103/転移者の進軍
――力とは。
全てをねじ伏せるモノだ。
それは道理を、それは常識を、それは法を、それは他人を。
そして、戦術や戦略を。
全て全て踏み潰し、蹂躙し、平らにして道と成す技能である。
腕力や武力で物事が解決しない現代日本でもまた、それは同じだったのだと美男子は――王冠に謳う葬送曲と名乗る転移者は思う。
(財力や権力が武力を引きずり下ろし、頂点に立ったに過ぎない。力とはそういうものであり、そのように振るうべきモノだ)
高い背丈に太刀のように細くも引き締まった四肢、長い黒髪を後ろで束ねている。
身に纏う金の装飾で彩られた白い軍服と外套はコスプレめいていたが、しかし彼が纏えばそれが当然のように思える。彼の容姿と、華美とも言える衣服が釣り合っているのだろう。
「エルフの城塞にして、大陸唯一の未開拓地が残るストック大森林か――」
腰に差した長剣の柄を指で叩きながら、呟く。
ストック大森林に囲われた天然の城塞国家、オルシジーム。
森の外からオルシジームまでの道のりを安全に移動出来るのは森林内部の街道のみで、無理矢理森を通ろうとすれば迷い、モンスターに襲われる。
転移者とて、森を探索すれば迷い、疲労したところをモンスターに殺されるだろう。
(森を探索すれば、我とてそうなるのだろうな)
無論、探索すればだが――そう思考しながら王冠は淡々とスキルを発声し、森に向けて解き放つ。
「『ファイアー・ボール』――そら、遅れるな。ローテーションで魔法スキルを使い続けろ」
火球が木々をなぎ倒し、地面を焼き、潜むモンスターを焼き払う。侵入者を阻む天然の城塞を、淡々と破壊し、蹂躙し、直進する。
出来上がるのは獣道ならぬ転移者の道だ。あらゆる障害を圧倒的な力で全てをねじ伏せて生み出す、チートめいた手段だ。
そう、単純な話なのだ。
安全な街道は当然警戒されているし、草木の声を聞くエルフの奇跡がある以上、そもそも奇襲は不可能。どうやって身を隠そうと、木々が自分たちの居場所をエルフたちに告げるはずだ。
だが、開き直って街道を通って襲撃しようとすれば、オルシジームに存在する戦力が集中して自分たち転移者を襲うだろう。
それは頂けない。
現地人如きに負けるとは思えないが、しかしわざわざ苦労する手段を取る理由もないだろう。
だから、集めた転移者を分け、複数箇所から森を焼きながら直進する。
スキルで穿つ穴。そこから雪崩れ込む転移者の対処に、内部の戦力は分散せざるを得ない。現地人の人数が少なくなればこちらのモノだ。
「戦力を分散するというデメリットはこちらにも存在する――が、我々は転移者だ。現地人などよりも、ずっと個が強い」
あちらは協力してこちらを迎え撃つが必要不可欠だが、こちらは一人一人適当に動くだけで問題ない。
無論、運の悪い者や愚鈍な者は死ぬだろう。だが、問題ない。どうせ、使い潰すつもりで持ってきた肉の駒だ。
それに――
「王冠さん、あの時の話――本当なんですよね?」
森を抉り、進む最中。不意に一人の転移者が王冠に問うた。
腰の低い態度で、しかし表情に欲望を滲ませながら。
王冠はその姿を醜いと思いつつ、しかし顔には出さずに鷹揚に頷いた。
「ああ、無論だ。捕らえたエルフは、好きなようにするといい。奴隷として飼うのも、組み伏せて犯すのも、全て早い者勝ちだ。奪い合って同士討ちをしない限り、我は罰しはしない」
その転移者の表情に喜悦が浮かんだ。獣めいた白濁した欲望と、自身が上に立ち誰かを見下したいという人間らしい暗い衝動が見える。
「我が許す、好きなように暴れると良い。性欲のままエルフを探すのも、手柄のために連合軍どもを殺戮するのも、どちらも自由だ」
戦術も戦略もない、飢えた狼を放流するだけだ。
たったそれだけで、この都市を守ろうとする者は戦いにくくなる。
なにせ彼らはバラバラに、無秩序に、無軌道に動きまわる。欲望のまま女を探し、敵の首を探し、金品を探すだろう。
それは薄汚い山賊めいた行動。
だが、その薄汚い山賊は熟練の戦士以上の力を持っているのだ。
何人かの間抜けな転移者は袋叩きにされて死ぬかもしれない。が、その数人を殺している間に、他の転移者は都市の内部に飛び込み、好き勝手に暴れまわるだろう。
そんな彼らを止めるために、更に戦力は分散される――そうなれば、勝つのは個が強い転移者だ。
「そして君は、敗北を与えた者を探し、殺せばいい――出来るかな、死神」
優しく、甘い囁きで彼の隣に佇む少女に問いかける。
パーカーを着た小柄な少女だ。
フードでボブカットの黒髪と大きな瞳を隠し、パーカーの下には黒いシャツとショートパンツ。ふとももが大胆に露出したその姿は、健康的とエロスの境界線に位置していように思える。
だが、そんな境界も彼女が纏うパーカー――返り血で濡れ、斑の赤色に変色したそれが粉砕していた。
「殺す――ああ、あいつらを、殺せるのね」
血塗れの死神はそっと右腕を擦った。
血で染まったパーカーの右袖――そこは半ばで焼け焦げた切断面と共に喪失している。現地人のニールという剣士と、現地人を囲って王様気分に浸っている転移者の連翹と戦い、腕ごと斬り捨てられたのだ。
けれど、今はそこに存在している。王冠自身は使う気も使われる気も無いが、使い勝手の良い技術だとは思っている。現地人は転移者に比べ劣った生き物であるものの、この技術だけは評価してやってもいい。
肉盾の再利用、捕虜の拷問、他にも様々な用途があるが、今行うのは一つ。
「そうだ。オルシリュームで戦った者を、ニールという剣士を探し、好きなように一対一で蹂躙するといい。その血を以って、君の敗北の香を払うのだ。その為に、君には我に従順な転移者を数人つけよう」
剣呑な言葉だが、しかし心から気遣うような優しい声音で。
夜景の綺麗なレストランに招待し、「この景色がプレゼントだ」とキザったらしいセリフを吐くような顔で。
彼は、王冠は眼前の都市に目を向け、殺戮の機会を彼女に手渡す。
そして、その血生臭いプレゼントは、彼女が今もっとも欲していたモノであった。死神は紅潮した頬を隠すように視線を逸し、ぼそぼそとした声音で問う。
「えっと、けど――大丈夫なの? 雑音は、レゾン・デイトルまで招きたいって言っていたけれど」
「問題ない。それは叛意ある現地人を纏めて潰したいという意味合いだからな。そしてこの都市は、連中を纏めて潰すのに適している。我々は森を破壊し、移動出来るが――連中はそうではないのだからな」
腰に差した長剣を振るい、住処を焼かれ怒り狂っているであろうモンスターを切り捨てる。
先程から何度か、こうやってモンスターが襲撃して来ているのだ。
「この焼き払った道は我々転移者だから通れる道だ。現地人はモンスターが阻み、移動することは叶わないだろう」
無論、連合軍やエルフの精鋭はこの道を突破することは可能だ。
森という一番の障害物が無くなったのだから、相応の戦闘能力さえあればモンスターを倒しながらこの転移者の道を逆走できる。
だが、それは無辜の民を庇いながら移動できるというワケではあるまい。そして、ああいった手合いは、力の無い住民を見捨てられない。
「愚かな現地人どもは行動を縛り、選択肢は狭まる。恐らく、民を守りながら都市で戦うか、民と共に安全な街道から逃げるか」
だが、どちらを選ばれようと問題ない。
相手が戦う気なら転移者の方が強いのは道理であるし、街道にも転移者を潜ませている。
(もっとも、我にとって勝利しようが敗北しようが、どちらでも構わないのだがね)
要は、死神が目的を果たし、自分に心酔してくれればそれでいいのだ。
それさえ成れば、エルフが全滅しようが連れてきた肉の駒が全滅しようが、王冠にとっと些細なことである。
見目の良い女の運命を掌の上で転がせれば、それでいいのだ。
「さあ、現地人ども――我の役に立て。どうせ貴様らは、その程度の存在価値のない塵芥だろうに」
嘲るワケでもなく、罵るワケでもなく、ただただ淡々と、当然の理屈を述べるように。
王冠に謳う葬送曲は口元を釣り上げた。




