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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
エルフの国
104/288

101/衣服一つで女は化けるモノ

 ――――まあ、なんというか、予感はあったのだ。


 商業施設が入った大樹の塔、その中に存在する衣服を取り扱う階層。そこの女向けのエリアに、ニールは居た。

 自分のような目つきの鋭い男がこんな場所に来たら、さぞかし奇異の視線に晒されるのだろうと思ったが――連翹と一緒に入店すると、女の店員は納得したように営業スマイルをこちらに向ける。


(……つまりは、女と一緒に入りゃあ女向けの店に男が入っても問題ねえってわけか……?)


 理由はともかく、客として見られているためか、大して居心地の悪さを感じなくて。

 ああ、女の衣服選びに付き合うなんて初めてだが、思ったより簡単そうに終わりそうだ――そんなことを一瞬でも思った自分が馬鹿だった、とニールは己の間抜けさを悔いる。


「――これがあたしのコーディネートよ。ふふっ、他の人に比べて頭からすでに二歩も三歩も出てる状態だと思うんだけど、ニールはどう思う?」


 試着室のカーテンが勢い良く開く。

 中から現れた連翹が身に纏っているのは漆黒のロングコートである。

 そのコートは、丈も長く防寒性は高そうなのだが、なぜだか右腕部分だけがノースリーブになっている。地味に肌寒そうだ。

 左肩には金属製の無骨な肩パッドがついており、全身を拘束するように細い金属の鎖が纏わり付いている。

 そんな、暖かそうでも涼しそうでもなく、しかしとても動きにくそうな衣服を試着した彼女は、愛用の剣を背中で担ぐように持ちながら満足気に微笑んだ。

 

「あたし的には白い鎧がベストなんだけど、ナイトの志を受け継ぐ転移者のあたしは、光系だけではなく闇系の衣服も似合うなって顔になるわ。どう? これなら文句ないでしょ」

「ああ、うん、なんだ……お前がそれを私服にしたら俺がノーラに怒られるからよ、とっとと着替えて戻してこいよその珍妙な衣服」


 なんでよー! と声を荒げながら試着室に戻る連翹だが、当たり前だ馬鹿女としか返す言葉がない。

 というか絶対「ニールさん何で止めてくれなかったんですかぁー!」とノーラが怒る。涙目で怒る。まあ、気持ちは分かる。正直、ニールもあの服で隣を歩かれるのはごめんだ。

 ニールと衣服のコーディネートの知識はないし、センスもない。普段着てる服だって、皮鎧のインナーとして使いやすいかどうかとか、汚れが目立ちにくいかとか、その程度でしか考えてないのだ。

 だというのに、そんなニールですら一目でアウトの選択を真っ先にしてきやがるこの女は一体何者なのだろうか? 


「つーか、お前ワザとやってるんじゃねえのか? さっきも似たような黒いコートを選んでたじゃねえか」

「何言ってんの? 今のはF○的なデザインで、さっき着たのはSA○的なデザインじゃない。クールな大剣士と孤独なソロプレイヤーの二刀流剣士は全く別物よ」


 カーテンの奥から声と衣擦れの音が響く。

 その音で思わずカーテンの奥の状況を想像し――しかし、ガチャガチャという金属音が響き、劣情よりも呆れの方が強くなる。

 一枚一枚脱いでいく女、というのはエロいモノではあるが、あの鎖だらけの黒いロングコートでそういう感情を抱けそうにない。はあ、とため息が漏れる。


「孤独もソロも一人って意味じゃ大体同じだろ、お前が何言ってんだ」


 というか、やっぱり歌劇の役者とか物語の登場人物の衣服じゃねえか、と独りごちる。

 そういえば、今連翹が着ているセーラー服と鎧を掛け合わせた衣服も、何かの物語の衣服を元にしていると言っていたような気がする。元々、そういう類の衣服にしか興味がないのかもしれない。


「……そういう服が一着くらいあってもいいとは思うけどよ、もっと普段に着られる服も買ってくれ」

「えー。じゃあワンピースか何かにしましょうよ。あれ、一着あればコーディネート考えなくて済むし、すごく便利なのよね!」


 その発言は女として色々終わってる気がするぞ、とはさすがのニールも言えなかった。

 無論、傷つけるからという意味ではなく、言ったらうるさそうだという意味で。


「いやまあ確かに、便利そうではあるがな」


 そう言ってぐるりと店内を見渡した。

 実際、女のお洒落というのは細々としたモノが多くて、興味が無ければ見ていて嫌になる気持ちも分からなくはないのだ。

 ニールだって、突然似合うからそういう女のお洒落をしてみろと言われたら――無論、言われるような容姿ではないのだが――早々に飽きて嫌になっているだろうと思う。


「……ところで、お前いつまで時間かけてんだ?」


 試着室に篭ってから、しばらく経つ。

 だというのに、先程からガチャガチャと鎖がこすれ合う音しかしないのはどういうことか。


「ま……待って、鎖が絡まって、中々脱げなくて……えっと、ここを引っ張ると……? ああ、また絡まった! 売り物じゃなかったら、転移者パワーで引き千切ってるとこなのに……!」

 

 格闘する声に、ああ、これ待ってると終わらないやつだと確信する。

 そう確信したニールは、ぶらり、と店の中を見て回ることにした。

 ある程度はマシなのを候補に上げとけば、連翹もああいった歌劇めいた派手な服を選ばなくなるだろう、たぶん。

 そう思ってワンピースを物色するのだが、


「……どれが良いモンなのか全然分からねえな」


 デザイン的にも、質的にも、女の衣服なんてニールには未知だ。こんなもの、剣士に魔導書の出来栄えを評価しろと言うようなモノではないか。

 だから、細々としたセンスを考えるのは諦めることにする。

 考えるべきは一つ。連翹に似合うか似合わないか――それだけでいい。というか、それだけしか出来ないのだから、そうする他ないのだ。

 一つ一つ確認しながら連翹がそれを着ている姿を想像し、時に否定し、時に保留していく。

 

(これをあいつが着たら――駄目だな、あいつあんまり胸がねぇんだから、もっと胸元を主張し過ぎないやつにしねえと。

 白いレースのは……似合うんじゃねえかと思うが、あんま頑丈っぽくないのがな。西に向かうことを考えちまうと……保留。

 このシャツっぽいのは、似合いそうだし、まあレースよか頑丈っぽく見えるが若干寒そうだな――コートも見繕うか?)


 脳内で連翹を着せ替え人形にしながら、一つ、二つ、三つ、と似合いそうなモノを探す。

 クールとか、格好良いとか、そういうイメージの衣服は選択肢から除外し、どちらかと言えば可愛い系統の衣服を観察する。

 そもそも、連翹にクールだの格好良いだのというのは似合わないのだ。そんな服を着ても、服に着られているようにしか見えなくなる。

 

「やっと終わったわ! これ返したらなんか適当なの見繕って――ニール?」


 可愛い系統なら、連翹は細身なのだし大体似合うはずだ。背丈だって日向ひむかいの女性に比べれば高いが、こちらの人間と比較するなら平均的と言ってもいいだろう。

 しかし、あまりお嬢様を連想させるフリルたっぷりの衣服も……似合わないわけではないだろうが、もっと別のモノの方が似合う気がする。

 ワンピースなら、派手過ぎない花柄とか、シャツやニット系統がベストだろうか。


「ニール? ねえ、ちょっと、ねえ?」


 ならば、色合いは普段着ているセーラー服に似た色合いに近い、これが良いだろうか?

 ネイビーカラー――ニールには紺色にしか見えないが、そう値札の横の商品説明にそう書いてある――を基調としたチェック柄のシャツワンピースだ。

 丈が長く、ふわりと裾が広がったデザインも中々可愛らしい。

 そして何より、ゆったりとした造りであることと、腰辺りにあるリボンの組み合わせが良い。体のラインが隠れるし、リボンを結べばスタイルも良く見える。

 

「……俺が思いつく限りじゃ、これが一番か……? つっても、しょせん俺の考えだってのもあるが、連翹が気に入らなきゃどの道アウトだろうし……」

「ていっ」

「あいつの趣味もわがらなばっ」

  

 ざくり、と。

 無防備な脇腹辺りを、思いっきり突かれた。

 

「痛――ってえな馬鹿女! 終わったんなら声かけろ!」

「あーん? 二回も無視し腐った難聴男のくせになに言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの? 告白も聴き逃して『え? なんだって?』とか言っちゃうタイプなの?」

「最後のそれはただの最低野郎なんじゃねえかと思うぞ……それより、着替え終わったのなら丁度いい。これ試しに着てみろ」


 腕を組んでこちらを睨みつける連翹に、見繕ったワンピースを押し付けた。

 きょとんとした顔でそれを受け取った彼女は、手元のそれとニールの顔を交互に見つめる。


「……なんだよ、気に入らねえなら戻せばいいだろうが」

「いや、別に気に入らないわけじゃないんだけど――えっ、なにを真剣に考え込んでるのかと思ったら、あたしに合うのを探してくれてたの……?」

「ああ、さっきのコート二連続でお前のセンスに任せるのだけは無しだと確信したからな」

 

 元々、今日はニールが奢るという話で買い物に来たのだ、。多少懐が寒くなっても文句を言うつもりはない。

 だが、どうせなら金を使うなら、もっと似合うモノとか、こっちが見ていて楽しいモノを選んで欲しい。そんなことを内心で思う。


「えーえー、どうせあたしにセンスはないですよー。コーディネートはこうでぃねえと、なんて言ってしまうレベルのオシャレEランクよ。幸運のランクだったら自害させられてるレベルだもの、仕方ないじゃない」

「だったら伸ばす努力をしろよ、剣の鍛錬と一緒で鍛えねえとランクとやらも低いままだぞ」

「そりゃそうなんだけどねぇ。興味ないことを頑張るなんて中々出来ないのよ……ま、ともかく試着するから待ってて。これで似合わなかったらオシャレEランク認定してやるから覚悟しなさいよ!」

「分かった分かった、だからとっとと行け。あんま時間かけてると、この店だけで昼になっちまうぞ」


 試着室に連翹を追いやり、ようやく息を吐く。

 なんだろう、凄く疲れた。普段使っていない部分の脳みそを全力で動かしたせいだろうか? 正直、剣の鍛錬の方がずっと楽だ。

 

「お客様、彼女さんと随分と仲が良いんですね」

 

 壁に背を預け休憩するニールに、微笑ましそうに笑うエルフの女店員が声をかけてきた。

 

(彼女――? ああ)


 内心で首を傾げたが、名乗ったワケでもないのだから、彼女という呼び方は間違ってはいないな、と納得する。

 

「別にそこまでじゃねえよ、特別仲が悪いとも思わねえけどよ。今回だって今朝の――あー……やらかしたことがあったから、それの償いがてらに色んな物奢るってだけだしな」

「そうでしょうか? あんなに歯に衣着せぬ言い合いを遠慮なく行えて、お客様は真剣にプレゼントする服を選んでいたじゃないですか」


 十分仲が良いですよ、とエルフの女店員は微笑む。

 その瞳は頑張って背伸びをする子供を見るような色合いで、少しばかり恥ずかしい。

 その恥ずかしさの理由は分からないが、相手は自分よりずっと長く生きているエルフだ。ニールが気づいていない部分も見抜いているのだろう。


「ま、実際あいつがどう思ってるかは知らねえけど。別に、あいつが嫌いなわけでもなし、仲が良さそうって言われて悪い気分はしねえな」

「ニールー、着替え終わったわよー!」

「分かった。それじゃあな、店員さん」


 頭を下げて仕事に戻る店員と別れ、試着室の前に向かう。

 既にカーテンは開いており、試着室から頭だけを出した連翹がニールの姿を探しきょろきょろとあちこちに視線を向けている。


「よう、どうだ。サイズは合ったか――」

 

 声が途切れた。

 途切れざるを得なかった。

 先程、ニールが渡したワンピース。それの裾を摘んで、恥ずかしがるような、困惑するような顔でこちらを見る連翹の姿を見たから。

 体のラインを隠し、露出の少ない衣服だ。ゆったりとした衣服は太って見えるものだが、ウエスト辺りのリボンが膨らみを抑え、体のラインこそ出ないものの女性らしいカーブを演出している。僅かに広がったスカートの裾も膝下まであり、普段のセーラー服の方が肌の露出が大きいくらいだ。

 だというのに目が奪われるのは、今まで彼女から感じたことのない女性らしさがあるからだろうか。

 ニールは少しだけ、女が化粧をしたり衣服に気を使う理由が分かった。衣服一つで化ける時は化けるのだ。もっと綺麗になりたいと願う女が色々なモノに手を出すのは必然だろう。


「……なによ、黙っちゃって。似合ってないならそう言えばいいじゃない」


 ニールの沈黙をどう理解したのか、拗ねたように視線を逸らす。

 慌てて何か言葉をかけようと考え――しかし、どうも言葉が纏まらない。不規則に脈打つ心臓と、どこかぼんやりとした思考が言いたいことを纏めてくれないのだ。

 だが、黙っているのはマズイ。

 そう理解したからこそ――言葉を纏めるのを諦めて、思ったことを垂れ流すことにした。

 

「いや――悪いな、似合うとは思ってたんだが、予想以上でつい見入ってた」


 連翹が固まった。

 拗ねて視線を逸らした体勢のまま、ぴたりと動きを止めたのだ。


「お前は格好良い女みたいなのに憧れてるのは知ってるが……やっぱそっちの方が向いてるぞ、お前。元からけっこう可愛いんだからよ」

 

 思ったことをつらつらと言うだけならば、多少頭がぼんやりしていても問題ない。

 なにか、ものすごく恥ずかしいことを言っている気もするし、後で悶える予感もするが――連翹の姿を見る限り、この手段が失敗ということではないのだろう。


「……え? あ、や、いや、ちょ、待って――」


 視線を逸らしたまま、いや、先程よりも更に逸らしながら、連翹はこちらに掌を向けた。

 待って、とか。

 落ち着かせて、だとか。

 そんな意味合いがあるんだろうな、と思うが、舌は『そんなこと知らん、回せ回せ』と言うように動きまわる。


「俺の趣味、ってのもあるんだろうが、やっぱりお前はそういうひらひらした長いスカートが似合ってると思うぞ。それに――」


 じっ、と見つめる。

 その視線の圧に恐る恐る振り向いた連翹と視線がかち合う。

 頬を朱に染めた、いや、未だ染め続ける連翹の顔を真っ直ぐに見つめながら。

 心から思った言葉を口にした。


「――そういう長いスカートって、中がどうなってるのか想像するとすげぇ興奮する」

「――――……なんで上げてから地面に叩き落とすようなこと言うのかしらねニールぅ! あたしの好感度ゲージはもう上がったら良いのか落ちたら良いのか理解できなくて、ストレスマッハで骨になってるんだけどぉ!?」


 心から思った言葉が正解とは限らない。

 怒鳴り声と共に試着室に消える連翹を見つめながら、ニールはそれを学んだのであった。


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