120/模擬戦と修練
ビリビリと肌を震わせる叫びと共に、ニールが突貫する。
迎え撃つのは白髪のエルフの剣士、ノエルだ。彼は猛獣めいたニールの突貫を流しながら、むしろその勢いを利用する形で体を捻り一撃を放つ。
(考えてみれば――こんな風にじっくり見たこと、なかったわね)
剣に問題が無くなったし丁度いい。一戦しようぜ――そんなことをニールが言って、ノエルが無言で首肯し、この状況だ。
女ほっぽり出して何やってんだあの脳剣野郎とか、そっちのエルフもノッてるんじゃないわよとか、色々と言いたいことはあったけれど。
(当たり前なんだけど、全然戦闘スタイルが違うのね。サイズは違えど同じ剣なのに)
連翹は剣術の区分について詳しくはないので、ざっくりとゲーム的な能力値でどういう思想で剣を振るっているのかを想像する。
ニールは速度を尖らせ、次いで高い能力値が攻撃力に特化したアタッカーだろうか。自慢の速度で接近し、そこそこ高い攻撃力で相手を斬り続ける。餓狼喰らいなんかは、速度も威力に加算する技とかそんな感じなのだろうか。
対してニールを相手取るノエルは、器用さに特化したカウンタータイプだ。連翹が見る限り身体能力はニールに比べ劣っているものの、この戦いを優位に進めているのは彼の方である。
荒々しく振るわれる斬撃の流し、弾き、時にその勢いを利用しカウンターをしかけていく。ニールも持ち前の脚力で致命傷こそ裂けているものの、刃引きされた霊樹の剣が体を掠る。裂傷こそ刻まれぬものの、露出した肌に打撲の痕が刻まれていく。
「螺旋蛇と言ったか――今回はあれは使わないのか?」
油断なく剣先をニールに向けながらノエルは問う。
「あの手の技はあまり得意な技じゃねえし、初回のアレでもう見切られてんだろ? なら、使ってもカウンター喰らって終わりだ」
「ふむ、残念だ。使ってきたら一撃で意識を刈り取ってやるつもりだったのだがな」
残念がる様子もなく淡々と言う彼に、ニールははんっ、と鼻で笑った。
「これで終わるなんて思ってもねえ癖に、よく言うぜ。――その余裕、俺の餓狼喰らいで粉砕してやる――!」
なら得意な技で攻め立てる方が良い、そう言ってニールは加速。
餓狼喰らいで接近し、それを防がれてもそのまま剣の間合いに食らいつく。刃が翻り、剣と剣が衝突し、澄んだ硬質な音を響かせた。
それに対しノエルはカウンターはしない。いいや、出来ないのだ。
力強い斬撃と、体をねじ込むような前のめりの斬撃が、ノエルのカウンターに必要な円運動を乱している。
「むっ……」
「お前のカウンターは何発か喰らったからな、そろそろ慣れてきたところだ――喰らってやるから覚悟しやがれ!」
「……ふむ」
踏み込みながら、剣を遮二無二に振るう。
ノエルも隙を突いてカウンターを放つものの、それを喰らいながら『痛み』という明確な失態を体に刻むことで、動きを徐々に最適化し自分の隙を潰していく。
ニールの瞳が剣呑に輝いた。このままお前を喰らってやる、そんなギラついた猛獣めいた眼でノエルを睨みつける。
「やはり若い戦士は良い。昔を思い出す」
ニールの斬撃を受け止め、ノエルが跳躍。距離を取って剣先をニールに向ける。
表情の薄い彼の顔は口元だけを緩み、笑みを形作っていた。喰らってみろ、喰らえるものなら――そう言うように。
「上等だ、骨がへし折れても文句言うんじゃねえぞ――!」
ニールが駆ける。矢や鉄咆の杭めいた速度で疾走しつつも、細かな足捌きで直線ではなく僅かにジグザクな軌道を描きながらノエルへと肉薄する。
恐らく、そうすることによって僅かにタイミングをズラしているのだろう。最短距離を駆け抜ければ動きが読まれる――そうしたらカウンターの餌食となるから。
そうして、ニールはノエルを喰らうべく剣を――
「ニール・グラジオラス。貴様は強いが」
――振るうよりも、僅かに速くノエルが踏み込んだ。
するりと間合いを詰められたニールの顔が憎々しげに歪む。間合いを一気に詰められた。このままでは餓狼喰らいの威力は発揮できない。
ノエルは距離を更に詰めつつ、手首と指の動きで剣をバトンの如く回転させ、逆手に持ち替える。
「未だ青く、そして思慮が浅い」
剣の間合いを殺しながらニールの懐に飛び込んだノエルは、柄頭をニールの右手の甲に叩きつけた。重い音と共に何か硬質なモノが圧し砕ける音に、連翹は思わず「うひい!?」と声を漏らした。
(あ、あれ絶対折れてるし! 右手の骨絶対砕かれてるし!)
しかし、ニールもそれで剣を手放すことはない。そのまま反転し、反撃を――
「させんよ、積みだ」
反転したニールの首筋に、剣が押し当てられた。
ニールはしばし沈黙し――「ああ、くっそ、負けた!」と地面に大の字に倒れ込んだ。
「痛ぅ……今のアレ、本来なら脳天叩く技だろ。加減しやがったな」
変色した右手をぷらぷらとさせながらニールは不満気に言う。
そんなことよりもとっとと治してもらいなさいよと言いたいが、曲がっちゃ行けない方向に曲がっている上に物凄い勢いで腫れて行くのが見えて、あわあわとしか声が出ない。
「素早い敵の頭部を砕く技だからな、真剣勝負ならばともかく、このような場面で頭部を狙う阿呆は居な――貴様の連れが心配しているようだな、じっとしていろ、癒やす。創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を」
詠唱と共に生み出された光がニールの右手を包み、腫れを引かせ折れて変形した見た目をゆっくりと元に戻していく。それもまた、少しグロい。衝撃でへこんだりズレたり割れたりした骨がゴキゴキと音を立てながら再生していくのは、正直気色悪い。なんか不死身の化物が再生してるみたいだ。
「おっ、悪い――ああ、糞っ、途中まではけっこう優勢かと思ったんだがな。いや、こういう風に考えちまうのもお前の術中か?」
「いいや、貴様の認識は正しい。実際、張り付いての連続攻撃は対処に困ったからな。一撃一撃は疾く弱いためカウンターがし辛く、出来ても威力が出ない。逆に、最後の大技は非常にやりやすかった」
あの場面なら、小技で追い詰めるべきだったな、とノエルは倒れたニールを見下ろして言う。
「あんな連続攻撃、俺の体力が持たねえよ。なら、体力が万全の間に全力の一撃で仕留める、カウンターもさせねえように足捌きも変える……って思ったんだが」
「裏目だったな。餓狼喰らいだったか――あの技は一直線に間合いを詰め全力で剣を振るう方が良い。カウンターをさせぬように動くより、カウンターごと力任せに叩き斬る方が真価を発揮できるだろう」
「下手に取り繕うより前のめりか、確かにそっちの方が好みだな。何より分かりやすい」
ニールの言葉に頷くノエルを見て、「この人、見た目より面倒見良いわよね」と思う。
見ているとゲームやラノベなんかの戦士というより、学校の先生を連想する。それもすごく教えたがりで、熱心に授業をするタイプだ。無口で仏頂面だけれど、授業とかで色々なことをするような人。
もっとも、それが生徒に気に入られるかはまた別問題だというのは、閑古鳥の鳴いている修練場が証明している。鉄剣の出現で霊樹の剣の需要が減ったというのも真実なのだろうが、ああいうノリを嫌って寄り付かないという側面もあるのではないだろうか?
実際、連翹もそういうタイプだ。頑張ってテストの問題を考える先生より、前年度のコピペみたいなテストを出す人の方が楽で好きだったのを覚えている。
――けれど。
けれど今は、そういう人が居てくれて良かった、と思うのだ。
(……近接戦闘ってストロング脳筋スタイルみたいなイメージだったけど、こうやって見てみるとけっこう考えてるのね。あのニールですら)
言葉にしたらニールにぶん殴られそうなことを考えながら、連翹は二人の戦いを観察していた。
彼女は戦士ではないため、細かな技量は理解できない。咄嗟の行動の理由もすぐには察せない。けれど、じっくりと見て、じっくり考えてみれば、無知なりに多少のことは理解が出来た。
間合いの取り方とか、どうやって自分の攻撃を当てようかという思考。それを先読みし、逸し、カウンターを放つ者の思考。万全に理解出来たなんて大口は叩けないけれど、それでも戦士と戦士が一瞬一瞬の判断と経験則で動いていることくらいは分かる。
それは考えるまでもない当たり前のこと。
けれど、転移者になってからは、そのようなことを考えることも無かった。
ロールプレイングゲームで自分より遥かに格下なモンスターに対し、どのような技を使うのかとか、どういう技を使ってくるのかなどを考えないのと同じだ。コマンドすら選ばず無造作で殴り殺すだけで済む以上、なにも考える必要はないのだから。
しかし今、連翹は考える必要があった。
同じ力でも、自分以上に使いこなしている相手がいるから。一足飛びに強くなれなくても、せめてほんの少しでも強くなれたなら、と思ったから。
「さて――次は貴様だな」
そんなことを考えていた矢先、ノエルがこちらを向いた。
辺りをぐるりと見渡すが、今ここに居るのはノエルとニール、そして連翹だけ。そして彼の視線の先には自分しか居らず――
「……え? あたし?」
「他に誰が居る。先程から熱心に見ていたろう、物のついでだ、鍛えてやる」
「……えっと、いいの? あたし、剣術とかやったことないわよ」
「霊樹の剣を求める者がその有様なら修練場から叩き出すがな。そういうワケでもない素人に辛く当たる理由もない」
……やっぱり教えたがりだなぁ、このエルフ。
そんなことを考えながら、連翹は剣を構えた。そんな彼女の体を、ノエルはじっくりと眺める。
(そんなに見つめられても、素人の見よう見真似ってことは変わらないと思うんだけど)
というか、そんなにじっくりと見られるとさすがに恥ずかしい。
あまり知らない異性に体を観察されているのもそうだが、素人丸出しの構えを見せつけていることも恥ずかしさに拍車をかける。
早く終わらないかな、と思い始めた頃、ノエルが小さく頷いた。
「なるほど――完全な素人、というワケではないのだな」
え? と思わず怪訝な声が漏れる。
だって、連翹は完全な素人だ。今朝に剣の練習はしてみたものの、そんなすぐに改善出来る天才じゃないことくらい連翹にだって分かる。
「剣を握る手は中々良く出来ている。改善の余地はあるがな」
首を傾げ、すぐさま納得する。
転移者のスキルだ。発動と共に体を熟練の戦士の動きに修正して自動的に放つそれを、連翹が覚えて無くとも体が覚えているのだろう。剣を振るうために楽な動きが、僅かに体に馴染んでいるのだ。
無論、体に定着させようと修行したワケではないので、素人扱いのまま。あくまで、全くの素人よりはマシ程度なのだろう。
「本来なら長期間の修行を行いたいところだが――それでは戦いに間に合わん。なので、基礎の基礎を教える」
片桐連翹だったな、と名前を確認し、ノエルが問いかける。
「貴様は剣を振るうために一番重要な部位はどこだと思う?」
「え? ちょっと待って……確か斬撃は円運動って言ってたから……やっぱり腕?」
「完全な間違いではないがな。しかし違う。真に重要なのは下半身だ」
下半身? と思わずオウム返しで問い返す。
確かに、ニールの動きなどを見ていると、剣は腕だけで振るうモノではないということくらいは分かる。下半身もまた、重要なのだろう。
けれど、剣を握るのは手であり、それを振るうために必要なのは腕とか肩とか、大体その当たりだ。それを差し置いて下半身が大事、と言われてもピンと来ない。
「単純な話だ。子供の喧嘩でも想像してみるといい。その時、硬い足場に立って殴る者と、水の上に浮かぶ板に立って殴る者――どちらの拳の方が威力が高いかなど、考えるまでもないだろう」
「ええ、そりゃあね。けど、それとこれと――ああ、そっか。脚がしっかりしてないと、上手いこと踏ん張れなくて剣に力を込められないってこと?」
「そうだ。そしてそれは、防御にも言えることでもある。踏ん張れなければ相手の攻撃でバランスが崩れる、崩れたらそれが隙になり相手に追撃される。」
ゆえに一番大事なのだ、とノエルは言う。
「転移者のスキルの動きをもっと確認してみるといい。短期間で完璧にはならないだろうが、しかし全く意識していなかった頃と比べれば動きは良くなるはずだ」
「分かったわ、ありがとうノエル――いや、分かりました、ありがとうございますノエル――先生、師匠、師範、マスター……ええっと、どうお呼びしたらいいですか?」
ニールにも同じことを言われたな、と思いながら言葉を敬語に切り替えて頭を下げる。
だが、返答はない。
怪訝に思って頭を上げると、ノエルも、そして既に起き上がって壁にもたれ掛かっていたニールも酷く珍妙なモノを目撃したような眼でこちらを見ている。
「……連翹、なんだそれ」
「何って――教わる立場なんだから、敬語の方がいいかなって。自分でもすっごく今更だと思ったけど」
正直な話、この世界に来てから敬語なんて女王都でレオンハルト相手に使った時くらいだったもので、使うタイミングをすっかり忘れていたのだ。
そもそも冒険者で敬語を使う人なんて稀なのだから、別に連翹が悪いワケではない――はず、だと、思う。
「貴様が言った通り、今更だ。わざわざ使い慣れない言葉を使う必要もない。……だが、そうだな。先生、という響きは気に入った。今後はそれで呼ぶといい」
「え? ああうん、分かったわノエル先生」
「うむ」
満足そうに頷くノエルに「お前それでいいのかよ……」と呟くニールに、内心で同意を示す連翹であった。




