18
俺たちはお互いに武器を構えるだけだった。お互いにお互いの呼吸を理解しようとしている。
俺は待ち続ける。
さすがに観客もおかしいと思い始めてきたのか、歓声が罵声に変貌していく。
俺は武器をおいた。
魔法使い同士の戦いにおいて、武器の有無は絶対的な優位性では無い。至近距離に入ればまた別だけど、距離にして七メートルあるこの間合いで、武器の意味はほとんど無い。
ただ、行動その物には意味がある。
闘う意思が無いと言う行動。
バスティアは一歩一歩俺の方に向かって歩いて行く。
槍を強く握りしめている。構えていると言うよりは命綱代わりに握っているように見える。
俺も一歩ずつ近づいていく。
バスティアは嫌われたと勘違いしていたときのオリヴィアみたいに怯えている。
バスティア リュシェールが持っているはずの、芯の通る強さはどうやら聖杯の中に置いてきたみたいだ。
「どうして、攻撃しない」
バスティアのか細い声はうるさいアリーナの中でも聞こえてきた。
俺はスイッチを押せなかったから、攻撃するのは止めようと決めた。
俺がバスティアを殺したくないと思っているのなら、バスティアの中にだって殺したくないと思っている気持ちがあるはずだ。
俺はそれに賭けた。
もし、あのスイッチが無かったら俺は勝つ方法を考え続けていただろう。ほんと、ネージュには感謝しなければならない。
大事なのは勝つ方法では無いって教えてくれたのだから。
「友達をぶん殴ったり殺すような奴に見えたのか? 二週間一緒に居たのにショックだよ。とは言ってもな。俺もここで勝たないといけないんだよ」
「聖杯なのか?」
「んなのネージュが欲しがってるだけで俺は別に要らない」
「あの女に貢いでるのか?」
「居候のクセして家に金を入れない奴だからな。それを貢いでると言うなら貢いでる。信じてもらえないと思うが、あいつ本物の氷の女神ネージュなんだよ」
「なら、どうして勝つ必要が?」
「俺が欲しいのは次の日曜日だよ。ワンちゃんが好きな女の子と一緒に動物園に行こうと思っていてね。チケットは買ってあるけど渡しそびれてるんだよ。
まずは今日生きて帰ってそいつにチケット渡さないとな。渡すときの台詞もまだ考えてなかった。カッコイイ台詞を考えておかないとな」
「なら勝つ必要は無いな」
……え?
「市営の動物園だな。開演時間ちょうどに現地集合でいいか?」
「楽しみに待ってろよ」
「―――そっか。わかったよ。
君は私のワンちゃんだったんだ。
私の周りには与えてもらう事が当然と思っている人ばかりだった。父様も兄様もそういった人々の望みを叶えることに、自らの幸せを見出していた。
だから、私もそうならなくてはいけないと思っていた。
そうじゃなくても良いんだよね」
「良いんだよ。可愛い物好きで、犬好きで、嘘つきで、怖がられてるんじゃ無いかって怯えてても」
「でも、期待してくれる皆になんて言えば」
「バスティアも期待すれば良い。弱い私についてきて欲しいと、」
「うん」
バスティアは槍を置いた。
それと同時に自分の中に妙な感覚が芽生えているのを感じた。
この感覚は前にも感じたことがある。
これは……
知覚を言語化する前に、俺の体が勝手に動いた。
バスティアを抱きかかえながら転がった。
彼女がいた場所には火柱が立ち上る。
あぁ―――この感覚―――完全に思いだした―――
末裔がいる時の感覚だ。
有りとあらゆる感覚とつながっていく気がした。今まで無くしていた物を全てを取り戻す奇妙さがあった。
末裔が観客席から飛び降りると、舞台のすぐそばにおいてある精神と記憶の聖杯を手に取った。
白銀の聖杯が男に握られた事で青白い光を放つ。
ネージュが監視する生徒の制止を無視して、末裔に向かって走り出す。青白い光を放つ人間が末裔の周りに召喚される。分身だ。
明らかに聖杯の力を使ってやがる。
「バスティア大丈夫か?」
俺一人じゃ対処できそうに無い。多くの人間が観客席から出ようとしているが、誰一人として出られていない。
バスティアは眠っているみたいに反応が無い。魔法の直撃は避けているはずなのに……
舞台が一瞬にして氷の世界に変わる。ありとあらゆる場所に氷の壁ができあがり、分身達はその氷の中に封じ込まれている。
末裔の男は観客席の方へ走り始める。ネージュは苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、立ち止まり、観客席全てを保護するような氷の壁を作りあげた。
しかし、末裔はその壁を飛び越えながら
「バスティアから逃げて!」
ネージュが叫ぶ。意味がわからな……
バスティアの目が開く、人ならざる真っ赤な瞳をしていた。
世界が―――白くなっていく―――




