121/目指すべき場所
ノエルと別れ、連翹たちは宿へと戻っていた。
夜の待ち合わせにはまだ時間があるけれど、これ以上あまり観光している時間も無さそうだったからだ。
じろり、とニールを睨む。
「結局、剣の修練だけで時間が潰れたんだけど。結局観光とかしてないんだけど」
「いやまあ、必要なことだったんじゃねえか? ……いや、悪いとは思ってるがよ」
まあ、言いたいことは分かる。確かに、多少なりともステップアップするのなら、簡単な剣のコツくらい教わってないといけなかった。
ニールは剣の師匠に「お前、絶対他人に剣教えたりすんなよ? 絶対だからな!」と念を押されていたようなので、連翹が剣を教わるならノエルくらいしか選択肢がない。無論、人間の騎士たちは剣に関してはプロだが、それ以外の仕事が多すぎるため、連翹一人に時間を裂いて貰えないためだ。
でも、『観光行きたいけど、この現状で転移者が一人で歩くのは駄目だと思う』と言った連翹に、『じゃあ俺と一緒に来い』と言ったニールが自分の趣味を優先しまくったのはいかがなものか。
ニールも後からその事実に気付いたのか、少しばかり気まずそうだ。
これで開き直っていたりしたら好きなだけ怒れるのだが、反省しているようならこちらも強く怒ることが出来ない。むう、と口元を尖らせるのがせいぜいだ。
「……ま、いいわ。なんだかんだで楽しかったし、ためにはなったから」
「悪いな。ま、そう言って貰えたら何よりだ」
それは、さすがに反省しているらしいニールを気遣うセリフであり、けれど同時に本心でもあった。
観光できずに不満があったのも確かだが、少しずつ出来ないことが出来るようになる、という経験はそれはそれで楽しいものだ。アクションゲームの高難易度ステージを何度もリトライして徐々に進めるようになっていく――そんなイメージを抱く。
それに、転移者の頑強な体は鍛錬によってもたらされる体の痛みや疲労を無視できる。
そういった苦痛が無いため、自分の体を使ったゲームみたいな感覚で鍛錬できたのだと思う。
もっとも、まだまだ完璧には程遠いし、ノエルからも才能があるみたいなことは一言も言われなかった。剣士としての才は平々凡々らしい。
「でも剣士って凄いわね、どうやって足の位置とか剣の握りとか咄嗟に思い出して正しくやれるの? あたし、三日もサボって寝たらノエルに教わったこと思い出せなくなる自信があるんだけど」
というより、今だって完璧に再現できる自信がない。
無論、教わったのだからなんとなく「これじゃダメだ」みたいな感覚は理解出来る。自分と他人を比較して自分が上手く出来ていないことも、また理解できる。だが、明確にどこが悪いのかが分からないのだ。
そんなモノを実戦で完璧にやるなんて、それこそ瞼の裏にカンペでも仕込んでおかないと出来る気がしない。
「思い出すとか言ってる時点で分かってねえな、お前は。つーか、そもそも敵が目の前に居るのに剣の握りが云々って考えてる時間があるわけねえだろ」
「……じゃあどうやってんの?」
悩めないから適当にやってる、というワケではないだろう。
実際、ニールとノエルの模擬戦を見ていても、素人特有の無作法みたいなモノは感じられなかった。
だからこそ、何らかの手段で正しい形を確認していると思うのだが。
そう言うと、ニールは「そんなモンねえよ」と連翹の言葉を切って捨てる。
「熱した鍋を手で触ったら、無意識に手を引いちまうだろ? それみてぇに考えなくても出来るようになるまで延々反復練習して体で覚える。これが一番だ」
鍛錬鍛錬、ひたすら鍛錬で癖にしちまえ、とニールは言う。
「なにその脳筋りろ――……いやでも、確かに相手が前に居るのに、構えるまで待ってとか言えないものね……そのくらいにならないと厳しいんだ」
「だろ? 覚えの遅い早いはあっても、結局は延々と鍛錬しなけりゃ身につかねえよ、こういうモンは」
そうね、と頷きながら納得する。
要は対戦ゲームとかで、コントローラーの決定キーがどこにあるのかをプレイの度に悩んでいるようじゃ対戦には勝てない――そんな感じなのだろう。
コントローラーを握って、手元を見なくてもボタンが押せるようになってようやくスタートライン。その後にコンボなどの技術を磨いていくというワケだ。
……たとえが趣味に寄りすぎているが、連翹自体、運動や武道よりもゲームの方に慣れ親しんでいるのだから致し方がない。
「そういや、聞いてなかったんだがよ」
不意にニールが問いかけてきた。
「お前、ちゃんと剣を扱えるようになって、一体どうやって戦うつもりなんだ?」
「は? そりゃ剣を振り回して戦うに決まってるでしょ? 剣の練習しといて突然槍とか使い出すワケないじゃない」
「違ぇよ馬鹿女。どういう戦闘スタイルを目指してんだ、って話だ」
同じ剣で、同じ流派であっても、使い手が違えば立ち回りも変わる。
体の頑丈さに自信があれば相手の攻撃を受け止めながら大技を叩き込む立ち回りになるし、回避に自信があれば相手の攻撃を避けつつカウンター気味に技を当てる手段を模索するだろう。
そんな、戦う自分の姿のイメージについてニールは問うていた。それ次第では鍛錬の方法も変わる、とも。
連翹はふむふむ、と頷いた。
「……戦闘スタイル、戦闘スタイルね、うん、うん……りろんはしってる」
――そっと。
連翹はゆっくりと視線を逸した。
「知ってる口ぶりじゃねえなそれ! 全くのノープランかお前ぇ!」
「う、うっさいわねえ! 王冠に良いようにされたからなんかやらなくちゃいけないって思ったんだもの! 戦う技術の練習なんてしたことないんだから、ノープランにもなるわよ! 悪い!?」
「開き直ってんじゃねえよ馬鹿女! ……まあ、負けて悔しくて『とりあえず何かしよう』ってのは嫌いじゃねえけどな」
そうでなけりゃ上達もしねえしな、と笑う姿を見ながら「そういうものなのかしら?」と首を傾げる。
正直、あまりそういう経験がないので実感がない。
「そうだな――お前の場合、攻め込むより相手の動きを見てから立ち回る方法で行ってみるべきじゃねえか、って俺は思うぞ」
「アタッカーとかより、防御なり回避なりカウンターなり、的な方に行けってこと?」
「ああ。お前は転移者だからこそ転移者の動きを俺や騎士たちよりも感覚的に理解してるからな。それに、お前は連携自体そう苦手ってワケでもねえから、敵に突っ込む立ち回りより、ある程度敵と味方が見れる位置で立ち回るのが良いんじゃねえの、と俺は思うぞ」
それに、攻撃をスキルに任せることで防御の立ち回りを重点的に学べる、というのも大きい。
今から素人の連翹が剣術の動きを全てマスターするのは不可能だ。ならば、いくつかをバッサリとカットし、特定の技術を集中して鍛錬した方がいい。
「ふうん……そのために自主練とかした方がいいのかしら?」
「今は止めとけ、変な癖が付きそうだし、体を休めるのも――ああ、そういや転移者なら疲れねえのか?」
「慣れないことした気疲れはあるけどね。じゃあ走り込みとか? ……けど、チートで強化された体で筋トレとか走り込みとか意味あるのかしら?」
宿に入り、階段を登りながら問う。
実際、連翹の体はそこまで鍛えられていない。この世界に来て二年も半ば以上経過し、剣を振り回し、走り回ったりもしているというのにだ。
もちろん、前のままではないのだろうと思う。体だって成長しているし、多少は筋肉だって付いたような気もする。
だが、剣を振るって戦う戦士の体では断じて無い。転移者の力が無ければ剣だってまともに振れないだろう。
「俺に聞かれても分からねえよ。俺は転移者じゃねえし、そもそも転移者で真面目に鍛錬してる奴なんて……居るのかもしれねえが少数派だろうからな。知識を聞きかじる機会もねえ」
「そうよねえ……あ、でも、チートで強化された以上の負荷を欠ければワンチャン――はありそうだけど、周りにすっごい被害出そうよね」
転移者の力全開で走り込みしたり、なんかどっかにある岩とかを持ってスクワット――他にも色々と考えてみたけれど、とてもじゃないが街中でやれる鍛錬じゃない。
(ドラゴ○ボールでライバルキャラが地球の街中で修行出来てたのも、会社の令嬢が嫁だからってのもあるしね)
重力倍加とか超欲しい、と思わずため息を吐く。
その背中を、ニールがとん、と叩いた。
「ま、なんかあったら相談しろ。今みてえに答えられねえのもあるだろうが、一人で悩むよかマシだろ」
「ありがと、その時は色々聞かせてもらうわ――あ、じゃああたし部屋に戻るわね。晩御飯の時に合流しましょ」
「おう。けど、晩はどうすっかね。またミリアムのとこか?」
「それで良いと思うわよ、美味しかったし、せっかく仲良くなったんだから色々話したいし」
話しながら扉に手をかけ、
「うううう……どうせわたしは変な所で失敗するおおまぬけですよぅ」
「い、いや、みんなノーラさんには助けられてると思うよ。もちろん、僕だって」
――中から聞こえてくるノーラとカルナの声を聞いた。
呼吸を抑えながら、そっと扉に耳を当てる。
「……何やってんだ馬鹿女」
「しーっ! なんかノーラがあたしたち居ない間にカルナを部屋に連れ込んでるみたいなの、なんか重大なイベントとか発生してる系よコレ。ゲームなら一枚絵が出るタイミングだと思うの」
小声で言うとニールは頷き、足音を忍ばせながらこちらに歩み寄ってくる。
「……言ってることは分からねえが言いたいことはなんとなく分かった――よし、俺にも聞かせろ」
「あら、珍しい。そんな出歯亀するタイプだったの、ニール」
「弄るネタは多い方が良いだろ? さすがに艶っぽい展開になったら止めて祝の酒の準備でもするがな」
「……意外ね、折れて爆ぜろとか良く言ってるのに」
「馬鹿話とは別問題だ。友人の幸せを祝福できねえほど狭量じゃねえよ。もっとも、両手に花とかやりだしたらその限りじゃねえけどよ」
「ハーレムは許容範囲外なんだ……」
狭量ではないようだけど広量ではないみたいだ。
そんなことを小声で話しながら部屋の中の会話に耳を澄ます。
「そういう社交辞令は良いんですよう。あああああっ、なんでわたしはこんなにもう……!」
「社交辞令とかお世辞とかそういうのじゃないんだけどね――アースリュームに向かう道中、転移者の襲撃があったよね?」
「それは覚えていますけど……」
困惑するノーラの声に、カルナがやさしく語りかける。
「あの時、ノーラさんが居なかったら僕は雑音語りの言葉に乗せられていたかもしれない」
覚えているかな、とカルナは語る。
ニールはカルナの魔法で転移者と正面切って戦えるようになったのに、自分は詠唱を潰され何もできず『自分一人では何も出来ない』と無力感を抱いていた。支えてもらうだけの弱者だ、と胸に深い苛立ちと自身に対する怒りが満ち満ちていたのだ。
その状況で雑音に「レゾン・デイトルへ来い」と誘われ、心が大きく揺さぶられた。無力感で脆くなった心に、彼の語る言葉は酷く魅力的で、魔法使いとして大成するなら転移者と組むのもありだろうか、と思いかけたのだ。
そんな時、ノーラは優しく教え、諭してくれた。
自分の足で立ち上がれるようになるまで誰かに支えて貰うのは、決して悪いことではない。多くの人間が、そうやって支え、そして支えられて生きてきたのだから、と。
「……その、別にあの時のわたし、大したことを言ったわけじゃないですよ? 当たり前のことを言っただけですから」
「当たり前を全部当たり前に出来る人は居ないよ。僕自身、その当たり前を全く考えてなかったんだから」
別に、当たり前以上のことが出来る必要はないのだ。
無論、それが出来た方が役立つのは事実なのだろう。
けれど、
「レンさんだってさ、最初に会った頃より随分と素を出すようになったよね。最初の頃はもっと芝居がかって、自分を良く見せようと必死だった感じがあるけど」
それだって気楽に話せる友人が居たからだと思うよ、とカルナは言う。
その言葉に、少しだけ頬が赤くなる。見透かされているという恥ずかしさと、ちゃんと見てくれているのだという気恥ずかしさ。
恥ずかしいのは恥ずかしいのだけれど――あまり、悪い気はしない。
「正直、僕は最初レンさんと仲良くする気なんてさらさら無かったし、ノーラさんが居なかったら今の僕らはないよ」
ニールとカルナ、そして連翹はクエストを受けるために騎士団向かうことには変わりはないだろう。
けれど、二人の男と一人の少女は絶対に交わらなかったはずだ。
その結果がどうなるかは分からないが、しかし、今のような和やかな道中ではなかっただろうな、と思う。
「だから――僕はそんなノーラさんが好きだよ」
ドタぁン! と。
ベッドの上から何かが転がり落ちる音が響いた。ベッドから、誰かが転がり落ちたような音だ。
「ちょ、まっ――いっ、いきなり何言ってるんですかぁ!?」
「うん……? ああいや、違う違う違う! そういう意味じゃなくてね、人間としてだよ人間として。もちろん女性としても好きだけどさ!」
「ああ、それなら――ちょっとまって最後何さらっと言ってるんですかぁ!」
「しまっ……ああくそ、デレクがあんな話をするから! 恨むぞあのドワーフめ……!」
部屋の中からドタバタという音が響く。音の発生源は二つ。
その音を聞きながら、視線をゆっくりとニールへ向けた。どうやらニールも同じような行動をしていたようで、視線がかっちりと交わる。
「ねえ、一応気持ち伝えてるみたいだし、ノーラも別に嫌ってワケじゃなさそうだけど……これって祝福案件でいいの? この素晴らしいカップルに祝福を?」
「あー……この後、なんだかんだで結ばれるんなら、ってところか」
「今は?」
「……成立するにしろしないにしろ、盗み聞く限り、現状そんな状況じゃねえだろ。まだ落ち着かねえだろうし、俺は部屋に戻る」
「あ、それならあたしもそっちの部屋に入れて。さすがにあの状況の部屋に乱入出来ないし、したくないわ。つーかここであたしが入ったら、ノーラの混乱がマッハだろうし」
「構わねえぞ、眠けりゃカルナのベッドでも使ってろ。部屋を占拠した以上、あいつも文句は言わねえし言えねえだろ」
扉から耳を離し、ニールたちの部屋へと向かう。
その最中、一度だけ振り返り騒がしい部屋の扉を見つめる。
(……ああいう恋愛とか、いつかあたしもするのかしらね)
正直、よく分からない。
日本の中学生だった頃は男子は嫌いだったし、物語のヒーローは格好良いと思っていたけど、あれはフィクションに過ぎないと理解していた。
そのせいか、現実の異性を好きになる、というのがあまりピンと来ない。
この異世界で色々な人と出会い、当然格好良い男とも出会ったが、格好良いことと異性として好きになるのとは似ているようで全く別物だ。アレックスやカルナなんかは顔立ちが整っているけれど、じゃあ異性として好きかと問われれば首を傾げてしまう。
「おい、来るんじゃねえのか?」
「あ、ごめん。カカッととんずらで駆けつけるから待ってて」
急かすニールの言葉に、「まあいっか」と先ほどの思考を放り捨てる。
異性との恋愛云々とかは素敵で楽しいらしいけれど、それよりも今はニールやカルナ、ノーラたちと過ごす日々が楽しい。
なら、そういったモノは後回しでいいはずだ。




