105/血塗れの死神/2-1
「後日、剣を交えること、忘れるな」
ノエルは短く言うと、複数人の転移者と剣を結んだ。
だが、問題はない。ニールが戦う姿を見て転移者の特性を理解しているはずだし、何よりあの腕だ。そうそう死ぬはずもないだろう。
だから、心配などしない。
いいや、ニールに心配などしている余裕など、欠片も存在しないのだ。
「アンタたち! そこのエルフを抑えつけときなさい! こいつはあたしが惨殺する!」
「出来もしねぇことを高らかに叫ぶんじゃねえぞ、血塗れ糞女!」
迫る斑の赤を纏った死神に罵声を放つ。
相手が手に持つのは数打ちの中でも劣悪なショートソードだ。切れ味も頑丈さもそこそこであり、本来なら脅威に感じる武器ではない。
だが、ニールは知っている。
彼女が――血塗れの死神は転移者のスキルを普通に使うのではなく、特殊な使い方をしているということを。
「『ファスト・エッジ』……」
発声と共に体の支配権を放棄し、熟練の剣士の動きでニールに迫る。
やはり――疾い。スキルを発動されると、退避は難しい。
内心で舌打ちしつつ、こちらも剣を以って相手のスキルを迎え撃つ。
『ファスト・エッジ』は鋭い踏み込みからの袈裟懸けの斬撃――無論、覚えている。どれだけ鋭い斬撃であろうと、来る場所が分かっているなら防げない道理はない。
(つっても――だ)
刃と刃が衝突する。それだけで死神が持つショートソードにヒビが走った。
やはり、脆い。霊樹の剣どころか、そこそこの値段の店売りの剣でも、彼女が使うショートソードよりは頑丈だろう。
だからこそ恐ろしい。
「あ、っはぁ! 『スウィフト・スラッシュ』!」
装備を失ったことにより、スキルがキャンセルされる。その僅かの間――他のスキルを発声し、再び技を解き放つ。
(やっぱり、一対一じゃ上手く隙を突けねえな)
ぎり、と歯を食いしばるニールの姿を見て、死神は笑う、笑う、笑う――嘲笑う。ほうら、やはりお前は下だ、と。
「鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>発動ってねぇ! アタシのキャンセル攻撃、BBB.が! お前程度に! 敗れるワケ! ないでしょ!」
『スウィフト・スラッシュ』を螺旋蛇で絡め取ろうとし――相手の刀身がひしゃげるのを見て顔を顰めた。
すぐさま追加で発声した『クリムゾン・エッジ』を剣の腹で防ぎつつ、必死に頭を回す。考えることは苦手だが、しかし考えなければ隙が見えない。突っ込んで、叩き斬ることが出来ないのだ。
彼女が鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>と呼ぶ攻撃の恐ろしさは、『絶え間ない連撃』と『どんな体勢であっても技が成立する』という特性だ。
刃が砕けた瞬間に追加でスキルを使えるため、転移者のスキルにある発動中、後の硬直がないこと。
そして、体勢が崩れていても、最初に発声したスキルが『発動が成功している』という事実が、追加で発声したスキルを強引に成功させる。本来なら、使用できないタイミングであっても、だ。
温泉街オルシリュームで一度見たのだ、技そのものは知っている。
しかし、
(知っているのと隙を突けるのは、また別の問題だな……!)
ちい、と舌打ちを一つ。
転移者のスキルによって放たれる技の冴えは騎士をも凌駕している。それに対してニールが防御や回避を行えるのは、相手が決まりきった動作しか出来ないことと、技の終わりに僅かな硬直時間があるからだ。
だが、死神の鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>は途中でスキルをキャンセルすることで、二つのデメリットを打ち消している。
「『ファスト・エッジ』……くふ、あは、あははははっ! どうしたの? さっきまでの威勢はどうしたの!? 亀みたいに守ってるだけじゃなぁい! だったら甲羅を砕いて、中身を引きずり出して、柔らかい中身をゆっくりゆっくり切り刻んであげようかしらぁ!?」
『ファスト・エッジ』の斬撃を弾けばショートソードの刀身にヒビが入りを、『スウィフト・スラッシュ』を発声し新たなショートソードを振るってくる。
剣の腹でなんとか防ぐものの、それだけで相手の剣先は砕け、追加の『クリムゾン・エッジ』が発動。炎の斬撃が走り、苛立ち紛れにそれを弾き飛ばせば、砕けた剣を放りつつ新たに『ファスト・エッジ』で追撃を行う。
それを受け止め、バックステップで距離を取った。
糞、という悪態が口から漏れ出る。
スキルの一つ一つは既知のモノであり、ニールでもなんとか受け止められるモノだ。
けれど、剣や鎧の金属部分で受け止めれば相手のショートソードは砕け、新たなスキルを使ってくる。
防ぐことはできても、反撃に移れない……!
(だが――見えてきた)
鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>の連撃は四回までだ。
バックステップで距離を取るニールをスキルで追撃して来なかったのがその証明である。
恐らく、それが一度のスキルで引き出せる力の限界なのだろう。
そして、連撃の始めと終わりは、必ずと言っていいほどに『ファスト・エッジ』を選択している。
これはきっと、一番発動が速いことと、硬直時間が短いから。下手に大技を最後に持ってくれば、発動後の硬直で隙だらけになるからなのだろう。
(けど……どうする? どうやってこの糞女に剣をぶち込む……?)
相手の剣を壊さぬように流せる程の技術を、ニールは持っていない。
だが、防御に徹すれば相手のスキルの連撃を防ぐことは可能だ。ならば、相手のショートソードが尽きるまで防ぎ続けるというのはどうだろうか?
相手の剣だって無限ではないのだ。切り結び続ければ、いずれ尽きるはずだ。
「――ッ、くは、あ……!」
だが、自分の口から漏れだした荒い息がその選択肢を否定する。
駄目だ、相手の剣が尽きる前に、こっちの体力が尽きる、と。
先程複数の転移者を相手取ったせいで体力が目減りしているのもそうだが、一瞬一瞬の攻防が体力と精神力を凄まじい勢いで削っていく。
長期戦は不可能。ならば、どうする?
『ゆえにニール・グラジオラス、覚えておけ。相手の得意分野で競うな――相手を観察し、苦手を理解した上で、その肉食獣めいた疾走で食らいつくのだ』
ノエルの言葉が脳裏を過る。
そうだ、まずは相手をもっと知らねばならない。
「――お、らぁ!」
思考しながらも、連撃の閉めとして放たれた『ファスト・エッジ』に合わせるように踏み込んで剣を振るう。
ショートソードが半ばから両断されるが、すぐさま死神の手元に新たなショートソードが召喚された。
ちくしょう、という悪態が漏れる。
後、どれほど剣を持っているのか。
そして、自分は後、どれだけ相手の剣を防げるのか。
分からない。
分からないが、前者はまだ余裕があり、後者はあまり余裕がないことだけは確かだ。
「あっはぁ! 無駄よ無駄無駄、無駄を重ねて無様に至って惨たらしく死になさいよ! 『ファスト・エッジ』ぃいい!」
切り下ろされる斬撃を受け止めながら、焦燥を抑え、情報を整理する。
(――弱点とも言えねえ弱点だが、この糞女は一撃の威力は他の転移者よりも『軽く』、『弱い』)
その証拠に、防戦一方とはいえニールが受け止め続けられている。現地人の剣士として特別腕力がある方でもない、自分が。
それは恐らく、武器の差だ。
他の転移者は己の身体能力とスキルの威力に負けない頑丈で分厚く、重い剣を用いている。そんな剣を勢い良く振り回せば、当然一撃一撃が重くなるし、威力も増す。
だが、死神の場合、連撃の前提条件として壊れやすい武器を多数所持しなくてはならない。
だからこそ、得物は小さく軽いショートソードなのだ。長剣や大剣といったサイズの大きな武器ではパーカーの裏に仕込めないし、身につけられる量も少なくなるのだから。一撃の威力によって相手を打倒することよりも、連撃で相手を圧倒することを選んだのだ。
「『クリムゾン・エッジ』! からの――『スウィフト・スラッシュ』! 弱い、弱い、弱いわね! 弱いわよ、アンタ! 守るしか出来ないのなら、剣なんかより盾持って戦った方がいいんじゃないのぉ!?」
「く――は、テメェこそ、ペラ回してぇ、なら、剣振るより、役者でもやって、ろ……!」
肌を焼く灼熱を受け流し、連撃を必死に回避しながら、回す、回す、思考を回す。
鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>はスキルを四連続で発動させる技。四つ目を出し終えたタイミングを狙って一撃を放つというのは――対処としては理想的ではあるが、無理だ。
ニールは相手の連撃を防ぐのがやっとであり、四回のスキルを凌ぎきるころにはバランスを崩している。そして、立て直すころには死神は新たにスキルを発動させ、ニールを追い詰める。
――このまま守っていては駄目だ。疲労が体の動きを鈍らせる前になんとかしなくてはならない。
だが、下手にダメージ覚悟で突っ込んでも意味がない。
死神という少女はニールを恨んでいる。必ず殺したいと思い、剣を振るっているのだ。
そんな相手が、多少肉を切らせた程度で骨を断たせてくれるとは思えない。こちらが骨を断つ前に、肉という肉が切られ、骨が砕かれるのがオチだ。
ゆえに、片手を切り落とさせて油断を誘うという手は却下する。
(だとすれば――)
奇策では突破できない――それを強く強く実感する。
ニールは元来そういった方面の才能はないし、相手は憎悪の感情と共にこちらを警戒している。ニールが考えつく半端な罠にはかかってくれないだろう。
ならば、この劣勢を覆す手段は一つ。
運でも奇策でもない――自分の実力、それだけ。問題は、それが足りていないということなのだが。
「――はっ」
弱気な思考に、思わず失笑してしまう。
何を後ろ向きになっているのか、自分の実力が足りていないことなんて、最初から分かっていただろうに。
足りないなら実戦の中で成長すればいい、それだけではないか。
出来れば勝ちで、出来なければ死、二分の一だ。硬貨の表と裏を当てる賭け事と、そう変わりはしない。
(なんだ、すげぇ単純なことじゃねえか)
ならば、後は突き進むだけだ。
今まで重ねてきた鍛錬を信じ、ただただ真っ直ぐに。
どうせ、自分にはそれしか出来ないのだから。
◇
血塗れの死神は気分が良かった。
オルシリュームからの胸の中に存在する重いモノが全て全て開放されていく感覚に表情が喜悦に染まる。
目の前には自分の攻撃を必死に捌く現地人、それが敵意に満ち満ちた瞳でこちらを見つめているのが見えた。
それすらもまた、心地良い。
自分が負けていることを理解し、悔しく思い――けれどどうにもならない現状に苦しむその顔!
それを与えているのが最強たる自分であるという事実。血に濡れた死を運ぶ者――血塗れの死神がもたらしたのだと思うだけで絶頂してしまいそうになる。
力、力、ああ他者を踏みつけ自分の意思を押し通す力。
死神はずっとずっと、この最強の力が欲しかったのだ。
(そうよ。アタシにはこの力を振るう『権利』があるの!)
灰色の日々を追想する。
学校という同年代の子供を集める異界。同い年の男女が同じ服を着て一緒に学ぶという、社会全体を見れば特殊極まりない世界に、死神と名乗る少女は馴染めなかった。
元来、活発な性格ではなく、本やマンガに入れ込むような人間だったからだろうか。
それとも、帰宅部であり積極的に交流する友人が居なかったからか。
だが、どちらにしろ関係ない。
彼女にとっての真実は、狭い世界の異物と化した少女が悪意の標的となった、それだけなのだから。
公の場で恥をかかせようとする男子、
隠れて自分を辱めようとする女子、
見てみぬフリをする先生、
分かってくれない親、
――ふと、思う。もしかしたらと。
もっと強く主張したら、親くらいは苦悩を理解を示して来れたのかもしれない。
でも、強気に出られない性格が説得の熱を遮断し、親に『その程度のこと』と思われてしまった。結果、学校を休めず、けれどサボる勇気もなく、虐めるクラスメイトたちの元に向かっていた牢獄の日々。
そんな日々を苦しく思っても絶望しなかったのは、心の支えがあったから。
それは『作家になろう』というWEBサイト。
ネット上で素人が小説を発表する場であり、心の奥底にある欲求を満たしてくれる場所があったのだ。
その中でも、死神はクラス転移と呼ばれる物語が好きだった。クラスメイトと一緒に異世界へ行き、迫害されつつも目覚めた力で虐めたクラスメイトに復讐し、成り上がっていく物語。
しょせん空想の物語――そんなことは理解している。
でも、それでも、自分の理想を体現する主人公に心が踊り、自分がこうなれたらなと強く強く思ったものだ。
(そうしたら選ばれたの――転移者に! アタシが!)
あの主人公みたいになりたい。アタシも自由に別の世界で行きてみたい――そう強く強く思った時に、声が聞こえたのだ。
『その言葉に偽りが無ければ、我が世界に招こう』
自室の視界が歪み、大理石で出来た神殿めいた空間に呼び込まれたのだ。
生活感の無い白い風景に神秘さを感じたのを、よく覚えている。窓から覗く風景も濃い緑ばかりで、とても人が住んでいるような場所には見えなかった。
――そんな場所で、死神は神と出会った。
まばたきをする度に獣から虫、人、エルフ、ドワーフ――様々な種族の男性の姿に変化する奇妙な存在に。この世界のあらゆる生物の父である、創造神ディミルゴに。
死神がその言葉に頷くと、『生きるために力を授けよう。お前は自由だ。その力で、お前が成したいことを成すが良い』という言葉を投げかけられ――気付けばこの世界の人里近くに飛ばされていた。
(あの時の興奮――忘れられるはずがない。アタシは特別なの、何をやってもいい存在なの!)
物語の主人公が珍妙な行動をしても、最終的に帳尻が合ったりするのと同じ。自分はきっと、そういう存在になったのだ。
それを疑う理由もない。だって、この現状は夢見た異世界チートとほとんど同じだ。最強の力を手にして、好き勝手に生きる主人公と一緒ではないか。
そうだ、自分には主人公として振る舞う権利がある。
地球では辛い目にあったじゃないか。苦しんだ分、他人を虐げる権利を自分は持っているのだ。
だから、ここで好き勝手に生きるのは当然の権利だろう。いや、むしろ義務とすら言ってもいい。
そう、全てが自由なのだ。
モンスターを倒して感謝されるのも、面倒な人間を片手で殺すのも、稼いだお金で豪遊するのも、金で買えない物品を奪うのも――全部が全部、灰色の日常を送ってきた可哀想な自分に与えられた自由であり、プレゼントなのである。
なのに、
ああ、なのに――
「なのに、なんで邪魔するのよ! 黙って踏み台になってよ! 半端な実力の端役の癖に、アタシの道を阻まないでよ! あたしの物語を壊さないでよ!」
転移者として現地人と戦い慣れている死神には理解出来る。
目の前の男は才に恵まれた『最強』ではない。
そして、弱くても全てをひっくり返す一を所持している『最弱』でもない。
そこそこ程度の才能を鍛えただけの――物語なら一山いくらの端役。良くて主役に比べて実力の無いサブキャラ程度の存在だろう。
半端に力があり、それゆえに主役級と一緒に表舞台に出てしまい――たやすく蹂躙される哀れで愚かなムシケラだ。
だっていうのに――
「なんでさっさと死なないのよ! アンタなんて、そうやってアタシを喜ばすくらいの価値しかないのに――!」
苛立ちの絶叫と共に『ファスト・エッジ』を放つ。袈裟懸けに振るった刃は、先程と同じようにニールの剣で――
「ぐっ――」
「……うん?」
――防がれることなく、素肌を切り裂いた。鮮血が舞い、斑の赤色に染まったパーカーに新たな赤色が一滴染みこむ。
疲労から防御し損なったのか、と思ったが――違う。
目の前の男の目にはまだ戦意が滾っている。
まだ、何かするつもりなのだ。
まだ、戦うつもりなのだ。
(つまり――ああ。攻撃を成功させることで、鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>の発動条件を満たせないようにしようってワケ……?)
鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>は確かに途中で武器を故意に破損させることで硬直をキャンセルし、次の技に繋げる技だ。
ならば、攻撃を成功させれば。
剣で防ぐのではなく、鎧で守るのでもなく、肌を切らせることによってスキルを成功させ、連撃を阻止すればいいと。そう、考えたのか。
にい、と口元が緩む。
ああ――なんて、間抜け。
「あっはぁ! 『スウィフト・スラッシュ』ぅ! 馬鹿ね馬鹿ね馬鹿ね! 愚か極まりないわ、この劣等! そもそもこんなオンボロの剣が、アタシの力に一振りだってマトモに耐えられるはずがないじゃない!」
鋳造の量産品にしても質が悪いモノをあえて選択しているのだ――そんなモノが、転移者の腕力で振るわれて耐えられるはずもない。
必ず、どこかしらが破損する。剣先、刀身、中子、鍔、柄――必ず、どこかが耐え切れず砕け、剣としての機能を失うのだ。
故に鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>は確実であり、不発を狙うなど愚の骨頂でしかない。
「――」
されど。
ニールは無言で回避に専念する。
切り下ろされた刃を掠めながら避け、跳ね上がった刃で肉を抉られ、止めの唐竹割りを避け損ない頬を切り裂かれながら、無様に避け続ける。
(――なんだろ、おかしい)
『クリムゾン・エッジ』を放ち、またもニールは回避し損ねて胸当てに命中した辺りで、圧倒している歓喜よりも疑問が湧き出る。
突然、回避が雑になったような気がするのだ。
先程までは剣の刀身や腹、そして胸当てなどを用いてダメージを防いでいたというのに、突然それらの行動をしなくなった。
避けようとして回避し切れず傷を負う――その繰り返しだ。
疲労から先程と同じことが出来なくなった? 死神は一瞬そう考えたが、すぐ否定する。
確かに息は荒くなっているので疲労はあるのだろう。だが、動き自体は鈍くなっている様子はない。
むしろ――先程よりも動きが鋭くなっているような。
「痛っ――……!」
放った『ファスト・エッジ』がニールの肩を抉る。肉が裂け、血が滲む。
(まあ、いっか)
それを見て、死神は心に浮かんだ疑問を棄却した。
思惑があろうとなかろうと、圧倒しているのは事実なのだ。
―――それに。あと数分、いいや、数十秒だけ続ければこの男は死ぬ。
この世界にHPゲージのような可視化された生命力は存在しない。
しかしそれでも抉る肉の感触と衣服に染み込み、傷口から吹き出した血液量から理解できる。もう一押しで仕留めきれる、と。
「どんな思惑があるのか知らないけど――その思惑ごと踏み潰してあげるわ! とっとと死になさいよ、劣等!」
叫びと共にスキルを放つ。
選んだのは鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>――スキルの四連撃の一撃目、出の早い『ファスト・エッジ』だ。
歴戦の剣豪になったような全能感に包まれながら、ショートソードを振り下ろす。
刃は、的確にニールの体を――
「お――えた――ぞ」
――斬撃が、空を斬った。
「……え?」
肉どころか服の裾すら掠らず切り下ろされた剣先を、呆然と見つめる。ばきり、と己の驚愕と連動するように柄が握りつぶされ、砕けた。
距離を取ったニールは、荒い息を整えながら死神を見つめている。疲労と苦痛が刻まれた顔、しかし勝利を確信した表情で。
「なん……とか、間に、合った――」
血が滴っている。
素肌の多くに裂傷が刻まれ、金属で補強された革鎧も胸当て以外はボロ布のような有様だ。
対して、死神の体には擦り傷一つ存在せず、誰がどう見ても劣勢なのはニールであることは疑いようは無い。
だが、笑う、笑う、ニールは笑う。
「もうお前の剣は当たらねえ――――俺の勝ちだ、糞女」
――牙を見せつける獣のように、獰猛に笑った。




