125/残された人々と団長
カルナがノーラを連れて出ていってしばらく。
連翹はふう、と大きく息を吐いた。
それは慣れないことをした気疲れと、それが終わった安堵。そして胸の中でくすぶる不安によるモノだ。
「大丈夫なのかしらね、あの二人」
「さて、ぼくも色恋は専門外だからね。せっかく仲良くなったのだから、上手く行くことを創造神ディミルゴに祈ってはいるけれど」
ミリアムの言葉に頷き、グレープフルーツジュースを啜る。口の中に広がる心地よい甘みと僅かな苦味、このアクセントが良い。やっぱり美味しいモノを食べたり飲んだりすると心が落ち着く。
ノーラとカルナ――互いに好印象を抱いていているから問題ない、心配する必要などないとは思っている。だが、それでも不安なモノは不安なのだ。
(きっとあれね。必殺率数パーセントの敵キャラの攻撃が怖いのとか、命中率八十パーセント以上の味方の攻撃が回避されそうで不安だとか、そんな感じよね)
数パーセントとはいえ、失敗の可能性があるとやはり不安に思ってしまう。やはり確殺以外悪い文明、破壊せねば。
自軍の攻撃が回避されたあげく、一パーセントの確率でしか発動しない必殺で死亡、そしてリセット。手強いシミュレーションはいつだって修羅の道だ。
嗚呼、後一発耐えられると思ったところでの必殺のなんと恐ろしいことか……!
「おう、そっちも大変だったみてえだな」
おかしいわね、なんか凄い勢いで思考が明後日の方角に迷走してる気がするんだけど――と思った矢先。ニールが先程までノーラが座っていた席に腰掛けた。
「お疲れだね、ニール。席を変えるのかい?」
「ああ。一人でテーブル占拠すんのも肩身が狭えし、それに一人で飲む気分でもねえしな、混ぜてくれ。もちろん、女同士でしか出来ねえ会話がしたいってんなら戻るけどな」
「仮にそういう会話してたとして、『そういう会話してるから戻って!』なんて言えないと思うんだけど。……ま、実際そういう話してたわけじゃないし、別にいいわよ。というか、相談受けた者同士愚痴りましょ」
なんで未だ恋人が居ない自分が他人の恋愛相談なんてしてるんだ自分は、とかそんな風に。
友人が困ってるなら助けたいのは確かだし、幸せになって欲しいとは思ってるけれど、それとこれとは話が別なのだ。
一応、連翹にだって恋愛願望くらいはある。転移前はそういった事柄と無縁だったため、知識は漫画やゲーム、ラノベ程度ではあるのだが。
「ああ、俺も愚痴りてぇんだよ。カルナも俺にその手の相談するとか、頭茹だってるにも程があるぜ。普段は俺らを反面教師にしたとか言ってやがる癖によ」
「『ら』? ニールのほかに反面教師要因が居るのかい?」
ミリアムの問いに「ああ」とニールは頷いた。
「有り余るスカウト技能を使って女体を弛緩するメタボと、『今日はいい天気だろ、俺の肉体美を眺めつつお茶でもしないか?』って筋肉見せびらかしながら口説き始めるマッチョだな。そいつらに俺を加えた三人組だ」
「すごい。ニールがマシな人間に聞こえるんだけど」
「おい、どういう言い草だ馬鹿女」
「だってニールが女の子相手に上手く立ち回ってるビジョンが全く見えないんだもの。さっきの人たちほど酷くはなくても、女の人はみーんなカルナの方に行くでしょ?」
「そりゃまあな、あいつの方が顔が整ってやがるし、女はそっちに流れ――」
「ニール、それは違うよ。無論、君が言うような要因もあるだろうけどね。でも、なんだかんだ言って、女は優しくされたいし、認めて貰いたいのさ」
ぼくは君たちと出会って間もないけど、ニールがそういうのが得意じゃないことくらい分かるよ――そんなことを言ってミリアムはころころと笑った。
それに対しニールは、ぐっ、と短く呻いた。
きっと、自覚はあるのだろう。自分がそういったことが苦手で、カルナの方がそういったことを得意としていることを。
「……つっても俺、そこまで女に興味はねえからな。褒めろとか言われても困るぞ」
「なに? やっぱニールってホモ――待って、ごめん! 悪かったから! ごめんなさい髪の毛固結びにされたくないんです! 他の人も謝るべき固結びにされたくなかったら謝るべき!」
椅子から立ち上がり距離を詰め始めるニールに向かって全力で謝罪する。
髪の毛を引っ張られると痛いし、解きにくいように全力で結ぶんだものこの男。女の髪の毛をなんだと思っているのだろうか。
「謝るくらいなら最初から言うんじゃねえよ馬鹿女。つーか、前衛の戦士にとってその噂はマジでシャレにならねえから勘弁してくれ」
「うん? 同性愛者扱いが嫌だというのは分かるけれど、前衛の戦士としてというのはどういうことなんだい?」
「……矢面に立って武器を振る前衛はな、一緒に戦った前衛同士でデキちまうことがあるんだよ」
共に危機を乗り越えたとか、互いを助け合っている間にな――と苦虫を噛み潰したような顔で言う。
脳裏に浮かぶのは、半裸で筋肉マシマシのスパルタ兵。それが、頬を赤らめて抱き合っている姿だ。うわあ、という声が口から漏れる。絵面が汚すぎてそっち系の男しか得をしない。
「そして、だ。下手にそういう噂が流れるとだな……その手の奴が寄って来んだよ」
「なにそのホモの万有引力、怖いんだけど」
「奇遇だな、俺も怖い」
「……そういえば、エルフの戦士同士で妙に仲が良い者が居ると聞いたが。つまりは、そういうことなのかな……?」
知りたくない事柄――というかエルフのホモ事情なんて一番知りたくなかった――に思わず顔を覆う。
とりあえず、ホモ云々は言わないであげようと心に誓う。ニールを気遣う意味も大きいが、それと同じくらい目の前にリアル系ホモが現れて欲しくないからだ。
マッチョそのものに偏見はないつもりではあるが、しかし、その、そんな人達の同姓恋愛を見せられるのは、正直、すごく、困る。
「けれど、そこまで女性に興味がない、という言い方は誤解を招くと思うよ」
「つっても、今は剣が一番だから。どうしても女はそれ以下になっちまう」
「そこら辺を取り繕え無いから女の子の好意がみーんなカルナに向いちゃうんじゃないの? 剣と一緒で女にモテるのも鍛錬が必要よ」
ま、それはカルナも似たようなモノなんだろうけどな、とぼそりと呟く。
実際、連翹も同意見であった。剣と魔法が入れ替わっているだけで、ニールとカルナの優先順位はけっこう近い。
カルナがノーラに告白するのも、性格や容姿が好みであることもそうだが、彼が一番優先するモノを遮らないからというのが大きいはずだ。
仮にノーラが『仕事とわたし、どっちが大事なの?』などと言うタイプなら、カルナは好感を抱きつつも告白などしなかっただろう。いや、そもそも好感を抱いていなかった可能性がある。
理想が一番で、女は二番。
二番目扱いされるのは釈然としないけれど、しかしそういう在り方の男を好いてしまった以上は致し方がない。
(それでも貴方の一番に――みたいに考えちゃうけどね)
男向けの物語も好きではあるのだが、恋愛関連はやはり女向けの方が好みだという自覚があった。
自分を好いてくれる沢山の異性よりも、沢山居る同性の中から自分を選んでくれる誰か。それこそ、男性向けの物語のようにハーレムを作れるスペックを持ってる人が、君が一番だと囁いてくれる状況に憧れはある。
無論、こんなの誰にも言えやしない。夢見る少女とかスイーツとかそういうのを通り越して痛々しすぎる。
「……あー……それ聞いて、面倒だから剣一筋でいいか、とか考えちまうのがいけねえんだろうなぁ」
「一応フォローはしておくけれど、女の好みだって千差万別さ。取り繕わない方が良い、という者もいるよ。……ただ、それでも多少は喜ばせる努力はした方がいいと思うけどね」
それは確かにそうかも、と小さく頷く。
言葉や演技が上手すぎる相手だと、どれが相手の本心なのか分からなくて不安になりそうだ。
自分の好みはきっと、よくも悪くも感情を直球で投げてくるタイプなんだろうな、と思う。
(もっとも、好みとか云々考える前に相手を作れー、って話だけどね)
こういう人が好き、こういう人じゃないとヤダ、みたいなことを考えていても理想が上がるだけだ。
そんなことをしている暇があれば出会いを求めて色々すべきだろうと思う。
(……けど、そんなことより今が楽しいのよねぇ)
友人たちと過ごす日々が大好きで、男漁りみたいな真似をしている暇がないし、する気にもなれないのだ。
こういうのが積み重なって未婚のおばさんが量産されるのかしらね、と連翹がため息を吐くのと同時。オルシジームギルドの入り口が開いた。
現れたのは禿頭の大男だ。
厳しい顔立ちながらも柔和な笑みを浮かべた彼、騎士団長ゲイリー・O・サザンは、ゆっくりと店内を移動する。
(……うん?)
ハゲ団長だハゲ団長だ、と思いながら彼を視線で追っていると、ふと違和感に気付いた。
騒いでいた若いエルフ、その幾人かが声を噤んだのだ。
(なんか、怖がってる?)
学校の休み時間に怖い先生が教室に入って来たとか、そんな感じの沈黙。
別に何をされるワケではないけれど、怒らせた時の記憶から恐怖を抱き、思わず黙ってしまったみたいだ。
けど、なんでだろうな、と内心で首を傾げる。
まあ正直、ゲイリーは強面だ。けれど表情も喋り方も立ち居振る舞いも、他人に恐怖を与えるようなモノではなかったはずだ。
「……失礼ではあるけど、気持ちは分かるな。良い人なのは分かるけれど、昨日の戦いはぼくも、うん、少し怖かったから」
「そういや、転移者連中が来たのはエルフが試験やってた時だったな。そん時か?」
「うん、まあね。……転移者という無法の強者も、それを蹂躙した秩序の団長さんも、別のベクトルで怖い、かな」
守ってもらった癖にね、とミリアムは自嘲するように笑った。
その話を聞いて、ニールとアースリュームで話したことを思い出す。絶対の力があっても他人に認められるかどうかはまた別問題である、ということを。
ゲイリー自身、人柄もあって認められては居るのだろう。少なくとも、周囲のエルフに怖がっている者は居ても、疎んでいる者は見受けられない。
よっぽど修羅めいた戦い方をしたのだろうか、と首を傾げるが連翹には想像がつかなかった。
なにせ、彼女にとってゲイリーは最初に面接した騎士であり、女王都で名前当てゲームで遊んだ仲であり、道中で連翹を助けてくれた人であるからだ。強いんだろうなとは思うけれど怖がることが出来ない。
「……よしっ」
「あ? どうした連翹」
椅子から立ち上がり、カウンターに座るゲイリーの背後にそっと忍び寄る。
「今のうちに解消しておこうと思ったけれど、中々難しいね……」
微かに寂しそうな呟きを漏らす彼の肩を、とんとん、と叩く。
「む――ああ、連翹くんか。君もここに――――」
「ハイスラァ!」
パチーン! とゲイリーの禿頭を平手で叩いた。思いっきり、そして勢い良く。
高らかに鳴り響いた音とは裏腹に、店内の他の音が死んだ。火にかけられたままの厨房のフライパンだけが、じゅうじゅうという音を自己主張している。
それを満足そうに眺めた後、連翹は手の平の跡が赤く残る彼の頭部を指差した。
「――もみじ饅頭」
――――音に続いて空気も死滅した。
何やってんだあいつ、とか。
新手の自殺かな? とか。
そもそももみじ饅頭ってなんだ? とか。
そんな皆の内心を知らず、連翹はうーん、と怪訝そうな声音で呻いた。
「……おかしいわね。これで大爆笑が起こって、その流れでハゲ団長と若いエルフたちとの溝も埋まり、さすが連翹さん! さすレン! 黄金鉄塊は格が違った! って流れになるはずだったんだけど」
視線の端っこでニールが「いや、マジで悪い……あの馬鹿女ちょっと連れ戻すから勘弁してくれねぇかな……!?」と頭を下げ、ミリアムは「いや、構わな――くはないかな、というかどうしようコレ……」と頭を抱えている。
(――あれ、もしかして超外した流れ?)
良い人なのに怖がられているのは不憫なので、小粋なギャグで空気を緩和し仲良くなれる空気を作ろうと思ったのだが。
どうしよう、やっちゃった? とゲイリーに視線を向ける。
「……」
彼は、逞しい両腕をゆっくりと上に上げている最中であった。
(や、やらかしてる流れだこれぇー!? 超殴り返される流れだこれぇー!?)
「ふんっ……!」
瞬間、ゲイリーの掌が振り下ろされた。
狙いは連翹――ではなく、彼自身の頭部だ。
え? と首を傾げる間もなく、パチンパチンパチンパチーン、と乾いた音が鳴り響く。
皆が怪訝そうに見つめる中、彼は赤く染まった頭部を見せつけるように向け、指先をくねくねと触手めいた動きでくねらせ、一言。
「――――蛸」
―――皆、等しく無言であった。
「……ボクも失敗だ。笑いを取るのは中々難しいね」
「おっかしいわねぇ……ハゲネタってどこの世界でも鉄板ギャグだと思ったんだけど。森に暮らすエルフに海産物ネタは受けないのかしら? 今度騎士たちで飲む時にやってみたら? 大爆笑間違いなしよ!」
「おいやめろこの馬鹿女ぁ! アレックスとか困らせるんじゃねえよ!」
ニールに怒鳴られた。解せぬ。
「……というかだね、レン。仲良さそうなのは見ていて分かったが――大丈夫なのかい?」
「そりゃ真面目な話をしてる時にこんなことやったら怒るでしょうけど、酒場でこんなことして怒るハゲじゃないわよ団長。良いハゲなのよ」
「はは。確かに、重要な話をしている時にやられたら立場上怒るしかないが、ボク個人としてはこうやって弄られる方が好きだね。アレックスも最近随分と真面目になって、こういう場で茶化しに来ないんだよ」
ずっとあのままでも困ったけど少し寂しくてね、とゲイリーは微笑む。
それを見て連翹はノエルを連想した。彼は教えたがりの先生で、こちらは喋り好きの親戚のおじさんみたいな感じだが、若者と関わりたいという願いは同一だろう。
「けど、偉くて強い人ってのは中々話しかけ難いのは事実よ。ちょっとこう親しみが持てる感じの失敗とか恥ずかしいエピソードでも語ってみたら? 完璧過ぎたら自分なんかが話しかけて良いのか、みたいに考えちゃうしね」
高嶺の花には手を伸ばしづらいけれど、路上で咲いている綺麗な花にならば手を伸ばせる。
自分じゃ釣り合わない、自分なんかが声をかけても迷惑にしかならない――そんな恐れを抱かれるのなら、自分から泥を被るのも一つの手段だと思うのだ。
「ふむ――じゃあ、そうだな。ボクが十代の頃の話だ。剣と魔法の才能があったせいかな――ボクが生きる舞台はもっと大きなモノだ、なんて根拠もなく思い込んでいた時期があったんだ」
ゲイリーは語る。
当時の自分が、いかに思い上がっていたのか。
いや、もしかしたら思い上がりでは無かったのかもしれない。
「この剣と魔法で戦うべき相手がどこかに居るはず……そんな理屈じゃない衝動があって、大陸中を駆け回ったんだ」
住んでいた街の自警団を全員倒し、近場に生息するモンスターを殲滅し、ゲイリーは飛び出した。
自分には倒すべき宿敵がどこかに存在する、それと戦わねばならない、と。
それを聞いた連翹が、ぷふっ、と小さく笑みを漏らした。
「超厨二病ってるわねぇ……自分は特別で、他人には出来ない特別な役目があるって信じ込んでたワケ」
「厨二病とやらの意味は分からないけど、まあそういうことさ。けど、実際の世の中にそんなモノがあるはずもなく、そのくせ才能だけはあるものだから実力だけは上がり続けたんだ」
強い戦士が居ると聞けばそこに行き、強いモンスターが存在すると聞けば危機として巣に飛び込んだ。
そして、その結果が楽勝でも辛勝でも互角の勝負でも、ゲイリーは落胆のため息を吐いた。
こんな雑魚が宿敵のはずがない、
今の自分が勝てる相手が宿敵のはずがない、
だって――自分の宿敵は、もっともっと絶望的な程に強力で、凶悪で、強大な存在なのだから。
「そんな中で、とある神官に出会って説教をされたんだ。『それがお前の好んだ生き方なら構わない。だが辛そうに、つまらなそうに生きるんじゃない。それは世界を育んだ創造神に、そしてお前を育んだ人々に失礼だ』――とね」
貴族の息子であり、神から奇跡を賜った神官でもある彼。
彼は、当時の荒んだゲイリーに怯むこと無く、真っ直ぐに言葉を伝えたのだ。
「すぐに納得できたわけじゃなく、何度も喧嘩しての結果だけれど――最終的にボクは自分の間抜けさを認め、故郷に戻って親孝行をした後に騎士団に入団したのさ」
彼が居なければ今のボクは存在しないだろう、とゲイリーは微笑む。
彼は優しくなくて、傲慢で、一緒に居るとよく厄介事を投げてくる男ではあり――けれど大切な友人なのだ。
間の抜けた話だろう? とゲイリーがおどけたように言った。
確かに厨二病まっさかりの赤っ恥な話ではあるけれど……この話の後でフレンドリーに話しかけてくれるかどうかは、また別問題な気がする――
「戦ってる時は超然としていたけど、そんな時期もあったんだなぁ」
「気持ちも分からなくはないからな。鉄剣をもっと上手く扱えるようになれば、強い剣士と一騎打ちをして打ち勝って有名に――みたいなことは考えるし」
――だが、連翹が思った以上に、若いエルフには共感を得られたようだった。
鬱屈とした想いと根拠のない使命感は、彼らも持っているモノだからかもしれない。
長命ゆえに凝り固まった頭の大人たちに抑えつけられ、けれど自分はもっと活躍できるはずだという想いを持つ若いエルフたち。彼らにとって、大人たちをなぎ倒して夢を追う姿は自分たちの先達に見えたのだろう。
「……最初、騎士団長の脳天叩いた時はどうなるかと思ったぞ」
エルフの男子たちに囲まれるゲイリーを眺めていると、傍から見ていたらしいニールがため息か安堵の息かは知らないが吐息を吐きつつこちらに歩み寄ってきた。
「なによ、暗い空気を散らすのはギャグで、その上ハゲ団長はハゲなのよ? ハゲ頭を利用しない理由なんて欠片もないでしょ」
「そんな常識のように話されても、ぼくらにそんな常識はないよ……まあ、丸く収まって何よりだ」
ニールもミリアムも疲れた表情だが、しかし小さく笑みを浮かべていた。
視線の先には、楽しそうに会話するゲイリーとエルフの男たち。ニールもミリアムも、ゲイリーが悪い人間ではないことを理解していたし、だからこそ寂しそうにしている姿は気になっていたのだろう。
「鎧も兜も、団長になった時に彼が渡してくれた物なんだ。特にボクの顔は険しいからね、あいつは『笑えない時はこれを被って誤魔化せ』と言ってボクに兜を投げ渡したんだ」
「すげぇ大事なモノなんだな。でも、そんなの戦闘に使っていいのか?」
「鎧も兜も使ってこその物だよ、民を守るために破損しても惜しくはあるが悔いはないさ。――――もっとも、この兜の隙間を粘土で埋めて雑炊作られた時は怒ったけどね」
「なんだそれ、もみじ饅頭女以上の自殺志願者じゃねえか」
「……え? 待って! ねえちょっと待って! そのもみじ饅頭女ってあたしのこと!?」
「お前以外の誰が居るんだよこの馬鹿女! くっそつまらねえギャグで空気を凍らせやがったのぜってぇ忘れねえぞ!」
こうして、オルシジームの夜は騒がしく更けていった。




