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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
エルフの国
103/288

100/商業塔

 確かにオルシジームは森の中に存在する国だ。草木は生い茂り、緑に溢れている。

 だが、それらが通行を妨げているとか、迷いやすいといったことはない。それどころか、大通りは人間の街のように賑やかだ。

 スペースを借りて商売をしている露天商や、軽食を販売する屋台。大通りに沿うように建った木造建築には客の目を惹く看板が掛けられている。

 こんなにも人の営みに満ち満ちているというのに、人工的な場所と思えないのは、頭上の木々たちの存在からだろうか――ニールはそんな事を考えながら空を仰いだ。

 大樹をくり抜いて建造された塔の他に、中身の詰まった大樹が高く高く伸びている。ニールの遥か頭上で枝葉を伸ばし陽光を遮っていて、地面に届く量は少ない。

 だというのに薄暗くないのは、ヒカリゴケなどを含んだ輝く草花のおかげだろう。人が空気を吸い、そして吐くように、水や栄養を取り込んだ花が必要ないモノを光として排出しているのだ。 


「ちょっと、なに立ち止まってるのよ。まさか昼まで時間稼ぎして財布のダメージを削ろうって算段じゃないでしょうね。汚いわね、さすがニール汚い。あまりにもひきょう過ぎるでしょう?

 あたしは中立の立場で見てきたけど、やっぱり観光はあたし中心で行った方が良い事が判明したわね」

「そんなくだらねえことしねえよ、不満があったら明日に埋め合わせしてやるっての。俺だってこの街は初めてなんだ、気にあるところはあるし、足止めちまうことだってある」


 正直な話、オルシジームは興味のある国ではなかった。

 なぜなら、エルフは魔法使いに特化した種族だし、鉄製品だってドワーフや人間の後追いでしかないから。強い剣士や剣を求める上で、最も適さない種族だとニールは思っていたからだ。

 だが、ドワーフよりも非力だというのに人間に剣士が多いように、エルフもまた非力なりに戦い方を考えていたと知った。知った現在では、人間より非力だから、とエルフの剣士を下に見ていた自分が恥ずかしくなる。

 

(それに――興味がなかったから、下調べもしてなくてな)


 だからこそ、新鮮なのだ。

 森の中にある田舎町――そんな程度の認識だったから。

 感嘆の声を漏らして辺りを見回していると、くすくす、と小さく笑う声が近くで響く。


「綺麗なモノ見て足止めるなんて心がニールにもあったのね、意外。そういえばこの花、夜に光ってた方が映えそうだけど夜は光ってなかったわね。夜に寝るのかしら」

「さあな。だが、一日中ずっと光ってたら寝れねえだろろうし、これでいいんじゃねえか? ……おい、ちょっとまて、最初の方でお前なんつった」

 

 本気で怒るわけでもなく、じゃれ合う程度に言い合いながら歩く。騒々しく、しかし他人に迷惑にならない程度で。

 目指す場所は商店などが詰まった大樹の塔だ。剣を探し求めた時に一度来た場所であり、そこを目指す人々も多いため迷うことなくたどり着けた。

 

「へぇ……」


 入り口近くまで来た連翹は、物珍しそうに辺りを見回しながら感嘆の声を漏らした。

 大樹の中をくり抜いてスペースを造る、という面では自分たちが泊まっている宿と同じだが、しかしここは宿と違って一部屋一部屋が広く開放感のある造りになっていた。

 視線の先には今朝採れた野菜や、魔法で冷やされた牛や豚の肉を売るエルフや、それを購入する主婦のエルフの姿が見える。


「一階が食料品で、他のモノは二階以降で売ってるっぽいわね……デパートと似たような感じなのかしら」

「おい、入り口で立ち止まんなよ。邪魔になるぞ」


 ニールは一度、剣を探しに来た時に訪れているから多少慣れているが、連翹は違う。くるくると辺りを見回す彼女に苦笑しながら、中に入って手招きする。


「おっと、そうね。ごめん」


 慌てて先導するニールに駆け寄った連翹は、そのまま螺旋階段の近くまで行く。

 階段の近くには、各階に何が売っているのかを示す立て札が存在し、連翹はそれを注意深く観察する。

 

「正直、服とかあんま興味ないのよね。ラノベとか漫画とかの売り場があれば喜んでそこ行くんだけど……」

「お前、それ女としてどうなんだ。それとも、お前が挙げた二つは服とかアクセサリー関連の単語なのか?」

「ううん、この世界で言うと――冒険小説とか、剣士が勝ちまくってモテモテ物語的な?」


 服なんてこれさえあれば十分でしょ? そう言って要所を鎧で守った女用水夫服――セーラー服というらしい――の裾をぴらり、と捲り上げる。

 その仕草に、不覚にも心臓が高鳴った。スカートの裾から露出したふとももが眩しくて、今朝観た下着姿が脳裏でフラッシュバックする。


「――買ってやるから服くらい買えよ、この馬鹿女。せっかくの機会だ、奢りついでになんか買ってやるから、自分用の服くらい増やせ」


 ――その仕草を見ていると、なぜだか気恥ずかしくて。視線を逸らしながら、吐き捨てるように言う。

 

「えー? なにー? もしかしてあたしのために服を貢ぎたい的な流れ? ふふっ、可愛くて完璧な美少女は罪ね。こんな風に誘われてたら一人の時間も作れないわ、リアル話でね」


 何を勘違いしたのか、連翹は前髪をかき上げながら、ふふんっ、と笑いながらドヤ顔を決めた。

 無い胸を張ってこちらを見る姿に、このテンションの時にまともに会話しても無駄だなと思い、半ば聞き流しながら適当に返答する。


「お前が可愛いのは分かってるが、研がなけりゃナマクラになるのは人も剣も同じだろうが馬鹿女。……いや、待て。俺やお前が選ぶと悲惨なことになるかもしれねえし、今日は見送ってノーラに選ばせた方がいいか?」


 ニールは特別センス良いワケでもないし、選ぶのだってしょせん男の好みだ。

 では連翹自身に選ばせたら――なんか、珍妙なモノを山程選びそうな予感がする。実用性度外視で格好良さ重視の歌劇の衣装めいた服とかを喜々として手に取りそうだ。

 自分で言っておいてなんだが、服に関しては後にするべきかね、と考え――ふと気付く。

 普段なら馬鹿女扱いしたら打てば響くように返答してくるはずの連翹が、なぜだか沈黙を保っているのだ。

 怪訝に思い、彼女の顔に視線を向ける。


「……ねえ、あえてツッコまず同意して辱める作戦?」


 頬を赤くし、どこか困ったよな顔をして。

 連翹は居心地の悪そうに視線をあちこちにさまよわせながら、ぼそぼそ、と言葉を連ねる。

 恥ずかしがるべきか、怒るべきか、お礼を言うべきかで迷う。そんな仕草だ。


「いやでも、嘘でもそれはそれで嬉しかったから――言いたいのならもっと言ってもいいのよ!」

「……ノーラに選ばせた方がいい?」

「前! 前! その前だってば! なんでわざわざそこチョイスしたのよ!?」

「あー……他になんか言ったか? なんにしろ、なんか買いたいもんがあるなら早く行こうぜ。俺だって暇じゃねえんだぞ」

「もっと前! もっと前に言ったこと思い出してみなさいよ! そんな何時間も前の言葉でもないでしょ!?」


 そう言われてもな、と首を傾げる。


「知らねえよ、適当に喋った言葉なんか一々覚えてねえっての」


 考えながら喋ったのならまだしも、聞き流しながら生返事をするかの如く適当に口走った言葉なんて、覚えられないし覚える気もない。

 

「なんにせよ、思ったことが口に出ただけだろ。たぶん俺がいつも考えてることで、特別考えて言った言葉じゃねえはず――なんだ? そんな気に食わねえセリフだったのか?」


 顔を真っ赤にして何かを言おうと口を開けたり閉めたりする連翹に、思わず臨戦態勢を取る。

 怒っている――ようには見えないが、しかし平静なようにも見えない。

 それが逆に不思議で対応に困る。怒らせるようなことを呟く自信はあるが、それ以外は完全に想定外なため反応出来ないのだ。


「と、とにかく――まあ、そこまで言うなら選ばせてあげてもいいわ! 服屋は三階にあるみたいだし、ダッシュで行きましょ!」

「待て待て待て」


 顔を逸らして螺旋階段を駆け上がろうとする連翹の襟首を掴む。ぐへぇ、と女の子らしくない潰れたカエルめいた悲鳴が漏れた。


「けほっ――いきなり何すんのよぉ!? この辺りで一度ボッコボコにしてどっちが上か下か決めておいた方がいいのかしらねぇ!?」

「騒ぐなよ馬鹿女、理由ならある。店の中で走るな、っていうのがってのが一つで、もう一つは――アレだ」


 咳き込みながら食って掛かる連翹をあしらいながら、螺旋階段の隣に存在する柵で囲われた円形のスペースを指差す。

 丁度エルフの親子がそれを利用するところらしい。店員にいくらかのチップを渡すと、円形の床の中心に立った。

 その様子を怪訝そうに見つめる連翹だが、店員のエルフの魔法で床が上階へと上昇させていくのを見て、驚きと納得が入り混じった吐息を漏らす。


「浮遊床――って名前らしいぜ、俺も昨日知ったんだがな。ここみてえに高い建物には、ああやって魔法で移動する手段があるってわけだ」

「なるほど、手動エレベーター……いや、魔法エレベーター的な感じってわけ。そういえば、宿にもあんな場所があったわね」


 上の階で泊まってる人、大変だろうなと思ってたのよ、と納得したように頷く。


「ま、俺らが泊まってる場所はそんな高い位置じゃねえし、服屋だって使わなくても問題無さそうだけどな。けど、知っときゃ必要になった時便利だろ?」

「そうね、ありがと――でも意外ね、ニール」

「あん? 何がだ?」

「いや、ニールのことだから、店員が魔法使って床が浮かぶ直前にあそこにあたし近づけさせて、偶然を装ってスカートめくる――くらいの所業はやってのけると思ったんだけど」


 今朝のことはちゃんと反省してるってわけね、と微笑む。

 しかし、ニールはその微笑みに言葉を返さない。しばし無言で佇んだニールは、ずしゃあ! と、そのまま床に崩れ落ちた。


「――ああ……クソ、しくじったぁ……ッ!」


 覆水盆に返らず、時は巻き戻らず、もう同じシチュエーションは二度と巡って来ないだろう。

 ああ、なぜ自分はこんなにも愚かなのか――!


「思いつかなかっただけ!? 思いつかなかっただけなのニール!? っていうか今朝あ……あん、あんなに見たくせに、なんでそんな悔しそうな顔してんのよ貴方!」

「下着姿と風でスカートが翻って見える下着は別物だろ、何言ってんだお前。おもむきが全然違ぇだろうが。ロングスカートなら尚更だ」

「貴方が何を言ってんのよぉ!」

「つまり男は皆、冒険者ってワケだ。白日の元に晒された宝したぎすがただってもちろん嬉しいが、基本的には隠された財宝パンチラの方が嬉しいんだよ!」

「ねえニール、貴方もしかして好感度を乱高下させる遊びしてるんじゃないの!? さっきの一言もその一環だったんじゃないの!?」


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