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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
血に濡れ、血に飢えた死神
112/288

109/団長の武技

お待たせしました、投稿します

 ――――喧騒に包まれる街を見ている。活気に溢れたそれではなく、剣と魔法の暴虐によるそれを。


 広場には多くの若いエルフが集まっていた。

 人間とドワーフの連合に入り、西に居る転移者と戦うためだ。皆が武器を持ち、魔導書を持っている。

 エルフの都市は人間たちほど人員の入れ替えが多くない。皆、長命であるがゆえに他種族に比べ現役を務める時間が圧倒的に長いのだ。

 数十という年月はエルフにとっては瞬きの間だが、人間やドワーフには長すぎる。そして、ドワーフの影響を色濃く受けた若いエルフたちにとっても。

 寿命の短い彼らを知った若いエルフたちは、勤勉であり、努力家であり――しかしかつてのエルフたちの視点ではまだまだ経験の足らない子供が生き急いでいるだけであった。


 大人と子供の違い。

 大人がかつて子供だった時の環境と、現在の環境の変化。


 それらの要素が、互いの理解を阻害した。

 そして、子供よりも大人の方が力を持っているのは道理だ。

 経験、知識、そして権力。

 それらが若い者の言葉は経験の足りぬ軽いモノとし、退けていた。

 だが、連合軍に入り、外で活躍すれば話は別だ。実績の無い軽い言葉が、結果を出したがゆえに重くなる。少なくとも、向こう見ずな若者の熱狂と思われずに済む。

 ゆえに、気合を入れて頑張ろう。この試験を合格し、力を示すのだ。

 そう――ここにいる多くの歳若いエルフは思っていたのだ。

 

「う――あ……?」


 近くで声がした。それは困惑の声だ。

 森が雷で裂け、炎で焼ける。見慣れた緑の街並みが、炎で赤く染まってく。

 森林国家オルシジームが誇る天然の城壁を鼻歌混じりで砕きながら、彼らは進軍するのだ。

 恐れも怒りも思い浮かばない。ただ、理解が追いつかなかった。『なんだろう、あれは』という疑問と『今見ているのは現実の光景なのだろうか』という逃避だけが、ぐるぐると頭の中を回り続ける。

 だが、あれが現実でも幻であろうと、変わらない事実が一つ。

 あれは、自分たちが真っ向から戦って勝てる相手ではないのだ、ということ。

 オルシジームギルドという若者の溜まり場の店主、ミリアム・ニコチアナもまた、じわりと薄い胸元に広がっていく恐怖を感じていた。

 ブロンド髪をショートに切りそろえた細身の少女だ。防寒用に緑色のジャケットを羽織っているが、下はショートパンツで脚が大きく露出している。


(……強いってのは、人づてに聞いてたけどね)


 ブロンドのショートヘアから伸びた耳を軽く塞ぐ。そうしなくては気が変になりそうだったから。

 木々が震えている。

 圧倒的な力に蹂躙され、へし折られ、燃やされる草木の悲鳴が耳を貫く。

 痛い、助けて――と草木と神官のエルフにしか届かない絶叫が森林国家の中に響き渡る。

 彼女は手に持つ武器をぎゅっと握りしめる。それは霊樹の弓。無論、エルフの女にとって霊樹は非常に重いため、小型の弓だ。小型だが頑丈なそれの両端に金属製の刃をはめ込み、遠近両用の武器としている。

 それを振り回して大活躍が出来る――とまで思っていたワケではない。

 調子に乗った若いエルフたちとの交流が多いミリアムは、自然と『そんな簡単にはいかないだろうさ』と思っていた。

 だから、他の若いエルフのサポートをしつつ、援護に徹しようと思っていたのだ。


(でも、これは、思った以上に……)


 人間の兵士に襲いかかる、転移者と呼ばれる連中。

 エルフのように細い四肢をしているような者が大半なのに、鉄塊と見紛う剣を振り回す姿はさながら悪夢だ。人間とエルフでは体の作りが違うとか、筋肉の質が違うとか、そんな話ではない。あんなのただの理不尽ズルではないか。

 

「ファルコンくん、怯えているエルフたちを設営したテントまで護衛してくれないかな。あちらには兵士や君と同じく試験のために呼び寄せた冒険者がいる。数人であれば十分戦えるだろうからね」

「うっへえ、実戦経験ない奴相手に試験するとか楽出来ると思ったのによぉ――あいよ、団長さん。そいつは別に構わねえけど、踏みとどまってる奴らはどうするんだ?」


 恐怖に囚われ始めたエルフの若者たちと裏腹に、禿頭の騎士と短剣を持った冒険者は大した恐怖を抱いていないようだった。

 それは慣れか、それとも強さゆえか。

 人間はエルフと比べ寿命は短く、積み重ねた歳月は圧倒的に短いはずなのに、見た目以上に精神的にずっとずっと大人に見える。


「見学させようと思うんだ。痛みを与えられることよりも、ずっと鮮烈で恐怖を煽る光景だからね。覚悟を試すには、もってこいの状況だ」

 

 禿頭の騎士、ゲイリー・Q・サザンが振り向く。左手で鉄兜を掴みながら、彼は強面の顔を柔和な微笑みで彩った。

 

「さて――君たちはどうしたいかな? 立ち去り守られるのは恥じゃないし、踏み止まって観察するのも別に特別勇敢ってワケでもない。重要なのは自分が何をしたいかであり、その上で何を選択したか。己の力量を見極めて退くのは英断と言えるし、見誤って失敗するのは愚かだからね。自分で考えて、決めるんだ」


 残念だけれど、あまり考える時間はあげられないけどね――と、夕飯がどちらのメニューにしたいかと問いかけるような気軽さでゲイリーは笑う。

 優しいようで、けれどどこか厳しい響きの言葉だ。

 経験の少ないエルフたちにとって、目の前の現状は想像したこともない非日常。それを大した時間も無く自分の意思を決定し、進むべき道を選べというのだ。人生とはそういうものなのかもしれないが、しかしもう少し待ってくれ、と懇願したくなる。

 

「……ぼくは、残ろうと思うよ」


 困惑する同年代の者たちを見渡しながら、ミリアムは言う。

 ハッキリと言い切ってやったつもりだったのに、声が僅かに震えていたけれど――それでも、しっかりと自分の意思を告げる。


「その光景に耐えられるか耐えられないかは分からないけどさ――進みたいと思った道なんだ。挑戦しないで逃げるのは、女のぼくでも恥ずかしい」


 伊達や酔狂でオルシジームギルドなどという店をやっているワケではないのだ。

 子供の頃から人間の冒険者の話を聞いて、それに憧れて店を始めた。結局、若いエルフの溜まり場兼、猫探しなどの子供のお使いみたいな依頼を解決する場所でしかなかったけれど。

 それでも、冒険することに憧れたから、この国にあんな店を建てたのだ。ここで縮こまっているワケにはいかない。


「ふむ――後悔はないかな?」

「それを知るために、ここに立つんだ。……もっとも迷惑をかけるのなら、その程度の気持ちでここに立つなというのなら、それに従うけれどね」


 後悔はするかもしれない、ただの若造の無軌道な行動でしかないのかもしれない。

 それでも、やりたいのだ。

 自身の想いが本物か紛い物かを知るために。理解したいために、全力でぶつかりたいのだ。


「いや、構わないよ。若者の熱意とはそうあるべきだとボクは思う」


 優しげに口元を緩めた彼は、ゆっくりと兜を被った。

 全身を白銀で鎧った彼は、剣を抜き、構える。


「無謀でもいい、失敗してもいい、その結果君たちが足を引っ張るのなら、経験を積んだ大人のボクが君たちを助けよう。若者は失敗を恐れず目標に邁進すればいい、ボクら大人は君たちの失敗をフォローするから」


 ボクは若者とそんな関係でありたいと思ってるし、そういう風に頼られる大人であれるように努力しているつもりさ――そう言ってゲイリーは迫り来る者たちに視線を向けた。

 統一感のない、けれど一目見ただけで金と手間暇をかけた装備を纏った集団である。

 動きやすい革のコートを羽織った者、磨きぬかれた白い鎧を纏った者に光すら飲み込む漆黒の全身鎧で武装した者、かと思えば上半身裸で大剣を背負った者も居た。

 その様は、仮装コスプレをしているようにも見える。足運びの素人臭さもそうだが、自分に合った武装を身に纏うのではなく、見た目の好みを重視しているように見えるからだろうか。

 

「いたぞいたぞ、若いエルフだ。女は大歓迎だが、男が居るのも悪く無いな」

「ははっ、なんだお前、ホモか? もしそうだったら俺の親友にしてやってもいいぞ。ホモなら女に手を出さないわけだしな」

「違う、馬鹿かお前は。男のエルフなら女の転移者に売り飛ばせるだろうが。場合によっちゃ、少年趣味の金持った現地人に売り払うって手もある」


 笑う、笑う、彼らは笑う。ショーケースに並んだ商品を見て心を躍らせる子供のように、だからこそ生命エルフではなく人形を観察するかの如く。

 

「う……っ」


 それが、怖い。

 人間と同じ形をしているのに、致命的にズレている感覚。人間とほとんど変わらないからこそ、その差が不気味だった。

 彼らの多くは黒髪で、ミリアムは昨夜自分の店に食事に来た冒険者の集団、その中の一人の少女を連想する。

 けれど、その時に見た彼女は不気味だと思わなかった。

 それはきっと、彼女が人間だったからだと思う。彼らのようにズレていない、ズレていたとしても軽微だからこそ、人間として認識できたのだと思う。


「……」


 そんなズレにズレた者たちの中で、一人俯いている少年が居た。

 小柄で成長途中な体から百から百三十歳――人間で言えば十から十三歳程度だろう――の子供だというのに分厚い金の板金鎧を纏っている姿は、転移者と呼ばれる者たちと同様の異様さだ。

 だが、彼が放つ雰囲気は傲慢さが欠片もなく、むしろおどおどとした気弱な子供を連想させる。


「どうした? ああ、お前は初陣だったか。安心しろ、技名叫べば現地人どもなんぞ簡単に死ぬし、腕力に任せりゃ女なんぞ簡単に組み伏せる。慣れれば病み付きになるぞ」

「ここには俺らを捕まえる奴なんていないからな。いや、居るには居るがただの雑魚だから問題ねえって。兵士だろうが騎士だろうが敵じゃねえんだからよ」

「つーかしっかりしろよ。現地人如き俺一人でも蹂躙できっけど手間なんだよ。ちゃんとやることやれよ、新人」


 そんな彼を、他の者たちがどこか馬鹿にするような笑みを浮かべながら発破をかける。

 言葉それ自体は後輩をいたわる先輩のようだが、声音は馬鹿にする響きだったり苛立ちを隠そうとしていなかったり――どちらにしろ、優しさは皆無だった。

 いいから殺せ、敵を倒せ、そして俺に楽をさせろ、そんな意図が透けて見える。

 

「う――じ、じぶん、自分は――」

「さて――転移者諸君。君たちに一つだけお願いがあるんだけれど、いいかな?」


 ぼそぼそと何かを言おうとした少年転移者の声を遮り、ゲイリーが声を出す。

 大きな声ではなかったが、しかしなぜか耳に届き、そして響く声であった。


「ああ? でっけえ鎧……その声はオッサンだな? 馬鹿だなあお前。コーショーってのは、実力が近いヤツ同士でやるもんだろ。これから蹂躙される雑魚が何を交渉するってんだよ」

「そう言わず、聞くだけ聞いて貰えないかな。この言葉が最期になるかもしれないからね」

(――?)


 なぜだろう。

 その言葉は命乞いめいた響きだというのに、弱々しい印象さえ受ける言葉だというのに。

 まるで、鷹がその鋭利な爪をひた隠すような――そんな風に思えるのだ。


「はっ――なんだなんだ、実力差ってモンを理解してるじゃねえか! いいぜ、言ってみろ。お願いとやらも、気分が乗ったら聞いてやるよ」

「ああ、ありがとう。……では、転移者諸君。叶うのなら、罪を認め剣を収めてはくれないかな?」


 転移者たちが口を閉ざした。

 あまりに予想外な言葉を聞かされたからだろうか、肯定も否定もない。ただただ、無言だけが響く。


「君たちは自分の欲望のままにエルフたちに襲いかかっている――それは紛うこと無き罪だ。許されるべきではないし、法を守る騎士として許すつもりもない。裁きは受けてもらうつもりだよ」

 

 その無言の中で、白銀の騎士は朗々と語り続ける。


「けど、人間は完璧ではない、弱いからこそ間違える。だからこそ罪を認め、新たな一歩を歩もうとする者は尊重されるべきだとボクは思う。……さて、この声を聞いた転移者の中で『ここいらで、真っ当な人間になろう』なんて思う者は居ないかな? そういう者が居たら、ボクは、ボクら騎士団は君たちに助力を惜しまないよ」


 どうかな? と。そう言ってゲイリーは口を閉ざした。

 長い、長い沈黙があった。

 当事者たる転移者も、それを眺めるエルフたちも、ぽかんと口を開けたまま。

 しばし遠くで響く喧騒だけが鼓膜を震わし、そして。


「く――ふはっ、ははっ、ははははははははっ!」


 弾けるように、爆笑が響き渡った。

 複数の笑い声が重なり合い、爆音の如く鳴り響く。。

 

『何を言ってるのだ、この馬鹿は』と。

『現実的ではない、夢想家の軽い言葉だ』と。

『自分たちを前にして現実の見えていない無能だな』と。


 様々な感情と言葉が荒れ狂い、しかしそれらは全て全てゲイリーに対する侮蔑と哀れみによって彩られていた。

 

「ひ――はは、ふー……あんま笑わせるなよ、現地人のオッサン。腹筋が破れるかと思ったぜ」

「おや、ボクは冗談を口にしたつもりはないんだけどね。嘘偽りのない本音を述べたつもりなんだけれど」

「それが一番のギャグなんだよ! はぁ、ひぃ……ようし、お前らとっととこの勘違い野郎ぶっ殺そうぜ」

「お前が仕切るなよ……まあ、けど同感だわな。こんなアホみたいな言葉を真に受けるような底抜けの馬鹿なんて居やしないぜ――」


 笑い、嘲笑い、嗤い――見下しの笑い声の多重奏。

 だが、ミリアムはそれに怒りを覚えるどころか、仕方のないことだろうと思っていた。

 たとえば家畜。言葉を喋らないそれだが、しかし仮に突然言葉を喋るようになっても対応に大きな差は出ないと思う。もちろん、最初は驚いたり申し訳ない気持ちになるだろうがもう完全に生活に組み込まれているし――何より、家畜がどれだけこちらを憎もうと、エルフを打倒することは叶わない。

 つまりはそういうことだ。自分たちよりも圧倒的に弱く、交渉の材料も持っていない存在の懇願を聞く理由はないのだ。


「本当に――こんな自分を、助けてくれるんですか?」


 そんな中、からん、という音がした。剣が地面に転がる音だ。

 そちらに視線を向けると、黄金の鎧を纏った少年が、体を震わせてゲイリーを見つめていた。


「嫌なんだ、怖いんだ――力を持ったからって、他人を傷つけたくなんてないよ。そりゃ、ネット小説なんかでそういう物語には憧れたし、そんな主人公になってみたいと思ったけど、それは物語なんだ。喜んで怒って泣いて笑う人に、剣なんて振れない。振るいたく、ないよ」


 彼が視線をゲイリーの後ろ――ミリアムたち若いエルフが居る場所へと向ける。

 

「殺しも他人を傷つけることもしたくない。でも、一人で知らない世界で生きるのも怖くて……だったら、同じ日本出身の人が沢山居る場所に居たくて、けどそこは『こういう場所』で」


 結果、異を唱える勇気もなく、レゾン・デイトルから離れるのも怖くて、ずるずるとここまで来たのだと少年は言う。

 なんて意思薄弱な奴――とは言えなかった。

 同じ種族で、近い価値観を共有している者たちと一緒に居るのがどれだけ気楽で楽しいかは、オルシジームギルドという冒険者ギルドの真似事の店をやっているミリアムもよく分かる。


「ハッ――冷めること言うんじゃねえよ。何時の時代の召喚モノのセリフだよ、流行らねえんだよ、んなモン」

「流行る流行らないじゃない、自分は――」

「あーもういい、近くでぐだぐだ泣き言タレられても邪魔だ。足手まといはとっとと死ねよ。『ファスト・」


 刹那、白銀の雷光が奔った。

 荒々しく、けれど刃のように鋭いそれは、スキルを発声しようとした転移者の首に届き――


「リディアの剣、雷華らいか


 落ちた。

 首が、そして命が。

 スキルの名を叫ぼうとしていた転移者の頭は、開いた口を驚愕に歪めながら地面に転がる。


「――少年、ボクはその選択を祝福しよう」


 頭部を失った胴体を蹴り飛ばし、転移者の群れに叩き込む。

 瞬間、爆ぜるように吹き出す命の赤。呆然とこちらを見ていた転移者たちが我に返り悲鳴を上げる。


「彼らが君を臆病者と罵ろうと、現地人が彼らの仲間と蔑んでも、ボクは君の勇気を尊重する。最後の最後、よく決断したね」


 兜を僅かにズラし、ゲイリーは少年に柔らかい笑みを向ける。

 

「もう、心配はない。あのエルフたちと一緒に、居るんだ。庇護すべき対象を騎士は、ボクは決して傷つけさせやしない」


 言って、ゲイリーは一歩、前に出た。

 白銀の甲冑を身に纏い、白銀の剣を突き出し、騎士は未だ混乱のただ中にある転移者たちに宣言する。


「ボクの名はゲイリー・Q・サザン。アルストロメリア騎士団の騎士団長にして、Qカンテサンスの名を賜りし者。アルストロメリアの騎士の真髄、その身で味わうといい」

「ふ――ざけんなぁ!」


 ゲイリーの名乗りを聞き、複数の転移者が飛びかかる。


「調子に乗ってんじゃねえ、たかだか不意打ちで雑魚を一匹散らしたくらいでよぉ! 俺の体を薄汚え血で汚しやがって……殺して晒して辱めてやっから覚悟しやがれぇ!」


 全力疾走からスキルを発声。体勢は崩れているが問題ない、どんな体勢であろうとスキルが自動で体を修正して技を出してくれる。

 だから問題ない、と転移者は思ったのだ。

 あの騎士は現地人にしては強いかもしれない――だが、しょせん現地人だ。場合によってはスキルを防ぎカウンターをしかけてくるかもしれないが、他の誰かが肉壁になり自分の攻撃は届くはず。

 自分の行動は成功する。相手の反撃も、別の誰かに向かうはずだ。

 そんな都合の良い思考で、しかしだからこそ恐れなく踏み込んだ彼らは『ファスト・エッジ』、『クリムゾン・エッジ』、『スウィフト・スラッシュ』――接近戦で隙の少ない技をゲイリーに放つ。

 

「リディアの剣――」

 

 くるり、と刀身を回し、ゲイリーは剣を逆手に持ち替える。 


「なにするにしてもおせえよ間抜け! 死に腐れぇ――!」

「――石華しゃくか


 ゲイリーは淡々と剣先を地面に突き立て――瞬間、彼の周囲の地面が消し飛んだ。

 花弁が開くようにめくれ上がった地面と共に、転移者たちは宙を舞う。だが、彼らの眼に驚きはあれど諦めはない。

 体勢を大きく崩したため、スキルは中断された。ならば、もう別のスキルが使用できるということ。

 空中で運良くバランスを取れた者は右腕をゲイリーに突き出す。剣が届かなくても、魔法ならば十分――


「代金は剣舞で見せたろう? あの時と同じ魔法だ、頼むよ」

 

 戦いの場とは思えない穏やかな声と共に、ゲイリーの背後から雷光の槍が無数に掃射される。

 それらは空中で身動きの取れない転移者たちを貫き、放電。内部から体を焼きつくしていく。


「ライトニング・ファランクス……!? それは俺らの! まさか、お前も転移者、いや、兜被る前の見た目は現地人っぽかったな――分かった、転生者だな!」

「外れだよ。答えは単純で、理さえ暴けば真似するのは容易いってだけさ」

(いや、それでも今の魔法は詠唱をしていなかった――ああ、そうか)


 精霊は生物の詠唱を一種の娯楽として楽しみ、その対価として生物が編んだ魔力に力を込めるのだ。

 だが、詠唱以外にも魔法を使う方法が存在しないワケではない。

 磨きぬかれた技量――それを娯楽と認識し、楽しむ場合も、無いわけではないのだ。

 それは歌唱であったり、演舞であったり、剣術であったり、場合によっては書類作業などでも。洗練された動作を娯楽と認識し、精霊が力を貸す場合も存在する。

 無論、普通ならそんなことは不可能だ。

 技術さえ磨けば誰でも到達できる境地なら、研究者以外に魔法使いなんて職業を選ぶ者は居ない。

 それは才ある者がその才能を延々と磨き続けた果てに存在する極地だ。

 

「さて、一斉にかかって来た方が良いと思うのだけれど、どうかな? それこそが君たちの唯一の勝機だし、ボクも無駄な時間を過ごさなくて済む」


 時折、人間にはこのような存在が産まれる。

 青銅の時代。獣人に滅ぼされかかっていた時、隕石から『鉄』を発見しドワーフと共に鉄剣で獣人を打倒した武装帝国アキレギアの初代皇帝。

 黒鉄の時代。エルフのみの秘儀だった魔法を解析し、より攻撃的な、より文明的な魔法を開発し大陸を平定した魔法王国トリリアムの魔法王。

 それを見て、人は、エルフは、ドワーフは、かつての魔族は、モンスターですら言葉に出来ずとも思ったであろう。

 天才、と。


「分かった、俺らの負けでいいや」


 からんからん、と剣が転がる音。視線を向ければ、へらへらと笑い両手を上げた一人の転移者が己の得物をこちらに蹴り飛ばしている姿が見えた。

 

「罪を認めたら助けてくれるんだろ? なら、とっとと俺を助けてくれよ、なあ騎士さま?」

「ふむ――では、こちらに来たまえ」

 

 なっ、とミリアムは思わず困惑の声を漏らした。

 当然だ、あれは罪を認めるどころか一欠片ですらも反省しているようには見えない。

 ただ、こう言ってしまえばあの正しい騎士は攻撃できないだろう――そんな、浅い考えが人生経験の薄いミリアムにすら伝わってくる。


「いやあ、助かった助かった、これで俺も一安心だ!」

「何が一安心なのかな?」

「そりゃあもうアンタと戦わなくて済む――」


 へらへらとした笑い声を絶やさぬままゲイリーに近づいて来た転移者の首が、突然落ちた。


「残念ながら、分水嶺はとっくに過ぎているよ――君たちは力で誰かを辱める選択をし、最後の説得を聞き入れなかった。……だというのに、敵が自分よりも強いと気付いた瞬間に命乞いだって?」


 見れば、ゲイリーは剣を振りぬいていた。

 いつの間に構えたのか、いや、いつの間に剣を振ったのか。

 誰にも分からなかった。エルフはもちろん、転移者にも。


「――――笑わせるなよ忌々しい転移者ケモノ共め、都合が良いにも程がある」


 鍛えぬかれた刃のように冷たく、鋭く、そして無慈悲な声音が響く。


「創造神ディミルゴは言った――『考えた結果であれば教義も法を破って良い』とね、そして『だが、決して自身の選択から目を逸らすな、責任を持て』と」

 

 一歩、一歩、ゲイリーが歩く。かしゃん、かしゃんと鎧が鳴る。

 歩く彼の背中はエルフたちから見えれば頼もしく――しかしそれと同じくらいに恐ろしかった。

 ならば、転移者たちから見た彼の姿は、一体どれほど恐ろしいのだろうか――?


「ゆえに、ここが君たちの終着点だ。自身の選択に責任を持って、甘んじて受け入れるといい――死という刑罰を」


 地面を蹴り、彼は転移者の群れへと飛び込んだ。

 

 ――――それから先のことを多く語る必要はあるまい。 


 奮起する転移者を、逃げ出そうとする転移者を、戦うべきか逃げるべきか迷う転移者を。

 彼は蹂躙し、圧倒し、殲滅した。

 一切の慈悲無く、その剣で、その魔法で。

 

「……全く、だからこういう戦いは嫌なんだよ。若者に怖がられてしまう。せっかく怖がられないように一人称から変えてるのに」


 血溜まりの上で、白銀の騎士はそう独り言ちた。


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