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 アリーナから少し歩いた場所にカルカソンヌの豪邸がある。大きさはプレクス学園の校舎一つ分とほとんど変わらないが、間違うような人間は居ないだろう。校舎と違って高い塀に囲まれており、塀の中を見ることができないからだ。

 唯一の入り口である正門には見張りが二人いて、事前予約の無い勇者と女神様を歓迎してくれるとも思えない。

 と言ったところで、正門から行く理由など俺たちには無い。

 ロリスが対バスティア戦で考案した、最悪の魔法を使えば、側面からの侵入も簡単にできるからだ。

 俺はあまり目立たない場所を選ぶと、ロリス考案の魔法を使うことにした。

 魔法は訓練し支配することによって自ら望んだ結果を引き出すことができる。俺がこれから行おうとしていることは全くの逆だ。

 魔法を暴走させることによって意図しない効果を引き出そうとする。これでは魔法使いとは言えない。魔法不能者ならぬ魔法不全者と呼ぶべきだろうか?

 手から液体が溢れる。

 固有魔法がどうして二つあるかは謎のままだが、癒やしの水と、スライムの水、この二つを使い分ける事を俺はこの二週間の合間に学んだ。バスティアが癒やしの水の能力を伸ばす方向に俺に訓練してくれたので、結果的にスライムの水も使いこなせるようになった具合だ。

 今回出しているのはスライムの水だ。

 手から溢れ出す水を壁になすりつける。スライムは壁を吸収し、どんどんと拡大していきながら、俺に魔力を還元してくれる。俺はそれをさらにスライムを出すのに使う。

 一度使い始めたら俺にもすぐには止められない。止めるのには時間がかなりかかる。せいぜいできるのはある程度の方向性だけだ。

「警備員が来たらどーするの?」

「俺には女神様がついてる」

「今回は少し助けたげる、でも頼りにしないでよ。さっきので力かなりつかったんだから」

「ユイットの魔法から会場を守った時のか」

 女神様の奇跡ってのがいまいちよくわからないんだよな。絶対的な力って訳でも無いみたいだし。強化された魔法って事なのか?

「それもあるけど、オーシュを蘇生したのも大きいんだ。本当なら三日は動けないよ」

 の割には威勢の良いネージュだけど、にわかに信じがたいな。

 嘘はついていないんだけど、納得できないと言うか何というか……

 そうこう話をしている内にスライムは雪崩のように勢いを増し、カルカソンヌ邸の塀を食らいつくしていく。

 一~二分もしないうちに通れるほどの穴が空く。

 塀の中は庭園になっており、区画ごとに植えられている花が違い、管理された人工的な美しさがあった。

 ここにあるのが花だろうとゴミだろうとスライムが食べちゃうんだけどね。

 今回初めて知った事だけれども、どうやらスライムは人工物よりも自然物の方が消化しやすいらしい。

 庭園を捕食し始めてすぐに警備員達も気づいて、警戒も無しに剣を抜いてこちらに走ってきた

「逃げろよ! 必死に逃げればスライムに食われることは無いから!」

 これがこの魔法不全最大のメリットであり、デメリットだ。

 立ち向かってくるような相手ならそのまま取り込むことができるけど、逃げていく奴を捕まえに行くほどスライムの速度は速くない。

 おかげで敵対する人間だけを狙える。

 もっとも目標が逃げてしまうと倒せないけど。

 警備員達が、剣を振りかざそうとするので、俺は自分の体をスライムで覆い尽くすことにした。

 セルフスライムプレイ、では無い。

 暴走させているだけとは言っても、スライムを自分の体から出すぐらいは簡単にできるし、俺が食われないのは確認済みだ。

 こうやって覆っておくことによって、自分を守る盾になる。

 剣先は俺に届く前にスライムの血肉になっていく。

 剣が消えると警備員達は逃げ出していく。深追いする気は無い。と言うか、この魔法はそういうことができない。

 全てを無にするだけの魔法。

 庭園を掌握するのにさほど時間はかからなかった。




 スライムの移動する方向を豪邸にする。方向と言っても東に進めとか西に進めぐらいしかできない。赴くままに貪っていくのがスライムの基本原則。

 玄関をスライムに食べさせ、カルカソンヌ邸に進入する。

 まず目に入ったのは階段を降りているカルカソンヌだ。カルカソンヌは手に青白く輝く聖杯を握り、何かを飲み干した。

「貧民はノックをする常識も無いのか?」

「貴族が盗むを働くとは正義が無いのか?」

 スライムはカルカソンヌ邸も喰らっていく。すでに足首ほどの高さまで、スライムは進入している。カルカソンヌはそれを気にしていないかのように、そのまま足をつけようとする。

 カルカソンヌはスライムの上を歩いている。さもそれが当然の自然原理だとでも言わんばかりにこちらを見ている。

「お前は嫌いだが、来てくれた事に関しては感謝しないとな」

「どうした? 自首でもするのか?」

「俺はこの聖杯の力に魅了されてしまってね。これだけの力があれば魔王を超えることすらできる」

「魔王になること、それがお前の目的か?」

「そうだ」

 理解できなかった。

 カルカソンヌは貴族であり、魔法の才能があり、環境にも恵まれている。

 貴族だけの苦難と言うのもあるのだろう。

 期待、責任、誇り、

 そのことについて悩み続け、自らを引き裂き続けた少女を知っている。そのために聖杯の力を使ってしまった少女を知っている。

 知っているだけで、その痛みを俺はどこまで行っても理解も体感も共感もできないだろう。俺にできるのは一緒に居ることぐらいだ。

 だから、カルカソンヌが悩みを持っていたとしてもそれは至極当然だと思うし、その為に聖杯を盗む事を納得してしまうかも知れない。

 でも、魔王になりたい?

「お前みたいな不能者の貧民は知らないだろうがな、貴族ってのは色々あるんだよ。稽古だの、パーティだの、とにかく全部がうざったくてたまらない。

 貧民は文句を言い、王族は無理を言う。どれもこれも俺が頂点に居ないから起こる問題だ。

 なら簡単だ俺が全てを支配すれば良い。絶対的で誰もが服従を選ぶ存在。

 魔王だ。

 魔王を打ち倒した聖杯の力を使えば逆に魔王にだって成れる。魔王と言うのは称号でしか無い。ありとあらゆる物が従う法則それが魔王だ。

 そういえばお前は勇者だったな。よくもまぁそんな世界で一番つまらん存在になろうと思ったな。

 自らの欲求では無く、他人の欲求で動き、願いが叶えば捨てられる。ただ、お前は勇者である前にもっと大事な存在だ。重鎮にしてやっても良い」

「俺は女の子のお願いしか聞かないことにしてるんだ。何を言おうがお前は俺の敵だ」



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