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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
血に濡れ、血に飢えた死神
109/288

106/血塗れの死神/2-2

「もうお前の剣は当たらねえ――――俺の勝ちだ、糞女」


 全身が痛むな、とニールは剣呑に笑いつつも内心で顔をしかめた。

 致命傷こそ避けてはいたものの、それでも傷の量が多すぎる。そして、流血もまた。

 先程から悲鳴じみた痛みが頭を揺さぶり、べたつく血の感触は全身に広がり油でも頭から被ったような感覚だ。

 痛くて、気持ち悪い。

 だが、問題ない。

 痛みも、この気持の悪さも、生きているから感じ取れるモノであり――この痛みに釣り合うモノは手に入れたのだから。


「何を――馬鹿なことを! 一回まぐれで回避した程度でぇ! 『ファスト・エッジ』! その無知蒙昧な脳みそを切り刻んでやるわ!」


 パーカーの裾から新たなショートソードを引き抜きながら、新たに『ファスト・エッジ』を放ってくる。

 だが、問題ない。

 タンッ! と地面を蹴り、袈裟懸けに振り下ろされる斬撃を危なげなく回避する。

 死神グリムの表情にある苛立ちと驚愕。その天秤が、後者に傾き始めた。


「こ――のっ、『スウィフト・スラッシュ』!」

「紙一重で回避してカウンター――みたいなのを出来たら、もっと良いんだがな。今の俺にはこれが限界か」


 騎士団長のゲイリーや騎士のアレックス、防御が上手いという兵士のブライアンなら――もっと上手くやるのだろうな。

 そんなことを考えながら、こちらを狙い撃ってくる三連撃を左右に跳ねながら回避。死神グリムの表情に焦りが色濃く浮かんだ。


「く――『クリムゾン・エッジ』!」


 スキルの発声と共にショートソードに炎が灯る。

 その瞬間、ニールはバックステップで距離を取った。『クリムゾン・エッジ』は剣に炎を灯した後は、その場で踏み込んで剣を振るだけだ。距離さえ稼いでしまえば安定して空振りさせられる。

 

「『ファスト・エッジ』……!? なによ……なんで当たらないのよ!」

「剣を習い始めた頃、よく構えがなってないって足とか手とか、駄目な部分を木剣で叩かれた」


 昔を懐かしむように語りながら鋭い斬撃を危なげなく避ける。

 もはや、問題にもならない。単発だろうが、連撃だろうが、体力さえ続けばいくらでも回避できるという確信があった。


「痛くて辛かったが、まあ必要なことでな。痛くて辛いからもう同じ目には遭いたくないし、意識的にも無意識的にも痛い目に遭わないように構えを矯正したもんだ」


 それと同じだ――と。

 満足気に言いながら剣を構える。


「それと同じだ。見ただけじゃ覚えられねえから、『体で覚えた』」


 ニールは相手の動きだけを見て技を完全に見切れる達人ではない。

 相手のスキルは必ず同じ挙動をすると理解していても、踏み込みの深さや剣を振る速度やタイミング――そういった細かな理を暴くことは出来ないのだ。

 けれど――何度も何度も練習しても見切れない程、才能がないワケではないと思った。

 だから、肌で、痛覚で理解しようとしたのだ。


「下手な回避をすりゃ、剣が掠めて肉を断たれる。痛いのは嫌だから、切り刻まれて死ぬのは嫌だから、必死に回避を覚える――馬鹿みてぇに単純な話だ」


 子供のころ、師匠に怒鳴られながら剣を振るっていたのと大して変わりはしない。

 違うのは、痛みを与えるモノが手加減された木剣ではなく、達人の技量で振るわれる真剣だということだけだ。

 淡々と告げられるニールの言葉を、死神グリムは顔を青くさせる。


「ば――馬鹿言わないでよ!? なによ、その無茶苦茶な根性論……! 覚えるのが間に合わなければ、バラバラに切り裂かれて死ぬだけじゃない!」


 言葉の意味は理解出来たけれど、その行動を何一つ理解できない――と死神グリムは悲鳴じみた叫び声を上げる。

 途中から剣が面白いように当たったのも当然だ。なにせ、回避と防御を組み合わせてようやく凌げていたニールが、防御を捨てたのだから。攻撃を回避し切れず、切り刻まれるのは当然だろう。

 

「頭おかしいんじゃないの――アンタ!?」


 動きを見切れる確信があったのなら、まだいい。

 だが、死神グリムは分かった。目の前の男に、そんな確信など一欠片もなかったのだ。

 見切れたら勝ち、見れなければ死――そんな綱渡りになる選択肢を、当然のような顔をして選んだのだと。

 それが、怖い。


「何言ってんだ、刃物振り回してるような人間が正気なワケねえだろ」


 確実性に欠ける賭け?

 失敗していたら死んでいた? 


 ――だが、それがどうした? と鼻で笑う。


 そもそも、身体能力からして全くレベルの違う相手と戦っているのだ。そんな相手と剣を交える時点で死など、とうに覚悟済みだ。

 だからこそ思うのだ。

 こちらが不利なのは当然であるし、そして何より――


「転移者は強い――そんな強者相手に、俺一人の命を賭けた程度で突破口を開けるワケだ。どうせ順当に行けば負けたんだ、なら賭けない理由はねぇだろうがァ――!」


 剣を肩で担ぐように構え、吠えながら疾走する。

 もう守りや回避に専念する必要はない。

 この右手の剣で、切り裂き、断ち切る、勝利する――それだけだ。

 

「わ――わかったわ、ブラフね!? アンタ程度の現地人が、アタシに勝てるはずないんだから――『ファスト・エッジ』!」


 突貫するニールに対し、死神グリムが選んだのは『逃避』であった。

 接近しつつあるニールから、ではない。

 自分の技が破られた――その現実から、目を逸し、逃避した。

 

人心獣化流じんしんじゅうかりゅう――」


 だが、ニールにもう焦りはなかった。

 自分なら避けられると確信している攻撃など、いくら鋭かろうと、いくら疾かろうと、何の問題もない。

 踏み込んでくる死神グリムが剣を振る――それに合わせて、ニールもまた勢い良く前へ前へと踏み込み、懐へと飛び込む。

 

「馬鹿ね、このまま叩ききっ――!?」


 ようやく死神グリムは気付いた。

 この間合いでは、剣が当たらないと。

 斬撃は円運動だ。外側に行けば行くほど速度が上がり、回転の中心に行けば行くほど速度は下がる。

 こうも深く懐に入り込まれては、剣など当たらない。

 だが、それはニールもまた同じ。

 ここまで接近しては、まともに剣など振れやしない――!

 だが、ニールの顔から余裕の色は消えない。

 当然だ。そもそも、ニールは剣を振るつもりなどないのだから。


「――破城熊はじょうぐま!」


 突き刺さった。

 死神グリムの腹に、ニールの剣の柄頭が、深々と。

 パーカーの裏側に仕込まれたショートソードが容易く砕け、衝撃は彼女の腹部に叩き込まれる。内部で、何かが破裂するような鈍い音がした。


「あ――が、――ぁ……!? あ……ぐぅ、ぇ!?」


 ずるり、と。

 死神グリムはその場に崩れ落ち、体をくの字に曲げた。喘ぐ口元から、血混じりの吐瀉物が吐き出されていく。


「一番隙が少ない技だからな、『ファスト・エッジ』は。絶対初手はそれで来ると思ったぜ」

 

 こちらに鋭く踏み込んで袈裟懸けに剣を振るう技――その踏み込みの速度を利用させて貰った。

 踏み込むニールと、踏み込む死神グリム。そんな状況で放った叩き砕く技『破城熊はじょうぐま』は、その勢いを一切後ろに逃がすこと無く、死神グリムの内蔵を叩き、砕いたのだ。耐えられる痛みではあるまい。

 無論、現地人にとっても内臓破裂など中々耐えられる痛みではないが、転移者はそれに加え痛みに慣れていないのだ。

 その絶大な身体能力とスキルという強力な技は、敵からダメージを受けるという経験をさせてくれない。大体の相手ならば一撃、そうでなくてもスキルを何発か放つだけで反撃も許さず圧倒できるからだ。

 だから、突然大きなダメージに精神が耐えられない。彼らの言う規格外チートによって体はまだ動いても、痛みで心が折れる。

 モンスターと戦い、時折反撃され、ゆっくりと痛みに慣れていった現地人の戦士とはそこが大きく違うのだ。

 ニールは地面で腹を抑えて振るえる死神グリムに向け、剣を向けた。狙うのは首――確実に命を奪い、喉を潰すことで苦し紛れのスキルを封じるために。


「お前みてぇな糞女は嫌いだが、あえて苦しませようとは思わねえ。……一撃で終わらせてやるよ」


 嫌いな相手だからといって、わざわざ苦しめる必要はない。無論、生かす必要もないが。

 ゆえに、一撃。

 それで終わらせるべく剣を振り下ろした。

 斬撃は狙い違わず死神グリムの首に向かい――


「い……ぁあ! ま、だ――ぁ! ま、だぁよごぉ、ぅ、え……!」

 

 ――首を断つ直前、口から血と吐瀉物を吐き出しながら、死神グリムはそれを回避。

 地面を転がり、自身の吐き出した吐瀉物に塗れながらも、必死に距離を取った。

 

「おば――れなぃ、こんな、どごで、死にだく、ない……!」


 耐え難い痛みが絶えず襲っているのだろう。

 だが、全身から脂汗を流し、瞳から涙を、口からヨダレを垂れ流しながらも――彼女は体を動かした。

 死にたくない、死にたくない、まだ終わりたくない、その思いだけで。


「ぜ、っがく、ご、ぼっ――っはぁ! だ、誰もアタシを、虐めない、虐められない、そんな世界に来たのに――アタシはここでなら、楽しく生きられるのよ――――だから邪魔しないでよぉおおおお!」


 血の塊を吐き出し、感情のままに絶叫する。

 まだ生きていたいんだ、邪魔しないでくれと。

 ありのままの感情を吐き出した叫びに対し、ニールは「はっ」と短く吐き捨てた。


「うるせえよ。手前勝手なことを叫ぶなよ糞女、耳障りだ」

「うるさいうるさいうるさい、うるさいはそっちなのよぉ! なんでアタシの邪魔するのよ……アタシはもう辛い目にあったんだから、助けてくれたっていいじゃない……自由に、楽しく、笑って生きたっていいじゃない」

「負けそうになったら弱み晒して『自分も辛かったんです』ってか? そんなムシの良い話、通るワケがねえだろうが」


 涙を流す死神グリムの言葉を切って捨てる。

 好き勝手自由にやった結果、今こうやって殺されようとしている――これはそれだけの話だ。


 ――もしかしたら、始まりは彼女の言うように同情出来るモノだったのかもしれない。


 だが、どんな理由があろうと他人を傷つけるような言動をすれば恨みを買うのは道理だ。剣を持って人を殺しているのなら、なおさらだ。

 ゆえにこれは自己責任。彼女が勝手にやって勝手に負った責任であり、今それを果たす時が来た――ただそれだけのこと。同情する余地など、あろうはずもない。

 次は一撃で叩き切るために、剣を強く強く、けれど若干の遊びを残して握る。

 全力で、その生命を断ち切るために。


「ああっ、ああああっ、あああああああァアァッ! どうしてよ、どうしてみんな分かってくれないのよぉ!」

「うっせえ、分かってもらえるように動いてもねえどころか真逆に突っ走った馬鹿が、いまさら被害者ぶって泣き言を喚くんじゃねえ!」

「聞きたくない聞きたくない聞きたくない! うるさいうるさいうるさいのよぉおおぉおおお! いい加減、黙ってぇええええええ!」


 死神グリムの剣が翻る。

 鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>は使っても無駄だ。この技に組み込めるスキルは、もう完全に見切られている。

 だが――死神グリムは口元を僅かに緩める。

 この技に組み込んでいないスキルなら、まだ見切られていない。

 連撃には向かない大技ばかりだが、だからこそ一度決まれば勝利は揺るぎはしない。

 そう確信し、スキルを発声した。

 

「『バーニング・ロータス』……!」

 

 剣に炎が灯り、死神グリムは剣舞を踊り始める。

 それは炎の監獄を作り出す剣技だ。炎の剣舞を踊り、灼熱の剣閃を放ち空中で固定。そして監獄を徐々に狭めていくスキルだ。

 このスキルを喰らった者の末路は三つ。檻の中で焼き殺されるか、檻から脱出しようと炎に触れて焼死するか、大元を絶とうと転移者に突貫し剣舞で切り刻まれるかだ。

 どんな末路にしろ、ニールを決して逃がさな――――




「人心獣化流、餓狼喰がろうぐらい」


 逆巻く炎を吹き散らす荒々しい風が駆け抜けた。




 ――――ずるり、と。死神グリムの上半身がズレる。

 檻を形作るために放たれた炎は、目の荒い格子を形作るに留まり、そのままゆっくりと消滅していく。


「え……?」


 死神グリムの背後。剣を振り切った姿勢で留まっていたニールは、剣を二、三度振って刀身に付着した血液を払う。


「鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>には出の早い、隙の少ないスキルを組み込んでいたみてぇだな」


 べちゃ、と地面にぶち撒けられた。

 それは血液であり、臓物であり、少女の上半身だ。

 何が起きたのか理解できず、呆然とする死神グリムを中心に、赤い沼が広がっていく。どんどん、どんどん、勢い良く。

 

「だからこそ、それに組み込んでねえスキルは威力は高くても出が遅い――なら、問題ねえ」

 

 剣を鞘に収め、告げる。


「そのスキルが威力を発揮するよりも、俺の餓狼喰らいとくいわざの方が速えよ」


 それに――ニールはその技を一度見ている。

 連翹と出会って間もない時、女王都に向かう馬車がモンスターに襲われたことがあった。

 その時、彼女は遠距離から迫るモンスターにこのスキルを、『バーニング・ロータス』を使ったのだ。

 だからこそ、分かる。これはある程度の距離を置いて、対集団に使うべき技だ。間違っても近距離で使うべきスキルではない。檻を作るのに時間が掛かり過ぎるし、檻を完成させるまでスキルの使用者が無防備になるからだ。

 ゆえに、見切る必要などない。この剣を持つ前、刃で転移者を断てなかった時ならばまだしも。

 今なら――発声してから近寄って斬れば、それで勝てる。

 鍛えた脚があり、磨いた技があり、それに応えてくれる剣があるのだから。


「う――あ、ぁ、ぁ、血、ぁあ、アタシの、血――敗北が、どんどん、染みこんで……」


 瞳から光が急速に失われていく。

 口の動きに注視し、スキルを使おうとするのなら口につま先を叩き込む準備をしながら、ニールは死神グリムを見下ろした。

 もう、痛みすら無いのだろう。血を失い青から土気色になっていく顔を見れば理解できる。この戦いは、ニールの勝利だ。


「……遺言があるなら言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」


 別に情が沸いたワケではない。今でも、この女は嫌いだ。

 結局この女は、最後までニールを、他の現地人を対等な人間とは見なさなかった。演劇の書割を観察するような眼差しを向ける人間に対し、親愛や同情の感情を抱くことなどありえない。

 だが、どんな相手であろうと、今回の戦いは尋常な勝負だった。一対一で、他者の横槍のない真っ向勝負だったのだ。

 だから、多少は尊重してやろうと思った。

 嫌いな人間としてではなく、敵対する転移者としてでもなく、剣を交えた相手として。自分を高みへと導いた存在であるがゆえに。

 

王冠クラウン、に、つたえて――ごめん、なさいって。せっかく、お膳立て、してくれたのに、ぜんぶ、無駄に、し……――」


 言葉が、呼吸が、鼓動が、全て停止する。

 返り血で斑の赤色に変色していたパーカーを自身の赤で塗りつぶし、転移者血塗れの死神グリムゾン・リーパーは死亡した。

 しばし無言で見下ろしたニールは、小さくため息を吐く。


「……ちゃんとこっち向いて、誰かに仲良くしたいとでも言えば、誰かしらお前を支える奴は居ただろうに。馬鹿な女だ」


 それで全ての人間と親しくなれるほど世界は甘くないだろうが、そうまでして友人が出来ないほど世界は厳しくもなかったろうと思う。

 そうすれば、彼女が血塗れの死神グリムゾン・リーパーという仰々しい名前を名乗るよりも前に幸せな日々が訪れたかもしれないというのに。

 人間関係の構築など、転移者でも現地人でも大きく変わりはしない。一緒に居て楽しい人間には優しくしたいと思うし、そうでない人間にはそこまで親切に出来ないものだ。

 だというのに、自分のことしか考えず自分の欲望だけを押し付ける人間と、誰が仲良くしたいと思うというのだろう。

 ほんの少し、他人を尊重して仲良くしようという心があれば、もっとマシな結末になっていただろう。

 少なくとも、転移者は力がある――現地人より有能なのだから、相手を見て話をして、他者を尊重する人間であったなら、そう多くの人間から嫌われることもなかったろうに。


「――ったく、妙な気分だ」


 何度でも言おう、同情はしていない。する気も、ない。

 だが、それでも気になってしまうのは、彼女の性格が連翹と近しいような気がしたから。無論、現在の性格ではなく大元の、であるが。

 どちらもあまり気が強い方ではなくて、与えられた力で多かれ少なかれ自信を付けた果て――それが二人の現在。

 コインを弾いた結果、表になったか裏になったか――その程度の環境の差が今の状況を分けた。そんな気がするのだ。

 益体もない感傷に浸っていると、草を踏みしめる音が響いた。 


「そちらも終わったようだな」


 他の転移者か――一瞬そう思い抜剣し振り向いた視線の先に、ノエルが立っていた。表情の少ない顔に僅かに疲労と笑みを浮かべた彼は、血に濡れた白髪を手で掻き分けながらこちらに歩み寄ってくる。

 彼の背後には複数人の転移者の死骸が存在した。喉を貫かれた者、下顎を引きちぎられ胸部に深い裂傷を刻まれた者、首を断たれた者――様々だが、誰も彼も『声を出させないようにする』ための工夫が見て取れる。

 それを見て、少しばかり悔しく思う。

 ニールがノエルの立場だったとして、ここまで鮮やかに『発声を許さずに殺す』ということが出来ただろうか? 答えは否だ。ニールはまだ、そこまでの剣士ではない。

 転移者の実力者に勝利はした――だが、まだまだ理想には届かないという当たり前の事実を強く実感した。

 

「おう。そっちは俺なんぞよりずっと楽勝だったみてえじゃねえか」

「そうでもない。私は貴様ほど奴らの動きに慣れていないからな、特殊な技を使われる前に封殺する以外に手が無かっただけだ――まあいい、座れ。その傷を癒やそう」


 右手を突き出し祈りを捧げ始めるノエルに逆らわず、その場であぐらをかいた。

 祝詞と共に放たれた淡い光がニールを包み、痛みを和らげ傷を癒していく。無論、切り刻まれた衣服はそのままだし、流出した血液が補充されたワケではない。

 だが、それでもじくじく苛む痛みが抜けて行き安堵の息を吐く。

 

「悪いな、助かった――それで、これからどうする?」


 ニールはカルナたちを探すつもりだ。

 共闘するにしろ、各個で戦うにしろ、相棒の無事くらいは確認しておきたい。

 ノエルは死神グリムの死体を見下ろしながら告げる。

 

「広場で若者が連合軍に入るための試験を受けていると聞いた――加勢しに行く」

「そうか、死ぬなよ」

「こちらの台詞だ。ああ、その前に――」


 斬撃一閃。

 物言わぬ亡骸と化した死神グリムの首を一刀で両断すると、頭部をパーカーのフードで包み、ニールに向け放り投げた。


「――首級だ。持っていけ」


 受け止めた手から伝わる血と熱の失せた肌の感触に顔を顰める。


「……さすがに死人を辱める趣味はねえんだが」

「無意味ならな。だが、それは実力者の首だ。使い方次第では相手の士気を削り、こちらの士気を高められる」


 使い方は貴様に任せる――そう言い捨てると、止める間もなくノエルは駆け出した。

 残されたニールは、持て余すように死神グリムの頭を見つめた。

 人間を叩き斬ったことは何度もある。だが、このように首を持ち歩くことなど無かったのだ。武装帝国時代の戦記などで首級を上げるシーンは読んだことはあるが、実際にこうやって自分が手に持つのは初めての経験であった。近い経験は、依頼で倒したモンスターの部位を切り取り持ち帰ったくらいではないだろうか。

 

「……ぐだぐだ考えても仕方ねえ。使うにしろ、使わねえで後で弔うにしろ、そんなもんは後で悩めばいいな」


 首を背中で担ぐように持ち、駆け出した。

 カルナの居場所は分からない。だが、都市の中をさまよい歩くことはあるまい、という確信があった。

 なぜなら、相棒の武器、鉄咆てつほうが放つ音は大きい。すぐに見つけることは難しくても、生きて戦っていれば見失うということはないはずだ。

 

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