112/レゾン・デイトルの幹部
「――ひとまず、それは置いておこう。考えて分かる類でも、分かった所で戦いの役に立つ話でもない」
そう言って話を打ち切るアレックスだが、彼の顔にも困惑の色が濃い。気にはなるがそればかり気にしても仕方ない、と思っているのだろう。
「そうだね――ええっと、それじゃあレゾン・デイトル内の現地人について聞きたいかな。まさか、全員が全員違法奴隷ってわけじゃないだろう?」
カルナの問いに、薫は慌てて頷いた。
「えっと、はい、そうですね。現地人の多くは奴隷となっていますけど、一部の貴族は賢人円卓――誰が付けた名前だか知りませんけど――っていう名前の同盟を組んで幹部たちをサポートしています」
レゾン・デイトル支配下で元々領地経営をしていた者を集め、細々とした統治を行わせているらしい。
雑音語りが考案し、他の幹部も承認した、言ってしまえば現地人の内政官だ。あまり派手ではない、堅実な仕事を一手に引き受けている。
それを聞き、ニールは内心で首を傾げた。
「……意外だな。全部を自分たちでやりたいってワケじゃねえのかよ、転移者の連中は」
「いや、あたしはなんとなく分かるわ、これ。要は凄いことだけやりたくて、細々とした雑事はやりたくないってだけよ」
派手で見栄えがしたり、革新的に見えたりすることをやりたいのであって、それ以外の面倒なことはやりたくないのだ。
ならば、現地人に全て任せてしまおう――反乱の可能性も、金と力で黙らせれば問題はあるまい。
「ええ、その通りみたいですね。細かな財政とか、統治とか、そういうのが一切興味ない人達ですから。そういうのを請け負ってくれる人間は歓迎してるようです」
その言葉に、アレックスは眉を寄せた。
言ってしまえば、それは利敵行為だからだ。侵略者の手伝いをして生きながらえる、そんな風に思えたからか。
だが、それでも言葉を発しないのは、様々な可能性を考えたためだろう。
自分や家族、領民の命を守るためだとか。
従順なフリをして情報を集めているとか。
単純に強い者に従う以外にも、可能性は様々ある。だから、何も言わないのだ。
「……要は、だ」
だが、ニールは考えない。
貴族の思考なんて分からないし、分からないモノを考えても意味がないではないか。
ならば、自分の頭で考えられることを考え、実行する手段を模索するだけだ。
「その賢人円卓とか言う組織を壊滅させて、幹部もぶっ殺せば、レゾン・デイトルは自然と瓦解すんじゃねえの? 聞く限りじゃ、末端の転移者はまともな領地経営を出来るとは思えねえし、王も統治に関しちゃノータッチみたいに聞こえたしな」
「凄い脳筋理論ね、ニール……その幹部をぶっ殺すってどうするつもりよ」
「それをこれから聞くんだろうが馬鹿女――幹部連中の噂、なんかねえか? 弱点とか、戦い方とか、趣味趣向とか、なんでもいい」
ストレートに弱点を聞けるとは思っていない。戦闘方法や好き嫌いなどを知ることが出来ればそれでいい。
武器をどうやって扱っているか、スキルをどう使っているか、どんな戦い方を好むのか、嫌うのか――それを知ることが出来れば、全く知らない状態で戦うよりもずっと戦いやすくなる。
「そうは言っても、自分はそんなに長く居たワケじゃないので、詳しい話は出来ませんけど……」
「それでもゼロよかマシだ。噂話に頼り切るワケにもいかねえけど、かと言って噂話すらも情報収集しねえで戦いを挑むのもマズイだろ」
信じないワケではないし、信じきるワケでもない。
火のない場所で煙は自然には立たないものだし、弱点を隠すために煙を出したのならどこかで不自然さを感じるはずだ。
だから真実でも誤情報でも構わない。その情報に踊らされないように気をつければ良いだけだ。
「それなら……ちょっとまってくださいね」
ニールの言葉に薫は頷くと、ゆっくりと、途切れ途切れ、思い出しながら言葉を連ねていく。
「ええっと、崩落狂声はスキルをほとんど使わなくて、転移者になったことによって強化された肺活量による『咆哮』で圧倒する人らしいです。……戦い以外は、レゾン・デイトルの広場でライブをやってることが多いですね」
「ライブ……? いやまあ、死んで無いのなら生きてるとは思うけど」
「カルナ違う、その生きるじゃない。ステージの上で歌ったり踊ったりするのをライブって言うのよ……ああ、語源とか聞かないでね? あたしも知らないから!」
首を傾げるカルナに連翹が得意げに語る――後半の何一つ自慢できる要素のない部分も含めて。なんで自信満々に『分からない』と言いつつドヤ顔しているのだろうか、この馬鹿女は。
「歌ったり踊ったりするのが好きみたいで、それで歌や踊りを褒められたら笑いながら『ありがとう』と言うような人です」
「なんだ? レゾン・デイトルにも随分とマシな転移者がいるじゃねえか」
思わず安堵の息を吐く。聞く限りでは歌と踊りが好きなただの女ではないか。
なんでレゾン・デイトルに居るのかという疑問はあるが、価値観の近い者達の近くに居たいだけなのかもしれない――
「まあ、性的な目で見られるのを極端に嫌っていて、セクハラめいたヤジを飛ばした人をなぶり殺しにしてステージに吊るしたらしいんですけど」
――そんなニールの思考を薫の言葉が粉砕する。
確かに歳頃の娘に大して下卑た物言いをすれば平手打ちの一つや二つは覚悟しなくてはならないが、これはさすがに行き過ぎだ。
「次に、狂乱の剛力殺撃ですが――」
「確か、大鎧を着た巨人とか言ってたわね。それってどのくらい? あのハゲ団長レベルの巨漢?」
「ハゲだ……ん!? ええ、っと……ゲイリーさんと比べても大きいです。というか、誰と比べても大きいですよ、あれは――2階建ての家屋よりも大きいですから」
はあ? と。
思わずそんな声を漏らしてしまう。
(確かに、転移者はすげえ力を持ってるが――見た目は人間そのままだったじゃねえか)
そこに来て、人間を圧倒的に越える巨漢である。
もしかしたら転移者たちが居る世界では珍しくないのかと思い連翹に視線を向けるが、「え」という形で開いた彼女の口を見てそれが間違いだと分かった。
「……それって本当に鎧着てるの? 実は人型ロボットとか造って搭乗してるってオチじゃないの?」
「連翹、質問するのはいいが俺らにも分かる言葉で言えよ。その、ロボット? ……つーのも、俺にはさっぱりだ」
「え? ああ、えっとそうね……中に入って自由に動かせる巨大な鉄の人形? みたいな? 動かすのが大人でも子供でも、動かし方さえ知ってればその鉄人形を自由に動かせるの」
つまりは、外付けの肉体みたいなものか。体格に恵まれない者でも、その巨大な鉄人形を操れば体格差を無視できるというワケだ。
「さあ……? ロボットなのか、この世界に来て何らかの手段で巨大化したのかは知りませんけど、大きさに関しては間違いないはずです。王の居る館を襲撃しようとした転移者を、巨大な剣で薙ぎ払っているのが遠くからでも見えましたから」
つまりは、何かのペテンで大きく見せているワケではない、ということらしい。
「……ま、問題ねえ。初見でそれならさすがにビビるが、デケぇって知ってりゃどうとでもなる」
巨大な敵が脅威であるのは間違いないが、しかし脅威なだけであって決して勝てないワケではない。
人間よりも大きなモンスターは山程いるが、けれど人間はそれを打倒して生存圏を拓いて来たのだ。油断出来るほどの相手ではないが、しかし絶望する程の相手でもない。
「それで雑音語りなんですけど……彼は強いって噂は聞かないですね。むしろ、幹部の中では弱い方だとか」
その言葉に、カルナは小さく、しかし確かに顔を歪めた。
その理由は分かる。女王都からアースリュームへの道中にカルナが出会った転移者であり、かつて魔法で圧倒しプライドをへし折った男だと聞いている。
彼の名を聞き昔を思い出したことと、自分と因縁のある相手が『幹部の中では弱者』という言葉に自身に対して苛立ちを覚えたのだろう。
「スキル以外でも簡単な戦闘技術を修めているらしいですけど、それでもやっぱり一般転移者より強い程度で――けど、どの幹部よりも他の幹部に認められている人らしいですね」
――厄介だな。
薫の説明を聞きながら、強く強くそう思う。
(言葉が上手くて、自分の実力を過信してねえ、誇示してねえ――敵を作らねえで、邪魔な相手は適当な雑兵を言葉で操って囮にして、その間に自分は目的を果たすタイプだ)
野営地を複数人の転移者によって襲撃された時のことを思い出す。
あまり強くない転移者を複数ぶつけ、多少は苦戦はしたものの順当に勝利したあの時。雑音は戦闘後の弛緩した空気を突くような形でカルナに接触した。
失っても惜しくない手駒をこちらにぶつけ、自分はより優秀な手駒を言葉巧みに引き込むという算段だったのだろう。
(女王都で戦ったレオンハルトもあいつの口車が切っ掛けで暴走し始めたらしいし――下手に強いよりもめんどくせえぞ、これ)
たとえば血塗れの死神――彼女は、雑音よりは倒しやすい相手だろう。
確かに彼女は強敵で、勝てたのもある程度は運が良かったからだ。そこは疑う余地もない。
だが、彼女の脅威は刃であり、連続して発動するスキルによる圧倒的な接近戦能力である。強いは強いが、それだけだ。
しかし、雑音語りは底が読めない。
転移者という存在はある種の分かりやすさがあるとニールは思っている。
それは承認欲求であったり、最強への渇望であったり、異性の愛であったり――求めるモノが単純なのだ。
だというのに、彼はそこに当てはまらない。
「……『弱い』って風評があるからこそ、それを否定しないからこそ、他の幹部にとって便利だけど明確に実力が下な相手だからこその今の地位、ということなのかな」
要は、僕らがレンさんたちと女王都でやったのと根本の部分は一緒なんだ――カルナはそう言って納得したように頷いた。
レオンハルトからノーラを救い出すためにやったお芝居。転移者なれど、自分は貴方よりも下なんだと自尊心をくすぐりながら相手の懐に入り込む演技だ。
自分は貴方よりも弱い、だからこそ貴方という存在が必要なんだ――そうやって承認欲求をくすぐり、かつ幹部をサポートすることで使える人間だと思わせる。
そして相手に対して自分は下だと思わせ、けれど転移者にとっての現地人ほどは見下されない絶妙な位置に立つ。
その結果が雑音語りの今の位置なのだろう。幹部として一般転移者よりも上に立ちつつ、しかし他の幹部よりは弱いと称される、権力を持ちつつも他の強い転移者から反感を受けない地位に。
「情報が少ない以上、決め付けは危険だけど――レゾン・デイトルの支配者は王よりも彼かもしれないね」
「表は強さの分かりやすい無二の剣王に任せて、影から牛耳るってワケか……薫、剣王の噂はなんかねえのか?」
「ごめんなさい。ただ、強いってことだけしか。幹部の人たちは雑音を除いて皆戦いを挑んで敗北しているらしい、ってくらいしか」
申し訳無さそうに首を左右に振り、残った幹部について語り始める。
オルシジームを襲った転移者の一人にして、先程逃した、いいや見逃された転移者。
「王冠に謳う鎮魂歌は、お金持ちの傲慢なイケメンって感じですかね?」
身も蓋もない言い方だが、しかし確かにそんな印象だ。
他人に尽くされるのを当然とし、自分が頂点に立っていることを疑っていない――そんな、金持ちの家の息子、というイメージをニールは抱く。
「転移前から凄いお金持ちで、色んな娯楽を漁っていたみたいです。転移者の中でも無類の女好きで、その時の気分で接し方を変えるのだとか」
口説きたい気分だから相手と会話を楽しみながらゆっくり惚れさせることもあれば、泣き顔を見たいから腕力に任せて路地裏に連れ込み陵辱することもあり、従順な者が欲しいから違法奴隷を買い自身の世話をさせる。
やり方は様々だが、その全ての行動が手馴れているという。
地球に居た頃から、そういった行為に慣れているのだろう、というのが流れてくる噂の共通見解らしい。
「……プライドは無駄に高そうだったわね。他の転移者と比べても、ずっと。まさか翼竜呼ばわりであそこまで怒るなんて思わなかったわ」
自身の首元を抑え、呻くように呟く。
後から来たニールはその瞬間を目撃していなかったのだが、なんでも連翹の挑発が『効き過ぎた』ために一気に追い詰められたのだという。
「そう言えばレンさん。あの時は聞いている余裕なんて無かったけど――ドラゴンとワイバーンとか、紛い物だとか、どういう意味なのかな?」
「え? なんか王族の紋章に――ああ、そっか、こっちは剣を掲げる女の絵だったっけ。でも、貴族の紋章でドラゴンを描いたヤツとかないの?」
「レンさんたちの世界じゃどうか知らないけど、ここじゃドラゴンが暴れれば街が二桁滅ぶと言われる天災みたいなモンスターだから」
そんな化物の絵を誇らしげに掲げても反感買うだけだと思うな、という言葉に連翹は首を傾げながら唸る。
「……こっちで言えば、津波や地震とか、イナゴの大群の絵を掲げる人は居ないってことかしら。いや、世界は広いし、そういうのを掲げる騎士とかが居ても不思議じゃないけど……」
「こっちだってドラゴンの紋章を持つ奴が皆無ってワケじゃねえしな。武装帝国アキレギアの時代に居たドラゴンスレイヤーが貴族になる時、ドラゴンの首を落とす絵の描かれた家紋を貰ったらしいしよ」
それだって天災たる竜を屠った力の証明、という側面がある。
ドラゴンに権威があるワケではなく、その首を落とす自分の強さを知らしめるためのモノなのだ。
「詳しいグラジオラス。歴史に興味があるのか?」
「まさか。剣士の小説の元ネタがアキレギアの時代には多いんだよ、それを山程読んでる間に覚えちまっただけだ」
特に有名な逸話を持つ剣士や魔法使いは小説、演劇などで何度も使われる。
剣士の物語を追っていれば何度か同じ英雄の話を見聞きするし、そうしている間に暗記してしまうのだ。
「ああ、歴史を元ネタにしたゲームをやって武将の名前とか逸話とか覚えちゃうアレね。どこの世界でもその辺りは変わらないのね」
うんうん、と頷いた連翹は小さく咳払いをして話を本筋へと戻す。
「あたしたちの世界じゃドラゴンってのは空想の生き物なの。その強く雄々しく格好良い姿を昔の王族が自分の紋章に書かせたらしいわ」
ああ、とニールは納得した。
要は転移者からもたらされた『神々』みたいなモノなのだ。
創造神しか神が居ないこの世界に物語や言葉などで様々な『神』を彼らは語った。
その結果、善なる神やら悪なる神、海底都市で眠る神や姿を自在に変える無貌の神、果ては筋肉の神という創造神以外の神、空想の神が産まれたのだ。
他の神という概念が無かった現地人にとって創造神ディミルゴ以外の神という存在は新鮮で、様々な物語で利用されている。
そんな現地人にとっての『神々』が転移者にとっては『ドラゴン』なのだろう。現実には存在しない、けれど恐ろしくも格好良い存在として親しまれているのだと思う。
「貴族は男社会、まあつまり格好つけたがりの男の子の集団。そんな貴族たちは思ったの、自分たちもドラゴンの紋章使いたい! でもドラゴンは王の象徴、自分たちには使えない! ってね」
だから、紛い物を作ったの。
そう、言葉を切って。
「そうして産まれたのがドラゴンの代用品、『翼竜』。空想のドラゴンを劣化させて自分たちでも使えるようにしたの」
ゆえに、ドラゴンの紛い物。
ドラゴンを真似て、けれどドラゴンには届かない――いいや、届くように創られてはいない存在。それが、ワイバーンだ。
「要は、お前は紛い物だ、偽物だ――そんな言葉に強く反応したってワケか?」
しかし、そんなに怒り狂うことだろうか、と首を傾げる。
少なくとも恵まれた人間であることは事実だろうと思うのだ。
人間とは環境で外面と内面が構築される生き物だ。演技や真似事で上っ面を取り繕っても、立ち居振る舞いに違和感が出る。
「ええっと、これ以外は――ああ、そういえば、こんな話が」
では、なぜ奴は『紛い物』という言葉が許せないのか?
そのように悩む中、薫は思い出した、と言うように語り始める。
「王冠がかすり傷をした時に、彼の配下である現地人の神官が駆け寄ってらしいんです。治癒の奇跡でその傷を癒やすために」
でも、と。
彼は一拍置き、口を開く。
「彼は、その神官を魔法のスキルで爆殺したらしいです。『その光を二度と我に向けるな』、って」
それ以来、彼に治癒の奇跡を向ける者は居ないんだとか。
当然だ。わざわざ逆鱗に触れる必要はあるまい。
だが、
「治癒の奇跡を嫌う? なんだ、転移者の世界で神官やってて、こっちの世界の奇跡を受け入れたくないってか?」
「ええぇ? それはどうかしら……? あたしだって宗教に詳しくないけど、とてもじゃないけど神官とか僧侶なんて風には見えなかったけど」
それはニールも同意権だが、しかしそうでもなければ説明が出来そうにないのだ。
治癒の奇跡は上位の神官であれば体の欠損すら修復する力。傷跡すら残さず体を癒やすその力を拒む理由がどうしても思いつかない。
「自分が知っているのはこのくらいですね」
「ありがとうね薫。正直まだまだ分からないことだらけだけど、まあ分からないことが分かったのは収穫よ!」
これぞ無知の知ってヤツね! と無い胸を張ってドヤ顔をする連翹に呆れながらも、しかしその言葉に僅かに同意する。
分かること、分からないこと、それを明確にすることは重要だ。
分かることは対策できるし、未知の部分は警戒することが出来るのだから。




