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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
襲撃後に抱く想い
126/288

123/色恋と相談と


 芳醇なワインの香りが鼻孔をくすぐった。

 心地よいそれを楽しみながら、グラスの中に注がれた赤いワインをゆっくりと飲み干していく。

 カルナの好みよりは甘めで、かつフルーツ感も強めだが――悪くない。ワインの本場だからだろうか、多少好みとは外れたモノだが、十分過ぎる程に美味だ。

 

「さて」

 

 オルシジームギルドという名の、エルフの若者向けの酒場。そこに、カルナは居た。

 グラスをテーブルに置き、目の前の友人、ニールに視線を向ける。

 ゆっくりと酒を飲んで、少しばかり気分が落ち着いた。これで慌てず相談が出来る――

 

「ね、ねえニールどうしよう……場の勢いでサラッと告白めいたこと言っちゃったけど、これってどうすればいいのかな……!?」


 ――と思っていたのだけれど、あれ? 自分が思ってる以上に慌ててるんじゃないかな僕は。

 震える手と声が、想像以上に自分が狼狽していることを伝えてくる。


「俺に色恋について聞くとか、ワリと追い詰められてんなお前」

 

 テーブルの上に肘をつき手の平で顎の辺りを支えたニールは、面倒くさそうな声で応えた。

 確かに、少しばかり自覚はある。

 カルナが多少なりとも上面を取り繕えるようになったのは、女将の教育もそうだが男友人三人ばかどもの立ち居振る舞いを反面教師にしたからという面も大きいからだ。 


「そのまま行っちまえばいいんじゃねえの? 強く当たって後は流れだ。……つーかよ、勢いのまま行くにしろ、言わなかったこと聞かなかったことにして先延ばしにするにしろ、早くしてくれねえか」


 ちらり、とニールが横に視線を向ける。 

 少し離れた位置のテーブル。そこに、ノーラと連翹が居た。

 夕方ぐらいからカルナとノーラが気まずくて僅かに距離を置いているのだけれど、別の店に行くほどでもない――非常に中途半端な距離間だ。

 そんな二人を見て、同姓と一緒の方が落ち着くだろうとニールたちも分かれたワケである。ニールの「何やってんだお前ら」という視線が痛いが、気まずいモノは気まずいのだから仕方ない。

 

「女向けの物語じゃねえんだからとっととハッキリさせて来いって。明らかに好意ある癖にグダグダしてんのって傍から見りゃすげぇめんどくせえぞ」

「君にそれを言われるとは思わなかったな僕は……!」

「あぁ? そりゃ確かにこの手の話はド素人だけどな」


 違うよ、その脳天にブーメラン突き立ててやろうか――という言葉をぐっと堪える。

 自覚が無い以上ダメージにはなり得ないし、何より今はニールよりも自分のことが重要だ。

 

(まあ確かに――好みではあるんだよね)


 無論、顔やスタイルの話ではない。そちらも十分好みではあるのだが、それだけの女ならただの目の保養だ。

 カルナが好む部分。

 それは柔らかく、そして優しそうな見た目とは裏腹に強い我であり、己の脚で前に進もうとする意思だ。

 流されるだけの手弱女たおやめではなく、己の無知無能を理解しつつ問題を解決しようと努力する姿――それが、非常に好ましいと思う。

 

(ああ、結局のところ、僕は昔からさして変わってないんだろうな)


 人当たりがよくなった、優しくなった、コミュニケーション能力が高くなった、そんな風に言われるけれど。

 結局のところ、故郷の自室で魔法の研究をしていた頃から根っこは変わっていない、と。

 昔からカルナは自分勝手なのだ。

 他人と仲良くするようになったのも、仲間と一緒に居るのも、つまるところ『自分が心地よい』から。他人と険悪な雰囲気になるよりは上っ面でも仲良くしている方が過ごしやすいし、友人と過ごす日々は文句なしに楽しいからだ。

 そしてその枠組の中に、愛されたいだけの足手まといや、守られたいだけの足手まといは存在しない。そんなモノは余分であり、邪魔だ。その程度の人間に、未来の大魔法使いカルナ・カンパニュラの時間を使ってやる義理はない。

 だが、ノーラになら。

 己の意思を示しながら前に進もうとする彼女になら、カルナにない当たり前で揺らぐ心を支えようとしてくれる彼女になら――己の時間を使ってやってもいい。


「――自分ながら、なんて傲慢だ」


 己の思考に思わず苦笑してしまう。一体何様だお前は、と。

 無論、この思考をそのままノーラにぶつける気はない。カルナの内面は確かに傲慢で勝手な部分は多いが、しかし好んだ相手を不快にさせることを良しとする程に勝手な人間でもない。


「はっ、何を今更なこと言ってやがんだ。最初に会った時からそんな感じだろ、お前」


 ニールは鼻で笑い、手元のジョッキを傾け喉を潤す。

 半分ほど中身が無くなったそれをテーブルに置き、再び口を開いた。

 

「内面でアホなことやゲスいことを考えてようが問題ねえよ、どうせ他人にゃ分からねえんだしな。問題なのは、それを自覚した上での他人とどう接するかだろ」


 内心が善人であろうと悪事を行えば悪党であり、

 内心が悪人であろうと善事を行えば善人である。

 人間は中身が大切だというが、その中身が他人には見えない以上、立ち居振る舞いが重要となる。それこそが他人から見たその人物の中身なのだから。

 

「自分以外どうでも良くて、他人なんぞ路傍の石――みたいなノリならさすがに途中でボロは出そうだがな。けど、お前は別にそんなんじゃねえし、問題ないだろ」


 なんでそんなことが分からねえんだ? とニールは心底意味が分からないと言いたげな顔をしながらジョッキに注がれたビールを飲み干した。

 その言葉に小さく笑みを浮かべる。

 ああ、自分のことは自分が一番よく理解しているつもりだけれど――やっぱり、近すぎて見えない部分もあるのだな、と。


「――しっかし、驚いたな。案外、真面目に相談に乗ってくれてるよね」

「まあ正直、今に至る状況はギャグみてぇなもんだが――そっちが真面目に悩んでるなら適当なことは言わねえよ。もっとも、大したアドバイスなんざ出来ねえけどな」

「いや、助かったよ。おかげで覚悟は決まった」

「ならいい。失敗したらやけ酒くらい付き合ってやるから、遠慮なく行って来い」

「そこは、『お前なら大丈夫』くらい言ってほしかったなぁ……」

「この手のことに無知な俺がそんなこと言っても気休めにもならねえだろ。色恋云々以前に女に惚れた経験もねえからな」

「……ああ、うん。そうだね」


 先程の『なんでそんなことが分からねえんだ?』というセリフが急旋回し、ニールの脳天に突き刺さる姿を幻視した。

 近すぎて見えない部分もある――それはカルナだけではなく、ニールもまたそうなのだろう。結局のところ人の視界は狭く、見えないモノが多すぎるのだから。


     ◇


 カルナがニールと顔を突き合わせているのと同じ時間。

 ノーラもまた連翹と同じテーブルに着き、先程カルナに告げられた言葉とそれまでの経緯を話していた――色々と恥ずかしい話をぼかして。


「――そういうワケなんですけれど、レンちゃんはどうしたらいいと思いますか?」

「言っとくけど、中学せ――ええっと、十三歳頃から男と全然交流してなかったからなんも分からないわよ……? ラノベとか、乙女ゲーとか美少女ゲーなら百戦錬磨なんだけど」


 さすがにあれを現実の色恋に応用できるなんて思えないし、と呟きながらグレープフルーツジュースをちびちびと飲む。

 

「それならミリアムとかに聞いたらどうなのよミリアムに。エルフとはいえ、若い男と一緒に居る時間は長いでしょ? だったら――」

「残念ながら、そういう関係になったことは一度もないね――お疲れ様、ノーラ」


 先程まで店員たちにいくつかの指示を出していたミリアムが、ゆったりとした足取りでノーラたちの座るテーブルに歩み寄った。


「あ、ミリアムさん……っと、そうだ。報告が遅れましたけど――」

「ああ、大丈夫、話は倉庫と霊樹の材木が教えてくれたよ。上手く祈りを繋げて力を授かっていたって――後、慌てて出ていった理由も」


 明日、腕のサイズを図ってもらおう――と何でも無かったように言うミリアムだが、ノーラが出ていった理由も把握済みらしい。

 ああ、やっぱり我慢してたのは知られてたんですね、と頬を赤らませながら視線を逸らす。

 霊樹は切り倒されても意思を保ち続ける木であり、それで建てられた倉庫と霊樹の木材の前に体を晒していたのだ、生理現象を見抜かれても致し方あるまい。


「けど、なんで宿の方に行ったんだい? ぼくの店の方が近いし、一緒に報告も出来ただろうに」

「大通りが通行止めになってたじゃないですか、脇道に行っても道に迷うかなと思って」


 初めて来た国ですから、と言うと納得したようにミリアムは頷いた。


「ああ、そうか。そもそも脇道に入ろうとしなかったから、看板があるのに凄い遠回りして――あ」

「あれ――看板?」


 しまった、とミリアムが口元を抑えた。


「……それはそれとして、ぼくは厨房の方に行こうかな――」

「待って、待ってください」


 ジャケットの裾を掴み、そそくさと去ろうとするミリアムの足を止める。


「……案内の看板なんて、あったんですか……?」

「……いや、ぼくも大通りが通行止めになったのを知ってたから、脇道の方に道案内の看板を立てさせて貰ってね」


 全身から力が抜け、がぁん! と額からテーブルに突っ伏した。

 隣のテーブルのエルフがびくぅっ、と体を震わせているが、それを気にする余裕は皆無だ。

 

「うううううっ、あそこで曲がっておけば、あんな苦労もせずに、恥ずかしい目に遭わずに――あああああぁぁあぁあぁあ……」

「ご、ごめんよ。黙ってれば気づかなかったのに、その事実に気付くのがちょっと遅くて……」

「おっ、落ち着いてノーラ! なんだか知らないけど落ち着いて! それがあったからカルナと会話することになったんでしょ? あたしとしては結果オーライって顔になるというか……まあともかく、話を元に戻しましょう」


 問題の解決のためにも、気分転換のためにも。

 そうやって慰める言葉に頷きつつ、ゆっくりと顔を上げる。

 それを確認した連翹は、グレープフルーツジュースを啜って喉を湿らせた後、口を開いた。

 

「実際のところ、ノーラがカルナのことを『友人としては良いけど、恋人としてはちょっと……』みたいなことでも無い限り、そのまま付き合う流れでも良いと思うわよ」


 軽い口調で、悩む必要なんてないとでも言うように。

 欲しい服があるけどどうしよう、と悩んでいる友人の背中を押す程度の気楽さで、連翹は言った。


「そ、そんな簡単に――もっと、えっと色々と互いについて考えたりとか……」

「え、だって、この段階でそんなこと考える必要なくない? そりゃあ結婚する、とかだと考える必要はあると思うけど」


 結局のところ、前よりもっと仲良くなりましょう、ってだけでしょ? と連翹は言う。

 

「そ、そういうモノじゃないでしょうレンちゃん。恋人っもっとこう――ええっと……?」


 言いかけて、恋人らしい行動とはどういうものか、と首を傾げる。

 なんとなく特別なイメージはあったけれど


「案外大したことやらないでしょ、あたしだって経験ないしたぶんだけど。でも、ノーラだって仮にこのままカルナと恋人関係になったとして、その瞬間からキスしたりとかベッドの上で二人のエクスタシータイムに突入するワケでもないでしょ? そりゃ、恋人としてもっと仲良くなればそういう未来もあるかもだけど」


 なに、すぐにそんなことしたいの? ノーラったらイヤらしい子……っ! という言葉に全力で首を横に振る。


「いえっ、その、それは確かに、もっと後で、仲良くなってから、すべきことじゃないかな、って思ったりしますけど」

「ならそんな考え込む必要はないんじゃない? カルナだって内心の欲求がどうかは知らないけど、告白したオッケー貰った瞬間にベッド連れ込む下半身脳じゃないわよ」


 色々言ったけど、結局はノーラがカルナを好きなのかそうじゃないのかよ、と。

 それで言いたいことを言い終えたのか、連翹はジュースのお代わりを店員に頼んだ後、手元の僅かに冷めかけた料理を口に運ぶ。

 その様子を見て、ミリアムが僅かに頬を赤らめながら口を開いた。どうやら、この手の話題に慣れていないのはノーラと一緒らしい。


「……レンは詳しいね。そういう男女の営みについて慣れてるのかい?」

「慣れてるワケないでしょ、年齢イコール彼氏居ない歴の鋼鉄の処女アイアンメイデンよあたし。さっき喋ったのだって、持ってる知識とノーラとカルナを照らし合わせたらそんな感じかなぁ? 程度の考えだし。でもカルナは友達想いだし、それはきっと恋人に対してもそうだと思うのよね。嫌がることは結果的にしちゃうかもしれないけど、自覚してやることはないと思うのよね」

「いや、でもレンちゃん、ベッドの上で、とか」


 無論、ノーラだって単語の意味も行動の意味も知っているし、教会の同年代の子と一緒に女性向けのその手の本を読んだことはある。

 だが、その単語を知っていることと、当たり前の単語として口から出て来ることは、近いようで大きな溝があると思うのだ。少なくとも、ノーラは連翹のように平気な顔で言えない。


「え? いや、男が居るならまだしも、女同士だし。それにあの程度、人気ヴィジュアル系バンドの歌詞レベル――ああえっと、あたしの居た世界の人気演奏家が歌うダークな感じの歌とかでよく使われる題材だもの」


 えっとねぇ――と、連翹の世界における英雄『オルレアンの聖女』の名前を使った演奏家たちが歌う歌詞の一部を呟きはじめ――慌ててミリアムと一緒に連翹の口を塞ぐ。ふぐぅ、と手の平にくぐもった連翹の吐息がかかる。


「……ぷふわぁ! ちょっと何よ二人ともいきなり」

「レンちゃん、ちょっとさすがに女の子がこんな場所でそういうことを言っちゃいけないと思うんですよ……!」

「というか、ぼくはそれが人気な歌だってっていうことに驚きだね……」

「いや、普通の歌詞もあるのよ? というか案外そっちの方が多いのかしら……? でも、ダークな歌詞の方が滾っていいのよね!」

 

 そう言って楽しげに笑う連翹に、思わず頭を抱えてしまう。

 正直その手の歌は人前では封印した方がいいと言いたいけれど、相手の文化を頭ごなしに否と言ってしまうのはいかがなものかと思うのだ。

 どうしたものか、と悩んでいる矢先に、ふと自分の背後から近づいてくる気配を感じた。

 こつこつ、と床を叩くブーツの音に、誰だろうと思い振り返る。

 

「やあ、ノーラさん――少し外を歩かないかい?」


 普段と比べ、やや表情の固い――どこか緊張した面持ちのカルナが、そこに居た。

 

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