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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
二年後/冒険者の日々
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11/別れる道

 依頼書を確認し料理を注文してから、四人は無言だった。


「それで、お前らはどうするんだ?」


 少し前に届いた骨付き肉にかじりつきながら、ニールは問う。

 相手は対面の二人、ヤルとヌイーオだ。カルナは問うまでもない。

 普段は水や空気のようにビールを飲む彼らだが、今日の二人はいつになくペースが遅い。考えこむようにチビチビと喉に流し込んではジョッキを一旦置く、それの繰り返しだ。


「俺とカルナは明日、女王都に行こうと思う。期限はまだあるが、早めに準備をしておくに越したことはないからな」

「……俺は無理だな」

 

 ぽつり、と。

 ヌイーオが呟いた。

 ビールとはこんなにも苦かったのか、とでもいうように顔を顰めている。

 

「一度、連中が戦うところを見たことがあるんだが――俺じゃあ、あれを受け止めることは出来ないだろ、常識的に考えて」


 頑丈な鎧と己の肉体で攻撃を防ぐのがヌイーオの戦闘スタイルだ。

 だからこそ、彼には分かるのだろう。あれは自分が受け止められる類のモノじゃないと。

 

「そっかぁ……ねえ、ヤルは?」

「色々考えたけど無理だおねー」

 

 カルナの問いに、ヤルはテーブルに顎を載せながら答えた。


「そもそもヤルは攻撃に向いてないんだお。ダンジョン探索のサポートとか、護衛の時の警戒なんかは得意な方だけど」

「でもさ。町の奪還の時に潜入とかが必要になったりするかもしれないじゃないか」

「それはヤルも思ったお。でも、ヤルの感覚がどこまで連中に有効なのか疑問なんだおねー」


 通じるならいい。

 けど、通じない場合は、むしろ自分の信頼が足かせになる――とヤルはボヤいた。

 

「……そうか。二人とも、しばらくお別れだな」

 

 ニールが寂しそうに呟いた。

 なんだかんだで馬のあった二人だ。できれば、彼らも共に来て欲しかったとニールは心から思う。


 しかし、それと同時に強要はできないとも思っている。

 剣を持ったことのない素人が鍛えに鍛えた剣士を圧倒する――そんなふざけた妄想を具現化した存在が転移者なのだ。それと戦うであろう依頼を強要するなど、『死ね』と言っているようなものだ。

 転移者の名を聞いた瞬間に『行かない』と告げたのなら多少は説得しただろうが、考えに考えて出した結論が『行かない』だというのなら、ニールにはそれをとやかく言う資格などない。


 だけど、悔しい。悔しいのだ。

 ヤルもヌイーオも伝説の英雄と呼ばれる逸材ではないだろう。

 しかし、成功と失敗を積み重ね、体と心に傷を負いながら二人は冒険者として一人前となったのだ。自分の才覚を磨きに磨き、煌めかせてきたのだ。


 だというのに。


 自分を磨くこともしてこなかった連中が、気まぐれで与えられた力で磨いた輝きに泥を塗る。

 その現実が、その現実を覆せない自分が――ニールは酷く、悔しいのだ

 無意識に歯を噛みしめる。ギリィ、と軋む音で口から溢れ出ようとする感情の本流をせき止めた。

 

「うおっ!?」


 そのニールの頬に、キンキンに冷えたジョッキが押し当てられた。

 対面に座るヌイーオが、泣きそうな子供をあやすような優しい笑みを浮かべている。


「そんな顔するな。お前はそんな現実を覆したいから頑張ってるんだろ?」

「……ああ、そうだよな」


 ぶっきらぼうに答えると、ニールは視線を逸しながら自分のジョッキをヌイーオのジョッキにコツンとぶつけた。


(妙な気分だよな)


 子供のように慰められて恥ずかしい。

 けれど、それと同じくらい嬉しいのだ。それがまた子供の証明のようで恥ずかしく思える。

 赤らんだ顔を誤魔化すためにビールを一気に飲み込むと、そのまま骨付き肉を食いちぎった。固くて断じて良い肉ではないが、顎に力を込めると口内ににじみ出てくる肉汁が癖になる。何度か柔らかい肉は食べたことのあるニールだが、こういう固く分厚い肉にはそれとは別の美味さがあると思う。

 

「……ところで、みんな。このサシミとみんなの何か、交換してくれない?」

「なんだ、不味かったのかお? 妙な冒険するからだおー」


 カルナの提案を指さして笑うヤル。

 しかし、カルナは首を横に振った。


「まずくはないよ。うん。食べたことのないタイプの食事だから最初は面を喰らったけど、日向の人が好むのも分かるくらいにはおいしいよ」

「んじゃあ、なんでそんなに他人のメシ求めるんだよ。お前、ドリアとかだと俺が言うまで交換してくれねぇだろ」

 

 お前絶対道連れにする気だろ、とニールは皿を持ってカルナから距離を取る。

 

「いや、本当に美味しいんだよ。けど、問題が一つあるのさ」

 

 カルナはジョッキを掲げ、


「これって、あんまビールに合わない……!」

 

 至極真面目な表情で言った。

 

「醤油とわさびの相性はバッチリだし、米と一緒に食べるのもいいんだ。けど、サシミを肴にビール飲むと、なんか口の中が生臭くなるというか……! なんか揚げ物が欲しくなるっていうかね!」

「酒がおいしく飲めないのは辛いおね。よし、ヤルさまが唐揚げと交換してやるお!」

「ありがとうヤル!」

「けど、もし今のが道連れにする演技だったら、揚げ物盛り合わせ奢らすから覚悟しとけお」


 うんうん分かった分かった、と満面の笑みで交換に応じるカルナはヤルの皿にサシミを二切れ、そしてその上に軽くわさびを溶かした醤油をかけた。

 ヤルは「これホントにうまいのか?」という怪訝な顔のまま、サシミを口に入れる。


「……おっ! 確かに悪くないお。もっとこう……生臭いイメージだったけど、思ったよりサッパリしてておいしいお」

「ん、じゃあ俺も少しもらうだろ」

「そんじゃ俺も。ちょっと待ってろ、フォークで口つけてないとこ切り取るから」

 

 交換が終わり、ニールの手元には醤油とサシミが数切れ渡された。

 生のまま食べることに若干の抵抗を感じながるが、カルナがおいしいと言うなら好みの差はあれど悲惨な味ということはないだろう。

 醤油の中にわさびを少量入れ、かき混ぜる。

 その中に軽くサシミを浸し、口に運ぶ。


(……おっ)


 醤油に隠れるように密かな自己主張を行うわさびの辛さと、ひんやりとした生の魚の感触に心の中で感嘆の声を出した。

 食べる前はもっと生臭い料理だと思っていたが、そういった感じはしない。港街なだけあり新鮮だからなのだろうか。

 食めば食むほど魚のうまみが口の中に広がる。そして、その味と醤油の味がまた絶妙に合う。

 そして、獣の肉に比べ脂っこさを感じず、肉というよりも別種の何かを食べているようだ。


「おお、うめぇじゃんコレ、カルナよくやった!」

「ニールに同感だろ、常識的に考えて! いやぁこれはいいもんだ!」


 ニールとヌイーオは笑い合いながらビールを口内に注ぎ込み――その表情を微妙なモノにした。


「ああ……うん。確かに、これビールに合わんな」


 食べている時に感じなかった生臭さが増幅され、口の中に広がる感覚。サシミもビールもうまい。うまいのだ。だが、食い合せが悪い。

 そんな二人をカルナが指を指して笑う、ほら言った通りでしょ、と。

 

「日向の国で製造される酒の方が合うのかもね。あっちは魚を生のまま食べるのはけっこう普通らしいし」

「よしカルナ、ヌイーオにヤル。いつか日向に行って本場の日向料理と一緒に酒飲もうぜ。サムライと試合できたら言うこと無しだな」

「俺はわざわざサムライと戦いたくないだろ、常識的に考えて……。時々大陸に渡ってくる連中の強さ、知らないわけじゃないだろ?」

「そんな強い剣士だからこそ手合わせしたいんだろ?」

「ああ、そうだった! 常識的に考えてお前そういう奴だったよ!」

「カルナー、ヤルはもう一皿フライ頼むつもりだけど、そっちももう一皿サシミ頼まないかおー? 半分こするおー」

「いいね、一緒にビールもおかわりしようか」


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