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「途中入学、だから、しょうがないよ」
アンジェはそう言って問題の答えを教えてくれるけど、放課後になったらクラスメイトに授業の内容をほぼ確認すると言うのは駄目だろう。
そのおかげでアンジェとは大分打ち解けてはいると、自分は思っているけれど未だに声は小さいし視線を合わせてはくれない。
いや、本当に嫌いなら教えてくれる訳ないから大丈夫だよね?
「あぁ、うん」
俺もあまり歯切れの良い返事は出来ない。
俺が教える立場で、女の子のミスをフォローしちゃうのが理想のモテ展開だったが、これでは一生なさそうだ。
女の子に教えてもらうなんて……
「アンジェって聖杯について詳しいんだよな」
「うん、コルテ先生と一緒に調べてるよ」
「精神と記憶の聖杯について何か知らないか?」
ネージュの言っていた事が気になってしょうが無い。どんな内容であれ困難だから語らないのは間違いない。
もしバスティアの命に関わるような事なら、全力でどうにかしないと……
「じゃ、じゃあ研究室でお話を、お菓子も出しますから」
「気を遣わせて悪いな」
奇跡だ。
前に来たときよりも研究室が少し片付いている。本の冊数が減り圧迫感が無くなったからだろう。それでもごちゃっとしているのには変わりない。
あとコルテ先生もやつれている。目の下にクマが出来ており、こつこつこつと右手人差し指の爪を机に打ち付けている。
「徹夜で掃除でもしてたんですか?」
「資料が盗まれている」
「……」
「お前こんな部屋で盗まれたかどうか解らないって思っただろ!? この部屋はボクが作りあげた結界だからな! いつもみたいに椅子を作ろうとしたら、背もたれが作れなくて、そのまま倒れたんだから一発で解るわ!」
ようするに見たときには解らなかったって事だよな……しかも結界破られてもいるし。
「本には一冊一冊に追尾魔法をかけておいたから、すぐに誰が盗んだか判明するが、ボクの資料が無事か怖くて怖くて」
「あの、精神と記憶の聖杯について教えてもらいたいのですが」
「盗まれた資料の一部がその聖杯についてだ。資料が無い以上何も言えないな」
「……盗まれたことを信じなかったのは悪いとは思いますが、ちょっと冗談きつくないですか」
「信じてくれなかったことの腹いせもあるが、盗まれたのは本当だ。しかし盗んでどうするつもりなんだか、金にはならんし腹もふくれん。知的好奇心で頭はふくれるだろうが、それなら私の研究室にこもれば良い。最良の頭脳が何時でも門戸を開いていると言うのに」
コルテ先生は大きなため息をつくと、指をパチンとならして、いつものように椅子を作りあげ、座ろうとしたら思いっきり後ろにころんだ。
最良の頭脳(笑)
「それで、精神と記憶の聖杯について――」
「ボクは悲しみで忙しい。アンジェに頼め」
それってここまで来た意味なくね?
「精神と記憶の聖杯は勇者が眷属ユイットを倒すのに使った聖杯だと伝えられています。それ以外にも魔王によって苦しめられてきた人々の精神を癒やし、魔王によって記憶を消された人間の記憶を復元したりもしています。特に有名なのはチャンドラ氏の勇者伝に出てくる聖女の記憶を鳥に語らせるシーンなのですが、この勇者伝には創作の部分も多いのと、ヴェンセール氏の―――」
「ストップ!」
めっちゃ流暢に語りすぎだろ! 演劇の俳優みたいだったぞ!
「他人の記憶と精神を自分に入れて、そいつの固有魔法を使うことはできるか?」
「そういった記述はありません。実物を手に入れたら実験したいので、決闘頑張ってください」
アンジェの目が輝いている。
「聖杯って勇者にしか使えない?」
「まず勇者以外が使う場面がありません。現存している物も貴族が所有しているか、博物館が所有している物がほどんとの上に、封印されているか、すでに機能を失っているかの二択で研究できません。生徒会にも火と氷の聖杯が保存されていますが、聖杯としての機能は一切ありません。伝承によりますと―――」
「ストップ! ようするに解らないのね」
「はい。聖杯の研究と言っても学術書を調べるのが多いですから。基本的には聖杯の歴史を調べることが多いかな」
……あんまりめぼしい情報は無いな。
「精神と記憶の聖杯についての詳細は以前まとめたのですが、盗まれてしまったみたいで」
「いや、十分だよありがとう」
「いえいえ、私も聖杯の話が出来て楽しかったです」
本当に楽しいんだろうな。だって目線を一度もそらさないし、滑舌も流暢でイキイキしてるんだもん。