111/転移者の少年
――浮遊感と共に上へ上へと昇っていく。
「投降した転移者、ねえ……」
風の魔法で上昇する床の上で、ニールはぽつりと独りごちた。
「怪訝そうだね、ニール。そんなに不思議かい?」
「そりゃそうだろ。連中がそういうことをするとは思えねえよ」
アレックスに先導され、カルナと連翹と共に、上へ、上へ。
ニールたちは宿の最上階――捕虜となった転移者の少年が居る部屋へと向かっていた。
――騎士団長たるゲイリーの言葉を聞いて、武器を捨てた少年が居る。
戦闘が終わってしばらくして、ボロ布同然となった服から着替え、瓦礫の撤去をしつつ周囲の警戒を行っていた時に兵士から伝え聞かされた。
そして今は複数の騎士や兵士に見張られている、と。
(……あんな傲慢な連中が、そんなことするか?)
何かの策があって、連合軍に入り込もうとしている――その方がしっくりと来るのだ。
無論、転移者イコール傲慢ではない。そのぐらいは理解している。
連翹は傲慢は傲慢と言えるだろうが、しかしここ最近はずっとマシになっている。
アースリュームではサッカーなる遊びを広める転移者も居た。あれは傲慢さなど欠片もなく、普通の好青年だったと思う。
だが、レゾン・デイトルに所属している転移者の多くは傲慢であり、貪欲であり、暴虐の化身である。
幹部を名乗る者から末端の者まで、自分たち現地人を「貴様らは下だ、我に従え」という思考を絶対の真理として動いている連中なのだ。
ああ、分かっている。
そこに所属している者の大多数がそうであるからといって、全ての者がそうであるという道理はない。荒くれ者の多い冒険者という集団の中にも紳士は居るし、誇り高い騎士の中にも裏で悪事を働く者もいるかもしれないってことも。
だが、それでも初見の冒険者を見て紳士であると思う者は稀だし、騎士を見て裏で悪事を働いているのではないかと疑い続けても意味はあまりない。
赤い集団に属するなら、喩え青であろうと赤なのではないかと思われる。なみなみと注がれたペンキの中に一滴だけ別の色を垂らしても中々気づけないのと同じ。
それと同じように、ニールもまた信用が出来ないのだ。
レゾン・デイトルに居る奴が、現地人の下に降ることを良しとした? 本当かよ――と。
「そういや聞いてなかったけど、なんであたしたち呼ばれたの? 事情聞くだけなら騎士でも兵士でも他の冒険者でもいいんじゃないって顔になるんだけど?」
治療のためにノーラ一人残したのが不満なのか、唇を尖らせて不満を口にする。
それに対し、アレックスは「すまないな」と小さく頭を下げた。
「捕虜として捕らえた少年は協力的でな、自分たちの質問も精力的に答えてくれている」
だが、と言葉を区切り。
「彼は転移者であり、自分たちは現地人だ。常識、認識のズレは否めないし、本当のことを話しているのか、デタラメを話しているのか、判別がつかない場合も多い」
たとえば――
この木々の塔。それと同じくらいに高く、しかし広い建造物で暮らしていただとか。
モンスターは存在せず、自分たちはこちらに転移する前まで武器を握ったこともなかったとか。
魔法は存在せず、存在せぬがゆえに憧れたとか。
「嘘を言っているようには見えんし、他の転移者からも似たような話を聞いたという記録もある。だが、彼が正しいことを話していたとしても、自分たちの常識が言葉を無意識に捻じ曲げる可能性は否めない」
ゆえに君たちなのだ、とアレックスは言った。
「転移者と、その転移者と親しい者たち――価値観を同じくする者と、転移者の知識を持ちつつ現地人の常識を持つ者。君たちなら、正しく言葉を認識できるだろう――そう思ってな」
浮遊感が収まる、床が静止する。
大樹の塔の最上階。宿の一番上。
そこには、複数人の兵士と騎士が一つの部屋を守っていた。
それは、外からの襲撃者から守っているようにも見え、しかし中の人物が脱出しないように監視しているようにも見える。
「実際のところ、両方なんだろうな……これは」
カルナが独りごちる。恐らく、ニールと同じことを考えていたのだろう。
転移者が裏切り者を粛清しに来る可能性もそうだが、娘や息子を奪われたエルフが『攫った連中の仲間がここに居る』と知れば、復讐のためにここを襲撃するかもしれない。
それを警戒するのと同じくらいに、中に居るという少年が暴れだす可能性も捨てきれない。
ゆえに厳重な警備。外と中を警戒するために、多くの人員を配置しているのだ。
「では行こう。警戒の必要はないが、しかし気を抜き過ぎないようにしてくれ」
敬礼してくる騎士や兵士に頷きつつ、アレックスはニールたちに告げる。
ぎい、と音を立てて扉が開く。
部屋の中はニールたちが泊まっているモノよりもずっと広く、そして調度品も質の良いモノが使われているように見えた。
窓際にはバルコニーがあり、どうやらオルシジームを見下ろせるようになっているようだ。
そんな部屋の中に、彼は居た。
小柄で細身な少年だ。年齢は、十三か十四といったところだろうか。
差し入れられた本を黙々と読む彼の近くには、黄金色の甲冑が飾られていた。趣味こそ悪いが、しかし細部の造りは細やかで実戦的な形状をしている。恐らく、彼はこれを纏ってここに来たのだろう。
彼は扉が開く音に気付いたのか、こちらに視線を向けた。
「こんにちは――アレックスさん。また事情聴取ですか――」
その時、少年の視線はアレックスの背後に居る連翹に向けられた。
同じ色合いの黒髪と黒い瞳、そしてこちらの世界には無い特徴的な衣服を着た少女を見て理解したのだろう。彼女は転移者なのだ、と。
少年は驚いたように瞳を丸くしていたが、しかしすぐに落ち着いたように頷いた。
「そういえば、ゲイリーさんが最初に言ってましたね。協力してくれている転移者が居るって」
「ええ、片桐連翹よ。片桐でも連翹でもレンでもメイン転移者でもお姉さんでも好きなように呼んで」
「え――ええっと、じゃあ片桐さんで……自分は青葉薫って言います。つい最近こっちに来たばかりです」
そう言って転移者の少年――薫はおずおずといった様子で会釈した。
(……? なんっ、つーか……)
腰が低い、というか。
気が弱い、というか。
見た目そのまま、という感じだ――転移者だというのに。
気弱そうな容姿であることは珍しくない。ニールが見た転移者たちも、薫と同じく気弱そうな外見の者は多かったのだから。
だが、多くの転移者は自信に満ち満ちていた。まるでそのように振る舞うのが当然、といった風にである。
けれど、目の前の少年にはそれがない。気弱な少年そのままなのだ。
ちらちら、と少年が連翹やカルナを見るついで、といった風にニールに視線を向け、目が合ったら慌てた様子で逸らされる。
(いやまあ、目つきが良い方じゃねえから、珍しいことじゃねえけどよ)
子供に好かれないとか、気弱な女を涙目にさせてしまうとか、別に珍しいことではない。
だが、転移者にびくびくとした視線を向けられたのは初めてだ。お前、俺より頑丈で強い体を持ってるだろ、と言ってやりたくなる。
「それでは、薫。片桐たちと話を――」
「ストップ。その前に重要なことがあるわ」
アレックスの言葉を遮り、連翹が真剣な目で薫を見つめる。何があろうと、これだけはハッキリさせないといけない、そんな強い意志が感じられた。
気迫に圧されたのか、ごくり、と唾を飲む音が少年の方から響く。
「え――ええ、大丈夫ですよ。一体、なんですか?」
「ありがとう――ねえ、さっきから気になってたんだけど、あの金の鎧もしかしてギルガメッシュを真似て造った?」
――――沈黙の帳が降りた。
いきなり関係ないこと口走りやがったこの女、とか。
一体なんの話なんだろう、とか。そんな沈黙。
「ええ、そうなんですよ! せっかく自分の装備をお金の心配なく作れるんだから、って思ったら、つい!」
そして、その沈黙を破ったのは、先程までおどおどとしていた薫少年であった。
瞳を輝かせながら拳を強く握りしめるその姿は、自分の得意分野に入り込んできた者を絶対に逃さぬという決意――なのかどうか。
ともかく、書庫に篭るのが趣味の読書家が同士を見つけてテンションを上げている、そんな風に見えた。
「やっぱりね! わざわざ黄金色にして目立ちたい、って感じじゃないっぽかったしそうだと思ったのよ! ちなみに、どっちのギルガメッシュ? 塔の方? 我とかいておれと読む人の方!?」
「後者ですね! さすがに武器を射出する技は真似出来なかったんですけど……!」
「あたしもそっち大好きだから話が合うようで何よりだわ! ……実を言うとレトロゲーにはあんまり手を出してないから、塔の方だったら話に詰まって困ってたとこだわ。ああ、それよりあの作品が好きなら主人公の詠唱はどう!? あたし日本語版だけなら暗唱できるわよ!」
「勝った! 自分は英文バージョン暗唱バッチコイ、って感じですよ! 赤い弓兵も好きですから!」
「くそう負けた! 負けたわ! でも、気持ちの良い負けだと思うの……! 自分が好きな作品を自分よりも愛してる人が居るってスッゴイ幸せよねぇ! じゃあねじゃあね――」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を止めるべきか否か迷う。ニールはもちろん、カルナとアレックスもまた。
気弱な相手であれば下手にぎくしゃくとした状態で会話するよりも、仲良くなった後で色々と話した方が円滑に進むとは思う。
思うのだが、お前らいい加減その話を打ち切れよ、なんのために集まったと思ってんだ――そう考えてしまうのはニールがせっかちだからではないだろう、たぶん。
「ふう――悪いのだがな、片桐、青葉。仲の良いのはけっこうだが、そろそろ本題に入って欲しいのだが」
楽しそうに『自分の体は剣で出来ている』とか云々と喋る――というか詠唱しだす連翹に、「何ってんだこいつ」と「体が剣とかなんだそれすげぇ!」という二つの感情を抱いていると、アレックスがため息と共にそれを遮った。
「……本題? 無限の剣を内包する世界を生み出す魔術の詠唱を披露しあうよりも重要な話題ってなんかあったかしら……?」
「え、なにレンさん、もしかしてそれって異世界の魔法の詠唱なの!? だったらもうちょっとよく聞かせてもらえると嬉しいな!」
「ふふっ、分かってないわねカルナ。魔法と魔術は基本別物なのよ。いい? 違いはね――」
「カンパニュラも話の腰を折るな! 片桐も嬉々と説明しようとするんじゃない! 後で好きなだけやってくれて構わないから、ちゃんとやるべきことをやってくれ!」
「つーかカルナ落ち着けよ、聞く限りじゃ創作の話じゃねえか。お前の魔法の強化には役に立たねえと思うぞ」
ふう、とアレックスは息を吐いた。
大変だろうな、と思う。ニールも突っ込むことになると非常に疲れる。その分、自分がボケて相殺してるのだが。
「……レゾン・デイトルと転移者について、もう一度話して欲しい。メモなどはあるが、言葉は生き物だ。口頭と記述したモノとではどうしても微細な差が出るし、我々ではその微細な差で躓く可能性もある。青葉、手間ではあるが、我々に話したことをもう一度話して欲しい」
「ええ、構いませんよ。というか、そのくらいさせてください」
そう言って薫は表情を引き締め、ニールたちに視線を向けた。
「まず、自分はほんの三ヶ月前にこの世界に来ました。こちらの神様の声を聞いて、チートを持つ転移者としてこの世界に足を踏み入れたんです」
やはり神――創造神の声を聞いてこちらに来たという。
ここまでは今までの情報通り。神に呼ばれ、選ばれ、力を得た――連翹もそう言っていた。他の転移者と戦う時も、ちらりとそのような言葉を漏らす者も多い。
「憧れたファンタジーで、よく読んだ異世界転移や異世界転生みたいに最強の自分。なんでも出来る――そう思ったんですけど、元々、あまり他人と喋るのは得意じゃなくて……冒険者としてクエストをこなして、お金貰って宿に戻る、みたいな生活を一月くらいやってました」
「あ? 転移者が楽にやれるクエストなら、たぶんモンスター討伐だろ? だったら他の奴と組む機会が――ああ、そうか」
言いかけて、ニールは気付いた。
モンスターと戦うクエストは多くの場合は数人でパーティーを組んで行うモノだ。モンスターは多くの場合、人間の能力を何かしら上回っている。
だからこそ人は群れて戦う。その必要があるからだ。そうしている間に知り合いは増えるし、増えなければ死ぬしかない。
だが、転移者は例外だ――良くも悪くも。
その頑強な体と圧倒的な威力を誇るスキルによってモンスターを苦戦せず単身で倒せるがゆえに、誰かとパーティーを組むという機会が失われる。人見知りならなおさらである。
必要に迫られてないから、知らない人と話すのが怖いから、仲間を集めるのを後回しにし――出来上がったのが誰とも馴染めない力だけを持った少年だ。
「ええ、そうなんです。だから報酬を分配する必要もなくて、お金だけ溜まって――こんな鎧をオーダーメイドで造ってもらったり、宿で本を読んだりしてたんですよ」
力があってもやることが大して変わらなくて、ため息ばかり吐いてました、と薫は言う。
「でも、ほんの一週間くらい前に――レゾン・デイトルの話を、自分と同じ世界から来た人たちが集まった場所がある、って話を聞いたんです」
違う世界に来ても根本的に変われない自分に嫌気が差す中、同じ世界、そして同じ境遇の人々が沢山居るという場所を聞いたのだ。
経験者の言葉を聞けば、もしかしたら自分も変われるかもしれない。
そう思って、薫はレゾン・デイトルに向かったのだという。
「……そういや、転移者は見ても、そいつらが集まる都市ってのはどんなのか知らねえな――どんな街なんだ?」
転移者の街、英雄の街、侵略者の街。
イメージは多々とあるが、しかしどんな場所なのかという情報はまるでなかった。
騎士の先行部隊がほぼ壊滅したため、纏まった情報がまるでないのだ。
「なんというか、複数人の子供が狭い机で積み木遊びしてるみたい、って感じでした」
彼の言葉に思わず首を傾げる。
比喩表現なのは分かるが、それがどういう意味なのか少しばか想像できない。
ニールの表情に気付いたのか、薫はあーとか、うーとか言いながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ええっと――誰かが好き勝手に建物を建てて、けどそれで満足したのか空き家のまま放置されてたり、造りかけの建物がそのままだったり、そんな造りかけの建物を壊して自分好みの建物を建てようとしたり、古い建物を壊してビル――えっと、自分たちの世界の建造物を真似た建物を造ったけれど、建て方が悪かったのか自壊していたり」
ゆえに狭い机でやる積み木なのだ。
目当てのモノを完成させた者、途中で飽きて遊びに行く者、自分が遊ぶスペースがないから他人の積み木を崩し始める者。
重ねては崩れ、崩れては重ね、しまいには机にある皿やカップなどを壊してスペースを作ってまで続けられる積み木遊びだ。
「……色々ツッコミどころはあるけど、それって大工はどうなってるのかな? ちゃんと給金や休日を貰って働いている、ってわけじゃないよね、たぶん」
カルナの言葉に薫はこくり、と沈んだ顔で頷いた。
「大工を奴隷に――違法奴隷にして建築させてます。色々な人が好き勝手に現場に引っ張っていくから、どこもかしくも建築中の建物や崩れたビルばかりで。それに高層ビルを建てる知識なんてこの世界の大工にはありませんし、それを命令した人も半端な知識しか持ってなくて」
結果、崩落の音と怒号が飛び交う現場が産まれているのだという。
大工も自分たちには不可能だと理解しているから転移者に意見するものの、現地人如きが反論したと斬り捨てられる。なぜ俺が言ったとおりに完成させられない、この無能め――と。
「唯一、まともなのは領主の屋敷付近ですね。そこにはレゾン・デイトルの王と幹部が住んでいて、下手に手を加えようとする新参の転移者は幹部転移者によって粛清されてます」
幹部は五人。死神が倒され、四人に減ったけれど。
斑の赤を纏う殺人鬼――血塗れの死神。
白き衣を纏いし竜人――王冠に謳う鎮魂歌。
黒衣を纏う狂言師――雑音語り。
鋼の大鎧で武装する巨人――狂乱の剛力殺撃。
きらびやかな衣装で歌う少女――崩落狂声。
誰もがスキルを扱うだけではなく、それを自分用に昇華させた者たちだ。
だからこそ、自分こそ最強という者が大多数の転移者たちを相手に『幹部』を堂々と名乗れるのだ。ただスキルを使うだけの相手では勝負にもならないからだ。
そして、そんな彼らが王と仰ぐ者が一人。
着流しを纏い、一振りの刃を持つ者――無二の剣王。
彼こそが最強の力を持つ転移者という枠組みの中で最強という肩書を掴み取った者。
いずれはチートが失われるという噂をその身を持って否定する最強存在。
そして、無二の力を持つ剣士。
「……無二の力を持つ、最強の剣士だと?」
その単語は剣士として聞き逃せない。
武技を鍛えてきた者として、誰かの動きをトレースするだけの者が『最強の剣士』と名乗るのが気に食わないのだ。
自身が勝てるか勝てないかは別であり、負け犬の遠吠えと言われてしまえばそれまでだが、聞いていて良い気分にはならない。
「ええ……といっても、最強の剣士だとか無二の剣王って名前も周りが勝手に呼んでるだけらしいですけど。彼は魔法のスキルはからっきしらしいんですけど、剣に関してだけは最強――ううん、魔法無しで、剣だけで最強の座を掴みとったらしいんです」
なんでも、多くの転移者が使うスキルとは別のスキルを自在に操れるらしいとか、アレンジしたスキルを習得しているらしいとか。
らしい、らしい、らしいばかりだ。
だが、それも致し方無いことではあるのだろう。
薫が言うには滅多に顔を見せず、また力をひけらかすことの無い人物なのだという。
だからこそ彼の情報は少なく、噂話とてレゾン・デイトルに居た期間が短かったのだから情報の量も少なければ、その真偽も怪しい。
だが、それでも一つだけ確かなことはある。
内心どう思っているかは定かてはないが、レゾン・デイトルの転移者は彼を王と呼び、認めている。自身こそ至高であり、他は塵芥と公言する輩たちが、だ。
心の中で馬鹿にしてようが、本当に崇拝していようが関係ない。最強を自称する彼らが、名目上とはいえ自分よりも上の存在を許容している――それこそが重要なのだ。
それこそが、他の転移者とは違う存在という証明であろう。
自分では絶対に成し得ない何かを成した――だからこそ認めざるをえないのだ。自分が同じことを出来るようになるまでは。
「……つまり、その無二の剣王とやらが居るからこそ、転移者は纏まってるワケなんだな?」
王の特異性なり実力なりで幹部が下に付き、その幹部たちが末端を統率している――そういうことなのだろう。
「話を聞く限り、『王』なんて言っても統治しているワケじゃないみたいだね。好き勝手にやらせて、最低限自分の周りだけは不可侵とする――政治に詳しくない僕でも無茶苦茶だと思うけど、そうでもしないと末端の転移者が着いて来ないか」
最強の自分が好き勝手に生きる――それが多くの転移者の思考だ。
それらを束ねるなら、大部分の『好き勝手』を許容するしかない。それを禁止すれば、彼らはレゾン・デイトルなどに腰を落ち着けないだろう。
無論、多少の不満はあるだろう。
だが、それでも尚あそこに転移者が集まっているのは、自分一人では出来ない大規模な行動が出来るからだ。
国相手の侵略や略奪など、いくら転移者であっても一人では不可能だ。数の暴力で潰されるし、仮にそれを物ともしない実力があったとしても寝込みを襲われれば危うい。
「全く――考えれば考えるだけ不思議になるよ。レンさん、薫、君たちが居る世界って一体どうなってるのかな。大多数の人間が強い力を授かって異世界で好き勝手に暴れたいって考えてるなんて、まともじゃないよ」
カルナが吐息と共に顔を歪める。
確かに、自分の住んでいる場所が不満な人間ばかりなんて、連翹が住む世界はどれだけ無残な状態なのだろうか。
そんなことを、思った矢先。
「え? なに言ってんのカルナ。こんなのが大多数なワケないじゃない。異世界チートなんて、一部じゃ人気はあるしけっこう売れてるけど、読者層は狭いジャンルよ。そもそも大多数の人間は、チートって単語で強い、なんて思考すらしないと思うわよ?」
「――は?」
突然何を言ってるのだろう、とでも言うような連翹の言葉。
その言葉に、ニールは思わず珍妙な声を漏らしてしまった。そして、恐らくカルナもアレックスも、声に出さなかったものの思考そのものは同じだろう。
「ですよね、チートって言ったらせいぜいゲームとかで能力値弄ることとか、言葉の意味を知ってる人なら『ズル』とかそういう意味合いで――」
「待って、少し待って、言葉止めて。ちょっと整理させて、それから質問するから」
雑談する薫の声を遮って、カルナが口元を手で覆い、ぶつぶつと何事かを呟きながら思考する。今までの情報と、先程の言葉を連結し、意味を見出していく。
「……ごめん、おまたせ。まず最初に、転移者みたいな思考をしている人たちは、君たちの世界でも少数派ってことでいいのかな?」
「そりゃそうよ。誰にも負けない力を持ったら大なり小なり変なことはするかもだけど、最初から『異世界チートで奴隷ハーレム』なんて考えて行動する人なんて少数派も少数派よ」
それがどうしたの? と連翹は首を傾げる。
本当に分かっていないのだ、この異常さに。
「そして、突然強い力を得ることをチートって言うのは一般的じゃない――これも、正しいんだね?」
「えっと、はい、たぶん、自分もリア充――ええっと、友達多い方じゃないので、違ってるかもしれないですけど」
薫は言う。常軌を逸した力をチートと呼ぶのは、比喩表現みたいなモノなのだと。
たとえば、サイコロを振って出目が高い奴が勝つ、という遊びがあったとする。それで自分のサイコロだけ必ず六が、場合によっては六以上が出るように遊びそのものを作り替える――それがチートと呼ばれるモノらしい。
これだけなら、ただのイカサマとかズルとかそういうモノ。
けれど、正式なルールの中で冗談のような強さを発揮する者――素の運やサイコロを投げる角度を計算して必ず六を出せるような奴が居て、それを見た人間が「まるでチートを使っているようだ」と言い始めたのがキッカケで、圧倒的な力をチートと呼ぶスラングの始まったのだという。
「……だから、自分たちが居る世界で凄い人に対して『あいつチートだな』なんて言っても、通じる人が少ないと思うんです」
「そっか、そっか……えっと、つまり、どういうことなんだ、コレ……?」
「ねえカルナ、一体どうしたのよ? チートの語源がそんなに気になるの? 別に言葉の意味を知ったからってあたしたち転移者は弱くならないわよ」
分かっていない、分かっていない。
連翹も、薫も、そして恐らく多くの転移者も。
「ごめん、その質問より先に最後の質問をさせて欲しいんだ」
「構わないけど、何よ一体、そんなに真剣な顔して」
何か変なこと言ったかしら、と呟く連翹に対し、カルナは瞳を鋭く尖らせながら言った。
「チートっていう言葉も、異世界で好き勝手に遊ぶ物語も使う人は少数派――――なのに、なんで転移者は皆、当たり前のようにその言葉を使って、そんな物語に親しんでいるんだ?」
その言葉に、連翹は最初「なんだそんなこと」と頷いた。
そして言葉にしようとして――あれ? と首を傾げる。
「……そういや、変、よね? ねえ、薫。貴方、短期間でもレゾン・デイトルに行って色んな転移者に会ってきたんでしょ? その中で、異世界チーレムとか全然知らないウェーイ系男子とか見た?」
「え、えっと……居なかった、と思います。男も女も、整った顔立ちの人は居ましたけど、皆ネット小説で異世界チーレムとかを読んでた人ばかりでした。……そう言えば、地球からランダムに選んだとしたら、なんで皆日本人なんだろう……?」
考えたこともなかった、と。
そんな表情を浮かべる二人に対し、ニールは思わずため息を吐いた。
「つーか、なんで気づかなかったんだよお前ら。少し考えりゃ分かるレベルの異常じゃねえか」
「いや、だって……異世界といえばチートだと思ってたし、そんなの一々考えてなくて……そもそも、元の世界云々って、あんまり考えてないし、うん、考えたくないし……」
そうか、とニールは納得する。
ニールが出会った転移者は大なり小なり、元の世界に不満を抱いていた。
そんな人間が、せっかく夢の別世界に来たというのに、わざわざ元の世界の言葉云々を考えるだろうか?
無論、考える人間は居るだろう。疑問に思い、情報を集めた転移者も、居るには居るのだろう。
だが、それは大多数ではなかった。
異世界チートで今までの人生とは決別できる――そんな思考が、些細な違和感など消し飛ばしたのだ。
「理由は分からない、どうやってそういう人間を選定したのかは想像もできない。けど、一つだけ分かることがある」
会話を断ち切るように、アレックスが言った。
「創造神は、『異世界チートの物語を読む人間』を狙ってこちらの世界に転移させている――どうやって判別しているのか、なんのために転移させているのかまでは、不明だがな」
異世界で好き勝手に生きたい、異性の奴隷でハーレムを作りたい。
そんな思考の者を、創造神ディミルゴはわざわざ選び、こちらの世界に転移させている。
だが、理由が全く分からないのだ。
こんな連中がこの大陸に住まう者の助けになるとは思えないし、逆に大陸に住まう生物を害するためであれば杜撰にも程がある。
前者は当然だが、後者はもっと効率の良い手段がいくらでもある。
転移者を招き寄せて戦わせるにしても、自由にさせる意味がない。大陸に住まう生物から奇跡を取り上げ、かつチートを与えた人間の軍勢に首都を攻めさせれば大陸の人間も、エルフも、ドワーフも、モンスターたちも全て全て死に絶えるはずだ。
「レゾン・デイトルの内情が多少分かったと思えば、またよく分からねえことが増えやがったな」
ニールはため息を吐き、外に視線を向けた。
空を眺めながら、一人思う。
なあ、神様。あんたは一体、なにがやりたくて転移者なんぞをこっちに転移させたんだ?――と。
神官でもないただの人間のニールの内心の言葉は、どこにも届かずに消えていった。




