110/見つけた光明
ノーラは今、他の神官たちと共にオルシジーム内の広場で治療を行っていた。
もっとも、ここに居るのは神官の中でも見習いの者が多く、訪れる怪我人も軽症な者ばかりだ。重傷者は教会や宿に運び込まれ、ベッドの上で入念な治療を行われている。
見上げれば大地を照らす木漏れ日は既にオレンジがかっていて、転移者の襲撃から随分と時間が経ったのだと実感できる。
――戦いは終わった。
幹部が一人死に、もう一人が撤退。その事実が知れ渡るとオルシジームに雪崩れ込んだ転移者の多くも撤退し、残った者たちもエルフの戦士や連合軍たちによって鎮圧された。
幹部級の転移者を撃退し、他の者たちも国から追い出した――一応は勝利と言っても良いだろう。あくまで一応、だが。
多くの怪我人に、奪われた物資、そして攫われた若い娘や男も少なくない。
国が傾く損害は無かったため、一応勝利とは言っても良いだろう。
「大丈夫、このくらいの傷ならすぐに癒せますからね……創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を」
だが、ノーラ個人としては勝利などと呼べるモノではない、と思ってしまう。
(傷ついた人が沢山居て、多くの物が奪われて、多くの人が攫われてるのに……勝利?)
治癒に集中しなくては、そう思うのだけれど、どうしてもそんな思考が浮かんでしまう。
特に若いエルフたちが攫われたことに関しては、女王都で自分も似たような目に遭ったため、他人事には思えないというのもあるのだろう。
「はい、これで大丈夫ですよ。」
「悪いな、人間。助かったよ……」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
だが、そんなことを考えてばかりいても仕方がない。
自分は神官で、今この国には多くの怪我人が居る。重症の人間を癒せるほどの実力はないが、けれど軽症の者を癒やすことくらいは出来るのだ。
だからこそ、転移者が撤退した後、すぐに治癒の仕事を――しようしたのだが、カルナにスカートのシミの存在を教えられ、慌てて宿に戻って着替えることとなった。
転移者と接触した状態で奇跡を使うことにより、彼らの規格外を吸いながら己の奇跡を強化する――その際に全身を襲う激痛の時に、漏らしてしまったらしい。それはもう、バケツをひっくり返したようにたっぷり。痛みで意識が飛びかけていたので、下半身の湿った感触に全然気づけなかった。
(うう――仕方ないことではあるんですけど、この歳になっておもらしなんて……)
先程のことにしろ、おもらしにしろ、考えたって仕方ない――仕方ないけど、追求された瞬間の驚きと恥ずかしさを思い出すだけで顔が赤くなるのを止められない。
白いローブだから、染みこんだ色がすごく目立っていた。股間部から溢れだしスカートを汚したそれは時間経過で乾いていたが、乾いていたが故に言い訳のしようがないシミが残っていたのだ。
カルナがローブを貸してくれなければ、恥ずかしくて宿に戻れなかったかもしれない。
『命の危険に直面してやっちゃう人も多いから、この現状じゃ珍しくないはずだよ』という彼のフォローにも安堵していいのか、いい歳して漏らしたことでフォローされている現実に恥ずかしがればいいのか、ちょっとワケが分からなくなる。
(うあぁ、恥ずかしいな。恥ずかしいけど、でも、それ以上に――)
ほとんど自爆みたいなあの技を使って、ほとんど役に立てなかったこと。
それが悔しくて、それ以上に申し訳ないのだ。
あれを使えば、意識の有無など関係なしにしばらく奇跡の使用などが出来なくなる。意識が跳んでいたら当然だが、意識が残っていても体に残った痛みが祈りに集中をさせてくれない。力を使えば、その時点でノーラは回復という役目を全うすることが出来なくなるのだ。
けれど、そんなリスクに見合った活躍を出来ていただろうか?
(違う。そんなの、わたしが一番分かってる)
一人を、多くても二人を無効化し、それを見た相手を一時的に足止めすることは出来るだろう。
だが、それだけだ。一人二人を無効化し、その他大勢を少しだけ驚かせるだけで、ノーラ・ホワイトスターという少女は置物になる。王冠に謳う鎮魂歌との戦いも、それでお荷物になったではないか。
一時カルナの危機を救い、それ以降はカルナと連翹、そしてデレクやアトラたちドワーフたちに助けてもらってばかり。なんだこの足手まといは、と自分で自分が嫌になる。
分かっている、神官は本来戦いが仕事ではないということくらい。こうやって負傷者を救うことも立派な仕事だと。無論、そんなことは分かっているのだ。
けど、けれど、視線の先で仲の良い男の人が全力で戦っているのに、自分は後ろで何もできない――それが、嫌なのだ。
後ろで戦う戦士を見て、『頑張って、わたしを救って』という物語のお姫様みたいな立ち位置にはなりたくない。
男の人はそうあって欲しいと思っているのかもしれないけど、自分よりも前で戦うニールも連翹も、後衛ながらも魔法と鉄咆で活躍するカルナも、大事な友達なのだ。
だからこそ自分を救ってくれる存在として見上げるのではなく、並び立ちたいと思うのはワガママなのだろうか?
(……きっと、ワガママなんでしょうね)
ノーラ・ホワイトスターという少女は特別辛い修行を越えて来たワケではなく、何かに選ばれて特別な力を授かったワケでもない。
自分なりに頑張って創造神に祈りを捧げ、年齢的にはそこそこの実力を得た凡庸に毛が生えた程度の存在だ。無能ではないが、かといって有能と呼ぶには実力が足りないというのがノーラ自身の自己認識である。
そんな女が転移者という上位者を倒すために努力しているニールやカルナと、その上位種である連翹と並ぼうとすること、それ自体が無謀でありワガママではないのか。
「ああ、君もここに居たんだね」
治療が一段落して、ふう、と疲労と悩みをため息として吐き出した時――聞いたことのある声がした。聞き慣れてはいないが、しかしここ最近で聞いた声音だ。
振り返ると、ショートのブロンド髪のエルフがそこに居た。
細身の肢体に緑色のジャケットとショートパンツを纏った彼女は、ミリアム・ニコチアナという名の少女だ。腰のベルトに、小さな弓を吊るしている。
なんでここに、と言いかけて彼女が神官だったことを思い出す。ミリアムもまたノーラと同じように負傷者の治療に当たっていたのだろう。
「ミリアムさん、無事なようで何よりです」
「ノーラ、で良かったね。ぼくは君たち人間の戦士の長――ゲイリーに守られていたから大した危険も無かったんだよ。それより、君の方こそ大丈夫かい? 随分と無茶をしたらしいね、木々が君を心配していたよ」
ほら、彼も――そう言いかけてミリアムは口を噤む。ノーラは神官であっても人間の神官だ、エルフの神官のように草木の声を聞くことは出来ない。
「ええ、わたしも友達に守られていましたから」
だから大丈夫です、と安堵させるように笑おうとして失敗する。声音は沈んでいて、とても大丈夫だと思えない。
それがまた情けない気持ちにさせる。自分の友人は、そして他の人々は、助けた人間に暗い顔をして欲しいと思って助けてワケではないということくらい分かっているのに、上辺の笑みすら上手く作れないなんて。
「……この後に用が無いのなら、ぼくの店に来ないかい? 疲れているだろうし、飲み物くらい振る舞うよ」
「それは――」
そんなことをしてもらうワケには――そう言いかけたノーラの言葉をミリアムは遮った。
「いやいや、ぼくは試験を突破できたみたいでね。今後、連合軍と共に住み慣れたこの国から離れるんだよ。だけど、他種族ばかりの集団には不安があってね、顔見知りになった人間と今のうちに親睦を深めておきたいんだ」
そんな不安で潰れそうなぼくのワガママを聞いては貰えないだろうか――とミリアムは悪戯好きな子供のような笑みを浮かべた。
あからさまな建前を隠そうともせず自信満々に言い放つ姿に、ノーラは思わずくすりと笑みを漏らす。
「ふふっ……嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ、全部が全部本当じゃないだけでね。話しやすい同年代――じゃなかったね、人間だから……ええっと肉体年齢が近い女の子? と親しくなりたいのも、君の沈んだ顔が気になっているのも、ぼくの本心さ」
「ええ、そういうことなら――ありがとうございます、ミリアムちゃん」
「ちゃん――ううん、ちゃん、かあ……百歳くらいからそんな風に呼ばれたことなかったな」
談笑しながらミリアムの店、『オルシジームギルド』へと向かう。
その道中の街並みには戦火の後が刻まれていた。だが、壊れた建造物などは思ったよりも多くはない。
これは、きっと転移者たちが一人一人無秩序に欲望のままに動いたためであろう。物資や人材などを奪うことに集中したため、建物を壊さなかった、いや壊せなかったのだ。
けれど、例外が一つ存在する。
彼らが侵入するために破壊したモノ、オルシジームを囲う霊樹の森だ。エルフたちにとっては貴重な資源であり、かつ自分たちを守る城壁だったそれに、大きな穴が複数穿たれていた。
ノーラはその穴に視線を向ける。土石流で木々が押し流されたような跡が見え、その付近をエルフの戦士たちが巡回しているのが見えた。
転移者が作った道から何者かが侵入せぬように、そして森の一部が焼き払われたことによって住処を追われたモンスターがオルシジームに侵入せぬように、ということらしい。
(……これでエルフからの大規模な援軍は望めなくなりましたね)
仮にエルフの王たちが連合軍に対し莫大な支援をするつもりだったとしても、もうそんなことは不可能となってしまった。
今まで街道の道と都市の中さえ警備すれば問題なかったのだが、無理矢理繋げられた道のせいでそうも言っていられなくなったのだ。
「ついたよ、ノーラ。難しいことを考えるのもいいけど、少しリラックスした方が良いと思うよ。沈んだ心では名案も浮かばないものだろうしね」
ミリアムが立ち止まり、こちらに微笑みかける。
それでようやくオルシジームギルドの前にいることに気づき、考え事をしながら長い距離を歩いていた自分自身に気付いた。
「ご、ごめんなさい……ずっとだんまりで」
「構わないよ。ぼくの知り合いは皆、けっこう騒がしいからね。そういうのも新鮮で良いと思う」
そうして、彼女は店の扉を開け――
「やっぱ俺は人間の戦士の長に『帰ってママのミルクでも飲みな』って言ったエルフだぜ、ハートの強さが違ぇよハートの強さが!」
「そうだな、お前んことはなんだかんだで認めてるよ!」
「ガキの頃からすぐ泣くくせに、泣きつつも根性見せるからなお前!」
「初めてモンスターと戦った時もビビッて漏らしてるのにおれらん中で一番活躍したもんな!」
――騒々しい声に少し驚いた。
中に居たのは複数人の若いエルフだ。時々街中で見かける太った若いエルフではなく、体を鍛えているのか引き締まった印象を抱く。
だが、どちらにしろ『神秘的なエルフ』というイメージからはかけ離れているのは確かだ。椅子の上に立って「俺を讃えろ!」と言うエルフとか、それを囃し立てるエルフたちとか、人間の酒場とそう変わらないと思ってしまう。
ミリアムはこちらに気づかず騒ぎ続けるエルフたちにため息を吐き、腰に吊るした弓を構えた。
「おい、お前ら褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」
「半々」「八割褒めてるのは確かだぜ? 二割は素直に馬鹿にしてるが」「九割馬鹿にしちゃいるが、一割はちゃんと認めてるから安心しろ」
「ようし、お前らぶっ――」
「汚い足で椅子に立たないでもらえるかな?」
「――ころヴぁ!?」
シュン、という風切り音と共に放たれた矢は椅子に立つエルフの背に直撃。大きく体勢を崩した彼はそのまま顔面から地面に叩きつけられた。
「ちょ、ミリアムちゃん!? あれ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だよ、先が丸まった矢を使ったし、本気で射たわけでもないからね……ほら、お客さんが来たよ、とっとと道を開けてくれ」
ミリアムがノーラを指し示し、騒いでいたエルフたちの視線がそこに集中する。
「えっと、どうも――お邪魔でしたか?」
騒いでいるところで横槍を入れてしまったのはまずかっただろうか。
いや、実際に横槍、というか横矢を叩き込んだのはミリアムなのだけれど。
「……ハッ! こんな荒くれ者たちの溜まり場に、随分と可愛い子猫ちゃんが紛れ込んだもんだ!」
ぐいんっ、と。
ミリアムの射撃をくらって倒れていたエルフが勢い良く立ち上がった。
鼻から僅かに鼻血を垂らしながら、しかし下卑た――ような感じだけど瞳だけはワクワクとさせている――笑みを浮かべる。
「ここはお前みたいなヤツが来る場所じゃないぜ? ミルクでも飲んでとっとと帰りな。」
「ええ……喉乾いてますし、ミルクよりビールの方が……」
「待って、その返しは予想外だからちょっと待ってくれ、脳内のセリフが跳んだ!」
「ああ、やっぱり何かのお芝居だったんですね……」
「おうとも。へへ、このナイフにはな――毒が塗ってあるんだぜぇ」
そういってナイフを舐めているが、毒塗りナイフを舐めるのはアウトだとノーラは思う。
なんというか、連翹が良く使うセリフめいた引用っぽさだった。
あちらは一応は英雄の言葉であり、こちらは荒くれ者の冒険者の言葉という違いはあるが、好きで真似ているという点は同一だろう。
その様子を楽しそうに眺めながらミリアムは厨房でジョッキにビールをなみなみと注いでいく。
「さて、飲み物はビールだとして、軽い料理でも出そうかな――好みはあるかい? 昔のエルフ料理なんかは出来ないけど、一般的なモノならそこそこ作れるよ」
「あれ、エルフの料理は出来ないんですか?」
「簡単なモノなら出来なくもないけど、この店じゃ需要がないからやってないね。野菜や豆や虫とかを使って、時々小動物の肉って感じだからね」
ぼくは嫌いじゃないけれど、あいつらは古臭い肉を出せって文句言うんだよ、と少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「だってよ、虫はねえぜ虫は。昔は貴重なタンパク質だとか母ちゃんが言ってたけどよ、今なら牛、豚、鳥とか色々なモンで取り放題じゃねえか。肉のがうめえし見た目もあれだし、俺は食いたくねえな」
「それに小動物とか育ててるワケじゃねえから中々食えねえしな、食えたとしてもそこそこの美味さだしな。食うために育てた肉たちはやっぱうめえよ」
「つーか野菜じゃ鉄剣振る元気でねえよ」
「虫に関したは食わず嫌いだとぼくは思うけどね。蜂の子とか美味しいし、酒の摘みにも持って来いだっていうのに」
「あ、それならわたし、それ貰っていいですか?」
えっ、という視線が体に突き刺さる。
一つは「本当に食べるのかい?」という仲間を見つけたような視線であり、もう一つは「この女マジか」という視線である。
「あ、もちろん、今ここにあったらの話なんですけど――」
「よし、任せてくれノーラ! いつかこいつらに食べさせようと思って準備してたモノがある!」
今までで一番の笑顔と共にミリアムは動きだした。
氷冷蔵庫の奥から仕込んだハチノコを取り出し、それを手際よく味付けしていく。
流れるような作業に、「店をやってるだけあって手際いいなぁ」と思う。ノーラも料理やお菓子は作れるが、あんな風に手際は良くない。
感心しながらその様子を眺めていると、背中をとんとん、と叩かれる。なんだろうと思い視線を向けると、若いエルフたちが気遣うような顔でこちらを見つめていた。
「お、おい、ノーラって言うのか? ……話の流れで食べよう、って言っただけなら今のうちに辞退しとけよ」
「マスター、虫の形そのまんまで出しやがるからな。せめて見た目さえ虫っぽく見えなくしてくれりゃいいのに」
「仲良くなったばっかで断りづらいってんならおれらがなんとかするからよ……な?」
若いエルフたちが小声で言う。
それを見て、思わずくすりと笑ってしまう。なんというか、変化の無いエルフに産まれたからこそ人間の荒くれ者という存在に憧れているのだろうが、根っこはすごく純朴で優しい集団だ。
「いえっ、せっかく知らない土地に来て、知らない料理があって、しかもそれがお酒に合うっていうのに――ここでやめたら後悔するじゃないですか! 今度、いつオルシジームに来れるか分からないんですよ……!?」
実を言うとノーラとて虫を好んでいるワケではない、というか正直に言えば少し苦手だ。
だが、美味しいと言われているモノを見た目だけで食べないのはすごく勿体無いじゃないか、と思う。
食べてみてどうしても合わないようなら、今後食わねば良いだけ。
「はい、どうぞ。揚げて塩コショウで味付けした簡単なヤツだけど、だからこそ素材の味が引き立っているよ」
満足気な顔で出された皿の上には、やはりというか当然というか、白い芋虫――ハチノコが盛られていた。
(この時点でレンちゃんなら半泣きで悲鳴をあげてそうだなぁ)
フォークで突き刺すと、カリカリに上がった外面の硬さと中の程良い柔らかさが手に伝わってくる。
それを口元に寄せ、喰む。
カリカリとした食感と、内側のぷりっとした噛みごたえ。そして、香ばしい味と、ほんのりと甘い後味が口の中に広がる。
一つ一つが小さくて、だからこそついつい無言で口に運んでしまう。肉のフライとは違い、油っぽさもあまり感じない。だが、この香ばしい味は中々にビールに合う――!
「どうかな? その様子では気に入ってもらえたようだけど」
「美味しいですけど、あんまり沢山食べると晩ごはんが食べられなくなっちゃいますね……」
「ほら、この通りだよ。あんたたちも、冒険者に憧れるなら手近な冒険にヘタれてないで挑戦してみたらどうだい?」
いや、でも、だとか。
そうは言うけどよ、だとか。
未だ尻込みするエルフの若者の声が響く。
だが、食べないなら全部貰う、というようにノーラはサクサクとハチノコを食べる。だって残すのも勿体無いし、何より美味しい。フォークを止める理由は皆無だ。
「……じゃあ、俺も少し」
「まあ、美味しそうに食ってるしな。少なくともまずくはねえんだろ」
美味しそうに食べるノーラに触発されたのか、他の若者たちもおずおずと皿に手を伸ばす。
「……ん、悪くねえなこれ」
「ホントだ、けっこううめえな」
「……うめえけど見た目は虫だもんなぁ。やっぱ俺、肉のが好きだわ」
「ま、料理は見た目も重要な要素だからね。食べてみてそれでも見た目で駄目、というのならぼくも何も言わないさ」
食わず嫌いは損だからね、とミリアムは笑う。
それに対し思わず頷く。好き嫌いがあるのは当然だけれど、嫌うならせめて食べてからにすべきだ。
「気も晴れたみたいだね」
「ええ、ありがとうございます。正直、どうしようもないことでしたから」
「ふむ、木々が話していた無茶の話かな?」
「ええ――そうだ、ミリアムちゃんも神官なんですから、知っておいたほうがいいかもしれませんね」
そう言って、初めて転移者の力を吸収した時の話も交えて、伝え聞いた理屈を説明する。
制御など出来ないその力。空気を入れすぎて破裂する紙風船の如く内側から圧迫される感覚と、それを強化された治癒の奇跡で体を修復する感覚。正直、よっぽど切羽詰まらない限り使いたいとは思わない。
「……解決、できなくもないかもしれない」
ぽつり、と。
ノーラの説明を黙って聞いていたミリアムは呟いた。
「え? そ、それ、本当ですか!?」
「うん。ぼくがその力を使ったワケじゃないから確証はないけどね――霊樹を使ってみる、っていうのはどうかな? それでどうにかなると思う」
霊樹? 首を傾げたノーラが思い出すのは、ニールが探していた剣やこの店にあるテーブルなどの材料となる木材だ。
鉄より軽く、そして頑丈な素材――らしいが、それがどう今回の話に繋がるのか理解出来ない。
「神官が直接接触することによって力を吸い取る。けどその力は大きすぎて制御できない、だったね?」
ええ、と頷く。
せめて、自分が制御できる分だけ体に吸収できれば、未熟な神官であるノーラでも皆のために力を振るえるのだが。
「なら簡単だ――『神官の霊樹の木材』を探して、余分な力を散らすように加工する……これだね」
「え……っと、え? ごめんなさい、ちょっと何を言っているのか……」
「うん? 意思ある存在は全て神官になれる。なら、加工されてなお意識を保つ霊樹の中に神官が居ても、そうおかしい話じゃないだろう?」
「えっと、ちょっとまってください。頭の中、整理しますから……」
霊樹には人間たちと同じように神官になる物がある。
つまり、ノーラと転移者が接触するという力を使うまでのプロセスの間に、霊樹を挟み込むのだ。
その際、霊樹の時点で何らかの手段で力を減退させ、制御可能な量をノーラに注ぐ――つまりは、そういうことなのだろうか?
「……もし、それが出来たら」
「倒れるようなことにはならない、そうぼくは思うね。もちろん、上手く行くかどうかは分からないけどさ」
期待しすぎないで欲しいな、と困ったように笑うミリアムだが、期待するなという方が無理だろう。
もし上手く行けば、今日のような状況になった時、もっと皆を助けられる。守られるだけではなくなるのだ。
もっとも、
(霊樹は意思を持つ素材――わたしなんかを認めてくれるんでしょうか?)
不安ではある。
だが、どうしようもない状況で見つけた光明なのだ。
認めてくれるのか、ではない。
認めさせてやる、くらいの心持ちで行かねばならないだろう。
ノーラはそう心に近い、ビールをぐいっと呷った。




