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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
エルフの国
100/288

97/走り終えた後で

 

「……なんであたしたちって、こんな遅くまで鬼ごっこしてたのかしらね?」

「お前が言うかそれ……もう少し早く捕まれよ。途中から俺、変なことしねえから足止めろ、って言っただろうが」


 太陽の光は夕闇と共に微睡み、月が変わりに空へ浮かび始める。

 ヒカリゴケを詰めた街灯の灯りと共に大地を照らすそれは、こんな時間まで走り回って肩で息をしている連翹たちバカどもすらも分け隔てなく光を与えてくれた。

 そう、バカども、である。闇夜になるまで鬼ごっこに興じる十代後半の四人組など、バカ以外の何者でもない。連翹れんぎょうだって、他人がそんなことしてたら指差して笑う。


「ノーラとかカルナには謝ってもいいけど、あたしは貴方だけには謝らないからね。日頃の行いって単語を辞書で調べてみてよ」

「……ひい、はあ、……ニールざんも……ニールざんですげ、どぉ……レン、ぢゃんも、悪いど……はぁ……ひぃ……喉が、いたひ……」

「ノーラさんノーラさん、苦しいなら喋らなくてもいいから。一番体力ないのに僕らに合わせて全力疾走するから……」


 ニールは言わずもがな、カルナとて冒険者としてそれなりに体を鍛えているので、多少息が乱れている程度なのだが、ノーラは別である。

 現代日本人から見れば体力はある方に見えるし、運動部でもそこそこやれそうな気はする。だが、転移者チートもちと戦うために体を鍛えた男二人と比べると貧弱なのは否めない。

 ぜひー、ぜひゅー、と聞いているこっちが苦しくなってくる音を立てている姿は、さすがに連翹も申し訳ない気分になってくる。


「……うん、ごめんねノーラ。鬼ごっことか小学生以来で楽しくて、途中からついついはしゃいじゃってごめんね。転移者って凄いのね、全く鍛えてないのにニール煽りながら逃げられるんだもの」


 そう、楽しかった。なんというか、凄い楽しかったのだ。カルナも大きく頷いている――彼とはなんか変なところで気が合うな、と思う。

 だがまあ、鍛えた男二人を引っ掻き回したその時間は、この世界に来て一番『俺Tueeeeee!』を感じられた。反省はするし、今度はノーラを巻き込まないようにしようとは思うけれど、後悔はしていない。煽りながら逃げまわるの超楽しかった。


「お前いつか覚えてろよ馬鹿女。絶対後でそんなセリフ言えねえ状況にしてやっからよ」

「はーん? やれるもんならやって見なさいよ、剣無し剣士ノウソード・ソードマンの分際でっ! デカイセリフは剣持ってから言うのね!」


 証拠を突きつける弁護士――知識はトンデモ裁判ゲームのモノだけれど――のノリで叫ぶと、「ぐうっ……!」とニールは膝から崩れ落ちるよう倒れ込んだ。


「糞っ……駄目だ、完全に正論すぎて反論できねぇ……! そうだよな、剣士が剣無しでなに言ってんだって話だ……」

「ニー……ふうっ……ニールさん、待ってください! 正論、じゃないです! それ、別に、正論、でもなんでも、ないですよ! ……ああうう、喉が、喉が」

「いや、まってくれないかな。ノウソード・ソードマンって響き、なんかこれはこれで格好良い気がするよ……!」

「ああもう、カルナさんはもう……なんというかもう……こういうの好きですよね本当に……」

「当然じゃないか、二つ名は男のロマンだよ」


 カルナの言葉に、連翹も「当然だ」と言うように頷く。

 せっかく異世界に来たのだから、剣姫とか、銀閃とか、黄金の鉄の塊とかいう名前で他人に噂されたいと思うのは、決して連翹だけではないだろう。


「強くなりゃ勝手に誰かが適当な名前で呼ぶだろ、気にいるか気に入らないかは別としてよ。そんな名前に一々一喜一憂すんなよ」

「カルナ、こいつ裏切り者よ! 二つ名のロマンを理解しない異端者よ!」

「ニール……君と歩む道が、こんなにも早く別れるだなんて思わなかったよ」

「あ!? 俺が悪いのかコレ!? なあ、俺が悪いのかよ!?」


 ノーラに助けを求めるニールだが、求められたノーラはもう知ったことではない、とばかりに地団駄を踏む。


「そんなことよりっ、どこかで晩ごはん食べましょうよ! 店閉まっちゃいますよ! ……このまま晩ごはん食べ損ねるなんてことになったら、さすがに本気で怒りますからね?」

 

 最初は訴えかけるような響きで、後半から低く押し殺した怒り声音で。

 修復不能なまでにこんがらがった話の流れが、一つの筋に戻された瞬間であった。

 ……普段怒らない人ほど、怒ると怖い。

 笑顔のノーラの額に浮かぶ青筋を見つめながら、心からそう思った。


      ◇


 辿り着いた場所は、大樹の塔の中にある店ではなく、地面に建った石造りの建物であった。

 オルシジームギルド、という看板のかけられたその店は、どうやら冒険者の酒場を模して造られた店らしい。


「この店は開いてるみたいですね。ここにしましょう、そうしましょう」


 ノーラが指を指して嬉しそうに微笑む。

 森林国家オルシジームの眠りは早い。エルフは草木と共に生きる存在であるため、太陽が沈んでいる時間に活動する文化が少ないのだ。

 無論、巡回する夜勤のエルフの戦士など、夜に仕事をする者はいる。だが、エルフという種全体で言えば少数派であり、そのため街の機能も日が落ちると眠り始める。

 

「軒並み店が閉まってる中で、ようやっと見つけた開いてる店って安心感凄いわね。それ考えると、二十四時間営業の店って凄かったのね……あたし完全にナメてたわ」

「腹空きすぎて寝ぼけてんのか馬鹿女。丸一日店開けてて、店主はいつ休むんだよ」

「雇った人を交代させてるのよ。店主も昼か夜に寝てるはずだし……うん、まあ、きっと、本来ならね……?」


 脳内に黒色企業と干からびてく雇われ店主のイメージが浮かんだが、頭の外に放り出す。

 それより、今はごはんと飲み物だ。体力的には一番元気な連翹ではあるが、お腹が空いていないわけでも、喉が乾いていないわけでもない。

 店に向かって駆け出しながら、背後の三人に手を振る。

 

「ちょっと先に行ってくるわね! とりあえず飲み物だけでも頼んでおくわ」

「おう、悪いな。ビール三つ頼んどいてくれ」

 

 ニールの言葉を聞きながら背後をちらりと見る。カルナもノーラも異論は無いようで、小さく「ありがとうね」と呟いていた。

 なら問題ないわね、と閉店の札がかけられていないことを確認し、扉を開けた。

 店内の内装は連翹も知る人間の街の酒場に近かった。壁に飾られた無骨な鉄剣だとか、壁に貼り付けられたクエストの依頼書らしきモノなども、荒れくれが集う冒険者の酒場を連想させる。

 しかし、人間の店に近いからこそ、エルフらしさが際立っているような気がした。

 カウンターの奥にある棚などに収納されている皿などに木製のモノが多いし、細々とした小物も人間のセンスではないように思える。ジョッキやグラスホルダーで吊るされたワイングラスなんかも、人間やドワーフのモノと比べて些か小ぶりだ。


(あれね、マ○ドナルドのハンバーガーとかが、本家本元に比べて日本のは小さいみたいな感じなのね)

 

 あんまりにもあんまりな喩えをしながら、視線はこの店で最も人間の店では存在しない――または、珍しいモノに向いている。

 ブロンド髪をショートカットにした少女だ。細身の体に新緑の色を基調としたジャケットを羽織り、同色のショートパンツを履いている。

 靭やかな弓を連想させる彼女の耳は、細く尖っていた。エルフの耳だ。

 彼女がこの店の店主なのだろうか。テーブル席に一人で座る彼女に声をかけようとし――


「うん、うん……そう。それなら良いんだ。あいつらけっこう雑に扱うから、仕事が嫌になってないかな、って思っただけ。何かあったら遠慮なく言って」


 ――見えない誰かと会話する姿を目撃してしまった。


(あかん、まずいでござる、どうしよう、これやばい人的なアレだわ)


 既知の友人と親しげに会話する声音が、余計に恐ろしい。だってこれ、既知は既知でも、うしろに外って漢字がくっついてしまう精神状態だろう。

 別に、そんな人に絡まれたって問題はないはずだ。なにせ、自分は転移者だ。突然奇声を上げて襲いかかってきたとしても、十分対処できる。


 なるほど、正論だ。


 しかし、キッチンに潜む黒光りする虫が怖いのは、決して命の危機があるからとかそういう類の恐怖ではない。気持ち悪いから怖いのだ。

 ぶっちゃけ、いくら自分が強くなっても、『キ』が付く自営業のお方とお知り合いになりたくない。どうせなら、異世界的に『マ』のつく自営業とお知り合いになりたいと思う。

 幸い、クレイジーエルフは見えない誰かとの会話に夢中なようで、こちらに気づいていない。

 ゆっくり、ゆっくり、この場から離れ――


「おーっす! ……なんだ連翹、お前まだ席取ってなかったのかよ」

「ふわああああ! 空気読んでよもおおおおお!」


 ようと思ったのに、現実は非常である。人生の中で時々突きつけられる三択問題で選ばれるのは大抵、非常な三番だ……!

 ニールと連翹の声に気付いたのか、エルフの少女はこちらへ振り向き、営業用の笑みを浮かべた。

 

「おや? お客さんかい、こんな時間に珍しい。そっちの入り口に近い方のテーブルへどうぞ。他のテーブルはごめんね、今日は色々騒いで疲れてるみたいだから、休ませてるの」

「え? なに、もしかしてテーブルと話してたの……?」

「ああ、もしかして話しているところを見ていたのかな。ごめんね、気付けなくて。あまりお客さんが来ない時間だから油断していたよ」


 恥ずかしそうに笑う彼女だが、あれか、もしかしてぬいぐるみと話しかけているところを見られた程度の認識なのだろうか。

 まあ、確かにぬいぐるみもテーブルも、同じ無機物ではある。

 そういうことにしておこう、と連翹はこの話題を打ち切ることを決めた。

 

「へえ、凄いですね。わたし、人間の村で育ったので見たことないんですよ、そういうの」

「ノーラァ!?」


 だっていうのに、ノーラが強引に再接続。話題は今もエンドレス。

 

「そうかい? そんなに珍しいモノでも――ああ、そっか。君たちは人間だからか、神官が居ても意味はないか」

「ええ、わたしも神官ですけれど、エルフの皆さんと同じことはできませんから」

「……そうかそうか、納得したよ。それなら珍しいはずよね」


 和やかに談笑する二人に、連翹の困惑は深まるばかりだ。


(な、なに……? エルフって皆、テーブルと話す文化とかあるの……?)


 エルフが食卓を囲む上で、何か宗教的だったり文化的だったりする風習があるのだろうか。

 料理を前にして食材や作った人に感謝の言葉や祈りを捧げるのは時々聞くが、もしかしてそれらを支えるテーブルという存在は、エルフにとって重大意味があるのでは……!?

 

「と、会話よりも前に飲み物のオーダーを聞こうか。何がいいかな?」

「ビールを三つお願いするよ。レンさんはどうする?」

「え? あ、あー……グレープフルーツのジュースで」

「はい、ちょっと待ってね」


 カウンターの奥で準備を始めたエルフを確認し、視線をノーラに向ける。


「……ねえ、ノーラ。エルフって、皆テーブルと話すの?」

「え? いえ、神官の方だけですよ。でも、飲食店を経営している神官って珍しいですね」

「エルフの場合、教会以外に大工や木こりになる人が多いからね。確かに、他の職業になるって話は中々聞かないなぁ」

「……つーか俺、テーブルと話してたとか言われても意味不明なんだが。なんなんだ? 俺が剣の手入れする時、つい剣に話しかけちまうのと似たようなもんなのか?」

「ねえニール、それはそれでドン引きなんだけど、あたし」


 そんな悪態を吐きながらも、内心ではニールに対し「よくやった」とばかりに親指を立てていた。

 なんというか、静かな部屋の中、一人で談笑している姿を思い出すと、中々自分では聞けなかったのだ。だって怖いもの。

 もちろん、自分で聞くのも他人が聞くのも大差は無いのだが、気分的には後者の方が少しマシなのだ。お化け屋敷は怖いけれど、先頭を誰かが歩いてくれるのならまだマシ、みたいな感覚なのだと思う。

 

「そういう奇跡を持っているんですよ、エルフの皆さんって。わたしたち人間が命を守るための力を賜った、森の中で生きるエルフは草木と会話出来る奇跡を賜ったんです」

「え!? それって地面から生えてるヤツだけじゃないの!? テーブルとか超加工されてるけど!」

「普通の木なら、そっちの子の言うとおりだね――はい、おまたせ」


 トレイに載せた飲み物を渡しながら、エルフは小さく微笑む。


「けど、力を持った霊樹は別さ。彼らはある程度まで育つと、新たな草木に太陽の恵みを与えるため、切り倒され、加工されることを望むの」


 大地っていう親元から離れて自分の道を決めるの、と彼女は言う。


「あなた達が囲んでるテーブルもそう。ドワーフとの交流で賑やかになっていくオルシジームが好きだった彼は、百代くらいの若い子と一緒に騒ぎたかったみたいなんだ」

「あたし、テーブルが意思持ってるって言葉より、十代の若者みたいなノリで百代とか言われたのに困惑を隠せないんだけど――ねえ、失礼かもしれないけど、ええっと……そういや名前知らないわ。ともかく、貴女何歳? 人間で言うところの17、8歳くらいに見えるんだけど」

「ミリアム・ニコチアナさ。ミリアムでもニコチアナでも、女将でもマスターでも好きに呼ぶと良い。常連は皆、適当に好む名前で呼んでいるからさ。

 ちなみに、歳は180だよ。ぼくが人間だったらドンピシャだったね。まだまだ若造だけど、ここに良く来る百代半ばの連中に比べればお姉さんって感じかな」


 そう言われても、若いのか若くないのか、どうも判断しづらい。いきなり百年以上生きてます、とか言われても想像がつかないのだ。

 

「ねえ、どうしたのニール、急に黙りこんじゃって。トイレにでも行きたいの? それとももしかして悩み?」

「おう、なんで悩みの方を優先順位低くした――別になんでもねえ、ただ納得してただけだよ。視線とか選定とかな……認めさせろ、ってのはそういうわけだ」


 そういうことか、と一人で頷くニールに思わず首を傾げる。一人で何を納得しているのだか。

 質問してやろうかと思ったが、カルナがパンパン、と小さく手を叩く音に遮られる。


「喋るのも楽しいけどさ、早く飲もう。僕もけっこう喉乾いてるしさ」

「そうですね。他種族の神官の話って楽しいから、つい」

「よし、みんなジョッキは持ったー? ほらニール、貴方も何考えてるんだか知らないけど、早くしないと乾杯ハブるわよ」

「ああ、くそ、待て待て、今やるからよ!」

 

 乾杯の合唱と共に、四つのジョッキが重なる澄んだ音が響いた。

 オルシジームの夜は、ゆっくりと、ゆっくりと深まっていく。


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