのだ。

 

「連翹辺りが読み終えたら借りるのも手か……っと、これは中々良さげだな」


 面白いと感じた本を一冊手に取り、連翹を探すため本棚と本棚の間をさまよい歩く。

 その間に面白そうな本がないかと探してはいるものの、やはり普段買っているジャンル以外はどうも似たり寄ったりに見えてしまう。

 足を止めて読んでみれば分かるのだろうが、知らないジャンルから自分が面白いと思える本を選ぶというのはそれはそれで重労働だ。だからついつい読み慣れた冒険活劇に(楽な方へと)手を伸ばして(流れて)しまうのだ。


「そりゃ新しいモノが見つかるはずもねえ、か……っと」


 ぴたり、と足を止める。

 足を止めた理由は至極単純、女ばかりで気後れしたからである。その辺りで本を物色するのは女ばかりで、男は今のところ一人も居ない。

 天井を見上げ、ジャンルの札を確認すると『恋愛』の文字。ああ、と納得した。女が全員恋愛などが好きではないのだろうが、しかし男よりも好む者の比率が大きいのは事実だろう。

 迂回するか、と踵を返そうとし――再び足を止める。

 視線の先、女だらけのそのエリア。そこに連翹は居た。購入が確定したモノなのか小脇に何冊か本を抱えつつ、今も熱心に試し読みの真っ最中だ。

 

(……あんな女でも、一応は女のはしくれなんだな)


 恋愛? なにそれ外人? 歌? ――とか、そんなことを言い出しそうな女の癖に。

 そんなことを連翹が聞けば怒り狂うであろうことを考えながら、ゆっくりと恋愛エリアに足を踏み入れる。若干居心地が悪いが、まあ構いはすまい。

 何人かの女性エルフ、ドワーフの視線を感じつつもゆっくりとは連翹の背後に立つ。

 普通に声をかけないのは――何を読んでいるのか、少しばかり気になったからだ。あまり褒められた行動ではないのは分かっているが、それでもつい足音を殺してしまった。


「やっぱりこういうのは良いわねえ、癒される――」


 思わず声が漏れた――そんな独り言を漏らす連翹の背後から彼女が読む本を覗き見る。

 内容は没落した貴族の令嬢が、それでも変わらず明るく生きている間に色々な人に認められて行くという話のようだ。今連翹が読んでる範囲にはまだ居ないが、恐らく後で格好いい男と出会い結ばれるのであろう。

 脇に抱えているのもタイトルから察するに似たようなモノらしく、


「……でもまあ、これニールに見せて『買うからお金ちょーだい!』ってのはハードル高いわね。どうにかして誤魔化せないかしら……?」

「安心しろ、もう見てっからよ」

「ふぁ?」


 連翹が振り向き、視線と視線が交わる。よう、と右手を挙げた。

 硬直する連翹をそのままに、肩から覗き込むように本の内容を読んでいく。


「まあ、意外ではあるな。お前、話しぶり的に冒険活劇や戦記とかが好みかと――」

「ふっ、ふわぁあああああッ!?」

「ばっ……!? やめろよこの馬鹿女! 突然叫ぶんじゃねえよ! 周りの女の視線が犯罪者見るモノになってんだろうが!」


 そろりそろりと足音を殺してまで女の背後を取っていた男に向けられたこの悲鳴だ。もうこの瞬間から自警団や冒険者に騎士団、エルフの国的にはエルフの戦士とかに通報されてもおかしくはない。


「今回ばっかりは馬鹿呼ばわりされる謂れは無いんだけどぉ!? 人がせっかくこそこそ読んでたのに、なんで覗き込むワケ!? エロ本読んでたら背後にお母さんが立つ呪いとかかけるわよ!」

「やめろ、やめろぉ!? それはマジでダメージデケェから! ……いやまあ、悪かったな、ちっとばかし気になってよ」

「ちょーっと気になるだけで背後に忍び寄っちゃうの? 馬鹿なの? 足音を消して歩くのが癖になってるの?」

「どこの暗殺者だ、そいつ」


 しばし二人の会話を怪訝そうな顔で見ていた女たちも、何人かは安堵したように視線を逸し、何人かは仲の良さに舌打ちをしながら本の物色に戻っていく。

 

「ま、もういいけどね。そーよ、悪い? 少年漫画的恋愛も大好きだけど、どん底まで落ちたあたしを評価してくれるイケメンとか超大好きよ、悪い?」

「別になんも悪くねえよ。つーか悪いのは忍び寄った俺だろ……っと、本貸せよ。荷物持ちくらいはしてやる」

「してやる、って上から目線ね……苦しゅうないわ、持つが良い」


 どこの貴族だ、という言葉を飲み込んで本を受け取った。

 さすがに何冊も持っていると重いが、さすがにこれで音を上げる程ヤワな鍛え方はしていない。


「それで? ニールはなんか買ったの?」

「ああ、これだ。ソード・アート・グリモワールとかいう――」

「ふわぁ!?」

「――未来を舞台にした……おいどうした馬鹿女。さすがにもう俺だってアホなことしてねえぞ」

「ご、ごめん――ちょっとそれ読ませてもらってもいい?」

「構わねえけど……あんまここで読み込むんじゃねえぞ。今回はお前のためにここまで来たワケだし、読みてえのなら先に読ましてやっからよ」

「ありがと、じゃ、ちょっと失礼するわ」


 そう言って連翹はニールの抱える本からソード・(S)アート・(A)グリモワール(G)を抜き取り、パラパラとページを読み進めていく。

 

「……魔法の本の中で安全に冒険できるはずだったのに、本の中で死んだら死ぬように魔法が組み替えられ、物語を最後まで進めない限り出られなくなってしまった。閉じ込められた一万の読者が、脱出するために百階層のダンジョンを攻略する……主人公は孤高の黒き剣士、相方は兄の本を勝手に読んで巻き込まれた貴族の令嬢。やっぱりこれ――」

「テメェ! ネタバレすんじゃねえよぶっ殺すぞ――!」

「ふぁああああああああああ痛い痛い痛いごめんごめんごめん! 今のはあたしが悪かった――っていうかこの作品なんなの? シンクロニティとかそういう単語じゃ説明付かないレベルのパクリっぷりなんだけど!」


 空いた手で髪を引っ張ると、連翹は涙目で謝りながらそんなことを言った。

 

「……どういうこった?」

「痛たた……この大陸でも日向ひむかいでも交流は無かった時期でも剣と刀っていう相手を刃物で斬りつけてダメージを与える武器ってのは被ってるでしょ? そんな感じで、交流のない民族でもやろうとしてることが同じながら似たような道具が作られるのよ」


 剣にしろ、槍にしろ、弓にしろ。

 家屋にしろ、食器にしろ、衣服にしろ。

 住む場所こそ違えど、似たような体をした者が同じモノを求めれば似通ってくるのは自明の理だと連翹は言う。

 

「でも、これってそういうのじゃないと思うの。そりゃ娯楽なんてこの世に溢れまくってるワケだし、いくつかの要素が似ちゃうのは当然だと思うんだけど」

「……たまたま似てるだけ、ってのはありえねえのか?」

「ないわね。安全な遊びだと思ってたらデスゲームと化して、ダンジョンが百層あって、巻き込まれたのが一万人で、主人公とヒロインの設定がほぼ一緒で――話の流れも軽く読んでみた限りではほぼ一緒だし、箇条書きマジックの類でもないみたいだし」


 思い悩むような表情で連翹はページをめくり、ふと指を止めた。

 止まった場所は本の奥付部分だ。本来ならあとがきや参考資料が載っているのだが――


「……ねえ、なんかオルシジームの地図と住所載ってるんだけど。『気に入ったのなら私の家に来い』とか書いてあるんだけど」

「……何考えてんだ、そいつ」


 連翹の言うことを信じるのなら、筆者は転移者だ。

 自己顕示欲が強く、自分のファンを囲いたいのかもしれないが、他の転移者が存在し、その転移者がそのパクリ元のファンだという可能性を考えていないのだろうか?

 そんなことを考え首を傾げていると、連翹が本を閉じ、ニールが抱える本の山にすっと押し込んで来た。

 

「……ちょっと気になるし、行ってみる? 仮に超低い確率で現地人が書いたのがたまたま似ただけだったら、作品の感想を言って帰ればいいわけだし」

「ま、今回はお前のために動くって言ったからな、嫌はねえよ」


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